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2017年5月18日(木)

「ご購入のさいは・・・」「サイ?サイを買ったの?」「ご・こ・お・にゅ・う・の・さ・い・は」「おニューなの?おニューのサイなの?」「ごこ・・・」「さっきから気になってたけど、サイなら五個じゃなくて、五頭でしょう?」「だから、サイじゃないの!」「サイですか、ほなサイなら」

首都大非常勤、前期第五回目。『ジャズの誕生』をテキストとするリーディング3コマ。テキスト中、ジャズのルーツとしての西アフリカ音楽に関連して、ダオメーの儀式の話が出てくるので、ダオメーの古都アボメーで撮影されたドラム・アンサンブルのビデオを見ながら、授業開始。「ダオメーの部族の儀式を取り上げてみよう。音楽家がガラガラや、鐘やその他の打楽器を叩く一方、部族の人たちが踊ったり、歌ったり、手を叩いたり、足を踏み鳴らしたりする。しかしながら、メインとなる楽器は太鼓 ― ふつうは音楽学者に「太鼓の聖歌隊」として知られている3つの太鼓のセット ― である。なぜなら、神が太鼓を通じて話し、踊り手たちは太鼓と面と向かい、部族の人たちがその周りに円を作るからである。/ピークに達すると、その音は無秩序な空気圧縮ドリルの組み合わせのように思えるかもしれない」 「部族」という言葉は差別的なニュアンスがあるので、ぼくは使わない、と改めて断ったうえで、太鼓が神聖な楽器であること、それぞれに神が宿る3つの太鼓の組み合わせが一般的であることなどについて話した。そう言えば、先日チキリカにゲスト参加していただいたケペル木村さんも同じことを言っていた。ボンゴやコンガのようなラテン系のパーカッションももともとは、独立した3つの太鼓だったらしい。テキストはこのあと、ポリリズムの話になるので、簡単に8分の12拍子のポリリズムについて説明。いったい、何の授業だ。

2017年3月30日(木)

大本営発表は、発送をもって代えさせていただきます。

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チャールズ・ムンゴシと言えば、ジンバブエを代表する作家のひとりで、短編小説の名手。短い文章のなかに、一筋縄ではいかない感情の機微を浮かびあがらせる素晴らしい作品のいくつかは、『乾季のおとずれ』として日本語に翻訳されている。大学院生になりたてのころ、この翻訳に関わらせていただいた。もっとも、ぼくの拙い日本語は、師匠の福島富士男先生にことごとく直されてしまったけれども。

そのムンゴシが窮地に立たされている。数年前、おそらく脳溢血で倒れ、脳脊髄液が頭のなかに過剰にたまる水頭症になったようだ。たまった髄液を排出するシャント(側路)を設置する手術を受けたのだが、それが失敗したらしい。偶然だが、ぼくの身内にも、一週間ほど前、同じ手術を受けたばかりの人がいる。だから、シャント手術の失敗が何を意味するか、よくわかる。たまった髄液に脳が圧迫され、放っておけば、命の危険もある。

病状は緊急を要するのだが、再手術には9000ドルが必要とのこと。妻のJesesi Mungoshiさんは、送金システムEcocash経由での、寄付を呼びかけている(Ecocash 0774054341)。

詳しくは、こちら

というわけで・・・今日のお絵かき。チャールズ・ムンゴシ。

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2017年3月27日(月)

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今日のお絵かき。セネガルの姉妹。元にしたのは、ロンドンのアディーレ・アフリカ織物ギャラリー所蔵のインディゴ染めの服を着た女性たちの写真。1910年頃、セネガルのティエスで撮影されたもの。姉妹というのは、ぼくの妄想。

2017年3月21日(火)

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今日のお絵かき①。キューバのカワイ子ちゃん。アフリカの昔の写真を公開しているページThe African Vintage Projectにアップされた写真をもとに描いたので、アフリカのコかと思ったら、キューバで1940年代後半に撮られた写真でした(詳細)。

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今日のお絵かき②。アフリカン・ビューティ。元にしたのは、アメリカの写真家マーゴ・デイヴィスの撮影したフラニ人女性ラディの写真(このページのサムネイル、左端のうえから3番目)。だいぶ違うけど、美人にはなったので、よしとしよう。

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ローリング・ストーンズ
の2016年キューバでのフリーコンサートを収録したBD『ハバナ・ムーン』を見た。2014年の来日公演を彷彿とさせるパワフルなステージ。全員70代になろうかというメンバーの、溌溂とした姿に、ファンとして心震えずにはいられない。一方で、「社会主義国キューバで初めての」という点を除けば、最新の機材、巨大なステージセットをそのまま持ちこんだ、大掛かりなショーに、キューバならではというところは見当たらない。どこでも同じクオリティのパフォーマンスを見せるという意味では、プロの仕事というべきだろうが、いつでも判で押したように同じショーを、どこでも同じロック・ファンという人種が歓迎するというグローバリズムは、文化としていささか面白くない。ビジネスを地球規模に拡大する一方で、それをローカルに還流することを忘れずにきたストーンズなので、今後に期待したいが、これだけを見ると、ストーンズという世界規模のロック・バンドによる、圧倒的なショーという以外はない。それはそれでいいのだけれど、ぼくがストーンズに期待するところは、そんなものじゃすまないのだ。ストーンズ、あるいはロックが、「自由世界」の(「自由」の、ではなく)象徴とされてしまうようなことがなければいいのだが。チェ・ゲバラが見たら、何ていうかな。

ちなみに、タイトルの元になったのは、先日亡くなったチャック・ベリーの曲。「ラテン風味のヘンテコな曲」(一昨日の日記参照)のひとつだ。この歌詞が、革命前のリゾート地ハバナの夜を楽しむ・・・といった単純なものではない。

ハバナ・ムーン ハバナ・ムーン
オレはひとりで ラム酒片手に
つっ立って 船が来るのを待っている
夜は長く 港は静か
船は遅れていて 12時もすぎ
波がゆっくり、寄せては返すのを見ていた
月は低いが 風は高い

ハバナ・ムーン ハバナ・ムーン
オレはひとりで ラム酒を空ける
船はなかなか来ない
アメリカの女の子がやってきて
オレたちは海を渡る
ニューヨークに着いたら、ビルは高く
帰る場所は空の上

ハバナ・ムーン ハバナ・ムーン
オレはまだひとり ラム酒をすすっている
船はどこに着くんだろう
愛する人を おお、あのかわいい女を連れて
彼女はロックンロール 歌って踊る
オレを抱きしめ 唇に触れ
目を閉じると オレのハートに火をつける

ハバナ・ムーン ハバナ・ムーン
オレはまだひとり ラム酒を飲んでいる
船は来ないんじゃないかと思い始める
アメリカの女の子は嘘をついたな
そのときまたっていうのは、さよならって意味だったんだ

ハバナ・ムーン ハバナ・ムーン
ラム酒が美味かったんで、オレは一人でのびちまった
ぐっすり寝ているところに 船がやってきた
女の子は夜が明けるまで 見ていて
「お家に帰るのよ」と泣きじゃくる
汽笛が鳴って オレは目を覚まし
太陽は輝き、空は青く
オレは靴を掴んで 飛び上がって 駆け出した
オレが見たのは、水平線に向かう船の姿
ハバナ・ムーン ラム酒もなくなり
船は進み 愛する人は行ってしまった
ハバナ・ムーン ハバナ・ムーン

この歌、リゾート地で飲んだくれたアメリカ人が船に乗り遅れた話にも取れるけど、アメリカ人の女の子といい仲になって、渡米しようとした男が、興奮のあまり飲んだくれてチャンスを逃す歌とも解釈できるのではないだろうか。全編、ブロークンな英語で歌われているのも、あやしい。

2017年3月9日(木)

テナー・サックスを見ると、食虫植物を思い出す。

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今日のお絵かき。ポリス・バンド&エリトリア・ポリス・バンド。エチオピアのジャズやポップスを扱ったフランシス・ファルセトの名著『アビシニー・スウィング』の表紙を飾る写真をもとに描いた。活動期間は、1962 ~63年と短かかったので、写真もそのころのモノか。管楽器、弦楽器混成のうえ、アコーディオンまでいる。そして、ヴォーカリストをはじめ、みんなカッコよく決めている。というか、カメラ意識しずぎ!ってところが、ステキ。

ひらげエレキテルとして、江古田の老舗ライブハウス、マーキーに出演。6曲歌ってきました。演目は、「ワルツ」「行こうよ」「かわいい子猫ちゃん」「二人でお茶を」「非国民の休日」「最後の日」。聞いてくださった皆さん、ありがとうございました。この日同じステージに上がったのは、ギターをかき鳴らす硬派なイメージと2次元萌のギャップが楽しいホノボランさん、ひねったオリジナル曲を揺蕩うように歌うスキッピオさん、オリジナルとカヴァーを交え、路上ライブで鍛えた喉を披露するあなん和也さんという個性的な面々。ひらげは存在感を示せたでしょうか。お店のスタッフの皆さん、お疲れさまでした。伝説のライブハウスに出演できて光栄です!

2017年3月8日(水)

ジョージと収税人の会話。「ったく」「すまん」

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今日のお絵かき。3人の奴隷たち。元にした写真は、フルトン・アーカイヴ(オーナーのエドワード・G・フルトンの発案で、イギリスの写真報道誌『ピクチャー・ポスト』に掲載された写真を集めたもの。1996年、ゲッティ―イメージズが買収)収蔵。キャプションには、「1910年頃、アビシニアの3人の奴隷たち」とある(てっきり、アフリカ系アメリカ人の奴隷と思ったら、違っていた)。アビシニア、すなわち現在のエチオピアでは、1926年の国際連盟による奴隷制廃止条約のあとも、奴隷制が法的に禁止されていなかった。そのことが、1935年、イタリアが同国に侵攻する口実のひとつとなる。実際には、エチオピアの近代化を進めるハイレ・セラシエは、エチオピアの国連加盟を認めさせるため、奴隷制の廃止を受け入れていた。結局、エチオピアの奴隷制が完全に廃止されたのは、ムッソリーニの侵攻による混乱のあと、1940年代のことだった。それにしても、3人とも若い。とくに両脇の2人は、どう見ても子供だ。話しかけたら、どんな答えが返ってくるだろう。当時のエチオピアで、奴隷はどんな存在だったのだろうか。国連が査察に入ったエチオピアの奴隷市場の写真もなかなか強烈だ。

2017年2月25日(土)

肉まん食べてたと思ったら、ふて寝しちゃったけど、どうしたの?「半分は具ない」(Have A Good Night)

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今日のお絵かき①。トゥキ・ブキ。『トゥキ・ブキ』は、セネガルの映画監督ジブリル・ジオップ・マンベティが、1973年に発表したロード・ムービー。昨日の「投げ縄」グループの絵を見たイシカワさんが、アシッド・ジャズ系のバンド、レッド・スナッパージャケットに、映画のワンシーンを使ったものがあって、同じような発想が見られると教えてくれたのだが、それが『トゥキ・ブキ』を使ったものだった。ちなみに、アルバムのタイトル『ハイエナ』は、マンベティの別の作品のタイトルである。どこから出てきたのか、ぼくにはよくわからないが、牛の頭がカッコいいから使おうという発想は、けっこうありがちなのではないかと思う。タイのロックバンド、カラバオとか。インテリア用に頭蓋骨を売っていたりもするし。

その『トゥキ・ブキ』他、マンベティの監督作品のいくつかは、YouTubeで見ることができる。とくに、『トゥキ・ブキ』と、1992年の『ハイエナ』は、英語字幕版がアップされている。英語かよ、と嘆くことなかれ、元はフランス語やウォロフ語なのだから、中高6年間、学校で英語を学んだはずの我々に、ぐっと歩み寄ってくれているのだ。ぼくもこれを機会に見直してみようと思う。ちなみに、同じセネガルのセンベーヌ・ウスマン督作品『チェド』のフランス語/英語字幕版も発見した。つくづく、すごい時代になったものだ。

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小出斉『意味も知らずにブルースを歌うな!ご丁寧に歌詞とコード譜とイラストに加え、ちょっと怪しい英語フレーズ付き』(リットーミュージック、2016)を読み終わった。挑発的なタイトルに、一言モノ申す!というような内容かと思いきや、のっけから、「歌詞も知っておいたほうが、楽しいよ」という低姿勢なスタンスに。おやおや?歌詞を入り口にしたブルース入門といった印象。効能はサブタイトルに列挙されているが(18世紀英小説か!という説明過多ぶりがおかしい)、演者やカヴァー・ヴァージョンなどの紹介も懇切丁寧で、饒舌なブルース愛好者の話を聞いている心地よさ。知らなかったことも多く、勉強になりました。

さて、この本の帯にコメントを寄せ、巻末で小出さんと対談をしている吾妻光良さん率いるザ・スウィンギング・バッパーズのライブを見に、渋谷マウント・レニアーホールに行ってきました。スウィンギン・バッパーズは、今年で6年間、このホールでライブを行っており、ぼくは去年に続き2回目。チケットを譲ってくれたすがやさん、ありがとう。去年のキング・クリムゾンのようなビックリネタはなかったものの、くだらなくて(ほめ言葉です)、身につまされる日本語歌詞のジャンプ・ブルースは、吾妻さんの語りやメンバーとのやりとりも相まって、楽しかった。エンターテイナーの鏡です。今、日本でバンドをやっていたりする若い人たちに、見てほしいステージNo.1。でも、そんなことになると、オッサンの座る席がなくなるので、黙っておこう・・・というわけで、今日のお絵かき②。吾妻光良さん。

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2017年2月3日(金)

注文の多い料理10。

ひらげエレキテル風の子」、ピッチ補正などのあらゆるズルい手段を使って、完成しました。ぜひ聞いてください。

子供は風の子 ナイフの子
冷たい空気を 切り刻む
また、会えるね

子供は風の子 ラジオの子
見えない翼で 空を飛ぶ
また、会えるね

はだしの子どもが かけていく
はだしの子どもが かけていく
はだしの子どもが かけていく
はだしの子どもが かけていく

子供は風の子 カメラの子
動かぬ扉に 火を放つ
また、会えるね

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今日のお絵かき①。パム・グリア

遊んでばっかりいるようですが、レポートの採点もしてますよ?(←何、この逆切れ)今日はなかなか捗りました。とくに、LGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー)の問題を扱ったものが興味深かった。アフリカにおけるホモフォビア(同性愛嫌悪)はやはり強く、同性間の結婚どころか、同性で愛し合うこと自体が罪となる国も多い。そんななか、南アフリカでは有名な活動家であるノクロソ・ノグザワさんがレズビアンであることを理由に殺害されるという事件が起きている。

ぼくのよく行っていたジンバブエも、ムガベ大統領がホモフォビア的な発言をくり返しており、首相時代に名目上の大統領だったカナーン・バナナを同性愛者と批判して引きずり下した経緯がある。さぞかし、同性愛者は暮らしにくいだろうと思うが、ぼくの友人のレジナルドなどは、「ビアホールにもいるよ。変わっているけど、別に悪い人たちじゃない」とあっけらかんとしていて、若い人たちの間では意識が変化してきているのかもしれない。

それから、「ブブゼラの世界大会で日本人が優勝」を真に受けている人がいたけど・・・それ、虚構新聞だから!嘘を楽しむ新聞だから!

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今日のお絵かき②。ダンブゾ・マレチェラ。夭折したジンバブエの作家。

2017年2月2日(木)

やわらか素材で出来ている。「コール天毛糸ブリッジ」

首都大テスト。これで今年度の授業もほぼ終わり、ほっとしたような、さみしいような・・・いや、感傷に浸ってる場合ではない!長くしんどい採点作業はまだ終わっていないのだ・・・身体に気をつけて頑張ります。

レポートの採点は、あまり捗らなかったが、またしても知らないことを教えられた。格闘技というのは、アチェベの小説『崩れゆく絆』で、主人公オコンクウォがレスラーであることひとつとっても、アフリカ研究の重要なテーマには違いないのだが、ぼく自身は調べるところまではいかなかった(痛いの嫌いだし)。

南アフリカ~スワジランドに暮らすングニ人(コサ人やズールー人など、ングニ系言語を話す人々の総称)のングニ棒術(バシッ。痛そう)。

マサイ人の棒を使った伝統武術ナクバブカ(誇り高きマサイらしく、実に優雅)。

ナイジェリアのハウサ人による打撃系格闘技ダンベ(ここまでくると、ただの殴り合い?)。

・・・といった、豊かなマーシャル・アーツの世界があることを知った。他にも、セネガル相撲などが、広く知られている。これらが奴隷とともに新大陸に渡って、ブラジルのカポエイラなどを生むのだとすると、これはこれでスリリングな歴史である。

そんな合間にも、お絵かきは止まらない。

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今日のお絵かき①。アフリカ・バンバータと、ジェイムズ・ブラウン

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今日のお絵かき②。ジンバブエの友人、レジとアンジー。

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今日のお絵かき③。マービン・ゲイ戦場カメラマンビン・ラディンフィデル・カストロの間をウロウロした挙句、そのどれでもないところにたどり着きましたので、これをマービン・ゲイとします。明日こそは、採点に集中します。

2017年1月17日(火)

天は煮物を与えず。

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今日のお絵かき。トラウト・マスク・レプリカ

日本女子大非常勤、後期第十五回目(最終回)。3限、「米文学評論演習」は、ハリエット・アン・ジェイコブズの奴隷体験記を読む。ようやく北部に逃げたリンダ(ジェイコブズの仮名)は、フリントからリンダを買ったというドッジ氏の執拗な追跡に悩まされるが、親切な白人女性ブルース夫人が彼女を買ってくれたおかげで、自由の身になることができる。しかし、以前とは違って、リンダは当然自分のものであるはずの「自由」を買うことに納得していない。最後にリンダは読者に語りかける。「わたしの物語は自由で終わる。よくある話のように、結婚ではなく。私と子供たちは自由になった!」と黒人女性の置かれた特殊な立場を示唆しながら、自由になった喜びを語る。

4限、「アフリカ研究」は、最後に東アフリカの話。まずはタンザニアのイリンバ(親指ピアノ)の巨匠フクウェ・ザウォセを紹介し、久米宏がキャスターを務めていたころのニュース・ステーションで、ザウォセを紹介した回のビデオを見る。音楽もさることながら、かけがえのない仲間たちと、音楽でコミュニケーションを取りながら、自然のなかで暮らすザウォセ・ファミリーの生き方を見てほしかった。日本のほうが確実にモノは豊かだが、ほんとうに豊かなのはどちらの暮らしだろうか。かくいうぼくも、物質的に豊かな日本の生活に愛着があるし、アフリカに憧憬を抱きながらも、日本を離れられないのだが。でも、アフリカが貧しいという決めつけだけは、すべきではないと思う。

続けて、東アフリカの音楽として、ケニア都市部のダンス・ミュージックであるベンガ・ビート、世界初の女性ニャティティ奏者アニャンゴこと向山恵理子さん(テレビで紹介されたらしく何人か知っている学生がいた)、さらに東アフリカの海岸部で、アフリカ、アラブ、インド洋の文化が混淆したスワヒリ文化の落とし子であるターラーブ(齢90歳をこえる女性歌手ビ・キドゥデ)を紹介。スワヒリ文化については、アフリカが決して閉ざされた大陸ではなく、むしろいろいろな文化の交差する豊かな混淆の場であったことを理解してもらいたかった。もちろん、内陸部には比較的独立したアフリカ人の村落があるわけだが、そこにも海岸部の商人は奴隷貿易などを通じて入り込んでいた。

最後に、ケニアを代表する作家として、グギ・ワ・ジオンゴを紹介した。グギのすごいところは、自分の考えを突き詰め、どんどん行動に起こしていくことだ。ジェイムズ・グギの名前で、英語で小説を書いていたグギは、固有の言語で書かないことが、精神の植民地化であることに気づき、英語風の名前を捨て、グギ・ワ・ジオンゴの名前で、母語であるキクユ語で小説を書き始める。さらに、識字率の低いアフリカで、貧しい人々、虐げられた人々にへのメッセージを文字で書いていることに矛盾を感じ、民衆演劇をはじめる。故郷カミリズで行われた演劇は、村の人びとが出演し、彼らのアイディアを取り入れることで、人びとを演劇に巻き込んでいった。こうした試みは当時のケニア政府の嫌気を買い、グギは亡命を余儀なくされた。

6限、「アカデミック・ライティング」は、いよいよエッセイ提出。

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