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2017年9月24日(日)

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今日のお絵描き①。リトル・ウォルター以前、お絵描きに描いたような、凶暴な表情を見せることもあるウォルターだが、実はこんな好青年。映画『キャデラック・レコード』では、乱暴者だけど、寂しがり屋な、森の石松のような子分肌の男として描かれていた。マディ・バンドのウォルターは~しひらふのときはいいけれど~お酒呑んだら乱暴者よ~喧嘩早いが玉に瑕~馬鹿は死ななきゃあ、なおらない~っと、きたもんだ。

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今日のお絵描き②。リッチー・ヘヴンス

「カルメン」で知られるプロスペル・メリメが、奴隷の反乱を描いた短編「タマンゴ」(1829)を読んだ(『カルメン』、堀口大學訳、新潮文庫、1972)。ヨーロッパ人に奴隷を売り渡す沿岸地域の現地奴隷尚であったタマンゴが、奴隷船船長ルドゥの奸計にかかり、自らも奴隷として奴隷船の積み荷となる。だが、そこは計略に長けたタマンゴ、自らが売り渡した奴隷たちとともに反乱を起こし、白人たちを皆殺しにする。ところが、航海術を知らない奴隷たちだけでは帆船の舵を取ることはできず、奴隷たちは災難の元凶であるタマンゴを罵りながら、飢え死んでいく。妻アイチェも命を落とすなか、やせ衰えながらも、一人生き延びたタマンゴは、イギリスの巡洋艦に救われ、ジャマイカの中心地キングストンで解放されて、そこで死ぬまで暮らした。

解説によれば、メリメは奴隷貿易に反対する「キリスト教道徳協会」の創始者であるアルベール・スタフェールと親交があり、スタフェールのサロンでの世間話をもとに作品を書いたというのが定説になっている。とはいえ、小説の語り手が皮肉をもって描いているのは、奴隷貿易そのものの非人間性というよりも、「黒人も白人と同じ人間なのから」と嘯きながら、残酷な処置を講じる、奴隷貿易に関わる者たちの欺瞞である。物語の主題は、奴隷貿易をめぐる数奇な運命にあらがう男の強い意志であり、奴隷貿易それ自体を強く非難しているわけではない。ただ、19世紀のヨーロッパ人たちの、すべてを支配しているようで、肝心なところが何も見えていない自分たちの危うい立場に対する潜在的な不安を表しているとはいえるかもしれない。協力者であったはずのものが、自分たちが授けた武器をもって、反逆する可能性。協力者が奴隷になるなら、反逆者にもなりうる。その意味では、相手が見えないメルヴィルの「ベニト・セレーノ」のほうが、はるかに強烈だが。

「タマンゴ」についての評論、奥田宏子「メリメの自由論ーー『タマンゴ』、黒人、奴隷制」(『人文研究』173、2011、神奈川大学人文学会、p125―81)も併せて読んだ。作品のプロットを丁寧に跡付けたうえで、メリメがタマンゴのなかに描いたアフリカ像を差別的だとするクリストファー・L・ミラーの論を批判する。ミラーの論が、アフラ・ベーン「オルノーコ」における高貴な野蛮人としてのアフリカ人像と、同胞を犠牲にする奴隷商タマンゴを比較して、前者をアフリカ人に肯定的、後者を否定的とするものだとしたら、確かに乱暴である。両作品は書かれた時代も違うし、第一、「高貴な野蛮人」というステレオタイプが肯定的なアフリカ人像であるというのもどうかと思う。それどころか、ぼくはタマンゴが航海術も知らずに反乱を起こして、仲間を死なせた「ドジを踏みどおしのアンチヒーロー」(90)だとも思わない。タマンゴには自己中心的で、非人道的な面があり、その意味では、素直にヒーローとは呼べないのだが、奴隷にされるか、あるいは殺されるかといったギリギリの状況にあって、見切り発車で行動を起こすことは、必ずしも愚かな行為ではないし、むしろ自由を獲得するために何かをするということは、結果いかんにかかわらず、必要な行為である。そのまま奴隷となる運命を引き受けるか、可能性のない反抗に身を投じて、生きた証を残すか ― 選択を迫られ、後者を選んだタマンゴは、その点に限って言えば、ストレートな意味でのヒーローである。

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今日のお絵描き③。若いころの八千草薫さんに挑戦しました。かなり頑張りましたが、惨敗です。この美しさが、ぼくに再現できるはずがありませんでした。同じ人類とは思えん。

2017年9月22日(金)

気がつくと、八千草薫さんの若いころの写真を集めていた。

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今日のお絵描き。メンフィス・ミニージョー・マッコイ。この二人のおしゃれマスターぶりときたら。

神奈川大非常勤、後期第一回目。初級英語2コマは、that節と時制の一致。時制の一致は間接話法における視点の移動という日本語と英語の違いで間違えないようにするための公式である。英語は視点が移動せず、過去に起きたことは過去形、現在に起きたことが現在形を使えばいいのだが、日本語は英語でいう主節の主語に視点が移動してしまうので、主節の動詞が過去の場合、従属節の動詞は主節の主語から見た現在になり、過去に起きたことだから過去形を使っている英語とずれる。こうした理屈を、もう少し優しいことばで説明して、「よくわからない人は、<主節の動詞を過去にしたら、従属節の動詞もひとつ時制を前にする>と覚えてね」と公式化した。基礎英語1コマは、SVOCと五文型。日本語と英語が根本的に違うところ。日本語は、助詞という短い言葉をつけることによって、それぞれの言葉がどんな役割を果たしているかを示している。ところが、英語の主幹部分には、日本語の助詞にあたるような言葉がない。英語は助詞ではなく、順番によってそれぞれの言葉を位置づけている。その語順の法則をまとめたものが、SVOCであり、五文型である。

2017年9月17日(日)

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今日のお絵描き。アルフレッド・ヒッチコック

2017年9月11日(月)

お絵描きが止まらない。

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今日のお絵描き①。カワイコちゃんを描く喜びパート4。

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今日のお絵描き②。ジョン・ベルーシ

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今日のお絵描き③。センベーヌ・ウスマン

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今日のお絵描き④。アルバート・コリンズ

16年前、双子のビルが崩れ落ちたとき、世界のどこかに、憎悪が存在するという事実に多くの人が気づかされた。テロ行為は、結局、苛烈な報復しか生み出さなかったし、踏みつけにされてきた人たちですら、あのような惨事を望んでいたわけではない。しかし、憎悪の存在を知らしめることが、テロリストたちの目的だったとすると、彼らは作戦に成功したことになる。そして、その「成功」が、あちこちで踏みつけにされてきた人々の感情と通じ合うものがあることを明らかにしてしまった。オレはここにるぞ。踏みつけられたものの憎悪が、俺の存在を証明しているぞ、と。テロ行為がますます苛烈さを増していくのには理由がある。暴力が苛烈であればあるほど、自らの存在を証明する憎悪の強さが誇示されるからだ。経済的な援助によって、生きる手段を提供するだけでは、おそらく憎悪はなくならない。問題は「生きる手段」ではなく、「生きる目的」が見いだせないことにあるからだ。憎悪のなかにしか、生きる価値を見出せない人たちが、平和に自らの存在を証明するにはどうしたらいいのだろう。

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今日のお絵描き⑤。ウディ・ガスリー

サン・ハウスの伝記(Daniel Beaumont, Preachin' the Blues: The Life and Times of Son House )を読んでいる。いろいろと面白い。

まずは、サン・ハウスの劇的な「再発見」から。消えゆくブルースをメインストリームの音楽ビジネスのなかに掬いあげる「再発見」が、ブルースを周縁化する白人中心的な試みであったとしても、3人の若者がサン・ハウスというひとりの黒人を探してミシシッピをうろうろしていた1964年、同じミシシッピで同じ年輩の公民権運動家が3人殺されていることを考えれば、「再発見」のためのフィールドワークが、危険を伴うものであったことがわかる。もっとも、探索者たちは勇気をもってというよりも、熱に浮かされるようにして、旅に出たのだろうが。

若いころのハウスが、教会にどっぷりつかっていて、「悪魔の歌」であるブルースを嫌っていたというのも、聞いてはいたけれど、予想以上である。まだ経験していない信者が、宗教的な目覚めを待つ気持ちが、セックスがどんなものか想像する童貞の気持ちにたとえられていて、ちょっと笑った。ラングストン・ヒューズの自伝『ぼくは多くの川を知っている』(木島始訳、河出書房新社、1972、The Big Sea、1940)のなかに、少年時代のヒューズが、周りの大人の期待を一身に受けながら、どうしても「目覚める」ことができず、悩むシーンがあった(ヒューズとハウスは、二人とも1902年生まれ)。

音楽的には、教会の音楽に当然、深い影響を受けはずだが、一方で、父親やオジがブラスバンドをやっていたというから、プリ・ジャズ的な音楽にも接していたことになる。もっとも、ハウスはブラスバンドはあまり好きではなく、ギターに興味があったようだが。ちなみに、靴磨きをしていたときに、ルイ・アームストロングの靴を磨いたというエピソードが紹介されていて、この時代の、ブルースとジャズの距離感というのはどのようなものだったのか、気になるところ(サッチモはハウスの1歳年上)。

今日は、最初の結婚の話まで。ハウスは19歳の時に、32歳のキャリー・マーティンという女性と結婚している。ゾラ・ニール・ハーストン『彼らの目は神を見ていた』のティー・ケイクを地で行っていたんだな。最近、若いころの写真が公表されたけれど、イケメンだもんなぁ。この年の離れた結婚に家族は反対し、結婚式にも出席しなかった。ハウスの従弟フランクと、ハウス夫妻は、キャリーの地元で暮らしはじめるが、妻の目的が自分を父親の農園で働かせることなのではないかと、ハウスが疑い出したために、結婚は破綻してしまう。

さあ、これから、ハウスがどのようにして、ブルースにのめり込んでいくのか。楽しみ。

2017年9月10日(日)

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今日のお絵描き。ントザケ・シャンゲ。アフリカ系アメリカ人の女性劇作家・詩人。代表作『死ぬことを考えた黒い女たちのために』(For Colored Girls Who Have Considered Suicide / When the Rainbow Is Enuf、藤本和子訳、朝日新聞社、1982、1976)。

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今日のお絵描き②。なぜかバイクに乗ってギターを弾くアリ・ファルカ・トゥーレ

2017年9月8日(金)

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今日のお絵描き①。キャブ・キャロウェイ

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今日のお絵描き②。稀代の女スパイ、マタ・ハリ。本名、マーガレータ・ヘールトロイダ・ツェレ。ジャワ島から来たという触れ込みで(実際はオランダ生まれ)、インドネシア語で「太陽」を意味する「マタ・ハリ」を名のり「オリエンタル・スタイル」でパリで一世を風靡したダンサーであると同時に、数えきれないほどのフランス軍、ドイツ軍の将校とベッドを共にした高級娼婦でもあった。そして、そこで得られた情報をもとに、第一次大戦中、二重スパイとして暗躍。1917年、スパイ行為によって、多くのフランス軍、ドイツ軍兵士を死に至らしめたとして銃殺刑となった。しかし、彼女のもたらした情報が、それほどの重要性のあるものであったことを示す証拠はどこにもない。

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今日のお絵描き③。顔にペイントしたエチオピアの女。エチオピア南西部にあるオモ渓谷には、顔や身体に独特のペイントを施すムルシ人スルマ人といった人たちが暮らしている。これらの人々のボディ・ペインティングの独創的な美しさは、この地域を3年以上、9回に渡って訪れたドイツ人写真家ハンス・シルヴェスターによって、写真に残された。参照: ハンス・シルヴェスター『ナチュラル・ファッション:自然を纏うアフリカ民族写真集]』

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今日のお絵描き④。デューク・エリントン

2017年9月7日(木)

「シムラ?」
「いや・・・」
「カトちゃん?」
「うーん・・・」
「ブー?イカリヤ?まさか、アライチュー?」
「いや、何か、もっと、こう・・・」
「何だ、仲本工事か」

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今日のお絵描き①。アイダ・オヴァートン・ウォーカー。20世紀初めに活躍した黒人女性シンガー、ダンサー。「ケイクウォークの女王」として知られ、黒塗り芸で一世を風靡したバート・ウィリアムズの相棒ジョージ・ウォーカーの妻でもあった。夫とウィリアムズの劇団で、女優として活躍。夫の死と劇団の解散後も、活動を続け、黒人版「サロメ」をブロードウェイのヴィクトリア劇場で上演し、高い評価を得た。1914年、肝不全により、34歳の若さで亡くなった。

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今日のお絵描き②。ジェイムズ・ブラウン

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今日のお絵描き③。発注があったので・・・「黒に鳥の羽根のついた帽子のお洒落なアニタ・オデイ

唐突に、変な詩を思いついた。寓意とか、裏の意味とかはありません。ただの物語です。

「戸締り」

ぼくが瞬きをしなくなってから
そろそろ3年が経とうとしています
朝、目を覚ましたら、ずっと開きっ放しで
夜、赤く充血した目を閉じるまで
休まる時がありません

ぼくが涙を流さなくなってから
そろそろ2年になろうとしています
瞬きをやめて、しばらくは涙が止まらず
流れるに任せていたら、涸れてしまったのか、ある日
何も出てこなくなりました

ぼくがものを見なくなってから
そろそろ半年になろうとしています
見えなくなったのではありません 目は始終開いているし
見ようと思えば見られるのですが 見ることを拒んで
手探りで歩くことにしました

ぼくが瞬きをしなくなってから
そろそろ3年が経とうとしています
明るいうち、開きっ放しの眼は
風が吹き抜ける穴のようです 夜になると
ぼくは雨戸を閉めて鍵をかけるように
まぶたを閉じて、横になります


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今日のお絵描き④。チャールズ・ミンガス

2017年9月5日(火)

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今日のお絵描き①。少女はお水汲んでくると言った。

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今日のお絵描き②。トミー・ジョンソン。大酒吞みのブルース・シンガー。

冷たい水のブルース(トミー・ジョンソン)

水をくれって言ったのに、あの女、ガソリンを持ってきやがった
水をくれって言ったのに、ガソリンを持ってきやがった
水をくれって言ったのに、ガソリンを持ってきやがった
なんてこったい、主よ

泣き叫んで、主よ、うちに帰れる日が来るんだろうかと思う
泣き叫んで、主よ、うちに帰れる日が来るんだろうかと思う
なんてこったい、主よ

駅へ行って、時刻表を見上げ、あたりを見回した
この東行きの列車はいつの間に出ちまったんだい?
なんてこったい、主よ

車掌に聞いたんだ 「貨物車に乗ってもいいですかね」
(一文無しでも貨物車に乗れるのかって聞きたかったんだけど)
そしたら、「ぼうず、切符を変買え、切符を買え
この列車はオレのもんじゃねえんだ」だとさ

「ぼうず、切符を買え、切符を買え
この列車はオレのもんじゃねえんだ」
「ぼうず、切符を買え、切符を買え
この列車はオレのもんじゃねえんだ」
なんてこったい、主よ

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今日のお絵描き③。スライ・ストーン

2017年9月4日(月)

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今日のお絵描き①。カワイこちゃんを描く喜びパート3。

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今日のお絵描き②。スライ・ストーン

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今日のお絵描き③。ジョンの魂

2017年9月3日(日)

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今日のお絵描き。麦畑の少女。


みんなでワイワイ コンサート~LOVE&PEACE~vol.42@荻窪Live Bar Bungaに、ひらげエレキテルとして参加して、5曲歌ってきました。演目は、「New Song」「正義の味方はいつも顔を隠している」「まあるいお月さま」「かわいい子猫ちゃん」「最後の日」。聞いてくださったみなさん、どうもありがとうございました。今回は、絵描きをカードにして、観客、共演者の皆さんに配るという新しい試みをしました。一見すると絵はがきのようですが、裏にはライブ・スケジュールなどが書いてあるので、はがきとしては使えません。全部そろえると、神龍が出てきます(嘘です)。

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共演者のみなさんは、素晴らしい方ばかりでしたが、なかでもお店のオーナでもあるプーカングァンさんの歌、力強いビートにのせて反原発の思いを叫ぶ栗原優さんのパフォーマンスが圧倒的でした(鈴木峻さんのサックスもぶっとい音で揺さぶられました)。やはり音楽はまず、響きだな、深い響きだなと思った次第。

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