【似ているけど大きな違いシリーズ】 盲導犬と獰猛犬


時間があるうちにドンドンいきます。ジンバブウェで撮ってきたビデオ・シリーズ・・・またまたYouTubeにアップしました。左が2003年のジンバブウェ国際ブックフェアで見たプリンス・エドワード高校のマリンバ・バンド。プリンス・エドワード高校には音楽科もあって、プロのミュージシャンを数多く輩出している。さすがに高校生とは思えない超絶テクに舌を巻いた。右は今年のブックフェアで撮ってきたシムンヤ・アーツ・アンサンブルというグループによるトラディッショナルなダンス。マラウィなど南部アフリカに住んでいるチェワ人の結社チニャウに由来する仮面舞踏である。白人の顔を模した仮面をつけているところが面白い。
日本人女性と進駐軍の黒人兵士との間に生まれた小関桂子さんの手記『日本人桂子:ある混血少女の手記』(ぽるぷ、1980)を読み終わった。母親の友人に預けられた桂子さんは、怠惰な義父のせいで中学校へも行けず、戸籍も国籍もないまま十九歳まで育った。「あいのこ」として好奇の眼で見られ、言われのない差別を受けながらも持ち前の負けん気の強さで男の子と喧嘩することもいとわなかった。育ての母の死後、尋ねていった実母は彼女が夢見ていたような優しい母親ではなく、彼女を生んだことを「若い頃の過ち」と言ってはばからない冷たい女性だった。初恋の人にすら「混血児だからいやだ」と拒否され自殺未遂をした直後、森繁久弥のラジオ番組を聞く。思い切って出した手紙が番組で読みあげられ、彼女の元には全国から激励の手紙が寄せられる。やがて、彼女のことを日系新聞で知った黒人の神父と結婚し、アメリカに渡るところでこの本は終わっている。ぼくのようなものがこの本を読んで言えることは少ないが、境界線上に置かれた人々の目から見ると「国」とか「民族」というものはぜんぜん違った顔を見せるものだと思った。次のような言葉が心に残った。
「私は、もっと平凡な日本人そのものとして生きたい。
混血の人で、今、芸能界に出て、うんと活躍している人がいるけれど、それなりに立派だと思うけど、なんていうのか、特別な才能がなければ社会に出られないというのじゃなくて、芸能とかスポーツとか、そういう限られた道しかないというのじゃなくて、うんとふつうに、あたり前に、平凡に、日本人として生きていきたい。
でも、この日本という国が、私たち混血児に、ふつうに生きて生かせてくれるか?ということになると、もう全然絶望なんです」(142)
結局、桂子さんはアメリカに渡ってしまった。日本が「美しい国」なのか、あるいは「美しい国」になりうるのか、ぼくにはわからない。もしそうだとしてもそれは桂子さんのような人たちの体験を踏まえてのことだろう。この本のことは2004年12月の多民族研究学会で知って、すぐ手に入れていたのだが、それ以来積読になっていた。先日、開店休業状態の「ひらげの部屋」BBSに投稿があって、小関桂子さんがサンフランシスコで元気に暮らしていることを知った。彼女があの美しい町で平和に生きていると思うと、それだけでちょっと救われる。
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