2009年7月11日(土)

Img326映画『ソウルビート・ストリート』(Good To Go、ブレイン・ノバック監督、1986)を見た。今さら?と言われるかもしれないが、ゴーゴーを聞きなおしている。地元コミュニティと結びついた「いなたい」音楽を求めるうちに、チャック・ブラウントラブル・ファンクを思い出した。どたんどたんと垢抜けないビートをくり返すゴーゴーは、どこか村祭りを思わせるローカル色強い音楽で、地元ワシントンDC以外ではほとんど大きな成功を収めなかったというのもうなずける。それだけに、それ自体地元密着のメタファーになりそうな、跳ねているのに重心の低いビートが気になってしかたがない・・・そんななか、石田昌隆さんの新刊書『オルタナティヴ・ミュージック』に、「ゴーゴーは今でもヴィヴィッドな音楽だと感じてしまう」(145)という文章を見つけて嬉しくなってしまった。そこでも紹介されているゴーゴーのライブてんこもりの映画がこれだ。

ゴーゴーの一時的流行にのって作られた(おそらく低予算の)映画なので、ストーリー映画としての深みは求めるべくもない。すっかり禿げあがったアート・ガーファンクル扮する新聞記者ブリスが、警察からの情報を鵜呑みにして書いたニセ記事の真相を求めて悪徳刑事ハリガンと対決する。レイプ殺人に関わったとして追われる身となった兄の無実を信じるリトル・ビートは、ブリスの真摯な態度に接して次第に心を開いていく。よくある「ヒューマン・ドラマ」だが、登場人物それぞれの背景がほとんど描かれていないので、行動に必然性が感じられない。リトル・ビートはなぜブリスが信頼できる人間だと認めたのか。ブリスは何がきっかけで自分のなかの人種差別に気づいたのか・・・全く見えてこない。「環境の犠牲者」なんて言葉は、それがどんな「環境」なのか一人ひとりの人生に即して描き出さなければ説得力を持つはずがない(それにしても、陳腐なセリフだけど)。まあ、この映画にそんなことを期待するのは、ないものねだりというものかもしれないけど・・・

結局、この映画の魅力は、音楽のカッチョよさ、ゴーゴーの背景となるワシントンDCの黒人街の雰囲気が捉えられているということにつきる。それは・・・素晴らしい。映像というのは恐ろしいもので、言葉が上すべりしているときでも泥臭い現実を伝えてしまうことがある。犯罪と隣りあわせで生きる人びとの生活と、そのなかに占める音楽の位置がイメージとして伝わってくる。陳腐なストーリーはそこに犯罪、人種差別、腐敗といった「名詞」の枠をはめてしまう。そこから一回きりの「動詞」としてはみ出す部分を、生々しい映像から垣間見ることができる。

↓ この人・・・

チキリカのメンバーに欲しい・・・

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2009年7月10日(金)

Wizダイアナ・ロス主演のミュージカル映画『ウィズ』(The Wizシドニー・ルメット監督、1978)を見た。『オズの魔法使い』をオール黒人キャストでミュージカル化し、トニー賞7部門を受賞した舞台(1975)の映画版である。

夢と現実のはざまで明けていくオズの国の朝。背景美術の素晴らしさに引き込まれる。くすんでいながら鮮やかな色彩には、グラフィティなんかにも通じるキッチュな感覚がある。スラムの廃墟、地下鉄、摩天楼・・・といったニューヨークのイメージが、もともとインダストリアルな国のチープなファンタジーである原作に不思議な生々しさを与えている。ドロシー(映画では24歳の設定になっている)を当時34歳のダイアナ・ロスが演じることに違和感はあるものの、それも予想していたほどではない(舞台では二十歳そこそこのステファニー・ミルズが演じていたのだから、無理があることは否定できないが・・・まあ、ダイアナ・ロスはそもそもカマトトだからね)。

それよりも素晴らしいのは、「かかし」役のマイケル・ジャクソン。うまく歩けない詰め物のかかしを演じながら、なおかつ華麗なステップを踏むという離れ業ができるのは、この人を置いて他にいないだろう。晩年の彼からは想像できない、豊かな表情に魅了される。母親キャサリンによれば、思春期を迎えるころから持ち前の天真爛漫さが影をひそめ、次第に引きこもりがちになっていったというマイケルだが、少なくともこの時点ではそうしたナイーヴさが演技や歌に良い影響を与えている。そして、このころのマイケルは「キング・オヴ・ポップ」ではない。黒人コミュニティーの息子だ。のちに人種を超えたスターになっていったことが良いことだったのか、悪いことだったのか、ぼくにはわからない。ただ、そのなかでこの映画に見られる何かが始まるようなウキウキとした感じを、豊かな表情とともに失ってしまったのはとても残念だ。

音楽や踊りに加えて、敵から逃げまわるドロシー一行のドタバタぶりもコミカルで楽しい。ひらげは根が子供なのでこういうのを見ると、キャッキャと手を叩いて喜んでしまう。それでいて、西の魔女イブリーンの工場でこき使われていた人びとがみすぼらしい服を焼き捨て踊りだすシーンなんかは、どこか奴隷の解放を思わせる。出演者には他にもレナ・ホーンリチャード・プライヤーらが名を連ねていて、アフリカ系スター総出演の感がある。監督が『十二人の怒れる男』のシドニー・ルメットだというのも驚き。

追記:ダイアナ・ロス扮するドロシーとマイケルかかしが黄色いブリック・ロードを踊りながら歩いていくシーンを見て何か思い出すものがあると思ったら、チャップリンの『モダンタイムス』のラスト、チャップリンと当時の奥さんだったポーレット・ゴダードが手に手を取って旅立っていくシーンだった。あの、何かがはじまる、不安だけどウキウキした感じ、それも似ているんだ。

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2009年7月3日(金)

チデジカに負けるな!アナログマTシャツゲット!
Analoguma
アナロ熊の歌」 ←かなり切ない。

Img317キャサリン・ジャクソンマザー:ザ・ジャクソン・ファミリー・ストーリー』(Mother: The Jackson Family Story、小林禮子訳、1990)を読みおわった。ジャクソン・ファミリーのお母さんが家族の歴史を語った本。母の話にマイケルとラトーヤ以外の兄弟姉妹が補足的な説明をさしはさむという構成になっている。

マイケル・ジャクソンが気になる。あれだけ嫌いだった『スリラー』すら買ってきてしまった。マイケルが突然の死を迎える前にそう言っていたら、予言者的な嗅覚を認められていたかもしれない。今となっては後づけの感は免れないが、マイケルの死には単なるゴシップ以上の意味があるような気がしてならない。全米を代表するスーパースターとして、すべての夢をかなえたかのように見えた男が、なぜあんな不幸な死を迎えなければならなかったのか。そんなのはプレスリーやマリリン・モンローのころから変らない、ショウビズの裏話じゃないか、と言われればその通りかもしれない。でもやっぱり、気になるのだ。晩年のマイケルの表情をなくしたような顔と数々の奇行。奇行も過剰なサービス精神の表れにすぎないなら、酔ったときのひらげと同じで罪はない(?)のだが、マイケルのそれは強烈な「拒絶」の臭いがした。すっかり白くなった顔を見て、「マイケルは白人になりたかったんだよ」という人もいるが、ぼくにはそうは思えない。だったら、何でせっかく手に入れた白い顔を黒いマスクで隠してしまうのだ。表情を失くした白い顔は白人社会であれ何であれ、何かに受け入れてもらいたいというサインではなく、拒絶のメッセージ、空白の象徴であるようにぼくには思えた。彼は何ものにもなりたくなかった。白人、黒人・・・それどころか、「自分」でいることすら拒否したのだ。

そんななか、この本を読んだ。マスコミが書きたてたマイケルのスキャンダルのひとつに家族との不仲がある。この本が書かれた背景には、そうした噂を一掃するという意図があったのだろう。このころ、ジャクソン家の娘のひとり、ラトーヤがジャクソン家に関する暴露本を書いたばかりだった。キャサリンはラトーヤの裏切りはもちろん、夫ジョーの浮気が原因で離婚寸前まで行ったこと、モータウンから独立する際にジャーメインと他の兄弟に確執があったことなどを認めている。ただ、そうしたトラブルはどこの家庭にも起こりうることだ。この本に書いてあることをすべて信じるわけではないが、貧しい子沢山の一家が音楽で夢をかなえるサクセス・ストーリーに不自然さはない。厳しく躾けられた反発から子供たちが父ジョーから距離を置いているなどといわれることもあるが、がんこなジョーの姿は大勢の子供を食べさせていかなければならない父親としてはごく普通のものだろう。そして、特に男の子の場合、大人になってから父親との距離をうまくとることは、どこの家庭でも難しいものだ。ささいな諍いはあったとしても家族は家族であり、それがマイケルの「拒絶」の原因になったとは考えにくい(マイケルの遺言書が見つかって、マスコミはまた父親に遺産を残さなかったことを書きたてている。ぼくがマイケルでも同じことをしただろう。誰が浮気癖のある父親に一生かけて稼いだ金を任せるものか。どのみち母親に残した金は父親のためにも使われることになるのだ)。

問題はマイケル自身や家族よりも、マスコミやオーディエンスにあったと考えるべきだろう。この本にもマイケルが根拠のない報道に悩まされていたことがくり返し書かれている。あることないこと書きたてるマスコミというのは今にはじまったことじゃない。ただ、ぼくが気になるのはなぜ、アメリカのマスコミはマイケル・ジャクソンをあれほど執拗に攻撃したのか、ということである。晩年、奇行をくり返すようになる前から、マスコミはマイケルを「異常者」であるかのように描いてきた。ぼくにはどうしても、そこに人種的なバイアスがかかっているように思えてならない。マイケルは黒人、白人を超えた幅広いオーディエンスに受け入れられた最初の黒人ミュージシャンだった。ジャクソン5として活躍していた70年代はもちろん、80年代ですらアメリカのショービズの世界にマイケル・ジャクソンのような存在はいなかった。しかも、マイケルはディズニーランドやクラッシックな内装といった白人メインストリームの文化が大好きで、私生活をそうした「黒人らしからぬ」装飾で派手に演出した。オーディエンスの多くはそんなマイケルを眩しく思いながらも、どこか強烈な違和感を抱いていたのではないだろうか。乗っていたロールスロイスを盗難車と決めつけられて逮捕された話はその意味で象徴的だ(306)。当時はまだ黒人の若者がロールスロイスに乗るのは「異常」なことだったのだ(今だってわからないが)。だから、そうした行動がマイケルの精神的異常さの表れであるというマスコミのストーリーが説得力を持ってしまったのではないだろうか。そんなマスコミやオーディエンスに対し、パブリック・イメージを保つことに疲れてしまったのだろう。ある時期からマイケルは周到につくられた自分らしい仮面をかぶることを拒絶した。どんな仮面をつけようが、どうせ異常者の気の迷いとされてしまうのだ。

ロンドン公演でマイケルはもう一度自分らしい仮面、ステージの上の「マイケル・ジャクソン」を取り戻そうとしていたのかもしれない。でも、50歳のマイケルにその時間は残されていなかった。『スリラー』を聞いている。80年代の軽い音ではあるけれど、マッコサのリズムを使っていたりして意外と悪くない。改めて、ご冥福をお祈りします。

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2009年6月28日(日)

2009_06_28tentenyu京のラーメン:「中華そば」@四条・烏丸『天天有』四条烏丸店
京都に限らず、鶏白湯ラーメンが注目されたのは最近のことだと思う。だとすると、一乗寺に本店があるこの店はその草分けと言うことになるだろうか。スープはクリーミーで野菜の甘みが出ている。甘くてクリーミーというとぼくの好みではなさそうなのだが、これが実に美味い!こんなラーメンもあるのか、京都おそるべし!・・・★★★★

黒人研究の会・第55回大会2日目。オバマに焦点をしぼった1日目に続いて、今日は自由研究発表の日。アフリカ系の文化・歴史を新しい視点から捉えた刺激的な発表が相次いだ。

日本女子大学の小泉泉さんの発表はトニ・モリソンソロモンの歌』のマジカル・リアリズム的傾向について検証するもの。モリソン自身は自分の作品が「マジカル・リアリズム」と結びつけて語られることを好んでいるわけではない。にもかかわらず、モリソン作品のには空飛ぶ人々のような超自然的エピソードが織りこまれている。モリソンはアフリカ系アメリカ人の文化的遺産を受けつぎ、そうしたエピソードを現実として描いている。だからこそ、彼女は「マジカル・リアリズム」と呼ばれることを嫌ったのだ・・・というような内容だったと思う。ぼくもマジカル・リアリズムが文化的遺産に基づいていることは確かだと思う。ただ、そうした文化的遺産を受けつぎながらも、伝統的な意味でのリアリズムに留まっているチヌア・アチェベのような作家もいる。その作品がマジカル・リアリズム的だと感じるためには、現実と超自然的な世界の間の境界線が曖昧になっている必要があるのではないか。マルケスしかり、ベン・オクリしかり、である。それぞれの民族が保持してきたコスモロジーのなかでは、現実と超自然的な世界の境界はむしろはっきりしている。マジカル・リアリズムは、植民地支配以降の現実が入りこむことによって、そうした境界が曖昧になった時代の産物、そうした時代に新たなコスモロジーを確立しようとする試みではないかと思う・・・そんなことを考えて、よせばいいのにまた質問に立ち、勝手なことを述べさせていただいた。

大島商船高専の石田依子先生の発表は海事史研究の立場から、17~18世紀の海賊船における黒人の存在を明らかにする今までにない意欲的なもの(ひらげは司会を務めた)。海賊のなかには貴族や国王と契約して他国の船を襲うものや奴隷貿易に関わるものもあったが、一方で「陸」とは違う秩序のもとに結束し、奴隷船から奪ったアフリカ人を仲間に加えるものもあった。存在を証明する確固とした証拠はないものの、マダガスカルにアフリカ人を含む船員たちによるユートピア社会「リバタリア」を建設したとされるジェイムズ・ミッソン船長のような人物もいたほどである。映画シリーズ『パイレーツ・オヴ・カリビアン』の世界は所詮絵空事と思っていたのだが、全くの想像の産物というわけでもないらしい。ちなみに、ミッソン船長の来歴が唯一記された海事誌A Genral History of the Robberies and Murders of the Most Notorious Pirates(1724)の作者チャールズ・ジョンソン船長は、英文学の分野ではダニエル・デフォーと同一人物であるとする説があるらしいが、海事史の分野では全くの「陸者」であるデフォーに詳細な海事誌が書けるはずがないとして否定されている。ぼくも『ロビンソン・クルーソー』のようなデフォーの作品の裏にあるのは海賊的な自由思想ではなく、フライデイのような「野蛮人」を「陸」の秩序につなぎとめようとする論理であり、同じ人物がミッソン船長のような人物を肯定的に描くことはないのではないか、という印象を持った(デフォーが作者であるとするジョン・ロバーツ・ムーアがどのような根拠でそういっているのか、わからないが)。ともあれ、こうした「陸」の秩序を無視した海賊たちの生き方は権力者たちに危険視されるようになり、1722年に海賊船の船長が大量に処刑されて海賊黄金時代は幕を下ろす。たいへん興味深い内容で、今後、さらなる研究を期待したい。

最後の発表は、黒人研究の会の重鎮である古川博巳先生と大谷大学の朴珣英先生による韓国版『黒人文学全集』についての報告。1961年に早川書房から出版された『黒人文学全集』は、日本初の黒人文学の翻訳全集として現在でもその価値を失っていない。日本版『全集』が世に出たころ、黒人研究の会に韓国から入会希望者があった。李秀光(イ・スグァン)というその青年の入会に関する短い記事が当時の会報に残っている。李氏はその後、日本の『全集』を参考に、黒人研究の会創設者の一人である赤松光雄先生の協力を仰ぎながら、1965年、韓国版『黒人文学全集』を完成させた。韓国版『全集』は作品の選択などにおいて日本版を意識してはいるものの、全く独自の編集で作られている。複数の人びとが翻訳者として名を連ねており、韓国にもこの当時から黒人文学に注目する文学者が少なからずいたことに驚きを隠しえない。韓国語訳のタイトルと作者名がハングルで書かれているだけなので、原作が同定できないものも多い。今回の発表中にも新たにいくつかの原題・作者が判明した。ちなみに、編集者の李氏の現在の消息は不明である。それも含めて、韓国における黒人文学研究の歴史がさらに明らかになることを願いたい。

発表のあと、長年にわたって黒人文学・文化研究に関わってこられた風呂本惇子先生が「黒人文学と私」と題して、黒人文学との関わりについてお話をされた。特殊潜航艇(神風特攻隊の潜水艦ヴァージョン)の出撃基地であった館山で迎えた終戦、新しい支配者であるアメリカに対する複雑な感情から説き起こし、シンクレア・ルイスの小説Kingsblood Royalや黒人霊歌との出会い、手に入れることさえ困難な洋書を快く貸してくれた黒人研究の先輩方との交流など、淡々とした口調で貴重なお話を聞かせてくださった。音楽家について、「名人になればなるほどどんどん意思が強く、エゴは弱くなっていく」と書いたが、研究者もそうなのかもしれない。素晴らしいお話をありがとうございました。

Kokujin_korea

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2009年6月27日(土)

2009_06_27shinpukusaikan京のラーメン:「新福ラーメン」@河原町『新福菜館』河原町店
京都に来たら、とりあえず『新福菜館』に行かなくては。毎回たかばし本店では能がないので、今日は河原町店にしてみた。そんなにしょっちゅう食べているわけではないので気のせいかもしれないが、本店よりも苦味が強くコクは少ないような気がした。もちろん、十分美味しいのだが、やっぱり次回は本店で食べよう・・・★★★+

夜行バスで京都へ。誰もいなくなった車内で運転手さんに起される。「お客さん、まだいたんですか!?」 揺れるバスのなかでここまで熟睡できる才能・・・というか無神経さを与えてくれたことを両親に感謝したい。

Fanon_che_wilkins黒人研究の会・第55回全国大会@京都キャンパスプラザ。今回のテーマは「アメリカ新大統領誕生の背景と意義を考える」。黒人研究の会設立当時には、想像すらできなかったであろう黒人大統領の誕生という歴史的出来事を受け、同志社大学からファノン・チェ・ウィルキンス先生、また長くオバマを取材してきた在米ジャーナリストの佐藤美玲さんを招いて、お話をうかがった。

ウィルキンス先生の講演は、MYBO(MyBarrackObama.com)のようなインターネットを通じた草の根の運動がオバマの大統領当選やコミュニティ活動一般において果たしてきた役割を、ポール・ギルロイが『ブラック・アトランティック』で用いたフラクタルといった概念を援用しながら明らかにするものだった。コミュニティのニーズをくみあげるための装置としてインターネットのような情報技術が欠かせないものになっているということはわかった。ただ、そうした技術が進めば進むほど、そこにアクセスできる人たちとできない人たちの格差が広がっていくのではないか・・・という疑問は残った。例えば、アフガニスタンやイラクのような国でインターネットを利用できる人はごく一部にすぎないはずだ。アメリカ国内のネットワークが相互的で複雑な図形を描くようになればなるほど、そこから排除された人びとの実像はフラクタルな図形の外の出来事として、せいぜい間接的にしか認識されなくなるのではないだろうか。そして、コミュニティ活動を最も必要としている人たちの多くは、そうした新しいネットワークにアクセスできないところにいる・・・乏しい英語力で必死に話の筋を追いながら、そんなことを考えていた(最初の数分間を聞き逃したこともあって、完全に理解したという自信はありません。ここに書いたのは講演に対するコメントというよりも、先生のお話を聞きかじってぼくが勝手に考えたことだと思ってください)。

佐藤美玲さんは在米ジャーナリストとしての経験を踏まえて、オバマの何が、人種を超えたアメリカ国民の心をとらえたのかについて語った。メッセージの一貫性、自発的で多様な草の根組織、ウィルキンス先生が詳しく述べていたようなテクノロジーの力、オバマ本人の指導者としての新鮮さ・・・といった要素に加え、白人の母とケニア人の父の間に生まれ、ハワイとインドネシアで育ったという「曖昧なアイデンティティ」が、オバマを「人種を越えた候補」にしていたことはやはり大きい。一方で、オバマ自身は自ら「人種を越えた候補」と名のることはなかった。ミドル・クラス的な出自や中間航路を共有していない(元奴隷でない)ことは黒人支持層を失う危険を孕んでいた。しかし、当初距離を置いていた黒人組織のバックアップをとりつける一方で(この点でミシェル夫人の役割は大きかったのだろう)、「黒人候補」だからダメだというネガティヴ・キャンペーンをはねかえして、オバマは大統領選挙に勝利する。これは、多くの人びとがアメリカが人種が問題でない国になるという希望をオバマに託した結果であったと言えるだろう・・・

ぼくが気になったのは、曖昧なアイデンティティがアメリカに結束をもたらすだけなら、それは危険ですらありうる・・・ということだった。オバマが解決しなかればならないのは、アメリカの国内の分裂だけではない。アメリカと他の国ぐにとの関係、とりわけイラクやアフガニスタンにおける米軍の存在が新大統領の肩に重くのしかかっている。こうした問題を解決できないなら、結束したアメリカがますます内向きになっていく可能性だってある。その点でオバマがどんな戦略をとろうとしているのか、ぼくにはまだ見えてこないのだ・・・と思い、質問に立った。佐藤さんは、オバマ支持者の多くが9・11地球温暖化問題をきっかけとして、自分たちの国がいかに嫌われているかに気づき、世界から孤立することに危機感を感じていると言う。その上で、オバマは多くの人が思っているほどラディカルな候補ではないと指摘した。むしろ、いろいろな力関係のなかでバランスをとっていくタイプの政治家だ。それはその通りだと思う。だからこそ、アメリカの外にいるぼくたちも、オバマに期待するだけではなく、アメリカの政治がどの方向に向かうか監視しつつ、場合によってはオバマ政権に圧力をかけていかなければならないのだと思う。

懇親会でジャズやブルースの話をしながらひとしきり飲んだ後、今年から京都精華大学で教鞭をとっている大学時代の同級生、エースことヤスダくんと河原町で飲んだ。川沿いにあるカウンターと2人がけの席ひとつだけの小さなお店で、季節の料理に舌鼓を打ちつつ、話に花を咲かせた。うーん、酒を飲むならやっぱり京都だねぇ・・・いろいろ話したけど、慣れない土地で困難な仕事に取り組んでいる友人を見て、誇らしく思った。ぼくもがんばらなくちゃ。しこたま飲んだ後、エースの家に泊めてもらった。そのまえに、どうしてもと勧められたので、一日一ラーメンの禁を破って今日二杯目のラーメンを食べた。

2009_06_27takumi今日二杯目のラーメン:「チャーシューメン(800円)」@出町柳『中華そば たく味』
おそらく『第一旭』あたりからはじまって発展した関西独特のとんこつ醤油。こういうラーメンは京都や神戸にはたくさんあるが、関東で食べようとすると、ぼくの知っている限りでは明大前に一軒あるぐらいでなかなか見かけない。すすめられてチャーシューメンにしたが、その迫力に圧倒される。ネギもたっぷり。なかなかおいしい・・・★★★+

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2009年6月4日(木)

2009_06_04gyunyuya今日のラーメン:「ラーメン(極太麺)(750円)」@新横浜ラーメン博物館『牛乳屋食堂』
福島県会津のラーメン屋。鶏がら中心のあっさりしたスープは透明感があり、何度食べても食べあきないだろうと思わせる。もう一つの人気商品・ソースカツ丼との相性もいい。麺は他に例のない平打ちの極太(中太も選べる)。手打ち風の不均等な厚みと縮れ方がプルプルと心地よい。厚い部分は具の入っていないワンタンのようでもある・・・★★★+

ジョージア州立大学准教授グレン・T・エスキュー先生の講演@首都大学東京But For Birmingham: The Local and National Movements in the Civil Rights Struggleなどの著書があるエスキュー先生は、アメリカ南部の歴史が専門。今回は「公民権運動の遺産とバラク・オバマ」と題して、60年代の公民権運動のなかで頭角を現したアフリカ系指導者ジョン・ルイス下院議員に焦点を当て、ルイスらの闘いがいかに「黒人大統領」の誕生に結びついたか、わかりやすく語ってくださった。

1940年、シェアクロッパーの息子として生れたジョン・ルイスはモンゴメリーのバス・ボイコット事件に感銘を受けて公民権運動に参加。以来、シット・インフリーダム・ライドセルマの行進など、運動の重要な局面のほとんどに関ってきた。彼の活動を追うことは、そのまま公民権運動の歴史を紐解くことになる。公民権運動はやがて、政治の世界に食い込んでいこうとするルイスら現実派と、ルイスのあとにSNCC(学生非暴力調整委員会)代表を務めたストークリー・カーマイケルブラック・パンサーらラディカルに分裂する。自衛を訴える一方で教育や貧困対策などコミュニティ活動に力を入れていったカーマイケルやブラック・パンサーに対し、ルイスは黒人の有権者登録を訴え、86年、自らも下院議員に当選した。加えて、ルイスをはじめとする公民権運動の指導者たちは、運動の歴史を後世に残すことにも力を入れてきた。例えば、運動を記念する博物館などは、白人と黒人が共存することが当たり前であるという雰囲気をつくりだすことに役立っている。ルイスやジェシー・ジャクソンが当初、オバマを胡散臭い目で見ていたのは事実だが、こうした歴史の積み重ねがあってこそ、「初の黒人大統領」が生れたことも確かなのだ。

先生のお話を聞いて、ぼくも僭越ながら質問に立った。マーティン・ルーサー・キングの時代から、アメリカに存在し続ける大きな二つの問題 ― 貧困と戦争について。公民権運動の結果、ジョン・ルイスのように成功したアフリカ系アメリカ人はお金と地位を手にした。が、一方で、アフリカ系の一部はさらに酷い貧困のなかにある。オバマは(コミュニティ・オーガナイザーとしての経験を生かして←これ、言い忘れた)こうした状況を変えることができるのかどうか。また、イラクやアフガニスタンのような国では、アメリカ軍が抑圧者とみなされている。いかに抑圧と戦い続けてきたとはいえ、それらの国に派遣されればアフリカ系アメリカ人もまた抑圧者とみなされてしまう。アフリカ系というよりも「ケニア系」アメリカ人であり、インドネシアで暮らしたこともあるオバマが、そんな経験を生かしてイラクやアフガニスタンの人々との関係を改善することは可能だろうか。

先生は、それは重要な問題だ、と前置きした上で、貧しい人たちが生活のために軍隊に入らなければならない状況を考えると、貧困と戦争という問題は切り離しては考えられないことを指摘された。オバマが本当に「変化」を起こせるかどうかはわからないが、ケニア系という出自とインドネシアで暮らした経験から、今までの指導者とは違う視点(パースペクティヴ)を持つオバマには可能性がある。オバマはアメリカ内部の視点にとどまらない、グローバルな大統領だ、ともおっしゃっていた。「グローバルな大統領」という言葉は危ういところもあるけれど、新鮮な響きがあると思った。このあと、フロアからもいくつか質問があり、やはり多くの人がオバマに単なる「黒人初の」大統領という以上の可能性を見ていることがわかった。有意義な講演会だった。

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2009年4月7日(火)

2009_04_07mutsumiya今日のラーメン:「香味つけ麺(780円)」@天王町『らーめん むつみ屋』横浜天王町店
普通の麺と全粒粉(小麦を外皮や胚芽まですべて挽いたもの)の麺が選べる。珍しいので全粒粉をにした。麺は見たからに色が濃く、舌触りもボソッとした感じがある。栄養価は高そうだし、食べごたえがあるとも言える。魚系のだしのきいたつけ汁との相性も悪くない。たまにはいいかな・・・★★★+

ウエストのところがきゅっと締まったこげ茶のスーツを着て、長いパイプをふかしながら、地元の商店街をモデル歩きで颯爽と通りすぎる人物を目撃した。何者!?謎だ・・・もしかしてスパイ?(←根拠なし)

Img230コーネル・ウェスト人種の問題 アメリカ民主主義の危機と再生』(Race Matters、1993、山下慶親訳、新教出版社、2008)を読みおわった。アフリカ系アメリカ人の哲学者・思想家コーネル・ウェストはプリンストン大学で宗教学・黒人問題を教える一方、ラップのCDを出すなど多彩な活動を通じて、人種差別の撤廃に対して「意志薄弱」なアメリカ社会の変革に取り組んできた人物である。本書は、90年代初頭のアフリカ系アメリカ人が置かれた閉塞状況を社会的・歴史的に解きほぐしたウェストの代表作である。

ウェストが危機感を抱いているのは、侮辱され抑圧された人びとの間に広まりつつある、「黒人であること自体へのニヒリズム」(34)であり、形骸化した議論によってそうしたニヒリズムの脅威を隠蔽するリベラル/保守派双方の指導者である。黒人保守派は「市場原理」や「自助努力」の名のもとに優遇措置を撤廃し、少数者や女性の採用を「業績に基づいて」判断するよう求めている。しかし、アメリカにおける人種差別の根深さを考えれば、優遇措置がなければ「人種的・性的差別が復讐を伴って舞い戻ること」は確実である(105)。つまり、保守派が言っているような「業績か、人種か」という枠組ではこの問題を理解することはできない。それは人種偏見の影響のもとで判断された「業績」を、法律によって修正するかどうかの問題なのである(89)。保守派は多くの人が生まれついて生活している厳しい状況から目を逸らしている。「黒人に主体者であることを求めることが意味をなすのは、彼らの主体性が部分的に発揮されている犠牲化のメカニズムについて検討する場合だけである」(36)。

このように問題を「自助」という形で個人に帰していく保守派に対し、リベラル派は保守派が目を逸らした社会の構造的制約に焦点を置く。しかし、このことは「ほとんど排他的に経済と政治にしか関わらない」ことを意味する、とウェストは指摘する(34)。リベラル派は「結局、問題は一部の人間の間違った行動である」という保守派の結論に手を貸すことを恐れて、文化や価値観の話に踏み込むことを避けている。そのため、彼らは人間の行動を自己利益と自己保存という動機からのみ位置づけてしまう。十分な収入、社会的・政治的な地位・・・こうした成果はもちろん重要だが、それだけでは「黒人であること自体へのニヒリズム」 ― 人種差別社会に存在を否定された自分とは何なのかという空虚感 ― を埋めることはできない。「人々は、とくに侮辱され抑圧された人々は、アイデンティティにも、意味にも、自己価値にも飢えている」からである(34)。

こうしたリベラルと保守派の形骸化した議論に対し、ウェストは「回心の政治学」と呼ぶモデルを提唱する。

「回心の政治学の提唱者は、リベラル構造主義者と同様に、人々の苦しみと生活を形成している構造的状態を決して見逃すことはしない。しかしながら、リベラル構造主義者とは違って、回心の政治学は、ニヒリズムの脅威に真っ向から立ち向かう。回心の政治学は、保守的行動主義者とは違って、これらの行動を非人道的状況の中に位置づける(しかしそれによって自分を免責はしない)」(45-6)

重要なのは、「回心の政治学」の提唱者としてのウェストが、ニヒリズムの空虚を黒人民族主義で埋めようとはしていないことである。「黒人の結束的心理に培われた黒人的真正性の主張は危険である。なぜならば、まさにこの結束は、通常、黒人女性の犠牲の上に成り立っているからである。それはまた、黒人アメリカにおける階級や性的傾向の分裂(中略)を無視する傾向がある」(54)。すべてのアフリカ系アメリカ人が同じ「黒人性」を共有しているという本質主義的な考えの代わりに、ウェストは多様な見解への「道徳的評価」を奨励する(56)。黒人民族主義は、結局のところ、黒人が特殊な文化様式を持った「よそ者」的な存在であることを認め、白人優越主義の存続に寄与することになりかねない。黒人性を共有しているか否かによって人間を区別し、他人種を「神格化や悪魔化」(57)することは、人間性の回復にはつながらない。仮定された単一の「黒人の声」に同一化する指導者は「黒人の窮状を看過させ忘却させるために、白人アメリカ人が慰撫しなければならない人物として機能」することになる(71)。指導者は多様な意見を批判的に統合し、新たなヴィジョンを提示しなければならない。

こうした視点から、ウェストは黒人とユダヤ人の関係、黒人のセクシャリティといった問題に切り込んでいく。最後の章ではマルコムXを取りあげ、「黒人が自分自身を人間として肯定し、もはや自分自身の肉体と精神と魂を白人のレンズを通して見るのではなく、自分自身の運命を自分自身で支配できるようになると」信じた「黒人の怒りの預言者」として評価しながらも(143)、その民族主義的な限界を指摘している。マルコムがどうしても逃れることのできなかった単一の黒人性という考えに対置されるのは、「ジャズ」という言葉である。

「黒人生活の文化的な雑種的性格は、マルコムXの見解とは異質な比喩 ― しかしながら、聴衆に対する彼の演技には調和している ― を際立たせること、すなわちジャズの比喩へと私たちを導く。私はここで『ジャズ』という用語を、音楽的芸術形態の用語としてよりも、この世界における存在様態として用いている。それは『あれか/これか』的見解、教条主義的宣言、優越主義的イデオロギーの疑いがある現実に対して、変幻自在で、流動的で、柔軟性のある即興的様態である。ジャズ的な自由の闘士であることは、厭世的な人々に衝撃と活力を与えて、批判的交流と幅広い考察を奨励する責任あるリーダーシップを備えた組織形態へと導くことである」(159)

短いけど刺激的な本です。興味のある方は、ぜひ。

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2009年3月4日(水)

2009_03_04toutouken今日のラーメン:「ラーメン(600円)」@関内『唐桃軒
すごく久しぶりに『唐桃軒』に行ってきた。あっさりした醤油ラーメンで、ほんのりと野菜(シイタケ?)の風味が残るところが魅力。自慢のチャーシューは肉厚で、ラーメンに良くあう。細麺もプチっとしたコシがあってけっこう美味い。インパクトはないが、安心して食べられるラーメンだと思う・・・★★★+

Img197_2越智道雄・町山智浩『オバマ・ショック』(集英社新書、2009)を読み終わった。オバマ政権誕生に至る経緯をニューディール政策に代表される「大きな政府」とレーガノミックス的な「小さな政府」の間を行き来する政治サイクル、製造業が海外に流出するなかで投機に対する規制が緩められた結果起こった住宅バブルとその崩壊、さらに「地道で質朴な開拓者」という自己イメージにもかかわらずアメリカ人がずっと持ち続けてきた投機的な性格・・・といった文脈から説きおこす。オバマがバカ息子ブッシュによって崩壊したアメリカを再生できるのかどうか、アメリカの路線を追いかけている日本も他人事ではない。「初の黒人大統領」に対する期待が高まる一方で、困難な状況を早期に打開できない場合、最初にそっぽを向くのは他ならぬ「黒人」=「アフリカ系アメリカ人」ではないか・・・という指摘はその通りだと思った。また白人の抱くオバマのイメージがバックグラウンドのない黒人(ということは、つまり白人が罪の意識を抱かずにすむ黒人)が白人の危機を救う「マジック・ニグロ」という文化的類型 ― バックグラウンドがないという意味では、例にあげられていた『夜の大走査線』や『ドライビング・ミス・デイジー』よりも、『野のユリ』のほうがより当てはまると思う ― であるという話(155)も納得(デヴィッド・アーレンシュタインという記者が「ロサンゼルス・タイムズ」に書いた「オバマ・ザ・マジック・ニグロ」という記事が元ネタ。オバマ人気を揶揄する「バラク・ザ・マジック・ニグロ」という歌もある)。ということは、白人もまた「マジック」に裏切られたと思ったとたん、オバマに背を向けることになる。ともあれ、さまざまな文化的背景を持ったオバマはどのエスニック・グループにも階級にも属することのできない「絶対的他者」であり、だからこそ大統領になれたということは確かで、そこに彼の強みも危うさもあるのだろう。対談形式で字も大きいのですごく読みやすかったけど、示唆に富む本だった。

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2009年2月24日(火)

2009_02_24taishyoken今日のラーメン:「中華そば」@横浜『大勝軒』横浜西口店
約2年ぶりの訪問。煮干のきいたスープは嫌いじゃないのだが、やっぱり苦手なのはスパゲッティみたいな麺かなぁ。でも、この麺がいい!という人も多いんだよね。確かにコシがあるし、小麦を食っていると感じがする。こんなに量が多くなければ、悪くないのかも・・・★★★+

Img173_2マイケル・エリック・ダイソンカトリーナが洗い流せなかった貧困のアメリカ 格差社会で起きた最悪の災害』(Come Hell or High Water: Hurricane Katrina and the Color of Disastar、2005、藤永康政訳、ブルースインターアクションズ、2008)を読み終わった。2005年8月末に米国南東部を襲った大型のハリケーン=カトリーナ・・・その被害の多くが小さな政府を掲げ、災害対策をお座なりにしたブッシュ政権による「人災」であることは、災害発生当初から多くの人びとによって指摘されてきた。ジョージ・ブッシュとその取り巻きはクリントン政権下で曲がりなりにも形を成した災害救援のシステムを解体、大統領直属の機関であったFEMA(アメリカ合衆国連邦緊急事態管理庁)はテロ対策に軸足を置いた国土安全保障省の一部とされた。大幅に権限・規模が縮小されたFEMAの長官に就任したのは、災害救援の経験など皆無なマイケル・ブラウンという男だった。こうして、悲劇のお膳立てが揃ったところで、最大規模・カテゴリー5のハリケーン=カトリーナがやってきたのである。ルイジアナ州知事やニューオリンズ市長からの度重なる救援要請も、ブッシュやブラウンを迅速な行動に駆り立てることはなかった。指揮系統の乱れから送れるはずの援助が足止めを食ったことも一度や二度ではない。そんななか、車を持たない貧しい人たちがなすすべもなく死んでいったのである。

米国のマスコミはこうした政府の対応の遅れを非難する一方で、人種イメージの枠にはまった報道によって被害者の多くを占めていたアフリカ系の人びとを著しく貶めた。ラッパーのカニエ・ウェストは「黒人の家族がいる、するとこうだ、『おや、どういうことでしょう。彼らは何かを略奪しています!』。白人がいたとする、するとこうだ、『たいへんです。彼らには食べるものもなく、それを必死に探しているようです』」とマスコミの偏向ぶりを批判したが、これはウェストの創作ではない。実際にそうした報道があったことが本書でも紹介されている。こうした報道のすべてが明確な悪意を持ってなされたものだというわけではない。しかし、人種が大きな意味を持たざるを得ない米国のような社会では人種についての思考の枠組(著者の言葉を借りれば、「判断の準拠枠」)のようなものがあり、対象が「黒人」であるというだけで報道もそうした枠組にのっとった言葉を使ってしまう(日本でも同じことである。例えば容疑者が「韓国籍」であるとか「中国人」であるとか聞いただけで、何かわかったような気になっていないだろうか?そもそも犯罪報道に国籍は必要だろうか?)。しかし、たとえ悪意がなくとも、こうした報道は結果として人種憎悪を煽ることになる。

避難所を訪ねたブッシュ大統領の母親、元ファースト・レディのバーバラ・ブッシュは、「アリーナに収容されている人びとは、ほら、どっちにせよ貧しい人たちでしょう、するとこうなっちゃった、こういう事態は彼らにとってはよかったことでしょう」とまで言ったそうだ(165)。この発言が本当なら、ブッシュの掲げた「思いやりのある保守主義」の実像をよく現している。福祉と教育を重視すると明言したオバマがそれを変えてくれると期待したい。

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2009年2月16日(月)

2009_02_16misoya今日のラーメン:「味噌ラーメン(750円)」@神保町『札幌 味噌や』
白味噌仕立ての比較的上品なスープ。あっさりしていて味噌ラーメンからイメージするどぎつい感じはない。麺は色こそさほど黄色くはないものの、縮れた太麺はいかにも札幌ラーメンという感じ。もやしなどの野菜がたっぷり載っている分、チャーシューはちょっと少ない印象。オロチョンのほうがよかったかな?・・・★★★

Ghetto_2ロビン・D・G・ケリー『ゲットーを捏造する アメリカにおける都市危機の表象』(Yo Mama's Disfunktional!: Fighting Culture Wars in Urban America、1997、村田勝幸/阿部小涼訳、2007)を読み終わった。アフリカ系アメリカ人の文化について語るとき、抑圧に対する対抗手段、未曾有の体験に根ざした特異な性質を持つものとして捉えがちである。抑圧された状況に対する「異常な」代償行動と捉えるにせよ、あるいはある種の政治的なテキストとして読むにせよ、そうした見方は文化が「参加者と現場の人間にとってそれがどういう意味をもつのか」(76)ということや、アフリカ系アメリカ人コミュニティが文化的雑種性を持っているということを見えにくくしてしまう。実際には文化は対抗手段や代償行動である以前に、「美的価値・様式・アイデンティティをめぐるダイナミックな闘争」であり(53)、「鳩尾から湧き上がる快楽」(71)を求める行動である。文化はたんに生きのびること以上のものであり、それはどんなに困難な状況にあっても変らない。ゲットーだからといって、文化が政治的パンフレットに矮小化されてしまうわけではないのだ。だからこそ、快楽を感じる対象に多様性があるのは当然のことであり、また独自の個性を持ちながらもアフリカ系アメリカ人の文化が他の文化と遠く離れた「特異な」(あるいは「異常な」)ものではない・・・ということもまた当然である。

こうしたことを踏まえなければ、アフリカ系アメリカ人の置かれた状況は彼らの持つ文化的特異性が原因である・・・ということになりかねない。著者が第四章で「階級」ばかりを優先しようとするニュー・リベラリズムの論客を批判するのも、このことと無縁ではない。そうした論客はときにマーティン・ルーサー・キングすら援用しながら、リベラルの運動から人種やジェンダーやセクシュアリティの問題を排除しようとする。それは結局、そうした問題をアフリカ系アメリカ人・女性・ゲイといった「特異な」集団の「アイデンティティの政治」として切り離す。実際には、そうした問題は労働問題のようなリベラルが伝統的に扱ってきた問題と骨がらみの関係にある。例えば、マイノリティの人口比率が多い貧しい地域に対する公共サーヴィスの削減といった巧妙な形で現れる現代アメリカの人種主義に抵抗することは、アフリカ系アメリカ人やラティーノ、アジア系以外の人びとのためでもある広汎な勝利につながるはずだ。

ぼく自身、まだ上手く説明できないところもあるのだが、文化を政治的主張に矮小化せず当事者がどんな快楽を感じているのか、多様性と変化を捨象せずに捉えるということと(そのなかにアイデンティティは複合的に現れる)、人種やジェンダーやセクシュアリティを一部の人間のアイデンティティだけにかかわる問題としてではなく全体に関わる問題として捉えることは、どちらも見逃せない視点であり、切り離して考えることができない。もう少し深く考えてみよう。

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2008年12月29日(月)

2008_12_29arigataya今日のラーメン:「ラーメン(650円)」@平沼橋・横浜『らーめん ありがた家
鶏油が強い印象を残す。味は濃い目だが、塩味よりも旨味が強い感じ。茹で豚風のチャーシューは好みではないはずなのだが、ボリュームがあって以前ほど悪いとは思わなかった。家系のなかでは軽い部類だが、ジャンクな部分も含めて、いかにも家系らしいラーメン。・・・★★★+

Img018トム・グレイヴズ『ロバート・ジョンソン クロスロード伝説』(Crossroads: The Life and Afterlife of Blues Legend、2008、奥田祐士訳、白夜書房、2008)を読み終わった。ロバート・ジョンソンの生涯については確実にわかっている事実が非常に少ない。そのため、「四辻で悪魔に魂を売り、浮気相手の夫に毒殺された悲劇のブルースマン」といった伝説とともに語られることが多い。もちろん、ジョンソンの音楽がそうした伝説に信憑性を与える禍々しさや陰鬱さを抱えていることも事実だ。その背景には最初の奥さんの死といったやるせない出来事や「悪魔の音楽」であるブルースに身を投じることに対する恐怖があったのだろう。しかし、悲しみや恐怖を表現するだけではブルースにはならない。ブルースはそうした否定的な感情を涙混じりの笑いやヤケクソのドンチャン騒ぎに解消する音楽だ。ようするに、ブルースマンは「芸術家」ではなく、「エンターテイナー」であるということだ。エンターテイナーとしてのブルースマンは、客を楽しませるためなら悪魔ですら利用する。

「大半のミシシッピ人は、地獄の業火が日常的に口にされる世界で育ったが、デルタ・ブルースについて書いた初期のライターのなかには、そうした文化とまったく無縁な人々もいた。そのため悪魔の物語や、伝えたい内容に合わせて聖書のメタファーを駆使する南部の宗教特有の手法に馴染みがない人々にとっては、ロバート・ジョンソンの歌詞が必要以上に禍々しく聞こえた可能性もある。つまり、荒野で悪魔に誘惑されるイエスの有名な話を、とことん真面目に、聖人ぶって伝える牧師もいれば、ユーモラスな視点から、悪魔をやたらとちょっかいを出してくる厄介者として描く牧師もいるということだ。弁護士の手法を借りるなら、すべては文脈次第なのである。
 ジューク・ジョイントでジョンソンの歌を聞いた人々は、悪魔の話や、その意味には幅があるということをよく知っていた。ジョンソンが悪魔と手を結んでいるとまともに信じこむようなことは、決してなかったに違いない」(100-1)

オジー・オズボーンのオカルトじみた演出を本気にする人がいないように、ロバート・ジョンソンが悪魔に魂を売ったことをほのめかしても、そのことを深刻に捉えるものはいなかっただろう。もちろん、ジューク・ジョイントに集まった人たちにとって、悪魔の存在が現実でなかったわけではない。恐れているからこそ、悪魔にぎりぎりまで近づいて見せるブルースマンの危うい物言いが笑いを誘い出したのだ。ようするに「俺と悪魔のブルース」のような曲は、「恐怖や震えではなく、笑い声を呼び出すために書かれた作品」なのである(100)。

本書は確実に証明できる事実から組み立てられたロバート・ジョンソンの伝記と、ジョンソンの死後、彼の音楽を「再発見」し、さまざまな伝説や噂とともに広めていった人々の「ロバート・ジョンソン受容史」とでも言うべきものから構成されている。こうした構成をとることによって、作者は伝説の霞のなかから生身のエンターテイナーとしてのロバート・ジョンソン ― 悩める神秘的な芸術家ではなく ― の姿を浮びあがらせようとしている。そこにいちばん好感を持った。

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2008年11月5日(水)

2008_11_05rahya今日のラーメン:「ラーメン(550円)」@相模原・笑福門『とんこつ らー家
薄めの豚骨スープのうえをびっしりと背脂が覆っている。これは失敗したかな・・・と思ったのだが、食べてみると意外にアッサリ。それでいて舌に味が残る強さもあって悪くない。中太の麺も固めに茹でられていて美味しい。後味に何か豚骨だけではないものが残る気がするのだが・・・★★★+


ついにバラク・オバマが大統領になる。危ぶまれていた「ブラッドリー効果」もなく、マケインに大差をつけての当選。黒人初の・・・ということはあえて言うまい。アイデンティティというのはもっと複雑なもののはずだ。それよりも文化から文化へと旅するこの男が、硬直しきったアメリカ社会を変えてくれると期待しよう。誰よりも不信心なぼくだけど、今回ばかりは神に祈りたい。狂ったテロリストの銃弾から彼を守りたまえ・・・と。

バラク・オバマ@ひらげ日記
2008年4月25日(金) バラク・オバマとジェレミア・ライト師
2008年2月5日(火) バラク・オバマ自伝『マイ・ドリーム』
2008年1月26日(土) バラク・オバマと詩人フランク・マーシャル・デイヴィス
2008年1月22日(火) ジーナ6とバラク・オバマ『合衆国再生』

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2008年11月5日(水)

2008_11_05rahya今日のラーメン:「ラーメン(550円)」@相模原・笑福門『とんこつ らー家
薄めの豚骨スープのうえをびっしりと背脂が覆っている。これは失敗したかな・・・と思ったのだが、食べてみると意外にアッサリ。それでいて舌に味が残る強さもあって悪くない。中太の麺も固めに茹でられていて美味しい。後味に何か豚骨だけではないものが残る気がするのだが・・・★★★+


ついにバラク・オバマが大統領になる。危ぶまれていた「ブラッドリー効果」もなく、マケインに大差をつけての当選。黒人初の・・・ということはあえて言うまい。アイデンティティというのはもっと複雑なもののはずだ。それよりも文化から文化へと旅するこの男が、硬直しきったアメリカ社会を変えてくれると期待しよう。誰よりも不信心なぼくだけど、今回ばかりは神に祈りたい。狂ったテロリストの銃弾から彼を守りたまえ・・・と。

バラク・オバマ@ひらげ日記
2008年4月25日(金) バラク・オバマとジェレミア・ライト師
2008年2月5日(火) バラク・オバマ自伝『マイ・ドリーム』
2008年1月26日(土) バラク・オバマと詩人フランク・マーシャル・デイヴィス
2008年1月22日(火) ジーナ6とバラク・オバマ『合衆国再生』

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2008年8月9日(土)

Img512ウェルズ恵子『黒人霊歌は生きている 歌詞で読むアメリカ』(岩波書店、2008)を読み終わった。黒人霊歌について書かれた本は数多くあるが、この本の特徴は霊歌の収集・研究、受容の歴史をたどり、あとから付け加えられ修正された部分を排して、本来の霊歌が持っていたニュアンスに実証的に迫ろうとしている点にある。

「黒人霊歌のパフォーマンスが主張するものはなぜこんなにも多様なのか。本当の黒人霊歌はどれなのだろうか。甘美さも清らかさも泥臭い声も乾いた感じの歌詞も、どれも本当かもしれないが、本当の『本当』があるようにわたしには感じられた。奴隷制時代の歌が知りたい。もともと口承だったとはいえ、いまでは楽譜で流布している黒人霊歌。いったいその歌はいつどこで紙上に固定されたのか」(vii-viii)

もちろん、著者は、奴隷解放運動ハーレム・ルネッサンス、あるいは公民権運動において霊歌が果たした役割を理解している。しかし、一方で、そうした運動に転用される過程でこぼれ落ちてしまったものを拾い集め、のちに読みこまれた意味を引きはがして、霊歌本来の姿を明らかにすることに意義を見い出している。

こうした作業を実証的にやろうとすると、思いのほか難しい。なぜなら、霊歌のシンプルな歌詞から確実に読みとれる意味だけを拾いあげようとすると、言葉がどのように受けとめられていたのかという大事な点について、あまり大胆なことは書けなくなってしまうからだ。著者は霊歌が苦難に満ちたアフリカ系アメリカ人の体験に根ざしていることを認めながらも、歌詞の分析についてはストイックなまでに宗教的解釈にこだわっているように思える。例えば、ヨルダン川をテーマにした霊歌についての一節(76-80、88-90)。これらの歌について、霊歌を歌っていた人々は死による解放と現世における解放という二つの希望の間を行き来していたのであり、ヨルダン川を越えてたどり着く場所は天国であると同時に北部でもあったと考えることもできる。しかし、北部への逃亡という「現世における解放」が宗教的な歌詞に託されていたかどうかを実証することは困難だ(公民権運動のなかで「創作」された可能性もある)。だから、著者はあえてそうした解釈には触れないようにしているのではないか。本の後半、伝記的事実がある程度明らかな辻説法師=ブラインド・ウィリー・ジョンソンやブルースマン=ロバート・ジョンソンについての章が、現実の出来事と彼らが心のなかに抱いている神や悪魔の世界が交錯するように書かれているのとは対照的だ。ともあれ、宗教的なことに疎いぼくには、興味深いことが多かったのだが。

霊歌の研究・収集の歴史も丁寧にたどられている。霊歌をそのままの姿で保存しようとしたのは白人の研究者がほとんどで、アフリカ系識者はそれを洗練されたスタイルに編曲して使おうとした。その意味で、編曲からこぼれ落ちたものを拾いあげながら新しい作品に生かそうとした黒人女性=ゾラ・ニール・ハーストンはやはり特異な人だったと思う。そして、ブラック・ミュージックの行方としては、スタイルとしての霊歌は残らなくてもいいのだと思う。「あとがき」で著者が語っているように、ときには亡霊になった霊歌の歌い手たちと戯れるのも楽しいだろうが・・・

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2008年6月28日(土)

2008_06_28kouchyan今日のラーメン:「中華そば(600円、平日昼は500円)」@広島『中華そば こうちゃん』本店 広島のラーメンはさらっとした豚骨醤油。ストレート細麺に、軽く湯がいた細めのもやしがからむ。この組合せになかなか得がたい食感がある。豚バラチャーシューも、食べ応えがある。これで平日昼なら500円。おばちゃんたちが切り盛りするいなたいお店で、ラーメンの他におでんやレバ刺しも置いてあり、飲みに行くのもいいかも・・・★★★+

Dscn0731黒人研究の会(JBSA)の全国大会に参加するため、高速バスで広島へ。広島は子どものころ親に連れられてきたことがあるはずなのだが、まったく記憶がない。ほぼ初めての街といっていい。学会は午後からなので、広島のラーメンを食べて市内を散策することにした(写真は荒神町あたりで見つけたカープのマスコットが描かれたマンホール)。

広島は川の町だ。市内を六本もの川がゆるやかに流れている。石造りの立派な橋を、路面電車が車体を傾げてガタガタと渡っていく・・・どこか懐かしく美しい風景だが、この川もあの日には遺体で埋め尽くされたのか、あの橋も熱線を浴びたのかと考えると、胸がしめつけられる。それでいて、雑然とした町並みは人々のパワーを感じさせ、「どんなに焼き尽くされても人間は立ち上がる」という希望を表している。一目見て、この街が好きになった。

京都や名古屋もそうだが、広島も駅の周りはそれほど発展していない。新幹線口にはコンビニがひとつあるぐらいで繁華街と呼べるようなものは見当たらない。比較的賑やかな南口でも、廃墟のような古いビルが視界をさえぎっている。窓が割れたままの建物や、時が止まったような古い商店がうずくまるように身を潜めている。左手に少し歩くと庶民的な市場があってそれなりに賑やかだが、いわいる「開発」がすすんでいる様子はない。大型のデパートが並ぶいちばんの繁華街は、駅から少し離れたところにある。このことに違和感を感じてしまうのは、ぼくの生まれ育った横浜がそうではないからだろう。横浜や関内の繁華街は比較的駅の近くにある。あとでタクシーの運転手さんに聞いたところ、広島駅は川に隔てられた場所にあり、周囲が発展しにくいのだという。逆に言えば、広島のような古い町は鉄道が敷かれる以前から繁華街が発展しており、いちばん賑やかなところには駅を設置するスペースがなかったということなのかもしれない。何もなかったところに明治になってから建設された横浜の町とは歴史が違うのだ。

学会が行われたのは広島女学院大学。1886年に創立された、長い歴史を持つ大学だ。当然、原爆の被害も受けており、教職員・学生合わせて300人あまりの犠牲者を出している。そんな所縁のある場所で行われた第54回大会のテーマは、「黒人研究と平和」。黒人研究も9・11以降のアメリカの状況と無縁ではいられない。いつかは正面から取り組まなければならなかったこのテーマのために、これほどふさわしい場所もないだろう。

Dscn0736学会はプリンストン大学アフリカン・アメリカンセンター所長ヴァレリー・スミス先生の講演からはじまった。"Civil Rights/Human Rights"(「公民権/人権」)と題されたその講演で、スミス先生はマーティン・ルーサー・キング師の思想をグローバルな文脈で捉え直すことの重要性について語った。ベトナム戦争に反対し、名声欲と結びついたアメリカの覇権主義を「軍楽隊の本能」と批判したキング師の思想には、アメリカ市民としての権利を求める「公民権運動」を超える広がりがあった。もちろん、キング師の思想や活動を50~60年代の南部という歴史的文脈に位置づけることも重要だ。ただ、それだけではキング師が批判したアメリカという国の本質を見失うことになりかねない。アメリカの人種主義は公民権運動によって免罪されたわけではない。キング師を「自由の国アメリカ」を表すアイコンにしないために、公民権運動やキング師の実像をさまざまな角度から検証し直しながら、「記憶」を柔軟かつ批判的に利用していくことが求められている。それこそが、「人権」のための運動を単なる「アメリカ市民」としての権利を求める運動へと矮小化させない道である・・・非常に刺激的なお話だった。9・11以降、アメリカのリベラル派が内向きになっていると感じていたので、キング師が生きていたら現在のアメリカの状況をどう捉えただろうと考えずにはいられなかった。そう考えることは、キング師を偶像化することではない。キング師を偶像化することによってアメリカが封印してしまった公民権運動のグローバルな意味について考え直すことなのだ。アメリカの民主主義を世界に輸出することではなく、アメリカの民主主義が輸出される側から見るとどんな顔を見せるかということを理解することなのだ。

Dscn0738_2続いて行われたシンポジウムでは、パネラーの皆さんがそうした問題意識を共有しているということが明らかになった。プール学院大学の佐竹純子先生は、南アフリカの映画においてアフリカ人の役にアフリカ系アメリカ人の俳優が優先的に使われたり、アフリカの文化がアフリカ系アメリカ人の文化に置き換えられたりすることの問題点について、さらには被害を受けた者の体験がなかなか描きにくい性的暴力の問題について語った。青山学院大学の西本あずさ先生はトニ・モリソンソジャナー・トゥルースハリエット・ジェイコブズといったアフリカ系アメリカ人女性の語りのなかに存在するアメリカ主流とは違う物語について語った。そうした「語り」を産みだすことによって、彼女たちは孤独のなかで「新しい自分」をつくり出した。しかし、こうした既成の枠組を壊して新たな地平を切り開く動きをつきつめていくと、アフリカ系アメリカ人文学という枠組も壊していかなければならなくなる。さらに、四日市大学の山本伸先生は、沖縄やカリブの文学を例に挙げながら、被害者が加害者になったり、加害者が被害者になったり、あるいは加害者が同時に被害者であったりする物語について語った。文学はフォークロア的なものを支点/視点とし、さまざまな対立軸の間を揺れながら、平和概念を有機的に表現するものである・・・3人のパネラーに共通しているのは、アフリカ系アメリカ人(あるいはアフリカ人)=被抑圧者という単純な見方では、もはや何も語ることができないという認識である。例えば、以前この日記にも書いたように、アフリカ系アメリカ人も米軍兵士としてイラクやアフガニスタンに行けば、超大国の力をバックにした抑圧者でしかない。この点については、懇親会でスミス先生にもぶつけてみた。先生にも「その通りだ」と賛同していただけた。

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2008年6月3日(火)

2008_06_03pepan今日のラーメン:「正油野菜ラーメン(750円)」@吉野町『北海道旭川ラーメン ぺーぱん
久しぶりに横浜が誇る旭川ラーメンの名店『ぺーぱん』に。醤油味のスープは濃厚で、野菜をたくさん入れても負けない。その野菜もパリッと仕上がっていて食べやすい。縮れた麺はまっすぐ伸ばしても元に戻るのではないかと思うほどコシが強い。加えて、おばちゃんの気さくさでありながら、べたべたとしていない接客も高感度大!・・・★★★★

ボ・ディドリーが亡くなった(現地時間2日)。またひとり、ぼくのヒーローが逝ってしまった。

Have_guitar_will_travel_3ウォンウォンウォンと内臓エフェクターをぶちかましてコードをかき鳴らすボのギター・プレイが好きで、ボ・モデルの四角いギターを買った。ぼくにボの豪快な演奏がまねできるはずもなくビジュアル重視の選択だったけど、やっぱりどうしても四角いギターをかき鳴らしてみたかったのだ。ボの音楽にはどこか人を食ったようなところがある。トントントンッ、スットントンという、いわいるボ・ビートはボ以前の黒人音楽でもしばしば使われたし、もともとはキューバ音楽のクラベスのリズムから来ているのだろう。でも、ボの場合、マラカスが入っているせいか、ギターをジャカジャカかき鳴らすせいか、あるいはドラムがスットンキョーなせいか、無比の魅力がある。それはクラベスの響きも飛び越えて、アフリカに先祖がえりしてしまったような印象すら受ける。実際、ボのレパートリーには「モナ」をはじめとしてワンコードのものも多いし、1966年のアルバム『ジ・オリジネーター』は怪しげなかけ声とパーカッションによる「アフリカ・スピークス」という不思議な曲でしめくくられている。ノベルティ・タッチ、ワンコード、リズム重視、そして四角いギター・・・ボ・ビートの曲なんて一曲もやってないけど、ぼくがチキリカというバンドをやっていくにあたって、どんなにボを意識してきたか・・・わかる人はわかってくれるだろう。

最後の単独スタジオ・アルバム『ア・マン・アマングスト・メン』が出たのはもう10年以上前になるが、そのときすでにボは60代後半だったのだな。ストーンズのメンバーや故ジョニー・ギター・ワトソンも参加したその内容は、素晴らしいものだった。ヒップホップには批判的だったはずのボだが、実の孫にあたるラッパー=フィロソフィー・Gを招いて、ラップにも挑戦している。それでいて、1曲目ではジョニー・ギター・ワトソンに「スピーチ」(ラップとは呼ばない)をさせていて、「まだまだ若いものには負けん。俺たちのほうがカッコいいだろ?」と言わんばかりの気概を見せていた。その後、高血圧や糖尿病を患い、昨年5月にステージ上で倒れてからは、集中治療室で治療を受けていたという(っていうか、78歳でステージに立っていたのか!)。享年79歳。長生きと言っていいだろうが、もっと生きてほしかった。ご冥福をお祈りします。

ロン・ウッドといっしょに来た来日公演を見に行ったことを書き忘れていた!もう一度、生の演奏に触れてみたかった・・・


「ロードランナー」~「ブリング・イット・トゥー・ジェローム」~「モナ」、1972

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2008年5月30日(金)

2008_05_30tsuburaya今日のラーメン:「ラーメン(650円)」@上北沢『ラーメン つぶらや
基本はクリーミーな豚骨ラーメンで、いちばん苦手なタイプ。太めの麺も特に個性があるわけではなく、期待はずれ。香油のようなものがまぶしてあるところ、最後に残る粉っぽさは『田ぶし』にも似ているが、あんなに個性的ではない。うーん・・・不味いわけではないんだけど・・・★★★

なげやり夫妻、ゆきえちゃんと結婚式の打ち合わせ。

Img385_2クラレンス・ノリス/シビル・D・ワシントン『最後の被告人 スコッツボロ事件』(The Last of the Scottsboro Boys、伊佐千尋/伊佐敦訳、文藝春秋、1990)を読み終わった。1931年3月25日、9人の黒人少年がアラバマ州ペイントロックで群集に貨物車から引きずりおろされた。スコッツボロの刑務所に送られた9人は、ヴィクトリア・プライスとルビー・ベイツという2人の白人女性を強姦した罪で告訴される。2週間あまりで判決が下され、不十分な証拠にも関わらず(容疑者のひとりは事件当時梅毒でとても女性と関係が持てる状態ではなかった。また、強姦されたとされる女性のひとり=ルビー・ベイツはのちに証言を翻している)、未成年と見なされた一人を除く8人に死刑が宣告された。いわいるスコッツボロ事件である。本書はスコッッツボロ・ボーイズと呼ばれた容疑者のひとりだったクラレンス・ノリスの手記と法廷でのやり取りを収録したスコッツボロ事件の記録である。曖昧な証言だけで下された不当な判決に世界中から非難の声が集まり、NAACPや共産党系組織の支援もあって、事件の翌年、合衆国最高裁判所が事件の再審理を命じた。しかし、裁定を受けて行われた裁判が茶番にすぎなかったことは、本書に収められた裁判の記録からも明らかである。検事に対する弁護人の異議は取り下げられ、逆に弁護士の発言は検事の異議を受けてことごとく封じられた。再度、死刑判決を受けたクラレンス・ノリスはアラバマ州のキルビー監獄に収監され、1938年に無期懲役に減刑されるまで死の恐怖に苛まされながら死刑囚としてすごした。ノリスの仮釈放が認められるのは、それからさらに8年後の1946年のことだった。無実の罪で12年間も自由を奪われていたのである。容易に想像がつくことだが、仮釈放後のノリスの人生も平坦ではなかった。仮釈放の地域がアラバマしか認められなかったため、彼は事件のことで白人たちから受ける挑発に耐え続けなければならなかった。結局、ノリスは仮釈放の規則を破って、母親のいるニューヨークへと逃亡し、身分を偽って暮らすことを余儀なくされる。彼が名誉回復を試みたのは1976年、子供たちの将来を憂慮してのことだった。事件の真相は黒人少年たちとけんかして貨物車を追い出された白人ホーボーたちの憂さ晴らしだったといわれている。そこに、少なからぬ南部の白人たちが鬱屈した思いをぶつけた。留置場から法廷に運ばれるノリスの回想を読むと、黒人少年たちを死に追いやることを町内総出で楽しんでいたかのようにすら思える。

「留置場から法廷までの道程は、百マイルほどにも思えた。黒山のような人だかりで、その日、スコッツボロには何千人もの人々が集まった。まるで祭日のようだった。バンドが音楽を鳴らし、通りでは食べ物や飲み物が売られていた。州兵がいたるところに姿をみせ、群集と私たちの間に立った。彼らは私たちを見るやいなや、大声をあげた。『おまえら、ニガーどもはみな死ぬんだ。おまえらの黒いけつは、焼け焦げになる。電気椅子なんて、おまえらにゃもってえねえ』」(15)

ほんの70年ほど前のアメリカ南部では、人種差別が気晴らしになっていたのだ(リンチで焼かれた黒人の写真を絵葉書にし、「今夜のバーベキューの写真です」と書き添えて母親に送ったなんて話も残っている)。こうした状況のなかで、死刑という制度がどんなに恐ろしい意味を持つか、仲間の死刑囚(そのうちの何人かは明らかな冤罪だった)を見送り続けたノリスの回想が物語っている。そして、冤罪とか差別といった問題はアメリカだけのものではない。

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スコッツボロ・ボーイズ。前列に座っている白人男性は、彼らの弁護を務めたサミュエル・リーボウィッツ氏。
 →"The Scottsboro Boys"Trials @The Famous American Trials

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2008年5月13日(火)

2008_05_13shikata今日のラーメン:「正油(煮干)(680円)」@青葉台『めん処 しかた
スープのベースを煮干、鯛、ネギから選べるという珍しいシステム。今回は煮干ベースを。スープは塩気が少なく、そのぶん旨味が強く感じられる。雑味はない。飲みすすむうちに、これくらいの味つけでいいのだと納得。旨味を重ねるうちにクライマックスに達する高揚感がある。天使が舞いました・・・★★★★+

Img381萩原弘子ブラック 人種と視線をめぐる闘争』(毎日新聞社、2002)を読み終わった。アイデンティティや人種的イメージと表現の関係は複雑である。一般にアフリカ系の人びとは自らに課せられた否定的なイメージを払拭するために、さまざまな抵抗を試みてきた。しかし、「『否定的』で『まちがった』黒人像を廃して、『肯定的』で『正しい』イメージに替えるという、いわば逆転の戦略にはたしかに限界があった」(38)。アイデンティティは本来人種だけで決定づけられるものではない。性別や階級、セクシュアリティや出身・在住地域といったさまざまな要素が分かちがたく結びついたなかに見出される。「黒人性(Blackness)」もまた、「黒人性だけで現象することはなく、つねにほかの諸要素との交差のなかにある」(157)。そもそも、純粋な「黒人主体」などというものはありえないのだ。にもかかわらず、黒人の表現者は常に人種的アイデンティティについて語ることを期待される。ソニア・ボイスが言うように、それは「アイデンティティ以外の表現テーマにとりくむことを許さないという、もうひとつの抑圧」にもなりうるのである(48)。人種主義的なステレオタイプに抵抗するもうひとつの方法は、ステレオタイプを逆手に取って利用することだ。例えば、ぼくが最近興味を持って研究しているブラックフェイス・ミンストレルは黒人を揶揄する白人庶民のための芸能だったが、多くの黒人パフォーマーたちがそのなかに活路を見出していった。彼らは「あんたらの望んでいるのはこれだろう」と白人の望むマヌケな黒人像を差し出しながら、裏でペロリと舌を出していたような気がする。それは軸足を微妙にずらしながら、キャブ・キャロウェイファッツ・ウォーラーの奇抜なキャラクター(これらもまた「黒人らしさ」の表れとして白人を喜ばせた)を生み、やがてビバップにつながっていったのではないかと思う。もちろん、それは危ない綱渡りであって、著者がハーレム・ルネッサンス期の作品に見られるアフリカのイメージについて述べているように、「どこまでヨーロッパ・モダニズム中のプリミティヴィズムの無思慮な模倣なのか、どこまで白人パトロンの『未開を』という期待への追従なのか、またどこまで追従と見せかけながらの抵抗なのか」わかならいところがある(70)。それでは、常に見られる側に置かれ、見られる側の立場からしか表現することが許されなかった人たちが、そうしたくび木を外して表現するにはどうしたらいいのか・・・こうした問題を踏まえて、著者はアフリカ系ディアスポラ関連の映画や、1980~90年代UKブラックの美術に切り込んでいく。そこに見られるのは、それ自体は必要な段階であった「黒人とは○○である」という本質主義的な「黒人性」の表現を乗りこえ、アフリカ系ディアスポラの体験を答えの出ない謎として見る側につきつけるアーティストの姿である。謎のままつきつけるということは、真実を求めないということではない。「黒人は○○である」と言い切ってしまえば、解決済みの問題として処理されてしまうであろう様々な矛盾を忘れさせないことである。ぼく自身は美術にとても疎いので、第3章で紹介されているUKブラックのアーティストたちは誰も知らなかったが、すごく興味深く、勉強になった。もう少し、この辺も調べてみよう。

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2008年5月10日(土)

2008_05_10ranse_2今日のラーメン:「豚のせつけめん(大盛り)(1000円)」@渋谷『つけ麺 乱世
「ラーメン大戦争」3階。豚骨ベースに魚のダシをたっぷりきかせたつけ汁にモッチリした太麺という、『大勝軒』に始まるつけ麺の典型的なスタイル。酸味よりも甘みが強く、甘潮っぱい感じなのが特徴的。多めに入れられた魚粉はスープ割りすると少し食感が悪いが、麺をつけて食べる分にはちょうどいい。煮豚もボリュームがあって悪くない・・・★★★+

Cornel_west_2青山学院大学ガウチャー・メモリアル・ホールで、アフリカ系アメリカ人の哲学者・思想家=コーネル・ウエスト・プリンストン大学教授の講演を聞いた。力強い語り口に加えて、場所が礼拝堂だったこともあって、アフリカ系牧師の説教のようだった。講演は、「人間であるとはどういうことか」という問題からはじまった。何かを求めて母親の子宮に生まれ、時間と空間に縛られ、いずれは死ぬ運命にある人間として生きるとはどういうことだろうか。あるいは、人間として「無条件の愛」を求め、品性と尊厳を失わずに生きるためにはどうしたらいいのだろうか。人間として生きるためには、自分と社会を検証する姿勢を失わないことだ、とウエスト氏は言う。アフリカ系アメリカ人は人間らしく生きる権利を奪われてきた。奴隷制が人間性を破壊する制度であったことは言うまでもないが、奴隷解放後もジム・クロウ法リンチによってアフリカ系アメリカ人は「ニガー化(ニガライザイション)」されてきた。つまり、否定的な自己イメージを押しつけられ、自分と社会を検証する機会を奪われてきたということだろう。自己検証が行われなければ、団結して戦うことなどできるわけがない。マーティン・ルーサー・キング師は自らを犠牲にして、こうした分断を越えて闘う道を切り開いたのだ。

さらに、話は9・11以降の世界が置かれた状況にも及んだ。朝日新聞のインタビュー(08年4月23日朝刊)でも言っていたことだが、9・11でアメリカ人が感じたテロリズムの恐怖は、アフリカ系アメリカ人が400年に渡って感じてきたものである。今こそ、アフリカ系アメリカ人の体験から学び、報復ではなく非暴力によってテロリズムに対抗しなければならない・・・というようなことだろうか。しかし、こうした論理はそろそろ対テロ戦争の空しさに気づきはじめたアメリカ国内では共感を得られても、アメリカの暴力に晒され、自爆も辞さなくなった若き「テロリスト」たちに対してどれだけ説得力を持つか疑問だ。そうした人たちにとっては、アフリカ系アメリカ人もまたアメリカという超大国をバックにした抑圧者にすぎない。質疑応答では、マルコムXについて、イスラム教徒の黒人という立場から自己と社会を検証したマルコムが、ムスリム世界における民主主義の手本となるだろうというようなことも言っていたようだけど・・・それはどうだろう。ウエスト氏の言っていることがブッシュの「民主主義の輸出」などとは違うということはわかるのだが、ムスリム社会には(ブラック・ムスリムを含めた)アフリカ系アメリカ人とは違う歴史があり、マルコムが意味を持つとしてももっと別の形ではないだろうか。そんな疑問をぶつけてみたい気もしたが考えがまとまらなかった(正直、聞き取れないところも多かったし)。とりあえず9・11以降の世界について論じたDemocracy Matters: Winning the Fight Against Imperialismを読んでみようと思う(今秋、法政大学出版局より日本語訳刊行予定)。

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2008年4月25日(金)

2008_04_24chabuton今日のラーメン:「ねぎ醤油らぁ麺(780円)」@横浜『ちゃぶ屋 とんこつ らぁ麺 CHABUTON』ヨドバシ横浜店 少し苦味のあるスープと、やや平打ち系の弾力のある麺(ぼくはタイのお米麺を連想した)の組合せは最高。ただ、ネギが入ったせいか、あるいは底の深いどんぶりのせいか、スープの量に対して麺が多すぎるように感じた。身動きできない麺は、まるで油そばのよう・・・★★★+

1_21_obama_wrightバラク・オバマが大票田のペンシルベニアでヒラリー・クリントンに負けた。惨敗の原因は、オバマ自身と彼が師と仰ぐアフリカ系牧師の「失言」にあると言われている。オバマは4月6日、資金集めのために開いたパーティーで、「ペンシルベニアの田舎町の人々は、失業に苦しんだ結果、社会に怒りを持つようになり、(その反動で)銃や宗教に執着するようになった」と語ったという。ヒラリーはこの好機を逃さず、「エリート意識丸出しだ」とオバマを攻撃した。オバマ自身も問題の発言を悔いているという。しかし、この発言のどこが問題なのか。世界一の経済大国アメリカの内部に深刻な貧困があり、行き場を失った人々が暴力や宗教に救いを求めている・・・というのはむしろ正確な状況分析だと思う。オバマ発言の裏には、ソーシャル・ワーカーとして実際に見た絶望的な状況がある。「酷い状況にあっても、人々は希望を持って生きている」などと、見え透いたオタメゴカシを言うヒラリーのほうがよほど「エリート意識丸出し」だ(っていうか、エリートだけど)。オバマの発言に問題があると考えているのは、当の貧困層ではなく、アメリカン・ドリームという幻想にしがみつくエリート層なのではないだろうか。

一方、オバマが尊敬するジェレミア・ライト師は、「過激な」発言で知られるアフリカ系牧師だ。特に問題となったのは、「われわれは広島や長崎を爆撃し、ニューヨークやペンタゴンで殺された人々よりもはるかに多くの人々に核兵器を落とした。(中略)そして、今になって、海外でしてきたことが自分たちの庭先に返ってきたからといって、怒り狂っている。アメリカの鶏が寝床に着こうと巣に帰ってきただけのことだ」という発言。アメリカ大統領になってテロ対策なども行わなければならないオバマにとって、この発言を支持していると思われることは確かに痛手だろう。実際、オバマはライト師の発言を支持していないと明言して、火消しに躍起だ。しかし、こうした戦略的な問題を別にすれば、ライト師の発言もどこが「過激」なのかわからない。広島や長崎にベトナム戦争パナマ侵攻を加えれば、アメリカの国外でこの発言に異を唱える人はむしろ少数派だろう。鶏云々のフレーズがマルコムXからの引用であることからもわかるように、ライト師はマルコムから多くを引き継いでいる。しかし、マルコムがアメリカという国を「彼ら」と呼び、自分たちをアメリカの犠牲者と位置づけていたのに対し、ライト師は白人も黒人も含めたアメリカを「われわれ」と一人称で置き換えている。アメリカ国内で抑圧されてきた人々も、国外ではアメリカという超大国をバックとした抑圧者と見なされてしまう。ライト師の発言にはこうしたジレンマに対する深刻な認識がある。こうした認識なしにイラクから撤退しても、結局は「アメリカ人の命が失われないように」「テロ対策のやりすぎで民主主義が損なわれないように」といった内向きの論理だけで、超大国による侵略行為という根本的な問題は置き去りにされてしまうだろう。

ジェレミア・ライト説教問題@Wikipedia

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2008年2月22日(金)

2008_02_22mutsumiya今日のラーメン:「幻の醤油ラーメン(700円)」@『らーめん むつみ屋』横浜天王町店
『むつみ屋』新メニューのひとつ。「浜塩」よりも以前のメニューに近いイメージ。『むつみ屋』の豚骨スープにたっぷり魚介系を加えた感じ?逆に言えば、以前の醤油ラーメンでもよかったんじゃないかなぁ・・・脂の張り方が旭川ラーメンみたいでもある。美味しいけど、「幻」っていうのは・・・★★★+

Img226インド系移民とアフリカ系アメリカ人の恋を描いた映画『ミシシッピー・マサラ』(Mississippi Masala、ミーラー・ナーイル監督、1991)を見た。1972年、悪名高きウガンダの独裁者=イディ・アミンは、ウガンダ国籍を持たないアジア系(大半がインド系)住民に国外退去を命じた。この政策によって、アジア系は財産を奪われ、ウガンダ生まれであるにもかかわらず、イギリスをはじめとする世界各地に移住せざるを得なかった。この映画は退去命令によって「祖国」ウガンダを追われ、イギリス、さらにはミシシッピへと移住したインド系家族の物語である。ウガンダに対する思いの強い父親のジェイはウガンダの新政権に対して、没収された財産の返還を求めている。そんなジェイとは対象的に、若いインド系移民の多くはビジネスライクなアメリカのやり方に順応しているように見える。美しく成長したジェイの娘ミーナはある日、不注意で起こした交通事故をきっかけに、アフリカ系アメリカ人の男性=デミトリアス(デンゼル・ワシントン)と知りあい、恋に落ちる。二人の関係がインド系、アフリカ系双方の家族に波乱を巻き起こす。自分たちが「根無し草」であることを痛感しているジェイ夫妻に対し、若いミーナとデミトリアスは閉鎖的なコミュニティから逃げ出したいと考えている。デミトリアスと怒りをぶつけあううち、ジェイの心に浮かびあがってくるのはウガンダで兄弟のように暮らしながら、退去命令によって気まずい別れ方をしたアフリカ人の親友=オケロのことだった・・・

インド系とアフリカ系の恋物語と聞いて、すごく期待してしまったんだけど・・・いや、確かに興味深い内容で、悪い映画ではないと思う。にもかかわらず、どうも感覚的に納得できない部分があった。理由のひとつは時間の流れ方じゃないかと思う。インドからアフリカへ、そしてミシシッピ・・・という移民の歴史は、ジェイ夫妻とミーナだけの物語ではない。ジェイのウガンダに対する愛着も、ミーナの感じる窮屈さも、淡々とした日常がそれぞれの土地に何代にも渡って刻みつけられてきたからこそ生まれるものだと思う。そのための舞台としてロンドンやニューヨークではなく、ミシシッピというのはうってつけだと思ったのだが・・・ウガンダのシーンもそうだが、風景に刻みつけられた時間の重みみたいなものがいまひとつ画面から伝わってこないのだ。起承転結のはっきりしたドラマ的な時間には収まりきらないもの、現在のなかに過去があり、過去のなかに現在があり、ぐるぐると循環しているような・・・この映画に足りないのは、そんなとりとめもない時間と記憶の感覚ではないかと思う。

※少しざっくりと書きすぎたので、補足。
ジェイのウガンダへの愛着って、オケロとすごした少年時代に象徴されるような日常的な感覚に根ざしたものなんじゃないかと思う。例えばそれは、裸の足に触れる泥の感触とかだったりするんじゃないだろうか。そういう個人的な感覚のなかにこそ、土地への愛着をふり切って移動してきた人々の歴史が逆説的に浮かび上がってくるはずだ。ストーリー上必要な(起承転結的)エピソードをつなぎ合わせたこの映画からは、そうした何でもないような感覚がこぼれ落ちてしまっている。肝心のオケロとすごした少年時代のフラッシュバックも第三者的な視点から撮られていて、ジェイの生の感覚が伝わってくるとは言いがたい。

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2008年2月19日(火)

2008_02_19sakigake今日のラーメン:「つけ麺(730円)」@和田町『麺どころ 魁
つけ汁はぱっと見よりもとろりとしている。とんこつベースに鰹節系のダシが出たスープはかなりの重量感。最近流行りの極太麺は色が白く、捻れていないこともあって限りなくうどんに近い。スープ割りは魔法瓶に入ったものを客が自分でいれる方式。自分で調節できるので、いいと思う・・・★★★★

Img225_2伴野準一『スコット・ジョップリン 真実のラグタイム』(春秋社、2007)を読みおわった。「メイプルリーフ・ラグ」や「ジ・エンターテイナー」で知られる作曲家、ピアニスト=スコット・ジョップリンの生涯を通してラグタイムという音楽とその時代に迫るこんな本が、日本で出ていたとは驚きだ。ラグタイムというとジャズとそれ以前の音楽をつなぐ過渡的な音楽形式として語られることが多い。それは決して間違いではない。ラグタイムに深い愛着を抱きながらも、「ラグタイムには重要な意義があったが、しかしあの二拍子のリズムが捨て去られたのは偶然ではなく、歴史的必然というべきである」(276)という著者もまた、世紀転換期のアメリカを席巻したこの音楽の歴史的な位置づけを認識している。また、聴衆も演奏者もほとんどが白人であるラグタイム・リヴァイバルの抱える問題にも、著者は目をそらさずに切り込んでいく。ジョップリンゆかりの地セデーリアで行われたラグタイム・フェスティヴァルに参加した作者は、こう疑問を投げかける。

「今日セデーリアの善良な白人たちは、ラグタイム時代を表現したという美しい衣装を身にまとい、かつてメイプルリーフ・クラブがあった広場へと誇らしげに集っている。彼らは振り返ることができる過去を持ち始めた自分たちを単純素朴に楽しみ、そしてそのための格好の音楽としてラグタイムを使っている。しかし彼らは奴隷制時代の歴史や奴隷解放から始まった人種差別の暗い過去、そして売春宿が建ち並んでいた100年前のメイン通りには平然と背を向けているのだ」(98)

著者も指摘しているように、アフリカ系アメリカ人は新しい音楽をつくり出すことに精力を傾けてきた。ひと通り開拓が終った音楽は、意味のない遺物として退けられる。それを白人が拾って後生大事に保存する。ラグタイムに限らず、白人の好事家によって見直されることがなければ、多くの黒人音楽が永遠に失われていただろう。しかし、歴史的な背景を考えると、ラグタイムのような音楽に聞き手の勝手なノスタルジーを重ね合わせることにはもっと慎重であるべきではないか。「彼らが見ている過去とはいったい何なのだろうか」(80)。引用には著者のそんな思いがこめられている。

音楽そのものについての分析も興味深い。著者は必ずしもそう意図して書いているわけではないのだが、のちにジャズやソウル、ファンクといった黒人音楽の血となり肉となるアフリカ的な要素を、ラグタイムが隠し持っていたことを示唆する記述があちこちに見られる。ラグタイムを特徴づけているのがシンコペーションであるとよく言われるが、著者はシンコペイトするリズムと規則的に八分音符をくり返すバスの「ずれ」にこそラグタイムの特質があると指摘する(57-8)。これはいわば、一種のポリリズムである。アフリカ音楽に顕著に見られるポリリズムは、アフリカ系アメリカ人の音楽ではむしろ潜在化し、ひとつのリズムを演奏しながら演奏されないもうひとつのリズムを意識する「ずれ」の感覚としてリズムを支配していく。ラグタイムはそうした「ずれ」の感覚を、素朴な形で試みた最初の例であると考えることができるかもしれない。

さらに印象的なのは、著者がジョップリンの最高傑作と考える「グラジオラス・ラグ」と代表作「メイプルリーフ・ラグ」を比較した次の一節である。

「憂いに満ちた下降フレーズで幕を開ける『グラジオラス』は、だしぬけに若馬が駆け出すようには始まる『メイプルリーフ』とは鋭い対象をなしている。Aの後半の8小節もまた『メイプルリーフ』とよく似ているが、『メイプルリーフ』のように憂いを吹き飛ばすことはできず、迷いとためらいを引きずっている。Bでは一転して上昇するフレーズが土台に据えられて、上昇の末に何度も解放が試みられるが、楽天的な発散にはどうしても至らない。そうしたいのは山々なのだが、それを妨げる何かが邪魔しているとでもいうかのようだ。(中略)半音階的に上下するフレーズは私にはとりあえず現実を受け入れて前向きに進もうとする意志の発露のように聞こえる。しかしここにはそれを妨げる何かがあるのだ」(185-6)

クライマックスを仄めかしながら、先延ばしにすることがアフリカ音楽の特徴であるということは先日、この日記にも書いた。また、これも以前この日記に書いたが、ピーター・ギュラルニックが『スウィート・ソウル・ミュージック』のなかで述べているように、この感覚はゴスペルやソウルの高揚感を生む原動力でもあった。それはアフリカから受け継がれたものであると同時に、何度も自由を約束されながらそのたびに裏切られてきたアフリカ系アメリカ人が、明日へ希望をつなぐために磨きあげてきた感覚でもあった。ラグタイム、あるいはスコット・ジョップリンの音楽はこうしたどこまでものぼりつめていく切ない高揚を、非常におとなしい形ではあるが表現していたと言えるのかもしれない。著者と違い、ラグタイムを必ずしも熱心に聴いてきたわけではないぼくにはまだちょっとピンとこないところもあるのだが、こうした角度からスコット・ジョップリンの作品を聞きなおしてみるのも面白いかもしれない。

スコット・ジョップリンをはじめとするラグタイムの楽曲は著作権が切れたこともあって、あちこちのサイトでMIDIを聴くことができる。いくつかあげておくと
Grary's Ragtime MIDI Site
Ragtime Piano MIDI files by Warren Trachtman
Scott Joplin MIDI Connection

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2008年2月5日(火)

2008_02_05tetsu今日のラーメン:「つけ麺(750円)」@品川・麺達七人衆品達『つけめん TETSU
どろっとした豚骨スープに魚ダシを加えたつけ汁。そこにうどんと見まごうばかりの極太麺をからめていただく。目黒『池田』にも近い印象。冷めたら焼け石を入れてくれるらしいが、最初からぬるかった。あつもりもあるが、冷たい麺を熱々のつけ汁で、というのがつけ麺の醍醐味では?・・・それをのぞけば、満足・・・★★★+

Img221_2マイ・ドリーム バラク・オバマ自伝』(Dreams from My Father: A Story of Race and Inheritance、1995、白倉三紀子/木内裕也、ダイヤモンド社、2007)を読み終った。黒人初の合衆国大統領を目指すバラク・オバマが、イリノイ州議会議員に当選する以前に書いた「自伝」が本書である。大統領選に向けて書かれた『合衆国再生』よりも、はるかに赤裸々なオバマの声を聞くことができる。バラク・オバマはケニア人の父とアメリカ白人の母の間に、ハワイのホノルルで生まれた。生後間もなく両親は離婚、父親はケニアに帰国。少年時代のオバマは白人の家族と黒人の友人たちの間で揺れ動いた。「自分でも気付かないうちに、白人連中がどうだ、白人連中がああだ、とレイ(黒人の友人)に話していることもあった。すると急に母親の笑顔が浮かんできて、自分の発した言葉が、どこかおかしい間違ったもののように思えた」(95)。そんなオバマ少年の思いを受けとめるべき父親は、家族の思い出話と時々届けられる手紙で知る遠い存在でしかなかった。たった一度、ハワイを訪れた父バラク・シニアと再会するも、不器用な父との間に親密な関係が築かれることはなかった。父親の不在は、逆にオバマのなかの父親像を漠として大きなものにしていく。「黒人男性であり、アフリカ大陸の息子である父のイメージは、私の求めるすべての要素、そしてキング牧師マルコムXデュボイスマンデラ大統領が持っている特質をすべて集約したような存在だった」(268)。シカゴの低所得者向け住宅街オールトゲルトでコミュニティ・オーガナイザーとして働く道を選んだのも、こうした問題と無関係ではなかったのだろう。だから、異母姉のオウマからケニアに帰ってからの父の姿を聞かされたときのオバマのショックは想像に難くない。ケニアに帰国した父は歯に衣着せぬ物言いで権力者から疎まれ、職を失った。酒に溺れ、家族に当り散らす毎日だったと言う。オバマは父の幻影から解放された自由を味わいながらも、満足感を得ることができなかった。危ういところでアイデンティティを支えていた父の存在を失ったオバマは、ルーツを求めて父の故郷=ケニアへ向かう。しかし、そこもまた単純に「故郷」と呼べるような場所ではなかった。「家族」でありながら父の遺産をめぐって争うものたちがおり、逆に「家族」だというだけで過剰に依存してくるものたちがいた。叔母ゼイトニュの「皆を家族として扱ったら、家族なんて存在しなくなってしまう」という言葉を思い、オバマは悩む。

「ゼイトニュの言うことは正しいのだろうか?ケニアに来たのも、自分の中にあるたくさんの世界を、どうにかして調和の取れたひとつの世界に統合したい、と思っていたからだ。それなのに、世界はかえってバラバラになり、最もシンプルな日常の中にも、人と人との間にある溝を目にするようになってしまった」(428)

そんななか、オバマは祖母から家族の歴史を聞かされる。オバマの祖父オニャンゴは伝統主義者の曽祖父に反発して、白人の世界に身を投じた人物だった。ヨーロッパの文化を学び、白人の傲慢さに反発を感じながらも彼らに仕えた。そのために勘当同然となり、故郷の村を離れたのである。自由奔放なオバマの父もまた、厳格な父親に反発して家を飛びだし、独力で奨学金を得てハワイに渡った。ナイジェリアの作家=チヌア・アチェベの小説『崩れゆく絆』に登場するウノカ→オコンクウォ→ンウォイェの三代に渡る葛藤を思わせるこうした親子の関係性のなかに、オバマは自らのルーツを見いだす。留学先を求める父の古い手紙を手にして、オバマは「これだ。これこそ、私が父から受け継いだものだ」と思う。住み慣れた世界を捨て、「色褪せていく思い出と、未知の世界に囲まれながら、自分の意志の強さだけを頼りに人生を切り開く」(525)、そうした孤独な旅のなかにアイデンティティを見いだす。意地をはりあうオバマ家の男たちは、わが道を行く頑固者という点でよく似ている。そんな頑固さが素直な人間関係を遠ざけてきたことに涙しながらも、オバマもまた彼らの旅を受け継いでいく。原題(『父から【受け継いだ】夢:人種と継承の物語』)はそのことを表しており、政治家オバマの「夢」を思わせる邦題はやはり不適切だ。これは政治家の本ではない。文学である。バラク・オバマ・・・政治家にしておくにはもったいない男だが、この男が大統領になったアメリカというのも見てみたい。

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2008年1月26日(土)

2008_01_26ikoidou今日のラーメン:「ラーメン(醤油)(500円)」@天王町『らぁめん長屋 いこい堂
すぐ横を通って店に入ったのに、店主は店頭で中華まんを売っていて、注文すら取りに来ない。やっと注文をとったと思ったら、また厨房を空けてしまう。その上、後に来た客の注文が先に来る。ラーメンは無化調らしい優しいスープで、この値段なら悪くない。味以前の問題。値段を少し上げてもいいから、店員を雇ってほしい・・・★★★

バラク・オバマの自伝を読みはじめた。そのなかに、思春期をすごしたハワイでオバマが親しくしてた人物のひとりとして、フランクという名のアフリカ系詩人が登場する。ケニア人の父とアメリカ白人の母のもとにハワイで生まれたオバマは、再婚した母親とともに継父の故郷であるインドネシアに渡る。しかし、息子の将来を危ぶむ母の意向もあってハワイの名門校に入学し、思春期はハワイの祖父母と過ごした。そんななか、白人の家族と黒人の友人たちの間で揺れ動くオバマの悩みを受けとめたのが、祖父の友人だったフランクである。例えば、バス停でお金を無心してきた男を祖母が黒人であるというだけの理由で恐れているという話を祖父から聞かされてショックを受けたオバマ少年を、フランクはこう諭す。

「スタン(オバマの祖父)のそういうところを責めてはいけない。基本的には彼はいい人間だ。でも、わたしのことを理解してはいない。(中略)私が彼のことを理解しているのと同じように、彼が私を理解するのは不可能なんだ。ハワイアンや居住区に住むインディアンのなかには理解できるものもいるかもしれない。自分の父親が侮辱されたり、母親が汚されるのを見たことがあるからな。でもおまえのじいさんには、その気持ちは絶対に分からないんだ。だから彼はここに来て、私のウィスキーを飲み、今おまえが座っているその椅子で、うたた寝することができるんだ。赤ん坊みたいにスヤスヤとな」(107)

重たい言葉だ・・・スヤスヤ眠れる側にいるぼくのような人間にとって。さらに、大学で何を学びたいのか分からないというオバマに対して、フランクは「大学は必要じゃないものを欲する人間になるように、おまえたちを訓練する。言葉を自由自在に操れるように訓練して、言葉の本当の意味を失わせてしまう。すでに知っている知識を忘れる訓練だ」と警告を発している(116)。これもまた、ぼくのような人間にとっては痛い言葉だ。

Frank_marshall_davis「フランク」はおそらく、カンザス州アーカンソー生まれの詩人・ジャーナリスト=フランク・マーシャル・デイヴィス(1905-87、写真)のこと。オバマの祖父母も住んでいたことのある同州のウィチタ(当時は面識はなかったらしい)に移り、フレンズ大学に入学。その後、カンザス州農業大学に移り、ジャーナリズムを専攻する。卒業後、シカゴで新聞や雑誌に記事を書きはじめ、1930年、アトランタに移りアトランタ・デイリー・ワールド紙の編集長となる。35年には最初の詩集Black Man's Verseを発表。詩人のスターリング・ブラウンは、デイヴィスの詩は「最もいい時には、苦々しいほどにリアリスティックだ」と評している。1948年、休暇で訪れたホノルルがいたく気にいり、ハワイに永住することを決意。以後、労働組合の機関紙=ホノルル・レコードにコラム("Frankly Speak- ing")を書くなどして、5人の子供を育てた。60年代の黒人芸術運動のなかで、「再発見」された作家のひとり。ウェブ上にデイヴィスの詩 "Four Glimpses of Night"が掲載されているので、ちょっと訳してみよう。

1
ひたむきに
恋人のもとへ急ぐ女のように
世界のすき間に 夜はやってきて
横たわる 身をまかせ、満ち足りて
ひんやりとした空気を 月の丸い顔に
受けながら

2
夜は好奇心の強い子供 動きまわる
大地と空の間を  はうように
窓やドアから入りこみ 塗りつける
町中に
紫の塗料を
昼は
謝る母親
布きれを片手に
あとを追いかける

3
売り歩く
ドアからドアへ
夜が売っているのは
パパーミントの星屑が入った黒い袋
バニラの月のコーンを積みあげ
品物が
なくなるまで
それから足を引きずって帰るんだ
夜明けに
灰色のコインをチャリンと鳴らして

4
夜の儚い歌は 灰色に痩せて
砕け散り
何億という静かな陰の
断片になる
高らかに鳴りひびくジャズのような
朝日を前に

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2008年1月22日(火)

2008_0122keisuke今日のラーメン:「黒味噌ラーメン(680円)」@品川・麺達七人衆品達『初代けいすけ』品川店 品達から『くじら軒』が撤退し、黒いラーメンで有名な『けいすけ』が入った。真っ黒なスープには竹炭が使われているらしい。そのせいか、ゲンコツ・鶏がらの力強いスープのせいか、あるいは舌をはね返すような熱い油のせいか、あまり味噌ラーメンという感じがしない・・・が、美味い。残ったスープにご飯を入れるのも一興・・・★★★★

アメリカ深南部の小さな町ジーナが、人種対立を背景とした事件で注目を集めている。きっかけはあるアフリカ系の少年が、町の高校に植えられたある木の木陰に座る許可を校長に求め、実際に座ったことにある。「ホワイト・ツリー」と呼ばれるその木の木陰には、白人しか座ってはいけないという暗黙のルールがあったという。翌日、その木にはリンチを思い起こさせる「首吊り縄」がかけられていた。この出来事をめぐって、白人生徒と黒人生徒が対立、白人生徒を殴りたおしたとして6人の黒人生徒が殺人未遂で逮捕された。「首吊り縄」がただのいたずらとされ、他のいさかいで暴力をふるった白人生徒が軽い処分だったのとは対照的だった。このことにNAACPなどの公民権団体が敏感に反応し、昨年9月にはこの事件に抗議するデモが行われた。逮捕された6人は1948年にニュージャージー州トレントンで殺人罪に問われた「トレントンの6人(Trenton 6)」になぞらえて、「ジーナの6人(Jena 6)」と呼ばれている。

考えさせられるところの多い事件だと思う。黒人生徒ばかりが逮捕されていることを考えると、事件の背景に人種差別、人種対立があるのは間違いない。それと同時に問題なのは、黒人と白人の認識が決定的に違っていることだ。白人住民は「そもそもホワイト・ツリーなんかなかった」「つるされた縄はロデオチームをからかう冗談だった」と言っているらしい。人種間の無理解は公民権運動前の南部に逆戻りしてしまったかのように見える。にもかかわらず、「トレントンの6人」のころとは決定的に違う点がある。KKKのような連中をのぞけば、白人も黒人も、少なくとも建前上は人種差別がいけないことであると考えている。以前なら臆面もなく人種差別を正当化する(あるいは当然視する)声がもっと聞かれたはずだ。とすると、デモによる抗議だけでは問題は解決しないのではないか。もちろん、逮捕が不当である以上、抗議は必要だ。ただ、それだけでは、人種間の距離を縮めることにはならないのではないか・・・マーチン・ルーサー・キングが非暴力不服従に大衆を動員したのは、「俺たちは人種差別社会に不満を持っているぞ」ということを明らかにして、相手(白人)を話し合いのテーブルにつかせるためだった。「人種差別はいけない」という認識が広まった現代とは状況が違う。今、必要なのは白人と黒人が反人種差別という共通の基盤にたって、具体的・個別的な問題について顔をつき合わせて話しあう場ではないのか・・・この事件はそうした場がないことを示している。

Img176そんなことを考えていた矢先、バラク・オバマ合衆国再生 大いなる希望を抱いて』(The Audacity of Hope、2006、棚橋志行訳、ダイヤモンド社、2007)を読んだ。以前から、黒人初のアメリカ大統領になるかもしれない男が、スピーチで「黒人のアメリカも、白人のアメリカも、ラテン系のアメリカも、アジア人のアメリカもない。ただアメリカ合衆国があるだけだ」とくり返し強調するのを聞いていた。この発言を聞くかぎりでは、深刻な人種対立をどう乗りこえていくのか具体的なプランは見えない。黒人以外の有権者の警戒心を解くためのリップ・サービスであると考えることもできる。安易な人種統合のイメージが危険ですらあることは、オバマも十分認識している。「私の演説をもってこの国が"ポスト人種差別時代の政治"に到達したとか、すでに肌の色で差別されない社会になっているとする評論家たちの解釈が耳に入るとき、わたしは警告を発せずにいられない」(260)。にもかかわらず、オバマが「ひとつのアメリカ」を強調するのは、彼が「この30年で差別の禁止という規範が浸透した」ことを重要視しており(264)、相互理解の基盤がそこにしかないと認めているからである。

「それでも、現代のアメリカではこういう偏見は激減した、とわたしは断言しよう。したがって、偏見の誤りもわかりやすくなっている。通りを歩いている十代の黒人少年を見て白人夫婦は不安を感じるかもしれないが、その少年が彼らの息子と同じ学校に通う友だちだとわかれば、少年は夕食に誘われるかもしれない。黒人の男性は深夜にタクシーをつかまえにくいかもしれないが、彼が有能なエンジニアなら、マイクロソフトは何のためらいもなく雇うだろう」(264)

こうした認識に立って、オバマは「マイノリティの利益にしか」ならず、アメリカを分断するような提案を拒否する。人種の壁を乗りこえようとするオバマの試みは、ケニア人の父とアメリカ白人の母を両親に持ち、再婚した母とともに継父の祖国であるインドネシアに渡り、黒人教会で信仰に目覚めた彼の経歴と無関係ではないだろう。人種の話ばかりになってしまったけれど、経済的弱者とベンチャー・ビジネスで成功した人々の間を行き来するところや、インドネシアとのつながりによってアメリカを外から見る視点を持っているところ、家庭をひとつの型にはめて考えることに対する反発など、この男が大統領になったら面白いことになるぞ、と思わせるに十分だ。オバマが面白いのは、黒人初の大統領になるからではない。文化から文化へと旅する男だからだ。自伝も買ったので、近いうちに読んでみようと思う。

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2008年1月14日(月)

Img171キャリル・フィリップス新しい世界のかたち 黒人の歴史文化とディアスポラの世界地図』(A New World Order、2001、上野直子訳、明石書店、2007)を読みおわった。キャリル・フィリップスはカリブ海の小島セント・キッツ(セント・クリストファー・ネイビス)出身の作家。生後まもなく両親とともにイギリスに移住した。移民としてイギリスに渡ってきた両親とは違い、フリップス自身はイギリス文化のなかで育った「イギリス人」であるはずである。にもかかわらず、彼のようなカリブ移民の子供たちは、屈託なしにイギリスを「故郷」と呼ぶことはできなかった。故郷はリーズだというたびに「いや、でも本当はどこから来たの?」と問い直され、ときには「やつらを送り返せ」という罵声を浴びせかけられることさえあった彼は、故郷であるはずの国から拒絶され続けてきた。かといって、両親の故郷であるセント・キッツは、もはや見知らぬ土地でしかない。ましてや父祖の地であるアフリカはさらに遠い存在だ。フィリップスは序章でアフリカ、アメリカ、セント・キッツを訪れ、そのたびに同じ言葉をくり返す ― 「僕はここの者であって、ここの者ではない」。それでいて、どれを抜きにしても彼の存在はありえない。フィリップスはそれらを結んだ三角形 ― そこに囲まれた大西洋 ― を行き来する動きのなかにアイデンティティを見いだしていく。トリニダード出身の作家・評論家C・L・R・ジェイムズが書いたように・・・

「時代は移り、古い帝国が滅び、また新たな帝国が姿をあらわし、国と国の関係も、異なる階級どうしの関係も変化したが、そこから私が見いだしたのは、重要なのは、ものの質や用途ではなく動きであり、現在いる場所や所有する物ではなく、これからどこへ向かうのかとその速度であるということだ」(250、ジェイムズ『境界を越えて』からの引用)

本書は、アミリ・バラカの「変わっていく同じもの」にも通じるこうした視点から、フィリップスがアメリカ、アフリカ、カリブ、イギリスのアフリカ系文化を論じたエッセイを集めたものである。文学以外にもマーヴィン・ゲイと父親の葛藤、地元のサッカー・チーム=リーズ・ユナイテッドに対する愛憎(相手チームに黒人選手がいると人種差別的な野次を聞かなくてはならない)といった話も。知っている作家も知らない作家も含めて、(特にカリブの作家に関して)たくさんの扉を開いてくれる本だった。

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2007年12月28日(金)

2007_12_28saijiki今日のラーメン:「ねぎそば(730円)」@天王町『菜滋記
表は食材店なので、裏に回ったほうが入りやすい。ネギもチャーシューも切り方がざっくりしている。チャーシューにはやや甘めのタレで味つけが・・・で、これがなかなかの味わい。中華料理屋らしいプルンとした細麺も美味いし、オーソドックスなスープもしっかりした味。満足満足・・・★★★+

Img170猪俣良樹『黒いヴィーナス ジョセフィン・ベイカー~狂瀾の1920年代、パリ』(青土社、2006)を読み終わった。ジョセフィン・ベイカーがテーマであるにもかかわらず、本書の序章は南アフリカ出身のコイ人女性に割かれている。サラ・(サージ・)バートマン―臀部に脂肪がたまるコイ人特有の体型を買われた彼女は、ロンドンやパリで「標本」として展示された。生殖器を顕にした姿で鎖につながれ、調教師から飴玉を与えられることすらあったという。1815年に26歳の若さで亡くなると、その遺体は解剖に付された。人間の展示はこれ以後、ヨーロッパやアメリカで当たり前のように行われつづけた。もちろん、展示されるのは植民地の「野蛮人」であり、それを眺める特権は「文明人」たるヨーロッパ人のものだった。こうした残酷な「人間動物園」は、19世紀の後半に相次いで行われた万国博覧会の植民地パヴィリオンで頂点に達する。1920年代、「ダンス・ソヴァージュ(野生のダンス)」でパリを席巻した「黒いヴィーナス」=ジョセフィン・ベイカーが、こうしたヨーロッパ人のエキゾティシズムと無縁であったとは考えられない。そこにこそ彼女のパフォーマンスの魅力と危うさのすべてがあるといっても過言ではないだろう・・・著者はベイカーの出演した映画やレヴューを一つ一つ検証しながら、それがパリをはじめとするヨーロッパの観客にどのように受けとめられていたのかを明らかにする。

「野生児」=ベイカーはヨーロッパ植民地主義を支えるエキゾティシズムに利用された・・・にもかかわらず、ベイカーのパフォーマンスはやはり魅力的だ。彼女とバートマンの違いは、ベイカーが自ら観客に働きかけることのできるエンターテイナーであったという点にある。デヴィッド・クラスナーが『美しいページェント』のなかで言っているように、「ベイカーは自分自身を茶化す(self-mockery)ことによってミンストレルのマスクに挑戦した。彼女はいわいる原始人の際どい、おどけたしぐさを大げさに演じ、セクシュアリティーを強調することで、ステレオタイプを巧みに笑いとばしたのだ」(235)。つまり、彼女はヨーロッパ人が望む以上にステレオタイプを演じることによって、ステレオタイプそのものを突き抜けた。黒人ミンストレル芸人が黒い顔をさらに黒く塗ったように、ベイカーは自然児のイメージを過剰に演じきった。この世のものとは思えないほど徹底した彼女の演技に、観客はエキゾティシズムを満たされると同時に度肝を抜かれたのではないだろうか。それが彼女の見事な「演技」であることに気がつかないほど、ヨーロッパ人の目は暗んでいたのだが・・・

ジョセフィン・ベイカー@ひらげ日記
2005年6月11日 主演映画『ズーズー』
2005年6月18日 主演映画『タムタム姫』 伝記映画『裸の女王 ジョセフィン・ベイカー・ストーリー』
2006年6月10日 伝記『ジャズ・クレオパトラ パリのジョゼフィン・ベイカー』
2007年12月20日 荒このみ『歌姫あるいは闘士 ジョセフィン・ベイカー』

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2007年12月25日(火)

2007_12_25kookai今日のラーメン:「京菜塩とんこつ(980円)」@天王町『麺屋 空海』天王町店
あっさりとした豚骨スープは今まで食べた『空海』のなかでは異色だが、塩加減と喉の奥でぽっと灯るような辛さは、やはりこの店ならではという感じがする。柚子はこんなに大きいと食べ方に迷う。たっぷり入った京菜、茹でた鶏肉も相まってすごく美味しいのだが、980円はちょっと高すぎるのでは?・・・★★★+

朝、NHK衛星第一でアフリカ系アメリカ人の芸術家=フェイス・リングゴールドが紹介されていた(9:15~9:45 『ニューヨーク街物語 教室はメトロポリタン美術館』)。とりわけキルトを使った物語性の強い作品に強い衝撃を受けた(端切れを縫い合わせてつくるキルトは、黒人奴隷を含む女性の連帯を表すメタファーとして使われる)。1930年、ニューヨークのハーレムに生まれたリングゴールドは、60年代半ばから絵画とキルトなどの織物を使いながら、アフリカ系アメリカ人とアメリカの物語を綴りつづけてきた。子供向けの絵本なども数多く発表している。来年度の明治学院の授業には、この人の話も取り入れてみよう。

Img169沖浦和光『幻の漂泊民・サンカ』(文春文庫、2004、2001)を読み終わった。サンカはかつて日本各地の野山を家族単位で漂泊し、川魚漁や作り・棕櫚箒作りなどで生活していた人々である。社会の最底辺で卑賤視されながら生きてきたという点では、彼らは「穢多」「非人」と呼ばれた人々と同じ苦難を経験してきた。しかし、そうした人々が浅草の弾左衛門を頭領とした組織と(フィクションであれ)自分たちの出自を記した「由緒書」を持ち(例えば、「弾左衛門由緒書」)、幕府や藩の管理下で役目を与えられていたのに対し、宗門人別帳から名前の漏れた「野非人」とよばれる無宿の人々は身分制度の枠から外れた存在だった。やはり無宿の存在であった「サンカ」についても同じことが言える。もちろん、制度の埒外とはいっても、そこから逃れて自由に生きていたわけではない。まとまった組織を持たない野非人やサンカの人々は底の底で生きるものとして蔑まれたのである。

サンカの存在が広く知られるようになったのは、作家・三角寛が戦前に量産した「山窩小説」によるところが大きい。しかし、「サンカ」に山の盗賊を表す「山窩」という字を当てていることからも分かるとおり、「伝奇ロマン」「猟奇小説」と銘打たれた三角の作品はサンカの人々を怪しげな習俗を持つ犯罪者予備軍として描くものだった。そこにはサツ回りの新聞記者だった三角が警察関係者から得た偏見に満ちた憶測が強く反映されている。著者はこうした偏見を退ける一方で、サンカを日本先住民である「山人」の子孫であると考えた柳田國男や、室町期の発祥であるとする喜田貞吉といった先駆者の説を吟味しつつ、サンカが天保天明の大飢饉で村を追われた避難民の子孫であり、近世の発祥であるという自説を論証していく。しかし、この本がそれだけに終わらないのは、著者がサンカの人々の暮らしに深く思いを馳せ、偏見やロマンを抜きにした彼らの等身大の姿を明らかにしようとしているからだろう。個人的に強く印象に残ったのは、自分の「ルーツをたどっていけば、『サンカ』にたどりつくのではないか」という不安から、「川魚漁と棕櫚箒づくりを生業としている父母の姿に、尊敬の念をもちつつもも、また一方では恥ずかしく感じるという矛盾性を抱き続けてきた」という作田清さんの告白である(349)。W.E.B.デュボイスのいったアフリカ系アメリカ人の二重意識と同じ問題がここでは語られている。

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2007年12月20日(木)

Img162荒このみ『歌姫あるいは闘士 ジョセフィン・ベイカー』(講談社、2007)を読み終わった。ジョセフィン(正確にはジョゼフィン)・ベイカーはミズーリ州セントルイス生まれのダンサー、歌手、女優。1925年、パリに渡り、大胆なヌード、躍動的な動きで一世を風靡した。その後の彼女はステージで円熟したパフォーマンスを見せる一方、ナチス・ドイツ占領下のフランスでレジスタンス運動に参加したり、アメリカの人種差別に立ち向かうなど「闘士」としての一面を見せるようになる。とりわけ、ストーク・クラブでの人種差別体験をめぐるアメリカのコラムニスト=ウォルター・ウィンチェルとの応酬は、熾烈を極めた。泥沼の様相を呈したこの論争の結果、ベイカーの行動はウィンチェルの進言を受けたFBIの監視下に置かれることになる。彼女の闘いはFBIが考えていたようなイデオロギー的な背景を持つものではなく、むしろナイーブな理想主義から生まれたものだった。すべての人間は人種や宗教に関わりなくひとつの家族であるという彼女の理想はやがて、フランス南西部のレ・ミランド城に出自の違う子供たちを引き取って育てる「虹の部族」の実験へとつながっていく・・・「虹の部族」の最初の子供になる孤児を引きとるために日本を訪れたベイカーの姿からはじまる本書は、どちらかというとそうした「闘士」、あるいは社会運動家としてのベイカーに焦点を当てた本であるといっていいだろう(その点に関しては、FBIのファイルに残されたベイカーのスピーチなど、勉強になることが多かった)。もちろん、彼女のパフォーマンスにも触れているが、エンターテイナーとしての彼女の魅力が存分に発揮された30年代パリのパフォーマンスについて書かれているのが(時代背景などを別にすると)第二章の30ページ余りというのはちょっとさみしい。ベイカーのステージに直接触れることのできない今となっては、彼女の魅力と危うさを理解するうえで貴重な素材であるはずの主演映画についての記述はどこにも見当たらない。ぼくとしては、社会運動家としてのベイカーも魅力的だけれど、エンターテイナーとしての彼女により興味がある。バナナのスカートを巻いただけのあらわな姿で踊る彼女のステージは、黒人のなかに感情のままに行動する自然児を見ようとするヨーロッパ人のエキゾティシズムに訴えた。アメリカのような人種憎悪ではなかったにしても、こうしたエキゾティシズムが彼女の天真爛漫なイメージを利用し消費したことも確かだ。もちろん、ステレオタイプを強要するアメリカのショービズから解放されたベイカーの表情には卑屈なところはまったく見られない。それは、現実のベイカーがそうしたナイーブな一面を持っていたからであることは、後の人生から見ても明らかだ。ただ、そうした彼女個人のナイーブさが、「野生(野蛮)の王国」としてのアフリカ表象に利用されたのだ。そのことは、彼女の主演映画『タムタム姫』にはっきりと表れている。ぼくはそんな周囲の思惑を、ベイカーが「演技」によってどのようにはぐらかしたかということに興味がある。もう少しパリ時代のベイカーについてつっこんで書いた本はないかと思ってたら、『黒いヴィーナス ジョセフィン・ベイカー~狂瀾の1920年代、パリ』(猪俣 良樹著、青土社、2006)という本が出ているのを見つけた。Amazonの商品説明には「パリ中を虜にしたひとりのダンサーは、同時に『人間動物園』で『展示』されていた人種でもあった」とある。さっそく注文した。

ジョセフィン・ベイカー@ひらげ日記
2005年6月11日 主演映画『ズーズー』
2005年6月18日 主演映画『タムタム姫』 伝記映画『裸の女王 ジョセフィン・ベイカー・ストーリー』
2006年6月10日 伝記『ジャズ・クレオパトラ パリのジョゼフィン・ベイカー』

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2007年12月15日(土)

多民族研究学会第9回大会@立教女学院短期大学。今回も盛りだくさんの内容だった。

国士舘大学/工学院大学・野村史織先生の発表は、1910~20年代のアメリカにおいて、『日米新聞』のような日系メディアに投稿された文学作品、エッセイ、投書のなかで、日系女性があるべき家庭の姿をどのように表象していたかを追うもの。移民に対する反感が強まるなか、日系人コミュニティは自分たちが「健全な」家庭を通じてアメリカ社会に同化できることを示す必要に迫られていた。こうした必要に答える形で女性たちも良き妻・良き母としての役割を受け入れるような言説を量産していく。そんななかにあって、対抗的な声をあげる市岡旭蘭のような女性もいたということが印象に残った。

早稲田大学・五島一美先生の発表は、19世紀チカーノ文学をテーマとしたもの。公民権運動以前のチカーノ文学は黒人や先住民と一線を画することによって、自分たちの「白人性」を証明しようとした。そのことを裏切りや逃走と考えるのはたやすいが、それもまたギリギリの状況下における彼らの抵抗だったのではないか・・・というお話だったと思う。だとすると、アイルランド移民やユダヤ移民が自分たちの白人性を証明するために黒人を戯画化してみせたミンストレルにも通じる話で、大変興味深かった。アイルランド系やユダヤ系の黒塗り芸人、あるいは自らミンストレルに身を投じた黒人たちと同じように、チカーノの人たちもこうした試行錯誤のなかで、本質主義的ではない、境界線上を行き来するアイデンティティを模索していったのだろう。

ゾラ・ニール・ハーストン『騾馬とひと』についての大阪大学・田中千晶先生の発表。曖昧で統一性のないハーストンのテキストは、その曖昧さ、不統一ゆえに一種のvernacularとして白人の支配的なテキスト(直線的な語り?)に対抗しうる力強さを獲得している。ぼくもハーストンについては同じ印象を抱いていた。こうした曖昧さ・・・というより、不統一性は、彼女のテキストがやり直しのきかない口承文化を色濃く反映していることに由来しているのではないだろうか。そうしたオーラルな「方言(vernacular)」が抑圧された人々に抵抗する力を与えている・・・というのは大事な視点だと思う。

四日市大学・山本伸先生の講演。霊的な存在や自然がないがしろにされたコミュニケーションには問題があると、ぼくも思う。カウンター席を嫌うような密なコミュニケーション(それはコミュニティと言い換えてもいいのではないか)のなかに、そうした問題を解決する糸口があるとも・・・ただ、そうした密なコミュニケーション、狭いコミュニティのつながりには、時に「抑圧」といってもいいくらいの息苦しさがあることも確か。だからこそ多くの人々がそこから逃走してきたのではないかとも思う。沖縄やカリブにぼくらが失ったコミュニケーションの濃密さを見いだしても、そうした葛藤はなくならないのではないか・・・というのがぼくの意見。何はともあれ、いろいろと考えさせられるところの多いお話だった。

そして、最後にエンターテイメント担当のひらげが、セネガル出身の映画監督ジャブリ・ディオップ・マンベティの短編映画『ル・フラン』を紹介・上映した。懇親会で親交をあたためたあと、何人かの先生方とカラオケへ・・・今日は飲みすぎなかったよ(笑)。※ここに書かれた発表の内容は、あくまでもひらげの聞いた印象です。文責はひらげにあります。

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2007年12月13日(木)

Ike
アイク・ターナーが死んでしまった。また一人、ぼくのヒーローが逝ってしまった。十数年前、愛知県豊橋で開かれた『ライブ・セレブレーション'94豊橋』で、動くアイク・ターナーを見た。ニューオリンズ色の強いそのイベントはトリがネヴィル・ブラザーズで、アラン・トゥーサンはでるわ、ダーティ・ダズンはでるわの大盤振る舞い。そんななか、アイクは比較的渋めの出演者という印象だった。しかし・・・演奏がはじまるとそんな先入観は冥王星の彼方に吹き飛んだ。脳天をカチ割るような衝撃という点でこのときのアイクを超えるライブには、後にも先にも出会ったことがない。当時はティナ・ターナーの半生を描いた映画『TINA/ティナ』が公開されたばかり。元妻に対する陰湿なドメステック・バイオレンスを暴露されて、アイクも少しは反省しているのかと思っていた。が、しかし!ぜ~んぜん、反省なんかしていなかったのだ!白人の女性ヴォーカルを引きつれて登場したアイクは、のっけからぶっ飛ばしていた。ザ゙ックザックとロッキンするリズム・ギターは健在。加えて、わざわざバンドの演奏をとめておいて「きゅっきゅーん」とか「きゅーん」しか弾かない、必殺の「目くらましハッタリ・ギター」を連発。この必殺技は聞くものの脳髄を麻痺させ、男女問わず涎をたらし「ああーん、じらさないでぇ」とよがり声をあげずにはいられない恐ろしい最終兵器なのだ。とにかく、あのときのアイクはすごかった。会場を襲った雷雨よりも、すごかった。2003年に再来日が決まったときには、オシッコちびりそうなほど興奮したものだ。結局、アイク&ティナのときから数えて3回目の来日は本人の都合で、バックバンドだけの公演になってしまったのだけれど・・・

ハウリン・ウルフ「ハウ・メニー・モア・イヤーズ」でピアノを弾くアイク、史上初のロックンロールと言われる「ロケット88」を世に送り出したアイク、純情可憐な少女アンナ・メイをセクシー・ダイナマイト=ティナ・ターナーへと変貌させたアイク、髪型を流行のマッシュルームヘアにしてストーンズのツアーに同行したアイク、ソウル・ミュージシャンたちのアフリカ凱旋を描いた映画『ソウル・トゥ・ソウル』でアフリカのリズムに嬉しそうに身を任せるアイク・・・ブルースやソウルの枠に収まらないスケールの大きなミュージシャンでありながら、アメリカ黒人音楽の最も泥臭い部分を体現する人でもあった。そして、悲しいことに、アリス・ウォーカーが告発した黒人男性の暴力を体現する人でもあったのだ。女性に暴力を振るうなんてサイテーだ・・・でも、せめて今はそのことだけでこの人のことを語らないでほしい。虚勢をはり、孤独に生きた、才能あふれるアフロ・アメリカンの男が死んだ。そのことが悲しくてたまらない。アイク、地獄の入口で閻魔に目くらましギターを食らわせてやれ!どうせそいつはレグバだ!

黙祷!


2005年、グリーン・ベイでのライブ。

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2007年12月8日(土)

2007_12_08shinpukusaikan今日のラーメン:「中華そば(600円)」@京都『新福菜館』本店
京都に来たら、まずはここに寄らないと気がすまない。初めての人は真っ黒なスープにたじろぐかもしれないが、見かけほどからくはないのでご安心を。むしろ落ち着いたダシが前面に出ていて、拍子抜けするかも。東京のそばつゆが真っ黒いのと近いものがある。美味い・・・★★★★+

京都キャンパスプラザで黒人研究の会12月例会。溝口昭子先生(先生、と呼び合うようななかでもないのだが)の発表は、オリーヴ・シュライナー(写真左)とソル・プラーキ(写真右)という二人の作家がそれぞれ、ボーア戦争をどのように表象していたかを検証するもの。この戦争を資本主義者と土地に根ざした農民の戦いと考えていたシュライナーは、リベラルなイギリス系女性でありながらアフリカーナーを擁護する側にまわった。彼女の立場はイギリス本国のリベラルにこそ同調者を得られたものの、南アフリカではあらゆる方面からそっぽを向かれた。保守的なイギリス人はアフリカーナーをイギリス帝国主義に対する障害としか考えていなかったし、アフリカ人がどんな扱いを受けているか知っている南アフリカのリベラルはアフリカーナーを擁護するシュライナーの姿勢に疑問を抱かずにいられなかった。擁護されているアフリカーナーですら、シュライナーの描く貧しくて無学な農民というアフリカーナー像に反発を感じていたのである。シュライナーには鉱山労働者の悲惨な労働条件のことは見えても、農場労働者やハウス・サーバントとして働くアフリカ人が受ける差別は意識にのぼらなかった。その背景には、アフリカーナーもアフリカ人もいずれイギリス文化に同化すると考える、ある意味傲慢なケープタウンのリベラリズムがあった。アフリカ人であるソル・プラーキもまた、ケープ・リベラリズムに希望を抱き、ボーア戦争でイギリス側を積極的に支持した。もちろん、プラーキのイギリス植民地に対する忠誠は、政治的平等を獲得するためのものだった。イギリス人がアフリカーナーを取り込んでアフリカ人を排除しだすと、プラーキはほかの方向を探りはじめる・・・非常に興味深い内容の発表だった。
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後半は木内徹先生による中国の武漢で行われた国際ラングストン・ヒューズ学会の報告。まず、ラングストン・ヒューズ(中国語での表記は「蘭斯頓・休斯」)が中国でもよく読まれているということに驚いた。それどころか、1933年に中国を訪れたヒューズは現地の学会誌『外国文学』の表紙を飾っている。研究発表はすべて英語だが、中国側の発表はヒューズを「社会派詩人」と捉えるような教条主義的なものが多いようではある。トニ・モリソンについての論文だけで150以上書かれているらしいから、同じような内容のものばかりではなく、意欲的な論文が大きな学会で発表する機会を与えられないだけのかもしれないが・・・

例会のあと、12月恒例の壮年会。黒人文学関係の先生方と久しぶりにお話ができて、とても楽しかった。京都のウェブ喫茶に一泊。

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2007年12月1日(土)

2007_12_01kameya今日のラーメン:「ラーメン(400円)」@天王町『中華料理 かめや
見るからにレトロな店構え。しかも、店頭にはなぜか白菜がごろごろと転がっている。店内も清潔感があるとは言いがたい。でも、出てきたラーメンは昔懐かしい感じでなかなか美味い。この手のラーメンにしてはやや太めの麺はコシがあり、スープも旨みが口に残る。これでこの値段だから、大満足・・・★★★+ 松本零士度・・・☆☆☆☆

Img077スパイク・リーブラック・パンサー党の指導者ヒューイ・P・ニュートンを題材に映画を撮ったという話は聞いていた。2001年にテレビ番組として公開されたきりで日本公開もされなかったのでずっと見ることができなかったのだが、DVD化されたその映画『ア・ヒューイ・P・ニュートン・ストーリー』(A Huey P. Newton Story)をようやく見ることができた。ブラック・パンサー関連の映画というとマリオ・ヴァン・ピーブルズ監督の『パンサー:黒豹の銃弾』(Panther、1995)があるが、団結して権力に立ち向かう若者たちを描いた青春映画のような趣すらあった『パンサー』に対し、この映画で描かれるのは弾圧とパブリック・イメージに苦しめられ憔悴しきった40代の革命家である。『パンサー』ではFBIの指示でオークランドの黒人街に麻薬をばら撒く冷徹な黒人ギャングの役を演じていたロジャー・グァンヴァー・スミスがニュートンを演じている。グァンヴァー・スミスは屈折した人物の不安定な心情を演じるのが得意で、『パンサー』のほかスパイク・リー監督の『マルコムX』(Malcolm X、1992)にもハスラー時代のマルコムの盗賊仲間として出演している。この映画はほぼ全編、そんなグァンヴァー・スミス演じるニュートンの独白で占められている(80年代前半のテレビ・ショー?という設定だが、こんな番組が本当にあったのか、完全に架空のものなのかはわからない)。ニュートンの伝記映画というよりも、グァンヴァー・スミスの独白劇を映画化したものと言ったほうがいいかもしれない。暗殺の恐怖に苛まれ、軟禁状態に近い生活を強いられたニュートンは、恐怖を打ち消すかのように自ら観客に挑みかかり、言葉を投げつけていく。早口は雄弁というよりも正体をつかまれまいとする無意識の防衛反応であるかのようだ。その語りのなかからアフリカ系アメリカ人の歴史、現在、未来が浮かびあがってくる。はらわたを抉るような重たい内容だった。

→『白いアメリカよ、聞け:ヒューイ・ニュートン自伝』(Revolutionary Suicide、1973、石田真津子訳、サイマル出版) 映画のなかにも「煙草や麻薬で寿命を縮めるのは『反動的自殺(reactionary suicide)』だ」なんて、この本の原題『革命的自殺』を思わせる言葉が出てくる。

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2007年11月27日(火)

2007_11_27chyabuton今日のラーメン:「醤油らぁ麺(680円)」@横浜『ちゃぶ屋 とんこつ らぁ麺 CHABUTON』ヨドバシ横浜店 護国寺『ちゃぶ屋』の限定メニューだった豚骨ラーメンを出すお店として出発した『CHABUTON』だが、本家譲りの醤油ラーメンも出すことになったようだ。さっそく食べてみると、これが・・・美味い!ちょっと苦味のきいた醤油味には深いコクがある。プルプルとした麺は舌に心地よく、しっかりコシもある。さすが・・・★★★★

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ひらげの書いた論文がのった本と学会誌が出版されました。本は『ハーストン、ウォーカー、モリスン―アフリカ系アメリカ人女性作家をつなぐ点と線』(南雲堂フェニックス)。「ゾラ・ニール・ハーストンとアフリカ系コミュニティのポリフォニー」が収録されています。アフリカ系民俗文化の本質がコミュニティにおけるパフォーマティヴな機能にあることを看破していたハーストンの、民俗学者としての側面にスポットを当てた論文です。学会誌は『多民族研究』(南雲堂フェニックス)。多民族研究学会の学会誌創刊号です。「ジンバブウェの都市ポピュラー音楽とコミュニティ」で、ハラレやブラワヨのポピュラー音楽がコミュニティとの結びつきのなかで発展してきたこと、また政府は常にそうしたコミュニティの活動を規制しつつ利用してきたこと・・・について論じています。本のほうは連絡をいただければ定価3000円のところ2400円でお売りします(←コマーシャル)。

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2007年11月15日(木)

Ovwright03O・V・ライトCDボックスが紙ジャケで再発されると聞いて、さっそくアマゾンで予約注文した。というわけで、今夜はO・V・ライトを聞いている。チトゥングウィザ(ジンバブウェ)で飲んでいたとき、レジがライトのベスト盤をかけたことがあった。日本に来たときにオーティス・レディングアレサ・フランクリンを聞いて、すっかりソウル・ファンになってたレジにぼくが送ったものだ。まあ、もともとジンバブウェではなぜかクラレンス・カーターが大人気でソウル・ミュージックは受け入れられていたのだが、それにしても、ライトをかけたときのやつらの反応はすごかった。必殺の「アイ・キャント・テイク・イット」を聞きながらぼくが胸をかきむしると、みんなも同じようにかきむしっていた。涙ぐんでいるやつすらいたはずだ。葬式みたいにヘヴィーなホーン・セクションに導かれて、分厚いダンボール紙をひきちぎるような声でライトが歌うのは、今まさに自分を捨てていこうとしている恋人のこと。テーブルにはいつものように彼女の用意した朝食が並べられている。でも、傍らには荷物がまとめられ、彼女はチケットを握りしめて出て行こうとしている。食欲すらなくした男は、昨夜の喧嘩のこと、彼女の心境の変化をつらつらと考える。そうだ、誰か他に男ができたんだろう!・・・でも、男は何も言うことができない。自分のダメさ加減もいやというほどわかってるからだ。ただただ、心のなかでくり返す・・・そんなの受け入れられない(I can't take it)、そんなの受け入れられない・・・こんな歌を大の大人が雁首そろえて涙ぐみながら聞いていた。停電でステレオの音が消えるまで・・・そのことを思い出して、ジンバブウェの仲間から力をもらえたような気がした。

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2007年11月6日(火)

2007_11_06shymoji今日のラーメン:「しゃもらーめん(700円)@『らーめん しゃもじ
Ariaqua』と同じく、『玄』の元店主・田中氏プロデュースのお店。『Ariaqua』よりもやや押しが強い気がするが、優しい味の鶏白湯スープ、縮れた平たい麺という取り合わせは同じ。水菜はやっぱりあっているのかな?という気がするが、まろやかな美味しさは心身ともに癒されること間違いなし・・・★★★★

Washington_phillips_2久しぶりに関内のディスク・ユニオンでレコードを物色。ソウルやブルースのLPがけっこう安めで、思わぬものが手に入った。なかでも、「おおっ」と思ったのが、ワシントン・フィリップスの『デノミネーション・ブルース』・・・どこかで見たジャケットだと思ったら、『レコードコレクターズ』のライ・クーダー特集でライが「デノミネーション・ブルース」と「(ユー・キャント・ストップ・ア・)タトラー」をカバーしたということで、取り上げられていたやつだった。それが500円ちょっとだもん!ユニオンは「あのライ・クーダーもカバーした伝説のブルースマンがたったの1000円!」とかいってもっと値をつりあげたほうがいいぞ(よくないぞ)。もちろん、内容は地味。ジャケットには1875年製のハンマーダルシマーの写真がのせてあるけど、本人が弾き語りに使っているのは、名も知れぬ自作の楽器。レコーディングを行ったフランク・ウォーカーによれば「ヤツ以外は誰ひとり使えない楽器。誰も使いたがらないだろうがね」というシロモノ。おおっ、何かロマンをかきたてられるではあ~りませんか。音を聞くと指盤を押さえている様子がないこと、そのわりには音程にバリエーションがあることから、弦の数の多いダルシマーのような楽器であると想像される。その謎の楽器をバックにブルースやゴスペルを訥々と歌う。地味だけど、味わいがありますよ、これは。ちなみに、ライ・クーダーのバージョンは謎の楽器の音を鉄琴に置き換えたり、ヤンク・レイチェル直系のマンドリンをからませたり(「デノミネーション・ブルース」)、ソウルフルなコーラスを使ってバンドサウンドにしたり(「タトラー」)してカラフルに仕上げているけど、オリジナルの素朴さは失われていない。さすがだなぁ~。

他にも、ジェイムズ・ブラウンのインスト集とか、ルイ・ジョーダンのライブとか、キャラヴァンズとかいろいろ買ったんだけどどれも安かったな。帰りに古本屋に寄ったら宮武外骨の『滑稽新聞』を本にしたヤツがあって、迷わず買った。ヒーローの一人だからね~

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2007年8月31日(金)

2007_08_31tenkaippin今日のラーメン:「ラーメン(こってり)(630円)」@川崎『天下一品』川崎店
最初に「テンイチ」のラーメンを食べたのは、数年前、京都の西院でのことだった。そのときはミソのようなどろどろのスープと強烈な味に衝撃を受けたものだが、関東の支店で食べて同じ衝撃を感じたことは一度もない。こってりといっても脂っこさではない、旨みのしつこさ。それが関東の支店にはない。ここも例外ではなかった・・・★★★

Img052清水忠重『アメリカの黒人奴隷制論―その思想史的展開―』(木鐸社、2001)を読み終わった。綿花の栽培が軌道に乗りはじめた1820年代から30年代にかけて、主に南部の論客によって、奴隷制を「必要悪」から「積極的善」へと読みかえるさまざまな理論が生み出されていった。一方で、奴隷制に対する攻撃を強めていったのが、ウィリアム・ロイド・ギャリソンに代表されるラディカルな奴隷制廃止論者たちである。両派の間には所有者から奴隷を買いあげ、アフリカなどに再入植させることによって、奴隷制を漸次廃止しようとする入植主義者がいた。興味深いのはこうした対立する奴隷制論の源流に、第三代大統領トーマス・ジェファソンの姿が見え隠れすることである。

自他共に認める共和主義者であり、奴隷制を政治的、道徳的悪であると考えていたジェファソンだが、一方で黒人が「頭脳の資質」の点で劣ることを信じて疑わなかった。そのため、白人と黒人が共存することは不可能であると考え、黒人奴隷の再入植を唱えたのである。ジェファソンが唱えた人祖多元論(人類には資質を異にする複数の祖先がいるという考え方。現在では否定されている)は当時まだ異端視されていたが、のちにサミュエル・G・モートンなどの人類学者に受けつがれ、「科学的」立場から人種差別や奴隷制を擁護する根拠とされた。黒人蔑視が科学的な装いを持って共和主義と結びついたとき、人種という「決定的な」差異の前では家柄、財産といった白人内部の差異は些細なものであるとして、白人に限定された平等を訴えるJ・H・ヴァンエヴリのような理論家が生まれた。ジョージ・フイッツヒューはさらに一歩踏みこんで、人間はもともと不平等につくられており、弱肉強食の自由社会よりも奴隷制のほうが弱者を保護する温情的な社会であるという理論を、マルクスやフーリエの社会主義思想まで援用して展開している。KKKのような白人至上主義団体が、ときに「白人公民権団体」を自称するのにはこうした背景もあるのだろう。

奴隷貿易を推進したとしてイギリス国王を非難する条項を独立宣言に加えようとした人物が(奴隷制の責任をイギリスだけに負わせようとするのもアメリカの奴隷制論に良く見られる欺瞞だが)、百出する奴隷制擁護論の礎を築いたのだとしたら、歴史の皮肉として片付けるには余りある。南部のプランターとして大勢の奴隷を抱えていたジェファソンが、道義的な矛盾を抱えていたことは間違いない。まして、人種間結婚を忌み嫌いながら、黒人奴隷サリー・ヘミングスと関係を持ち、子供さえつくっていたとなると尚更だ。もちろん、ぼくは今の時代から見てジェファソンの欺瞞を嗤おうとしているわけではない。ただ、ジェファソンが当時おそらく直視できなかった矛盾は、現在のアメリカが抱える問題に直結しているように思えてならない。その意味で、ジェファソンはアメリカ史のなかでも飛びぬけて興味深い人物である。

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2007年8月1日(水)

多民族研究学会第8回全国大会国士舘大学。ヴァンダービルト大のホーテンス・スピラーズ先生によるブラック・ディアスポラの文化を大きく捉える講演。状況に応じて変化し、混交と翻訳をくり返しながら生き延びてきたアフリカ系の文化・・・ぼくの関心ともつながるたいへん興味深いお話だったのだが、どうしても大枠での話になってしまうので、とっかかりというか、ツッコミどころがつかめなかったのが正直なところ。

続いて行われたシンポジウムはネイティヴ・アメリカンがテーマ。阪南大の西村先生がチャールズ・A・イーストマンについて、広島国際学院大の横田先生がN・スコット・ママディレズリー・マーモン・シルコについて、京都工芸繊維大学の林先生がイヌイットと共に暮らした日本人フランク安田についてお話をされた。知らないことばかりで、たいへん勉強になった。例によって、よせばいいのに質問に立った・・・が、発表者の先生方にはよく意図が伝わらなかったようだ。「コミュニティの暴力性」なんておかしな言葉を使ってしまったので、話があらぬ方向にいってしまった。マイノリティの人々が支配的文化に対抗してアイデンティティを確立しようとするとき、コミュニティの果たす役割は大変重要だけれども、コミュニティは同時に内部のものに対して抑圧的に働くことがある。例えば、「ネイティヴ・アメリカンとはこうあるべきだ」(あるいはアフリカ系アメリカ人とは、でもいい)といったことが内部から強要されることもあるのではないか。そうしたエッセンシャリズムを超えてより開かれたアイデンティティを模索しはじめたとき、白人の教育を受けたイーストマンや白人との混血であったシルコのような境界線上にたつ人間が大きな役割を果たしたのではないか(アフリカ系アメリカ人の場合、ハーストンがまさにそう)・・・と、まあ、そんなことが言いたかったのだが。ネイティヴ・アメリカンに限ってそんなことはない、と言われればぼくのような門外漢は反論する材料を持ちあわせていないのだけれど。

最後に長野県看護大の西垣内先生編集によるテレビ映画『彼らの目は神を見ていた』のダイジェスト版を見た。このDVDは持っていて、何回か見たけどやっぱり美しくも衝撃的な映像だと思う。越川先生が懇親会でおっしゃっていたように、ジェイニーが水面に身を横たえる冒頭とラストのシーンは、ミレーの描くオフィーリアを下敷きにしているのかもしれない。そうだとすると、ここではオフィーリアの狂死からジェイニーの再生へと転換が行われていることになる。これもある種のシグニファインであると言えるかもしれない。

懇親会では、近況報告で副会長の酒向先生が、若いころ黒人ばかりの観衆を前に黒人について講演をしたとき(勇気あるなぁ)、黒人のオバちゃんに「あんたの知ったことか(non of your business)」といわれたという話をされた。重たく受けとめるべき話だと思う。自分の研究対象が自分にとってどんな意味を持っているのか、自分は研究対象に対してどの位置に立っているのか、常に検証しながらやっていかなければならない。奴隷制のような残忍な犯罪行為は現在でも行われているし、それにはぼくらも加担しているかもしれないのだ。ぼくにとってアフリカやアフリカ系アメリカ人の文化がどんな意味を持っているかというと、それはやっぱり音楽なのだと思う。偶然であれ、必然であれ、ぼくはアフリカ系の音楽に出会ってしまったし、大きく影響を受けてしまった。だからこそ、アフリカ人やアフリカ系アメリカ人の辿った道のりも勉強せずにはいられないし、同時に彼らとぼくの距離というものも常に意識せざるを得ない。ま、それはアフリカ系の文化に限ったことではなくて、日本の音楽やラーメンや好きな女の子にしても同じことで、出会ってしまったからには追っかけずにはいられないのだ。そして、決して追いつくことのないこの追跡こそが、ぼく自身なのではないかと思う。

懇親会の後、有志の先生方でカラオケに行く。クレイジーキャッツの「ごますり行進曲」や岡林信康の「くそくらえ節」で爆発した。

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2007年7月31日(火)

2007_07_31chikurappo今日のラーメン:「ふうふうめん(900円)」@川崎『ちくらっぽ
意外、と言っては失礼だが、こんなところに美味しいラーメン屋があるとは。一言で言うと洗練された豚骨醤油。「ふうふう麺」(ふうは火へんに風)はラーメン(700円)に辛い挽肉を加えたもの。けっこう辛いのだが、スープはしっかりしており辛さに負けていない。極太麺、シャキッとしていながら、生っぽさのないもやしもグー・・・★★★★

FrazierE・F・フレイジァ『ブラック・ブルジョアジー 新興中産階級の勃興』(Bourgeoisie noire、1955、太田憲男訳、未来社、1977)を読み終わった。エドワード・フランクリン・フレイジャーは1930年代から60年代にかけて活躍したアフリカ系アメリカ人の社会学者。『ブラック・ブルジョアジー』は、フレイジャーが19世紀末あたりからひとつの階層を形成しはじめた「中流」アフリカ系アメリカ人の実態を批判的に画きだした古典的名著である。

フレイジャーのいう「ブラック・ブルジョアジー」には、医者や学者といった「専門職」の人々はもちろん、熟練工場労働者、ポーターやホテルのドア係など本来の意味でのブルジョア(資本家階級)ではない人々も含まれている。実際、フレイジャーは「ブルジョアジー」という言葉と「中流(middle class)」という言葉をあまり区別することなく使っているようだ。フレイジャーがこうした言葉の使い方をしたのにはわけがある。これらの人々が当時のアフリカ系アメリカ人のなかで収入の高い階層を構成していたということがひとつ。そして、彼らが自分たちの劣等意識を克服するために、白人ブルジョアジーのライフ・スタイルに憧れ、それを真似することで、「ブラック・ブルジョアジー」という偽りのアイデンティティを確立しようとしていたというのが、もうひとつの理由である。

「彼ら(ブラック・ブルジョアジー)は一般大衆と同一視されることを拒んだため、より一層孤立した。そして、そのために、彼らは白人資産階級と自分たちを自分たちを同一化しようとした。しかし種々の人種障害があったため、これは彼らの心の中でのみ可能なことであった。そこで、自らを有産階級とするものたちは見せかけの、偽りの世界でその役割を実現しようとした。偽りの世界に住む彼らは、金持ちの白人の価値観や、彼らの行動様式を出来る限り身につけたが、ホワイトカラー・ワーカーや白人の知的専門家の行動様式は持っていなかった。その少ない収入で白人資産階級並の生活様式を維持しようとすることは、彼らの生き方の非現実性を強調するのみであった」(167)

つまり、フレイジャーのいう「ブラック・ブルジョアジー」とは、見せかけのブルジョアジー、白人ブルジョアのようになりたがる人々のことを指している(もちろん、フランツ・ファノンも言っているように、人種差別主義社会のなかで、彼らが白人として認められることは決してないのだが)。こうしたことを強調するために、フレイジャーはあえて「中流」ではなく、「ブルジョアジー」という言葉をタイトルに使ったのだろう。彼はこうした偽りのアイデンティティのために「ブラック・ブルジョアジー」が差別撤廃に無関心になったり、ブラック・ビジネス(黒人を相手にした黒人によるビジネス)という実現する可能性の薄い考えにしがみついたり、あるいはライフ・スタイルを維持するために収入以上の散財をしたりすることを嘆いている(もちろん、ここに描かれている「ブラック・ブルジョアジー」の姿は、この本が書かれた50年代半ばごろまでのものである)。黒人大衆の文化を忌み嫌ったのも、こうした階層の人々だった。興味深いのはアルファ・ファイ・アルファ(アフリカ系アメリカ人大学生による初のフラタニティー)の創設時からのメンバーであったフレイジャー自身、「ブラック・ブルジョアジー」の一人であったということである(学者なのだから当たり前だが)。フレイジャーはブルジョアジーを気取る人々の欺瞞を内側から照射した。その言葉は辛辣であり、この本に書かれた批判は強い反発を招いたのではないかと想像される(最初、フランス語で出版されたのも反発を恐れてのことかもしれない)。その辺の背景も調べてみたいと思った。

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2007年6月7日(木)

2007_06_07nakamuraya今日のラーメン:「しょうゆらーめん(750円)」@高座渋谷『麺処 中村屋
ついに行ってきた。もっとこれ見よがしに美味いものを想像していたのだが、ベースになる鶏がらと鰹節が自然にとけあったさりげなく上品なスープ。サッパリしているのに、旨みが後をひく。細麺をずるずるっとすすったときに口のなかに入り込んでくる幸せ。炙ったチャーシューや半熟卵もグー・・・★★★★+

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おはよう・・・まぶしい。飲みすぎたなぁ(←フィクションです)

William_garrison山本幹雄『異端の説教師ギャリソン―ひとつのアメリカ史診断―』(法律文化社、1987)を読み終わった。ウィリアム・ロイド・ギャリソンはアメリカの有名な奴隷解放運動家。新聞『解放者』を編集、アメリカ奴隷制反対協会を創設して、奴隷制の廃止を訴え続けた。アメリカに千年王国を築くことを夢見るキリスト教徒だったギャリソンは、「説くことの愚直さ」によって奴隷主に悔い改めを求める無抵抗主義者だった。しかし、だからこそ、奴隷制を攻撃する彼の言葉は苛烈を極め、アメリカ合衆国の根源を揺るがすラディカルさを持っていた。

「毎年の7月4日、わが『独立宣言』が、激しい怒りをもって、母国(イギリス)の専制政治を列挙し、世界の尊崇をかちとるために持ち出される。しかし、今日わが国の奴隷が耐えている諸悪と対比するとき、この文書は何とつまらぬ不平の数々を述べ立てていることか。・・・わたしは、神の前で言わなければならない。われわれの信念と実践のあいだに存在するこのようなあからさまな矛盾は、人類五千年の歴史にも例がない。と、その意味で、わたしは自分の国が恥ずかしい。わたしは、自由と平等を褒めたたえるわが国民の空々しい大演説、人間の奪うべからざる権利にかんする偽善的な空念仏に吐き気がする」(93、1829年7月9日ボストン『クーリア』紙)

多くのアメリカ人がアメリカ民主主義の出発点であると信じて疑わない独立宣言に疑問を投げかけることによって、ギャリソンは「森の赤い人たちの絶滅をやりとげることに従事し」、「数知れぬ黒人を捕獲し、大西洋を犠牲者の死体で溢れさせてきた」(23)アメリカの本義そのものに揺さぶりをかけた(「そんなこともおおっぴらに言えるアメリカはやっぱり自由の国」とかいう人のために一応書いておくと、こんなことを書いたためにギャリソンは南部で命を狙われる存在になった)。こうした立場から、ギャリソンがアメリカの連邦制を神聖視することはなかった。むしろ、奴隷制を固守する南部との連邦を、「死との契約、地獄との同盟」として拒絶した。南部は連邦からの離脱をたてに北部に妥協を求めたのだが、ギャリソンはむしろ北部のほうで南部を切り捨てれば南部は立ち行かなくなるとにらんでいたのである。もちろん、無抵抗主義者ギャリソンは平和的手段によってそうなることを望んでいたのだが、連邦の解体は彼の思惑とは違う形で実現した―南北戦争である。

ギャリソンのラディカルさはこれだけに終らなかった。敬虔なキリスト教徒でありながら、ギャリソンは奴隷制を擁護する教会を徹底的に攻撃した。それはキリスト教徒が他の誰よりも奴隷制に加担していることを認める、ラディカルなものだった。

「今日、どれほど不道徳な行跡であろうと、どれほど不道徳な罪であろうと、キリスト教関係者のそれと比べられるようなものは何ひとつありません。奴隷所有者、戦闘員、金権崇拝者、瀆神者どもはすべてキリスト教信者であります。だから、キリスト教世界は利己心、道徳的汚染、暴力、破壊指向に満ちていることは驚くにはあたりません」(103)

こうしたギャリソンのラディカルさは南北戦争の勃発によって鳴りをひそめる。それまで南部と妥協する世俗の勢力に組することをよしとしなかったギャリソンは、連邦を維持しながら北部の利益を確保するために奴隷制の「拡大」のみに反対するリンカーン共和党を攻撃していたのだが、南部の連邦離脱を境にギャリソンはリンカーンを積極的に支持しはじめる。無抵抗主義者でありながら戦争を容認したのは、仕方なかったと思う。むしろ、ジョン・ブラウン事件に際して、「わたしは無抵抗主義者であり、いかなる状況下においても、人命の不可侵性を信じるものである。(中略)しかし、平和主義者、突出した平和主義者として、私は次のように言う心構えができている。"南部と、あらゆる奴隷制国家において、あらゆる奴隷叛乱に成功あれ"と」(157-8)というギャリソンの積極的な苦悩、矛盾には共感できる。それ以外では、アフリカなどへの(黒人)入植にこそ反対し続けたものの、黒人の投票権獲得には漸進的な態度でまったく煮え切らない。さらに、奴隷解放後の黒人「教育」について語るときには、自民族中心主義、庇護者的な態度を露呈してしまう。宗教的な贖罪をもとめるギャリソンにとって、「合衆国における黒人奴隷の"解放"は、黒人自身によってではなく、何を措いても白人の手によっておこなわれなければならな」かった(168)。もちろん、黒人には何もできないと思われていた時代のことだから、十分「進歩的」ではある。でも、キリスト教徒であり、ある意味愛国者でありながら、キリスト教もアメリカもひっくり返しかねないラディカルな言葉で語っていたころと比べると、いかにも物足りない。

・・・でも、まあ、そのへんはギャリソンの「庇護」のもとから飛び出した逃亡奴隷フレデリック・ダグラスらによって批判的に発展させられていった。『アメリカ黒人解放前史―奴隷制廃止運動(アボリッショニズム)』(ジェームス・B・スチュワート、明石書店、1994)によると、ダグラスが演説の技術を洗練させたとき、ギャリソンは「フレデリック、君がかつて奴隷だったことをみんな信じなくなるよ」と警告したという(171)。そんなギャリソンと袂を分かったダグラスは、新たな新聞『北極星』を創刊する。『解放者』が奴隷を「解放してやる」白人ラディカルのものだったとすると、『北極星』は北を目指して逃げた奴隷の視点からつくられたメディアであることをタイトルが物語っている。

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2007年6月6日(水)

2007_06_06kookai今日のラーメン:「冷やしラーメン(980円)」@天王町『麺屋 空海』天王町店
『空海』が冷やしラーメンを出していたので食べてみた。冷たいながらも、豚骨・鶏がらを燻してから使った『空海』の味はしっかり出ている。チャーシュー、江戸菜、海苔、白髪ネギ、鰹節に温泉卵までのっていて、食欲のない夏場にはよさそう。麺もキュッとしまって、これはこれで魅力・・・★★★★

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パム・グリアー主演の映画Sheba, Baby (ウィリアム・ガードラー監督、1975)とFriday Foster (アーサー・マークス監督、1975)を見た。Sheba, Babyはいつものパム様。父親を殺した悪党どもを懲らしめるため、敵のパーティーに単身乗りこんでいく。合法的手段にこだわる恋人や、のろまな警察は置いてけぼり。チンピラぐらいは簡単にしめあげちゃうし、ピンチになったらお得意のお色気攻撃でバカな男どもを悩殺する。かっこいい。それと比べるとFriday Fosterはずいぶん女の子らしくなっちゃって、つまらない。ファッションも心なしかおとなしめ。金玉蹴りあげたり、機関銃ぶっ放したりするシーンがないのが物足りない。

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2007年4月3日(火)

2007_04_03machidaya今日のラーメン:「ラーメン(650円)」@町田『とんこつラーメン 町田家
以前食べたときは典型的な家系だと思ったのだが、今回はかなり違った印象を受けた。どろりとした粘度の高いスープが特徴的。輪切りにしたネギがたっぷり入っているのも、家系のなかではめずらしい。これはこれでパンチのきいた美味しいラーメンだと思う。家系らしいコシのある麺もグー・・・★★★+

Img047エリオット・リーボウ『タリーズ コーナー―黒人下層階級のエスノグラフィ』(Tally's Corner: A Study of Negro Streetcorner Men、1967、吉川徹監・訳、東信堂、2001)を読み終わった。1962年、米国カソリック大学で人類学を専攻していた著者は、「子育て研究プロジェクト」の一環として、低所得層の成人男性について研究材料を収集するため、首都ワシントンのインナーシティ=貧しい黒人街におけるフィールドワークをはじめた。そこでは20~30代の黒人男性がニュー・ディール・キャリーアウト・ショップという雑貨小売と軽食の店にたむろして、日がな一日すごしている。彼らにとって「職を得て、それを続け、うまくやっていくということは、明らかに優先順位が低い」ように見えた(23)。しかし、行動を共にするうち、著者は彼らが仕事に積極的になれないのには、それなりの理由があることに気づく。技術のない非熟練労働者にとって、労働とは低賃金で重労働を強いられることを意味する。しかも、仕事は彼らに自尊心を満たすための機会を与えない。「男たちはその仕事がどんなに辛くても、それをしさえすればものごとが好転するだろうというような、道理にかなった期待を持つ」ことができない。つまらない仕事は「さらに上の仕事へと進む出発地点ではない」のである(44)。人種差別社会のなかで、彼らは失敗者となることを運命づけられているように見える。このことは経済的な行き詰まりから、結婚や子育てにも影響を与える。低所得層の黒人家庭に、結婚と離婚をくり返し、母親とその家族が父親の助けなしに子供を育てている例が多いのもこのことと関係がある。こうした家庭の男性は結婚や家庭が失敗に終わり、自尊心が傷つけられることに予防線を張るために、子供を遠ざけたり、結婚がうまくいかなかったのは自分が男としての欲望を満たすのをパートナーが許さなかったからだと説明したりする。一方で、彼らはストリートコーナーでの友人関係に救いを求める。彼らは知り合って間もないうちに互いに強く結びついた兄弟のように振舞うが、多くの場合、そうした「友人関係は長期間の交際に根付いてもいなければ、付き合う以前のパーソナル・ヒストリーをお互いに知ることが必要なものでもない」(154)。こうした関係は結ばれたときと同じように、ささいな諍いであっけなく壊れる。そうした場合、たいていは絶縁関係になった当事者の一方が町を出ることで緊張が回避される・・・こうした貧困と逃避の悪循環を描くことによって著者は黒人貧困層を貶めようとしたのではない。当時は例えば「再婚のくり返し」といったパターンが、黒人特有のライフスタイルであると考えられていた。社会的矛盾を文化的差異によって糊塗しようとするそうした考えを、著者はまっこうから否定する。「彼らの行動は、自分たちの独自のサブカルチャーの具体的な目標や価値を求めていたり、モデルを模倣しているようにはとうてい見えず、むしろより大きな社会の多様な目標や価値を実現しようと試みて、それに失敗し、自分にも他人にもその失敗をできるだけごまかそうとしているように見える」(166)。つまり、悪循環に向かうパターンは黒人特有のライフスタイルではなく、彼らが理想とするライフスタイルを獲得できなかった結果であるというのである。したがって、黒人は失敗を運命づけられた劣った存在ではなく、彼らに必要なのは理想の生活を実現するための環境であるということになる。原著解説でハイラン・ルイス氏が述べているように、著者は「ときにつむじ曲がりの言い回しではあるが、ストリートコーナーの男女が込み入った容易ならざる状況にありながら、この社会でベストを尽くしていると主張していることを示して、彼らへの敬意を表そうとした」のだ(202)。平易な言葉で書かれた先駆的な研究である。

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2007年3月15日(木)

2007_03_15sanpo今日のラーメン:「らーめん(魚濃出汁)(740円)」@稲城長浜『らーめん 三歩
名古屋コーチンをふんだんに使った濃厚でとろみのある丸鶏スープに、鰹節などの魚だしがたっぷり加わる。化学調味料を使わない優しい味なのに、パンチもある。麺は細く縮れており、これだけ強い印象のスープならもう少し太いほうが好み・・・ではあるが、あくまで好みの範囲内。麺自体はすごく美味い・・・★★★★

Passingネラ・ラーセン白い黒人』(Passing、1929、植野達郎訳、春風社、2006)を読み終わった。ネラ・ラーセンはハーレム・ルネッサンス期に活躍した黒人女性作家。『白い黒人(パッシング)』はラーセンの2作目の小説で、1作目の『流砂』(1927)とともに彼女の代表作と呼ぶべき作品である。「パッシング」とは白人と見分けのつかないほど肌の色の白い黒人が、人種の境界をパス(越境)して白人として生きることを言う(パス=通用する)。アメリカでは一滴でもアフリカ系の血が混じっていれば、どんなに肌の色が白くても「黒人」と見なされたために、こうしたことが起こりえた。もちろん、人種の境界を「パスする」と言っても、それは自分が黒人であることを隠し続けるからこそ可能なのであり、その人が生まれ育ったコミュニティから引き離され、秘密を悟られないよう常に緊張を強いられることになることは言うまでもない。このことは一体「黒人」とは何なのか?という疑問へと読者を導く。

故郷シカゴを訪れたアイリーン・レッドフォードは肌の色が白いことを利用して入った白人専用カフェで、かつての友人クレア・ケンドリと再会する。黒人の父親と不幸な幼少期を送ったクレアは、白人である母親側の親戚に引き取られ、その後、「パス」して白人男性と結婚したと噂されていた。アイリーンは自らを偽るクレアの生き方を軽蔑しながらも、執拗な誘いに抵抗できずクレアの家を訪問するが、そこでクレアの夫ジョン・ベルーの人種差別的な発言に屈辱を覚える。クレア、アイリーンにやはり白い肌の友人ガートルードを加えた3人の黒人女性の前で、ベルーが自分の人種観を得意げに披露するシーンは、ある意味喜劇的である。しかし、笑われているのはベルーやそんな男と結婚したクレアだけなのだろうか。クレアの家を後にしたアイリーンはガートルードに、あれは「あの男と私たち、そして彼女を笑うジョークだったんだわ」と言う(83)。ベルーやクレアはともかく、アイリーンやガートルードがなぜ笑いの対象にならなければならないのか・・・それがこの小説のテーマであるとも言える。

アイリーンはニューヨークで医師として働く夫ブライアン、二人の息子と何不自由ない暮らしを送っている。この時代に生まれた黒人中産階級の典型である。彼女が求めるのは生活の「安定」であり、人種差別的なアメリカ社会から抜け出してブラジルへ渡ろうとするブライアンの夢を否定し続けている。そこに突然現れたのがクレアだった。クレアは「安全でいること」に価値を見出さない。自分の欲望を叶えるために新しい場所を見つけて常に変化していく。彼女の行動は、ベルーとの関係がありながら黒人社会に戻ってくることひとつとっても危なっかしいものであるには違いないのだが、逆説的なことにアイリーンはそんなクレアの行動に目を奪われ、性的といってもいいくらいの魅力を感じる。また、そんなクレアの行動様式はブラジルへの脱出を望むブライアンに近く、やがてアイリーンはクレアとブライアンの関係に疑いを抱くようになり、それが悲劇的な結末への引き金となる・・・

評論家ロバート・ステップトはアフリカ系アメリカ人の物語には2つのパターンがあると言っている。ひとつは制限されてはいるが安定し保護されたコミュニティのなかで暮らしていくことを志向するパターン。もうひとつは安定してはいるが制限された暮らしを捨て、コミュニティの外に活路を見出すパターン。ステップトは2つのパターンが交錯する(つまり、アフリカ系アメリカ人のテキストとしては包括的な)先駆的作品としてゾラ・ニール・ハーストンの『彼らの目は神を見ていた』を評価したのだが、その意味ではラーセンの作品はさらにその先駆と呼べるかもしれない。ただ、ハーストンの作品が2つのパターンの苦い一体化だったとすると、こちらはもっと皮肉である。交錯と言うより、すれ違いと言うべきかも知れない。本来、自分を偽っているはずのクレアがやりたいことをやっている人間で、「民族」に誠実なはずのアイリーンのほうが自分らしく生きられない・・・という皮肉(その意味では「民族」が先か「個人」が先かというテーマの先駆けでもある)。結局、アイリーンはクレアに対する軽蔑や羨望も、あるいはブライアンに対する戸惑いや愛も、またベルーに対する怒りも、何も表現できないままクライマックスを迎える(そこにはもちろん、ジェンダーの問題も関わってくる)。実は彼女自身、シカゴからニューヨークに出てきたことからもわかるように、コミュニティから外へ向かう、変化を求める気質を持つ人間である。そうした気質を(あるいはそうした気質を持つブライアンを)上手くコントロールして中庸の安定を求めようと思っていたところに、やば~いクレアが現れたのだ。

ラーセンは時代を先取りしたすんげー作家だということを再認識した。これは論文のテーマになるかも(要原文の読み直し)。※翻訳は素晴らしいです。ただ・・・ひとつだけ。タイトルはともかく、「パッシング」をほとんど全部「白い黒人になること」と訳しているのは、違和感ありました。「パッシング」は「(偽りの)白人になること」なんで、クレアもアイリーンもはじめから「白い黒人」なわけですから。「パッシング」をそのまま訳せば「通過する」「通用する」みたいなことで、人種についての言及はない。人種のニュアンスを消すことで、軽蔑や欺瞞に目をつぶろうとする人たちの(それは責められないけど)感情が反映されている部分もあるような気もするわけです。そこを考えると・・・っていう微妙なところですけど・・・

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2007年3月8日(木)

Kubi
オール黒人キャスト初のホラー映画Sons of Ingagi (リチャード・カーン監督、1940)を見た。監督のリチャード・カーンは白人だが、オール黒人キャストの西部劇をはじめ、1930~40年代に黒人観客向けの映画を数多く世に送り出したことで知られる。カーンの他の映画同様、この作品でも後に黒人映画監督の草分けとして活躍することになるスペンサー・ウィリアムズが出演・脚本で重要な役割を果たしている。

結婚したばかりの若いカップル、ボブとエリノア。二人の門出を祝って友人たちが開いたパーティーを窓の外から見守る老女ヘレン・ジャクソン。アフリカ帰りの科学者であるヘレンは、なぜか弁護士ブラッドショーに依頼して遺言書をつくらせている。パーティの最中に起きた火事を見にボブと友人たちがその場を離れると、ヘレンが入ってきてエリノアを驚かす。結婚式に招いてくれた礼が言いたいというのだ。胡散臭い人物だと思われがちなヘレンだったが、エリノアは老女の優しさを知っていた。ヘレンは竜巻で亡くなったエリノアの両親の古い友人であった。ヘレンはエリノアの父親に恋していたことを明かし、彼からもらったロケットを新婦に託す。まもなくボブとエリノアはロケットと同じ印が描かれたメモを見つける。そのころ、姉がアフリカで黄金を手に入れたことを察したヘレンの弟が、彼女の書斎にやってくる。しかし、へレンがドラを叩くと秘密の実験室から猿人が現れ、分け前をよこせと迫る貪欲な弟を追い払う。ヘレンはこの猿人を息子のようにかわいがっていた。ところが、ある日へレンが調合した薬を誤って飲んだ猿人は、彼女を絞め殺してしまう。メモの謎を追ってやってきたボブとエリノアがヘレンの死体を発見し、警察に通報する。捜査にやってきたネルソン警部(スペンサー・ウィリアムズ)はヘレンの財産がすべてエリノアに相続されるという遺言書を見つけ二人を怪しむ。ヘレンの屋敷で暮らしはじめたボブとエリノアのもとに、弁護士のブラッドショーがやってくる。ブラッドショーがめぼしいものはないかとヘレンの机を漁っているうちに見つけたバチでドラを叩くと、猿人が現れて彼を絞め殺す(写真上)。第二の殺人を捜査に来たネルソンは屋敷に泊まりこんで寝ずの番をする。そこへヘレンの弟が忍び込んできて、またもや猿人に殺される。傷を負った猿人は夫婦の寝室に近づき、気を失ったエリノアを実験室に連れ去る。猿人がランプを倒し、実験室は火の海になる。目を覚ましたエリノアの叫び声を聞いて、場所をつきとめたボブとネルソンは実験室に踏み込む。ボブとエリノアは屋敷から逃げ出すが、せっかく相続した財産はすべて失われてしまう。猿人とともに焼け死んだかに思われたネルソンだったが、がっくりと肩を落とす二人の元に黄金を持って現れる。コレでもう一度家具や屋敷が買える!めでたしめでたし。

Enjin_1ホラーと言っても、猿人の存在が明らかなので見ていてそんなに怖くない。それどころか、結婚パーティーでの友人たち(フォー・トロッパーズ)のジャズ演奏など楽しい要素も多い。猿人に後をつけられながらまったく気づかず、サンドウィッチがなくなっている(もちろん、猿人が食べたのだ)ことに驚くネルソン警部(写真右)なんか、ホラーというよりもコメディ(志村・・・じゃなかった、ネルソン、うしろ、うしろ!!)。それよりも、単純なハッピーエンドのように見えて、真相が明らかでない部分がいくつもあって、それが後味の悪い引っかかりを残す。パーティの最中に起きた火事は果たして偶然だったのか?メモはダレが置いていったのか?財産を残すなんて、ヘレンはエリノアの実母なのではないか?・・・などなど。そもそもエリノアがアフリカから持ち込んだのは猿人だけだったのか?ちなみに、「インガジ」という言葉はコンゴの森に住むというゴリラを崇拝する架空の「部族」を描いた映画(1931)から取られたものである。そのことだけ取ってみてもこの映画がステレオタイプに満ち満ちたものであることは察しがつく。にもかかわらず、この映画を楽しんで見ていたのはゴリラを操るインガジ族という禍々しいイメージで貶めらているはずのアフリカ系の人たちだった・・・というのが興味深い。もちろん、ヘレンを除く登場人物の洗練された身振りを見れば、黒人の観客が自分たちを(ここで描かれている)「アフリカ」と同一視していたわけではないことも確か。ヘレンにしたってアフリカそのものを代表しているわけではなくて、彼女と「アフリカ」の間には「科学者」という「現代的」な要素がひとつ介在している。ヘレンのイメージは科学者というよりもヴードゥーの女司祭みたいではあるのだけれど・・・

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2007年2月22日(木)

2007_02_22tatsunoki今日のラーメン:「塩つけすっぱ麺(600円)」@天王町『めん処 樹(たつのき)
久しぶりに近所の美味しいラーメン屋へ。醤油も塩もつけ麺も美味いのだが、今日は「すっぱ麺」という変わりメニューを。見た目は普通のつけ麺だが、スープがすっぱい。けっこう胡椒もきいている。最初は「なんじゃこりゃ?」だったのだが、意外とはまる。夏なんかは清涼感があっていいかも。何といっても麺が美味いし・・・★★★+

Sally_hemmingsバーバラ・チエイス=リボウ『サリー・ヘミングス:禁じられた愛の記憶』(Sally Hemmings、1979、石田依子訳、大阪教育出版、2006)を読み終わった。アメリカ合衆国第三代大統領トーマス・ジェファソンと黒人奴隷サリー・ヘミングスとの間に子供がいるという噂は、ジェファソンの生前から囁かれていた。古くは大統領選挙のネガティヴ・キャンペーンに使われたし、逃亡奴隷だったウィリアム・ウェルズ・ブラウンの小説『クローテル、大統領の娘』(1853)もこの噂を元にしている。一方で、権威あるジェファソン研究者はこの噂を否定するか、無視するかしてきた。人種混交を好ましからざることとするレイシストの立場からも、ジェファソンを独立宣言を起草した平等主義者として捉えようとする立場からも、ジェファソンとヘミングスの関係は認めることのできないものだった。だからこそ、1998年、DNA鑑定によってヘミングスの子孫とジェファソン家に血のつながりが証明されたことは、白人アメリカに計り知れないショックを与えたのである。

ジェファソンとヘミングスの関係を題材にした歴史小説である本書が出版されたのは、DNA鑑定より20年近くも前のことである。当然のように、ジェファソンの研究者や信奉者からはあやふやなスキャンダルを元に建国の父を貶めるものという激しい非難が寄せられた。しかし、ここで描かれているジェファソンは矛盾に満ち、傲慢な面を持ってはいても、決して魅力に乏しい人物ではない。むしろ、その矛盾ゆえに人々を惹きつけて離さないようなカリスマを持っている。そのことをいちばん理解していたのが他ならぬサリー・ヘミングスであり、だからこそ彼女は「トーマス・ジェファソンを所有している」ことに誇りを持つことができたのだし、兄ジェームズによる再三の誘いにもかかわらずジェファソンのモンティチェロ農場を離れることができなかったのだ。ヘミングスは小説の語り手として、彼女の「情夫」をこんな風に描いてみせる。

「一見して朗らかで温和な気性の裏側には、強靭で洞察力のある感性が潜んでいた。もっとも私は、あるがままの彼を知っていたのだけれど。残酷といってもいいほどの気性の激しさ、残酷すれすれなほどに神経質なところ、誠実さを逸脱してしまわんばかりの賞賛への欲求、とめどない愛欲、完全無欠の表情の裏側に潜む孤独感、孤独への恐怖という弱点があること、彼にはこういうところがあったのだ」(352)

もちろん、ジェファソンとヘミングスの関係は「愛」という言葉だけでは語りつくせない。ヘミングスにとってジェファソンは情夫であると同時に、「旦那様」であり彼女を隷属状態に縛りつける奴隷所有者でもある。兄ジェームズや母エリザベスと同じように「自由」の持つ意味を理解していたヘミングスは、時にジェファソンに激しい怒りと憎しみを感じる。一方、ジェファソンもまた、ヘミングスとの関係をどう捉えたらいいのか最後までわからなかった。死を前にしてなお「お前は私を愛していてくれたのかい?」と問うジェファソンを前にして、ヘミングスは「三十八年が経った今でも、彼はこんなことを訊かねばならなかったのだ」と言っている(443)。彼女の驚きは、怒りや憎しみにもかかわらず、彼女がジェファソンへの愛を当然のことだと考えていたことを示している。しかし、その「愛」は怒りや憎しみはもちろん、ジェファソンが自分や子供たちに自由を与えてくれるかもしれないという打算ともない交ぜになったものである。

奴隷制下の南部プランテーションに暮らす人々の多くがそうであったように、モンティチェロ農場の家族関係も複雑だ。ヘミングスは元の奴隷主ジョン・ウェルズが奴隷エリザベス・ヘミングスに産ませた子供である。ヘミングス母娘はジョン・ウェルズの娘マーサがトーマス・ジェファーソンと結婚する際に、マーサ所有の奴隷としてモンティチェロにやってきた。つまり、サリー・ヘミングスはジェファソン夫人の異母妹であり、ジェファソンは病死した妻の面影を30も年下のサリーに求めていたとも言われる。また、ジェファソンの娘たちはサリーにとって、「お嬢さま」であり、「姪」であり、「義理の娘」であり、同世代の「友人」であり、トーマス・ジェファソンを奪いあう「敵」でもあった。こうした特殊で複雑な関係のなかで、「愛」というものがあるとしても、それは単純なシンパシーではありえない。人々は複雑な役割分担のなかで相手との距離を保ちながら、様々な感情を消化していくことになる。

もちろん、ジェファソンとヘミングスの関係が事実であったか否かに関係なく、ここに書いてあることはフィクションである。また、多くの場合、奴隷たちの置かれた状況ははるかに過酷で、間違っても奴隷主に「愛」を感じることなどなかったということは指摘しておかなければならない。とは言え、南部プランテーションにおける複雑な人間関係と感情がつぶさに描かれているからこそ、読者はジェファソンとヘミングスの特異な物語をリアルに感じることができる。それが人種を越えた体験を提示するこの作品の魅力だと思う。著者には他にサリー・ヘミングスの娘ハリエットを主人公にした『大統領の秘密の娘』(日本語訳あり)などの著書がある。読んでみよう。

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2007年2月4日(日)

2007_02_04ichibanya今日のラーメン:「しろ醤油ラーメン(800円)」@自由が丘『いちばんや
鶏がら、豚骨をベースに魚介系を加えたスープは、無化調でやさしい味わい。この手のスープにしては酸味が強い気もするが、清涼感があって悪くない。細めの麺もい感じ。ばら肉っぽいチャーシューは薄くてやや脂が多いが、味は悪くない。全体として好印象だが、もうひとつインパクトがあれば・・・★★★+

久しぶりにチキリハ(チキリカ・リハーサル)。まだメンバーも揃わないし、新曲も発表できるような段階ではないのだけれど、いんちきアフリカ、徐々に再始動します。

Img003大統領ジェファソンの子どもたち』(Jefferson's Children: The Story of One American Family、2000、インタビュー/文・シャノン・ラニア、写真・ジェーン・フェルドマン、千葉茂樹訳、晶文社、2004)を読み終わった。アメリカ合衆国第三代大統領トーマス・ジェファソン ― 彼に黒人奴隷との間に生まれた子供がいるという噂は存命中から囁かれていた。古くは大統領選挙のネガティヴ・キャンペーンに使われたし、長らく黒人初の小説と言われてきたウィリアム・ウェルズ・ブラウンの『クローテル、大統領の娘』(1853)もこの噂を元にしていた。一方で、ジェファソンの愛人と言われる黒人女性サリー・ヘミングスの子孫は、自分たちが大統領の末裔であることを密かに言い伝えてきた。1998年、DNA鑑定の結果、サリー・ヘミングスの息子エストンの子孫とジェファソン家の間に血のつながりが認められ、『オープラ・ウィンフリー・ショー』をはじめとするマスコミで大々的に取りあげられた。この鑑定によって、少なくともサリー・ヘミングスの息子のうちの一人が、当時ジェファソンの農場にいたジェファソン家の男性うちの誰かの血を引くということが確かめられたのである。ジェファソンと妻メアリーの二人の娘の子孫で構成されるモンティセロ協会はヘミングスの子孫を親睦会に招いたが、協会員たちの反応は突然現れた黒人の親戚を受け入れようとするものと白眼視するものに分かれた。

この本はヘミングスの三男マディソンの子孫であるシャノン・ラニアが、各地に散らばったヘミングスの子孫たち、ジェファソン研究者、モンティセロ協会のメンバーなどに行ったインタビューをまとめたものである。印象的なのはモンティセロ協会の人々の多くがDNA鑑定の結果を認めながらも、ジェファソンとヘミングスの間にあった「史実」については慎重な判断を求めているのに対し、ヘミングスの子孫たちがDNA鑑定などまるで問題にしていないことだ。彼らにとってはDNA鑑定による科学的な証拠よりも、家族のなかで言い伝えられてきた物語のほうが大切なのである。ひとつには黒人奴隷が教育を受けることも許されず、歴史を残す手段が口承しかなかったにもかかわらず、正式な文書が残されていないという理由で口承資料の正当性が否定されてしまうことへの反発がある。それならば、文書だっていくらでも改竄が可能であり、モンティセロ協会のメンバーも本当にジェファソンの子孫かどうかわかったものではない。しかし、それ以上に重要なのは、ジェファソンとのつながりがヘミングスの子孫たちを家族としてまとめあげる襟帯として機能してきたということである。彼らにとって、確かめようもない真偽など問題ではない。このことはラニアを「家族とは何なのか」という疑問に導く。家族を家族たらしめているのは果たして血のつながりなのか?ヘミングスの子孫にとってジェファソンとの関係は単に偉人との結びつきというプライドの問題ではなく、人種を越えた家族というものに対する想像力の問題である。

ジェファソンとヘミングスの関係が反発を招くのは、それがアメリカ独立宣言を起草した「平等主義者」ジェファソンの偽善を暴くと思われているからである。しかし、187人もの奴隷を所有していたジェファソンが、時代の矛盾から逃れられていなかったのは確かなことである。ただ、ジェファソンはその矛盾を強く意識していたし、見て見ないふりをしようとはしていなかった。フランス大使時代、ヘミングスに教育の機会を与え、貴婦人のように振舞うことを許したとの記録もある。しかし、アメリカに帰ってきたとき、ジェファソンは彼女を奴隷の地位に戻さざるをえなかった。解放された奴隷はヴァージニア州から出ていかなければならなかった。ジェファソンがヘミングスとの関係を維持しようとするなら、彼女を奴隷の地位にとどめておくよりほかなかったのである。結局、ヘミングスが解放されるのはジェファソンの死後のことになる。もちろん、ジェファソンに人種主義的な側面がなかったわけではない。ヘミングスを解放しなかったのも、愛人を手元に置いておきたい男の身勝手な振る舞いと考えることもできる。しかし、このジレンマは黒人のアフリカ再植民を考えたジェファソンが、現実的な理由から不可能であるという結論を出したのとよく似ている。この時代は自由を得ようと思ったら「家族」を破壊しなければならなかったし、愛する人といっしょにいようとすれば奴隷の地位に甘んじなければならなかった。実際、ジェファソンの死後、ヘミングスの子孫たちは自由を求めて全米各地に散っていく。ジェファソンとヘミングスの問題を掘り下げることは、このときに破壊された家族(黒人、白人を含めて)を再構成する試みなのかもしれない。

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2007年1月17日(水)

2007_01_17karyusankan今日のラーメン:「四川坦々刀削麺(850円)」@関内『華隆餐館
店内には威勢のいい中国語が飛び交う。練りゴマを使ったスープはクリーミーで麺をすすっているぶんにはそれほど辛さを感じないのだが、直接味わうとかなり辛い。酸味もあり、さすがに本格中華らしい複雑な味だ。具の挽肉も生姜のような薬味が利いており、ますます味を複雑にしている。美味い・・・★★★+

Jb_3先日亡くなったファンクの帝王=ジェイムズ・ブラウンの自伝『俺がJBだ!:ジェームズ・ブラウン自叙伝』(James Brown and Bruce Tucker, James Brown: The Godfather of Soul、1986、山形浩生、渡辺佐智江、クイッグリー裕子・訳、文春文庫、2003)を読み終わった。矢沢永吉の『成りあがり』なんかもそうだけど、ハングリー精神あふれる人物の成功物語というのは、いつ読んでも気持ちいいものだ。楽器も揃わず、大太鼓にペダルをつけてバスドラにしたり、鉄工所でシンバルを自作したり、ホーン・セクションの変わりに口笛を使ったりして活動していたフェイマス・フレイムズ(JBが盟友ボビー・バードらと結成したグループ)が、チャンスを掴んでアポロ劇場に出演するまでになっていくところは読んでいてワクワクする。意外だったのは、オーティス・レディングサム・クックレイ・チャールズといった同時代のミュージシャンの才能を認め、評価しているところだ。ソウルの王冠を受け渡すという役を演じさせるだけのためにソロモン・バークをレヴューにゲスト出演させたという仰天エピソードを聞いて、「自分がイチバン!」っていう傲慢なところのある人だと思っていたから、ちょっとイメージが違った。我の強い人には違いないんだろうけど、JBの自己主張って単なる自己愛とは違うんじゃないかと思った。「オレがオレが」っていうのは観客を楽しませるためのポーズで、エンターテイナーとしてのJBと生身の人間であるJBには距離がある。JB自身、この本の結びで次のように書いている。

「だが、俺はいつも神話的ジェームズ・ブラウンと人間としてのジェームズ・ブラウンの違いを忘れないようにしていた。特別なジェームズ・ブラウンを所有しているのは人々だ。それは彼らのものだ。俺が『俺さまがジェームズ・ブラウンだ』と言ってそれを信じた瞬間、それがジェームズ・ブラウンの終わりになる。
 俺はジェームズ・ブラウンだ」(462)

JBが「俺は黒人であり、それを誇りに思っているということを高らかに言おう」といったメッセージを歌にこめたり、あらゆる機会を使ってコミュニティを破壊するような暴動の阻止に尽力したのは、エンターテイナーとしてのジェイムズ・ブラウン(上の引用で言う太文字のジェームズ・ブラウン)が人々のものであるということを強く意識していたからだろう。多くの黒人エンターテイナーと同じように、JBの音楽は自己表現と言うよりも、人々が活動するための「場」そのものだったし、だからこそ美しかった。そうした「場」をつくりだすためには強い自己というポーズが必要だったんだな・・・

つくづく、偉大な人だったと思う。改めてご冥福をお祈りします。

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2007年1月7日(日)

2007_01_07rasuta今日のラーメン:「らすた麺(600円)」@日吉『らすた
ちょっと酸味のあるスープが他の家系とは一線を画す。『吉村家』のパンチの効いた醤油ダレとは違うが、これはこれで個性的。やや縮れた麺も色が濃く、ぱっと見ただけで他の家系とは違うことがわかる(製麺所も違うらしい)。コシも強く、ぼくはかなり好きなタイプだ。全体としてかなり好印象・・・★★★★

季節柄、ニュースなどでラーメンの特集を見ることが多くなったが、新橋の『ゆらり』という店で食べられる「いのししラーメン」が気になっている。一人で行ってラーメンだけ食べてくるような店ではないらしい・・・だれかいっしょに飲みに行ってくれる人、募集。

00618r_1Oscar Micheaux and His Circle: African American Filmmaking and Race Cinema of the Silent Era(Pearl Bower et al. ed. Bloomington: Indiana UP, 2001)という本に、Gloria J. Gibsonという人の書いた"Cinematic Foremother: Zora Neale Hurston and Eloyce King Patrick Gist"という文章が載っていたので読んでみた。オスカー・ミショースペンサー・ウィリアムズなど黒人映画のパイオニアについて調べているうちに、思いがけずハーストンに戻ってきてしまった。ゾラ・ニール・ハーストンはぼくの研究の出発点とも言える黒人女性作家である。民俗学者でもあった彼女がフィールドワークの対象をフィルムに収めていたということは知っていたが、まさかこんなところでひょっこり出くわすとは思わなかった。もちろん彼女が撮ったのは十数分ほどのスケッチばかりで、とても映画と呼べるようなものではない。しかし、著者はハーストンのフィルムを、エロイース・ギストが夫と製作した2本の宗教映画と共に黒人(女性)映画の萌芽として捉えようとしている。

米南部でフィールドワークをはじめたとき、ハーストンはパトロンのシャルロット・オスグッド・メイソンに必要経費に加えて映画用のカメラと車の提供を求めた。ハーストンはフィルムが調査に必要不可欠であると考えていたのだ。理由のひとつは彼女が収集することになっていた南部黒人のフォークロア(口承文化)が、身体の動きと切っても切れない関係にあるからだろう。例えば、日本でいうところのカゴメカゴメのような子供の遊びは、言葉だけ書きとめてもその全貌を捉えることはできない。かといって、言葉で動きを描写するのにも限界がある。ハーストンは(サイレント)フィルムやレコーダーを使って、そうした点を補おうとしたのだろう。南部黒人のフォークロアにおいてからだの動きが重要な意味を持つのは、ひとつには「何をやるかだけではなく、どのようにやるか」(207)ということに重点が置かれているからである。子供たちの遊びの場合、ゲーム形式のものですら、結果としての勝ち負けだけが問題なわけではない。「パフォーマンスのスタイル―どのようにダンスが行われ、リズムの複雑さはどうか―が評価する当たって考慮すべき点となる。(中略)ひとつのゲームはもっぱらパフォーマンス指向である。ひとりの男の子が複雑なステップを踊ると、他の子供たちが彼を取り囲み、手を叩いて彼を励ますといったように」(208)。こうした決まりごとのなかで、ひとつのパフォーマンスを共有することによって、彼らはコミュニケーションを図っているのだ。ここではゲームの勝ち負けとか、歌われている歌詞の内容とかいったことは実はそれほど重要ではない。同じ行為を共有するということこそが、お互いの存在を確かめ合う手段として大切なのだ。ぼくはこうしたコミュニケーションのことをハーストンがテーマの修士論文で「非伝達的コミュニケーション」として論じたのだが、その場の空気をヴァーチャルに再現するフィルムは、まさにそうした「非伝達コミュニケーション」がどのように行われているかを記録する恰好のメディアであるとハーストンは考えたのだろう。ちなみに問題のフィルムは米国会図書館に収蔵されているが、複製はしてくれないらしい。行くしかないか・・・(写真右はフィルムをもとにした写真。4コマ目がハーストン。同じく米国会図書館所蔵)。

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2007年1月6日(土)

2007_01_06ippudo今日のラーメン:「赤丸新味+辛肉味噌(850+200円)」@横浜『一風堂』横浜ポルタ店
洗練された博多ラーメンの先駆けとも言えるお店。端正な美少年のような軽やかなスープ。普段は「白丸元味」を頼むのだが、今日はあえて「赤丸新味」で。麺はもちろん「ばりかた」。マー油のきいたパンチのあるスープに、徐々に辛肉味噌を加え、変化を楽しむ。美味い・・・★★★★

Heavens_doorスペンサー・ウィリアムズ監督の映画Go Down Death (1944)を見た。ジェイムズ・ウェルドン・ジョンソンが書いた同タイトルの詩にインスパイアされたサム・エルジェイの脚本に基づいてつくられた宗教映画。酒場の経営者=ジム(スペンサー・ウィリアムズ)は新しい牧師が日曜の営業を禁止しようとしていることを知り、牧師を陥れようと画策する。酒場の女たちを牧師に接近させ、牧師が女たちと酒を飲んだり、キスをしたりしているように見える写真を撮ることに成功する。それを見ていた教会の敬虔な信徒で、ジムの育ての親=キャロラインはジムを強く叱責するが、ジムは聞く耳を持たない。ジムの留守中、思い悩んだキャロラインのもとに亡き夫の亡霊が現れ、ジムが写真を隠した金庫を開ける。キャロラインは問題の写真を手に入れるが、帰宅したジムに見つかってしまう。写真を取り返そうとしたジムはキャロラインを投げとばし、頭を打ったキャロラインは牧師たちに見守られながら死んでしまう。教会でキャロラインの葬儀が行われ、牧師がジェイムズ・ウェルドン・ジョンソンの「死よ、行け」を朗読する(この詩自体、黒人牧師の説教を模しており、この場面も詩の朗読と言うより牧師の説教と理解することができる)。牧師と会衆の映像に、天国の扉が開かれるイメージ(写真左)や白馬に乗った「死」がかけつけるイメージがはさみ込まれる。式が終わって教会の外に出たジムは、彼の殺人を責める声を聞く。声から逃れようと駆けまわっているうちに荒野に迷いこんだジムはそこで、冥界の扉が開かれるのを見る。人を食う悪魔が現れ(写真下)、地獄の恐ろしい光景が次々とくり広げられる。罪の意識に押しつぶされてジムは精神に破綻をきたす。

昨日紹介したDirty Gertie from Harlem USAや、The Blood of Jesusのようにヴードゥーを思わせるようなシーンがあるわけではないが、宗教映画にもかかわらず酒場の様子がやけに生きいきと描かれている点は同じ。もちろん、黒人の人たちが土曜日は酒場ですごして日曜には教会に行っていた、といった話を知らないわけではない。酒場も教会もアフロ・アメリカン文化の一側面なのだ。でも、この映画の牧師やDirty Gertieのミスター・クリスチャンのような人間と、酒場を根城とするガーティ・ラルーやジムのような人間が簡単に和解できるわけでもない。ミュージシャンから録音技師を経て、スタッフとして映画の世界に入ったウィリアムズ自身、酒場=悪魔の世界と無縁ではなかったはずである。それだけに放蕩に対する罪の意識も強かったのかもしれない(ロバート・ジョンソンがそうであったように)。ジムにしてもガーティ・ラルーにしても、放蕩者は無残な最後を迎えるのだが、その前に超自然的な力が彼らの未来を予言している。ウィリアムズはヴードゥーや霊のような超自然的な力(それはコジツケればアフリカの多神教的な神に結びつけることができるかもしれない)に、キリスト教的な「善」と放蕩者の「悪」(それが本当に「悪」なのかどうかはさておき)を結びつける可能性を見出していたのかもしれない。それにしても、このイメージの生々しさはどうだ。ロバート・ジョンソンや他のブルース・マンが、放蕩の末に何を恐れていたのか多少なりとも理解することができたような気がする。
Devil


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2007年1月5日(金)

2007_01_05yoshimuraya今日のラーメン:「ラーメン+野菜畑(590+30円)」@横浜『吉村家
今年初の家系総本山。他の家系に比べて醤油ダレの味が濃厚で、まさに「とんこつ醤油」の名前にふさわしい。昆布の旨みや鶏油の風味の絶妙なバランスには繊細さも。柔らかいのに噛みごたえのあるチャーシューも最高。「野菜畑」のせいで最後にスープが冷めてしまったのが残念・・・★★★★

Gertie_welcomedスペンサー・ウィリアムズ監督の映画Dirty Gertie from Harlem, USA (1946)を見た。リニダード島(トリニダードがモデルか?)のパラダイス・ホテルでは、旅回りの劇団を迎える準備で沸きかえっている。音楽にのって劇団が到着し、一座のスター=ガーティ・ラルーは人々の歓迎を受ける(写真右)。ホテルのオーナーであるダイアモンド・ジョーはガーティと劇団のメンバーに最高の部屋を割り当てるように命じ、ガーティと彼女の相談役であるステラは個室に案内される。大部屋を割り当てられたコーラス・ガールたちは、ガーティに酷い仕打ちをされたハーレムの男=アルの噂話をしている。一方、フロントにはミスター・クリスチャンとその助手エズラが到着。劇団のせいで部屋がひとつしか残っていないことに腹を立てている。ステラが止めるのも聞かず外出することにしたガーティは、クリスチャンたちとすれ違う。ガーティが淑女扱いされるのに我慢がならないクリスチャンは、ガーティをジェゼベル呼ばわりする。ガーティはホテルの外で彼女に会いたがっていた水兵タイト・パンツ、兵士ビッグ・ボーイと知りあい、彼らを引きつれて町へくり出す。ダイアモンド・ジョーはクラブのピアニスト=ラリーに劇団のショーのために演奏するよう命じる。ガーティの写真を見せられたラリーは、どこかで彼女に会ったことがあるような気がしてならない。そこへ、ガーティが二人の男と共に現れる。ジョーはガーティをオフィスに呼び寄せ、ダイアモンドのネックレスをプレゼントする。ジョーが愛を告白しようとしたとき、ガーティはラリーの弾く奇妙なメロディを聞く。どこかで聞いたことのあるメロディが、彼女の不安をかきたてる(のちにそれはラリーの友だち[=おそらくアル]が彼を酷い目に合わせた女について書いた歌だとわかる)。ガーティが二人の男と遊び歩いているのを見たエズラは、クリスチャンに報告する。クリスチャンはガーティが彼の忠告を聞かなかったら、知事に訴えて劇団を島から追い出そうと決意する。ホテルのロビーでガーティたちが帰ってくるのを待つクリスチャン。午前4時半になってやっと帰ってきたガーティは二人の男と別れのキスをし、アルの幻影に悪態をつくが、話をしようと暗がりから現れたクリスチャンに驚いて気を失う。気がついたガーティにクリスチャンは信仰の道を説くが、彼女は聞く耳を持たない。クリスチャンはいよいよショーを妨害する決意を固める。神のお告げを受けて、何が罪深いのかをはっきりさせるため(←ほんと?ニヤニヤ)ショーを見に行くことにしたクリスチャンだが、エズラにはショーを見ることを許さない。彼はジョーに会い、ショーを中止するよう説得する。ジョーはリハーサルでショーの決行を宣言し、ガーティにダイヤの指輪をプレゼントする。部屋に戻ったガーティは何人もの男が自分に言い寄ってくると有頂天になっている。ステラはアルやクリスチャンのことがトラブルになるかもしれないから、ヴードゥーの女祭司に相談したほうがいいと勧める。ガーティは女祭司=オールド・ヘイガー(←スペンサー・ウィリアムズ自身が演じている)の小屋に行き、「男が見える。彼はお前に怒っている。お前を追ってくるようだ。血が見える」と不吉な予言を受ける(写真下)。複雑な表情のクリスチャンが舞台袖から見つめるなか、ショーが始まる。ガーティが登場し官能的なしぐさで手袋を脱いだとき、クリスチャンが飛び出しショーを中止させる。混乱のなか部屋に戻ったガーティは、ブルースのレコードをかける。気持ちが落ち着かずレコードを消し、鏡に向かったとき、窓から男が入ってくる。アルだ。アルはガーティの懇願に耳を貸さず、彼女を撃ち殺す。警官と部屋に踏み込んできたステラに「なぜ、そんなことをしたの?」と聞かれて、アルは「愛しているから殺したんだ」と答える。

同じ年に発表された作品にもかかわらず、以前の日記で紹介したThe Girl In Room 20よりもはるかに完成度の高い作品だ。正体がわからないまま登場人物の会話にだけ現れる「アル」が、見るものに不吉な緊迫感を与える。宗教映画を3本も撮っている監督の作品とは思えないくらい、敬虔なミスター・クリスチャンが笑いものにされている。舞台袖からショーを見るクリスチャンをエズラが後ろからニヤニヤ眺めているところなど、けっこう笑える。悪女であるガーティは最後に報いを受けることになるわけで、教訓的な映画とは言えるかもしれない。しかし、真実を言い当てていたのはキリスト教ではなく、ヴードゥーの占いのほうなのだ。そう言えば、同じ監督の宗教映画The Blood of Jesusも宗教的なイメージとジューク・ジョイント(安酒場)のドンちゃん騒ぎが交錯する不思議な魅力のある映画だった。テーマはやはり堕落した女の更正という教訓的なものなのだが、悪魔の棲家であるはずのジューク・ジョイントがやけに生きいきと描かれているのだ。キリストが現れるのがクロスロードだったりするのも怪しかった。どうも、ウィリアムズにとって信仰とは単純に敬虔なクリスチャンのそれではないようだ。彼の信仰の対象は、キリストの姿をとってはいても、実は清も濁も飲みこんだアフリカの多神教的な神なのではないか。混合宗教であるヴードゥーがカトリックの聖人を隠れ蓑にしてアフリカの神を崇めていたように・・・とにかく、衝撃的な内容だった。
Gertie_hager

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2006年12月25日(月)

2006_12_25jiraiya今日のラーメン:「じらい屋らあめん(650円)」@武蔵小山『じらい屋
真っ黒いスープにきざみタマネギというスタイルは八王子系を期待させるが、太い麺がそれを裏切る。豚骨+鶏がらベースのスープは味の引きが早く、すっきりしている。ニンニクを入れるか聞かれるのだが、このあっさりしたスープに意外とニンニクが合う。分厚く切られたチャーシューもグー・・・★★★+

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西小山Slowでイマイくん参加のジャズ・グループ=油蕪UNITの演奏を聞いた。ちょっとポリリズムっぽい曲もあるスタイリッシュな演奏にお酒がすすんだ。

James_brownジェイムス・ブラウンが死んだ

ジェイムス・ブラウンが死んだ?

ジェイムス・ブラウンが死んだ!?

そんな馬鹿な。3月の来日公演で年齢を感じさせないパフォーマンスを見せてくれたばかりだったのに・・・でも、思えば予感がなかったわけではない。家庭内暴力と麻薬所持による逮捕をくり返してきた男が、愛の大切さを切々と語っていたのだ。「ソウルの王冠」を引き渡すだけのために、ソロモン・バークをステージに呼んだあの傲慢な男がである。頑固で傲慢な人間が死ぬ間際に優しい表情を見せる・・・なんて話をよく聞く。知り合いにその話をしたら、冗談で「JB、死んじゃうんじゃないの・・・?」なんて言っていた。まさか、本当に逝ってしまうとは・・・

高校生のころ、武道館でジェイムス・ブラウンの来日公演を見た。当時、ヒップホップの人たちがリスペクトを示したことによって、JBの音楽が再評価されるようになっていた。二階席の後ろの後ろでJBは豆粒みたいにポツーンとしか見えなかったけど、「おお、これがファンクか」と興奮した。まだ、そのころは「これがファンクか」も「これがパンクか」も、同じような興奮でしかなかったのだけれど、とにかくエレクトした。考えてみれば、ワンコードのポリリズムに身を任せたあの瞬間に、アフリカ音楽にのめりこむことは決まっていたのかもしれない。

予感がしていたと言いながら、やっぱりJBが死んだなんて信じられない。ファンク・ビートには終わりがない。ビートにビートを重ねていつまでも続いていく。その意味でJBは生きている。JBは生きている・・・ありきたりの言葉だけど、本当にそう思う。スター・オヴ・ザ・ショー!!ハード・ワーキン!!ミスター・ダイナマイ!!ジェエエエエエエエエイムス・ブラーウン!!

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2006年12月16日(土)

第7回多民族研究学会(MESA)全国大会@駒澤大学。今回は研究発表3つ+講演+映画上映。いつものことながら、「つめこみすぎ」という声が出るほどの充実ぶり。

早稲田大学エクステンションセンター・佐藤清香先生の発表「gardenをめぐって-19世紀アメリカ合衆国西南部におけるメキシコ系女性の生活の変化」は、現在の米西南部に暮らすメキシコ系女性がアメリカ編入以前に持っていた経済的自立をアメリカの貨幣経済のなかで失っていく姿を捉えたもの。メキシコ系社会にはイスラム統治時代のスペインから受けつがれたアセキア(Acequia)という灌漑設備があり、女性たちも水を管理したり一部の土地(ガーデン)を所有したりすることによって、自給自足の生活を維持し、比較的自立した存在でいることができた。女性の人間性も農作者としての能力に応じて評価された。そうした自足した社会は米墨戦争の結果メキシコ北部がアメリカに割譲されたことによって終わりを告げる。貨幣経済の浸透により、農作者としての地位を失ったメキシコ系女性たちは「純潔、信仰心、家庭性、従順さ」といった価値によって評価される依存した存在となった・・・一般的に抱かれることの多い、封建的で男性優位的なラテン・アメリカのイメージとは全く違う話で、大変興味深かった。

Watanna1続く都留文科大・中地幸先生の「シンデレラ・コンプレックスとエスニシティの壁-Winnifred Eaton のMe: A Book of Remembranceについて」は、イギリス人の父親と中国人の母親を持つカナダ人作家ウィニフレッド・イートンの話。イートンはその東洋系の相貌もあって、最初のうち「日系作家」オノト・ワタンナ(←そんな日本人はおらんわな)としてジャポネスク小説を書いていたことで知られる。そんな彼女がある時期から自分のなかの東洋性を否定し、「カナダ人作家」として自己規定していくようになる。その過渡期に当たる作品が自伝的小説Me: A Book of Remembrance(1915)であり、その中には主人公・東洋系少女ノラの白人女性に対するコンプレックスが垣間見えるという。これまた恥ずかしながら不勉強で全然知らない作家だったのですごく勉強になった。

明治学院大学・松本一裕先生の「アイデンティティ・ポリティックスを越えて-Ralph EllisonのInvisible Manにおける"invisible comedy"について」は、ひらげの専門にいちばん近い内容。ラルフ・エリソンの『見えない人間』と言えばアメリカ黒人文学の傑作と言われる。しかし、この作品は黒人文学として読むべきではないのではないか・・・という挑戦的な問題提起から発表ははじまった。人種差別によって「見えない人間」となった主人公は、さまざまな仮面を付け替えた末、仮面を剥がした内面の混沌を見る。Ralph_ellison_1松本先生はケネス・バークなども引用しながら、そうした混沌のなかに人種によるアイデンティティ・ポリティクスを超える「コメディ」を見ようとする。先生がアイデンティティは一種の仮面にすぎないことを言うために、あえて「『見えない人間』は黒人文学ではない」と挑戦的な言い方をされたのはわかっていたのだが、ぼくも専門なのであえて質問に立った。アイデンティティの仮面を引き剥がした奥に混沌があるのは事実だとしても、混沌を見出す過程は白人と黒人ではまるで違う(もちろん、黒人だって一様ではないが)。文学は結果ではなく過程をこそ大切にすべきで、その意味で『見えない人間』はすぐれて黒人文学なのではないか。それに、混沌をのぞいたからといって次の日から仮面なしで暮らせるわけではなく、主人公が戻っていくのはやはり「黒人」の仮面でしかない・・・もちろん、先生はそんなことはわかっていてあえて挑戦的な言い方をしたので、「確かに戻っていくのは黒人の仮面かもしれないけれども、それは混沌をのぞく前の仮面と同じではありえない」という回答はその通りだと思った。結局、問題は黒人文学かどうかということではなかったのである。

休憩をはさんで、立教大・阿部珠理先生の講演「アメリカ先住民-文化再生への視座」。『アメリカ先住民-民族再生へ向けて』などの著書がある阿部先生は、アメリカ先住民の苦難の歴史から、昨今の文化再生の動きまでわかりやすく丁寧に説明してくださった。アメリカ先住民というと居留地で生活保護を受けて暮らしている人々というイメージを持っている人も多いのではないかと思う。彼らが受け取っている金は先祖が白人に土地を割譲する際に約束された補償金が主であり、彼ら自身は自立への希望を失っているわけではない。とは言え、彼らのなかにアルコール中毒や自殺が多いことも事実である。あまりに救われない状況を見た先生は、論文が書けなくなりそうなこともあったという。60年代から少しづつ民族文化を再評価する動きが見られるようになり、現在ではそうした動きが実を結びはじめている。部族大学で伝統教育が行われる一方、パウワウサンダンスなどの儀式は脱部族化→汎インディアン化したうえで、エンターテイメントとして観光資源になりつつある。一方でレーガン政権時代に社会保障のカットとセットですすめられた先住民の自立促進政策により、カジノの建設が推奨され、巨大なカジノで成功する地域も現れている。こうした傾向が良いのか悪いのかぼくにはわからないが、循環や調和をモットーとする伝統文化とアメリカ資本主義に折り合いをつけて生き残っていくのは大変なんだろうと思った。

最後に東京女子大・溝口昭子先生の解説でイギリスBBCで1999~2000年に放送されていたインド系移民のコメディGoodness Gracious Meを見た。インド系移民がイギリスで体験する文化のギャップや言語のすれ違いを題材に、自分たちを笑い飛ばした傑作コメディ・・・とは言え、インド訛りの英語がバシバシ飛び交っていて、正直あまり聞き取れなかった。でも、インド系と白人のゲイのカップルがインド系の両親にゲイであることを告白すると、「何でインド人の男の子を連れてこないの!」と怒られるコントとか、かなり笑えた。マハリシ・マヘシュ・ヨギのパロディとか、何でも「インドから来た」というおっちゃんとか、おかしなキャラがたくさん出てくるらしいんだけど、もう少し時間をかけてゆっくり見れれば良かったな。

例によって、打ち上げで飲みに行く。1次会、2次会・・・しまいにはN垣内先生、M石先生とカラオケ。M石先生はミスチルが好きなことが判明。

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2006年12月9日(土)

2006_12_09shinpukusaikan今日のラーメン:「ラーメン(600円)」@京都『新福菜館』本店
京都に来たら、何はともあれここのラーメンを食べなければ。京都特有の濃ゆい醤油ラーメンの典型ながら、後味はさっぱり。表面を覆いつくすチャーシューもうれしい。それに加えて、九条ネギの素晴らしさに心を打たれた。鼻を抜けるネギの香りがスープにベストマッチ。はじめて注文した色の濃いチャーハンも最高・・・★★★★+

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黒人研究の会12月例会に参加するため京都へ。久々の京都。年内最後の例会なので忘年会もあるし、あんまり顔出さないでいると忘れられちゃうからね。大島商船高等専門学校・石田依子先生の発表「蘇る混血の魔女たち」は、マリーズ・コンデの『わたしはティチューバ』と、バーバラ・チェイス=リボーの『サリー・ヘミングス』に焦点を当てたもので、いつもの通り興味深いものだった。ティチューバセイラムの魔女裁判で最初に告発された黒人女性(ネイティヴ・アメリカンという説もある)。一方のサリー・ヘミングスは合衆国第三代大統領トーマス・ジェファーソンの奴隷だった女性。ジェファーソンとの間に子供をもうけたという噂があり、近年ではDNA鑑定まで行われるほどの議論を呼んでいる。どちらも記録のあまり残っていない歴史上の人物を題材にしながら、二人の作家のフィクションの作り方は微妙に違う。なるだけ史実に忠実に描こうとするチェイス=リボーに対し、「これは歴史小説ではない」と断言するコンデはアフリカ、カリブ、合衆国に生きた黒人女性の姿をティチューバという人物のなかに象徴的に描き出そうとしている・・・発表の後は石田先生と東洋大学の三石庸子先生によるALAとユタ大学での国際学会の報告。それになりに興味深かったけど、その後に行ったハイチでの学会の話を聞きたかったなぁ・・・どちらかと言うと。

で、忘年会では飲みました・・・いつものことながら。大御所の先生方とお話ができ、ためになる情報もたくさんもらいました。加藤恒彦先生とはミンストレルバート・ウィリアムズ(+キャリル・フィリップスがバートと相棒のジョージ・ウォーカーを題材に書いた小説『ダンシング・イン・ザ・ダーク』・・・加藤先生は近々キャリル・フィリップスについての本を出される予定)の話で議論になり、2次会のあとも飲みに行こうということになった。ところが、予約してあったはずの旅館が取れていないことが判明(なんでだよ~!)。加藤先生に助けていただいて(お世話になりました)、ようやく安宿に寝床を確保したのが10時半。宿の門限は11時だったので、コンビニでビールを買って部屋で30分だけ飲んだ。11時ギリギリに先生を送り出した後、寂しくなってアチコチに電話をかける。またまた、ひらげ(酔)の電話攻撃にあった皆さん、ゴメンネ。ゆるちて。

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2006年12月6日(水)

2006_12_06hidakaya_yanyon今日のラーメン:「ヤンニョンラーメン(580円)」@橋本『日高屋』JR橋本店
味噌ラーメンにしろ、タンメンにしろ、野菜の多いラーメンは食べなれていないので、ついつい最後に野菜が余ってしまったりする。それも大量に。でも、辛いラーメンの場合、それほど野菜好きとは言えないぼくでもバリバリ食べてしまう。ちなみに、ヤンニョン(薬念)とは韓国語で合わせ調味料のことらしい。まあまあ、おいしかった・・・★★★

Jazz_man_to_sono_jidai_1丸山繁雄『ジャズ・マンとその時代:アフリカン・アメリカンの苦難の歴史と音楽』(弘文社、2006)を読み終わった。著者はプロのジャズ・シンガーとして活躍するかたわら、日大の芸術学部で教鞭もとっている人物。ミュージシャンとしての経験も生かしつつ、ジャズの音楽的な特質から、アフリカ系アメリカ人の歴史、ジャズの源流としてのアフリカ音楽、ニューオリンズから、スウィング、さらにはバップ、モードやフリーへと至るジャズの歴史まで、広く深く扱っている。特にジャズやブルースの音楽的特質を解き明かした1章はすごく刺激的。マイルス・デイヴィスジョン・コルトレーン(二人のかっちょいい演奏はこちら)がモード(旋法)を打ち出すずっと以前から、そもそもブルースというものが(コードではなく)モードを基本にした音楽であったのだというところは(64)、わが意を得たりと膝を打った。また、さまざまなアフリカ系音楽のなかで、ジャズだけがスウィングという跳ねるリズムに行きついた背景に、強勢拍リズムを基本とする英語の音韻構造があったという指摘(45-50)には目が覚める思いがした。アフリカの言語の多くやスペイン語などのラテン系言語では、それぞれの音節は等価であり、同じ長さで発音される。ところが英語などのゲルマン系の言語では、アクセントの置かれた強音節と弱音節があり、強音節と強音節の間はいくつ弱音節が挟まろうと同じ長さになる(したがって一つ一つの音節は長さが変わる)。合衆国の黒人音楽は英語の強音節にあうようにリズムの強拍を置いていったので、強拍といくつかの弱拍でできる単位の譜割は不均等になった。また、強音節は長く、弱音節は短く発音しようという心理が働くので、リズムは跳ねた感じ、崩れた感じになる・・・著者の採譜したジャズ・ヴォーカルの譜面を見ると、確かに英語で弱音節に当たるところ(例えば、冠詞とか前置詞とか、分かりきった主語とか)は裏拍に短く入るようになっている。なるほど・・・2章以降はアフリカ系アメリカ人の歴史のなかに、ジャズを位置づけるといった内容が中心になっている。ぼくの専門なだけに、あまり目新しいところはないが、奴隷制度や人種差別を怒りをこめて語る作者の口調には熱いものがある。芸術音楽としてのジャズを重視する傾向が強いので、芸能としてのジャズ(例えば、最近はまっているスリム・ゲイラード 1 2 3 とか)に関する記述が少ない気もするが、これだけ盛りだくさんの本にそこまで望むのは欲張りすぎというものだろう。一方で、「民族音楽」の魅力が「まったく普遍的でないこと、そのこと自体」のいとおしさにあるとか(107)、ルイ・アームストロング(何といっても、若き日の演奏をぜひ)はもちろんディジー・ガレスピー1 2 3 4 5 6)のようなジャズの巨人にもミンストレル的なものが受け継がれているといった指摘もある(198)。ミンストレル的な要素については、それが人種差別社会に対する「心理的適応」であるとしても、「『心理的適応』とは決して敗北の呼び名ではない」(199)と書いているところなど、大きくうなずきながら読んだ。勉強になりました。

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2006年12月4日(月)

2006_12_04kagetsu今日のラーメン:「道頓堀ラーメン(650円)」@天王町『げんこつらーめん花月・寅』天王町店 次々に季節限定ラーメンを出す『花月』だが、そのうちのいくつかは有名店のパクリである。「道頓堀ラーメン」ってどこからどう見ても、『どうとんぼり神座』じゃないか!「三度食べればやみつき」っていうキャッチフレーズまでそっくり同じ・・・これはアンマリだ。他にも『二郎』そっくりの「ラーメン太郎」なんてのもある。味以前の問題・・・★★

Bronze_buckarooオール黒人キャストの西部劇映画The Bronze Buckaroo(リチャード・C・カーン監督、1939)を見た。白人の映画監督・作家・プロデューサーのリチャード・C・カーンは、30年代に黒人向けの娯楽映画を5本製作している。そのうちの4本が何と、オール黒人キャストの西部劇である。黒人のカウボーイ("buckaroo"っていうのはカウボーイのこと)っていうのは実際に何人かいたみたいだけど、黒人ばかりの西部なんてありえない・・・完全に虚構の世界だ。逆に言えば、そうした人種隔離された虚構の世界だけに、白人の視線を気にせずにヒーローを演じることができたのだろう。主演のハーバート・ジェフリーデューク・エリントン楽団でも活躍したことのある歌手。背筋のピンとのびた色男で、アクションもかっこいい。当時、こういうパーフェクトな黒人の姿を白人の目にさらすことはできなかったはずだ。先月20日の日記で紹介したスペンサー・ウィリアムズが俳優として出演するだけではなく、脚本や監督などの面でもアイディアを出しているらしい。

友人ジョー・ジャクソンの農場にやってきたボブ・ブレイク(ハーバート・ジェフリー)と仲間たち。ところが、ジョーの姿が見えない。ジョーの美しい妹ベティによると、数日前から行方がわからないという。ボブはベティのためにジョーを探しはじめる。やがて、近隣の農場主で酒場のオーナーでもあるバック・ソーンズが、ならず者たちに命じてジョーを誘拐させたことが明らかになる。ジョーの農場を狙っているソーンズは、無理やり契約書にサインさせようとしていたのだ。一方、ボブの弟分ダスティはジョーの農場で働くスリムの腹話術にだまされて、「人の言葉を話す」ラバを120ドルで買うはめに(物語はジョーを救出するボブの大立ち回りと、ダスティの道化を二本の柱にしてすすんでいく)。ボブはジョーの監禁現場にのりこむが、頭を殴られ失神。ならず者たちを取りのがす。そのころ、ジョーが怪我をしていると言われてついていったベティは、まんまとならず者たちに捕らえられてしまう。ジョーの顔に焼きごてが押しつけられそうになるのを見て契約書にサインをするベティ。ならず者たちがジョーを脅迫するため、ベティの顔に焼きごてを近づけたとき、ボブと仲間たちが現れる・・・が、すぐにならず者たちに捕まってしまう。しかし、機転を利かせたスリムが腹話術で助けが来たように思いこませ、銃撃戦の末、ならず者たちを倒す。最後にスリムの部屋で腹話術の本を見てからくりに気づいていたダスティが、詩を朗読できるラバがいるか賭けてスリムから金を奪い返す。

ストーリーは西部劇によくあるパターンといっていいだろう。雄大な西部の自然をバックにくり広げられる銃撃戦なんかは、それだけで映像として迫力がある。ハーバート・ジェフリーもさることながら、ダスティを演じるルシアス・ブルックスの道化ぶりが見事だ。これもまた、典型的なステレオタイプとして黒人中産階級には嫌われたのかもしれないが、ぼくなんかが見るとミンストレルのような卑屈なワザトラシサないので素直に笑える。もちろん、ミンストレル的なものと無縁なわけではなくて、スペンサー・ウィリアムズ演じるならず者に強制されて煙草を口いっぱいにほおばる姿(写真下)なんかは、大口を売り物にした黒人ヴォードビリアン=ビリー・カーサンズの芸を思い起こさせる。この頃、黒人向けの娯楽映画がたくさん撮られている(その多くは白人監督によるもの)が、一体どんな映画館で、どのくらいの料金で、どんな人たちに向けて上映していたのか・・・わからないことが多い。ただ、この時期の映画は明らかに貧しい人たちのためのものだった。おそらく、貧しい黒人の人たちもこの映画を見てゲラゲラ笑ったのではないだろうか。
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2006年11月24日(金)

2006_11_24genkotsuya今日のラーメン:「げんこつら~めん(730円)」@横浜『げんこつ屋』横浜ポルタ店
以前からそれほど美味しいと思ったことはないのだが、別の支店で食べたときよりもさらにサエナイ印象。スープを覆う真っ白いラードが味を支配している。若い頃ならいざしらず、オッサンにはつらい。豚骨のに魚ダシを加えたスープのはずなのだが、ラードのせいかあまり魚ダシが感じられない。これで700円を超えるのは、正直高い印象・・・★★+

Whiteness藤川隆男編・著『白人とは何か?―ホワイトネス・スタディーズ入門―』(刀水書房、2005)を読み終わった。人種問題とは白人問題である。差別の構造を作り出しているのは差別される側ではなく、差別する側なのだから。にもかかわらず、アフリカ人やアメリカ先住民やアジア人については語られても、「白人」について語られることは少ない。なぜなら、白人が標準とされ、他の集団は「標準」からの距離によって位置づけるのが当然と考えられてきたからである。それどころか、「白人=標準」ということすら意識されず、「白人」という集団は見えない存在になってきた(時にヒステリックな白人至上主義によって「白人であること」が強烈に意識されることもあるが)。集団としての白人は標準であるがゆえに語られるまでもないものとされた。白人は集団である前に個人だったのである。それに対し、アフリカ人やアメリカ先住民やアジア人は、個人としてよりもまず特殊な集団として観察され、分析され、整理されてきた。そのため、個人としてのアフリカ人、アメリカ先住民、アジア人は、ラルフ・エリソンが言うように「見えない人間」となった。「白人」は他の集団との差異のなかに、「標準的な個人」として存在するスペースを確保してきたのである。こうした差別の構造を切り崩すためには、「白人とは何か」という問題にメスを入れなければならない。この本ではフランス、ドイツの人種主義をはじめとして、アメリカ、オーストラリア、南アフリカなど様々な歴史、状況のなかで、白人と「その他」の境界線がどこに引かれてきたのかを明らかにする。白人は見えない「標準」であるがゆえに、何が白人であるかはどのような他者に囲まれているかによって違う。例えば、アメリカに新興移民としてやってきたアイルランド人は自らを「標準的アメリカ人」であると認めさせるために、しばしば黒人差別に積極的に加担した。黒人の数が圧倒的に少ないオーストラリアや、アフリカ人に囲まれていた南アフリカではいろいろな点で違っていた。オーストラリアではアイルランド人は自分たちの出自を比較的意識せずに「白人」に属することが出来たし、南アフリカではオランダ系移民のアフリカーナーが自分たちの「白人性」を証明しようとするかのように人種隔離社会をつくりあげていった。「白人意識」(むしろ「白人無意識」と呼ぶべきなのかもしれないが)が国や地域、あるいは社会階層によって様々な現れ方をするということが分かって勉強になった。

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2006年11月23日(木)

2006_11_23kookai今日のラーメン:「特製つけ麺【醤油】(880円)」@天王町『麺屋 空海』天王町店
コシのある幅広の平打ち麺が自慢のつけ麺。今日は9月に食べた「とんこつ魚介」ではなく、醤油味で。やや甘めのスープは「とんこつ魚介」ほどのインパクトはないが、標準以上の美味さ。ラーメンのスープよりも魚系の味が強く感じられ、油も少なめ。何しろ、麺が美味いので、ズルズル一気に食べてしまう。スープ割りもグー・・・★★★★

Harlem_is_heaven
ビル・ロビンソン主演の映画Harlem Is Heaven(アーウィン・フランクリン監督、1932)を見た。ビル・"ボージャングルズ"・ロビンソンは1920~30年代に活躍した黒人タップダンサー。1878年生まれのロビンソンは7歳の頃からプロのダンサーとして活動をはじめ、旅回りの一座と全国を巡業し、ナイトクラブやミュージカル・コメディのステージなどで名声を確立した。しかし、その名前が白人にも知られるようになったのは1928年、白人興行主ルー・レズリーが白人聴衆向けに企画した黒人レヴュー『ブラックバーズ』に出演してからのこと。当時、ロビンAnise
ソンはすでに50歳だった。30年代になると、ロビンソンはその卓越したタップの腕前と、紳士的な物腰を売り物に多くの映画に出演することになる。なかでも有名なのは名子役シャーリー・テンプルの相手役(1 2 3 4 5 6 7 8)だが、アフロ・アメリカンの文化に興味のある人なら当時の黒人スター総出演の映画『ストーミー・ウェザー』(1943、ロビンソン出演シーン1 2)をあげるところだろう(もっとも、60代のロビンソンがレナ・ホーンの相手役というのはどう考えても無理があるが)。『ハーレム・イズ・ヘヴン』は、ロビンソン初の主演作・・・ダンサーとして成功することを夢見てハーレムにやってきた田舎娘ジーン。大物興行主マネー・ジョンソンに拾われて、劇団に参加する。そこで劇団のスターであるダンサーのビル(ロビンソン)、新米劇団員のチャミーと知り合う。ビルもチャミーも天真爛漫なジーンの魅力にすっかり夢中になってしまう。ところが、ジョンソンの目的はジーンを自分のものにすることにあった。そのことを察したビルはジーンに関係を迫るジョンソンを殴りたおし、ジーンのために新しい劇団を設立する。それほどジーンのことを愛していたビルだが、彼女とチャミーが愛し合っていることを知り身を引く・・・ま、よくあるお話なんだけど、何しろジーン役のアニス・ボイヤーがすごくカワイらしいので最後まで引きこまれてしまう(萌え~)。ちょっと気が強そうなところがたまらない。もちろん、ロビンソンのダンスも素晴らしいけど、ボイヤーのキュートな魅力に持っていかれちゃった感じは否めない。でも、この人、この一本しか出演していないんだよなぁ・・・惜しい・・・ちなみに音楽はユービー・ブレイク楽団が担当している。

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2006年11月22日(水)

2006_11_22ideshyoten今日のラーメン:「中華そば(730円)」@新横浜ラーメン博物館『井出商店』
久しぶりにラー博に行ってきた。食べたのは和歌山ラーメンの名店『井出商店』・・・和歌山ラーメンがご当地ラーメンの新星としてもてはやされたのは数年前のことか。とろみのある独特の豚骨スープはクセになる。ここの場合、『まっち棒』などと比べると優しい味。それでいて匂いはけっこうパンチがある。お約束の早寿司もグー・・・★★★★

ラーメン博物館男子トイレの壁にアフリカ大陸を発見。
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YouTube面白いものを見つけた。黒人パフォーマー二人がミンストレル的な黒塗りをして、ミンストレル的なアクション、言葉でミンストレルの歴史を演じる『ザ・ダンス』という劇。ミンストレルを語るミンストレルという、言わばメタ・ミンストレルである。ミンストレルとは白人が顔を黒く塗り、黒人のステレオタイプを滑稽に演じる芸能のこと。この差別的な芸能から目を背けるのではなく、あえて黒人が演じることで、現在も生き残っているステレオタイプ(それは黒人の心のなかにさえある)を浮彫りにしようとしているのだろう(ミンストレルの化粧をした黒人ギャングスターなんかも出てくる)。スパイク・リー監督の映画『バンブーズルド』にも通じる斬新な試みだ。製作したのはインザカット社という劇団のジェイソン・ホワイトとアーロン・ホワイトという若者(二人とも名前が「ホワイト」なのが皮肉といえば皮肉)。YouTubeにアップされているのは、彼らのパフォーマンスにインタビューを織りこんだテレビのドキュメンタリーだ・・・ちなみに、ひらげが黒人パフォーマーによるミンストレルを論じた論文「黒人ミンストレルの虚構性と演技する力」はこちら

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2006年11月20日(月)

2006_11_20kookai今日のラーメン:「わんたんそば・醤油(880円)」@天王町『麺屋 空海』天王町店
今日はワンタンメンを試してみた。特製の海老ワンタンはぷりぷりしていて美味い。しかも、3つも入っている。醤油ラーメンは味がやや甘めなので、淡白なワンタンの味にあっていると思う。いつもの炙りチャーシューも入っているので、なかなかのボリューム。これなら880円でも安い。ラーメンが800円と言うことはワンタンは80円?・・・★★★★

Spencer_williams2スペンサー・ウィリアムズ監督の映画Girls in Room 20 (1946)を見た。スペンサー・ウィリアムズ(写真右)は黒人映画創生期に活躍した監督・俳優のひとり。40年代に3本の宗教映画と8本の劇映画を監督している。俳優としては、自身の監督作品の多くに出演したほか、『エイモス・ン・アンディ』のテレビ・シリーズでアンディ役を務めたことでも知られている。この作品にも主人公の田舎娘デイジーを助けるタクシー運転手ジョー・フィリップスとして出演。1893年生まれのウィリアムズは当時すでに50代。シロウト同然の他の出演者とは比較にならない余裕の演技を見せる。

テキサスの静かな田舎町。黒人中産階級の家庭に育った娘=デイジー・ウォーカーは、家族と恋人=ダンバー・ハミルトンに囲まれて、別れの歌を歌っている。音楽の教育を受けてきたデイジーは、歌手として成功することを夢見てニュー・ヨークに旅立とうとしている。ダンバーは本心ではデイジーを引きとめたいが、黙って彼女を送り出す・・・ニュー・ヨークに着いたデイジーはグランド・セントラル駅でタクシーを拾い、母親の友人宅に向かう。教えられた住所には「メイミーズ・プレイス」と書かれている。それを読んで売春宿だと気づいた運転手=ジョー・フィリップスは、デイジーに入らないよう忠告する。ジョーの忠告を無視して扉をノックするデイジー。出てきた売春宿の女主人に、母親の友人がカリフォルニアに引っ越したことを知らされる。女主人に招き入れられ、あやうく売春宿で働かされそうになったデイジーだが、寸でのところでジョーに救われる。ジョーに紹介されたホテルに部屋(20号室)を取ったデイジーは、そこである楽団のメンバーと知り合う。彼らは次週コンゴ・クラブに出演することになっており、デイジーに歌が歌えることを知って彼女をメンバーに迎えいれる。一方、自分の娘と同じ年頃のデイジーを、ジョーは何かにつけ気にかけている。出演は成功し、クラブの経営者=アーノルド・リチャードソンは楽団をパーティに招待するが、彼の目的はデイジーにあった。アーノルドの甘いトークにすっかり夢中になるデイジー。そんなデイジーを心配したジョーはテキサスからダンバーを呼び寄せる。ダンバーとジョーがデイジーの部屋を訪れると、まさにアーノルドがデイジーに関係を迫っているところだった(写真下)。扉を蹴破って入った部屋で、ダンバーとアーノルドが殴りあう。それを静かに見守るジョー(写真上)。ところが、ジョーの背後から銃を持ったアーノルドの妻が現れ、夫と間違えてデイジーを撃ってしまう。デイジーは病院に運ばれ、楽団員からのカンパもあって一命を取りとめる。退院したデイジーを囲むパーティーで、楽団の資金不足が明らかになる。ダンバーは資金を出すことを申し出、デイジーと楽団をテキサスへ連れ帰る。

正直、ストーリーはお約束通りだし、展開もたるい。ウィリアムズ以外の役者はセリフも棒読みに近い(録音の問題で大声で話さなければならないということもあったのかもしれないが)。カメラワークも単調。限られた予算で作られたことを差し引いても、今楽しんで見ることのできる作品とは言いがたい。同じ監督の映画でも、宗教映画の『ブラ