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2017年9月18日(月)

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今日のお絵描き①。レッドベリー。どうしても、ダウンタウン松本人志に近づいてしまう。

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今日のお絵描き②。カーター・ファミリー。こちらは一人、杉田かおるになってしまった。

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今日のお絵描き③。ドリフ荒井注、在籍時)

サン・ボンズのブルース「飲みこみにくい薬」("A Hard Pill To Swallow")。1コーラス終わるごとに、「愛のラーメン」を連発する。ほんとうは"I ain't no lying man" (俺はうそをつくような男じゃない)と歌っているのだ。本当の歌詞はこんな感じ。でも、ラーメンは愛。

飲みこみにくい薬

飲みこみにくい薬 
苦しみで胸がいっぱいだ
飲みこみにくい薬 
苦しみで胸がいっぱいだ
なあ、みんな聞いてるか 
オレはウソは言わない男だぜ

今朝、目が覚まし
お日様を見上げて
あの子がしたことを
考えたんだ
飲みこみにくい薬だったよ 
苦しみで胸がいっぱいだ
なあ、みんな聞いてるか 
オレはウソは言わない男だぜ

角を曲がって
新聞スタンドに行って来たら
あの子が男と
よろしくやってたのさ
飲みこみにくい薬だったよ 
苦しみで胸がいっぱいだ
みんな聞いてるか 
オレはウソは言わない男だぜ

ポリ公が近づいてきても
逃げはしなかった 
オレはオレで気ままにやるさ 
あの子もどこかでよろしくやってる
飲みこみにくい薬だったよ
苦しみで胸がいっぱいだ
なあ、みんな聞いてるか 
オレはウソは言わない男だぜ

ムショにいたときにゃ
気ままにやってたが
家に帰ったら 
赤ん坊が泣くのが聞こえた
飲みこみにくい薬だったよ 
苦しみで胸がいっぱいだ
なあ、みんな聞いてるか 
オレはウソは言わない男だぜ

2017年9月15日(金)

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今日のお絵描き①。ボブ・マーリー

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今日のお絵描き②。セロニアス・モンク

サン・ハウスの伝記続き。1929年ごろ(例によって、期日ははっきりしないことが多い)、安酒場でのいざこざから友人の喧嘩相手を撃ち殺したハウスは、故殺罪で有罪となり、ミシシッピ州立刑務所に収監される。ミシシッピ州立刑務所、別名「パーチマン農場」は、過酷な強制労働で知られる悪名高き農場刑務所で、奴隷時代さながらの非人間的な囚人の扱いは、ブッカ・ホワイトのブルースにも歌われるほどだった。

パーチマン農場ブルース

今朝、判事はオレに終身刑をくらわせた
パーチマン農場で(×2)
悪かねえ気もしたが
泣いてる女房を残していくのがね

4年が経って あばよ、女房
お前は行っちまった(×2)
でも、いつか
お前はオレの孤独な歌を聞くだろう

ああ、聞けよ、男たち
悪いこた言わないから(×2)
いい暮らしがしたいなら
パーチマン農場だけはやめときな

朝っぱらから仕事に行く
夜が明けてすぐさ(×2)
日が沈むまで
仕事は終わらない

ああ、パーチマン農場にはうんざりだ
家に帰りたくてしょうがない(×2)
でも、いつの日かきっと、オレはやってやるぜ

サン・ハウスもまた、刑務所での経験をブルースにしている。「ミシシッピ郡立農場ブルース」。タイトルは「郡立農場」になっていて、のちに交通違反で服役したチュニカ郡立刑務所のことを指していると思われるが、4コーラス目に出てくるリロイ・リーはハウスがパーチマンに服役する原因となった殺人の被害者である。また、歌われている過酷な強制労働は、パーチマンにも当てはまるものであるとハウス本人が証言している。

ミシシッピ郡立農場ブルース

母ちゃんの腕に抱かれた 赤ん坊だったらいいのに(×3)
そうすりゃ、郡立農場で働かなくてすむ

すっからかんで追い出されたほうがましさ(×3)
前科者になって 働くぐらいなら

半年くらったやつもいりゃあ、一年ってやつもいる(×3)
哀れなオレはここで終身刑

奴らはオレを刑務所に入れた ほっといちゃくれないんだ(×3)
リロイ・リーのやつを殺したっていうのさ

おお、主よ、主よ(×3)
好きな女はオレを犬扱い

でかい鐘が鳴るのを聞きたくない(×3)
「哀れなやつめ、哀れなやつ、まだまだこんなことが続くぞ」

さらに、この歌の1942年バージョンというべき「郡立農場ブルース」では、奴隷監督さながらの、「キャプテン」と呼ばれる人物が登場する。キャプテン・ジャックはチュニカに実際いた人物らしい。「背中に名前を書きつける」というのは、鞭打つことを意味していると、ハウス自身が述べている。奴隷解放から半世紀以上経ったこの時期でも、懲罰の名目で、奴隷制時代と変わらない強制労働と虐待が行われていたのである。

郡立農場ブルース

南部じゃ、悪いことをしたら(×3)
郡立農場に入れられる

キャプテン・ジャックってやつの下に置かれるんだ(×3)
そいつはあんたの背中のあちこちに 自分の名前を書きつける

でかいスコップで 溝を掘らされて(×3)
生まれてこなかったらよかったのにって 神に祈ることになる

日曜日には囚人たちは悲しそう(×3)
残された時間がどのくらいか考えて

ハウスの服役は、家族による嘆願などもあって、短いものに終わった。事件を起こしたクラークスデイルを離れるという条件で、釈放されたハウスは、クラークスデイルから北へ16マイルほど行ったところにある、ルーラという田舎町に移り住んだ。そこで、チャーリー・パットンと運命的な出会いを果たすことになる。

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今日のお絵描き③。ジェリー・リー・ルイス

2017年7月20日(木)

首都大非常勤、前期第十一回目。マルチニークのミュージシャン=カリの『ラシーヌ』を聞きながら、授業開始。テキストは、カリブ海を横目に見ながら、ニューオリンズの複雑な歴史を辿る。「最初の46年間、ニューオリンズはフランス領で、今日まで続く慣習が確立された。町は1764年、フランスからスペインへ割譲され、次の36年間、スペイン人が統治した。にもかかわらず、ニューオリンズは考え方や感じ方において、フランス的なままだった。この段階では、それはフランス領西インド諸島に似ており、音楽はおそらく現在のマルチニークやハイチのモノに似ていた。大きな変化は、政治的にも経済的にも、世紀の変わり目にやってきた、1800年、ナポレオンが(ニューオリンズを含む)領土をフランスへ返すようスペインに迫り、3年間、ニューオリンズの誰も、町がフランスに属するのか、スペインに属するのか確信が持てなかった。それから、1803年、ナポレオンはその領土をアメリカ合衆国に売った」

2017年7月19日(水)

本家ドリフターズ(日本のドリフではなく)の「アップ・オン・ザ・ルーフ」を、「屋根の上」として、日本語カヴァーしてみました。ヴォーカルのノリをもう少し何とかしたい。

何もかもいやになって
他人の顔も見たくない そんなとき
屋根の上に登れば
いじけた気持ちが溶けていく

誰にも邪魔されない
いやなことははるか下

全部放り出したいとき
屋根の上で一人深呼吸
人ごみはもううんざり
争いあうのももうやめだ

ここでこうしていたいんだ
このままここにいようか
屋根の上

夜になったら星を見よう
きみものぼってきたらいい
さあおいでよ

この町のど真ん中に
こんな素敵な場所があるなんて
いやになったらおいで
ぼくのとなりが空いてるよ
屋根の上
屋根の上

2017年7月17日(月)

先週と同じ喫茶店。今日は新人くん男子があたふたと仕事をこなしている。ミントがしまってあるのはそこじゃないと厳しく指導するのは、先週、五千円に九千円のお釣りを出そうとした女子店員。新人くん、いいこと教えてやろう。先週ね・・・

明治学院非常勤、前期第十二回目。前回に引き続き、アフリカ系アメリカ人の音楽・芸能<前編>。ブルースとジャズの誕生。後半は、19世紀までのアフリカ系アメリカ人の文学。フィリス・ホィートリー、奴隷体験記、ウィリアム・ウェルズ・ブラウン『クローテル』など。

國學院非常勤、前期第十一回目。

2017年7月13日(木)

首都大非常勤、前期第十回目。ハイチのパーカッショニスト、チロロの録音を聞きながら、授業開始。テキストは1章とばして、第3章「ニューオリンズの背景」へ。「ニューオリンズはジャズの歴史において、特別な位置を占めている。82年間、ラテン・カトリック勢力の領土だったが、ルイジアナ購入の後で、イギリス系プロテスタントが支配的な国の一部になった。ときに、ニューオリンズの音楽のパターンは、西インドのさまざまな島々のそれに似ていた。しかしながら、西アフリカ音楽とヨーロッパ音楽が混ざり合う組み合わせとタイミングは独特で、新しい音楽の誕生へとつながった。というのも、ニューオリンズの環境は合衆国の残りの地域のそれとは大きく違っていたからである」

2017年7月10日(月)

喫茶店で、5000円払ったぼくに、店員の女の子が9000円つり札を渡そうとしている!ああ、ヤロウだったら、全力でコーヒー飲み干し、気づかなかったフリして、逃げるのだが!

明治学院非常勤、前期第十一回目。『国民の創生』への黒人側からの回答とも言うべき、オスカー・ミショー監督の『ウィズイン・アワー・ゲイツ』の一部を見た。グリフィスがKKKを賛美するのに使ったのと同じテクニックを、ミショーはリンチで嬲り殺しにされる黒人老夫婦と、白人にレイプされかかっている義理の娘の悲劇を描くために使っている。潤沢な予算を与えられたグリフィスに対し、資金ぐりも含め、すべて自主製作で映画を作ったミショーだが、その作品には完成度を度外視させる何かがある。

後半はアフリカ系アメリカ人の音楽・芸能<前編>。スピリチュアルに始まり、ワークソング、ミンストレル・ショーなど。ミンストレルの流れを汲む黒塗り芸に参入したアフリカ系の芸人として、バート・ウィリアムズを紹介し、彼の主演コメディ『ナチュラル・ボーン・ランブラー』から、トランプ賭博のパントマイムを披露するシーンを見た。実に見事な芸である。色の薄い顔を黒く塗り、南部の黒人英語を覚えて(ウィリアムズはカリブ海の出身)ステージに立った彼の黒塗り芸もまた、彼が身につけた「芸」であったことが想像できる。ステージの上のバート・ウィリアムズは、普段の姿ではなく、彼が精魂込めて作りだしたキャラクターであった。今では当たり前に思えるこうしたことを、当時理解していた白人の観客が何人いただろうか。

國學院非常勤、前期第十一回目。

2017年7月6日(木)

首都大非常勤、前期第十回目。『ジャズの誕生』をテキストとするリーディング。先週、DVDを持ってきたもののかからなかったジーン・クーパの動画を見ながら、授業開始。テキストの内容は、「アフリカ人が新世界に到着したとき、彼を出迎えた民俗音楽は、リズムの不足を除けば、十分聞きなれたものに聞こえただろう。混淆は今でもさまざまなレベル、さまざまな点で進行している」と、西アフリカ音楽とヨーロッパ音楽の類似性を強調したあと、ヨーロッパ音楽のなかに入り込んだ西アフリカ音楽の要素として、即興のドラムソロを取り上げる。「即興のドラム・ソロが顕著な例である。それはベイビー・ドッズからマックス・ローチまでジャズのあらゆる時代に起こる。それはまた、西アフリカでも起こる。しかしながら、ヨーロッパ音楽には見られない。だから、30年代のボビー・ソクサーズの熱狂的なアイドルであった、ガムを噛みながら、髪を振り乱したジーン・クルーパのこれ見よがしのドラム・ソロは、概念上は本質的にアフリカのものなのだ。彼が叩いている楽器はヨーロッパのものだが、全体的なアイディアはおそらく他でもない、西アフリカで生まれたものなのだ。そして、今やそれは世界中を旅している」

授業の後、大急ぎで自宅に戻り、喪服に着替えて、祖父の通夜へ。喪服がパンパンなので、亡き祖父にダイエットを誓う。

2017年7月4日(火)

週末だけ、しかも日曜は休ませて欲しい。「金土戦士ガンダム」

日本女子大非常勤、第十一回目。「米文学論文随筆演習」は、ハリエット・アン・ジェイコブズの奴隷体験記を読む。[「アカデミック・ライティング」は、それぞれのペースで前期エッセイを。

祖父の死に接して、ノスタルジックな歌を作ってみました。祖父がいちばん、幸せだった時代。

夕暮れに忍び込んだ
あったかいご飯の匂いに
気づいた子供たちが
かくれんぼを放り出して
お家へ帰る

ただいま

仕事を終えた男たち
ちょっと一杯ひっかけて
お詫びにお土産ぶら下げて
千鳥足で
お家に帰る

ただいま

ちょうどシチューができたところ
あったかいうちにお食べなさい
今日はどんなことがあったの
どんな人と出会えたの

おかえり

2017年7月3日(月)

祖父が亡くなったという連絡。仕事ですぐに駆けつけられないのが、歯がゆい。

明治学院非常勤、前期第十回目。前回に引き続き、D・W・グリフィス監督の問題作『国民の創生』(1915)を最後まで見た。上映前に、「メディアは基本的に嘘をつくもの」とメディア・リテラシーについて話をした効果あってか、誰が、誰のために、何を描いているのか、考えながら見てくれた学生も多かったようだ。もちろん、そこには「先生がどう見て欲しいのか」を忖度するバイアスがかかってしまうのだけれど。

國學院非常勤、前期第十回目。

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