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2017年6月27日(火)

日本女子大非常勤、前期第十回目。「米文学随筆論文演習」は、ハリエット・アン・ジェイコブズの奴隷体験記を読む。リンダ(ジェイコブズの仮名)は、幼馴染で自由黒人の男性に恋をする。しかし、奴隷であるリンダの「結婚」には、法的な認可が与えられることはない。恋人は彼女を買おうとしたが、フリントがそれに合意するわけがなかった。フリント夫人もリンダを厄介払いしたかっただろうが、このような形でではなかった。リンダが近所に住み続ければ、フリントはセクハラ行為を続けるだろうし、奴隷の夫が妻を守るためにできることは何もなかった。「アカデミック・ライティング」はついに、前期の課題である「前期エッセイ」を書き始めた。

ひらげエレキテルとして、荻窪Bungaに出演して、6曲歌ってきました。演目は、「New Song」「サンダル」「かわいい子猫ちゃん」「二人でお茶を」「すっぽんぽん節」「最後の日」。今回もまた、自分の客はいない厳しい状況。対バンとそのお客様が盛り上げてくださったので、楽しく歌うことができました。ありがとうございました。

2017年6月26日(月)

汽車の動きをイメージしたインスト「トレイン・ピース」をつくってみました。

明治学院非常勤、前期第九回目。前回、ぼくが間違ったプリントを持って行ったために、記憶に頼って行った授業をプリントを使ってフォローした後、映画史に残る傑作でありながら、クー・クラックス・クランを正義の騎士として描き、人種差別的な内容を含む問題作、D・W・グリフィス監督の『国民の創生』(1915)の後半を見はじめた。前半で紹介されるキャメロン家とストーンマン家をはじめとする登場人物の人間関係図を配って、背景を確認。今回は、黒人兵士ガスがフローラに言いよる直前まで。解放された黒人たちや、サイラス・リンチら混血が恐ろしく見えるように描かれている場面は枚挙にいとまがないが、フローラの周りをうろつくガスが木の枝の間から、ちらっちらっと見えるカメラアングルはその最たるものだろう。視点を変えてみれば、ガスは隠れているわけでも何でもないのだが、枝越しに描かれることによって、いかにも表ざたにできない邪悪なことを行っているような印象を与える。実のところ、ガスは好きな女の周りをうろうろしているだけだ。そんな男がこの世に何万人いるだろう?

2017年6月20日(火)

日本女子大非常勤、前期第九回目。「米文学論文随筆演習」は、ハリエット・アン・ジェイコブズの奴隷体験記を読む。ドクター・フリントの魔の手から逃れるために、フリント夫人の隣の部屋で寝起きするようになったリンダ(ジェイコブズの仮名)。しかし、そこでは嫉妬に狂った夫人による監視の目が待っていた。ふと目を覚ますと夫人がリンダの顔をのぞいていたり、フリントをまねた口調で話しかけたりしている。やがて、青果のないまま、寝ずの番をすることに疲れた夫人は、リンダのいる前で、リンダがセクハラ行為をされたと訴えているといって、直接、フリントを糾弾した。しかし、フリントは非を認めず、夫人がリンダを虐待して、無理やりそういわせたのだろうと嘯く始末。リンダは事態を祖母に相談したいが、怒った祖母が突発的な行動に出て、事態を悪化させることを恐れ、言い出せない。「アカデミック・ライティング」は、それぞれのペースで、複数のエッセイを仕上げる。

ひらげエレキテルとして、江古田マーキーに出演。「New Song」「サンダル」「かわいい子猫ちゃん」「二人でお茶を」「すっぽんぽん節」「最後の日」の6曲、歌ってきました。自分のお客さんがいないというアウェイな状況のなか、ステキな共演者と店のみなさんのおかげで、ステージをつとめることができました。次回(8月2日)こそは、満員の会場で・・・(大きく出たな)。

2017年6月19日(月)

明治学院非常勤、前期第八回目。予定していた内容とは違うプリントを持っていくという失態。何年もこの授業をやっているが、こんなことははじめてだ。呆然としていてもしょうがないので、プリントがないことを謝り、記憶に頼って、授業を進めることに。

まずは、アメリカの二大政党と黒人のねじれた関係について。共和党は、民主党内外の「奴隷制拡大反対派」が結集した政党である。南北線戦争で北軍を勝利に導き、奴隷解放宣言によって奴隷制に終止符を打ったエイブラハム・リンカーンは共和党の大統領である。そのため、当初、黒人のほとんどが共和党支持だった。しかし、現在は、黒人の多くが民主党を支持している。黒人初の大統領であるバラク・オバマも、民主党の出身である。

奴隷制賛成だった党から、黒人大統領が生まれるという歴史の皮肉には、1930~40年代、大恐慌の時代に、民主党の大統領フランクリン・ローズベルトが主導したニューディール政策が関係している。ローズベルトは、大規模な公共投資を行い、野放図な金融を規制すると同時に、社会保障や労働法の整備などの政策をすすめた。また、妻エレノアの影響もあって、人種差別撤廃にも強い関心を示した。こうした弱者救済的な政策は、北部資本家の党という側面を持つ共和党からは出てきにくかった。この時代に、黒人の支持は、共和党から民主党に大きく流れた。

その後も、60年代くらいまでは、ディクシークラットと呼ばれる、南部の保守的な民主党員がおり、人種差別的な言動をくり返していたが、その後、ディクシークラットを含むさまざまな保守派が共和党に集結し、民主党はリベラル、共和党は保守という構図が出来上がった・・・と、ここまで、しっかり説明したつもりだったのだが、リアクションペーパーを見ると、「オバマが奴隷制賛成だったなんて!」など、とんでもない勘違いが見受けれらたので、次のようなプリントをつくって、次週配布することにした。

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さて、アメリカの政党史も踏まえつつ、南部再建期について学ぶ。南北戦争中に設置された解放民局の主導で、戦後数十年続いた南部改革の時代である。この時期、憲法修正条項や、公民権法によって、次々とアフリカ系アメリカ人の権利が認められた。また、ハイラム・R・レベルズが黒人初の上院議員となり(もっとも、他の議員が彼を議員として認めるかどうか採決する間、ロビーで待たなければならなかったが)、ピンクニー・ピンチバックが暫定とはいえ、初の黒人州知事になった。

一方で、貧しい元奴隷たちの生活は、向上するどころか、ますますひどいものになっていた。奴隷が飢えることはない。主人は大切な財産を失わないよう、衣食住にわたって世話をしなけらばならないからだ。しかし、自由民となるとそうはいかない。元奴隷たちの多くは、仕事も財産も教育もないまま、「自由」のなかに放り出された。元奴隷に20エーカーの土地とラバが与えられるという噂があり、実現に動いた人物もいたが、うまくいかなかった。そんななか、生まれたのが、シェアクロッピングと言われる一種の小作生である。元奴隷主が自由民となった元奴隷に声をかける。

「おう、トム。お前も自由だってな」
「へえ、だんな」
「まあ、けっこうなこった」
「ありがとうごぜえやす」
「しかし、これからどうするんだ。働くあてでもあるのか」
「へえ、だんな問題はそこでして。かかあとガキどもを食わせてやらきゃならんのに」
「そりゃ、困ったことだな。どうだ?お前さえ良ければ今まで通りうちの畑で働いてもいいんだぞ」
「ほんとですか、だんな!そりゃ願ってもないことで」
「土地はもちろん、種も農機具も貸してやろう」
「ありがとうごぜえやす、だんな」
「しかし、ただというわけにはいかんな。収穫の3分の2は差し出してもらわんと」
「そんな!だんな、それじゃあ、あっしの手元には何も残らないじゃねえですか」
「いやならいいんだぞ、どこへとでも行くがいい」
「そんな・・・」

こうして、元奴隷たちは。シェアクロッパー(小作人)となり、奴隷のときと同様、土地に縛り付けられた貧しい暮らしを続けていくことを余儀なくされた。

また、北部人や黒人の新たな動きに不満を募らせる南部人のなかから、クー・クラックス・クラン(KKK)のような白人至上主義団体が生まれる。最初は南部でくすぶる白人の若者による悪ふざけだったものが、南部の名高い兵士ネイサン・ベッドフォード・フォレストが加わったあたりから、政治色を強め、黒人やユダヤ人を脅したり、リンチにかけたりするようになる。結局、あまりに暴力的な活動に目をつぶっていられなくなった連邦政府が介入し、第一次KKKは壊滅状態に追い込まれた。しかし、1915年、KKKを正義の騎士のように描いたD・W・グリフィス監督の映画『国民の創生』が公開され、影響を受けた人びとによって、KKKは息を吹き返す。次回は、映画史に残る傑作でありながら、人種差別的な内容を含む、この問題作を鑑賞する。

さて、曲がりなりにも、黒人の権利を認め、奴隷制のない南部を「再建」してきた南部再建期だが、ある時をもって終焉を迎える。1877年、昨年の大統領選挙で民主党のサミュエル・J・ティルデンが、共和党のラザフォード・B・ヘイズに勝利を収めたが、共和党は投票に不正があったとして、ティルデンの勝利を認めなかった。この争いは、結局、共和党のヘイズが大統領になる代わりに、南部に駐留していた連邦軍が撤退するという妥協で決着を見た。連邦軍の監視がなくなった南部諸州は次々と黒人の権利を奪い、人種隔離をすすめる差別法(ジム・クロウ法)を制定し、19世紀末にはリンチの犠牲者の数がピークに達することになった。

國學院、非常勤第八回目。「1stYear English」は、分詞を復習して、「動詞が形を変えたもの」を終え、動詞がそのまま動詞として使われる場合についてみる。疑問文・否定文のつくり方から、動詞の部分の並び方が、「助動詞/特殊な助動詞have/be動詞/一般動詞」という並び方になっており(それぞれの欄は空白でもいい)、それぞれすぐ左のモノに影響を受けて形が変わる、と説明。英語は左にある(主語に近い)ものが強い。だから、疑問文・否定文のつくり方もいちばん左にあるものが決めるのだ。「R&W」は、バラク・オバマ、2008年大統領選勝利演説を読む。「それ(オバマの選挙運動は、つらい寒さも焼けつくような暑さもものともせず、まったく見ず知らずの人の家のドアを叩いた、それほど若くない人たち、自ら志願して組織を作り、200年以上たった今でも、人民の人民による人民のための政治がこの世から消え失せていないことを明らかにした何百万というアメリカ人から力を引き出した。これは皆さんの勝利なのです」

2017年6月15日(木)

首都大非常勤、前期第七回目。『ジャズの誕生』をテキストとするリーディング3コマ。2回休講の説明と謝罪をすませたあと、大好きなセロニアス・モンク『ソロ・オン・ヴォーグ』から、「ラウンド・アボウト・ミッドナイト」を聞きながら授業開始。モンクのつんのめるかえるようなリズムも、ポリリズム的なことと無関係ではない気がする。テキストは、前回、ヨーロッパの音楽教育を受けたものにとって、西アフリカの音楽がいかにおら得難いかという話だったのを最後でひっくり返すところから。「にもかかわらず、訓練されていないリスナーですら、推進力を感じることができるし、巨大なリズムの力(を構成する)各部分がしっかり組み合わさっていることがわかる」「比較すると、ジャズのリズムはずっとシンプルである。例えば、ニューオリンズへ行くと、古株ミュージシャンがいまだに、葬式から帰る途中、「ディドゥント・ヒー・ランブル」を演奏しているが、それはマーチのように聞こえる」 葬式がニューオリンズノ音楽文化において、重要な意味を持っていることを指摘。ブラス・バンドの悲しく重苦しい演奏で、墓地に向かい、遺体を納めると、一転、陽気な音楽で帰ってくる。このとき、このパレードに紛れ込んだ野次馬のことを、親戚縁者=ファーストラインに対し、セカンドラインといい、この言葉がニューオリンズ音楽を表す代名詞となっている・・・と説明。次回はニューオリンズの葬式の動画を見ると予告した。

2017年6月13日(火)

電車のなかに、ダリ髭を生やしたおっさんがいた。初めて見た、生ダリ髭。

朝っぱらから、いい曲ができました。「不機嫌そうに」

慰めてほしいとき
オレが慰めてほしいとき
お前はいい顔をせず
黙ってオレを抱きしめる
なあ、そうだろう?

オレが自由なとき
鳥のように自由なとき
お前は不機嫌そうに
黙ってオレを抱きしめる
なあ、そうだろう?

オレが死んだとき
いつかオレが死んだとき
お前は「弱い男だったわね」と
黙ってオレを抱きしめる
なあ、そうだろう?

日本女子大非常勤、前期第八回目。2コマとも2回休講の説明とお詫びから。「米文学論文随筆演習」は、ハリエット・アン・ジェイコブズの奴隷体験記を読む。リンダを自分の部屋に連れ込むために、フリントは幼い娘を利用する。まず、娘を自分の部屋で寝させ、その子守り役として、リンダが必要だという。この計画は、ほどなくフリント夫人に漏れ、激高した夫人によって阻止される。夫人に真相を問いただされたリンダは、フリントのセクハラ行為を打ち明ける。夫人は屈辱に震え涙を流すが、フリントの被害者である奴隷の少女に対する同情はなかった。「アカデミック・ライティング」は、ライブラリー・ツアー。図書館の方からの説明が中心で、最後に少しだけ課題を返す時間を作ってもらった。

2017年6月12日(月)

しばらくぶりの仕事は、しんどいが、生きた心地がする。

明治学院非常勤「アメリカ研究」、前期第七回目。まずは2回連続して休講にしたことへのお詫びと経過説明。以下、すべての大学で同じことをくり返した。2週間前に返って、人種間結婚(あるいは人種間の性的関係について、復習する。南北戦争中の1863年、奴隷制を支持する民主党右派は、匿名「雑婚」(miscegenation)を称賛するパンフレットを出して、人種間の関係に対する人々のアレルギーを刺激しようとした。リンカーンは演説のなかで、「私が黒人の女を奴隷にしておかないからと言って、妻にするべきであるとするような、でっちあげの論理に反論しておく」と述べなければならなかった。それほど、人種を越えた性的関係に対する嫌悪はひどかったのである。

人種間の性的関係は、植民地時代から、法的にも、道徳的にも、罪とされてきた。白人女性が黒人の男性と関係を禁じた法律は、レイプ以外に考えられないとされたのか、あまり見られないが(黒人男性は残虐な形で罰を受けたはずである)、白人男性が黒人女性と関係を持つことを禁じた法律は各地にあったし、実際、むち打ちなどの罰を受けた白人男性の記録がいくつも残っている。にもかかわらず、大農場などでは、奴隷主が奴隷の女性とか関係を持ち、性欲を満足させると同時に、子どもを奴隷とすることで財産も増やすことが行われていた。大農場のような閉鎖された社会では、そうしたことは公然の秘密として受け流されていた。とはいえ、奴隷の女性との関係を知られることを、奴隷主がよしとしていたわけではない。

リベラルな姿勢で知られる第三代大統領トーマス・ジェファソンは、奴隷制は廃止されるべきだと考えていたが、一方で、自ら100人以上とも言われる奴隷を使う農場主だった。また、当時の白人の平均的な考えとはいえ、『ヴァージニア覚書』(1785)のなかで、ひどく差別的な黒人観を吐露している。そのジェファソンと奴隷の女性サリー・ヘミングスとの間に子供がいたという話は、ジェファソンの生前から囁かれていた。黒人作家による最初の小説であるウィリアム・ウェルズ・ブラウン『クローテル:大統領の娘』(1853)は、この噂をもとにした作品である。1990年代になって、ある黒人男性がジェフェソン家の血をひいていることがDNA鑑定によって明らかになると、この噂は信憑性を帯び、さまざまな議論を呼んだ。

サリー・ヘミングスは、ジェファソンの白人の妻マーサの異母姉妹であり、ジェファーソン家に嫁いだマーサに、お付きの奴隷としてついてきたのを、マーサが夭折した後、ジェファソンが愛人にしたようである。彼女とマーサの関係は、姉妹であり、幼馴染であり、奴隷主と奴隷であり、(マーサの死後とはいえ)正妻と愛人という、南部の「特殊な社会」を象徴する複雑なものだった。ジェファソンは公使としてフランスに渡る際も、サリーを同行させており、彼女が単なる奴隷主の性欲解消の道具でなかったことは伺われる。それにしても、すべての権力を手中に収めてた男と、何も持たない奴隷の女(男は女を好きなようにできる)の間に愛は存在し得るのかというのはたいへん難しい問題である。こうした二人の関係に焦点を当てて描かれたのが、バーバラ・チェイス=リボウの小説『サリー・ヘミングス』である。

19世紀前半のアメリカで、南部と北部が次第に対立を深めていく過程を追った。とりわけ、上院で定員2名が与えられる州への昇格では、新州における奴隷制を認めるかどうかをめぐって、南北が妥協を重ねることになった。奴隷制の北限を定めながら、ミズーリ州を奴隷州とすることを例外として認めた「ミズーリの妥協」(1820)にはじまり、ルイジアナ買収(1803)、テキサス併合(1845)、対メキシコ戦争(1846)などによって、爆発的に広がった領土が次々に州に昇格するたびに、南北は新州の取り扱いに苦慮した。1850年、カリフォルニアを自由州とする代わりに、逃亡奴隷法の強化が認められたことは、奴隷制に反対する人々に衝撃を与えた。また、1854年、カンザス・ネブラスカ州の行く末が、住民の選択に任されたことで、同地域は奴隷制賛成派・反対派が血で血を洗う内戦状態となる。この混乱のなかから、頭角を現した奴隷制反対論者ジョン・ブラウンが、1859年、ハーパーズ・フェリーで反乱を起こたことで、南北の対立は一層高ま深まりり、リンカーンの大統領就任を受けて、1861年、南部諸州がアメリカ連合国として独立を宣言し、アメリカは南北戦争へと突入していく。

國學院非常勤、前期第七回目。こちらも、休講の謝罪と説明から。「1stYear English」は、改めて分詞について。分詞が名詞を修飾する形容詞の役割をするものであることを強調した後で、しかし文型によっては、名詞に係っていくように訳しては、行けない場合があると、使役動詞/知覚動詞+O+現在分詞・過去分詞のパターンを説明。「R&W」は、バラク・オバマ、2008年大統領選勝利演説を読む。「それ(選挙運動)、大義のために5ドル、10ドル、20ドルといったお金を出すために、なけなしの貯えに手をつけた働く男女によって築かれたのだ。それは、彼らの世代の無関心という神話を拒否し、少ない給料とより少ない睡眠しか与えてくれない仕事のために、家や家族を後にした若い人びとから力を得た」

2017年5月25日(木)

中学のクラブ活動に「旅行計画クラブ」というのがあって、つまり、地図や時刻表と首っきりで計画した旅行を想像するだけの集まりで、ずいぶんマニアックな、と思ったものだが、事の良し悪しに関わらず、そういう人たちは少なからずいる。

首都大非常勤、前期第六回目。『ジャズの誕生』をテキストとするリーディング3コマ。ジンバブエで撮ってきたレジナルドと友人たちがムビラの演奏をするビデオを見ながら、授業開始。一応、ポリリズム的な音楽ということだが、何としても学生に見てもらいたかったのだ。テキストの内容は、アフリカ音楽が西洋の楽譜には収まりきらないことを論じた部分。「その音楽は、ポリリズム的である。すなわち、2つ以上の別のリズムが同時に演奏される。(リズムの数は)5つや6つになるかもしれない。西アフリカ音楽の共通の基盤は、4分の3、8分の6、4分の4の拍子記号の組み合わせである。それはあたかも、オーケストラが同じ曲を、ワルツ、ワンステップ、フォックストロットとして演奏するようなものである—それもすべて同時に。そして、もちろん、歌や手拍子足拍子がさらなる音楽の複雑さを加える」「高度に訓練されたクラシックの音楽家には、この西アフリカ音楽は混沌のように聞こえるかもしれない。というのも、西アフリカ人は楽譜を持っておらず―彼らは耳で聞いて覚えて演奏する―ヨーロッパの採譜法における小節線のような規則的なものには従わない。実際、われわれの基準のひとつから見ると、彼らのリズムは途中で変わってしまうように思え、それが音楽学者が(西アフリカ)リズムを書き留めようとするときに、つまずきの石となる」

2017年5月23日(火)

アナグラム。「むかしむかしうらしまは、たすけたかめにつれられて」と「かしらはまむしにしかけしられて、むすめつれ、たたかう」

日本女子大非常勤、前期第七回目。「米文学論文随筆演習」は、ハリエット・アン・ジェイコブスの奴隷体験記を読む。15歳になったリンダ(ジェイコブズの仮名)は、奴隷主であるドクター・フリントの執拗なセクハラを受け始める。人目のある所では、身振り手振りを使って、そのわいせつな考えを伝えてきたし、リンダが文字を読めると見るや、メッセージを書いたメモを手にすべりこませてきた。こうした夫の性癖をよく知っているフリント夫人だが、嫉妬に狂うことはあっても、セクハラの被害者である奴隷の女性たちに同情することはなかった。そんな夫人の嫉妬深さも、幼い娘を自分の部屋で寝かせるためという名目で、子守り役のリンダを寝室に連れ込もうとしたフリントの企みを挫く役には立った。「アカデミック・ライティング」は、それぞれ課題のパラグラフを推敲していく。パラグラフの構成は、わかるようになってきたようだ。

2017年5月22日(月)

猿、モンキーから落ちる。

明治学院非常勤、前期第六回目。アラン・ロマックスが録音したジョージア州ロング・アイランドでにおける霊歌の録音から、ジョン・デイヴィスとグループの「モーゼス」を聞きながら、授業開始。

大農場での強制労働に耐える奴隷たちは、仕事が終わった日没から夜明けまでの間に、自分たちの文化を築いた。そうした奴隷文化を代表するもののひとつが、霊歌(Spirituals)である。名称が示す通り、聖書などに題材を求めた、宗教的な歌だが、そこには現世的な願いやメッセージも込められている。当時、奴隷の歌を集めて出された本は、「奴隷の歌」「プランテーションの歌」と題されていることが多く(例えば、ウィリアム・フランシス・アレンらが編集した『合衆国の奴隷の歌』)、宗教的な歌と現世的な歌を区別する考えは、歌っている奴隷たちにも、彼らに関心を寄せる白人たちにもあまりなかったのではないかと思われる。霊歌だけが特に注目を集めるようになったのは、南北戦争後、フィスク・ジュビリー・シンガーズをはじめとする黒人大学のコーラス・グループが、大学への寄付を募るために、「霊歌」をレパートリーに入れたことが大きい。しかし、ステージの上に上げられた霊歌は、奴隷たちによって歌われたものとは、大きく違うものだった。

とはいえ、奴隷制時代の霊歌について考えるときに、キリスト教の話は避けて通れない。奴隷たちにとって、キリスト教は二重の意味を持っていた。奴隷主たちは聖書の言葉を、奴隷たちを従わせるために利用した。しかし、一方で、奴隷たちは、聖書の物語に、被抑圧民解放のメッセージが込められていることを知り、エジプトを脱出するユダヤ人や疎外された人々を導くキリストの姿に自分たちを重ねた。奴隷たちは主人の目を盗んで、自分たちだけの宗教集会を持つようになる。そのなかで、歌われたのが霊歌であると考えられる。とはいえ、霊歌は単なる祈りの歌ではない。ヨルダン川が南部と北部の境界を流れるオハイオ川の隠喩であったことからもわかるように、そこには奴隷たちの体験が重ねられていた。なかには、逃亡奴隷の手引きのような歌もあったと言われている。

後半は、ナット・ターナーの反乱を中心に、奴隷の反乱について。18世紀以降、何度となく繰り返されてきた奴隷の反乱だが、なかでもアメリカの白人社会を震撼させたのが、ヴァージニア州サウザンプトンの奴隷ナット・ターナーの反乱である。若くして読み書きをおぼえたターナーは、宗教的な幻視を見るようになる。1831年、日食を神のメッセージと受け取り、仲間と反乱を起こす。57人の白人を殺害するものの、鎮圧され、絞首刑に処された。ターナーと会見したトーマス・R・グレイの会見記は、反乱の残虐性、計画性を描く一方で、ターナーの人物像についてはどっちつかずで、判断を保留している。グレイは、ターナーのなかに何を見たのか。

國學院非常勤、前期第六回目。「1st Year English」は、不定詞と動名詞の使い分けをやったあと、分詞に入った。「R&W」は、バラク・オバマ2008年大統領選勝利演説を読む。対立陣営へのエールや、スタッフや家族への謝辞が続く部分を飛ばし、勝利が本当は誰のものであるか、熱く語る部分。「そして、何よりも、私はこの勝利が誰のものであるか、決して忘れません。それはあなた方のものです。私は大統領の有力候補ではありませんでした。私たちはたくさんのお金も多くの支持もなく始めました。わたしたちの選挙運動は、ワシントンの集会所で始まったわけではありません。それはデモインの裏庭や、コンコードの居間、チャールストンのフロント・ポーチから始まったのです」

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