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今年も南部アフリカの国、ジンバブウェに行ってきました。ジンバブウェでの飲んだくれ具合はジンバブウェ滞在記2009をご覧ください。

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2009年12月7日(月)

1358931871_11マイケル・ジャクソンムーンウォーク』(Moonwalk、1988、田中康夫訳、CBSソニー出版、1988)を読み終わった。当時人気絶頂だったマイケルが書いた自伝。おそらく、本人の話をもとにゴーストライターがまとめたものだろうし、内容を鵜呑みにすることはできない。それでも、根拠のない噂に悩まされていたマイケルが、どんな「マイケル・ジャクソン」像を提示しようとしていたのか、知るヒントにはなる。

ジャクソン5を結成したジャクソン兄弟が、父親の指導のもとに鍛錬を積み、モータウンと契約してスターダムにのし上がる成功物語は、あまり生き生きと描かれているとは言えない。そのへんのことは母親とマイケル以外のジャクソン兄弟による話をまとめた『マザー』のほうが読ませる。まあ、当時のマイケルは子供だったのだから無理もない。しかし、その後独立して『オフ・ザ・ウォール』『スリラー』で大成功を収めるころの話でも、マイケルの口調は体験したときの空気を伝えるというより、自分がプロフェッショナルとしていかに意識的に音楽に取り組んできたか・・・といった自己主張が強く、正直、あまり面白くない。その分、彼がどんな自画像を描いていたかということが良くわかる。ひとつは今いったような才能にあふれ、努力を惜しまないプロのアーティストとしての自分。これは長年マイケルを自分たちのプロダクションのなかに囲い込もうとしていたモータウンに対する返答でもある。そして、もうひとつは人種、年齢、性別などを超えた人間同志の交歓に価値を見出す普遍主義者としての自分だ。

「観客の中には、よちよち歩きの小さな子供から、ティーンエイジャーから、おじいちゃん、おばあちゃん、そして20代、30代の人たちも見えます。みんな、体を揺らし、手を上げ、歌っています。観客席を明るくしてくれないかとスタッフに頼み、彼らの顔が見えるようになったら、『手をつないで』と言うのです。すると、みんな手をつなぎます。『立ち上がって』とか『手をたたいて』と言えば、彼らはそうします。彼ら自身も楽しんでいて、言ったことは何でもやってくれます。とても素敵です。あらゆる民族の人々が一緒になって、同じことをしているんです。そんなときには、僕はこう言うのです。『まわりを見てごらんよ。君自身も見てごらん。ねえ、見て。まわりを見るんだ。やったことを見てごらんよ』。本当にすばらしいのです。とてもすごいのです。偉大な瞬間です」(258)

人類はひとつ、人種も年齢も性別も関係ない ― 「ウィー・アー・ザ・ワールド」にも見られる、こうしたナイーヴな普遍主義は、それ自体、間違っているわけではない。マイケルは自分の音楽がさまざまな壁を越えて人びとを結びつけると本気で考えていたと信じたい。もちろん、マイケルはそうした壁の存在を知らなかったわけではない。知っていて、あえて無視したのだ。とはいえ、マイケルの「普遍」は、実際に人種障壁が存在する社会ではあまりにもナイーヴに響く。人種差別社会は彼のナイーヴさを曲解し、数々のスキャンダルにからめとり、奇妙なマイケル・ジャクソン像をつくりあげた。彼の不幸な死もそのことと無関係ではないだろう。

マイケル・ジャクソンのセルフ・イメージが「普遍」なら、プリンスは何だろう・・・と考えた。同じように人種や年齢、性別を超えるイメージを提示しながら、プリンスが差し出したものは「普遍」ではなかった。思うに、プリンスのセルフ・イメージは「越境」ではなかったか。障壁の存在を意識しながら確信犯的にそれを踏みこえていくプリンス。裕福な社交界に紛れ込む混血ジゴロ(映画『アンダー・ザ・チェリー・ムーン』)のように・・・それは決して「普遍」のような居心地のいい抽象にとどまることはできない。

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2009年11月29日(日)

2009_11_29taishyoken今日のラーメン:「中華そば(750円)」@御茶ノ水『お茶の水 大勝軒』
焼酎やサイド・メニューも充実したオシャレな雰囲気のお店。大勝軒系には珍しい。スープの味も煮干よりも動物系の味が前面に出たつくり。ネットでの感想を読むと「酸味が強い」という人が多いのだが、ぼくはむしろ魚由来の酸味はそれほど感じなかった。大勝軒が好きな人には「違う味」だろうが、雨後の筍のようにできた他の暖簾わけよりも、ぼくは好き・・・★★★+

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久しぶりに『ヘルシー居酒屋 おきなわ亭』で、スージーバンドのライブを見た。相変わらず楽しいステージで、アメリカ人青年を含む観客をカチャーシーに巻きこんでいく。ぢぞ郎さんの美しいギターが冴える。まるでライ・クーダーのようだ。美味い料理に舌鼓を打ちつつ、すっかり飲みすぎてしまった。おきなわ亭よいとこ何度でもメンソーレ♪

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2009年11月27日(金)

2009_11_27hinode今日のラーメン:「剛満つけ麺(850円)」@日ノ出町・桜木町『日の出ラーメン』
どろりとしたつけ汁は適度なジャンク感を漂わせながらも、濃厚な豚骨に魚粉をたっぷり加えた本格的なもの。そこに腰の強い極太麺をくぐらせて食べる。味が濃いのでだんだん喉が渇いてくるが、それでも食べずにはいられないような押しの強さがある。つけ汁にキャベツが入っているのもつけ麺としては異例だが、すごく合っている(それぐらい味が濃い)。うん、満足・・・★★★★

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野毛の居酒屋『すきずき』に遠峯あこさんの演奏を聴きに行った。一人で行ったので、カウンター席に通された。すぐ横を料理を手にした店員さんがせわしなく通りすぎる。アルバイトの女の子がみんなかわいいので、ちょっとデレデレする。しゃこの刺身とビールを頼んで、あこさんの登場を待った。あこさんはアコーディオンを弾きながら、民謡・俗謡や自作曲を歌うシンガー。ぼくが彼女のことを知ったのも、まさにここ『すきずき』での演奏がNHKで取りあげられたのを見たのがきっかけだった。十数分後、紺の着物姿にアコーディオンを抱えたあこさんが歌いはじめる。テーブル席を回り、酔客と言葉を交わしながら、「野毛節」「横濱ほーらい節」「野毛の心意気」といったレパートリーを披露していく。思わぬところで素敵な音楽に出会って喜んでいる人もいれば、ぼくのようにあこさんの音楽目当てできている人もいる。飾らないお店の気さくな空気が、あこさんの音楽でエイヤっと包まれる。またまた、ビールがすすむ。おーい、ねーちゃん、酒持ってこーい(小心者なので、実際のせりふは「すいません、もう一杯・・・」)。ふと、時間の海を漂う密航船に居合わせた人たちと酒を酌み交わしているような、時間が止まってずっと先の未来からカウンターで酒を飲んでいる自分を見ているような、妙な気分になる・・・終演後、少しお話をしたら、あこさんはひらげの中学の後輩であることが判明。光栄であります。

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2009年11月22日(日)

2009_11_22match_bo今日のラーメン:「ラーメン+味玉(780円、早寿司とのセットで880円)」@渋谷『まっち棒』渋谷宮益坂店 久しぶりに和歌山ラーメンの『まっち棒』に。卵は苦手なのだが、早寿司とのセットを頼んだら、ついてきた。半熟の黄身を溶かして食べると、濃厚な豚骨醤油スープとよく合う。白身もぷりんぷりんしてて、悪くない。好んでは食べないが、卵の良さも少しわかってきた。あとは何と言っても早寿司との相性がいい。癖になる美味さだよなぁ・・・★★★+

今日の「記憶スケッチ」
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居酒屋火災で4名が亡くなり(ご冥福をお祈りします)、騒然とする高円寺にJari-Bu Afrobeat Arkestraのライブを見に行ってきた。場所は南口の『雑楽器カフェ ぱちか村』。アフリカの雰囲気漂うステキなお店。店内は小ぢんまりとしているが、奥行きがあるので大所帯のJari-Buが入っても、十分踊るスペースがある。女性3人のダンス・グループ=BunBunPokkaが華麗なダンスを披露することもあれば、お客が楽しげに体を揺することもある。例によってビールを飲み続けたひらげはすっかり出来上がって、強烈なアフロビートに身体をまかせ、上へ下への大はしゃぎ。すごく楽しかった!

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2009年11月19日(木)

2009_11_19gyokusentei今日のラーメン:「ネギワンタンメン(850円)」@横浜『玉泉亭』横浜ポルタ店
細切りにしたねぎとチャーシューを辛いたれで絡め、醤油ラーメンにのせたものを、横浜近辺では「ねぎそば」という。今日頼んだのはその「ねぎそば」スタイルのラーメンにワンタンを加えたもの。ベースはごくごく普通の醤油ラーメンだが、味はしっかりしている。ねぎとチャーシューをまとめるタレが美味い。縮れた細麺はやや柔らかめだが、この手のラーメンにはあっている感じがするから不思議・・・★★★+

Img478三井徹『マイケル・ジャクソン現象』(新潮文庫、1985)を読み終わった。全盛期のマイケル・ジャクソンブラックフェイス・ミンストレルをはじめとする黒人ステレオタイプの流れに位置づけ、巨大化する音楽産業との関連で論じた力作だが、マイケルを白人に安心感を与える優等生的黒人として描いたその内容は、今となってみると危うい点が多い。マイケルの音楽がナット・キング・コールに通じる「営利的に口当たりのいい、快く耳に入ってくる」(53)面を持っていたのは確かである。だからこそ、彼の音楽は人種を超えた幅広いリスナーをひきつける事ができたのだろう。また、性的なイメージの薄いマイケルには危険な臭いが少ないということもしばしば指摘されるところである。第8章で扱われている巨大化する音楽産業(その中枢を握るのは白人企業家である)のなかで、より多くの利益をあげようとすれば、多数派である白人の好みに合わせなければならないこともある程度までは真実だろう。しかし、逆説的に聞こえるかもしれないが、白人社会の基準を満たす所作を身につけているということこそが、マイケルをして人種差別的な黒人観を揺るがしかねない危険な存在にしていたのだ。

アフリカ系アメリカ人のアイデンティティの問題を、「白人におもねるのか、黒人らしく生きるのか」といった二項対立で考えるのは誤りである。アフリカ系アメリカ人は「(白人と同じように)行儀良く振舞え」「(黒人らしく)粗野に振舞え」という相反する要求によって二重に拘束されてきたからである。黒人は白人社会の基準に見合う「優等生」として振舞うことを求められるだけではない。白人の考える黒人の「悪い特質」こそが、彼らの「劣等性」を示すために求められる場合もあるのだ。著者はマイケルやナット・キング・コール、ハリー・ベラフォンテジョニー・マチスといった優等生的(と著者が考えている)黒人をブラックフェイス・ミンストレルにおけるジップ・クーン(しゃれ者)の系統として捉えるのだが(94)、ジム・クロウ(まぬけ者)、ジップ・クーンといったミンストレル的類型は白人社会の基準にかなう「優等生」ではなかった。それらはむしろ黒人の「劣等性」を示すイコンだったからこそ、白人に愛されたのである。

マイケルには性的に貪欲であるとか、粗野で下品であるとかいった、人種差別的な白人が求める「劣等性」を示す要素が欠けている。したがって、そうした人びとの目にマイケルは白人だけに許された領域への越境者と映るだろう。優等生的な黒人パフォーマーは人種差別的白人が求める黒人の「劣等性」を差し出すことができない。したがって、彼らは「中流白人青少年の反逆心を演じる白人ロックスターを何よりも良しとするロック評論家とロック・ファンの軽蔑」や、「白人にかなり妥協的な黒人音楽すべてを蔑む黒人たちと黒人評論家の非難」(70)だけではなく、黒人には身の程をわきまえさせなければならないと考える人種差別主義者からの憎悪にも耐えなければならない。マイケルが人種、性、大人と子供の境界を越える「変質者」のように扱われたのはそのためだ。

以上のようなことは、デュボイス『黒人の魂』から二重意識についての一節を引用しながら、ブルースを「アメリカ黒人の、アメリカに入りこめるという希望と、その望みがかなわない幻滅、それに伴う絶望との間の揺れ動き、苦悩を表現したもの」(148)と定義する著者であればわかるはずだと思うのだが・・・どういうわけか、著者は「白人らしさ=近代」「黒人らしさ=前近代」という旧態依然とした図式にはまり込んでしまう(149)。

「また、延いては、その音楽上の白人的要素と黒人的要素というのは、結局、合理主義、理性偏重など近代西洋的なものすべてと、感性と理性が分離していなかった前近代的なもの、それ非近代西洋的なものすべてとを代表するものである。つまり、ブルーズは、1940年代までは聴き手も、全員とは言わないまでも、ほとんどが黒人であったのだけれども、実は人ごとではなく、白人にも、そしてぼくらにも少なからずかかわりのある現象なのだ」(149-50)

奴隷解放後の黒人もまた合理主義や理性を重んじる近代的「感性」を持った人間である。彼らは「白人的なものをとり入れ」た結果としてではなく、近代社会における自らの経験ゆえにそうした「感性」を身につけたのだ。こうしたことを度外視して「黒人=前近代」と捉えてしまうと、黒人に「未開・野蛮」といったイメージを割り当てるミンストレル的なステレオタイプから一歩も脱していないことになる。例えばそれは、「黒人は生まれながらにして音楽の才に恵まれていると思いこんでいて」、「黒人のミンストレル・ショウを、あれはショウではない、自然のままをやってるだけだ」(116)と評する白人の見解とどこが違うのか。

20年以上も前に書かれた本のことを言われても困ると著者は言うかもしれない。当時はまだミンストレル的黒人像に対する白人の愛憎を描いたEric LottのLove & Theftも出ていなかったし、マイケルが幼児虐待で訴えられるなどということも予見できなかった。ヒップホップだってまだ野のものとも山のものともつかなかったころだ。その時代にミンストレルとマイケル・ジャクソンのつながりに注目し、巨大化する音楽産業の問題点を暴き出そうとしたのはすごい試みである。この本を批判的に読むことによって、黒人研究の会12月例会のシンポジウム(テーマ:マイケル・ジャクソン)で何を話すべきか見えてきた気がする。

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2009年11月15日(日)

2009_11_15otokoasahiyama今日のラーメン:「旭川ラーメン(700円)」@渋谷『旭川ラーメン 男旭山』
何やら男臭さ満開の店名からして警戒すべきだった。これのどこが旭川ラーメンなのかさっぱりわからない。少なくともぼくが今までに食べてきた旭川ラーメンとはまったく別物だ。「魚系と動物系のダブルスープ」とのことだがこんなにラードが強くては何が何やら(旭川ラーメンのラードは表面を覆っているからいいんであって・・・)。あーあ、すぐ近くの『渋英』にしとけばよかった・・・★★+

スリー・ドッグ・ナイトで「ワン」というダジャレになっていることに、今さら気づいた。

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渋谷屋根裏でスエヒロくんの新しいバンド=レインボー・レーダーのライブを見た。桔梗を解散してからも、ゆっくりりアコースティック・オーケストラで音楽活動を続けてきたスエヒロくんだが、やはり彼の爆音ギターを聞きたいという声は強かった。満を持しての爆音再開。ゆっくりりでもお馴染みの「明かりをつけてみる」以外は、ストイックにギターをかき鳴らす曲が多かった。バスドラがお腹をつきあげるサウンドはスエヒロくんがずっと求めてきたものなのだろう。ぼくとしてはもう少しポップな面があってもいいかなと思ったけど・・・いずれにしても、まだ始まったばかり。これからどんな音になっていくのか、楽しみだ。

共演のHunting Pigeons(from 神戸)も面白かった。ヴォーカル/ギターの人がアメリカの青春映画に出てくるダメな子みたいな風貌で好感が持てる(ほめてます!)。リフのカツゼツの悪さ(決してリズム感が悪いということではない)がガレージっぽさを強調している。痙攣しながらはじけるソロもかっこよかった。それでいて流れるような浮遊感のあるメロディーは、初期のR.E.M.を思わせる。ようするに、「かっこ悪いことはなんてかっこいいんだろう」というガレージの基本原理に忠実なバンドだった。グー!

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2009年11月14日(土)

以前、この日記でも紹介したNHK教育『シャキーン!』の挿入歌「るるるの歌」にニュー・ヴァージョンができていた。なぞの真相が明らかになる「おとこオオカミ編」↓


オオカミの側から見れば人間こそが他者である・・・と。深い。さらに11月に入って放送されはじめた「未来編」ではもっと広い世界が開けてくるのだが、YouTubeにはまだアップされていないようだ。いずれ、紹介します。

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2009年11月13日(金)

2009_11_13sapporoya今日のラーメン:「味噌ラーメン(700円)」@横浜『横浜元祖 札幌や
予備校生のころから食べているが、ずいぶん優しい味になったと思う。以前は強烈な豚骨臭が特徴的な、かなりジャンクなものだったのだが、その強烈さが懐かしい。白味噌の甘さばかりが際立つ、平坦な味になってしまった。そうなるとチャーシューは薄いし、麺はぼよんとした太麺だし、あまりいいところはない。それでも時々来てしまうのはなぜだろうか・・・★★★

Azenbo_soedaNHKで放送された添田唖蝉坊についての番組、岡大介くんの木馬亭ライブで客席にいるひらげが大写しになったと知人が教えてくれた。ああ、その番組見てみたかったんだ!と、Twitterでつぶやいたところ、何人かの人に「NHKオンデマンドで見られるよ」と教えてもらった(ご協力感謝!)。

知る楽』という番組で、「歴史は眠らない 暗い時代こそ笑い飛ばせ!」と題して戦中日本の芸人を特集する4回シリーズの初回「反骨路上芸人の歌」。24分という短い番組ながら、小沢昭一さんの話に貴重な写真を交え、今こそ求められる唖蝉坊の反骨をわかりやすく描きだしていて好感が持てた。長髪にちょび髭の若き唖蝉坊は、ちょっとジョン・レノンみたい。『唖蝉坊流生記』では書けなかった戦争を起こした支配層に対する怒りを、晩年の日記に書きなぐっていたとわかったのが、一番の収穫かな。

「国家の前途がどうなるか
返答しろ 責任者
大将逃げるのか
お前は逃げたらすむだろうが
こちとら民衆は逃げられねえ」

そして、たしかに木馬亭の客席で岡くんの歌に聞き入るひらげの姿が・・・

続けて、吉本興業の芸人による日中戦争の慰問団「わらわし隊」を扱ったシリーズ第2回も見た。一番興味があった石田一松は慰問団でバイオリンを弾く写真が一瞬映っただけだったけど、こちらも興味深い内容だった。講師が『日本の戦時下ジョーク集』の早坂隆さんというのも適役だ。シリーズはこの後、教育テレビでエノケンロッパ(11月17日)、小那覇舞天(11月24日)と続く。楽しみだ。

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2009年11月11日(水)

2009_11_11zero1今日のラーメン:「武士系豚骨和え麺(680円)」@橋本『麺や屋ZERO1』橋本店
スープのない、いわいる油そば。ラー油とお酢を加えてよくかき混ぜて食べると、なかなか美味しい。まあ、基本的にジャンクな食べ物なので評価といっても難しいのだが、鰹節を主体にまとめているところは好みではある。ここはもう一つ「ガッツリ系」という見るからに二郎インスパイアのラーメンもあって、そちらにも油そばがあるらしい。まあ、普通のラーメンに飽きたときにはこういうのもいい・・・★★★+

ユーザー名hirageでTwitterはじめました

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三軒茶屋Heaven's Doorゆっくりりアコースティック・オーケストラのライブを見た。今日は何となく音が硬質で、いつもよりロックっぽかった。ギターのスエヒロくんが爆音バンドのリハに入ったということもあるのかもしれない。本人に聞いたら、意識してロックっぽくしてたわけではないらしいけど。まあ、どちらにしてもかっこいい。共演のBOTH CHEESEジミヘン・マナーのギターでローファイな曲をでろーんと演奏するとこがつぼにはまった。

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2009年11月10日(火)

Rynick
渋谷のBunkamuraオーチャード・ホールライ・クーダーニック・ロウのライブを見た。

オープニング・アクトはライの息子ヨアキムがドラムを担当するバンド。ヨアキムのドラムにギター、ベース、キーボード、ヴォーカルという編成。ヴォーカルはヨアキムのワイフ=ジュリエット・コマジェア。美人だ。曲によってはジュリエットがピアノを弾いたり、マンドリンをかき鳴らしたりする。いかにも90年代後半以降のアメリカのロック・バンド(といっても、そんなに聞いていないが)って感じだけど、ちょいちょい60年代っぽい音が入ってくる。悪くない。演奏終了後、暖かい拍手に送られて退場するジュリエットが、スカートのすそをつまんで数回跳ねた。モンタレーで喝采を浴びて、うれしそうにぴょんと跳ねるジャニスを思い出して胸が熱くなった。

休憩を挟んでいよいよ、ライ・クーダー登場。わかってはいたけど、ライはすっかりお爺ちゃんになっていた。かたやニック・ロウは軟派なちょい悪不良中年といった感じ。ところが、演奏が始まると、見た目と裏腹の若々しさに圧倒される。繊細に音作りをしながら、アウトプットでラフにぶちかますところがロックっぽい。そのへんがブルースをやるとどうしても学究的になりがちなクラプトンとは違うところだ。御大2人にヨアキムのドラム、曲によってジュリエットと彼女のバックでキーボード&コーラスを担当していた女性がコーラスで加わる。シンプルな編成なのに、出てくる音はすごくゴージャスだ。「自警団員」はぜんぜん違うアレンジで、ギターをかき鳴らして歌う姿はブルース・マンとしか言いようのないものだった。ヴェンチャーズみたいなギターが印象的なラテン系の曲は、キューバのギターリスト=マヌエル・ガルバンとの共作を経てつくられた『チャヴェス・ラヴィーン』収録の「チニート・チニート」・・・生で聞くといんちき臭さ百倍。「アクロス・ザ・ボーダーライン」がこんなにいい曲だとは思わなかった。ニック・ロウの飄々としたパブ・ロッカーぶりもかっこよかったし、高い入場料に見あうだけのものは見せてもらいました。おやじたち、やるな。

ライブが終わって、隣で見ていたイノウエさんが一言、「若い!」。ぼくとまったく同じことを考えていたらしい。渋谷の焼き鳥屋『千両』でビールを飲みながら、音楽話に花を咲かす。往年のブルース・ミュージシャンで生き残ってるのはあと、バディ・ガイくらいか。来日しないかなぁ。

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2009年11月7日(土)

2009_11_07kamine_2今日のラーメン:「超らぁめん(超濁系・醤油味・二刀流麺)(690円)」@天王町・星川『超らぁめん 麺や 神音』 丸鶏を使った「超澄系」、とんこつを使った「超濁系」、それぞれに醤油・塩・味噌があり、麺も細麺から極太まで数種類が選べる。今日は豚骨醤油、二種類の麺を合わせた「二刀流」で。スープは一見、家系のようだが、家系のようなまろやかさはない。二刀流とはいえ、麺の違いはあまり感じられない。お店の人も「ラーメンにするとあまりわからないかもね」と言っていた。それじゃ意味ないじゃん・・・★★★+

このところ作っていた新曲のデモトラックが完成した。タイトルは「ろじうらー」→こちら

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2009年10月28日(水)

2009_10_28bushinoichibun今日のラーメン:「節つけ麺(680円)」@橋本『東池袋大勝軒 節の一分』
久しぶりに大勝軒系の『節の一分』へ。節系をこれでもかとプッシュした感じは相変わらず。でも、こんなに醤油味が強かったっけ?ぼくの記憶もあまり当てにならないのだが、ちょっと印象が違うような。野菜がたくさん入っているところは身体にはいいかも。極太麺は本家ゆずりのつるんとしたパスタのようなものではなく、もっとひっかかりとコシのある流行りの感じ。これも前からこうだったかなぁ・・・★★★+

Img452ピーター・バラカン魂(ソウル)のゆくえ(改訂版)』(アルテス・パブリッシング、2008)を読みおわった。1989年に発売されたオリジナル版は、ピーター・ギュラルニックスウィート・ソウル・ミュージック』が翻訳されるまでは、日本語で読めるソウル入門書の決定版だったといっていい。ゴスペルへの回帰と白人ミュージシャンとの共同作業という両面からソウル・ミュージックを捉える視点を、ギュラルニックの本に先立ってぼくに植えつけたのはこの本だったかもしれない。本書はオリジナル版を大幅に改訂・増補したもので、ヒップホップなど1989年以降の動きをフォローしてある。ただし、あとから加えた部分は一人ひとりのミュージシャンに割かれたスペースも少なく、とってつけたような感は否めない。ヒップホップ以降の音楽やワールド・ミュージック(サリフ・ケイタユッスー・ンドゥールや「砂漠のブルース」まで取りあげている)は、「ソウル」という文脈で取りあげるには無理がある。「音楽で感情をストレートに表現することを仮にソウルと呼ぶなら」(254)というような捉え方は、世界各地の音楽を「ワールド・ミュージック」で括ってしまうこと(←バラカンさんも苦言を呈している)と同じくらい乱暴だと思う。せっかく、前半でソウル・ミュージックの時代性を丁寧に明らかにしているのにもったいない。それと、「黒っぽい」かどうか、というような視点ではもはや切り取れないところに今のブラック・ミュージックは来ている。その意味で、オリジナル版から大幅に削ったというマイケル・ジャクソンについては、批判するにせよ評価するにせよ、論じておいて欲しかった。とはいえ、レコード/ビデオ・ガイドも全面的に改訂され、わかりやすい言葉で書かれた入門書としての価値は増した。明治学院の授業(「アフリカ系アメリカ人の歴史と文化」)で学生に推薦しよう。

気になることがひとつ。オーティス・レディングを紹介するなかに、「『愛しあってるかい』と呼びかけ、純粋な愛を切々と歌う姿が『ラブ&ピース』の時代に似合っていた」という一節がある(86)。オーティスがモンタレー・ポップ・フェスティヴァルで"We all love each other, am I right?"って言ったのは確かだけど、「愛しあってるかい?」っていう訳は、オーティスを意識したキヨシローのMCを思わせる(オリジナル版が手元にないので、今回付け加えた言葉かどうかはわからない)。バラカンさんは「どこがいいの?歌詞?」などと発言して、RCファンの反発を招いたことがある。その後の忌野清志郎についてどう思っていたのか、ちょっと聞いてみたい気がした。

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2009年10月23日(金)

2009_10_23ikkokudou今日のラーメン:「煮干ラーメン(650円)」@天王町『北海道らーめん 壱鵠堂』天王町店
煮干をふんだんに使った新メニュー。煮干の香るスープはそれなりに美味いが、ちょっとわざとらしい感じも。どっさりとのせられた魚粉とあいまって、これでもかと魚の旨味が。GMフーズ系列に特徴的なゴムのような麺は好きになれないが、スープの熱が通るうちに気にならなくなる。チャーシューはパサパサであまり美味しくない。それにしても北海道ラーメンでも何でもなくなってきたな・・・★★★+

Mango
横浜中華街の諸国漫遊食堂ネネカフェサカキマンゴーさんのライブ&トークを見た。小さめの親指ピアノを手に登場したマンゴーさんは、地を這うようなゆったりしたテンポの曲を演奏しはじめた。この速さでテンポを乱さず、芯に力強いグルーヴを感じさせるところはさすがだ。タンザニア製の大きなリンバに持ち替えての演奏は圧倒的。びりびりという音が波になって、隅から隅まで世界を洗いつくす。

ここでトーク・コーナー。モニターにマンゴーさんがタンザニア、コンゴ、マラウィなどで撮ってきた写真やビデオが映しだされる。マンゴーさんのユーモラスな説明を聞いているうちに見えてきたのは、楽器だろうがおもちゃだろうが、なければ自分で作ってでも、人生を謳歌する人びとの姿だった。何もない不便なところほど、人びとは飄々と自由気ままに音楽を楽しんでいる。こういった「暇つぶしの」音楽は、ラジオのような新しい娯楽が入ってくると消えていく運命にあるという。そういえば、ハラレでも停電になるとみんな意気消沈してたもんなぁ。こういうときこそムビラを弾いたらいいんじゃないかと思ったんだけど・・・(電化製品にかこまれて暮らしているぼくがとやかく言えることじゃないので黙っていた)。

後半、会場の明かりを落として演奏したのは、現地では5時間も「鳥が飛んでいる」という歌詞をくり返し、老婆をトランスに導くという曲。波寄せるリンバの音に身を任せるうちにぼくの魂は空高く舞い上がり、マチュピチュの上空を飛ぶコンドルの俯瞰から世界を見下ろしている。これは5時間やられたら、間違いなくトランスに入る。ジンバブウェのムビラによる「ネマムササ」や鹿児島弁で歌う「浜へ(ハメエ)」(この切なさはなんだろう?)も胸にしみた。アンコールでピグミー・スタイルのコーラスを割り振って、観客を楽しませる。素晴らしい時間だった。

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2009年10月22日(木)

今日の夕食は回転寿司。絶対勝てると思って、「ひらげはラーメンを食べている」という賭けをした人がいないことを祈ります。

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ビビビ
 エルビン・ビショップ
ビビビ
 ビンボービンボー
ビビビ
 ビルカンリ
ビビビ
 ビジンコンテスト
ビビビ
 ビートルマニア
ビビビ
 ロビンチャン
ビビビ
 ニホンダービー

(千疋屋ノートより)
 
 
 
学生・院生用のロッカーのうち、未登録のものの中身を撤去した。卒業するときに、鍵をかけたまま私物を残していくフトドキモノがいるので、大きな鉄切断用のハサミを使ってダイヤル錠をぶち壊さなければならない。こんチクショー、まったく世話がやけんなぁ・・・ん?あ、あれ?これ・・・おれのじゃん!世話のやけるフトドキモノのなかには、院生時代のひらげも含まれていたようだ。

十数年前の自分の持ち物と対面して、しばし呆然。そのなかには何と、18年前の千疋屋ノートが・・・都立大軽音で代々引き継がれてきた果物屋ビルの夜警バイトで、夜な夜な書かれていた交換ノートである。1991年、ひらげとNとSの3人でやっていた頃のものだ。若さと馬鹿さがから回りする青春の数十ページ。内容は恥ずかしくてお見せできないようなものばかりだが、そのなかにトーマス・マプーモ来日公演の感想があった。面白いので転記しておこう。

5/24夜 

昨日、トーマス・マプーモとゆージンバヴェ(←ママ)の人のコンサートを見てきた。めちゃくちゃ良かった。正直なところ、この間のユッスー・ンドゥールより良かったかもしれない。実を言うとミュージック・マガジン小野島大氏が言っていたようなこと(「ユッスーは自分自身の文化に対して批評性がない。西洋≒ロックの要素を安易に取り入れすぎる」)って、ぼくも多少感じていた。そのへん、マプーモは軽くクリアしている。最近ますます伝統に回帰してるし、独立闘争時代、反植民地主義を唄い、独立後も政府の腐敗を徹底的に批判していて、単なる「地元の英雄(であることはあるのだが)」ではない。そして何より音楽と存在自体に凄みがあるのだ。これはコンサートにおいてなおさらそうだった。

英文科の福島先生も見に来ていたのだが、先生に「ほら、あそこに自分たちだけイスだして座ってんのが、ガーナ大使とその夫人だよ」とか教えてもらって、ちょっとうんざりした。そーゆー奴らを攻撃すんのがマプーモの音楽なんじゃねーの?でも、アフリカは国によって言葉が全然違う。マプーモは自分の母語であるショナ語で歌うから、ガーナの奴にゃわかんないか・・・。

でも演奏がはじまると、そんなことはぶっとんでしまった。かっこいい。女性コーラスのダンスとかも入るけど、ユッスーのダンスがかなりの部分ショーアップを目的(←<Nの字で>キャバレーのおどりみてーだった)としていたのに対し、マプーモのバンドのダンスは音楽をより自分たちのものとする、泥臭くするためのものという感じだった(←<Nの字で>いーじゃん)。

コンサートが終わって、福島先生と残っていたら、マプーモが出てきた(!!)。アフリカの人たちと話をしている。みんな「俺の英雄」って感じで近づいていって写真をとっている。マプーモは表面的にはうれしそうだけど、そのくせなんか「この田舎ものめ!もっと他にすることがあんだろ」って感じがあって、そいつらとは一線を画しているようなところがめちゃくちゃクールだった。福島先生→ジンバブウェ大使館の人→マプーモって感じで紹介してもらって、握手をした。

大使館員"This Young man is a Fujio's(←福島先生) student."
マプーモ"Oh! yeah"
オイラ"Nice to meet you. Wonderful music!"

Mapfumome_2と短い会話を交わして、マプーモの大きくて分厚い手を握った。福島先生に写真をとってもらって、僕も「田舎者」の仲間入りをした。あーなんか、存在自体が格違いだった。くじいた右足があっという間に治りそうなほどのエナジー(オーラ)を感じた。

今まで、ロック・ファンもユッスーなら好きになる、とか思っていたけど、むしろ、マプーモのほうがロック的なものを持っているのではないか(というかロックと共通するものを持っているのではないか)と思った。ユッスーは音楽的にはロックからいろいろとり入れてるけど、精神的には無縁といってもいい。マプーモは音楽こそ(エレキ・ギターとドラムが中心の編成であることを除けば)ロック的なものはほとんど全くないが、精神的には(本来の)ロックと同じものを持っていると思う。それは例えば、政府のお偉方を批判するとか言うこともそうだけど、そういう表面的な部分だけではなくて、なにか身体全体から発せられる負のパワーというか。負のパワーと正のパワーがうずを巻きながら身体から発生しているとゆーか。だから、ボブ・マーリーと同じ意味でマプーモはロックと共通するものを持っている。

ごめんね、わけわからんアフリカの話で・・・。

若い頃に特有の思い入れの激しさはあるものの、けっこう俺、言ってること変わってねぇなぁ・・・と思った次第。ちゃんちゃん(ちなみにこのページのてっぺんには「今日はかなりうんちくをたれてしまった。反省」という言葉とともにうんちの絵が描かれており、さらにご丁寧にも矢印で示して「これはうんち」と説明がついている)。

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2009年10月17日(土)

2009_10_17seiya今日のラーメン:「ラーメン(500円)」@梅ヶ丘『せい家』梅ヶ丘店
チェーン店化した家系のひとつだが、チェーン店っぽい味の平均化はあまりなく、けっこう美味しい。蒲田店と赤羽店で食べたことがあるが、場所によってお店の雰囲気も味も微妙に違う。ここは大学生が多いせいか、やや醤油味が濃いような・・・ご飯といっしょに食べたら美味しそうだ。店内はやや雑然としていて、このへんも学生に人気のある店の佇まいである・・・★★★+

外出中、ミクシーのニュースで加藤和彦さんが亡くなったことを知った。ショックだ。最近、ミカ・バンドのかっこよさを再認識して、よく聞いていた。フォーククルセダーズも、ソロも大好き。あのちょっと鼻にかかった甘い声も最初は苦手だったんだけど、いつのまにかはまっていた。

ご冥福をお祈りします。

YouTubeには他に、サディスティック・ミカ・バンドの「ハイ・ベイビー」(←こういう女の子いいなぁ)、「塀までひとっとび」(ワンステップ・フェスティヴァルのライヴ!)といった映像もあります(いずれも埋めこみ不可)。

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2009年10月13日(火)

2009_10_13kuwayama今日のラーメン:「もりそば」@神保町『特製もりそば 桑山』
池袋『大勝軒』直系のお店。店内には有名な東池袋のおやじさんの写真が。そもそも大勝軒系は甘みや酸味が強くて好みではないのだが、ここはそれに輪をかけて柑橘系のような甘酸っぱさがある。そのせいかせっかくの煮干だしがあまり感じられない。麺もややぼよんとした仕上がり。スープ割りをしてもまだ酸っぱいというのは、やはりどうかなぁ・・・★★★

御茶ノ水の貸CD屋『ジャニス』で、金子くんと遭遇。何年ぶりだろう。お互い、お薦めのCDを教えあう。金子くんはフリート・フォクシーズマックス・ツンドラクォンティック・ソウル・オーケストラを教えてくれた。ぼくはカレン・ダールトンサカキマンゴーをお薦めした。「最近、ファンクばっかり聞いてるんですよ」「へえ、最近の?アンプ・フィドラーとか知ってる?」みたいな話をして別れた。こういうの、いいなぁ。

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2009年10月11日(日)

Mbo
無謀な野望Vol. 1@高円寺Showboat

大学時代からの仲間が中心になって企画したイベントに、チキリカで参加した。出演者は他にくるくるファンタジーゆっくりりアコースティック・オーケストライオチキング。きっかけはイオチくん(イオチキング)の結婚式打ち合わせだった。みんなで企画ライブをやろう!野望は大きく無謀に、「日比谷野音」だ!と盛りあがった・・・のだが、実を言うと、ライブはともかく、「野望」の話はすっかり忘れていた。だから、企画のタイトルを見た人に「チキリカにはどんな野望が?」と聞かれても、「当日のお楽しみ」とか言ってお茶を濁していた・・・まあ、いいじゃないの。何であれ、野望は無謀なほうがいい。

いんちきアフリカ、クールに呻吟するサイケ、歌心あふれるアコースティック、シャープなロックンロール・・・昔の仲間が集まったわりには、バラエティーに富んだ、それでいて全くかみ合わないわけでもない、絶妙なラインナップだった(自画自賛)。チキリカには育児休暇中のエロ中山に代って、大先輩のベーシスト=がぶんさんがゲスト参加。ぐいぐいと力強いグルーヴと楽しそうな表情で、バンドを引っぱっていただきました。感謝。

観客はやっぱり懐かしい顔が多い。20年ほど前の大学祭にタイムスリップしたような感覚さえ覚えるが、ひとつ違うのは(ほんとうはひとつじゃないけど)、出演者も含め、子連れの人が何人もいること。サークルとか同窓会というよりも、「ファミリー」に近い雰囲気もある。ビールばかり飲んで何の手伝いもしなかったぼくが言うと怒られそうだけど、子連れで来れるライブという「野望」もいいかも。そのうち、子供たちも大きくなるだろうし。

会場に足を運んでくださった皆さん、ありがとうございました。準備に奔走したみなさん、出演者のみなさん、子供の世話をしながら参加されたみなさん、そして司会/DJのクゼくん、お疲れさまでした。終演後は高円寺の沖縄居酒屋『抱瓶』で打ち上げ。すっかり酔っ払ったけど、リラックスモード(泥酔モードともいう)だったので、ハイパーひらQにはなりませんでした(異論は認めません汗)。その後も多田さんと吉祥寺の『アフリカ大陸』に行ったりしたのですが、そのへんから記憶が印象派に・・・

ちなみにチキリカの次のライブは、エロさん復帰後、早くても来年になります(写真は多田さん撮影)。


↑それでいいんじゃない


↑カゴメカゴメカゴメ

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2009年10月3日(土)

2009_10_03itou今日のラーメン:「比内鶏そば(600円)」@赤羽『自家製麺 伊藤』
先週に引き続き、赤羽の『伊藤』に行ってきた。「比内鶏そば」は、煮干のダシがきいた「中華そば」と並ぶ看板メニュー。「中華そば」と同じく、薬味のネギ以外、具はまったく入っていない。それでも高いという感じがしないのは、ぶれのない直球のスープとかなり固めのコシのある麺に納得させられてしまうからだろう。個人的には魚の味が加わった「中華そば」の方が好きだが、こちらも究極レベル・・・★★★★+

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赤羽でチキリハ(チキリカ・リハーサル)。もうすぐ、ライブなのでお知らせします。都立大時代の仲間たちとの企画です。早めにやって、ライブの後は高円寺の沖縄料理屋『抱瓶』で飲む予定です。お時間のある方は、ぜひお越しください(打ち上げも含めて)。

<無謀な野望Vol.1>
2009年10月11日(日)高円寺Showboat
TEL:03-3337-5745
開場:16:00 開演:16:30
Charge:前売/当日2000円+ドリンク
出演:Tikirica、くるくるファンタジー、ゆっくりり、いおちキング
(Tikiricaの出演は一番目で16:30頃の予定です)

チキリカHP:http://sound.jp/tikirica/
チキリカMySpace: http://www.myspace.com/tikirica

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2009年9月29日(火)

2009_09_29hopeken今日のラーメン:「中華そば(600円)」@吉祥寺『ホープ軒本舗』
東京豚骨醤油ラーメンの原形というべき味。見かけほど脂こってりというわけではないが、豚骨の旨味はそれほど強くなく、脂の味で食わせるスタイルには違いない。脂の多さを「コクがある」と感じる若い人ならともかく、ぼくにはちと辛い。もやしがたくさん入っているのも、ぼくには意味不明。いや、好きな人は好きだと思うんですけど・・・ぼくの求めるものではなかったです・・・★★★

フィッシュマンズ早川義夫さんとの活動で知られるヴァイオリニスト=HONZIさんの追悼イベント"HONZI LOVE CONNECTION Vol.2"を見に、吉祥寺スター・パインズ・カフェに行ってきた。実を言うと、生前のHONZIさんについてはほとんど何も知らない。多田さんがチケットを2枚買ってしまったというので、久しぶりに早川さんの歌を聞くのもいいかなと思って譲り受けた。追悼イベントに故人を偲ぶことのできない人間が行っていいものだろうかと思いながら、左端の2階席からステージを盗み見た。この日のぼくにぴったりの席だと思った。

スクリーンに生前の故人が映し出される。観客が息を呑む圧力が感じられるようだ。みんな食い入るように、歌い、弓をひく故人を見つめている。思わず故人を呼ぶ声がもれ、ゆっくりとスクリーンがあがった。最初に登場したのは歌・ピアノの鈴木亜紀さん+コントラバスの熊坂義人さん。ぼくの席からはピアノが見えないので、視線は熊坂さんの自在な指先に集中する。途中、熊坂さんが歌った「呼ぶ人、呼ばれる人、呼ばれない人」という同窓会の歌も良かった(熊坂さんが「呼ばれない人」なら、ぼくは「呼ぶけど誰も来ない人」というスタンスで行こう・・・笑)。そこへ中川五郎さん、登場。6弦バンジョーをかき鳴らして、最新のプロテスト・ソングを歌う。足を踏み鳴らし、ドタバタとリズムを取りながら歌う還暦のフォーク・シンガー。この人は「腰まで泥まみれ」を歌いはじめたころにステキだと思ったものを、今でもステキだと思っているに違いない。かっこいい。

ステージには故人と縁のあるミュージシャンが入れ代わり立ち代り登場する。アラン・パットンさん、スパン子さん、ヨタロウさん・・・世の中にはこんなにすごい人がたくさんいるのか。どの出演者も、そこにいないはずのヴァイオリニストをすぐそばに感じている。故人を偲ぶというより、帰ってきた友人を迎えるような。またいっしょに演奏できる喜びをかみしめているような。ヨタロウさんが空を駆けあがるような高音で、「すり傷ボーイ」を歌う。掛け声とともにアランさんのアコーディオンに座っていた裸の子供の人形が客席に飛んだ!客席とステージの間に落ちた人形は、手足がありえない方向に曲がっている。ビートルズブッチャー・カヴァーを思い出した。口から心臓を飛びださせていた最前列の女の子が、ふと我に返り人形を取りあげて優しく介抱する。何だか、妙におかしい。

小休止の後、内橋和久さんのギターに導かれて、ステージ背後から卑弥呼登場・・・と思ったら、その声は忘れもしない、上々颱風の白崎映美さんだった!大学生の頃、上々颱風に夢中になり、何度もコンサートに足を運んだ。なかでも、歌声と東北弁と怪しげな佇まいが好きで、エミさんの前にはりついていた。目をぎょろぎょろと動かし、曖昧な微笑を浮かべながら歌う姿はバリ島の少女のようでもあり、寺山修司の映画に出てくる歯の抜けた老婆のようでもある。曲調が演歌ブルースに変った。エミさんは東北弁で故人との思い出を語り、コブシをきかせて「もう一度、会いたい」と唸った。天才チェロ奏者・坂本弘道さんが愛器を逆立ちさせ、固定用金具に電動ノコを押しつけて、じゃじゃじゃじゃと火花を散らす。シビレタ。次に登場したのは・・・UA!こんなに歌の上手い人がこの世におろうとは。いや、もしかすると、あれはあの世だったかもしれない。そこにはもう、吉祥寺の地下とは思えない風が吹いていた。

続いて、フィッシュマンズのリズム隊+リクオさんの演奏にのせて、三代目魚武濱田成夫さんが力強い声で詩を叫んだ。本人が言っていたように、暑苦しい。でも、暑苦しい事実も世界には必要なのだ。素晴らしい詩だった。リクオさんの歌でひとしきり盛りあがり、最後に登場したのはやはり早川義夫さん。佐久間正英さんのギターと熊坂るつこさんのアコーディオンも加わった贅沢なバンドをバックに、中年男のねっとりとした純情を歌う。何て赤裸々なんでしょう。ジャックスのころの早川さんは若者の気持ちを赤裸々に歌っていた。今は中年男の心情を赤裸々に歌っている。しばらく早川さんの歌を聞いていなかったのは、30代のぼくが中年男になることに抵抗していたからだと思う。もっと赤裸々でいいのだ。何か他のものになる必要はないのだ。

最後に全員揃ってのフィナーレ。やはり、ここにもいないはずの人が確かに存在する。死ぬまで生きた人は、死んでからも生き続けるのだろう。ぼくは生前のHONZIさんを知らない。でも、もう一度会いたいと思う人はいるから、少しはわかるよ。

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2009年9月27日(日)

日本のアフロビート・バンドJariBuが出演する企画"Tribal Ocean"を見に、代官山UNITに行ってきた。

Jaribu
代官山に行くと、いつも道に迷ってしまう。駅と道の関係がどうなっているのか、よくわからない。何とか会場にたどりつくと、すでにJariBuの演奏ははじまっていた。普段のメンバーにサポートを加えた23人の "JariBu Afrobeat Orchestra"編成。日曜とはいえ、こんな早い時間から、こんなマグマのような音楽を聞いていていいのだろうか。そば屋で昼からちょいとひっかけるつもりが、泥酔するまで飲んでしまったみたいで、罪悪感すら覚える。とはいえ、アフリカ帰りの身体は正直だ。ビートにあわせて揺れる揺れる。ホーンとパーカッションが入り乱れる姿は、渋さ知らズ!サン・ラーのようでもある。ぶひゃ〜〜パォパォって感じに破格で終わるところは、クレージーキャッツみたいだ。たまらん。

Steelband
DJタイムを経て、Panorama Steel Orchestraが登場。JariBu以上の大編成。スティールパンでさまざまな曲を演奏。すごい迫力、すごいグルーヴ。個人的にはジャクソン5「アイ・ウォント・ユー・バック」、フォー・トップス「リーチ・アウト・アイル・ビー・ゼア」といったモータウン・ナンバーが楽しかった。スティールパンでこんなに踊りまくったのは、はじめてだ。お酒も入って、ハイパーひらQになる寸前までいった。

終演後、ピガピガナイトの荒川さん、多田さんと渋谷のもつ鍋屋で飲む。日本におけるアフロ・ポップの未来について熱く語り合う(←半分ホント・・・笑)。

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2009年9月25日(金)

2009_09_25ippudo今日のラーメン:「赤丸かさね味」@横浜『博多一風堂』横浜ポルタ店
基本はもちろん博多豚骨なのだが、マー油がたっぷりかかっているところは熊本ラーメンの要素も取り込んでいるということなのか?「かさね味」というのも、そのことを意味しているのかも。美味しいけど、野生的な豚骨臭を好むぼくとしては物足りない。何となく取り澄ました佇まいに腹が立って、最後のからし高菜とご飯をぶちこんでおじや風にして食ってやった。ざまあみろ!・・・★★★+

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12日の日記で紹介したジンバブウェの伝説的バンド=パイド・パイパーズについての記事が、このページにのっていた。オリジナル・メンバーはみんな死んでしまったと思っていたのだが、キーボード奏者は生き残っていた。しかも、バンドはこの記事が掲載された今年8月22日に新たなメンバーで再結成されたばかりだった。キーボード以外のメンバーに関しては、「その年齢からしてこのバンドのメンバーになってから長いんだろうな・・・と思われる」というのも間違いだった。ともあれ、ぼくは再結成したばかりの貴重なライブを目撃したことになる。新しいレコーディングも済ませたということで発売が楽しみだ。会場にアンディ・ブラウンが来ていたということは、もしかして彼のプロデュース?などと期待してしまう。以下、記事を日本語に訳してみました。急いで訳したので間違いがあるかもしれませんが、見つけたらご指摘ください。

ハラレ-10年近い冬眠期間を経て、ジャズの巨匠=パイド・パイパーズが返り咲いた。

グループが一世を風靡したのは1980年代。それが今夜、ウェストリアのナイト・スポットで復活のショーを行う。夢物語のような復帰になることは間違いない。

パイド・パイパーズは「ルヴァ・ラング」「シムカイ」「マクウィロ」といった曲で人気を博したが、人気がピークに達したころからトラブルがついてまわるようになり、世紀が変わるころ早すぎる消滅の道をたどった。

結成時のメンバーはほとんどが亡くなり、ただ一人生き残ったメンバー=チャールズ・アレケタにとって、かつての人気グループを蘇らせるのは大変なことだった。

彼がグループを再建するまでにはさまざまな紆余曲折があり、今夜のショーはアレケタの偉業と言うべきだろう。

とはいえ、このキーボード奏者が新装パイパーズをかつての高みへと引き上げられるかどうか、まだ未知数である。

アレケタは「伝説のバンド=パイパーズの全盛期は今でも魅力的だ」と強気だ。

「新しいメンバーは集中して、古いグループの歴史を書きかえようと躍起になっている」と、アレケタは先週、インタビューで語っている。

「もちろん、やるべきことは山ほどある。でも、音楽の世界で抜きんでるために必要なものをぼくらはすべて持っている」

「ぼくらはすでにニューアルバムを録音した。いつでも発売できる状態にある」

「その録音に最後の仕上げをしているところさ。それでファンが抱えている渇望を癒すことができたらいい」

「たった一人生き残ったメンバーとして、グループを維持するという重荷がぼくの両肩にかかっている。死んだ友人たちがどこにいるにせよ、彼らもグループの進歩を喜んでくれていると確信するために、ぼくはできるだけのことをする」

パイド・パイパーズほどのレベルの名声を獲得したブランドが忘れ去られていくのを見るのはつらい、とアレケタは言う。復活ショーは来るべきもののはじまりになると言い、新しいグループを再び成功の旅へ連れだすことを約束する。

「ぼくはパイド・パイパーズが音楽界に残るために、昼も夜も働いてきた。仲間のメンバーが死んだときには世界がひっくり返ったようだったけど、今は復活への道を歩き出したと確信している」

「ぼくらは自分たちのブランドを永久に生きつづけさせると決めたんだ。日曜のショーはぼくらの夢への道を開くことになるだろう」

パイド・パイパーズはジャズ・サークルで最も支持されるグループのひとつだった。多くのグループが今でもライブ・ショーで彼らの曲を演奏している。

故スチュワート・ムドカ、アロウス・ジェニタラ、ジョン・ムトゥムワという才能の集まりが地域的な成功を収めたころは、いい時代だった。

それから、パイド・パイパーズは五つ星のホテルでショーを行うようになる。そこで彼らは宿泊客やパトロンを見事に楽しませた。

しばらくの間、グループはシェラトン・ホテル(後のレインボウ・タワー)を拠点に活動していたが、その後ジョージ・ホテル、テレスカネ・ホテル、ホリーズ・ホテルと場所を移した。

最大の成功は1988年、イギリス・ツアーを行った彼らは消し去りがたい成功を収めた。

冬眠期間の間、グループのファンのほとんどはパイド・パイパーズの時代は終わったと考えていた。しかし、アレケタは評論家たちが間違っていたことを証明しようと決意している。

復活の使命を帯びたチームに、アレケタはベース・ギターリストのモーゼス・ムタ、ギターリストのジミー・スティーヴンス、ドラマーのジェイムズ・ムニュングワを引き入れた。ジャック・ファマがグループのマネージャーを務める。

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2009年9月20日(日)

2009_09_20makino今日のラーメン:「つけそば(あごだし豚骨)」@西荻窪『つけめん まき野』
豚骨にあごダシ・・・強烈なキャラの組み合わせに、どんなものが出てくるかとてぐすねひいて待っていたら、意外にも軽い印象だった。ちょっと拍子抜けな感じもある。でも、ちゃんとあごダシ独特の感じもあるし、この組合せでまとめるにはこんな感じがいいのかな。他にも「東京醤油」「あっさり塩」といった味が選べる。中華そばもある。次はどの味にしようかな・・・★★★+

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西荻窪のみ亭に岡大介くんの演奏を聞きに行った。書生節の若々しさを現代に蘇らせた岡くんの音楽は何度も紹介しているので、今さら言うまでもないでしょう。加えて今日は、岡くん自ら招いた共演者のみなさんが素晴らしい。最初に登場したのはヴァイオリン演歌の楽四季一生さん。壮士演歌から書生節を経て、より叙情的な「籠の鳥」のような歌に至る「演歌」の歴史を紐解きながら、ヴァイオリンひとつで当時の歌を披露していく。楽しかったし、勉強にもなった。続いて登場したのが、先日の寿町フリーコンサートでも素晴らしい演奏を聞かせてくれた遠峯あこさん。アコーディオンにのせて、「野毛山節」などの民謡・俗謡を歌う。アコーディオンも歌も上手いし、その上美人。かすかにニューウェイブの影響を感じさせるオリジナルも良かった。CDを買ってサインまでしてもらいました。そして、ドラム/クラリネットの中尾勘二さんとともに岡くん登場。三者三様の「東京節」が聞けたうえ、最後には出演者そろってもう一度「東京節」。ラメチャンタラキッチョンチョンでパイのパイのパイ。アンコールで高田渡さんの「生活の柄」をやったのも良かった。立ち去りがたく、ビールを飲みながらいろいろな人とお話をした。ゴローさん、ひらちゃんさん、遠峯あこ親衛隊の諸君、また会いましょう!

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2009年9月17日(木)

2009_09_17chabuton今日のラーメン:「八丁味噌のせ秋塩らぁ麺(850円)」@横浜『ちゃぶ屋 とんこつ らぁ麺 CHABUTON』横浜ヨドバシ店 秋の季節限定メニュー。塩味の豚骨ラーメンに八丁味噌を溶かしていただくという趣向。テーマは「塩から味噌へのうつろい」とか(何だ、そりゃ!?)。インパクトはそれほどでもないが、添えられたかやくご飯も相まって、季節感は出ていると思う。もともとの豚骨スープの強さあってのメニューという感じがする・・・★★★+

ピーター・ポール&マリーマリー・トラヴァースさんが白血病で亡くなった。中学生のとき、ギター部顧問・古谷先生の入れ知恵でPPMが好きになった。フォーク、黒人霊歌、ブルース、世界の民俗音楽・・・さまざまなレパートリーを自分たちなりに料理する彼らのやり方は、いんちきアフリカ音楽の原点と言えるかもしれない。でも、マリーさんの深い声はホンモノだった。何度も何度もマリーの「マザーレス・チャルド」を聞いた。死の淵をのぞきこんだような冷めた歌が忘れられない。ご冥福をお祈りいたします。

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2009年9月12日(土)

2009_09_12chinatownハラレのラーメン:「玉子麺、スープ、海老付」@ハラレ『チャイナタウン・レストラン』
ついにジンバブウェでラーメンらしきものを味わうことができた。麺はうどんのような太麺。コシ・・・というにはあまりにも過剰な噛みごたえ。薄味のスープはなかなか美味い。海老はさすがにプリプリというわけにはいかなかったが、白菜のような野菜はスープを吸っていい感じ。それにしても、言葉も通じないこんなところで店を開く中国人ってすごい・・・★★★

昼頃からゴドゥンの運転で町へ。ゴドゥンはクールで几帳面。ひとつひとつ確認しながらものを進めていく。ジンバブウェには珍しいタイプかもしれない。車のなかで松平くんからの電話を受ける。今日、農村に行くので、行きたいなら合流しよう・・・レジは「うーん、3時ごろに行けると思う」とか言っている。実は今夜、トーマス・マプーモもゲスト・ヴォーカルを務めたことがある伝説のバンド=パイドパイパーズがマネンバーグで演奏する。それなら早いうちに農村へ行って、夜はハラレに戻ってライブを見ようと言っていたのだ。松平くんにその旨伝えると、「それは無理ですよ。行って帰ってくるだけになりますよ」とのこと。詳しく聞こうと思ったら、電話が切れた。まあ、いいだろう。町で用事を済ませて、3時に行けば。

ところが、レジは例によってのんびりしている。約束の3時はどんどん迫ってくる。ウェブ喫茶を出たのが、3時すぎ。このときは、ぼくも頭がアフリカン・タイムになっていることもあって、「まあ、少し遅れていくぐらいいいだろう」と思っていた。ところが・・・車が動き出してしばらくして気づいた。えっ?これハイフィールドじゃなくて、チトゥングウィザに向かう道じゃないの?レジが言う。「今日、パイドパイパーズ見たいか?」「ああ、そりゃあ、見たいよ」「じゃあ、農村は無理だな。車の調子もあんまり良くないし。ブレとユージ(松平くん)に電話しよう」 ・・・ええっ~?そんないまさら・・・二人はぼくらが来るのを待ってたんじゃないの?いつもなら、レジののんびりにとことん付き合うのだが、今回は第三者が関わっている。つい、「それなら、もっと早く言うべきだったんじゃないの!?」と声を荒げてしまった。ところが、レジはぼくの意図を全然理解していなかった。「そんなに農村に行きたいのか。それなら、エディに頼もう」 いや、そういう問題じゃなくてさ・・・「わかったわかった。まず、エディに話してみるよ」 わかってないし。それより、待っているブレさんと松平くんにさぁ・・・

レジは車を停め、ムカンヤ・バーのあたりでエディを捕まえて、何か話している。おいおい、ぼくのわがままで農村にいかなくちゃならなくなった・・・みたいになってるけどさ。そうじゃなくて・・・たまりかねて、ぼくも出て行った。「いや、無理ならいいんだよ。それより、二人に連絡を・・・」「いや、大丈夫。もう話はついたから。お前が行きたいなら、農村に行こう」 だーかーらー・・・コートを取りに行ったレジの家で、ちょっと切れた。「ぼくがどうしたいかの問題じゃない!約束を守るかどうかの問題だよ!」 レジは「?」みたいな顔をしている。とりあえず、エディには頼んでしまった。もうあとには引けない。エディの家に寄ると、奥さんと別れの抱擁をしている。「今夜はあなたがいなくて寂しいわ」「ぼくもだよ、ハニー」(想像) えええええっ・・・もしかして、俺のせい?

Yusuzumi
ブレさんの家に着いたときには4時はまわっていた。チブク(伝統的なトウモロコシのお酒)を飲んでいたブレさんはがぬっと立ちあがる。例によって、まったく動じるところがない。ひらげ一行とひとりひとり握手をする。松平くんは少し苦笑いしながら、「結局、今日は行かないことになりました」 ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。ところが、レジとブレさんは謝ったり許したりする様子もなく、何気ない会話をかわしている。イライラしたり、焦ったりしていた自分がアホらしくなった。結局、庭先に座り込んで、チブクを回し飲みしながら、夕涼み。ぼくの心もあっという間にアフリカのテンポに飲み込まれてく。いい風が吹いてきた。松平くんのグループ=ロワンビラの音楽がハラレの空気に溶けていく・・・

農村に行かないのなら、パイドパイパーズに行こう。すると、松平くんが「今日はキレニ・ズールーもやってますよ」 え?誰?それ。「弾き語りで歌詞も面白いですよ。2年前に来たときにすごく流行ってました」 弾き語り?スティーヴ・マコニみたいなもんかなぁ。聞いてみたい・・・結局、キレニ・ズールーとパイドパイパーズを梯子することにした。それにしても、ライブがはじまるまで、まだずいぶん時間がある。そうだ!中華料理屋に行こう!ハラレのラーメンを食おう!松平くんも誘って、レジ、エディ、ゴドゥンとチャイニーズ・レストランへレッツラ・ゴン!

Chinese_restaurant
中華料理店『チャイナタウン・レストラン』はハラレの町外れにあった。みんなでビール片手にわいわい入っていく。アフリカ人の女の子が二人、給仕をしている。しばらくして出てきた経営者らしき中国人女性は、英語がほとんどしゃべれない。言葉も通じないこんなところで、よく商売する気になったもんだ。そのバイタリティに驚かされる。メニューの英語もよくわからない。「ヌードル」と書かれたものはあるのだが、どれがラーメンらしきものなのか。中国語のメニューも出してもらったが、ますますよくわからない。ええい、ままよ・・・というわけで、それぞれヌードルと名のつくものや、肉料理を頼む。ぼくは「ビーフ・トマト・ヌードル」というのを頼んだ。「ビーフ・トマト・ヌードル、お願いします」「はい。ビーフになさいますか?チキンになさいますか?」「え!?ビーフ・トマト・ヌードルなのに?」 何もかもがよくわからない。

出てきた料理は皿うどんのようなもののヴァリエーションが3皿と、微妙に味の違うチンジャオロースのようなものが3皿。ラーメンと呼べるものはなかった。みんなで分け合って食べるが、けっこう量があって、なかなかなくならない。特に太くねじれた麺が、コシというにはあまりにも過剰な噛みごたえで、なかなか食べ終わらない。しかも、肝心のラーメンがない。もう一度メニューを見ると、「玉子麺、スープ、海老付」という料理があった。たぶん、これだ。これのような気がする。意を決して店員の女の子を呼んだ。「これって、あの、スープのなかに・・・その・・・なかの麺?あり?(ブロークン英語)」「そうです」「じゃあ、これを」 ようやく、ラーメンらしきもの(↑「ハラレのラーメン」参照)にありつけたものの、このころにはみんな食べすぎていっぱいいっぱい。すっかり酔っ払ったエディがお店の女の子を口説きはじめる。ショナ語のできる松平くんによると、「ねえ、どこに住んでるの~?」「○○町です」「○○町のどこ~?番地は~?」「教えられませんっ」「ええ~ええやーん。番号知りたいだけやん」「だめです」「知るだけだからさ~会いに行ったりしないから~」ってな感じだったらしい。妻も子もいるくせに、とんでもないエロ親父だ。

Zulu
腹ごしらえもすんだところで、サウィラ・カフェにキレニ・ズールーの演奏を聞きにいく。かつて、オマシガンダと呼ばれるギター弾き語りのミュージシャンが、ジンバブウェや南アフリカで一世を風靡したことがあった。彼らが演奏していたのは、カントリーなどのアメリカ音楽に影響を受けながらも、現代のジンバブウェ音楽にも通じるスウィング感を持った音楽だ。キレニ・ズールーはまさにオマシガンダ直系のミュージシャンであるといっていいだろう。先日、ブックカフェで見たスティーヴ・マコニも同じ流れを汲んでいるのだろうが、マコニの音楽には何だかわからないもっと怪しげなものが入り込んでいる。ズールーの音楽は録音に残っているジョージ・シバンダのようなオマシガンダの音楽により近い。

会場に入ると、ズールーがオマシガンダよろしく、ギターを爪弾きながら歌っていた。西アフリカのパームワイン・ミュージックなどにも通じる軽快なスウィング感。しばらくすると、歯の抜けたおじいちゃんが顔をくしゃくしゃにして笑いながら登場。コンガを手製のマレットで叩きはじめた。容姿とは不釣合いなほどの軽快さで飛び跳ねながら、絶妙の間合いで打撃音を加えていく。すごい。もう一人、若いドラマーもいるのだが、年季が違う。驚きも覚めやらぬうちに、男性が二人出てきて漫才のようなことをやったり。大中小3人の女性が出てきて、グラマラスにお尻を振りながら歌ったり。「いちばんやせてる人、椿鬼奴に似てますね」と松平くん。(笑)。ぼくも誰かに似ていると思っていたんだ。たしかに。「すごいね、ジンバブウェのパフューム!」「ハハハ。でも、鬼奴ですよ(笑)」 ステージのうえにはまた別のパーカッショニストが。アクロバテックな動きも入れて観客を楽しませながら、(手で)コンガを叩いている。あとでレジに聞いたら、サフィロ・マジカティレのバンドで演奏していたこともあるチボドロというドラマーだそうだ。ショーはあの手この手で観客を楽しませながら、続いていく・・・オマシガンダはティー・パーティー(飲酒が禁止されていたため、こう呼ばれた)と呼ばれる乱痴気騒ぎを盛りあげることもあったと聞いて、弾き語りの音楽では夜通し行われる乱痴気騒ぎを盛りあげるのには少し物足りないのではないか・・・と疑問に思っていた。こういうことだったのか。きっと、戦前のブルースなんかも、こうだったのだろう。

Piedpipers
体調を崩していた松平くんを送って、ブックカフェの向かいにあるジャズ・クラブ「マネンバーグ」へ。パイドパイパースの演奏は半ばまで終わって、休憩中だった。レジが後ろを指差すので振り向いたら、そこにいたのは何とチウォニソの元パートナーで、今ジンバブウェで最も優れたミュージシャンのひとり=アンディ・ブラウンだった。すごいオーラだ。ブレさんのような大らかなオーラではない。世の中気に食わないことばかりで、動くたびに起こる関節のズレを直す勢いでぐいぐいと前に進んでいくような、わりきれないオーラだ。あまりの迫力に写真を撮らせてもらうことはおろか、話しかけることもできなかった。アンディ・ブラウンって、やっぱりああいう人なんだ・・・パイドパイパーズの演奏はレゲエとアメリカンロックを結びつけて、ジンバブウェらしい緩さでつつんだようなリラックスした演奏。もはや、オリジナル・メンバーはいない(死んでしまった)らしいが、今のメンバーもその年齢からしてこのバンドのメンバーになってから長いんだろうな・・・と思われる。特に何が眩しいのか目を細めて遠くを見ながら、ぽつりぽつりと短いフレーズを弾くギターリストが印象に残った。途中、客席から「ヘイ・ジョーやれ!」と声がかかり、ジミヘンの「ヘイ・ジョー」をかなり緩めにやった。レジはヒット曲が演奏されるたびに喜んでいたが、帰りの車のなかで「でも、かつてのパイドパイパーズはあんなもんじゃなかったんだよ。テンポも速かったし、ガツーンとね、やってたんだ」と言った。うん、そうだろうな。でも、ぼくは今の枯れたパイパーズも好きだよ。

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2009年9月12日(土)

2009_09_12chinatownハラレのラーメン:「玉子麺、スープ、海老付」@ハラレ『チャイナタウン・レストラン』
ついにジンバブウェでラーメンらしきものを味わうことができた。麺はうどんのような太麺。コシ・・・というにはあまりにも過剰な噛みごたえ。薄味のスープはなかなか美味い。海老はさすがにプリプリというわけにはいかなかったが、白菜のような野菜はスープを吸っていい感じ。それにしても、言葉も通じないこんなところで店を開く中国人ってすごい・・・★★★

昼頃からゴドゥンの運転で町へ。ゴドゥンはクールで几帳面。ひとつひとつ確認しながらものを進めていく。ジンバブウェには珍しいタイプかもしれない。車のなかで松平くんからの電話を受ける。今日、農村に行くので、行きたいなら合流しよう・・・レジは「うーん、3時ごろに行けると思う」とか言っている。実は今夜、トーマス・マプーモもゲスト・ヴォーカルを務めたことがある伝説のバンド=パイドパイパーズがマネンバーグで演奏する。それなら早いうちに農村へ行って、夜はハラレに戻ってライブを見ようと言っていたのだ。松平くんにその旨伝えると、「それは無理ですよ。行って帰ってくるだけになりますよ」とのこと。詳しく聞こうと思ったら、電話が切れた。まあ、いいだろう。町で用事を済ませて、3時に行けば。

ところが、レジは例によってのんびりしている。約束の3時はどんどん迫ってくる。ウェブ喫茶を出たのが、3時すぎ。このときは、ぼくも頭がアフリカン・タイムになっていることもあって、「まあ、少し遅れていくぐらいいいだろう」と思っていた。ところが・・・車が動き出してしばらくして気づいた。えっ?これハイフィールドじゃなくて、チトゥングウィザに向かう道じゃないの?レジが言う。「今日、パイドパイパーズ見たいか?」「ああ、そりゃあ、見たいよ」「じゃあ、農村は無理だな。車の調子もあんまり良くないし。ブレとユージ(松平くん)に電話しよう」 ・・・ええっ~?そんないまさら・・・二人はぼくらが来るのを待ってたんじゃないの?いつもなら、レジののんびりにとことん付き合うのだが、今回は第三者が関わっている。つい、「それなら、もっと早く言うべきだったんじゃないの!?」と声を荒げてしまった。ところが、レジはぼくの意図を全然理解していなかった。「そんなに農村に行きたいのか。それなら、エディに頼もう」 いや、そういう問題じゃなくてさ・・・「わかったわかった。まず、エディに話してみるよ」 わかってないし。それより、待っているブレさんと松平くんにさぁ・・・

レジは車を停め、ムカンヤ・バーのあたりでエディを捕まえて、何か話している。おいおい、ぼくのわがままで農村にいかなくちゃならなくなった・・・みたいになってるけどさ。そうじゃなくて・・・たまりかねて、ぼくも出て行った。「いや、無理ならいいんだよ。それより、二人に連絡を・・・」「いや、大丈夫。もう話はついたから。お前が行きたいなら、農村に行こう」 だーかーらー・・・コートを取りに行ったレジの家で、ちょっと切れた。「ぼくがどうしたいかの問題じゃない!約束を守るかどうかの問題だよ!」 レジは「?」みたいな顔をしている。とりあえず、エディには頼んでしまった。もうあとには引けない。エディの家に寄ると、奥さんと別れの抱擁をしている。「今夜はあなたがいなくて寂しいわ」「ぼくもだよ、ハニー」(想像) えええええっ・・・もしかして、俺のせい?

Yusuzumi
ブレさんの家に着いたときには4時はまわっていた。チブク(伝統的なトウモロコシのお酒)を飲んでいたブレさんはがぬっと立ちあがる。例によって、まったく動じるところがない。ひらげ一行とひとりひとり握手をする。松平くんは少し苦笑いしながら、「結局、今日は行かないことになりました」 ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。ところが、レジとブレさんは謝ったり許したりする様子もなく、何気ない会話をかわしている。イライラしたり、焦ったりしていた自分がアホらしくなった。結局、庭先に座り込んで、チブクを回し飲みしながら、夕涼み。ぼくの心もあっという間にアフリカのテンポに飲み込まれてく。いい風が吹いてきた。松平くんのグループ=ロワンビラの音楽がハラレの空気に溶けていく・・・

農村に行かないのなら、パイドパイパーズに行こう。すると、松平くんが「今日はキレニ・ズールーもやってますよ」 え?誰?それ。「弾き語りで歌詞も面白いですよ。2年前に来たときにすごく流行ってました」 弾き語り?スティーヴ・マコニみたいなもんかなぁ。聞いてみたい・・・結局、キレニ・ズールーとパイドパイパーズを梯子することにした。それにしても、ライブがはじまるまで、まだずいぶん時間がある。そうだ!中華料理屋に行こう!ハラレのラーメンを食おう!松平くんも誘って、レジ、エディ、ゴドゥンとチャイニーズ・レストランへレッツラ・ゴン!

Chinese_restaurant
中華料理店『チャイナタウン・レストラン』はハラレの町外れにあった。みんなでビール片手にわいわい入っていく。アフリカ人の女の子が二人、給仕をしている。しばらくして出てきた経営者らしき中国人女性は、英語がほとんどしゃべれない。言葉も通じないこんなところで、よく商売する気になったもんだ。そのバイタリティに驚かされる。メニューの英語もよくわからない。「ヌードル」と書かれたものはあるのだが、どれがラーメンらしきものなのか。中国語のメニューも出してもらったが、ますますよくわからない。ええい、ままよ・・・というわけで、それぞれヌードルと名のつくものや、肉料理を頼む。ぼくは「ビーフ・トマト・ヌードル」というのを頼んだ。「ビーフ・トマト・ヌードル、お願いします」「はい。ビーフになさいますか?チキンになさいますか?」「え!?ビーフ・トマト・ヌードルなのに?」 何もかもがよくわからない。

出てきた料理は皿うどんのようなもののヴァリエーションが3皿と、微妙に味の違うチンジャオロースのようなものが3皿。ラーメンと呼べるものはなかった。みんなで分け合って食べるが、けっこう量があって、なかなかなくならない。特に太くねじれた麺が、コシというにはあまりにも過剰な噛みごたえで、なかなか食べ終わらない。しかも、肝心のラーメンがない。もう一度メニューを見ると、「玉子麺、スープ、海老付」という料理があった。たぶん、これだ。これのような気がする。意を決して店員の女の子を呼んだ。「これって、あの、スープのなかに・・・その・・・なかの麺?あり?(ブロークン英語)」「そうです」「じゃあ、これを」 ようやく、ラーメンらしきもの(↑「ハラレのラーメン」参照)にありつけたものの、このころにはみんな食べすぎていっぱいいっぱい。すっかり酔っ払ったエディがお店の女の子を口説きはじめる。ショナ語のできる松平くんによると、「ねえ、どこに住んでるの~?」「○○町です」「○○町のどこ~?番地は~?」「教えられませんっ」「ええ~ええやーん。番号知りたいだけやん」「だめです」「知るだけだからさ~会いに行ったりしないから~」ってな感じだったらしい。妻も子もいるくせに、とんでもないエロ親父だ。

Zulu
腹ごしらえもすんだところで、サウィラ・カフェにキレニ・ズールーの演奏を聞きにいく。かつて、オマシガンダと呼ばれるギター弾き語りのミュージシャンが、ジンバブウェや南アフリカで一世を風靡したことがあった。彼らが演奏していたのは、カントリーなどのアメリカ音楽に影響を受けながらも、現代のジンバブウェ音楽にも通じるスウィング感を持った音楽だ。キレニ・ズールーはまさにオマシガンダ直系のミュージシャンであるといっていいだろう。先日、ブックカフェで見たスティーヴ・マコニも同じ流れを汲んでいるのだろうが、マコニの音楽には何だかわからないもっと怪しげなものが入り込んでいる。ズールーの音楽は録音に残っているジョージ・シバンダのようなオマシガンダの音楽により近い。

会場に入ると、ズールーがオマシガンダよろしく、ギターを爪弾きながら歌っていた。西アフリカのパームワイン・ミュージックなどにも通じる軽快なスウィング感。しばらくすると、歯の抜けたおじいちゃんが顔をくしゃくしゃにして笑いながら登場。コンガを手製のマレットで叩きはじめた。容姿とは不釣合いなほどの軽快さで飛び跳ねながら、絶妙の間合いで打撃音を加えていく。すごい。もう一人、若いドラマーもいるのだが、年季が違う。驚きも覚めやらぬうちに、男性が二人出てきて漫才のようなことをやったり。大中小3人の女性が出てきて、グラマラスにお尻を振りながら歌ったり。「いちばんやせてる人、椿鬼奴に似てますね」と松平くん。(笑)。ぼくも誰かに似ていると思っていたんだ。たしかに。「すごいね、ジンバブウェのパフューム!」「ハハハ。でも、鬼奴ですよ(笑)」 ステージのうえにはまた別のパーカッショニストが。アクロバテックな動きも入れて観客を楽しませながら、(手で)コンガを叩いている。あとでレジに聞いたら、サフィロ・マジカティレのバンドで演奏していたこともあるチボドロというドラマーだそうだ。ショーはあの手この手で観客を楽しませながら、続いていく・・・オマシガンダはティー・パーティー(飲酒が禁止されていたため、こう呼ばれた)と呼ばれる乱痴気騒ぎを盛りあげることもあったと聞いて、弾き語りの音楽では夜通し行われる乱痴気騒ぎを盛りあげるのには少し物足りないのではないか・・・と疑問に思っていた。こういうことだったのか。きっと、戦前のブルースなんかも、こうだったのだろう。

Piedpipers
体調を崩していた松平くんを送って、ブックカフェの向かいにあるジャズ・クラブ「マネンバーグ」へ。パイドパイパースの演奏は半ばまで終わって、休憩中だった。レジが後ろを指差すので振り向いたら、そこにいたのは何とチウォニソの元パートナーで、今ジンバブウェで最も優れたミュージシャンのひとり=アンディ・ブラウンだった。すごいオーラだ。ブレさんのような大らかなオーラではない。世の中気に食わないことばかりで、動くたびに起こる関節のズレを直す勢いでぐいぐいと前に進んでいくような、わりきれないオーラだ。あまりの迫力に写真を撮らせてもらうことはおろか、話しかけることもできなかった。アンディ・ブラウンって、やっぱりああいう人なんだ・・・パイドパイパーズの演奏はレゲエとアメリカンロックを結びつけて、ジンバブウェらしい緩さでつつんだようなリラックスした演奏。もはや、オリジナル・メンバーはいない(死んでしまった)らしいが、今のメンバーもその年齢からしてこのバンドのメンバーになってから長いんだろうな・・・と思われる。特に何が眩しいのか目を細めて遠くを見ながら、ぽつりぽつりと短いフレーズを弾くギターリストが印象に残った。途中、客席から「ヘイ・ジョーやれ!」と声がかかり、ジミヘンの「ヘイ・ジョー」をかなり緩めにやった。レジはヒット曲が演奏されるたびに喜んでいたが、帰りの車のなかで「でも、かつてのパイドパイパーズはあんなもんじゃなかったんだよ。テンポも速かったし、ガツーンとね、やってたんだ」と言った。うん、そうだろうな。でも、ぼくは今の枯れたパイパーズも好きだよ。

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2009年9月11日(金)

Necokodomo
ハナはすっかり子供たちと仲良くなって、いっしょに駆けずりまわったり、足にじゃれついたりしています。おかげであんまりひらげのことをかまってくれなくなりました。ショボン。

レジが南アフリカから帰ってきたばかりの友人を連れてきた。数年前にお世話になったレジの従弟ヴィンセントに似ているので、ヴィンと呼ぶことにする。ヴィンは満面の笑顔で、「やっぱ故郷はええなぁ!」と天を仰いだ。言葉も人情も違う異国での生活は、やはり苦労が絶えないようだ。南アフリカの状況を詳しく聞いてみたい気もしたが、故郷の空気を満喫している姿を見るとそれもはばかられた。

そのヴィンとレジ、エディ、ポンピーを連れて、ジャズ105にサム・ムツクジのライブを見に行った。サム・ムツクジの父親=オリヴァー・ムツクジは、トーマス・マプーモと並び称されるジンバブウェ・ポピュラー音楽の大物。何度もジンバブウェに行っていながら、ひらげは今だその音楽に生で触れたことはない(何年か前、ジンバブウェ・ブック・フェアでショナ語でスピーチをするのを見たことはあるが)。というのも、世界を股にかけて活躍するツク(オリヴァー・ムツクジの愛称)がジンバブウェで演奏するのは、年に2、3回。演奏が聞きたければジンバブウェではなく、ツアーを追いかけてヨーロッパやアメリカに行くべきなのだ。だから、他ならぬジンバブウェの人たちがいちばん、ツクの音楽に飢えている。

Sam
そんな人びとの満たされぬ思いをかろうじてつなぎとめているのが、息子サムだといえるかもしれない。実際、この日のライブもレパートリーの半数以上が父親の曲だった。テンガロンハットを斜めにかぶり、足を投げ出すような男らしいステップを踏むところは若いころの父親そっくりだ。ツクはその男臭いイメージからは意外なほど、繊細でリリカルなアコースティック・ギターを弾くが、それもそっくり受けついでいる。ヴォーカルはさすがに父親の塩をすりこんだような渋さはないが、若くてのびのあるいい声だ。

観客がサムにツクの代用を求めていることは、父親の曲でひときわ大きな拍手が起きることからも明らかだ。もっとも、ジンバブウェでは親の音楽を子供が引きつぐのは珍しいことではない。古くはサフィロ・マジカティレの息子エライジャが父親のバンドを譲り受けたことがあったし、最近では亡くなったサイモン・チンベツの音楽が息子スルマンによって引きつがれている。サム・ムツクジの場合も、人びとはその孝行息子ぶりを温かく見守っている。とはいえ、サムの音楽が父親のコピーにすぎない没個性的なものかというと、もちろんそんなことはない。父親から引きついだものを土台にしながら、自分自身の音楽を着実に築きあげている。父親よりもよりナイーブで、傷つきやすい感性を感じさせるところは、いかにも現代の若者らしい。まだ線が細すぎて、偉大すぎる父親の前では存在がかすんでしまうかもしれないが、近いうちにジンバブウェ音楽の中核を担う存在になると確信した。

ヴィンは本当にうれしそうだ。久しぶりに故郷に帰ってきたら、変な東洋人が現れて、「この国は素晴らしい」とか言うわけだから。気が大きくなったか、全員分の入場料を払ってくれた。ありがとう。故郷の空気、故郷の音楽・・・そして、故郷の女たち。ビールも入ってすっかりいい気分になったヴィンは、会場にいる女の子にかたっぱしから声をかけている。長旅の疲れに酔いも加わって足元はふらふら、故郷に帰れたうれしさで顔はニヤニヤ。あれじゃあ、女の子もひっかからないよ・・・でも、ヴィンにはそれでも良かったのだろう。女の子とショナ語で浮かれた話がしたかったのだ。ステージ前に出て行ったヴィンはうれしそうに踊っている。ぼくもビールを飲み干して、音楽に浸る。ふと目を放したすきに、ヴィンが目の前にいた。「踊ろう!さあ」ヴィンに引っぱりだされて、ステージ前で踊るはめに。途中、ヴィンはかっこよく上着を脱ぎ、投げるようにステージそばの椅子に腰かけている女性に渡した。粋なナンパのつもりだったのかもしれない。演奏していた曲が終わって、ステージのうえのサムと目があった。はにかむように笑ったその顔は、思った以上に若かった。

Sam_sisiter
ステージはいよいよ佳境に入っていく。ムツクジ・ファミリーは音楽一家で、サム以外にも母親のデイジー、娘のセルマも歌を歌っているし、ツクの弟ロバートもレコードを出している。サムが妹のセルマをステージに呼び出した。すると、ステージに上がったのはヴィンが上着を渡した女性だった。一方、ふたたびヴィンにステージ前まで押し出されたひらげに、ひとりのジンバブウェ人女性が近づいてきた。「踊りましょう」と目が語っている。ついつい、調子にのって不器量なダンスで女性の動きにあわせた。またまた、ここでも踊らにゃソンソンであった。

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2009年9月9日(水)

Chibadura
↑チバドゥラの遺産は生き続ける

ジンバブウェ・ヘラルド本社で新聞記事をスキャン。去年、一昨年と何度もヘラルド社を訪れて、すっかり顔見知りとなった資料課のシェパードと再会。今年はジェイムズ・チモンベジョン・チバドゥラ、ファニャナ・ドゥーべという3人のミュージシャンについての記事を片っ端からノートパソコンに取りこんだ。ちなみに3人ともすでにこの世にはいない。ジェイムズ・チモンベは1990年、ジョン・チバドゥラは1999年、ファニャナ・ドゥーべは2004年に亡くなった。そのため、内容も生前の彼らを偲ぶ追悼記事がどうしても多くなる。彼らだけでなく、1990年代以降、ジンバブウェは実に多くの素晴らしいミュージシャンを失った。ブンドゥ・ボーイズビギー・テンボ(1995)、レオナルド・デンボ(1997)、ジョナ・シトーレ(1997)、ロブソン・バンダ(1998)、フォー・ブラザーズのマーシャル・ムンフムンメ(2001)、ポール・マタヴィレ(2005)、サイモン・チンベツ(2005)・・・と枚挙に暇がない。彼らの死は悲劇だった。しかし、彼らの死によってできた間隙を縫って新世代のミュージシャンが登場し、ジンバブウェの音楽は確実に新しい時代を迎えつつある。政治的・経を的混乱によって停滞していたそうした新しい動きが、連立政権下で軌道にのることを祈りたい。

それにしても、資料1枚につき3ドルって高すぎだろう!(しかも、+税金!?) 足元を見られたか?

Makoni
レジ&アンジー夫妻、エディ&タテンダ夫妻、ポンピーとブックカフェにスティーヴ・マコニを聞きに行った。スティーヴ・マコニはギター弾き語りのミュージシャン。録音を聞いた限りでは、強烈なだみ声とチューニングを下げたギターのびょ~んという響きから、「ジンバブウェのビッグ・ジョー・ウィリアムズ?」と思っていたのだが、ライブを見てむしろ「ジンバブウェのなぎら健壱」と呼びたくなった。マイクチェックからして可笑しい。「マイクロスコープ、マイクロスコープ(顕微鏡、顕微鏡)」って、あんた、それを言うなら「マイクロファン」でしょうが!ライブ中もいつ何をするか、目が離せない。ショナ語で何かぶつぶつ言ったかと思うと、唐突に「ヤフー・ドット・コム!」とだみ声をしぼり出す。ビールを飲みほして「リラクソロジー・・・」と恍惚の表情を浮かべる。「プロブレム!」「トゥギャザネス!」「マンマミーヤ!」と意味があるんだかないんだかわからない外国語を連発する。「コンコン」と舌を鳴らして、それだけで一曲終えてしまう。もう、みんな可笑しくて、ゲラゲラお腹を抱えて笑っている。カントリー色の強い曲はワンパターンだし、ギターのチューニングもちょっと怪しい感じだったのだが、とにかく強烈キャラに圧倒された。レジに教えてもらったところによると、ショナ語の歌詞は「食べてない食べてないって言うけど、トイレットペーパーが減っているところを見るとやっぱり食べてるな」といった亜蝉坊的な機知に富んだものや、「大人が子供たちを売春婦にする」といった教訓的なものまでさまざま。言葉のわからないひらげと違い、ショナ人の観客は歌の内容でもどっと受けている。笑うのが大好きなこの国の人たちの、その笑いの一端をかいま見ることができた。

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2009年9月4日(金)

Sora
レジ、アンジーとエディの運転で出かける。間もなく、バッテリーの故障で立ち往生。充電をさせてくれる車が来ないかしばらく待ってみたものの、埒が明かないので、レジとエディが近くのサービスセンターにバッテリーがないか確かめに行くことに。乾いたジンバブウェの景色を写真に撮りながら、アンジーと二人の帰りを待つ。ジンバブウェの風景をゆっくり撮影する機会はあまりなかったから、ちょうどいい。30分ほどして戻ってきた二人の手にバッテリーはなかった。結局、通りすがりの車に助けを求める。初老の男性が止まってくれ、何とか充電完了。しかし、どうも不安なので、次の自動車用品店でバッテリーを交換する。

バッテリーのことで時間がなくなったので、予定していたグランマ・レコードへはまた後日、日を改めて行くことにして、マブクにあるアンジーの実家へ向かう。アンジーの両親、アンジーの弟フランクと奥さん、アンジーの妹、アンジーの亡くなった叔父の奥さん・・・とファミリーが勢揃い。昨年、フランクが「誰もぼくたちが姉弟であることを疑わないよ。だって、これがあるからね」と前歯の隙間を見せた。アンジーもフランクも上の前歯の真ん中辺りに、歯一本分ぐらいの隙間がある。抜けたわけではなく、生まれつき空いているらしい。アンジーの妹を見ると、やはり前歯の風通しがいい。最後に登場したお父さんまで、同じところにぽっかり穴が開いているので、これは遺伝に違いないと確信した。あまりのことに写真を撮るのも忘れていた。

一同に囲まれて、猫が一匹、気持ちよさそうに寝転がっている。そこへ、歩き方もままならない子猫がよちよちと入ってきた。とたんに母猫が優しいかすれ声で子猫を呼ぶ。子猫は甘えた声で鳴きながら母猫の懐にもぐりこみ、尻尾にじゃれついたり、毛づくろいをしてもらったりしながら、母猫の乳房を探りあてた。「この子をチトゥングウィザに連れて行くの。ジュディのいい遊び相手になるわね」 アンジーはそう言って、子猫をつまみあげる。母猫はもう子猫には会えないことを悟ったのか、かすかな声でミャーと鳴いて俯いた。アンジーの実家で何匹もいっぺんに面倒を見るわけにもいかないだろうし、野良猫になるよりはいいのかもしれないけれど、小さな箱に入れられて車の揺れに戸惑っているその子猫が、哀れでならなかった。

道すがらスーパーマーケットに寄ると、とたんに近所の子供たちが集まってきた。「中国人?」「ううん、日本人」「それ(子猫)、どうするの?飼うの?」「ううん、食べるの」 冗談が通じなかったか、みな楳図かずおのホラー漫画のようなギャギャギャギャーという表情になった。予想以上の引きっぷりに慌てて、「うそうそ!」と思わず日本語が出る。英語で冗談であることを伝えて、ようやく笑顔が戻った。あとは「アターッ」とカンフーの真似をして、愉快なアジア人ぶりをアピール。

夜、レジ&アンジー夫妻、エディ&タテンダ夫妻と、ブックカフェへマウンギラ・エナリラのライブを見にいった。ここで懐かしのザンベジ・ビールと再会。去年まではどこにも置いていなかった、ひらげのフェイバリット・ビールだ。水のような軽い口当たりだが、乾燥したアフリカの夏にはピッタリ。

Dzanarira2
ステージではすでにメンバーが何人か、PAの調子をチェックしている。普段着で音合わせをしているうちに、何となく演奏がはじまった。結局、そのまま、ベース・ムビラのソロを含め3曲演奏。山の世捨て人のようなイメージが売り物のこのグループもとうとうイメージ・チェンジかと思いきや、しっかりいつもの衣装に着替えて演奏再開。さっきの3曲はリハーサルだったのか、イントロダクションだったのかもわからないまま、演奏は佳境に入っていく。

Dzanarira3_3
演奏の中核にあるのは何と言ってもベース・ムビラ。基本的にぶぅおんぶぉんぶうぉんぶうぉんというシンプルな4拍子のくり返しなのだが、絶妙な間合いでグループ全体を引っ張っている。その重たい響きに支えられて、数台のムビラが響きあい、滲んだ残響のなかに溶け込んでいく。同じフレーズをくり返すうちに、残響は渦を巻き、世界中の音という音を会場に引き寄せる。危うい安定を突き破り、ホショ(マラカス)とンゴマ(太鼓)がリズムとリズムをこすり合わせ熱い火花をまき散らす。んどどんどどど・・・踊る人びとの足元を揺るがすンゴマの轟き。3人のホショ奏者が入れ代わり立ち代り挑みかかるような動きで跳ねまわる。マジック・スティックを振りまわし観客を煽る男。突然、奇妙なリズムが混濁した意識を目覚めさせる。ベース・ムビラだ。左手で基本の拍子を絶やさぬまま、右手でけつまずいたリズムを重ねている。波のように引いては返す演奏に翻弄され、会場は踊れや踊れのカチャーシー状態。こうして、ハラレの夜はビールの泡に沈んでいった。

Dzanarira_3

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2009年8月29日(土)

2009_08_29taikouken今日のラーメン:「ラーメン(450円)」@鶯谷『大弘軒』
北口を出てすぐのところにある中華料理店。とくにラーメンに力を入れているわけではなさそうだが、常連客をつかんで離さないものはある。この手のお店にありがちなことに、麺は柔らかめ。チャーシューは美味しくない。スープもすごく美味いわけではないけど、癖になるものがある・・・★★★

Suzyband082909
王子の沖縄料理屋ハイビスカススージーバンドのライブを見た。フルスペックのスージーバンドを見るのは久しぶりだ。生演奏を聞かせる沖縄料理屋というのはたくさんあるが、ステージがちゃんとあって音響もしっかりしているところはなかなかない。ここはちゃんとPAがあって、ひとつひとつの音がしっかり聞こえる。コール・アンド・レスポンスのポリフォニックな全体像がちゃんと伝わってきた。

Kachyac_2
客席も次第にうまり、カチャーシーで盛りあがるいつもの展開。そこに今回は井上さんによるギターソロ「涙そうそう」など、見せ場もたっぷり。島太鼓のキョーコさんとスージーさんで披露した島唄も心に沁みる。あとで写真を見て気づいたのだが、ステージ正面の壁にはAサイン(復帰前の沖縄で、米軍公認のお店に出された許可証)が貼ってあった。

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2009年8月26日(水)

2009_08_26yoshibe今日のラーメン:「中華そば(正油・細麺)(600円)」@錦糸町『ラーメン ヨシベー』
店構えも店内もレトロなイメージ。豚骨醤油とあっさりした中華そばがある。今日はあっさりのほうで。昆布や煮干(あごだし?)を使った澄んだスープとパリッとした麺は『保土ヶ谷中華堂』に似ているが、もっと甘みが強い。この味ならもう少し甘みを抑えたほうが好みだ。でも、十分美味しいラーメンには違いない・・・★★★+

錦糸町の河内音頭大盆踊りに行ってきた。錦糸町で河内音頭の演者を招いた盆踊りが行われるようになって、もう28年が経つという。ぼくも20年近く前、大学生のころ、一度踊りに行った覚えがある。ちょうど河内家菊水丸がカーカキンキンで話題になっていたころ、三音会オールスターズの『東京殴りこみライブ』を聞いて、日本にもこんな音楽があるのかと驚いた。日本太鼓と三味線にエレキギターが加わった演奏をバックに語られるのは、血潮が吹き出るような熱い人情の物語。「無法松の一生」なんて現代に生きているぼくが共感するところはほとんどないはずなのに、なぜか心を激しく揺さぶられた。

河内音頭はダンス・ミュージックであり、語り物である。盆踊りでは内側の小さな輪がスタンダードな手踊り、外側の大きな輪が大きな動きで跳ねる「マンボ踊り」、というのが定番になっている。テンポが速い河内音頭は若い人の激しい動きにもフイットするし、倍にとれば年配者のゆったりした動きにあわせることもできる。とはいえ、杖をぶら下げた腰の曲がったおばあちゃんが懸命にマンボの動きにあわせる姿も見たので、年齢は関係ないかもしれない。もちろん、じっくり聞きたい人はステージ前にへばりつくこともできる。みんな酒も飲まずに語りに聞き入っている。30年近い歴史のなかで、耳の肥えたファンがたくさん生まれたのだろうと思わせる。

Ootsukiichiwaka
ラーメンを食べているうちにお目当の月乃家小菊 (with 井筒家小石丸)「踊れ大阪総踊り」を聞き逃してしまった。でも、それはそれでまあいいか、と思わせるほど、個性的で重量感のある出演者が続く。錦糸町初登場という大月一若師匠は「河内十人斬り」でやくざものの兄と可憐な妹を演じわけ、流行歌の一節も織りこみながら観客を物語の世界にぐいぐい引きこんでいく。そんな語りを支える演奏がまた、すごい。河内音頭にベースを入れるのは比較的新しい試みなんじゃないかと思う。ベースのおかげで自由度が増したギターは、単音でポリリズムをくり出していたかと思うと、音階を舞うようにかけあがり、クライマックスではファンキーなリズムを刻む。ときにハワイアンのようでも、アフリカン・ミュージックのようでもある。圧倒された。

それと比べると、「大阪総踊り」にもゲスト出演していた井筒家小石丸師匠のバックはぐっとおとなしめ・・・と思ったのだが、聞いているうちにベースにレゲエ~ダブっぽいものを感じて引きこまれた。ギターが比較的シンプルなリズムに徹しているのは、ベースと三味線に自由な場を与えるためかもしれない。どことなく、ユーモラスな寄席芸的感触のある語りも楽しい。しまいには御大自らエレキ・ギターを手にロック色の強い演奏を披露。サービス精神満点の素晴らしいステージだった。続く生駒家一夫師匠はだみ声で唸るところもあるのだが、どこか物腰柔らかで女性的なところがあった。墨田区長が大阪に出張したときも、わざわざ挨拶に来たとか。そういう人間性がステージにも表れるんだな。

Tsukasaya
出演者のなかで最も強い印象を受けたのが、司家征嗣師匠である。年代もののフルアコをかかえ、だみ声で唸る姿はブルース・マン・・・そう、ジョン・リー・フッカーのようだ。顔つきも声も、窮地に追い込まれたわが国の首相に似ている。いや、それはおぼっちゃま首相が粋な庶民の世界を真似しているのであって、役者が違う。語り唸るその立ち居振る舞いから、目が離せなくなった。ちなみに、このあたりからベース・ギターの姿が消える。やはり、ベースの導入は、河内音頭では比較的新しい試みなのだろう。

Narutoya
続いて登場した鳴門家寿美若、トリの鉄砲光丸両師匠は、どちらも民謡的なのびのある声で、大師匠の貫禄たっぷり。観客の拍手もこの二人がひときわ大きかった。前者の方がでーんと構えて「どうだ」っていう感じ。門下に内輪であおがせる姿も何となくナイジェリアの大物エベネザー・オベイあたりがやったら似合いそうな演出だ。後者は師匠・光三郎ゆずりの色気というか、歌舞伎役者のような艶があって、これはこれで魅力的。バックは若い人中心で、特に激しく太鼓を打ち鳴らすモヒカン頭の若者が印象に残った。

Tettsupo
濃厚な世界を堪能しました。

これからの音楽が「ローカルからローカルへ」だとしたら、東京やその衛星都市である横浜はどうなるのか。中心としての役割を終えたメトロポリスは文化の場としての力を失ってしまうのか?そんなことはない。東京をローカルに解体すればいいのだ。東京を錦糸町に、浅草に、新宿に、八王子に解体してしまえばいい。そんなローカルのひとつが、河内という別のローカルと出会う・・・ぼくが言うまでもなく、そんなことがもう28年も行われてきているのだ。

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2009年8月23日(日)

2009_08_23shintasoba今日のラーメン:「ねぎそば(780円)」@福野町『真太そば』
駅前に美味しいラーメン屋があると教えてもらって、行ってみた。鶏白湯かとも思ったが、やはり豚骨を基本に魚ダシを加えたものだろう。とはいえ、何かの味が突出することなく合わさっている感じで、ぼくは好き。それでいて、ネギがたっぷり加わっても負けてはいない。ちょっと粉っぽさが残るところも悪くない・・・★★★+

昨日はさすがに飲みすぎた。いろんな人に「昨夜のことおぼえてます?」と聞かれた。おぼえてますよ・・・おぼえてますとも・・・(宿のことで実行委員の方々にご迷惑をおかけしました。ゴメンナサイ)

今日はなんと言ってもチウォニソのライブ。昨夜飲んでいたとき、「トラディッショナルな音楽をバンド・スタイルに直すとき、トーマス・マプーモはホショのリズムをハイハットで置き換えました。あなたの新しいアルバムはそれとも違うのに、トラディッシナルな響きがありますよね?」と聞いたら、「そうね。でも、よく聞いてもらえれば、どこかに(別の楽器で)ホショのリズムが入っているのがわかるはずよ」という答えが返ってきた。やっぱり、意識して新しいサウンドをつくろうとしていたんだな。「でも、明日のライブはもっとクレイジーよ、フフフ」とインタビューのときと同じ不敵な笑みを浮かべた。さて、どんな音が飛び出すか。

とりあえず、演奏がはじまるまで多田さんと飲む。多田さんには今日、車を運転してもらわなきゃならないし、ぼくも助手席で飲んでいるわけにはいかないから、今のうちに飲みたおしてしまおう。1時をまわったら飲まないといっていたのだけれど、ついモツ煮が恋しくなって『円城』へ。ビールをぐいぐい煽りながら、内臓のかけらを口に放りこむ。美味い。とろけるようだ。タッパウェアに入れてもって帰りたい。

ほろ酔い気分で、メイン会場の円形劇場ヘリオスへ。すでにスキヤキ・スティール・オーケストラの演奏がはじまっていた。1995年にスキヤキから誕生したスティールパンのグループ。揃いの衣装に身をつつみ、華麗なステップを踏みながら、優雅でダンサンブルな演奏を披露。スティール・バンドの演奏って、あまり生で聞く機会がなかったんだけど、倍音が重なっていくとホーン・セクションのような迫力のある音になる瞬間があって、すごくスリリングだ。そして、メンバー一人ひとりが音楽を楽しみながら、観客を楽しませるエンターテイナーとしてステージに立っている。これは地元の小中学生は憧れちゃうな。大きくなったら、スキヤキでスティール・ドラムを叩くんだ!このイベントがやってきたことの大きさを実感した。

次に登場したのは、カメルーンの女性歌手カレース・モチオ・フォツォさん。イマジネイティブな演出を交えながら、ギターやパーカッションの弾き語りを聞かせる。ときおり、日本語の説明が流されるものの、もちろん歌詞はわからない。子守唄のような、胸がしめつけられるような、切ないメロディーの曲が多かった。でも、他の女から取り戻した彼とキスする歌(日本語)なんかもあって、んちゅんちゅとキスの音を出してみせるフォツォさんはかわいらしくて、セクシーで、ちょっとドキドキした。爪弾いたり、ときに激しく叩いたりするギター・スタイルも魅力的。

そしていよいよ、チウォニソ登場!考えてみれば、ハラレのブック・カフェで見たのはいつもムビラとパーカッションだけのスタイルで、フルバンドの演奏を聞くのは今日がはじめてだ。最初にムビラだけで一曲披露したあと、バンドが登場。メンバーは半分がアメリカ人で、みんなごっつい。ドーンと始まった演奏も、重量感があって安定している。その演奏に負けないのが、力強いチウォニソの声だ。チウォニソの魅力はもちろんムビラもあるけど、何といってもこの声だと思う。それはジンバブウェのトラディッショナルなスタイルを受けつぎながらも、どこかソウルフルで、喩えるならローリン・ヒルのような、ぴんと張り詰めた凛々しさがある。しかも、以前は内側に向かいがちだったそのパワーが、今は外側に解き放たれている。切なさや悲しみや苦々しさといったものはなくならないが、今の彼女はそれをパワーとして人びとと分かち合おうとしている。ぼくのなかのそういうものが、チウォニソの声に揺り動かされてポジティヴな流れになる。演奏はCDとも違うアレンジで確かに「クレイジー」なのだが、そんな彼女のパワーをサポートしこそすれそいだりはしない。カルリーニョス・ブラウンのようなラテン・ファンクもあれば、ドラムがセカンド・ラインのようなリズムを叩く曲もあったが、どれもチウォニソそのもの、あるいはチウォニソとバンド(+ゲストのサカキマンゴーさん)、チウォニソと観客の間にある空気そのものだ。涙が出そうになった。

ステージが終わると、多田さんも涙をこらえていた。言葉がなかった。

Finale

会場の外に出ると、フィナーレがはじまっていた。演奏者が手に手に太鼓を持って、狂乱のリズムをたたき出す。踊るもの、写真を撮るもの、ただ呆然と眺めるもの。演奏を終えたばかりのチウォニソ一行もそこに加わった。ああ、どうせなら小さなパーカッションを何か持ってくるんだった!演奏はどんどん熱くなっていく。どんどんどんどん高揚していく・・・でも、これが終わったら、祭りは終わりなんだな、と思うと切なさがこみ上げてきた。こんな思いは久しぶりだ。演奏が終わったとき、これから1年長い休符が入っただけなんだと自分に言い聞かせ、スタッフのみなさんや出演者、知り合いに挨拶して、多田さんの車に乗りこんだ。

富山を離れる前にひとつやっておかなければならないことがある。かの有名な黒いラーメン、トヤマブラックを食べなければ。多田さんの友人で富山出身の木下さんに、トヤマブラックの有名なお店に案内してもらった。

2009_08_23menhachi今日のラーメン②:「ラーメン」@小杉『めん八』婦中町店
色は黒いが思ったほど(というか、全然)からくない。むしろ醤油の旨味や香ばしさが前面に出ていて食べやすい。太いけどプルンとした食感のめんは独特。もっと塩辛い店もあるようだが、マスコミが興味本位でとり上げるそういう店よりも、ここのほうが富山県民のおすすめらしい。たしかに美味い。癖になる味だ・・・★★★+

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2009年8月22日(土)

2009_08_22enjyo今日のラーメン:「中華そば・大(600円)」@福野町『円城』
小さな町の定食屋のラーメンがこんなに美味いとは!あっさりしたスープにざく切りの玉葱がのっている。スープ自体にも玉葱の甘さが出ている。細めの縮れ麺もよく合っている。脂は少し多めだが、悪い感じではない。大盛は普通盛と100円しか違わないのにすごい量!富山最初のラーメンがこれとは、ついてる!・・・★★★+

E1743844スキヤキ・ミーツ・ザ・ワールドに参加するため、富山に来た。

目の覚めるような農村の風景。どこまでも緑の稲穂が波打っている。高い木立に囲まれた蔵屋敷が、リズミカルに点在する。険しい山が緑のグラデーションを描きながら幾重にも続くなか、ふもとから立ちのぼる水蒸気が全体を包むクリーム色のベールのなかに消えていく・・・日本の原風景に近いような、それでいてヨーロッパのどこかにもありそうな。懐かしいような、それでいて未来の出来事のような。運転はもちろん地図を読むこともできないのに、助手席に乗り込んでここまで来てしまった。運転席の多田さんに悪いので、せめて寝ないようにと思っていたのだけれど、夜明け前に1時間ほどウトウトしてしまった。後部座席で目を覚ましたスズちゃん(小5)に、「寝てたでしょ」と笑われた。

スキヤキ・ミーツ・ザ・ワールドは富山県南砺市で毎年行われているイベント。もう19年も続いている。「ワールド・ミュージック」が一時期の勢いを失うなか、地方から世界の音楽を発信し続けてきた人たちがいる。恥ずかしながら、スキヤキをはじめとするこうした動きを最近までほとんど知らなかった。ぼくの知らないところで着実に続けられてきた地方発信の試みが、大きな実を結びつつある。パリ、ロンドン、東京といったメトロポリスを飛びこえて、ローカルとローカルが出会う可能性がそこにはある。しかも、今回のスキヤキにはチウォニソが出演するという。ジンバブウェの歌姫が東京も大阪も飛びこえて、南砺だけにやってくるのだ。悔しいけど、これこそまさに「ローカルからローカルへ」、新しいワールド・ミュージックの在り方かもしれない。

そんななか、スキヤキでチウォニソにインタビューするという話をいただいた。願ったり、叶ったり。

朝6時からやっている温泉で汗を流したあと、車はこじんまりとした田舎町にすべりこんでいった。メイン会場(福野文化センター・ヘリオス)近くの定食屋『円城』で腹ごしらえ。開店前だったのだが無理を言って入れてもらった。「モツ煮とラーメンぐらいしかできないですよ」「それでいいです!」 早くもラーメンにありつけるとは。ラーメンもモツ煮もすこぶる美味い。特に全く臭みのないモツ煮は絶品。口のなかでとろけるようだ。あとで、スキヤキ・プロデューサーののニコラさんが「美味しいラーメン屋さんがありますよ」と紹介してくれたのもこの店だった。

チウォニソは以前ハラレで見たときよりもかなりふっくらしていた。セクシーというよりも母親のような穏やかな表情。その変りように驚く。「今日質問させていただきます。ハラレであなたの演奏を何度も聞きに行きました」「そうなの!それじゃあ、ずいぶん前・・・5年ぐらい前になるかしら?」 チウォニソと交わした最初の言葉だ。シンポジウムでは松平くんが、わかりやすく簡潔にジンバブウェの歴史と風土を紹介。そのあと、不肖ワタクシが登場して、チウォニソに質問した。インタビューの内容は→チウォニソ・インタビュー@スキヤキ・ミーツ・ザ・ワールド(ぼくの質問は意味が伝わる範囲で実際よりも簡潔にしてあります)。通訳を通してのインタビューで、質問の意図がうまく伝わっていないところもあったけど・・・それは次回の課題ということで。インタビュー終了後、客席からもたくさん質問が出て、有意義なシンポジウムになった。

シンポジウムが終わり、ほっとしてビールを飲みはじめる。パレードを追いかけて第二会場の福野南砺市園芸植物園に特設されたフローラル・ステージへ。会場内には屋台が並んでいて村祭りのような雰囲気。多田さんとビールを買ってステージ前に座りこむ。サムルノリを聞いていたときにはまだ落ち着いていたのだが、サカキマンゴーさんの白目カリンバがはじまったあたりから辛抱たまらなくなり、ウキウキ踊りだした。ビールを買ったついでに、電気で光るミッキーの耳を手に入れ、はしゃぎすぎのオッサン完成。チウォニソと松平くんが出てきて、マンゴーさんとトラディッショナルなスタイルのムビラ音楽をやりはじめたのを見て、1、2、3でアホに到達する。そのまま3、3、3、3・・・とアホが直らなくなった。最前列真ん中で踊っているマビ・マンジの横ににじり寄り、負けじとドタバタ踊りまくる。アホアホ状態はピーター・ソロの演奏になってもおさまらず、息を切らしながらもグリグリしたり、ピョンピョンしたり、身体が動かなくなると駆けずりまわったりして、サイバーひらQに進化。そのまま、メイン会場に戻って飲み続けた。そして、何と、憧れの人チウォニソとビールを飲みながら話をするという夢のような体験をした。ハラレのブックカフェで見たときには、ピリピリとした孤独な緊張感を漂わせていて、とても話しかけられるような雰囲気ではなかった・・・そういうと、チウォニソは「そうね。あのころは離婚したりして、すごく悪い時期だったから」 なんて率直な人なんだろう!スズちゃんに「まだ飲んでるの?」と怒られながらも、まわりの人たちにチウォニソと話せた嬉しさをぶちまけつつ、夜中まで飲み続けた・・・ (写真はチウォニソ+泥酔サイバーひらQ)。

Chiwonisome_2

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2009年8月20日(水)

Alternative_music石田昌隆さんの『オルタナティヴ・ミュージック』(ミュージック・マガジン、2009)を読み終わった。石田さんは写真家としてさまざまなミュージシャンのポートレイトを手がける一方で、独自の視点で音楽を捉える文章を書かれている。この本は『ミュージック・マガジン』連載中の「音楽の発火点」をはじめとする石田さんの仕事に書き下ろしを加えて、ミュージシャンのポートレイトとキャプションという形でまとめたもの。扱われている音楽は石田さんの出発点であるレゲエやパンクをはじめとして、「ヒップホップハウステクノレイヴマッドチェスターオルタナティヴ・ロックダブブリストル・サウンドドラムンベース、世界各地のワールド・ミュージック」(412)と幅広い(個人的には、クラブ・ミュージックに疎いので、すごく勉強になった)。そこに共通するのは、単なる音の羅列ではなく、音楽が有機的に動きだすメカニズムを見定めようとする姿勢だろう。「ぼくが惹かれる音楽には必要条件がふたつある。まず、音楽として魅力的であること。それから、歴史的、政治的、社会的状況が逃れがたく反映されていて、それが存在理由となっていることだ」(284)。だから、石田さんはカメラを持って、音楽が動きだす現場にのりこんでいく。それはアフリカ音楽の本場はアフリカだから・・・というような「本場」に対する信仰とはまったく違う。むしろ、石田さんが訪れる場所は、マージナルな場所に吹きだまった未知数の何かがぶつかりあって、新たな求心力が生まれる現場である。「音楽とは、人間のなかに本来内包されているノマド性を掘り起こすことによって成り立つ表現ではないか。それが長年音楽を聴き続けてきたうえでの確信である」(388)。

しかし、そうしたぶつかり合いが生み出す求心性は、ややもすると生まれたときの危うさを失い、動きのない中心に固まってしまう。ワールド・ミュージックが一時期の勢いを失ったのも、そのことと関係があるのではないか・・・と思うことがある。例えば、ユッスー・ンドゥールについて石田さんが書いている次のような文章に、ぼくは共感してしまう。

「ユッスー・ンドゥールの最高傑作は『セット』だとする意見が多く、ぼくも基本的には異存はない。しかし、年月が経るにつれ、"Sound D'Afrique, Vol.1"で初めて「Jalo」を聴いたときの感覚が愛しく感じられるようになってきたというのが偽らざる気持ちだ。セネガルという、まだ行ったことのない遠い国から発せられていた初期の乾いた歌声に、かけがえのない美しさを感じる」(187)

もちろん、聞き手がユッスーの音楽に慣れてしまったということもある。しかし、パリのような「中心」に身をおくようになるにつれ、ユッスーの音楽のなかで渦巻いていた化学反応が行儀よく整理されてしまったように感じるのはぼくだけだろうか。それは、ユッスーだけじゃない、サリフ・ケイタにしろ、パパ・ウェンバにしろ、同じだ。それは彼ら一人一人が良心的に音楽に向き合っていればいるほど、そうなってしまうような気がする。

だから、もうメトロポリスに集まるのはやめにしようじゃないか、ローカルとローカルが直接結びついて化学反応を起こせばいいじゃないか・・・というのがぼくの意見。実際、そういう動きが近年、ワールド・ミュージックを再活性化していると思う。というわけで、明後日から、そんな試みのひとつであるとぼくが勝手に思っているスキヤキ・ミーツ・ザ・ワールドに行ってきます・・・って、最後は書評でも何でもないな。書評にかこつけたぼくの「中年の主張」でした。

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2009年8月13日(木)

20090813161301
横浜の寿町といえば、東京の山谷、大阪の釜ヶ崎と並び称される有名なドヤ街である。JR石川町北口を出て数分歩くと、町の様子がガラリと変る。「ドヤ」と呼ばれる簡易宿泊所が、覆いかぶさるように影を落としている。所狭しと並ぶ小さな窓。最近は宿賃の安い「ホステル」として外国人のバックパッカーにも人気があるらしいが、町全体に漂う倦怠感は隠しようがない。そんな寿町で毎年フリーコンサートが行われていることは知っていたのだが、横浜に住んでいながら行ったことがなかった。今年で31年目というのだから驚く。過去には喜納昌吉じゃがたらボ・ガンボスソウル・フラワー・ユニオンといった錚々たる面々が出演している。

会場は職安前の広場。飲酒禁止の掲示にもかかわらず、アルコールと体臭が混ざったような臭いはそれが守られていないことを示している。屋台でビールを買って、すえた臭いのなかに身を溶けこませる。多田さんと合流したあたりで真黒毛ボックスの演奏がはじまった。ホーンセクションに加えて、アコーディオンやチンドンまでいる大所帯のバンド。泥臭い音はパワフルで、ビールがすすむ。「中国の工場で働く娘・・・」と叫ぶヴォーカルに先導されて、たたみかけるような演奏がはじまる。集団即興よろしくホーンセクションがぶりぶりぶりと上り下りするなか、観客も上へ下への大騒ぎに。かっこいい・・・寿町で生まれた子供たちによるバンド=Kotobu☆ Kidsに続いて、マイノリティ・オーケストラの登場。アコーディオン、ドラム、サックス、トランペット、トロンボーンという編成でクレズマーのような音楽を演奏する女性5人組(今回はトロンボーンが欠席)。アコーディオンは鍵盤なしのバンドネオン。あんな難しい楽器をあんなに楽しそうに演奏するなんて。ポコポコとコミカルな音を出すドラマーもかっこいい(スパイク・ジョーンズを思い出した!)。次第に人が集まりはじめる。前のほうに若い人たち、後ろのほうに町の住人であるおっちゃん・おばちゃん。アルコールが入ってご機嫌になったのか、中には若者に混ざってフリースタイルで踊るおっちゃんもいる。

満を持してあがた森魚さん登場。「ビー・マイ・ベイビー」をやるとは意外。でも、あがたさんの震える声が、甘酸っぱい曲によく合っている。あがたさんの声にはマッチョなところがほとんどないのに、なぜこんなにパワフルなんだろう。ズカズカと土足で入るわけでもなく、どうもすいませんとヘンに卑屈になるのでもなく、人の心にするっと入ってくる。バンドもシンプルなのに、どうしてこんなに圧が強いのか・・・そして、NHKのテレビ番組で紹介されているのを見て以来、ぜひ見てみたかった遠峯あこさん。アコーディオンを弾きながら「野毛山節」をはじめとする民謡・俗謡などを歌う。テレビで見たときには弾き語りに近かったのだが、今回はフルバンド編成。思った以上にパワフルな演奏で、会場の熱気はいよいよ最高潮に。選曲が選曲だけに、後ろに陣取ったおっちゃんおばちゃんたちも、じんわりと盛り上がっているのがわかる。くすんだ色の建物に囲まれて、色鮮やかなステージが観客一人ひとりの孤独な心を開く。危うく泣きそうになったけど、悲しかったんじゃない。

最後は南正人さん。フォークの神様的な人なのかと思ったら、ぶっといブルース・ロックだった。南さん本人はどこか飄々としているのだけれど、声は力強い。もう、この辺になるとぼくもいいかげんアルコールがまわってきて、会場外の屋台でたこ焼きをつまみながら、ブルース肴に飲む態勢。となりに座った寿町住人のおっちゃんと話をしながら、温めてたまるかとずるずるビールを飲みほす。「携帯の番号、教えてくれよ」というおっちゃんに、「いや、女の子にもめったなことじゃ教えないですから」などと嘘を言ってごまかす。「ドヤにいるとすごく寂しいんだよ」というおっちゃんの目を、まっすぐ見ることができなかった。あの窓一つ一つにはそれぞれの孤独がひざを抱えているのか。

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2009年8月12日(水)

2009_08_12tatsunoki今日のラーメン:「すっぱつけ麺(700円)」@天王町『めん処 樹』
以前食べたときと比べると酸味がまろやかになっているような気がする。梅を入れなくなったせいだろうか。黒胡椒がきいているので、酸っぱいだけでなく刺激もあり、夏には食欲をそそられる。スープ割りすると胡椒が多くて少し辛い。自家製麺は以前にも増して美味い。この麺だけで食べる価値あり・・・★★★★

Img394プリンス主演の映画『パープル・レイン』(Purple Rain、ロバート・キャバロ監督、1984)を見た。前にも書いたように、熱狂的なファン以外でプリンスの映画を褒めている人を見たことがない。同タイトルのアルバムとともに大ヒットしたこの映画も例外ではない。それでも、ここでは「不遜で孤独なミュージシャン」という役柄と現実のプリンスのギャップが小さいせいか、殿下の大根役者ぶりにゲンナリさせられることはあまりない。よくある話ではあるのだが、けっこう楽しめる。

ポルノグラフィックなラヴ・ストーリーに織りこまれているのは、プリンス演じるキッドと父親の葛藤である。ミュージシャンとして成功することができなかった父親は、毎晩のように母親を殴りつける。ライバルのプロデュースするグループに引き抜かれた恋人アポロネアを殴りつけたとき、キッドは自分自身のなかに父親の姿を見たはずだ。自分も父親のように才能を浪費し、失意のなかで年を取っていくのではないか・・・ミュージシャンとしての才能を否定されるたび、そんな不安が頭をもたげる。そんななか、父の自殺未遂によって、キッドはいよいよ追いつめられていく・・・こうした葛藤の物語には、自身ミュージシャンの息子だったプリンスの個人的体験が反映されているのだろう。追いつめられたキッドが心を開いて、拒絶していたメンバー作の「パープル・レイン」を演奏する、という結末も、かつては作詞作曲から演奏まですべてを一人でこなしていたプリンスが、仲間のミュージシャンと共同で音楽をつくるようになっていくプロセスを辿っているようでもある。

ともあれ、この映画でいちばん魅力的なのがプリンス&ザ・レヴォリューションの音楽であることは言うまでもない。「イマイチぱっとしないミュージシャン」という設定に無理があると思えるほど、音楽もステージングも素晴らしい。ライバル・グループとして登場するザ・タイム(これはこれでかっこいい)の音楽がより標準的なファンクに近いのに対して、プリンスのそれはもっと型破りだ。ビート自体が全然違うのだ。ファンクでも、ソウルでも、ロックでもない・・・なおかつ、それらすべてでもある。でも、ザ・タイムの音楽をプロデュースしたのも殿下自身であることを考えると、プリンスは意識して自分の音楽を「ちょっと違うもの」として、標準的なファンクと対比させていたのかもしれない。

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2009年8月8日(土)

2009_08_08sakura今日のラーメン:「醤油ラーメン(650円)」@西荻窪『麺創房 さくら』
一口食べただけで煮干の苦味と旨味が口に広がる。スープには背脂が控えめに浮いているが、脂の多さはそれほどでもない。ただ、塩味が強すぎるのだけは何とかしてほしい気がした。麺はプリプリとしていて美味しい。あとで調べたら、『光麺』出身とのこと・・・★★★+

休みだったのでつい、アイス食べすぎた。

Okataisuke_2
西荻窪『のみ亭』に岡大介くんのカンカラ演歌を聞き行ってきました。今回は大阪からやってきたチンドン+アコーディオンの母子、華乃家さんとの共演。居心地の良いお店で、例によってビールを飲みまくりながら、ステキな音楽を楽しみました。

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2009年8月4日(火)

Img364プリンス監督・主演の映画『アンダー・ザ・チェリー・ムーン』(Under the Cherry Moon、1986)を見た。熱狂的なファンを別にすると、プリンスの映画をよく言っている人を見たことがない。この映画も公開当時からケチョンケチョンに貶されていたような記憶がある。確かに、自らの妖しいジゴロぶりに陶酔しきった殿下の姿はとても演技と呼べるようなものではないし、やたらとすっ飛ばすくせにところどころ妙に説明的になる展開も「良くできている」とはいいがたい。

でも、見ているうちにだんだんと、この映画はそうやって見るものではないのかもしれないと思いはじめた。ゴージャスなクラブで金持ちのマダムを口説き落とす冒頭のシーンからして、40年代に流行ったクラブ映画を思わせるものがある。ルイ・ジョーダンキャブ・キャロウェイといった当時の売れっ子ミュージシャンを抜擢してつくられたクラブ映画は、申し訳程度につけられた筋書きではなく、演奏やダンスを提供することに主眼があった。この映画も、ジゴロが金持ちの少女にほだされ愛を貫く・・・という陳腐な筋書きではなく、音楽とそれが導きだす世界観を楽しむべきなのかもしれない。長いプロモーション・ビデオのような感じがするのはそのためだろう。

とはいえ、クラブ映画の80年代版として片付けるには、危うい部分が多すぎることも確かだ。プリンスは人種・階級・性差といったさまざまな境界を越え、自らのアイデンティティを曖昧にすることによってスターになった。フランスの高級リゾート地で行われている金持ちのパーティに忍び込むクリストファーと相棒のトリッキーは境界線を越えるだけではなく、派手な服で相手の目を眩ませたり、フォーマルな服で擬態したりすることによって、自らのアイデンティティを曖昧にする。「すべては遊びだ」「仕事はしていない。やっているのは趣味だけだ」といったクリストファーの言葉は、何者にも回収されることを拒否したプリンス自身の姿と重なる。

アイデンティファイされるのを拒否することによって聴衆に強烈なインパクト(違和感)を与えたという点で、プリンスとマイケル・ジャクソンはよく似ている。ただ、大きく違うのは、いくら拒否しようとしても、アイデンティティを強要する境界というものが世の中に存在し続けているということを、プリンスは見失わなかった。マイケルだってそんなことはわかっていたはずだ。でも、彼はナイーヴにもそれを無視しようとした。プリンスはアイデンティティを曖昧にしながらも、自分がどちらの側にいるのかはっきり意識していたと思う。クリストファーが「金持ちは俺たちからいろいろなものを奪った。だから俺たちも奪ってやろう」と金持ちの娘を連れ去るとき、ぼくは彼がプリンス自身が選んだペルソナであることをさらに強く意識するのだ。

プリンスの世界観に身を委ねると、思いのほか心地のよい映画だと思う。

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2009年7月31日(金)

この一週間ぐらいの間に、Yahooオークションで石田一松のSP盤をいくつか入手した。なかでもうれしかったのはタイヘイレコードから発売されていた「のんき節」と「男なら」のカップリング盤。一松のSPというと戦前のものがほとんどなのだが、これは戦後であることが歌詞からわかる。一部聞き取れないところもあるが、歌詞を掲載しておくと・・・

Nonki当選するにはしましたけれど
貧乏はやっぱり つきまわる
選挙費用の借金を
返しております のんき節
ハハ のんきだね

夜の目も寝ずに 選挙の運動で
さぞや疲れたことでしょう
さいわい当選したやつは
議会でゆっくり眠れます
ハハ のんきだね

相手の議員を殴り飛ばして
殴り返して 袖もいで
罪にならないそのわけは
正当防衛でございます
ハハ のんきだね

おいらは貧乏でも ほんとにけっこうだよ
日本が独立できたなら
そうだよ まったくだと宿無しどもの
話が○○○○ ○○○○○
ハハ のんきだね

文化人だと威張っているが
うわべばかりじゃ なんにもならぬ
洋食食って 栄養食べるが 文化人ならば
アメリカの九官鳥も文化人かいな
ハハ のんきだね

人間の拳闘は許してあるのに
犬の拳闘は許すなと
動物愛護会でおっしゃるそうな
人間愛護会はどこにある
ハハ のんきだね

1番で一松自身の選挙運動のことが歌われているから、少なくとも衆議院議員に当選した1946年以降の録音だろう。乱闘国会(1954年、警察法改正をめぐるものが有名。ただしこのときには一松はすでに国会を去っている)や独立(1951年、サンフランシスコ講和条約)といった内容からすると、もう少し後のものかもしれない。2番は『社会評論』1936年6月号の記事にも載っているし、6番の歌詞は戦前からくり返し歌っている。○○○としたところは、よく聞き取れない。みなさんも聞いてみて、わかったら教えてください(→MP3)。

他には、戦前(あるサイトによれば1932年)、ヒコーキレコードから発売された「モンパリ/浜辺の歌」。「モンパリ」は1927年、宝塚歌劇団によって上演された日本初のレヴュー『モン・パリ -吾が巴里よ-』の主題歌。元々はレヴューを演出した劇作家・岸田辰彌の訳詩で「うるわしの思い出 モン・パリ」として発売され、10万枚を超える売り上げを記録した。一松は歌詞を微妙に変えて「石田一松・訳詩」ヴァージョンとして歌っている(内容自体はあまり変らない。権利の問題があったのだろうか?)。それにしても、書生節の一松が「モンパリ」とは意外。B面の「浜辺の歌」は「あした浜辺をさまよえば~♪」ではなく、鳥取春陽作の別の曲。

あと、もう一枚、「中禅寺湖心中(上)(下)」。デュエット相手として名前が記されている石田文子とは、一松が若いころに同棲し、いっしょに流しもしていた女性「二三子」のことだろう。『闘った「のんき節」』によれば、一松を追って広島から上京した二三子は、若き日の演歌師を陰で支えながら、芸者出身という理由で結婚を反対され、静かに身を引いた(一松はその後、別の女性と結婚)。二人はそれ以前に1925年の「復興節」をはじめとして、「春の夢」「凋んだ花」「新関の五本松」などの録音を残している。ということは、これもそれら同様、一松最初期の録音ということになる。それにしても、のちに心ならずも別れることになる二人が、心中ものとは穏やかではない。

追記(1):聞きとれない部分について、4番が

我々は貧乏でも とにかく結構だよ
日本にお金の 殖えたのは
さうだ!まつたくだ!と 文なし共の
話がロハ臺で モテてゐる
ア ノンキだね

という歌詞を元にしたものであるというご指摘をいただきました。ちなみに「ロハ台」とは金のかからない「只」=ロハの台ということで公園のベンチなどを指す言葉らしいのですが、ここではそうは聞こえない。そこの部分を何と歌っているのか、いろいろ考えたのですが、「地下道」とも聞こえます。だとすると、「宿なしども」が議論をする場所としていかにもふさわしい。【さらに追記】「街角」とも聞こえます。

(2)戦後、タイヘイレコードが再建されたのは1950年。しかも、同社は翌51年に「タイヘイ音響」と改名、52年には米マーキュリーレコードと専属契約を結び、53年、日本マーキュリー株式会社になっています。レーベルを良く見ると、TAIHEI ONKYO CO. LTD., NISHINOMIYAと書かれています。ということは、「のんき節/男なら」のSPは51~52年に録音・発売された可能性が高い、ということになります。

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2009年7月30日(木)

2009_07_30washo今日のラーメン:「中華麺(700円)」@三軒茶屋『めん 和正』
動物系のしっかりしたボディに魚系のダシがたっぷり加わった極上スープ。少し味が濃いような気もしたが、塩味よりも旨味が強いのでぐいぐい飲める。あっさりしたスープと脂の混ざり具合もいい感じ。やや平らな感じの縮れた麺もコシがあって美味しい。細いのに噛みごたえのあるメンマもグー・・・★★★★

Dscf8946_2スズメバチに刺された。

ベランダにスズメバチが巣を作っているのは知っていたのだが、まさかぼくの部屋に一匹紛れ込んでいようとは。右手中指の第二間節をちくりとやられた。一晩アイスノンで冷やして寝たから腫れはひいたが、怖くて自分の部屋に入れない。二回刺されると、穴開きしーナントカで頭にパカッと穴が開いて(←まちがい)、ショック死することもあるらしい。

駆除業者の人が来てくれたので一安心。今のところ激越な症状は表れていないし。最近、キイロスズメバチが大量発生ししているらしい。Rさんの話では、自然破壊によって天敵のオオスズメバチの数が激減したのが原因だという。なるほど、そういうことだったのか。生態系のバランスというのは微妙なものだ・・・

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ゆっくりり@三軒茶屋GuruGuru。今日は三人編成なのでチョット寂しかったけど、ゆったりした雰囲気でビールを飲みながら音楽を楽しみました。共演の夢中遊泳もかっこよかったです。

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2009年7月20日(月)

51xdjbkvyl__ss500_平岡正明黒人大統領誕生をサッチモで祝福する』(愛育社、2008)を読み終わった。『ミュージック・マガジン』などに書かれた文章を読んでいる程度で、ましてや面識があるわけではないのだが、平岡正明さんには「豪腕」というイメージがあった。極真空手の有段者だったからでも、革命家を自任するラディカルだったからでもない。例えば、この本の冒頭、「一九〇〇年、三遊亭圓朝が死に、ルイ・アームストロングが生まれた。したがってジャズは落語の生まれかわりであります」の言葉通り、志ん生の落語「首ったけ」でお気に入りの娼妓と喧嘩して吉原の遊廓を飛び出した男が、いつの間にかニューオリンズの紅灯街ストーリーヴィルに紛れ、伯母の経営する売春宿「マホガニー・ホール」でピアノを弾きながら「ペーズン・ストリート・ブルース」を作曲するスペンサー・ウィリアムズを呼び込む・・・筒井康隆ジャズ大名』のような飛躍した話を、それでも納得して聞かせてしまう腕力が、ぼくに「豪腕」のイメージを抱かせたのだと思う。つい、「聞かせてしまう」と書いたが、それは論理的に整理して「読む」ことを拒否する、ジャズのアドリブのような文章だ。そのため、「あまり論理的な文章ではない」(Wikipedia)などと批判されることもあるようだが、余計なお世話だろう。ここにあるのは論理というよりも、物語である。そして、物語でしか再現しえない論理もあるのだ。焼け野原だった桜木町の駅前にトレーラーを止めて蜜柑を食べながらバップを聞いていた黒人兵・・・といった鮮烈な記憶が、目の前で起こっている現実の前に投げ出される。「豪腕」という(ぼくが勝手に抱いた)イメージとは裏腹に、すごく繊細で自由な語りなのだ。

個人的に印象に残ったのは、サッチモもバラク・オバマも仮面をつけて人種差別社会に対応する現実主義者であるという、シェルビー・スティールオバマの孤独』の「つまらない結論」に対して反論した次の部分である。

「第一に、サッチモやマイルスのジャズは仮面ではない。
第二に、道化の戦闘性を否定することは、少数派、差別されている者の武装解除だ。
第三に、仮面をつければこそ真実を語ることができるという芸術の本質への無知である」(83)

「第二」と「第三」については、その通りだと思う。だとするなら、「第一」は「ジャズもまた仮面だ。それの何が悪い」でよかったのではないか。書き方はともかくとして、書いてある内容はこのところぼくが考えてきたのと同じことだ(拙論「黒人ミンストレルの虚構性と演技する力」参照)。平岡さんの死によって、ご本人にそのことを確認することはできなくなってしまったけれど・・・改めてご冥福をお祈りします。

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2009年7月19日(日)

Niji
なげやりの練習をするため、新宿へ。新宿駅を降りると、だれもがいっせいに空を見上げている。写メを撮っている人もいる。なんだ何だ?UFOか?と思って見ると、大きな虹がくっきりと半円を描いていた。ごみごみした新宿の街を包み込むような、堂々とした虹だった。思わず、ぼくもカメラを向ける。

よどんだ空気のなか、座り込んでジュースを飲んでいるオッサンの横をすり抜けてスタジオへ。ロックンロールの塊になる。ようやく、ガタガタ言っても声が嗄れないようになってきた。「ゴリゴリ2009

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2009年7月18日(土)

2009_07_18rasta今日のラーメン:「ラーメン」@代々木『らすた』代々木店
日吉本店と比べると、見た目からして違う。スープの色が濃いのだ。食べてみると、予想通り、かなり醤油の味が濃い。豚骨スープ自体の濃厚な味わいは十分出ているが、やっぱりもう少し薄味の方が食べやすいかも。固めのコシがある麺は本店ゆずりで美味しい。やはり、味の濃さが残念・・・★★★

Iochiking
代々木laboにイオチキングのライブを見に行った。イオチキングは今、ロック・バンドとして最高に脂がのりきっている。シンプルで力強いロックンロールに、ヨシワラくんのギターがキラキラとした色彩を添える。演奏の充実ぶりに嫉妬すら感じた。打ち上げに参加してビールを飲みまくり、結局、イオチくんの家に泊まった。おじゃましました~。

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2009年7月17日(金)

Neverland
ミュージック・マガジン』8月号に、萩原祐子さんがマイケル・ジャクソンの追悼記事を書いていた。そのなかで、萩原さんは「彼はけっして世間で言われたように"白人になりたい黒人"ではなかったんじゃないかと思う。白でも、黒でも、何色でもない人になりたかったのではないか」(56)と書いている。前に書いたとおり、ぼくも同じ意見だ。晩年のマイケルが見せた白い顔は白人社会であれ何であれ、何かに受け入れてもらいたいというサインではなく、拒絶のメッセージ、空白の象徴であるようにぼくには思える。彼は何ものにもなりたくなかった。人種差別社会で大人になることが、自分の人種的アイデンティティを受け入れることであるとするなら、それを拒否するマイケル・ジャクソンは一生子供のピーターパンでいるより他なかったのだ。だから、マイケルは「自宅に広大な"ネヴァーランド"を建設し、大人になることを拒絶し、時を止め、無垢な子供たちとの夢の空間に閉じこもろうとした」(57)。そんなマイケルの曖昧なアイデンティティ(というよりもアイデンティティの拒絶)を、アメリカ社会が受け入れるはずはない。お前は白人なのか、黒人なのか?子供なのか、大人なのか?男なのか、女なのか?そのどちらでもないのなら、お前は異常者だ!マイケル・ジャクソンに対する執拗なバッシングは結局、アイデンティティを特定しない人物に対する不安の反映だったのではないか。

一方、ピーター・バラカンさんは7月4日付けの朝日新聞で、白人のビデオしか流そうとしなかったMTVに風穴を開けたマイケルの功績を認めながらも、「肌の色が白くなっていくに従って、マイケルの音楽には『黒さ』が失われていった」と語っている。ぼくもいわいる「黒っぽい」音楽が好きで聞いてきたし、少し前ならバラカンさんの言葉をすんなり受け入れることができただろう。でも、今は音楽の「黒さ」について、いくつかの疑問を投げかけずにはいられない。そもそも、音楽が黒いとはどういうことか?アフリカ系アメリカ人の音楽は常に変化し続けてきた。にもかかわらず、そこに「変っていく同じもの」、変化を貫く「黒さ」があるとするなら、それが何なのかはっきりさせなければならない。そうでないなら、「マイケルの音楽は黒くない」という発言は単なる好みの表明でしかありえない。それ以上に疑問なのは、マイケルは「黒く」あり続けなければならなかったのか・・・ということである。マイケルが「黒く」あり続けることに興味がなかったとするのなら、彼の意思に反して「黒く」あるべきだと言う権利が誰にあるだろうか(もちろん、バラカンさんは「黒くないから悪い」という表現は周到に避けているが)。

マイケル・ジャクソンがスター街道を邁進していたのとちょうど同じころ、イギリスでは若いアフリカ系の芸術家たちが、人種的イメージに挑戦する試みを行っていた。例えば、イングリッド・ポラードは『田園間奏曲』(1984)で、典型的なイギリスの田園風景のなかにアフリカ系の人物を置くことで、強烈な異化作用を生み出そうとしている。

「ウォークを余暇とし、桂冠詩人の詩的感興を奮い立たせたレイク・ディストリクトを歩いたことがある人であれば、いやそうでない人も含めて多くのイギリス人は、この写真を見ると、なにか落ち着かない奇妙なイメージだと思うだろう。写真から感じられるあたりの冷気、灰色の曇天、古い石垣、遠くに見えるまばらな木立、一眼レフ・カメラ、防寒装備、そういったものすべてが、ここにただひとりいる人物とそぐわない。なぜここに黒人女性がいるのか。これは奇妙だ、見たことがない」(萩原弘子『ブラック 人種と視線をめぐる闘争』、194-5)

黒人青年マイケル・ジャクソンが個人所有のディズニーランド、アメリカ主流文化の粋を集めた大豪邸のなかにいるのを見ることは、イングリッド・ポラードの作品がイギリス人に与えるのと同じ違和感を見るものに与えただろう。ほんの数十年前まで黒人の子供は遊園地に入ることも許されず、メリーゴーラウンドにジム・クロー・カー(黒人専用車)はないのかと問いかけなければならなかったのだ(ラングストン・ヒューズの詩「メリーゴーラウンド」)。もちろん、ポラードが戦略としてわざとやっているのに対し、マイケルはナイーヴさからそこにはまり込んでしまったという違いはある。そして、アメリカ社会の人種偏見はナイーヴな境界侵犯で乗り越えられるほど甘くはなかった。

「アイデンティティ」という仮面を拒絶したマイケル・ジャクソン。拒絶せずにはいられなかったのだ。ぼくはあんたらが思っているような「マイケル・ジャクソン」じゃない。ましてや、「黒人青年」なんかに回収されない・・・でも、やっぱり彼は仮面をかぶることを恐れるべきではなかった。いくつもの仮面をつけかえて、敵を煙に巻くべきだった。例えば、同時代に活躍したプリンスは、自己イメージの氾濫のなかに身を隠した。しまいには読むことすらできない記号をアイデンティティとして差し出した。そんなに俺が何者か知りたいなら、これをやるよ!(もちろん、冗談だけどね!) アフリカ系アメリカ人は、黒塗りミンストレルに活動の場を求めた黒人芸人以来、そうした仮面のつけかえの長い伝統を持っている(拙論「黒人ミンストレルの虚構性と演技する力」参照)。その意味で、マイケル・ジャクソンは「黒さ」を失ったといえるかもしれない。そして、それはぼくにとって残念なことだ。進んでいるように見えて実はバックしているムーンウォークのように、マイケルには観客を煙に巻いて欲しかった。

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2009年7月14日(火)

2009_07_14tenhou今日のラーメン:「ラーメン(醤油)」@六本木『天鳳』
店先には「札幌」の文字がおどる(本店は札幌ラーメン横丁にあるらしい)が、一押しメニューは醤油。ちょっと苦味があるような奥深い味は、札幌というよりも旭川のラーメンに近い。よく縮れた中太麺はかなり硬めに茹でられていて、ラーメン好きにはたまらない味わい。チャーシューはかたいが、これは好みだろう・・・★★★+

東京ミッドタウンのジャズ・クラブ『ビルボード・ライブ東京』で、ブルース・ブラザーズ・バンドのライブを見た。ダック・ダンマット・ギター・マーフィもいないメンツをブルース・ブラザーズ・バンドと呼べるのか、そもそもジョン・ベルーシの死後四半世紀以上もの間、「ブルース・ブラザーズ」として活動するのってどうよ・・・といった疑問にも関わらず見に行ったのは、スティーヴ・クロッパーがギターを弾くのをこの目で見てみたかったから、というに尽きる。それさえあれば、何でもいいよ・・・と思っていたのだけれど、ショーアップされた(悪ノリともいう)ステージに心躍り、気がつくと重たい身体をクネクネくねらせながら、「ハディハディハディホー」のかけ声に山びこよろしく答えていた。そして、御大スティーヴの演奏は・・・とてもゆるい。でも、かっこいい。譜面上だけのことを言えば、スティーヴ・クロッパーの弾くフレーズは、ちょっとギターの上手い人なら弾けるだろうと思う。でも、こうして目の前で御大のギターを聞くと、もう何もかもが違う。音のぶっとさ・・・それもある。でも、それだけじゃない。存在感というか、空気感というか。次のフレーズにいくときのふわっとした間というか。「スウィート・ホーム・シカゴ」でシャフルのなかに三連をぶちこむとき、もう一人のギターリスト(フュージョン畑の人らしい)が「ズジャッチャツチャズジャッチャツチャ」みたいに小気味良くカッティングで入れるのに対し、御大は低音弦を「ズジャジャジャズジャジャジャ」みたいな感じでベタに野太く弾いていた。これがまたかっこよい。いっしょに行ったギターリストのイノウエさんは、ステージのうえの御大と握手をしていた(ぼくはできなかった!スタックスのTシャツ着てアピールしてたのに!)。その手でギターを弾くと、いつもとは違う音がするよ、きっと!


↑1994年ニューオリンズでのライブ。このときはまだダック・ダンもマット・マーフィもいます。

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2009年7月12日(日)

2009_07_12saitamaya今日のラーメン:「つけ麺(500円)」@神保町『さいたま屋』神保町店
関西の人がよく真っ黒い東京のうどんを見て「醤油入れてるだけ」というようなことを言うが、それを本当につくってしまうとこうなるだろう。鰹だし?は出ているが、こんなに塩辛くてはそれも意味がない。第一、つけ汁が出てきてから麺が出てくるまで2分以上もかかるっていうのはどういうことなんだろうか。評価できるのは値段だけ・・・★★

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花のように見せかけて、何かのスイッチに違いない。

今週もまた、神保町へ。『ジャニス』でCDを大量レンタル。『カフェ・ルーゾのアマリア・ロドリゲス』があったのには驚いた(何でもあるな、ここは!)。石田昌隆さんが『オルタナティヴ・ミュージック』で紹介していて、ぜひ聞いてみたかったのだ。家に帰って聞いてみると、石田さんも書いていた通り、観客の咳払いやグラスのぶつかる音まで入っていて、会場の様子を生々しく伝えている。曲間をはしょったりしていないのもいい。1955年のリスボンにいたら、間違いなくアマリアの歌と酒に溺れるな。

その足で『富士レコード』へ。石田一松のSP盤を2枚入手。一枚は「露営の夢/戦友の別れ」。戦時下に録音された「時局小唄」で一松本来の姿とは言いがたいが、自ら望んでのことかどうかはともかくとして、こうした歌を数多く録音したことを、原爆で家族を亡くした戦後の一松がどう思っていたのか・・・という問題を考えるうえで重要な資料ではある。もう一枚は「生活戦線異常あり/いやじゃありませんか」。ジャズ・バンドの伴奏で録音されたコミック・ソングで、これは素直にうれしかった。「生活戦線異常あり」(1930)は『西部戦線異状なし』を文字ってつくられた、添田唖蝉坊・最後期の作品。

春が来た来た 春が来た 春が来て草木も芽が出たに
俺の目は凹んだおかしいぞ ヨワッタネ 生活戦線異常あり

またまたデパアトの屋上から 若い男が飛び降りた
この世がイヤだと飛び降りた ヨワッタネ これは精神に異常あり

当局に睨まれること必至、一松と亜蝉坊の反骨ここにあり、といった作品である。「いやじゃありませんか」のほうは、「ドリフのほんとにほんとにご苦労さん」なんかにも影響を与えているはずだ。

Img330半蔵門線に乗ってワールド・ミュージック専門のレコード店、渋谷宮益坂の『エル・スール・レコード』へ(ここで、お知らせ・・・チキリカのCD『Boo Booo. . .』を『エル・スール』に置いてもらえることになりました。販売価格は850円)。西アフリカ・ベニンのファンクを収録したオムニバスと江州音頭のニューウェイヴ(?)・月乃家小菊のマキシシングル『踊れ大阪総おどり/気持ちヨホホイホイ』を購入。後者はバックをつとめる「月乃家会」の演奏が素晴らしい。以前、河内音頭や江州音頭が西洋楽器を入れてワールド・ミュージック界に殴り込みをかけたころと比べても格段の進化をとげている。特に、三味線とギターのポリリズミックなからみ、太鼓とベースが一体になってくり出すリズムの説得力が素晴らしい。関東では錦糸町周辺と『エル・スール』だけの販売です。ばかジャケ度の高さにも惹かれます。おすすめ。

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2009年7月11日(土)

Img326映画『ソウルビート・ストリート』(Good To Go、ブレイン・ノバック監督、1986)を見た。今さら?と言われるかもしれないが、ゴーゴーを聞きなおしている。地元コミュニティと結びついた「いなたい」音楽を求めるうちに、チャック・ブラウントラブル・ファンクを思い出した。どたんどたんと垢抜けないビートをくり返すゴーゴーは、どこか村祭りを思わせるローカル色強い音楽で、地元ワシントンDC以外ではほとんど大きな成功を収めなかったというのもうなずける。それだけに、それ自体地元密着のメタファーになりそうな、跳ねているのに重心の低いビートが気になってしかたがない・・・そんななか、石田昌隆さんの新刊書『オルタナティヴ・ミュージック』に、「ゴーゴーは今でもヴィヴィッドな音楽だと感じてしまう」(145)という文章を見つけて嬉しくなってしまった。そこでも紹介されているゴーゴーのライブてんこもりの映画がこれだ。

ゴーゴーの一時的流行にのって作られた(おそらく低予算の)映画なので、ストーリー映画としての深みは求めるべくもない。すっかり禿げあがったアート・ガーファンクル扮する新聞記者ブリスが、警察からの情報を鵜呑みにして書いたニセ記事の真相を求めて悪徳刑事ハリガンと対決する。レイプ殺人に関わったとして追われる身となった兄の無実を信じるリトル・ビートは、ブリスの真摯な態度に接して次第に心を開いていく。よくある「ヒューマン・ドラマ」だが、登場人物それぞれの背景がほとんど描かれていないので、行動に必然性が感じられない。リトル・ビートはなぜブリスが信頼できる人間だと認めたのか。ブリスは何がきっかけで自分のなかの人種差別に気づいたのか・・・全く見えてこない。「環境の犠牲者」なんて言葉は、それがどんな「環境」なのか一人ひとりの人生に即して描き出さなければ説得力を持つはずがない(それにしても、陳腐なセリフだけど)。まあ、この映画にそんなことを期待するのは、ないものねだりというものかもしれないけど・・・

結局、この映画の魅力は、音楽のカッチョよさ、ゴーゴーの背景となるワシントンDCの黒人街の雰囲気が捉えられているということにつきる。それは・・・素晴らしい。映像というのは恐ろしいもので、言葉が上すべりしているときでも泥臭い現実を伝えてしまうことがある。犯罪と隣りあわせで生きる人びとの生活と、そのなかに占める音楽の位置がイメージとして伝わってくる。陳腐なストーリーはそこに犯罪、人種差別、腐敗といった「名詞」の枠をはめてしまう。そこから一回きりの「動詞」としてはみ出す部分を、生々しい映像から垣間見ることができる。

↓ この人・・・

チキリカのメンバーに欲しい・・・

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2009年7月10日(金)

Wizダイアナ・ロス主演のミュージカル映画『ウィズ』(The Wizシドニー・ルメット監督、1978)を見た。『オズの魔法使い』をオール黒人キャストでミュージカル化し、トニー賞7部門を受賞した舞台(1975)の映画版である。

夢と現実のはざまで明けていくオズの国の朝。背景美術の素晴らしさに引き込まれる。くすんでいながら鮮やかな色彩には、グラフィティなんかにも通じるキッチュな感覚がある。スラムの廃墟、地下鉄、摩天楼・・・といったニューヨークのイメージが、もともとインダストリアルな国のチープなファンタジーである原作に不思議な生々しさを与えている。ドロシー(映画では24歳の設定になっている)を当時34歳のダイアナ・ロスが演じることに違和感はあるものの、それも予想していたほどではない(舞台では二十歳そこそこのステファニー・ミルズが演じていたのだから、無理があることは否定できないが・・・まあ、ダイアナ・ロスはそもそもカマトトだからね)。

それよりも素晴らしいのは、「かかし」役のマイケル・ジャクソン。うまく歩けない詰め物のかかしを演じながら、なおかつ華麗なステップを踏むという離れ業ができるのは、この人を置いて他にいないだろう。晩年の彼からは想像できない、豊かな表情に魅了される。母親キャサリンによれば、思春期を迎えるころから持ち前の天真爛漫さが影をひそめ、次第に引きこもりがちになっていったというマイケルだが、少なくともこの時点ではそうしたナイーヴさが演技や歌に良い影響を与えている。そして、このころのマイケルは「キング・オヴ・ポップ」ではない。黒人コミュニティーの息子だ。のちに人種を超えたスターになっていったことが良いことだったのか、悪いことだったのか、ぼくにはわからない。ただ、そのなかでこの映画に見られる何かが始まるようなウキウキとした感じを、豊かな表情とともに失ってしまったのはとても残念だ。

音楽や踊りに加えて、敵から逃げまわるドロシー一行のドタバタぶりもコミカルで楽しい。ひらげは根が子供なのでこういうのを見ると、キャッキャと手を叩いて喜んでしまう。それでいて、西の魔女イブリーンの工場でこき使われていた人びとがみすぼらしい服を焼き捨て踊りだすシーンなんかは、どこか奴隷の解放を思わせる。出演者には他にもレナ・ホーンリチャード・プライヤーらが名を連ねていて、アフリカ系スター総出演の感がある。監督が『十二人の怒れる男』のシドニー・ルメットだというのも驚き。

追記:ダイアナ・ロス扮するドロシーとマイケルかかしが黄色いブリック・ロードを踊りながら歩いていくシーンを見て何か思い出すものがあると思ったら、チャップリンの『モダンタイムス』のラスト、チャップリンと当時の奥さんだったポーレット・ゴダードが手に手を取って旅立っていくシーンだった。あの、何かがはじまる、不安だけどウキウキした感じ、それも似ているんだ。

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2009年7月7日(火)

2009_07_07com_pho今日のラーメン(?):「スパイシーフォー(780円)」@渋谷『コム・フォー』渋谷店
ベトナムやタイのお米の麺はやはりラーメンとは別物だと思う。とはいえ、辛いものもパクチーも大好きなひらげは、ときどき無性にエスニック系の麺が食べたくなる。今日はたまたま渋谷でベトナム料理のお店を見つけたので入ってみた。「スパイシー」とはいえ、タイ料理とはかなり違った味わい。これはこれでけっこういける・・・★★★+

Kikyo0707
桔梗渋谷屋根裏。4月に活動を再開したばかりの桔梗だが、このライブを最後にしばらく活動を休止するとのこと。残念。そのせいか、いつもにも増して気迫の感じられる演奏だった。レスポールの機嫌も直ったみたいだし。会場に中学生の息子がいたことも、なげやりくんの緊張感を高めていたのかもしれない(MCもいつになくキリリとしていたけど、あれも父親モード?)。終演後、少年は父親の演奏を真似して、エアギターをかき鳴らしていた。演奏をはじめる日も近いな。今後については、「桔梗」(スリーピースのロックバンド)という形をとるかどうかはさておき、この音楽はいずれ何らかの形で結実するだろうから心配していません。その日を楽しみにしています。

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2009年7月5日(日)

2009_07_05hirugao今日のラーメン:「塩ラーメン(700円)」@東京『ひるがお』(東京ラーメンストリート)
『せたが屋』の昼の顔である本店はもちろん、新宿御苑店さえ未体験だったのだが、「東京ラーメンストリート」出店でついに行ってきた。でも、期待が強すぎたのか、「こんなもんかなぁ」という印象。無化調のスープは塩味も控えめで、旨味甘みが前面に出ている。パリッとした麺も美味しい。でも、強い「インパクトには欠けるような・・・★★★+

久しぶりに御茶ノ水→神保町→水道橋を散策。明大通りを下り、人気お笑いコンビ、オードリー命名の由来となった(異説もあるようだが)スープカレー屋を横目に、靖国通りを左へ。大型音楽レンタル店『JANIS』でCDを借りる。エイプリル・フール、ファー・イースト・ファミリー・バンド、井上陽水、マイケル・ジャクソン×2、ミュート・ビート、小玉和文、不破大輔、プリンス×2、カシミア・ステージ・バンド、計11枚。

靖国通りを神保町方面に引き返し、古書店に群がる古参のオタクたちを観察しながら(←お前もじゃ!!)、古書センター9階の『富士レコード社』へ。SP盤が並んでいるここなら、石田一松をはじめとする書生節のレコードが置いてあるかもしれない。ところが、実際に行ってみると、あんまりたくさんありすぎて、どこを探せばいいのかサッパリわからない。流行歌?だろうか・・・でも、一松の「のんき節」は寄席芸でもあるわけだし・・・それに流行歌はポリドール、テイチクなど会社ごとに分類してある。一松のレコードがどこから何枚出ていたのか、SP時代のことは資料もなく、はっきりしたことはわからないのだ。降参して店員さんに相談する。「書生節のレコードを探してるんですけど・・・」というひらげの訴えを受けて、店員さんはSP盤の山に埋もれるようにしてしゃがんでいるおばあちゃんに声をかけた。この方こそ誰あろう、富士レコード社の名物社長(大正12年生まれ)であるということは、あとでわかった。「書生節?鳥取春陽やなにかかしら?」「春陽もいいですが、ぼくは石田一松さんが好きで・・・」「あら、じゃあ『のんき節』はお持ち?」「いえ、それが持っていないんです」 おばあちゃん・・・いや社長は若い店員にも指示しながら、SP盤の山を探しはじめる。「書生節はね・・・」「(期待に目を輝かせながら)はいっ」「なかなか出ないんですよ・・・」「そうですか・・・」 しばらくすると店員さんが「時事小唄 のんきだネ」のSPを取り出してきた。「名人会寄席の夕」と題した浪曲物真似・前田勝之助とのカップリング盤である。「むこうでお聞かせして」社長の指示でSPがプレーヤーに運ばれる。

出囃子とともに一松登場。「しばらくご辛抱を願います。名人会のなかへ入りまして、ばかばかしい歌を一つ二つ歌わしていただきます・・・」 おおおっ!一松の録音はいくつか持っているが、漫談まで入っているのは初めてだ。軽妙なトークをはさみながら、披露したのんき節は

Nonkidaneポスターを貼るのも結構ですけど
貼っていけない場所がある
氷屋さんの店先に
買いだめするなと書いてある
ハハ のんきだね

スパイを気をつけ
そもそもスパイは
どちらがスパイか人間か
ちょっと区別がつきかねる
スパイは諸君のなかにいる
ハハ のんきだね

昔やなんでも晦日払いで
しかも売る方が礼言うた
今では何でも現金で
しかも買う方が礼を言う
ハハ のんきだね

発売年は不明だが、どれも戦時色強まる時勢を反映した内容で、反骨の演歌師・石田一松の面目躍如である。寄席のスタイルで録音したせいか、今までに聞いたどの録音より歌もヴァイオリンも生きいきとしている。スパイの一節は国の方針に従っているように見せながら、漫談で「スパイと人間は同じ動物ですから、どれがスパイで人間だか区別がつきません」とまぜっかえす。結局、美人に限って外国人と付き合いたがる、おかげでこちらは「廻りが悪くなってくる」という卑近な愚痴で落としている。「スパイは人間じゃないらしいね?でも、外国人にぶら下がる女でも美人なら人間の方に入れておきたいだろう?」と言っているようにも聞こえる。現金払いについての一節は、『のんき哲学』のなかで戦後の社会について同じようなことを書いていた。

それにしても、一松はこうしたレコードをどれくらい出しているのだろう。「SP時代はどんなものが何枚出たといったリストはないんでしょうかね」「ないのね。とてもたよりない世界なんですよ」「やはり一枚一枚集めていくしか・・・」「あとは昔の広告を見るか」「ああ、何が出ていたはずだって言うのはわかるわけですね」「そう。とてもたよりない世界なの」 社長は最後にすぐ近くにある系列店の場所と、古書センター内にある落語カフェに寄席芸関係の資料があることを教えてくれた。「でも、面白いところに着眼なさっているわ」 中古レコード業界の生き字引にお褒めの言葉をいただいて、意気揚々と神保町の町にくり出した。

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2009年7月4日(土)

2009_07_04daifukuya今日のラーメン:「重厚中華そば(730円)」@赤羽『大ふく屋』
『天下一品』かと見まごうどろりとしたスープは濃厚。豚骨をベースとしながらも、煮干の香りが全体を強く支配する。野菜もかなり使っているらしい。今までにないバランスのスープだ。硬めに茹であがった麺、太いが柔らかいメンマ、しっかりしたチャーシューなど、すべてに抜かりがない。ラーメンの神様、ステキな出会いをありがとう・・・★★★★+

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浅草木馬亭に岡大介さんと小林寛明さんのカンカラ演歌を聞きに行った。岡さん(カンカラ三線/ギター/歌)と小林さん(ラッパ二胡/二胡)の『かんからそんぐ 添田亜蝉坊・知道をうたう』は演歌/書生節が本来持っていた若々しさ、清新さ、反骨とセンチメンタリズムを現代によみがえらせた傑作だ。今回の出演者は『かんからそんぐ』をレコーディングしたメンバー・・・いやがおうにも期待は高まる。会場は単館上映専門の映画館ほどの広さ。場所柄、観客の年齢層は高めである。年配の方7割、比較的若い人が3割(ピチピチギャルやチャラ男はいないが)といったところか。開場前、後ろに並んでいたおばあちゃんが「でも、亜蝉坊なんて、年寄りしか知らないだろう?」と言っていた。それが知ってるんですよ~、へへ。固い椅子に座って待つこと30分、「東京節」の演奏にのせて幕が開いた。おおおっ!ここでワタクシ、ひとつ勘違いしていたことに気づきました。小林さんの担当する楽器は「ラッパ二胡」だったのですね。「ラッパと二胡」だと思ってました(「ラッパ二胡」は中国の弦楽器・二胡のボディを金管にした楽器。驚くべきことに、手作りではなく既製品だという)。素晴らしい演奏にのせて、岡さんは添田親子の名曲をはじめとする演歌/書生節を次々と歌っていった。さらに、岡さんのルーツであるフォークソングや、ドリフの「いい湯だな」、春日八郎「お富さん」、岡晴夫(←岡さんのおじいちゃんだというのは・・・嘘です!)「あこがれのハワイ航路」も披露。どの歌も岡さんらしいひたむきさがあふれている。小林さんとの軽快なトークも快調。自然と笑みがもれ、音楽に参加したくなる。前の席のおばあちゃんが懐かしい歌を口ずさみはじめる。身体を揺らす人、手拍子を叩く人、声援を送る人。これだよな・・・音楽って。いいタイミングで子供の笑い声が響いたのも偶然ではなくて、音楽が楽しかったんだよ。感動とともに、自分の音楽についても考えさせられました。素晴らしい時間をありがとう。

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2009年7月3日(金)

チデジカに負けるな!アナログマTシャツゲット!
Analoguma
アナロ熊の歌」 ←かなり切ない。

Img317キャサリン・ジャクソンマザー:ザ・ジャクソン・ファミリー・ストーリー』(Mother: The Jackson Family Story、1990、小林禮子訳、扶桑社、1990)を読みおわった。ジャクソン・ファミリーのお母さんが家族の歴史を語った本。母の話にマイケルとラトーヤ以外の兄弟姉妹が補足的な説明をさしはさむという構成になっている。

マイケル・ジャクソンが気になる。あれだけ嫌いだった『スリラー』すら買ってきてしまった。マイケルが突然の死を迎える前にそう言っていたら、予言者的な嗅覚を認められていたかもしれない。今となっては後づけの感は免れないが、マイケルの死には単なるゴシップ以上の意味があるような気がしてならない。全米を代表するスーパースターとして、すべての夢をかなえたかのように見えた男が、なぜあんな不幸な死を迎えなければならなかったのか。そんなのはプレスリーやマリリン・モンローのころから変らない、ショウビズの裏話じゃないか、と言われればその通りかもしれない。でもやっぱり、気になるのだ。晩年のマイケルの表情をなくしたような顔と数々の奇行。奇行も過剰なサービス精神の表れにすぎないなら、酔ったときのひらげと同じで罪はない(?)のだが、マイケルのそれは強烈な「拒絶」の臭いがした。すっかり白くなった顔を見て、「マイケルは白人になりたかったんだよ」という人もいるが、ぼくにはそうは思えない。だったら、何でせっかく手に入れた白い顔を黒いマスクで隠してしまうのだ。表情を失くした白い顔は白人社会であれ何であれ、何かに受け入れてもらいたいというサインではなく、拒絶のメッセージ、空白の象徴であるようにぼくには思えた。彼は何ものにもなりたくなかった。白人、黒人・・・それどころか、「自分」でいることすら拒否したのだ。

そんななか、この本を読んだ。マスコミが書きたてたマイケルのスキャンダルのひとつに家族との不仲がある。この本が書かれた背景には、そうした噂を一掃するという意図があったのだろう。このころ、ジャクソン家の娘のひとり、ラトーヤがジャクソン家に関する暴露本を書いたばかりだった。キャサリンはラトーヤの裏切りはもちろん、夫ジョーの浮気が原因で離婚寸前まで行ったこと、モータウンから独立する際にジャーメインと他の兄弟に確執があったことなどを認めている。ただ、そうしたトラブルはどこの家庭にも起こりうることだ。この本に書いてあることをすべて信じるわけではないが、貧しい子沢山の一家が音楽で夢をかなえるサクセス・ストーリーに不自然さはない。厳しく躾けられた反発から子供たちが父ジョーから距離を置いているなどといわれることもあるが、がんこなジョーの姿は大勢の子供を食べさせていかなければならない父親としてはごく普通のものだろう。そして、特に男の子の場合、大人になってから父親との距離をうまくとることは、どこの家庭でも難しいものだ。ささいな諍いはあったとしても家族は家族であり、それがマイケルの「拒絶」の原因になったとは考えにくい(マイケルの遺言書が見つかって、マスコミはまた父親に遺産を残さなかったことを書きたてている。ぼくがマイケルでも同じことをしただろう。誰が浮気癖のある父親に一生かけて稼いだ金を任せるものか。どのみち母親に残した金は父親のためにも使われることになるのだ)。

問題はマイケル自身や家族よりも、マスコミやオーディエンスにあったと考えるべきだろう。この本にもマイケルが根拠のない報道に悩まされていたことがくり返し書かれている。あることないこと書きたてるマスコミというのは今にはじまったことじゃない。ただ、ぼくが気になるのはなぜ、アメリカのマスコミはマイケル・ジャクソンをあれほど執拗に攻撃したのか、ということである。晩年、奇行をくり返すようになる前から、マスコミはマイケルを「異常者」であるかのように描いてきた。ぼくにはどうしても、そこに人種的なバイアスがかかっているように思えてならない。マイケルは黒人、白人を超えた幅広いオーディエンスに受け入れられた最初の黒人ミュージシャンだった。ジャクソン5として活躍していた70年代はもちろん、80年代ですらアメリカのショービズの世界にマイケル・ジャクソンのような存在はいなかった。しかも、マイケルはディズニーランドやクラッシックな内装といった白人メインストリームの文化が大好きで、私生活をそうした「黒人らしからぬ」装飾で派手に演出した。オーディエンスの多くはそんなマイケルを眩しく思いながらも、どこか強烈な違和感を抱いていたのではないだろうか。乗っていたロールスロイスを盗難車と決めつけられて逮捕された話はその意味で象徴的だ(306)。当時はまだ黒人の若者がロールスロイスに乗るのは「異常」なことだったのだ(今だってわからないが)。だから、そうした行動がマイケルの精神的異常さの表れであるというマスコミのストーリーが説得力を持ってしまったのではないだろうか。そんなマスコミやオーディエンスに対し、パブリック・イメージを保つことに疲れてしまったのだろう。ある時期からマイケルは周到につくられた自分らしい仮面をかぶることを拒絶した。どんな仮面をつけようが、どうせ異常者の気の迷いとされてしまうのだ。

ロンドン公演でマイケルはもう一度自分らしい仮面、ステージの上の「マイケル・ジャクソン」を取り戻そうとしていたのかもしれない。でも、50歳のマイケルにその時間は残されていなかった。『スリラー』を聞いている。80年代の軽い音ではあるけれど、マッコサのリズムを使っていたりして意外と悪くない。改めて、ご冥福をお祈りします。

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2009年6月26日(金)

2009_06_26takaraya今日のラーメン:「つけ麺(850円)」@新宿『ラーメン たからや』
ちょっと甘めのタレは不味くもないが、特に美味くもない。縮れた太麺はコシも強くてかなり食べごたえがある。表面がつるりとしすぎているところは好みではないが、意外にもスープの吸いあげは良い。特筆すべきは炭火で燻したチャーシュー。香も強くて美味しいが、麺とのバランスを考えるとトゥー・マッチな感じも・・・★★★

マイケル・ジャクソンが死んだ。

実感がわかないのは、昨日まであんなに元気だったのに・・・というのとは逆に、マイケルが生きているという実感をすでに失っていたからだろう。こんな言い方は不謹慎で残酷だとわかっているのだけれど、ジャクソン5のころの笑顔を失って、どんどん「カオナシ」のようになっていくマイケルに生きた人間の姿を見ることは難しかった。「スリラー」以降、ソロ・アーティストとして成功したマイケルの音楽が、ぼくはどうしても好きになれなかった。ロボットのように精巧なエンターテイナーとしてのそれは、何重もの演技のなかに生々しい男の精子臭さを垣間見せるプリンスのステージとはまるで違うものだった・・・マイケルには特定の「顔」がない。それが彼を80年代を代表するアーティストにしたのだろう。じゃあ、ジャクソン5のころのマイケルはどうだったのかというと、そこにはやっぱり「子供らしい笑顔」という仮面をつけたマイケルしかいなかった。個人的にはソロになってからの音楽よりも、ジャクソン5の方が断然好きだが、それはあくまでも好みの話。仮面をつけているという点ではあまり変らなかった。晩年のマイケルは無意識に「仮面を一切はずしてしまったらどうなるのか」という実験を行っていたのかもしれない。誰しも仮面をつけて生きている。「素顔」ほど人工的なものはない。マイケルはその人工的なものを通して、イヤらしい人間の存在(プリンスの精子臭さのような)に近づくことはなかった。

マイケル、ほんとうにおまえは死んだのか?

そんななか、元シーズのヴォーカリスト、スカイ・サンライト・サクソンが、25日朝に亡くなったことを知った。マイケル・ジャクソンの死に全米が騒然とするなか、ひっそりと姿を消すなんていかにも彼らしい。シーズの代表作のひとつに「キャント・シーム・トゥ・メイク・ユー・マイン」という曲がある。男の情けなさを描きだしたという点で、ビーチボーイズ「だめな僕」、ジョン・レノン「ジェラス・ガイ」と並ぶ名曲である。あんまり素晴らしいので、大学時代、「なげやり」というバンドで「つれないあの娘」としてカヴァーしたことがある。今聞いてみても原作の素晴らしさと、それを的確な日本語にする自分の才能にうっとりする(←・・・)。その「なげやり」は去年再結成したばかりだ。

偉大なるガレージ・パンクの先駆者のご冥福をお祈りしたい。

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2009年6月21日(日)

大学時代にやっていたバンド「なげやり」、再結成後二回目のリハ。関西在住のため不参加のカルちゃん(キーボード)に代わり、同級生のナカサくん(演奏経験なし)が参加。無茶は承知で人柄重視・・・バンドやりはじめた頃って、こんな感じだったよね。でも、けっこううまくいったし。それにしても、21世紀に入ってこのバンドをやるとは思わなかったなぁ(笑)。 「Don't Look Back 2009

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2009年6月20日(土)

2009_06_20tishyoken_maruichi今日のラーメン:「もりそば(700円)」@赤羽『大勝軒 まるいち』
少しとろみのある濁ったスープは、『大勝軒』の売りである煮干よりも動物系のダシに重点を置いたつくり。つけ麺のタレとはいえ、かなり酸味が強い。例によって麺の量が多いということもあって、食べ終わる頃には喉が渇いてしまう。チャーシューはたっぷり入っているし、サービス万点ではあるのだが・・・★★★

昔つくった曲のデモ録音をつくりはじめた。ギターもへたっぴだし歌も入ってないけど、ディスクがいっぱいになっちゃったので今日はここまで。

ナカヤマくん(子育てと仕事で年内バンド活動休止)の代役に大先輩のガブンさんを迎えてのチキリハ(チキリカ・リハーサル)。次回のライブは10月11日(日)高円寺Showboat に決まりました。ナカヤマくんとはまた違うノリで、南半球系バンドの新たな一面をお見せすることができそうです。対バンは都立大時代のお仲間=イオチキングくるくるファンタジーです。

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2009年6月18日(木)

2009_06_18banraiken今日のラーメン:「ラーメン(500円)」@調布『萬来軒』
終戦直後からありそうな古くて小さいお店だが、白いペンキが塗りたくられた店内は意外とこざっぱりしている。こうした店にありがちな柔くてコシのない麺。スープは昔懐かしい醤油味だが、不自然な旨味が強いような気も。お酒も飲めそうなので、飲んだ後に食べると美味いかもしれない・・・★★★

Automama
スミハラくんが激しい打ち込みトラックにのって叫び跳ねる、Automamaのライブ@三軒茶屋Heaven's Door。テクノは身体によい。スミハラくんのつくる音はとんがっていて、ぼくの弛んだ身体に突き刺さりそうだ。なのにこんなに心地よいのはなぜだろう・・・ブルースでもアフリカ音楽でもロックでも、名人になればなるほどどんどん意思が強く、エゴは弱くなっていく。それは丸くなるといったこととは違う。どんどん濃厚に尖りながら、エゴは消えていく。結果としてそれはアグレッシブでありながら、身体に優しい音になる・・・テクノも誰かの意志でつくられていることは違いないのだが、生身の身体でひっぱたいたり、ひっかいたりするのと比べると、おれがおれがというエゴは前面に出にくい・・・ような気がする。それはもしかするとアコースティックな音以上に自然音に近いのかもしれない。テクノとエコ、テクノと仏教画の相性がいいのもそのことと関係があるのかな。そもそもテクノに疎いぼくは、そんなことを考えながらAutomamaの尖った音に身体を任せていた。テクノは身体によい。

31772011岩尾光代『はじめての女性代議士たち 新しき明日の来るを信ず』(新風舎文庫、2006、1999)を読み終わった。戦後最初の総選挙は、日本で初めて女性に参政権が認められた選挙でもあった。その結果、39名の女性議員が衆議院に送り出される。彼女たちは思想も背景もさまざまだったが、それぞれに戦後日本で女性が政治に参加する礎を築いた。保守派の候補のなかには公職追放になった夫の代わりに立候補した者も少なくない。しかし、こうした「身代わり候補」であれ、彼女たちの運動が女性が政治に関わるきっかけとなったことは否定できない。そうした政治家の妻たちの多くは戦前から、夫の政治活動を見守るだけではなく、女性の地位向上にも関心を持っていた。保守派、革新派、その他泡沫政党の候補も含め、女性候補者たちはマッカーサーによって「与えられた」女性参政権を婦選運動の本流に位置づけたと言えるかもしれない。

女性代議士の誕生について何か読んでみようと思ったのは、石田一松はだか読本』の対談で異彩を放っていた京都府選出の代議士、大石ヨシエのことが気になったからだ。大石や東京大空襲ですべてを失ったなかから出発した山口シズエなど、新しい時代に「いっちょやってやるか!」と腕まくりして出てきた新鮮な候補の話は今聞いてもおもしろい。とりわけ労組の組織票がまだ固まっていなかった当時の社会党からは、名もなき候補が登場する余地があった。ぼくが興味を持ったのは、女性の政治参加以上にこの時代のこうした風通しの良さである。女性候補者に限らず、今まで政治に対してものを言えなかった人たちが、いっせいに口を開いた時代。それは一種祭りのようなものだったと著者はくり返し述べている。その後の選挙では採用されることのなかった「大選挙区連記制」(複数の候補者を連記して投票)という制度も新人に有利に働いたのだろう。

しかし、こうした時代は長くは続かなかった。連記制は最初の選挙のみで廃止される。日本を脱軍国化するために、女性参政権をはじめとする民主化政策を推し進めていたGHQも、冷戦のなかで大きく路線を変えた。レッドパージの嵐が吹き、逆に多くの公職追放者が政界に復帰する。やがて、保守合同、社会党の右派左派結集により55年体制が築かれると、選挙は組織票に依存した大がかりなものとなり、金も知名度もない一般人がおいそれと手を出せるものではなくなっていく。最初の女性議員39名もその多くが政界を去っていった。自殺疑惑に対し「そんなひきょうなマネはせん」と最後まで強気の姿勢を崩さなかった大石ヨシエも、1971年、愛知県の小さな村でひっそりと亡くなった。「日本の老人はかわいそうや」という言葉を残して・・・もちろん、彼女たちの歩みは引き継がれたし、その闘いは終わったわけではない。だが、一方で、忘れ去られた彼女たちを知ることは、戦後の日本社会が閉塞していく過程を追うことでもあるのではないかと思った。

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2009年6月17日(水)

2009_06_17yokatoko今日のラーメン:「博多とんこつラーメン(650円)」@横浜『ラーメン よかとこ』
店構えからして、あまりそそらない感じ。食べてみれば思ったほど悪くはないし、黄色い看板の博多ナントカとよりはよほどましだと思う。でも、スープは不自然な旨味が強いし、麺ももう少しコシが欲しいというのが正直なところ。もやしが入っているのは、この手のラーメンでは珍しい・・・★★+

ついに届いてしまった・・・「Oh! RADIO」 。涙が出るかと思ったら、そんなことはなかった。これが最後の録音?そうかもしれない。でも、PVを見ていたら、あの世っていうのは一種のパラレルワールドで、キヨシローは今も虫網片手にむこうで蝶を追っているような気がした。

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2009年6月14日(日)

2009_06_14mirakuen今日のラーメン:「塩ラーメン」@西八王子『味楽苑』
お世話になったお店のラーメンというのは悪く言いにくいものだが、ここのラーメンは本当に美味しかった。具はシンプルで奇をてらったところは何もない。しかし、スープはアッサリしていながらも色々な旨味がつまっている。かなり飲んでからの評価なので、あえて4星はつけないが気持ちはかなりそれに近い。今度素面で食べに行ってみよう・・・★★★+

西八王子の中華料理店『味楽苑』で行われたEncuentrosの演奏会にゲスト参加して、歌を歌ってきた。Encuentrosのケーナ奏者・清水さんに「ラーメン屋でライブをやるから、ぜひ『ラーメン・ブギ』を歌ってくださいよ」と言われたときには、どういうことなんだか、サッパリわからなかった。ラーメン屋は回転が命である。10数分ごとに入れ替わる客を相手に演奏をするのだろうか。あるいは演奏を聞くためにお客が長居をしてお店に迷惑をかけることにはならないだろうか・・・ところが、行ってみるとラーメン屋というよりは中華料理店で、何度も朗読会や演劇などのイベントをやっているらしい。それならばと意を決して、アンデス音楽の合間に「ラーメン・ブギ」と「はだか節」を歌った。相変わらずのヘタッピーな歌で、アンデス音楽を求める観客からレンゲや丼を投げつけられないか不安だったけど、おじいちゃんおばあちゃんから車椅子の身障者の方まで、ニコニコ笑いながら聞いてくださいました。その上、「ラーメン・ブギ~♪」と大合唱でコーラスまでしていただいて・・・ありがとうございました。清水さんはじめEncuentrosのみなさん(Encuentrosの演奏はもちろん、素晴らしいものでした)、『味楽苑』関係者のみなさん、観客のみなさん、幸せなひとときを共有させていただいたことに感謝します!

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2009年6月13日(土)

2009_06_13ishin今日のラーメン:「トマト冷製麺(900円)」@横浜『麺や 維新
ここはレベルの高い限定メニューを次々とくり出してくるので、目が離せない。今回はトマトを使った冷やしラーメン。写真ではわからないが、緑色の麺にはモロヘイヤが練りこんである。レタス、水菜、鶏肉、クルトン、粉チーズなど各食材のバランスもすごくいい。トマトを使った麺はけっこうあるが、これほど完成度の高いものは他にない・・・★★★★

Img313金子潔『演歌流生記』(新日本出版社、1987)を読みおわった。金子潔さんは長崎県出身の演歌師。不自由な足で全国を放浪し、街頭演奏で4人の子供(前妻との間にさらに子供がいる)を育てあげた苦労人である。石田一松とも交流があり、一松の伝記『闘ったのんき節』のなかにもしばしば登場する。しかし、個性という意味では当り前のことかもしれないが、録音に残された金子さんの演奏を聞くと一松とはずいぶん肌合いが違う。目から鼻に抜ける才気走った一松は、その歌声からも一種パンキッシュな狂気が感じられるのに対し、金子さんのそれは自然体で聞き手に身を任せているような感じすらある。ロシア民謡をはじめとするさまざまな音楽をレパートリーに取り入れ、うたごえ運動やフォークソングといった戦後の若者の音楽にも理解を示したのも、そんな金子さんの謙虚なあり方と関係があるのだろう。旅から旅の人生を綴ったこの本も、苦労を苦労と思わせない爽やかな語り口に、著者の実直な人柄が表れている。旅先で出会った女工や娼妓と逃げようとして袋叩きにあった話や、各地の演歌師との交流など、放浪への憧れをかきたてられずにはいられない(実際には辛いことのほうが多かったはずだが・・・)。息子の大学入試の時ですら、親子二人、演奏で資金を稼ぎながら山形から東京へ向かったというのだから、すごい。

金子さんは戦後、宇都宮で受けた空襲の体験、戦争を止められなかったことへの後悔から、共産党の支持者になる。共産党系の出版社から出されていることもあって、本書の後半で金子さんが語る内容は、共産党の主張の枠にカッチリはまっていて、正直、面白くない。共産党が戦後の政治のなかで一定の役割を果たしてきたことは認めるし、平和の党、労働者の党に対する金子さんの思い入れは理解できるのだが・・・。一時期共産党に入党していたピカソが、自分の絵を「ブルジョワ的だ」と批判され、「共産主義社会では靴屋もプロレタリアート風の靴をつくるのか」と反論した・・・というような、枠からはみ出す部分があまり感じられないのだ。とはいえ、二度と戦争を起こさないために、自分の体験、考えを書きのこしておかなくては・・・という思いは痛いほど伝わってくる。それもまた、金子さんの実直さ、誠実さのなせる業である。金子さんは本書の出版を見ることなく、86年10月、胃癌で亡くなった。ベルリンの壁の崩壊ソ連の解体よりも前のことだ。

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2009年6月12日(金)

2009_06_12bukotsu今日のラーメン:「辛つけめん(850円)」@渋谷『麺屋武蔵 武骨外伝
前回つけ麺を食べた時は、武蔵系には珍しく「あれっ?」と思った。どうもピンとこなかったのだ。辛つけ麺も同様。つけだれは辛さよりも甘さが先にたつ。麺はちょっとぶよっとしている。湯切りのときに店員がそろってかけ声をかけたりするのも、正直ウザイ。そんなことより、スープ割り頼んだの忘れないで欲しい・・・★★★

Kikyo
桔梗三軒茶屋Heaven's Door。今日は久しぶりにギターがレスポールだった。そのせいか、バンド全体の音も少し違って聞こえる。久々の使用でギターがすねていたのか、どうも音が定まらない様子。ライブのあと挨拶に行くとやはりスエヒロくんは納得できないようで、打ち上げに顔を出したときもレスポールの音を気にしていた。それでも、凡百のバンドよりもずっと素晴らしいけどね。キャッチボール!

打ち上げでは、大学時代の友人ナカサくん、エース(京都在住の社会学者)、エースが連れてきた新進気鋭の社会学者Kさんに、途中からヒーカさん、イノウエさんも加わって話に花を咲かせた。Kさんとはヒップホップからトニー谷まで色々な話ができて、とても楽しかった。

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2009年6月7日(土)

演歌師にしてタレント議員第一号の石田一松が、さまざまな雑誌に記事を書いていることを知った。ネットで古本を検索してみたら、いくつか出てきたのでさっそく入手した。

ひとつは、左翼系総合誌『社会評論』。1936年6月〜8月号に、得意の「のんき節」を、「時事小唄のんき節(6月号は「のんきだね節」)」として、加藤悦郎のイラスト付きで寄稿している。6月号と8月号が売りに出ていたので、手に入れた(7月号も首都大の図書館にあったのでコピー済)。「夜の目も寝ずに選挙運動で/さぞや疲れたことでせう/幸い当選された方は/議会でゆっくり眠れます/へゝ のんきだね」「訓示々々と訓示が流行る/訓示は上から下にする/される者より する奴に/誰か訓示をしておくれ/へゝ のんきだね」といった政治家や当局を真正面からこき下ろしたネタの強烈さもさることながら、戦後社会党の委員長をつとめ立会演説会で暗殺された浅沼稲次郎ら社会主義者と肩をならべて、親ソ・反ファシズムの左翼系雑誌に書いていること自体が興味深い。天皇の信奉者を自認し、政治家としては三木武夫と行動を共にした一松だが、自主独立・再軍備反対といった主張はむしろ社会党や共産党に近いものがあった。『社会評論』への寄稿は一松が左翼にシンパシーを感じていたことの表れなのだろうか。一松の師匠に当たる添田唖蝉坊は社会主義者の堺利彦とも交流があったし、東京市電のストライキを執行委員長として指揮した熊本利夫は一松の同郷の親友だから、両者の間につながりがないわけではないのだが。

もうひとつは「勤労大衆の友」と銘打った20ページの小冊子『協力新聞』1946年5月号。詳細は不明だが、戦後間もなく何もない時代に娯楽に飢えた人々を癒そうと低予算で作られたものという感じ。「オデコにしわを寄せて考え込んでばかりいる」という読者からの批判に答え、劇作家の菊田一夫を編集委員にむかえてつくられた「読者慰安快感特集号」である。敗戦を振り出しとし「平和な明るい民主日本の建設」を上りとする「再建双六」、徳川夢声高嶋米峰(東洋大学元学長)の対談、ホイットマンの詩「きみのために、おゝデモクラシイよ」の翻訳、サトウハチロー作詞の「快感音頭」など、わら半紙をホチキスで止めただけの粗末なつくりながら、内容は盛りだくさん。そのなかで一松は、5人の作家が名作のパロディーをテーマにした舞台という設定で書いた連作「想ひ出の名作 廻り舞台」の第二景「歌謡曲と朗詠」で戦前の流行歌「あゝそれなのに」と石川啄木のパロディーを披露している。

Img307「今日もそろそろ米がない
 さぞかし政府ぢゃ今頃は
 お察しだろうと思ふたに
  あゝそれなのに
  それなのに怒るのは
 デモするのは当前でせう
外で聞こえる人の音
 演説ではないただの音
 とぎれとぎれの怒鳴声
  あゝそれなのに
  それなのに落ちるのは
 落選するのは当前でしょう
投票しようと出たけれど
 なぜか気に入る人がない
 やっぱり名もない方ばかり
  あゝそれなのに
  それななのに投票せよ
投票せよとは
  あんまり無理でせう
       ×
倒壊のおのれの家の白壁は
  我なきよしを書いて残さむ
はたらけどもたゝけども我政府
  辞職せずぢっと顔を見る
友が皆当選すると見ゆる日を
  洟をかみおへ爪を磨かむ」

記事の後には「四月四日」と日付が記してある。昭和21年4月4日といえば、戦後初の総選挙で一松が当選する一週間前のこと(投票10日、開票は翌日)。一松は『のんき哲学』のなかでも、中身のない言葉をがなりたてる立候補者を批判している。一方で、「落選するのは当前でせう」というフレーズは、自分が落選した時の保険のようにも感じられる。「はたらけどもたゝけども我政府/辞職せずぢっと顔を見る」という歌は、ぜひ現内閣総理大臣にお送りしたい。ちなみに、国会議員になった一松がその独裁的な手法を攻撃し続けたのは、他ならぬ現首相の祖父・吉田茂であった。

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2009年6月3日(水)

2009_06_03motoi今日のラーメン:「つけ麺(730円)」@町田『基 motoi
久しぶりに行ってきた、『渡なべ』系のお店。前回はラーメンを食べたので、今回はつけ麺を。動物系+魚介系のつけ汁は濃厚で、素晴らしく美味い。スープ割りすれば、ぐいぐい飲める。穂先メンマは少し風味が強いが、それもアクセントになっている。麺はつけ麺にはよくある中太麺だが、コシがあってグー・・・★★★★+

はだか節」ヴォーカル入りバージョン完成!→ こんな感じ

中山『舞天』でスージーズの演奏を聞いた。やっぱり、島唄は元気が出るなぁ。

Img305水野喬闘った「のんき節」 タレント議員第一号・演歌師 石田一松』(文芸社、2002)を読みおわった。「のんき節」で有名な演歌師であり、タレント議員第一号でもあった石田一松。戦前も軍部や政府を揶揄するような歌を歌い、官憲から呼び出しを受けることもあった一松は、戦後初の総選挙で衆議院議員に当選してからも、所属する国民協同党の党議に反して日米安全保障条約講和条約に反対票を投じるなど、その反骨を貫いた。天皇の信奉者を標榜しながらも、一松が一貫して主張していたのは自主独立と再軍備反対であり、そうした主張は保守派よりもむしろ社会党や共産党に近いものだったとも言えるだろう。その背景には、原爆で瓦礫すらなくなった故郷・広島の姿がある。また、意見の違うものからも発言の機会を奪うべきではないという立場から、言論を封殺するレッド・パージ的な謀略には強く反対した。晩年、共産党を除名になった神山茂夫と選挙応援協定を結んだり、砂川の基地反対闘争に関わったりと、「左」に接近したようにも見えるのも、彼の信念からすると不自然なことではない。一松自身は自分は常に真ん中にいて、世の中が右へ左へ動いただけだと言っていたらしいが。

本書は現存する資料を調べあげ、当時の関係者に丹念に取材を重ねて書かれた、今のところ唯一の石田一松伝である。占領から独立、その後の右旋回へと続く激動の時代のなかで、「反骨の人」石田一松がどのように生きたかを知る意味では、他に例のない貴重な資料である。とはいえ、資料や取材から得られた情報を、当時の人々の会話や独白として再構成してしまうので、どこまでが真実で、どこからが作者によって脚色されたイメージなのか判然としないところがある。本人たちにしか知りえない会話や内心の描写は、「すべてが事実だったとも言えませんし、逆に単なる想像のことでもない」(495)というよりも、事実を元にしたフィクションと言うべきだろう。会話のなかに当時の状況説明が織りこまれているため、セリフが説明的で小説的なリアリティに欠けるという不満はあるものの、記録に残らない「歴史」を再現するためにフィクションの力を借りるのはむしろ正当な方法だと思う。作者がなぜノンフィクションという言葉にこだわるのか、理解できない。ぼくは石田一松という実在の人物を題材にした小説として読んだ。

戦前の一松について、軍部や政府を批判した「反骨の人」という面ばかりを強調しているのも食い足りない。もちろん、一松が得意の「のんき節」で窮屈な時代を笑いとばし、官憲に目をつけられていたことは事実である。その一方で、当時を生きる芸人として、日本軍の快進撃に喝采を送る観客を無視することもできなかったはずだ。所属する吉本興業によって結成された慰問団「わらわし隊」に参加したことはともかく、一松自身「肉弾節」など戦意を高揚するような歌を歌っている。さかのぼれば、「壮士演歌」や「書生節」自体、明治の頃からそうした危ういナショナリズムを含んでいた。戦後の一松は原爆による故郷喪失という悲劇を経て、そうした自分自身 ― あるときには戦争に積極的な支持(「止められなかった」という消極的な支持ではなく)を与えていた自分自身 ― に対する深刻な反省があったはずだ(同時代の演歌師・金子潔氏は著書『演歌流生記』のなかで、肉弾三勇士の歌を歌ったことを反省をこめて語っている)。戦後の一松だけ見ていると、彼が普遍的な平和主義者であったようにすら見えてしまう。「反骨の人」のなかに、どんな苦しい葛藤があったのか、それこそフィクションを駆使して描き出して欲しかった。

一松の「ヘリクツ」的な部分があまり描き出されていないのも、違和感があった。政治家・石田一松を描くという意味ではそれでもいいのかもしれないが、人々を笑わせる寄席芸人としての一松を語るうえでそうした一面は欠かせない。「正論」をぶつけるだけでは「笑い」にはならない。動かしがたい「正論」のように見える常識をヘリクツやダジャレでひっくり返すから面白いのだ。ヘリクツとヘンクツで逆立ちした世の中を逆立ちして見た名著『のんき哲学』を、出版社の編集長に「本格的な哲学書のようなもの」と言わせてしまう(例によってこのセリフも本当にこの人物が言ったのか、作者の脚色かわからないのだが)ところを見ると、作者は一松のそうした一面にはあまり興味がないのかもしれない。

・・・・こんなことばかり書いていると、「お前のような若造に何がわかる」と怒られそうだが、もちろん、勉強になることが多かったことは強調しておかなければならない。作者のイメージする一松がぼくのそれとずれているところはあるものの、いろいろなことを教えていただいた。こうなったらぼくも資料を集めて、ぼく自身の「石田一松」を再構成してみようと思う。

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2009年5月24日(日)

2009_05_25itsvegetable今日のラーメン:「担々麺(840円)」@錦糸町『イッツベジタブル 苓々菜館』
ここは菜食中国料理のお店なので、動物性の食材は一切使っていない。それどころか、ニンニク、ニラ、ネギといった刺激性の強い植物もNG。にもかかわらず、ごまをたっぷり使ったスープはけっこうコクがあって、優しいなかにもパンチがある。麺はもう少し固いほうが好みだけど、全体的に美味しかった・・・★★★+

Img293渋谷のエル・スールで先日買いそびれたアフリカもののレコードを大量購入。トゥンデ・ナイチンゲールS・E・ロジーI・K・ダイロシキル・アインデ・バリスタージェイムズ・チモンベ・・・貴重なLPを抱えてニンマリしていると、店長の原田さんが東南アジア特有の節回しの歌を流しはじめた。タイのウィルソン・ピケットと言われる(誰が言いはじめたんだ!?)ダーオ・バンドンという男性シンガーのCD(写真)だという。モーラムのなかに洋楽的な要素が入りこんでいる・・・というか、洋楽的な音楽をやろうとしてモーラム的な地金が見えてしまったというべきか。ロックンロールのベースライン、ズンズンズンズン・・・と思ったら、音がありえないところにずれるので背骨を脱臼しそうになる。でも、一昔前の日本の歌謡曲(初期のサブちゃんとか)もこんな感じだよね・・・日本の歌謡曲が東南アジアの音楽に影響を与えている可能性もあるし・・・と原田さん。結局、このCDも買うことにする。

Encuentros
錦糸町の『イッツベジタブル 苓々菜館』に、ケーナ奏者の清水康之さん率いるEncuentrosの演奏を聞きにいく。ところが今回はギターリストの都合がつかなかったため、ケーナは風絃流しなどで活躍する金子勲さんにまかせ、清水さんはギターを担当。バンマスのケーナが聞けたのは本編の1曲とアンコールの2曲のみ。金子さんの自由奔放なケーナは素晴らしいものだったし、数ヶ月でここまでギターを弾けるようになった清水さんの努力にも脱帽するが、もっと清水さんのケーナを聞きたかったというのが正直なところ。それだけ、清水さんがケーナを吹いた3曲が素晴らしかったということでもある。今度は金子さんと清水さんのケーナ・デュオを聞かせて欲しい。

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2009年5月23日(土)

2009_05_23ikkokudou今日のラーメン:「魚介つけ麺(680円)」@天王町『壱鵠堂』天王町店
「魚介」のつけ麺と聞いて勝手に上品なものを想像していたのだが、こういう行き方もあるのか。濁ったつけ汁の舌触りが少々粉っぽいせいもあって、正直あまり洗練された感じはしない。細めの縮れ麺はそれなりにコシも合って美味い。具が取り分けてあるのは効果があるのかな?ぼくはつけ汁に入っていたほうが好き・・・★★★

クサナギくんの復活も近いことなので、彼の言葉にインスパイアされた自作書生節「はだか節」のデモ録音を作ってみました。宴会・合コンなどでどうぞ(嘘) 。

(このときのヴァージョンはかなりゆるゆるだったので、作り直しました→こんな感じ


1578006「はだか節」(裸だったら何が悪い)

知事も議員も大臣も
生まれたときはみな裸 
女の腹から チョイト 出たときに
股を隠したやつはない
裸だったら何が悪い

ひとりで夜を明かすより
隣に誰かがいたほうがいい
言葉で愛を チョイト 語るより
包み隠さず見せるがいい
裸だったら何が悪い

人目を気にして生きるより
だめな自分を愛したい
誰かのアラを チョイト 探すより
酒酌み交わせばアラ不思議
裸だったら何が悪い


ちなみに写真のTシャツは
http://clubt.jp/product/53181_1578006.html
で。

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2009年5月17日(日)

2009_05_17wakaba今日のラーメン:「つけ麺(とんこつ和風だし)(700円)」@吉祥寺『つけ麺 若葉』
吉祥寺のハモニカ横丁にあるつけ麺屋。麺は太めの平打ち麺で、つるつるとした喉ごしがなかなか心地よい。今回はつけだれは色々な味があるが、いちばん上に書いてあった「とんこつ和風」を選んだ。とんこつに魚粉もきいていてなかなか美味しいけど、この麺にはちょっと弱いような気も・・・★★★+

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南半球系バンド・チキリカが、吉祥寺曼荼羅でライブをやりました。アフロ系インスト・バンド=JariBuのお誘いで、『MUSIC SURFER 41』という企画に参加。出演者はJariBuの他にも、レゲエ~スカ系のOH! SKA-SUN、ロカビリーやR&B系のOLD FASHIONとツワモノぞろい。DJも入って、グルーヴが途切れることのない好企画でした。自分の演奏について言えば反省することばかりなのですが、暖かいお客さんに助けられて何とかやり遂げることができました。ぼくの妄想のなかのニワトリに声を合わせて、ホロロケロホロロケロと叫んでくださったみなさん、ありがとうございました。

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2009年5月15日(金)

Isida2石田一松『のんき哲学』(大空社、1998、1946)を読み終わった。石田一松は広島県出身の演歌師。添田唖蝉坊の東京青年倶楽部で演歌師としての活動を始め、得意のヴァイオリンを手に「のんき節」などの流行歌で一世を風靡した。1946年には戦後初の衆議院選挙に立候補して、見事当選。53年のバカヤロー解散による総選挙で落選するまで、寄席に出演しながら議員活動を続けた。いわば、タレント議員第一号である。そんな一松が代議士になった直後、「のんき節の寄席芸人に何ができる」という世間の嘲笑に一矢酬いんとして書いたのが本書である。とはいっても、「へへ、のんきだね」という暴力的なオチで聴衆を沸かせた一松のこと、生真面目なマニフェストのようなものを書いたわけではない。「序言」からして、「読者諸君、仕舞った!と、この本を買ったことの後悔はもう遅い、何故ならば、きっとこの本を諸君に売った本屋は、買った値段では、この本を買戻しはしないだろうから」(6)と読者を煙に巻くトリックスターぶりがまぶしい。

「いわいる哲学者の哲学は難解なる文章の羅列によって、文章の意味を解読することだけでも、一つの事業であり、さしづめ語学の研究だけでも大変である。哲学書というより鉄学書と呼ぶべき冷たく、固いものである」 (17) ― 「のんき哲学」と銘うちながら、冒頭からの「哲学」批判である。上の引用に続けて、一松は哲学書が難解な言葉で書かれているのは、その内容(のなさ)を見抜かれないようにするためであると喝破する(18)。こうして哲学の専門性が孕む問題を暴き出しながら、一松の言葉はそこにとどまらない。一歩すすんで、自らを批判する対象のパロディとして提示するところが、トリックスターのトリックスターたる所以である。「闇の哲学的考察」と題して、一松は難解な文章の無内容を自ら演じてみせる。

「闇とは明に対する語であり文字である。即ち光明の絶無なる暗黒の空間である。故に完全なる闇の空間においては、人間の視覚は無であり、視覚の無なるが故に、視覚による物体の認識も無である。
 視覚による物体の認識が無である必然の結果は、少く共、視覚に関する限り、物体の存在も無である」(20)

抽象的な「闇」の定義は間髪いれずに、現実の「闇取引」、それもより生々しい「女を対象とする闇取引」の暴露へとなだれ込む。こうして読者を引きずりまわした挙げ句、一松は現実の「闇」に対する批判を狂った言葉遊びのなかに解消してみせる。

「不当なる価格であると、自覚する人間の自覚は、五感の中の視覚を無視した四官によるものであるから、これはノーマルな人間の自覚と称することはできない。これは自覚にあらずして四覚である。この四覚は不完全自覚である。不完全自覚である四覚を、完全自覚にするためには、視覚を加えなければならない。
 即ち四覚プラス視覚は八カクである。八カクの八と、味覚のミの三とを連絡して「八三」と呼び、闇の意味に用いられるのである」(22)

認識論のような顔をしながら、ダジャレにダジャレを重ね、最後はメチャクチャな結論(オチ)にたどり着く・・・クラクラするほどの見事な手腕である。

「伝記叢書」の一冊として復刻されたものの、本書のほとんどは伝記的な内容ではなく、上に書いたようなヘリクツである。そう。もうわかったと思うが、一松はヘリクツ親父である。それも、ああいえばこういう、ハンパじゃないヘリクツ親父なのである。もちろん、代議士として社会問題や若者の生き方をまじめに語っている部分もあり、そのなかには今となっては古臭い部分もある。そんなときもなお、一松はヘリクツを忘れず、「へへ」と笑って読者をのんき節の異次元へと置き去りにする。後半、ホンの少しだけ自らの半生を語るときも、その自意識過剰なヘンクツぶりは変わらない。出生についての一節など、まるで『ブリキの太鼓』を読んでいるかのようだ。

「私が生まれたのは ― 私が生まれたのです。私は断じて、生まれた瞬間から、石田一松ではなかったのです。私が生れて、七日間ほど経って、私は石田一松になったのです。― 明治三十五年十一月十八日生れです。この生年月日も、父親から教えられ、或は役場の戸籍謄本に書いてあるのを、私が読んで記憶したので、七歳の幼い頃に覚えた自分の生年月日を、何十年も忘れないでいる、この素晴らしい記憶力には、われながらつくづく感心しています」(200)

幼少時代の話は、愛人をつくって出て行った母との別れ、継母との確執など、悲しいものが多いのだが、一松は記憶から湿っぽさをふり払い、どこかヒトゴトのような顔をして語る。母に対する怒りも、ぼくにはどこか怒ったふり、演技のように思えてしかたがない。そうしなければならないほどつらかったということだろうか・・・稀代のトリックスターというのはこういうところから生れるものなのかもしれない。

ともかく、こんな男が国会にいたと考えるだけで、愉快だ。ちなみにこの一松論もまた、難解で無内容な文章のパロディであることはいうまでもない・・・なんて。へへ、のんきだね。

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2009年5月13日(水)

2009_05_13buten今日のラーメン?:「ソーキソバ」@中山『沖縄居酒屋 舞天』
沖縄そばはラーメンではないが、まあ、日本そばよりは近いだろうということで。『舞天』には何度も来ているが、そばを食べるのははじめて。何かが突出することのない、穏やかな味。ソーキもしっかり脂抜きされていて、あっさりとした仕上がりになっている。コーレーグースを入れると美味さ倍増・・・★★★+

Suzies090513
スージーズ@中山『舞天』。最初に、ミドル・テンポの渋い民謡を三曲ほどたて続けにやった。島唄はみんなそうだけど、これぐらいのテンポでメロディがうねうねと上がり下がりする歌はとくに、霊を呼ぶね。音楽の力で空気にみなぎる霊の力を集めて、最後はもちろん「ちょんちょんキジムナー」とカチャーシーでどーん!となる。終演後、観客として来ていたOYA-Gさんのラップ(製作中)に耳を傾けつつ、カシスシークワーサーソーダ割りを飲み続けた。

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2009年5月9日(土)

17日の曼荼羅ライブへ向けたチキリハ(チキリカ・リハーサル)後、エロさん以外のメンバーと赤羽の沖縄料理屋で飲んだ。今ごろ、青山ではキヨシローを偲んでたくさんの人が涙を流したり、歌を歌ったりしているんだろう・・・と思いながら、ヒージャー刺しを肴にビールを飲む。

キヨシローの告別式。友だちにも誘われたし、リハが終わり次第駆けつけようかとも思ったんだけど、やめておいた。喪服も着なくちゃいけないし。もちろん、キヨシローの葬式だから、ド派手な服で行こう・・・という気持ちもわかる。でも、何となく、ぼくはイヤだった。ぼくは生前の故人と面識があったわけじゃない。すごくすごく好きだけど、ただのファンだ。だから、最低限の距離を保ちたかった。

キヨシロー=いい人みたいなことばかり強調されているけど、たぶん、イジワルなユーモアも大好きな人だったと、ぼくはファンとして勝手に思っている。「ファンからの贈り物」みたいなさ。つまらないものはゴミ箱に捨てるぜーって。だから、知り合いでもないのにベタベタしてくるやつには、きっつーい一言をお見舞いしたんじゃないかと思う。あくまでぼくの心のなかのイメージだけど、ぼくの心のなかのキヨシローはそういう人だ。ま、それはそれでキヨシローの優しさだって言うこともできるけど。だから、ぼくは遠くから手を合わせるのがいちばんいいんだ。

・・・と自分に言い聞かせる。

イシイ夫妻が息子のカズくんを連れてきた。ドラマーとピアニストの息子なのに、2歳にして自分のパートはギターだと決めている。イマナラがギターを貸したら、目をらんらんと輝かせて嬉しそうにジャンジャンかき鳴らす。「子供が希望」なんて言葉を聞いても、結婚すらしていないぼくは「ふーん」としか思わなかったんだけど、この10日ぐらいでちょっとその気持ちがわかるようになった。

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2009年5月8日(金)

2009_05_08takenibo今日のラーメン:「つけ麺(930円)」@調布『たけちゃんにぼしらーめん』
おかしい。こんなはずじゃない。つけ麺の汁にしては薄いせいか、油のしつこさばかりが印象に残る。コシのある太麺は悪くないものの、それを受けとめるだけのパンチがない。最悪なのはチャーシュー。暖めてないのはともかく、それならばこんなに脂の多いものを選ぶべきではないと思う。どうした、たけにぼ!?・・・★★★

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三軒茶屋Heaven's Door桔梗の演奏を聞きにいく。開演まで時間があったので、久々に渋谷のEL SUR RECORDSに寄る。途中、渋谷駅の連絡通路で曼荼羅に電話していたら、はかるさんに遭遇(偶然ですね!おひきとめしてすみませんでした)。エル・スールで原田さん、元新宿ディスク・ユニオン店員のお客さんと談笑しながら、レコードを物色。しばらく行かない間にアフリカものが大量入荷している。とても全部買うのは無理だったので、ジンバブウェのオリヴァー・ムツクジ、ブラッキッツ、ナイジェリアのキング・サニー・アデ、シキル・アインデ・バリスターを買って、残りは給料日まで我慢(・・・なんてここに書くと、誰かに先を越されるか・・・笑)。

桔梗はやっぱり素晴らしかった。前回はスエヒロくんがギターに対する新鮮さを失っていないことに驚いた。それはもちろん今回も変わらないのだが、とはいえ、そんじょそこらのションベンくさいギターリストとは年季が違う。キューンと短くチョーキングしただけで、いろいろな光景が浮かびあがる。これはギターだけじゃないけど、演奏の密度が濃いので、聞いている時間が一瞬のようにも、永遠のようにも感じられる。すごいな。対バンではブ∞モジャコの女性ドラマーが印象に残った。あんなに撥の残像が美しいドラムをはじめて見た。

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2009年5月2日(土)

2009_05_02shyuhakkou今日のラーメン:「ルーローメン(650円)」@天王町『舟八口』
近所にできたラーメンとチャーハン中心のお店。いかにもチェーン店的な店構えだが、他に同じ名前のお店はないようだ。ルーローメンはニラや高菜が入ってそれなりに工夫されているし、角煮も脂っこくなくて美味しい。スープもそれなりに飲めるが、食べ終わった後、口のなかに不自然な旨味が残る。お腹がすいたときにはいいか・・・★★★

忌野清志郎が亡くなった。

思えば、ぼくは遅れてきたRCファンだった。『ラブソディ』が出た80年には小学6年生だったし。

ぼくがRCサクセションに夢中になったのは、中学の同級生オニマルくんの影響だった。お寺の息子でくりくりと潔い坊主頭のオニマルくんは独特のセンスの持ち主だった。お兄さんの影響で日本のフォークやロックに詳しかった。特に仲がいいというわけではなかったけど、ときどき突発的にひょうきんなことをするオニマルくんに、中学生のぼくは一目置いていたのだ。

そして、「いけないルージュ・マジック」がやってきた。シングルを買ってきたのは、亡くなった伯母だった。派手なメイクをしたキヨシローとキョージュが寄り添うジャケットに目を奪われた。母は「気持ち悪い」と顔をしかめたけど、ぼくは伯母のセンスに脱帽した。そして、キヨシローがRCサクセションの人だと知り、「魅惑のフォークソング・ヒット集」とかなんとかいう楽譜集に入っていた「ぼくの好きな先生」とのあまりのギャップに驚いた。伯母に「同じ人?」と聞いたのを憶えている。その後、キヨシローとキョージュは『ザ・ベストテン』の「今週のスポットライト」に出て、札束をばらまきながら男同士でチューをした。「人の目を気にして生きるなんて、くだらないことさ」というメッセージが、いたいけな中学生に伝わった瞬間だった。

さっそく当時流行りはじめたばかりの貸しレコード屋に行って、『ラブソディ』と『初期のRCサクセション』を借りた。衝撃だった。これこそ、ぼくの求めていた音楽だと思った。調べてみると、キヨシローが当時好きだった井上陽水のお友達だということがわかった。キヨシローはラジオで、「陽水のつくってくれたカレーがうまかった」とか言っていた。一家に一枚のベストセラー『氷の世界』にも陽水とキヨシローの共作曲が収録されていた。ぼんやりとした予感が確信に変わった。これだ!ぜったいこれだ!

掃除の時間、廊下で「言論の自由」や「烏合のシュー」を歌っているオニマルくんのそばに行っていっしょに歌った。「おれも知ってるぜ」とアピールしたかった。学校の先生は顔をしかめたけど、知ったこっちゃなかった。受け取ったメッセージを実行する小さな革命児の気分だった。そして、『BEATPOPS』が出て、キヨシローが「もしもあんたがアレをもっていたら」と歌うのを聞いた。「ぼくはアレを持っているだろうか」と思いをめぐらせた。そもそも、アレってなんだ?

それが、81年から82年にかけての出来事。このあとも、ぼくとキヨシローの物語はえんえんと続く。伯母と行った西武球場のライブ。中学校の音楽室で友だちのバンドに飛び入りして、「トランジスタ・ラジオ」を歌ったこと。高校の時のバンドでは完全にキヨシローになりきっていたこと。大学に入ってからだって・・・それだけで、一冊の本ができるだろう・・・

・・・ご冥福をお祈りします。亡くなった伯母も同時期に闘病中だったキヨシローの歌に元気づけられていました。素晴らしい歌をありがとう。中学のときに好きだったものを今でも好きでいられるぼくは幸せです。ぼくはいまでも道端で泣いてる子供なんです。

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2009年4月29日(水)

2009_04_29tamagatta今日のラーメン:「ラーメン(630円)」@横浜『らぁめん たまがった』横浜西口店
ムビラの巨匠パシパミレさんを連れて大分ラーメンの『たまがった』に。濃厚な豚骨スープはジンバブウェ人にも評判が良かった。ぼくはもちろん、麺ばりかたで。極細麺はダンダン柔らかくなる。これがまた食べあきない理由なのかも。このあたりで九州ラーメンの美味しいお店を見つけるのはけっこうたいへんなので、貴重なお店・・・★★★★

O0452064010161979042ムビラ・サミットVol.4@横浜Thumb's Up。ムビラやリンバ、いわいる「親指ピアノ」と呼ばれる楽器のプレイヤーが集まるムビラの祭典も、今年で4回目。今回はジンバブウェからムビラの巨匠ルケン・パシパミレさんをお迎えして、日本人、アフリカ人入り乱れての素晴らしいイベントになった。ムビラの弾けないムビラ愛好家=おかムビラーのひらげは、例によって司会を担当した。本番前にはパシパミレさんをラーメン屋にご案内する役目をおおせつかった。

まずは湘南を拠点に活動するスマイルカリンバが、開放感ある音のなかにジャズっぽいフィーリングが潜むグルーヴィーな演奏を聞かせる。ジンバブウェのムビラ奏者カリガイ・ティコリティさんの息子トンデライを中心としたマズィタテグルは、伝承曲をムビラ3台のアンサンブルで。トリを飾ったパシパミレさんと比べると、金属音的成分の強い、キラキラした音。マツヒラくん率いるロワンビラはドラム、ベースありのバンド・スタイルで、伝承曲にユニークな日本語の歌詞をのせて歌う(マツヒラくん曰く、「アフロ・J-POP」)。続いて、タンザニア出身のバンド=タンザナイツ・バンドのリスタ(キーボード&カリンバ)&フレッシ(ヴォーカル)が、ルンバ・コンゴリース風の甘い歌を聞かせる。小池龍一くん(ムビラ、リンバ)とOtoさん(ギター)のユニット=ムビラトロンは、チェロとアイルランドの太鼓バウロンのサポートで、ゆったりとしたグルーヴの演奏を披露。そして、満を持して巨匠ルケン・パシパミレさんが登場。ハヤシエリカさんとムビラジャカナカのマサさんを従えて、圧倒的に存在感のある音で会場を満たす。辛抱ならなくなった人たちが踊りだす。腰を振る人、手をひらひらさせる人、足をバタつかせる人・・・思い思いに身体を動かす人たちでダンスホール状態。パシパミレさんのムビラは比較的くすんだ渋い音なのだが、にもかかわらず、というか、だからこそというか、人を動かすパワーを持っている。このイベントに参加できてよかった。パシパミレさんを招聘したハヤシエリカさんをはじめ、スタッフのみなさん、出演者のみなさん、お疲れさまでした!次はムビラ・サミットVol.5でお会いしましょう!

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2009年4月26日(日)

Ngomajapani
ジンバブウェからムビラ奏者ルケン・クワリ・パシパミレさんをむかえてのNGOMA JAPANI Vol.4@高輪区民センター。ひらげも巨匠パシパミレさんのイントロダクションとなるべく、ジンバブウェのポピュラー音楽についてトーマス・マプーモオリヴァー・ムツクジポール・マタヴィレらの映像を交えながら話した。出演は他に、タンザニアのアフリカン・パーカッション、リンバとギターにダンスというユニークな編成のハクナターブ、そのハクナターブでエネルギッシュなダンスを披露していた伊藤宏子さんによる師匠フクウェ・ザウォセ(もうひとりの巨匠!)の映像上映・・・と盛りだくさん。トリを飾ったパシパミレさんとハヤシエリカさん、マサさん(ムビラ・ジャカナカ)による演奏は、もちろん素晴らしかった。区民センターのホールは音響もよく、ムビラの響きをあますことなく楽しめたと思う。ムビラ独特のびりついた音が、歪んだ雑音からホールの空気を満たす魔法に変っていく。ホール全体が楽器というか、空気それ自体が楽器というか。ステージのプログラムと同時進行で行われていたワークショップに参加した子供たちが踊りだす。演奏者を囲んでくるくる廻る人たちと恥ずかしそうに歩いていた少女が、音楽にのせられてぴょんぴょんと跳ねはじめる・・・打ち上げでもパシパミレさんの温かい人柄に触れられて、すごくハッピーだった。

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2009年4月25日(土)

都立大軽音の後輩ムカイくんの結婚式2次会。音楽仲間のお祝いらしく、バンド演奏アリの楽しい会になった。チキリカもそろってお祝いに参上するつもりで演奏のリハもしていたのだが、のっぴきならない理由でメンバーが揃わず。出席できたメンバー+コバ(バーカッション)で「シンプルライフ」を演奏した(歌詞、間違えちゃった)。続けてイオチキング、新郎がギターリストをつとめるくるくるファンタジーが素晴らしい演奏を披露。音楽仲間の結婚パーティーは楽しくていいね。はしゃいじゃうね。それにしても、ムカイくん、きれいな嫁さんもらったな!おしあわせに!

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2009年4月19日(日)

2009_4_19seiya今日のラーメン:「らーめん(500円)」@赤羽『せい家』赤羽店
チェーン店化しながら、家系の味を守っている『せい家』の支店が赤羽にできた。家系のなかではアッサリしているほうだが、しっかり旨味もあって悪くない。蒲田店で食べたときにはもう少し重量感がある印象だったが、こちらのほうがいいという人もいるだろう。そして、この値段の安さ!お値打ちです・・・★★★+

チキリハ(チキリカ・リハーサル)。子育てと仕事でしばらく欠席していたナカヤマくんが久々に参加。やっぱりベースがいると楽しいね。ただいま、25日のムカイくん結婚式、5月17日の曼荼羅ライブに向けてリハビリ中です!乞うご期待!


NHKでほんの一瞬、遠峯あこさんという方が紹介されていた。オリジナルの他、「野毛山節」などの古い俗謡や民謡、歌謡曲、浅草オペラなどを、アコーディオン弾き語りで聞かせる。こういう人、いるんだなぁ。探してみたら、YouTubeに動画があった(↑)。横浜を中心に演奏活動をしているらしいので、今度行ってみようと思う。

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2009年4月17日(金)

2009_04_18yassenbo今日のラーメン:「スタミナラーメン」@矢部『くい処 やっせんぼ』
以前は淵野辺にあった鹿児島料理が売り物の居酒屋。「スタミナラーメン」は現在は裏メニュー。なんと、ラーメンにウナギが丸ごと入っている。しかし、濃い目のスープがウナギを受けとめ、ゲテモノ的な感じはない。生卵も効果的。プルプルと不均衡に縮れた麺もいい感じ。普通のラーメンは600円から・・・★★★+

「のんき節」で有名な「演歌師」・石田一松の著書『のんき哲学』(1946)を首都大の図書館で発見。ちょっと読んだだけだが、読者を煙に巻くトリックスターぶりが見事な名著。読み終わったら、改めて報告します。

首都大英文の新助手・ササガワくんと矢部の居酒屋『やっせんぼ』で飲む。場末感漂うなか、時間がゆったりと流れていく。驚きの「スタミナラーメン」の他、地鶏刺し、馬のたてがみなど珍味に舌鼓。へへ、のんきだね。

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2009年4月16日(木)

2009_04_16rokugou今日のラーメン:「麓郷つけめん(840円)」@千歳烏山『麺工房 麓郷』
『むつみ屋』プロデュースによるお店らしい。暖簾には「牛骨ラーメン」の文字が躍るが、メニューには魚介系のつけ麺や豚骨ラーメンなどさまざまな品名が並び、どうもイメージの焦点が結びにくい。つけ麺は確かに魚介の味が出ているものの、ちょっと塩辛すぎる気がする。最近流行りの太麺は悪くないのだが・・・★★★

Withoka_daisuke
千歳烏山『TUBO』で岡大介さんのライブを見た。岡さんの存在を知ったのは、添田啞蝉坊のことを調べていたときだった。啞蝉坊の曲が聞けるCDがないかとAmazonを検索していたところ、岡さんが二胡奏者の小林寛明さんと録音した『かんからそんぐ 添田唖蝉坊・知道をうたう』に行き当たった。カンカラ三線弾き語りで歌われる添田親子の「演歌」が、岡さんの声によって新たな生命を吹き込まれていた。「ホロホロ節」「浅草歌」といったオリジナルも、すごくいい感じ。いっぺんでファンになった。そんな岡さんのライブがあると、Pigapigaナイトの多田さんに教えてもらって、取るものも取りあえず行ってきた。

ちょっと遅れて到着。ガラス張りのドア越しにのぞくと、古びた細身のギターを片手に高田渡の「生活の柄」を歌っている青年の姿が・・・ホームページでみたままの岡大介その人であった。歌というのは恐ろしいもので、どんなに誤魔化してみても歌う人の生活や心持ちが表れてしまう。岡さんの歌は眩しいほどのひたむきさを放っている。今日はそこに、バイオリン、アコーディオン、アイルランドの太鼓バウロンが、鮮やかな演奏を添える。岡さんをのぞく3人だけで演奏したアイルランド音楽がまた素晴らしかった。バウロンってこんなに音程の出る楽器だったのか(まるでトーキング・ドラム)。

日本のフォークシンガーに影響を受けた岡さんは、ボブ・ディランウディ・ガスリーではないルーツを探し求めるうちに、明治・大正期の「演歌」にたどり着いたという。そんな岡さんの歌を「枯れている」という言葉でレトロとして捉えることも出来るだろうが、ぼくにはむしろ「演歌」が本来持っていた若さを現代によみがえらせたもののように思える。添田親子の歌をはじめとする流行歌を同時代的に聞いていたのは、けっこう若い人たちだったに違いない。

今日はもうひとつ、馬頭琴ホーミー岡林立哉さんの演奏も聞くことができた。岡林さんの楽器はボディに皮を張った古いタイプの馬頭琴で、すごく素朴で深い音がする。モンゴルの音は塞がれた日本の空を開く。「開放的」というよりも、どこまでも距離が広がっていくような、いつまでも終わることなく星が降りてくる(それでいて手が届くことはない)ような。モンゴルの有名な民謡も素晴らしかったし、最後に「生活の柄」を馬頭琴で弾き語りしたのも感動的だった。奇しくも今日は高田渡さんの命日。多田さん、岡さん、岡林さん、それぞれに故人と親交のあった人たちの思いが、馬頭琴にあわせてふわりと浮かびあがる。

岡さんと岡林さんのデュオ、出演者そろっての演奏と贅沢なプログラムは続く。終演後、多田さんと話しながらビールを飲み続ける。しばらくして、興がのったのか、再び演奏が始まった。「もう、今日は帰れなくてもいいや。それもまた人生!」という気持ちになったところで、お開き。ステキな夜をありがとう(写真は「大ファンです!」といっていっしょに撮らせてもらいました)。

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2009年4月14日(火)

2009_04_14mutsumiya今日のラーメン:「香煎黒味噌ラーメン(800円)」@天王町『らーめん むつみ屋』横浜天王町店 基本的には美味しいけれど平坦な『むつみ屋』のスープ。胡椒や山椒がきいているところがアクセントだが、だんだんと味に引き込まれるような高揚感はあまりない。タマネギのみじん切りがのっているのも面白いが、味的には思ったほどの効果はないような。全体に美味しいけど、「また」とは思わないかな・・・★★★+

夜中すぎにレジから電話があった。明るい声で「ジンバブウェは変わった!」という。「良い方向にか?」「そうだ」 詳しいことは聞けなかったが、こんなに明るいレジの声を聞いたのは久しぶりだ。このままジンバブウェの歴史が新しい時代に入ることを祈ろう。

Img239添田啞蝉坊 ― 啞蝉坊流生記』(日本図書センター、1999、1941)を読みおわった。添田啞蝉坊は明治の演歌師。息子・添田知道(芸名・さつき)とともに数々の流行歌を生み出した。その作品はフォーク・シンガーの高田渡ソウル・フラワー・ユニオン・モモノケ・サミットによって歌い継がれてきた。最近ではカンカラ三線弾き語りの岡大介さんが『かんからそんぐ 添田唖蝉坊・知道をうたう』で添田親子の作品を取りあげている。

「演歌師」とはいっても、現在の「艶歌」「怨歌」ではない。啞蝉坊の出発点は、明治初期、道端で政治的主張をこめて歌われた「壮士演歌」である。自由民権運動のなかから出てきた「壮士演歌」だが、その主張の中心となったのは腐敗した藩閥政治への批判と、素朴なナショナリズムだったと言えるだろう。元祖とも言うべき川上音二郎の「オッペケペー節」のような軽妙なものもあるが、文語体でがなるように主張をぶつける壮士演歌からは「大衆の蒙を啓く」という上からの目線が感じられる。また、不平等条約改正に端を発したナショナリズムは、日清日露戦争を経て、日本の戦果を喜ぶ拡大主義的な世論を反映したものとなっていく。刊行されたのが太平洋戦争がはじまった1941年ということもあり、本書の冒頭には大政翼賛会による「新体制」を賛美するかのような詩が掲げられている。実際、啞蝉坊は翼賛体制を壮士演歌の主張する腐敗一掃とナショナリズムの延長線で捉えているようでもある。

「政界上層部に在る者が、政権を私してその争奪に日を送っている時、私たちの仲間はこんな歌をうとうていた。『護国』の歌の如きは、今の大政翼賛会の主旨や、皇紀二千六百年祭の祝詞となんら寸分の相違もない。私たちは、常に天下の憂いの先頭に立っていたのだ。裸一貫ながら、護国尽忠の指導精神、確固不動の心構えの盛られたこの演歌を提げて、当時の民衆に呼びかけていたのである」(99)

堺利彦と親交のある社会主義者だった啞蝉坊が本気で当時の翼賛体制を支持していたのか、それとも厳しい時代にあって仕方なくそうしていたのかはわからない。ただ、上の引用も「国のため国のためと言うけれど、そんなことは昔から俺たちはやっていたんだ」という反骨をこめた主張と取れないこともない。それは間借りしている屑屋について、「『製紙原料』『輸出ボロ』その他一切の廃品を生かすところの、つまり生産従業者で、重要な存在なのです」(15)と書いているところからも感じられる。非常時につき物資を供出せよという政府に対して、それをずっとやってきたのは社会の最底辺で蔑まれてきた「屑屋」ではないのか、と言っているようにも聞こえる。

そう思いたくなるのは、壮士演歌の影響下から離れた啞蝉坊の歌がことの他素晴らしいからである。それらの歌は上から目線の説教調だった壮士演歌とは違い、普通の人々の目線で、ときにやけっぱちなくらいの笑いをこめて歌われている。そうした歌をつくるきっかけのひとつとして、流し仲間の「渋井のばあさん」に「どうも演歌のかたくるしい文句はいけない、もっとくだけたの作ってくださいよ」(153)と言われたことをあげている。そうしてできたのが「ラッパ節」「あきらめ節」「わからない節」といった、わかりやすい言葉で歌われた流行歌の数々である。たとえば、こんな感じ・・・

わたしゃよっぽどあわてもの がまぐち拾うて喜んで
家へ帰ってよく見たら 馬車に引かれたヒキガエル トコトットトー(「ラッパ節」)

親じゃ親じゃと親風吹かせ
威張りなさるな チョイトチョイト
親は子供の ヤレソレ 抜け殻じゃ
ソレヨそうじゃないかネーあなた チョイト(「都節」)

パンのみにて生きるものではないというか牧師
そんなら食わずにいてごらん 
アラほんとに 現代的だわね(「現代節」)

唖蝉坊は終戦を待たずして、1944年、72歳で亡くなった。その遺志は息子の知道に受けつがれたというべきか。こんどはその知道が父の歌について書いた『流行り唄五十年 唖蝉坊は歌う』(朝日新書、2008、1955)を読んでみようと思う。

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2009年4月9日(木)

2009_04_09taizo今日のラーメン:「節骨こってりラーメン(680円)」@三軒茶屋『節骨麺 たいぞう』
こってりとしたスープには背脂も浮いているし、チャーシューも脂身が多い。にもかかわらず、それほどしつこい感じがしないのは、魚系、とりわけ節もののダシが強く出ているからだろうか。ちょっとわざとらしいくらいで、もう少しさり気なくてもいいんじゃないか・・・と思う。とはいえ、コシのある太麺ともども、悪くない・・・★★★+

Kikyo
三軒茶屋Heaven's Door桔梗のライブを見た。桔梗のアコースティック版とも言うべき「ゆっくりり」のライブにはこのところ足しげく通っているが、この編成での演奏を聞くのは久しぶりだ・・・ギターの音がはじき出された瞬間から、喉元をつかまれて抗えなくなる。一つ一つの音が今日生まれてきたように、立っている。気がつくと目の前にある。年齢も四十に近くなれば、ギターを弾くことに新鮮味を感じなくなるのがフツーだと思う。ましてや、オリジナル曲のフレーズなんて何百回となく弾いたはずだ。ところが、この男ははじめてチョーキングをした時のしびれるような感覚を、今も失っていない。ライブ後、感想を聞かれて、思わず「おまえ、今でもギター弾くとチ○コ立つだろ」と言ってしまった。男は曖昧に「ああ」と言ったが、当たっていたはずだ。そして、それはやっぱりすごいことなのだ。

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2009年4月6日(月)

2009_04_06satsuki今日のラーメン:「さつき麺(秋)(750円)」@天王町『麺坊 さつき
普通のラーメンは冴えない印象しかなかったのだが、『』の流れをくむ味噌ラーメンや限定ラーメンはハッとするようなインパクトがある。「さつき麺(秋)」は豚骨と節系をあわせたダブル・スープ。どちらのダシもさり気ないので物足りない人もいるかもしれないが、バランスがいいのでぼくは好き・・・★★★+

南半球系バンド・チキリカが久しぶりにライブをやることになりそうです!2009年5月17日(日)、アフロビートを主体とするインスト・バンド=JariBuの企画で吉祥寺『曼荼羅』に出演する予定です。詳細は後日!

Obat
伊勢佐木町モールオバマの顔を大きくプリントしたTシャツが売られていた。露天商の商魂逞しさにほだされて、つい買ってしまった。隣にいたおばさんが「オバマ?オバマね!?」と声をかけてきた。それを確認してどうするつもりだ?と思ったが、「黒人大統領」の浸透ぶりに驚き、黙ってうなづいた。

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2009年4月4日(土)

2009_04_04yamatoya今日のラーメン:「中華そば(580円)」@横浜『自家製中華そば 大和家』
夜は常連がお酒を飲んでいたりしてちょっと入りにくい。何の変哲もない鶏がら主体のあっさりした醤油ラーメンだが、旨味の強いスープはなかなか。一口目、酸味が強いかと思ったが、食べすすむうちにそうでもなくなった。麺もはりっとした強さがああって悪くない。チャーシューが2枚も入っているのも嬉しいし、味もいい・・・★★★+

Pasi
赤レンガ倉庫で行われたアフリカンフェスティバルよこはま2009に行ってきた。夕方から大学で新任者の歓迎会があったので駆け足で見てまわることになったのだが、とりあえずハヤシエリカさんの招聘で来日したムビラ奏者ルケン・クワリ・パシパミレさんのステージを見るために取るものもとりあえず駆けつけた。

伝統的なムビラの演奏は淡々としている。強烈なリズムで驚かすようなことはしないし、展開らしい展開もない。パシパミレさん、ハヤシさんとムビラジャカナカのマサさんが弾く3台のムビラがからみ合い、催眠性のあるフレーズを積み重ねていく。最初のうち、3台のムビラは別々の楽器として響いている。そのうちに、3者の音がひとつの楽器のような豊かな響きのなかに滲んでいく。こうなると、楽器の音が人間の身体の持つ倍音と同期しはじめ、自分自身の身体が一種の増幅装置のようになって、響いている空気と響いている身体が一体化する。こうして、「自分」というものが宇宙のなかに霧消していく・・・ムビラが精霊を呼ぶことができるのも、こうした響きの作用と無関係ではないのだろう。

フェスティバルの性質上、出演時間が短いのが残念だが、その分、これからはじまる日本ツアーでたっぷり素晴らしい演奏を聞かせてくれることこでしょう。ツアーの詳しい日程などはこちら

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2009年3月31日(火)

2009_03_31今日のラーメン:「釜玉麺(800円)」@横浜『麺屋 維新』
讃岐うどんの「かまたま」を意識した限定メニュー(新宿『風雲児』にも同じようなメニューがあるが、未食)。平打ちの縮れ麺に生卵がのっており、そこに魚だしの強く出たタレをかけて食す。タレだけなめてみるとかなり濃い目だが、卵と合わさると実にまろやか。さすがに完成度が高く、「これってラーメン?」という疑問も吹き飛ぶ・・・★★★★

アシッド・フォークレコード・ガイドなどという世にも珍なるものがあったので、思わず買ってしまった。フレッド・ニールティム・ハーディンに混ざって、ニールやボブ・ディランに絶賛されながら生前2枚のアルバムしか残さなかったカレン・ダールトンという女性シンガーが取りあげられていた。

うーん、知らない・・・

知らないのは悔しいぞ。それに何だか気になる。ジャケットもいいし、ニック・ドレイクが「悲しみの味わい方を心得てる」と評した、なんて話もできすぎている。聞いてみたい・・・

まさかと思ってYouTubeを探してみたら、あった!エルモア・ジェイムスの「イット・ハーツ・ミー・トゥ」を淡々としたカントリー・ブルースにして歌っている。高音でひしゃげたり、かすかに震えたり、低音をまさぐったりする声が、台所に入ってこいと誘うロバート・ジョンソンのような切なさだ。たまらん。

・・・というわけで、CDを注文した。

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2009年3月30日(月)

Suzys2009_03_30_2
中山の琉球居酒屋『舞天』にスージーズを聞きにいった。今日は家族づれのお客さんがいて、楽しいリズムに子供たちも大喜び。ちょんちょんキジムナーは保育園でブームになることでしょう。久しぶりにカチャーシーを踊ってスッキリ。もう少し暖かくなったら、部屋の窓を開け放って、島唄を聞きながらお酒を飲もう。

演奏後、「足テビチの女」をひっさげて本場沖縄の『新唄大賞』に挑んだ田所ヨシユキさんの話や、舞天ママさん(美人だけど、強烈キャラ)の上京話などを聞く。いろいろなシガラミはあるにせよ、次々と新しい「民謡」が生まれる沖縄ってやっぱりすごいなぁ・・・民謡の協会・保存会がプロレス団体のように分裂しているのも、逆にいえば正統を争ってつぶし合うわけではないというところが沖縄らしいのかも・・・

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2008年3月20日(金)

新しい携帯電話が送られてきた。二度と失くさないと誓う。

カセット・テープを整理していたら、タイで「プアチウィット(生きるための歌)」といわれる分野の音楽を代表するグループ=カラワンの傑作『BAN NAA SATUAN』(1982)が出てきた。タイへのスタディ・ツアー以来出入りしていた國學院大學の教育学研究室にあったカセットをダビングさせてもらったのだが、いつの間にかどこかに紛れ込み、失くしたものとあきらめていた。カラワンのアルバムはちょっと探せばいくつか手に入るのだが、よりによって『BAN NAA SATUAN』は現在、ほとんど手に入らない。嬉しくて、すぐにPCに取り込んだ。

収録されているのは代表曲「ドゥアン・ペン」をはじめとする佳曲ばかりだが、なかでもバンド名と同じタイトルの「カラワン」(キャラバンのタイ語訛り)がすごい。組曲的な展開といい、夢見るような浮遊感・高揚感といい、このバンドの最高傑作といっていいだろう。この曲が好きで、ライブ盤などに入っているヴァージョンをいくつか聞いてみたのだが、どれを聞いてもオリジナル・ヴァージョンに遠く及ばない。特に、揺らぐようにフェイド・アウトしていくエンディングがカットされていたりするのがつらい。そんな別ヴァージョンに裏切られながら探し求めていたオリジナル・ヴァージョンが、カセットの山のなかから思いがけず顔を出した。ここ数日の欝な気分もすっ飛んだよ。

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2009年3月14日(土)

大学時代の同期でいっしょにバンドをやっていたイマムラさんと、サークルの先輩でドラマーのアゲノさんの結婚式。学生時代は気配もなかったのに、この数ヶ月であっという間に結婚を決めてしまった二人を見ていると、幸せって意外とすぐそばにあるのかもしれない・・・などと思ってしまう。式後、懐かしい仲間と飲みに行く。最後まで残った4人で朝まで飲み明かした。

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2009年3月10日(火)

2009_03_10noa今日のラーメン:「背油醤油ラーメン(800円)」@神保町『背油醤油 のあ』
以前渋谷にあったお店が神保町に移転。怪しげな店構えと圧倒的な量は相変わらず。背油醤油というとスープは意外とアッサリしているものも多いが、ここはコッテリしている上に山芋のようなとろみがある。麺も多いが、特筆すべきはチャーシュー。大きな塊が丸ごと二つ、ぼこぼこと入っている。味は悪くない・・・★★★+

ジンバブウェの状況はなかなかつかみにくい。ジンバブウェを出て南アフリカに行くことに決めたレジナルドくんは「あちこちで暴力沙汰が起きている」と言っていたのだが(昨日の日記参照)、ジンバブウェ訪問中の知人によれば街は平穏だということで、騒乱状態のようになっているわけではないようだ。ただ、レジ一人なら収入を求めて何度もボツワナや南アフリカに行っているが、家族も連れて1ヵ月も・・・というのは今までにないことだ。かなりピリピリするものを感じているのだろう。

ツァンギライは衝突は「事故」だったと語っている。陰謀説を強調して対立を煽ることがかえってムガベ派の思う壺だとわかっているからだろう。ただ、ツァンギライ派の人たちがそれを信じるかというと話は別だ。ツァンギライが首相になって、経済的にも政治的にも安定すると期待していた矢先だっただけに、交通事故は(特にツァンギライ派の人たちにとって)衝撃的な出来事だったのだと思う。ツァンギライの一日も早い復帰が望まれる。

コレラも一時期ほどの勢いはないにせよ、累積患者数は確実に増えている。 考えてみれば、赤十字などの援助によって一時的に下火になっても、下水設備などの根本的な問題が解決されない限り、状況が再び悪化するのは目に見えている。

20090310215531
三軒茶屋Heaven's Doorゆっくりりのライブを見た。バンドとしてもますますまとまってきて、ぐいぐい引き込まれる。桔梗のアコースティック・ヴァージョンのような形ではじまったゆっくりりだが、4月9日には同じHeaven's Doorで桔梗も久しぶりのライブがある。楽しみ。

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2009年3月7日(土)

2009_03_07santouka今日のラーメン:「山頭火つけ麺(800円)」@横浜『らーめん 山頭火』横浜店
『山頭火』のつけ麺ということで、どんなものなのか食べてみた。きゅっと水でしめたコシのある中太麺・・・というのは最近の流行りとも言えるもので独創性はない。つけ汁はラーメンのスープを基本にしたものだと思うが、ちょっと塩辛すぎません?スープ割りしたらそれなりに美味しいスープだったのだけれど・・・★★★

朝一番でとんでもないニュースが入ってきた。ジンバブウェの首相モーガン・ツァンギライの乗った車が6日、首都ハラレ郊外でトラックと衝突、同乗していた夫人が死亡したという。ツァンギライは野党MDC(民主改革運動)の党首として、ムガベ政権に抵抗してきた人物。昨年3月の大統領選挙で多数を得たものの、選挙結果をめぐり与野党の対立が激化。先月、ムガベが大統領、ツァンギライが首相に就任し、連立政権がスタートしたばかりだった。

真相はわからないが、ムガベ派がやってきたことを考えると、単なる交通事故であると言われて「はい、そうですか」と納得するわけにはいかない。ツァンギライの命に別状はないらしいが、亡くなった夫人の冥福を祈りたい。こんなことで時代の流れはとめられない・・・そう願いたい。

Ichyari
イチャリバーズ横浜おきなわ亭。今日はシーサーさんがキューティーハニーに変身したりして(写真はハニーフラッシュの瞬間)、いつもにも増して楽しいステージだった。マッシーさんのつくるメロディーは、ぼくがつくったらマイナーなほうへいきそうなところで、メジャーな展開をする。そこが気持ちいいんだと気づいた。こんなにお腹を抱えて笑ったのも久しぶりなら、こんなにじんとさせられたのも久しぶりだ。すごく元気が出た。ぼくもこんな風に人を元気にするような音楽がやれたらいいな・・・と思った。

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2009年3月6日(金)

2009_03_06satsuki今日のラーメン:「さつき麺 冬(850円)」@天王町『麺坊 さつき
冬の限定メニューはカレー風味。とはいっても、ラーメンの上にカレーがのっているような野蛮なものではない。見た目は普通のラーメンなのに、強いカレーの香が漂う。それでいて、豚骨醤油のスープも死んでいないので、ラーメンとしてのバランスは保っている。ネギも合っているような気がする・・・★★★+

カントリー・ジョー&ザ・フィッシュをCDで買い直している。60年代のロックに夢中だった高校生の頃、ジェファーソン・エアプレーンジャニス・ジョプリンと並んで好きだったのが、このバンドだった。顔にお花の絵を描いてメロメロにトリップしたインスト「セクション43」を演奏するモンタレー・ポップ・フェスティヴァルでの姿や、観客を巻き込んでベトナム戦争に対して「ファック」を連呼し、「俺たちなんのために戦ってるんだ?」と「フィール・ライク・アイム・フィクシング・トゥ・ダイ・ラグ」を歌うウッドストックでのステージは、忘れようにも忘れられない。リーダーのカントリー・ジョー・マクドナルドウディ・ガスリーに捧げるソロ・アルバムを出しているぐらいだから、もともとはカントリー~フォークの人なんだろうけど、ルーツ・ミュージック的な土臭さを保ったまま、すっかりサイケに出来上がっているところが他では得られない魅力。ファースト・アルバム冒頭の「フライング・ハイ」もブルースっぽいギターではじまって、イマイチこなれない演奏はどろどろに泥臭いのだけれど、いつの間にかこの世のものではない世界にトリップしている。泥沼に足を取られたまま、みぞおちだけフワフワ浮んでいるような、妙な心地よさ(悪さ)。で、改めて歌詞を読んでみたら、まさにそのまんま東だった。いろいろ裏の意味がありそうなんで難しいけど、試しに訳してみよう。

ロスのフリーウェイで立ち往生
雨水がブーツの中まで入ってくる
親指は凍え つま先は感覚がない
打ち捨てられたような気持ち
車輪が水をはね ギターもびしょ濡れ
ミスター・ジョーンズは手も貸してくれない
キャデラックに乗ったやつらが二人やって来て
「乗ってく?」だってさ
ぼくは高く飛んでいく
どこまでも どこまでも

運転しているほうは山高帽
もう一人はトルコ帽をかぶっていた
やつらが車の向きを変えニヤリと笑ったので こちらもニヤリ
でも言葉は出てこない
そこでぼくはブルース・ハープを手に取り 一曲やった
そしたら気に入ってもらえたみたいで
トルコ帽のやつが振り返り
「あんたの旅を助けてやりたいな」だって
ぼくは高く飛んでいく
どこまでも どこまでも

やつは「雨のなかに残していくわけに行かないだろ
凍え死んでしまうかもしれないよ
飛行機にのせて
家まで送ってやろう」だってさ
二人はぼくをロスの空港に連れて行き
20ドル握らせた
それで料金を払って 空を飛んで
家まで帰ってきたのさ
ぼくは高く飛んでいく
どこまでも どこまでも

何だよ、無計画な旅の話じゃないか、という人は帰ってください(笑)。もちろん、「旅」は「トリップ」だし、「ハイになって飛んでいく」って言うんだから、時代背景を考えればLとSとDの話に決まってる。雨のフリーウェイに立ち往生していた泥沼の状態(ベトナム戦争の泥沼を連想させる部分もあったかもしれない)から、あっという間に空高く舞上がるところがこのバンドらしい。で、最後には「え?飛行機にのって帰った話だよ?」というオチがつく(というより、摘発を恐れての言い訳か)・・・やっぱり、好きだなぁ。

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2009年1月28日(水)

508pxdavid_byrne_2006_2SHIBUYA-AXデヴィッド・バーンの来日公演を見た。

デヴィッド・バーンを熱心に聞いてきたほうではない。トーキング・ヘッズのアルバムはひと通り聞いたし、どれもそこそこ好きなんだけど・・・問題作『リメイン・イン・ライト』もPファンクアフロ・ビートを意識したポリリズミックな音楽だと頭ではわかるんだけど、グルーヴよりもニューウェイヴらしい無機質さが先にたって今ひとつのめりこめなかった。それなのに来日公演に行こうと思ったのはいんちきアフリカ音楽の先駆者に対する敬意のためでもあり、予感のようなものがあったためでもあった。

結論からいうと、素晴らしいパフォーマンスだった。生で聞く『リメイン・イン・ライト』はぐっとグルーヴを増し、身体を動かさずにはいられなかった。だからといって、Pファンクやアフロ・ビートそのままじゃない。壊れたマリオネットにバネをつけて踊らせたようなギクシャクとした感じは、デヴイッド・バーンの音楽としかいいようのないものだ。音楽が終れば踊る人形はセルロイドのかたまりに戻る。これがフェラ・クティなら、音楽が終ってもグルーヴは日常の穏やかさの下で脈打ちつづけるだろう。

次から次へとありえないアイディアが顔を出し、聞くものを驚かせる。音楽を「型」として考えていたら間違いなく捨ててしまうであろう「思いつき」に固執して磨きあげたと言う意味では、ビーチボーイズの『ペット・サウンズ』に近い。そういえば、トーキング・ヘッズ自体、美術学生の「思いつき」でできたようなバンドだった(褒め言葉ですよ)。クレイジーな音楽は取るに足らないちっぽけな「思いつき」にこだわるところからはじまる。それこそが「ロック」というものだと思う。ギターをかき鳴らし、高音で声を裏返すデヴィッド・バーンはすごくロックっぽかった。

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2009年1月18日(日)

2009_01_18hamatora今日のラーメン:「黒豆納豆そば(740円)」@横浜『麺場 浜虎
太めの縮れ麺は、以前よりもモチモチっとした食感が強くなったような気がする。スープが開店当初よりもすっきりしたものになったので、バランス的には麺の存在感が強すぎるような気もする。黒豆納豆は臭みもほとんどなく、栄養が偏りがちなラーメンの欠点を補ってあまりある・・・★★★+

Suzy_band
スージーバンド@横浜おきなわ亭。イノウエさんのギターがますます存在感を増してきた。スージーさんの歌にぴったり寄り添うさまはまるでライ・クーダーのよう。沖縄料理を食べに来た見ず知らずのお客さんすらのせてしまうスージーさんの手腕はさすが。すごく楽しかった。

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2008年12月30日(火)

赤羽にて今年最後のチキリハ(チキリカ・リハーサル)。スタジオ内でふとギターのフレーズを思いついたので、以前ボツになっていた曲に合わせてみた。他の演奏も一新してくり返しているうちに形になってきた。(うまくいけば)トーマス・マプーモティナリウェンとナハワ・ドゥンビアをあわせたような曲になる予定。うわ、そうなったら、すごいぞ。

来年のチキリカはばりばり活動できるような状況にはないんだけど、それでもぼちぼちやっていきます。よろしくお願いします。

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2008年12月29日(月)

2008_12_29arigataya今日のラーメン:「ラーメン(650円)」@平沼橋・横浜『らーめん ありがた家
鶏油が強い印象を残す。味は濃い目だが、塩味よりも旨味が強い感じ。茹で豚風のチャーシューは好みではないはずなのだが、ボリュームがあって以前ほど悪いとは思わなかった。家系のなかでは軽い部類だが、ジャンクな部分も含めて、いかにも家系らしいラーメン。・・・★★★+

Img018トム・グレイヴズ『ロバート・ジョンソン クロスロード伝説』(Crossroads: The Life and Afterlife of Blues Legend、2008、奥田祐士訳、白夜書房、2008)を読み終わった。ロバート・ジョンソンの生涯については確実にわかっている事実が非常に少ない。そのため、「四辻で悪魔に魂を売り、浮気相手の夫に毒殺された悲劇のブルースマン」といった伝説とともに語られることが多い。もちろん、ジョンソンの音楽がそうした伝説に信憑性を与える禍々しさや陰鬱さを抱えていることも事実だ。その背景には最初の奥さんの死といったやるせない出来事や「悪魔の音楽」であるブルースに身を投じることに対する恐怖があったのだろう。しかし、悲しみや恐怖を表現するだけではブルースにはならない。ブルースはそうした否定的な感情を涙混じりの笑いやヤケクソのドンチャン騒ぎに解消する音楽だ。ようするに、ブルースマンは「芸術家」ではなく、「エンターテイナー」であるということだ。エンターテイナーとしてのブルースマンは、客を楽しませるためなら悪魔ですら利用する。

「大半のミシシッピ人は、地獄の業火が日常的に口にされる世界で育ったが、デルタ・ブルースについて書いた初期のライターのなかには、そうした文化とまったく無縁な人々もいた。そのため悪魔の物語や、伝えたい内容に合わせて聖書のメタファーを駆使する南部の宗教特有の手法に馴染みがない人々にとっては、ロバート・ジョンソンの歌詞が必要以上に禍々しく聞こえた可能性もある。つまり、荒野で悪魔に誘惑されるイエスの有名な話を、とことん真面目に、聖人ぶって伝える牧師もいれば、ユーモラスな視点から、悪魔をやたらとちょっかいを出してくる厄介者として描く牧師もいるということだ。弁護士の手法を借りるなら、すべては文脈次第なのである。
 ジューク・ジョイントでジョンソンの歌を聞いた人々は、悪魔の話や、その意味には幅があるということをよく知っていた。ジョンソンが悪魔と手を結んでいるとまともに信じこむようなことは、決してなかったに違いない」(100-1)

オジー・オズボーンのオカルトじみた演出を本気にする人がいないように、ロバート・ジョンソンが悪魔に魂を売ったことをほのめかしても、そのことを深刻に捉えるものはいなかっただろう。もちろん、ジューク・ジョイントに集まった人たちにとって、悪魔の存在が現実でなかったわけではない。恐れているからこそ、悪魔にぎりぎりまで近づいて見せるブルースマンの危うい物言いが笑いを誘い出したのだ。ようするに「俺と悪魔のブルース」のような曲は、「恐怖や震えではなく、笑い声を呼び出すために書かれた作品」なのである(100)。

本書は確実に証明できる事実から組み立てられたロバート・ジョンソンの伝記と、ジョンソンの死後、彼の音楽を「再発見」し、さまざまな伝説や噂とともに広めていった人々の「ロバート・ジョンソン受容史」とでも言うべきものから構成されている。こうした構成をとることによって、作者は伝説の霞のなかから生身のエンターテイナーとしてのロバート・ジョンソン ― 悩める神秘的な芸術家ではなく ― の姿を浮びあがらせようとしている。そこにいちばん好感を持った。

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2008年12月21日(日)

とうとう、やってしまった。大学時代にやっていたバンド=「なげやり」、17年ぶりの再結成。

スタジオに入るまで、昔のようなスタイルで歌えるのか不安でいっぱいだったのだけれど、やってみたらあっけなくシャウトしていた。曲構成や歌詞もあっという間に思い出した。まるで「先週のリハでやったじゃん」とでもいうかのように・・・ジャンプし、地団太を踏み、両手を振り回しながら、ガッタガッタ、ギャーギャー、いいおっさんがうるさいことうるさいこと。自分でもどこにこんなパワーが残っていたんだろうと思う。その分、リハ後は廃人のようになった。これを続ければ確実にやせると思うが、その分、血圧は急上昇するな・・・

そして、関西在住のため不参加のカルベくんの代役で、驚愕の新メンバーが・・・

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2008年12月10日(水)

2008_12_10special21今日のラーメン:「スペシャル21(700円)」@中山『さつまっ子 スペシャル21
鹿児島ラーメン『さつまっ子』の支店が暴力的な進化を遂げて独立。その名も「スペシャル21」という看板メニューは、焦げるまで揚げたネギと分厚いラードの層が覆う。麺はぼてっとしたハリのないもので、カップ麺の「メンタツ」を思わせる。常連の多くは納豆ご飯とあわせて注文するようだ。とにかく、過剰なラーメン・・・★★★

ButenSuzys
中山の琉球居酒屋『舞天』でスージーズのライブを見た。「泰葉」を名のる女性のお客さんが飛び入りで歌を歌ったり、「ちょんちょんキジムナー」で踊ったり、いつものように楽しいステージだった。沖縄出身のおじさんにパーランクー(沖縄の小太鼓)の叩き方やカチャーシーの踊り方を教えてもらった。終演後、スージーズのお二人、南林間支店から帰ってきたパパさんと昔の日本について話しながら、アグー豚のしゃぶしゃぶに舌鼓。美味かった。

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2008年12月3日(水)

2008_12_03mogi今日のラーメン:「雲呑麺(840円)」@三軒茶屋『らーめん 茂木
透明でアッサリしているのにパンチのきいたスープ。麺はやや柔らかめだが、それもこのスープには合っていると思わせる。そこに肉がぎっしり詰まった大ぶりのワンタンがごろごろとのる。まさに大盤振る舞いだ。途中でほんの少しだけ胡椒を入れるとスープの旨みが際立ってこれまた美味い・・・★★★★

Yukkuriri
ゆっくりりトレインの汽笛を聞きに、三軒茶屋Heaven's Doorに行ってきた。プログレを思わせるようなカメレオン的展開でも、決して「ゆっくりり」な感じを失わない・・・そんなスケールの大きさに聞きほれました。スエヒロくんの歌には優しさと切なさがある。メンバーそれぞれのキャラが(あくまで「音」として)立つようになってきたのも、すごくいい感じ。

今日の共演者はおしなべてラウドでへヴィーな「ロック」だった。そういう音も決して嫌いではないのだが、この年になるとずっとスピーカーの前にいるのはちょっとつらい。「ロックンロール」のうち言葉としては「ロック」が残ったけど、結局、ぼくは「ロール」な人なんだな・・・そんなことを言っていると、ゆっくりりのギターリスト=イノウエさんがいつもの超低音で、
 「じゃあ、わたしは『ん』だ」
 「『ん』ですか!?」
 「スエヒロくんが『ロック』で、きみが『ロール』なら、わたしは『ん』だ」

・・・そんなぼくたち、「ロック」なスエヒロくんと「ん」なイノウエさん、「ロール」なひらげと大「ロール」なイマムラさんで、大学生のころにやっていたバンド=「なげやり」を約18年ぶりに再結成します。どうなることやらわかりませんが、ひとつよろしく。

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2008年11月29日(土)

2008_11_29tentenbo今日のラーメン:「牛バララーメン(800円)」@天王町『天華彩館 天天房
『空海』があった場所に中華料理屋ができたので行ってみた。「ラーメン」にしようかと思ったが、お腹がすいていたので思わず「牛バララーメン」を頼んでしまった。牛バラの味つけはやや濃い目。麺は中華料理屋にありがちなくたっとしたもの。基本のスープは悪くないと思うので、次はラーメンを食べてみよう・・・★★★+

Tadosu
田所ヨシユキさんとスージーズのユニット=たどスーを聞きに、おきなわ亭に行ってきた。前半は着物姿で民謡中心、後半は普段着でオリジナルなどを演奏。田所さんの太い声とスージーさんのちょっと震える繊細な声は好対照で、掛け合いをしても重ねても息はピッタリ。田所さんのオリジナル「足テビチの女」「当たれ節」も、スージーさんのオリジナル「ティダのした」も、別々でやっているとき以上に美しく楽しい。消防士のサメジマさんたちと飲みながら踊りまくる。気が遠くなりそうなほど楽しかった。おきなわ亭店長「イシちゃん」は、今日が最後の出勤。藤沢で新しい沖縄料理のお店を開くとのこと。お疲れさまでした~。

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2008年11月23日(日)

国立のリバプールでイオチくんとナホさんの結婚パーティー。都立大音楽サークルの仲間が集まって、演奏三昧の楽しいパーティーになった。ひらげもナカヤマ、イマナラと出演して「シンプルライフ」を歌ったが、過剰なほどのサービス精神で暴れまくる人たちにはさまれて、ちょっと影が薄かったかも。ディープ・パープル「バーン」でキーボードを弾きまくる新婦っていうのも、何かすごい。トリを飾った新郎のバンド=イオチキングはもう絶好調。サークル時代の定期ライブのような雰囲気もあって、ついついお酒を飲みすぎてしまった。

立川の居酒屋で二次会に突入。みんな基本は変わっていないんだけど、それぞれに経験をつんでいるので話していて面白い。イマムラさんの中国の話、マキくんの北海道の話、なげやり再結成!?・・・などと話に花を咲かせるうち、気がつくと寝ていた(いや、気を失ったまま話していたのかもしれないが)。みんなに起こされたときには始発の時間だった。「はい、7000円」と会計を要求されても、「あれ?さっき払わなかったっけ?」などという始末(←申し訳ない・・・)。へろへろになりながら、家に帰った。楽しかったけど、もう徹夜で飲む年じゃないな・・・

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2008年11月22日(土)

AwamoriIchyariba_2
イチャリバーズの演奏を聞きにおきなわ亭へ。いつもなら徹頭徹尾ビールを煽り続けるのだが、「健康上の理由で今日から島酒にします!」と宣言。最初に一杯ビールを飲んだあとは、泡盛を飲み続けた。いろいろ飲み比べたものの、まだまだ味の違いまではよくわからなかった。ただ、豆腐ようは泡盛といっしょに食べるとまったく味が変わる。泡盛の苦味と反応してか、チョコレートのようなまろやかな味わいに。これはやめられん。「健康上の理由」と言っておきながら、こんなに飲んでしまっては意味がない。

イチャリバーズは久々のフルスペック編成。もしかすると、このメンバーが揃った演奏を聞くのは初めてかもしれない。ヴォーカルのシーサー玉城さんは、その過剰な明るさで観客を躁状態に巻き込んでいく。よく「お腹から笑う」なんて言うけれど、シーサーさんの高笑いは宇宙の端から端へと全速力で駆け抜ける。ギャートルズの石の文字のようになって、ぽかんと開いた観客の口のなかに飛びこんでいく。口から入った声が、小さな音符になって耳からこぼれ落ちる。耳の穴をかっぽじかれた観客は力強い歌声に身を任せ、幸せになって帰っていく。楽しかったです。

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2008年11月16日(日)

ナカヤマ、イマナラとイオチくん結婚式の余興のリハ。この曲をやるつもり。

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2008年11月15日(土)

Img805「アフリカの『今』」をテーマに国士舘大学で行われた『POP AFRICA』に朝からでかける・・・つもりだったのだが、このところ遊びすぎて(←コラッ!)ぐったり疲れてしまい、結局、鈴木慎一郎さん、松平勇二さんの発表と、一日目の最後を飾る日本のアフリカ音楽演奏者によるトークセッション+演奏しか見ることができなかった。それでも、十分得るところの多いイベントだった。鈴木慎一郎さんによる日本のレゲエについての報告は、「こんな面白いことになっているのか!」と思わせるに十分。第五福竜丸の母港でもあった焼津で毎年行われている「焼津魚市Bash」といったイベントは、レゲエがいい意味で日本に根づき、ローカル化していることを示している。なかでも焼津出身でこのイベントに毎年参加しているPapa U-Geeの「KAMABOKO YANE」なんかは、自分自身にとって大事な意味を持つホームタウンとしての焼津をクリアなイメージでビッグ・アップ(リスペクト)している。このへん、「世界の日本になったらいい」と歌う三木道三とは微妙だけれど大きな違いがある。「焼津魚市Bash」では今年から盆踊りも行われており、こうした日本土着の音楽とレゲエを結びつける(かつての河内家菊水丸のような)試みはないのかと質問したところ、フロアから葉山や高知でそうした試みがあることを教えてもらった。

(日本における)アフリカ系音楽の土着化という点では、ジンバブウェのチムレンガ・ミュージックを元にした自分たちの音楽を目指している松平くんのロワンビラはまさにそうしたグループだ。自分たちの音楽を思いきりアピールしていたので、よほど「ぼくもチキリカというバンドをやっているんですが・・・(ここにCDがあります!)」と便乗しようかと思ったが、あまりにでしゃばりなのでやめておいた(笑)。ビデオとはいえ、ロワンビラの演奏をはじめて聞かせてもらった。なかなか、やるなぁ・・・

ジェンベの武田ヒロユキさん、ムビラのハヤシエリカさん、ケニアの弦楽器ニャティティのアニャンゴこと向山恵理子さんによるトークセッション(司会は国士舘の鈴木裕之先生)と演奏も興味深かった。三人とも、「いんちきアフリカでいいのだ!」と開き直るひらげとは違い、伝統音楽のスタイルにある意味頑固にこだわり続けてきた人たちだ。それだけに、日本とアフリカのギャップを感じて悩んだことも多かっただろう。個人的にはポップであれ、伝統的なスタイルであれ、あるいは「いんちき」という名の雑種であれ、自分が本当に好きなスタイルで演奏すればいいのだと思う。ただ、聞き手には演奏者の思惑とは別のものを持って帰る自由がある。それは音楽ですらないかもしれない。それでいいのだ。演奏を聞いて「大人になるのが楽しみになりました」と言った若者のことを嬉しそうに話すアニャンゴさんの姿を見て、そう思った。エンターテイメントであれ儀式であれ、それがコミュニケーションというものなのだということを、三人(三組)の演奏が物語っていた。

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2008年11月13日(木)

2008_11_13okinawatei今日のラーメン?:「ソーキソバ」@横浜『ヘルシー居酒屋 おきなわ亭
沖縄そばをラーメンに入れるとウチナンチューに怒られそうだが、番外編ということでお許しいただこう。あっさりしたダシは実に上品だが、コーレーグースーを数滴入れるとぐっと旨みが持ち上がってくるから不思議。ソーキもしっかり脂抜きしてあるから、ボリュームの割にはあっさりといただける。美味しいです・・・★★★★

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昨日食べた山羊刺しのせいで、一日中動物園のような臭いが胃からこみあげてくる。「よくも食いやがったな、め゛ぇええ」と、臭いでぼくの身体をのっとろうとしているかのようだ。美味しかったんだけどね。美味しかったんだけど・・・一皿平らげるべきではなかったな。でも、スタミナはつくみたいで、昨夜かなり飲んだのに元気ハツラツ。山羊ってすごい。いっそ山羊になりたい!め゛ぇええええええええ!!

二日連続で沖縄音楽のライブ。今日は、昨日のスージーズ@舞天で知りあった田所ヨシユキさんの演奏を聞きに、おきなわ亭へ。スタンダードな民謡でじんわりとはじまりながらも、合いの手やカチャーシーで観客を巻き込んでいく。途中からキョーコさんが島太鼓で加わり、「島唄演歌」=「足テビチの女」や、「あたれあたれ宝くじ~♪」と歌う「当たれ節」などのオリジナルも披露。ズドーンときました。「足テビチの女」は物語を感じさせますね~。想像力をかきたてられます。田所さんとスージーさんのユニット=たどすーも聞きに行こうかな。

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2008年11月12日(水)

2008_11_12idaten今日のラーメン:「らー麺(650円)」@相模原『麺処 韋駄天
真っ白い豚骨スープは苦手なクリーミー系スープを連想させるのだが、食べてみるといい意味で裏切られる。たしかにクリーミーでもあるのだが、それ以上に豚骨の旨みがガツンと出ていて、なかなかパンチがある。セオリー通りの極細麺もグー。かなり辛めの高菜や辛魚粉などを入れても美味い・・・★★★★

Suzys
仕事帰りにミクシーをチェックしたら、スージーバンドのスージーさんが中山の沖縄居酒屋『舞天』で演奏をするという書き込みがあった。横浜線を途中下車してお店を探す。ちょっと奥まったところにあるので、見つけるのに苦労した。知る人ぞ知る店といった感じだが、平日だというのにほぼ満席状態。ステージ前のカウンター席に案内された。今日はスージーさん(三線・歌)と奥さんのキョーコさん(島太鼓)による純民謡スタイル。沖縄民謡に「与作」「北海盆唄」なども取り混ぜながら、お客さんをのせていく。ひらげも小太鼓片手に踊りまくった。終演後、山羊刺しを肴にビールをあおる。山羊の野性味にひっくり返りそうになった。『舞天』のママさん、三線弾きの田所ヨシユキさん・・・と相次ぐ強力キャラの登場にたじたじとなりながらも、出演者に混じってこっそりビールを一杯おごってもらう。ここでは沖縄の美味い料理とお酒に加えて、毎晩、沖縄民謡の演奏が楽しめるらしい(出演者がいない日はママさん自らが歌う!)。これはヤバイ店を教えてもらった。また来ようっと。

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2008年10月11日(火)

2008_11_11kairakutrei_2今日のラーメン:「角煮ラーメン」@天王町・平沼橋『皆楽亭
久しぶりに近所のラーメン屋に行ってみた。常連と思しきお客でにぎわう店内。落ち着いた味のごく普通の醤油ラーメン。とりたてて美味い!ということもないが、不満もない。角煮はかなり甘めの味つけで、角煮の甘さがスープにも出てしまっているところが、ちょっと微妙・・・★★★


筑紫哲也の追悼番組で、井上陽水が「最後のニュース」を歌っていた。「ただ、あなたにGood-Bye」 ― この言葉がこんな響きを持ってしまう日が来るなんて、作者の陽水自身、思いもよらぬことだったろう・・・歌いながら、涙をこらえているのがわかる。以前、ステージで亡父の話をして泣き崩れた陽水は、それ以後、どんなにリクエストされてもそのときの歌=「人生が二度あれば」を歌おうとしなかった。それは筑紫さんと同じ男らしいテレでもあったろうし、生の感情をシュールな言葉で包み「歌」として迸らせる、プロの歌手としての矜持でもあっただろう・・・この日も寸前まで行きながらも、最後まで涙を見せずに歌いきった。

ぼくはかんたんなことで泣きすぎだ。笑顔を作る努力をする前に、泣いたり、怒ったり、嘲笑ったりするのは、愚かなことだ。筑紫さんの笑顔を思い出しながら、そんなことを思った。

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2008年11月10日(月)


南アフリカの女性ヴォーカリスト、ミリアム・マケバさんが亡くなった。ぼくは残念ながら生の歌に触れる機会はなかったけれど、「ママ・アフリカ」の愛称にぴったりの大きくてあったかい歌を歌う人だった。ご冥福をお祈りします。

関連記事@ひらげ日記
2006年6月5日(月) 『私は歌う:ミリアム・マケバ自伝』
2006年3月29日(水) 映画『アマンドラ!希望の歌』
2005年7月22日(金) ヒュー・マセケラ来日公演

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2008年10月30日(木)

2008_10_30douraku今日のラーメン:「ラーメン(600円)」@蒲田『拉麺道楽』蒲田店
一見家系のように見えるが、ライトなスープに中太ストレート麺という組合せはまったく別物。麺はコシがあってそれなりに美味しいが、スープはもう少しコクのようなものが欲しいところ。麺ともやしを受けとめるには少し弱いような気がする。チャーシューはあまり美味しくない・・・★★★

Ichiya
イチャリバーズ横浜おきなわ亭。いつものように楽しいライブに、今日はキョーコさんが島太鼓、おきなわ亭店員の若者「まっちゃん」がパンキッシュなエレキ・ギターで加わって、「島人の宝」のパンク・ヴァージョンなども。しこたま飲みました~。

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2008年10月19日(日)

Suzy_band
横浜おきなわ亭にスージー・バンドの演奏を聞きに行った。今日はギターリストが不在で、イマイくんとキョーコさんのジェンベ隊、さらにゲストにウクレレ+歌でミケさんが加わるという編成。楽しかったです~。

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2008年10月17日(金)

横浜Thumb's Upンゴマ・ジャパニのイベントを見に行った。仕事のあとだったので途中からだったけど、入るなりインチキ・カウボーイのような格好をしていかにも叩きにくそうなケニアの太鼓を叩いているミズカワくんの姿が目に飛び込んできた。おおっ、やっぱり太鼓は生にかぎるね。どのグループの演奏も楽しかったけど、最後に世界初の女性ニャティティ(ケニア・ルオ人の弦楽器)奏者=アニャンゴこと向山恵理子さんたちの演奏に、ケニヤから来日したニャムング・オディアンボ師匠が加わるとボルテージは最高潮。やはり、格が違う。存在感というか。ローリング・ストーンズもかっこいいけど、ハウリン・ウルフがでてきてガーンというか・・・辛抱たまらず踊りだした。素敵な夜をありがとう。

Img654_2平野千果子『フランス植民地主義の歴史 奴隷制廃止から植民地帝国の崩壊まで』(人文書院、2002)を読み終わった。1848年フランスで、ナポレオンによって復活させられていた奴隷制が廃止される。同じ年、長い征服戦争の末、同国はアルジェリアの北部一帯を支配下に置いた。つまり、フランスにおいて奴隷制の廃止と植民地の拡張は同時進行で行われたのだ。奴隷制という「野蛮」から解き放たれた植民地は、「遅れた地域」を「文明化」する高邁な事業として正当化されていく。アルジェリアを植民地化する目的として、同地における奴隷制の撤廃があげられていたのはそのことを裏づけている。そのため、奴隷制の廃止に奔走したシュルシェールも、人道主義者として知られるユーゴーも植民地そのものには反対しなかった。また、共和制と王政・帝政の間を目まぐるしく行き来した19世紀のフランスにおいて植民地の拡大を推進したのは、プロシアからの領土奪還に力を注ぐべきであるとする保守派ではなく、革命の「文明的な」理念を輸出しようとする共和派のほうだったのである。

よく言われるフランスの「同化主義」は、「文明化」という建前の論理的帰結である。しかし、植民者の優位を保つためには、現地人のフランスへの同化を簡単に許すわけにはいかない。実際には、植民者と現地人がそれぞれの役割を果たす「協同政策」がとられることのほうが多く、現地人にフランス市民としての権利が与えられることはほとんどなかった。にもかかわらず、現地人にフランスへの同化を望む声がなかったわけではない。仏領ギアナに白人黒人の混血として生まれたイスマイル・ユルバン、フランス軍への積極的参加を呼びかけたセネガル人ブレーズ・デュアニュ、さらにはフランス共同体の再編に道筋をつけたセネガル初代大統領サンゴール、マルチニークのフランス海外県への昇格を推進したエメ・セゼールまで、現地人の地位向上に奔走した人びとの多くがある程度、同化主義的な姿勢をとらざるを得なかった。それは旧宗主国に精神的に依存する「植民地意識」の現れでもあっただろうが、フランスへの経済的依存という現実を踏まえた上での選択だったと言うべきだろう。結果、フランスにはかつての植民地の一部が海外県といった形で残された。独立した地域も旧宗主国への経済的依存を脱することはできず、多くの労働者をフランスへ送り出している。さまざまな民族から構成されたサッカーのフランス・ナショナル・チームが、生粋のフランス人監督によって率いられていることを著者が素直に喜べないのも、こうした背景があるからである。

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2008年10月11日(土)

2008_10_11fuunji_2今日のラーメン:「つけめん(750円)」@新宿『風雲児
前回ラーメンを食べたときには豚骨と間違えてしまった濃厚な鶏白湯スープは、つけ麺でも変わらない。濃厚でありながらどこかマイルドなのは鶏ゆえか。そこに魚粉が加わる。ラーメンのときにはさえない感じのした太麺もつけ麺にすると食べごたえがある。美味しい・・・★★★+

Automama_3Automama2Automama3_2Automama4Automama5Automama6
新宿シアタープーautomamaのパフォーマンスを見た。古い雑居ビルの3階。場末のバーのような雰囲気の店内。でも、思ったよりも音響は悪くない。automamaことスミハラくんは打ち込みの操作をしながら、マイクを握り声を叩きつけていく。かなり激しくて尖がった音だけど、ループするパーカッションにひっかかるようなクセがあって、それがポリリズミックな推進力を生みだしている。身体が動きだす。共演のデタチメントは打ち込みをバックにギターとヴォーカルでハードロックをやる、というスタイル。話だけ聞くとちょっと無理がありそうだけど、曲がいいのとギターもヴォーカルも潔い感じがカッコよかった。

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2008年10月5日(土)

Tikirica_2
南半球系バンド・チキリカ、久々のライブ@高円寺Showboat。無事終了しました。今回はニューCD『Boo Booo...』の発売記念。来てくださった皆さん、ありがとうございました。たくさんの方に盛りあげていただき、感謝感激です。写真はキョーコさんに撮影していただきました。

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2008年10月2日(木)

2008_10_02washyou今日のラーメン:「中華麺(700円)」@三軒茶屋『めん 和正
カウンターだけの店内に漂うお魚の香。おいしいラーメンの予感。煮干系の苦味と旨味があふれたスープは脂もけっこう多いが、それがいいバランスで引き立てあっている。平打ちをねじったような麺も口当たりがいい。一見変哲のないメンマもかみごたえがあり、グー。美味しいです!・・・★★★★

Yu
三軒茶屋Heaven's Doorゆっくりりのライブを見た。井上さんがたくさんギターを弾くようになっていた。曲のよさに加えて、今日は何かすごく10代な感じがした。とくに「なまけもの」。共演のSOLIDAFROはドラムがすごくカッコよかった。

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2008年9月23日(火)

チキリハ(チキリカ・リハーサル)。

Bus
南半球系バンド・チキリカが久しぶりにライブを行います。新しいCD『Boo Booo...』(写真)の発売記念です。みなさん、お誘いあわせのうえ、おこしください。

2008年10月5日(日) 
高円寺Showboat (TEL:03-3337-5745)
開場18:30/開演19:00 チキリカの出演は1番目で19:00頃からになります
チャージ:前売1800円、当日2100円+ドリンク代
(当日おこしになる方はあらかじめ、ZUA06212@nifty.com〔平尾〕までメールをいただければ、前売扱いで入れるよう手配します)
チキリカHP:http://sound.jp/tikirica/

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2008年9月18日(木)

2008_09_18chabuton_2今日のラーメン:「八丁味噌のせ秋塩らぁ麺(850円)」@『ちゃぶ屋 とんこつ らぁ麺 CHABUTON』ヨドバシ横浜店 秋の季節限定メニュー。「塩らぁ麺」といっても一般的に言う塩ラーメンではなく、とんこつである。そこに八丁味噌がのり、混ぜながら食べる趣向。ちょっと『一蘭』みたいでもある。インパクトはないが、味噌の酸味とコクが加わるとなかなか美味しい・・・★★★+

Img560チウォニソの新作『レベル・ウーマン』が届いた。今年のジンバブウェ旅行ではチウォニソのライブを見ることができず、ちょっとさみしかったのだが、アメリカに渡ってこんな素晴らしい作品をつくっていたとはね・・・以前紹介した『グローバル・リズム』誌の記事にのっていたのはこのアルバムのことだったんだな。あのときは情報が少なくてわからなかった。前作『タイムレス』はムビラ+パーカッションという完全にアンプラグドなつくりだったが、今回はギターやベース、曲によってはドラムやホーン・セクションなどが加わったバンド・サウンドになっている。とは言っても、デビュー作『エイシェント・ヴォイセズ』の取ってつけたような感じはない。ムビラが作りだす音のイメージを大切にしながら、西洋楽器で肉づけしたのだろう。すごくチウォニソらしい音だ。しばらくはヘヴィ・ローテーションになりそう。

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2008年9月14日(日)

Suzy_3Kijimuna_2
横浜おきなわ亭でSUZYバンドのライブを見た。琉球戦隊キジムナー(写真右)になったりして楽しかった。

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2008年8月16日(土)

マチダさんのスタジオでチキリカのニュー・アルバム最終チェック。レコーディングから数えると数年かかりましたが、ようやく完成にこぎつけそうです。というわけなので、発売記念のライブをやります。2008年10月5日(日)高円寺Showboatです。詳細は決まり次第、告知します。

キーちゃん夫婦の家で昼から行われていた予備校時代の同窓会に、夕方から参加。前回集まったのは、長女のハルちゃんがまだ1歳かそこらのころだったから、もう7~8年も前になる。キーちゃん夫婦は以前のぼろアパート(失礼!)を引き払って立派な家を建て、娘も3人になっていた。タカ&シーやイッコやユキもみんな子持ちだ。大人たちが20年前を思って飲んだくれるなか、大はしゃぎする子供たちでリビングは幼稚園のようになっていた。ギターがあったので子供たちの書いた言葉に曲をつけてやると、思いのほか受けた。「なんでギター弾けるの?」「それはぼくがミュージサンだからだよ」・・・チキリカのレコーディングがほぼ完成した勢いもあり、堂々の音楽家宣言となった。それでも「ギター教えて!」「わたしもミュージさんになりたいな!」と群がってくる子供たちはかわいい。寝ている間に足の裏に落書きされてたって、気にしない(笑)。

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2008年8月15日(金)

2008_08_14yahman今日のラーメン:「らはめん(650円)」@江古田『Rahmen Yahman
店頭にはジャマイカの国旗が飾ってある。店名もジャマイカのパトワ語。店内に流れるのはレゲエで、店員さんはみなラスタマンのようないでたち・・・これで何でラーメン屋なんだ!?(笑)。でも、出てきた醤油ラーメンは豚骨を基本に魚介系のダシをきかせた濃厚なスープに、太めのストレート麺という本格的なもの。美味い・・・★★★★


昨日に引き続き、アカシモモカさんのライブに行ってきた(YouTube 1 2 3)。今日は江古田のFlying Teapotで、ウッドベース弾き語りの後藤勇さんや、謎のユニット(?)=モモカトロニカをはじめとする腕達者なミュージシャンとのコラボという趣向。全編ソロだった昨日のライブと比べると、モモカちゃんもリラックスしているようだった。曲の良さも光っていたし、モモカトロニカでパーカッションを担当する松島玉三郎さんのパフォーマンスも楽しかった。ああ、またこれでしばらくモモカちゃんのライブは見れんのですなぁ・・・ちなみに、大分インターネットTV放送で、モモカ嬢のレギュラー番組がはじまるとか。チェキラ。

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2008年8月9日(土)

Img512ウェルズ恵子『黒人霊歌は生きている 歌詞で読むアメリカ』(岩波書店、2008)を読み終わった。黒人霊歌について書かれた本は数多くあるが、この本の特徴は霊歌の収集・研究、受容の歴史をたどり、あとから付け加えられ修正された部分を排して、本来の霊歌が持っていたニュアンスに実証的に迫ろうとしている点にある。

「黒人霊歌のパフォーマンスが主張するものはなぜこんなにも多様なのか。本当の黒人霊歌はどれなのだろうか。甘美さも清らかさも泥臭い声も乾いた感じの歌詞も、どれも本当かもしれないが、本当の『本当』があるようにわたしには感じられた。奴隷制時代の歌が知りたい。もともと口承だったとはいえ、いまでは楽譜で流布している黒人霊歌。いったいその歌はいつどこで紙上に固定されたのか」(vii-viii)

もちろん、著者は、奴隷解放運動ハーレム・ルネッサンス、あるいは公民権運動において霊歌が果たした役割を理解している。しかし、一方で、そうした運動に転用される過程でこぼれ落ちてしまったものを拾い集め、のちに読みこまれた意味を引きはがして、霊歌本来の姿を明らかにすることに意義を見い出している。

こうした作業を実証的にやろうとすると、思いのほか難しい。なぜなら、霊歌のシンプルな歌詞から確実に読みとれる意味だけを拾いあげようとすると、言葉がどのように受けとめられていたのかという大事な点について、あまり大胆なことは書けなくなってしまうからだ。著者は霊歌が苦難に満ちたアフリカ系アメリカ人の体験に根ざしていることを認めながらも、歌詞の分析についてはストイックなまでに宗教的解釈にこだわっているように思える。例えば、ヨルダン川をテーマにした霊歌についての一節(76-80、88-90)。これらの歌について、霊歌を歌っていた人々は死による解放と現世における解放という二つの希望の間を行き来していたのであり、ヨルダン川を越えてたどり着く場所は天国であると同時に北部でもあったと考えることもできる。しかし、北部への逃亡という「現世における解放」が宗教的な歌詞に託されていたかどうかを実証することは困難だ(公民権運動のなかで「創作」された可能性もある)。だから、著者はあえてそうした解釈には触れないようにしているのではないか。本の後半、伝記的事実がある程度明らかな辻説法師=ブラインド・ウィリー・ジョンソンやブルースマン=ロバート・ジョンソンについての章が、現実の出来事と彼らが心のなかに抱いている神や悪魔の世界が交錯するように書かれているのとは対照的だ。ともあれ、宗教的なことに疎いぼくには、興味深いことが多かったのだが。

霊歌の研究・収集の歴史も丁寧にたどられている。霊歌をそのままの姿で保存しようとしたのは白人の研究者がほとんどで、アフリカ系識者はそれを洗練されたスタイルに編曲して使おうとした。その意味で、編曲からこぼれ落ちたものを拾いあげながら新しい作品に生かそうとした黒人女性=ゾラ・ニール・ハーストンはやはり特異な人だったと思う。そして、ブラック・ミュージックの行方としては、スタイルとしての霊歌は残らなくてもいいのだと思う。「あとがき」で著者が語っているように、ときには亡霊になった霊歌の歌い手たちと戯れるのも楽しいだろうが・・・

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2008年8月5日(火)

Img495オーティス・レディングの生涯を描いたDVD『ドリームズ・トゥ・リメンバー~オーティス・レディングの伝説』を見た。この手のビデオには珍しく、演奏シーン(口パクがほとんどだけど)がノーカットで収められていて、うれしい。飛行機事故の直前、バーケイズをバックに歌う「リスペクト」で、「R・E・S・P・E・C・T!」とアレサ・フランクリンのまねをしていてビックリ。オーティスとスティーヴ・クロッパーがどんな風に曲を作っていったかなんて話は、何度聞いても楽しい。なんせ、オーティスだもの。どうしたってグッとくるに決まってる。

オーティスの歌を聞くと、いつだって冷静ではいられない。全身の毛が逆立つような興奮を覚える。オーティスの歌は感情がテクニックを超えている。彼の歌が技術的に劣っているわけではない(まさか!)。あの圧倒的な歌唱力を持ってしても押さえ込むことのできない感情の爆発が、正確さよりも不器用な推進力を選ばせてしまうのだ。オーティス夫人のテルマ・レディングによると、オーティスは口パクが苦手だったそうだ。歌うたびに歌い方が変わってしまうので(ボブ・マーリィもそうだったと聞いたことがある)、昔の録音にあわせることがどうしてもできなかったのだ。つまり、オーティスの歌はスポンタニアスな(自発的な、自然でのびのびとした)ものだということができるのだが、でも、(長い間黒人とはそういうものであると言われてきたような)子どもっぽい無邪気さゆえにそうなのではない。オーティスはスポンタニアスであることを強い意志で選択したのだ。オーティスは黒人であろうと白人であろうとわけへだてなくつき合ったと言われている。それだって、子どもっぽい無邪気さからカラーラインが見えなかったわけではない。60年代の南部に暮らしていて、ジム・クロウ(人種差別)の存在に気づかないわけがない。オーティスは強い意志で、それを無視した。見えないふりをしたわけじゃない。見る前に跳んで見せたのだ。公民権運動に積極的に関わったわけじゃないけれど、オーティスはやはり「人種融和」の申し子だったような気がする。マーティン・ルーサー・キング暗殺の数ヶ月前に、飛行機事故であの世に行ってしまったのも因縁のようなものを感じてしまう。その後、公民権運動は先鋭化し、むしろカラーラインの存在を強く意識する方向に向かっていく。もしオーティスが生きていたら、どんな歌をつくっただろう。陽気なトリックスターのスライ・ストーンが陰鬱な『暴動』をつくってドラッグに溺れていったように、オーティスも大きく変わっていかざるをえなかっただろう(「ザ・ドック・オヴ・ザ・ベイ」はその予兆だったのかもしれない)。そんなことを考えながら、夢見るようにオーティスを語るスティーヴ・クロッパーやジム・スチュワートスタックスの創設者)の姿を見るにつけ、つくづく偉大な男だったんだなぁと思う。

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2008年7月31日(木)

2008_07_31usagi今日のラーメン:「らーめん(680円)」@神泉『神泉のらーめん屋 うさぎ
鶏がらベースに魚ダシを加えたスープは、鶏・魚・醤油の旨みが調和して、強いインパクトを生み出している。少し苦味が残るぐらいの感じが好み。ストレートの細麺は固めに茹でられており、ぱりっとしたコシがあって美味い。看板が小さいのでわかりずらいが、ぜひ一度行ってみて欲しいお店・・・★★★★

Yuttkuriri
渋谷屋根裏ゆっくりりのライブを見に行った。今日はいつものアコースティック・オーケストラではなく、「ゆっくりり」ことスエヒロくんの弾き語り。どんな感じになるのかと思っていたら、バンドでやるのとはまた違った良さがあって感動してしまった。部室でつくったばかりの新曲を聞かされているような身近さが感じられて、曲の良さがダイレクトに伝わってくる。これから生まれる娘に捧げた新曲も良かったけど、やっぱり「ふくをきたさるのうた」が最高。最後のくり返しの部分に身を任せていると、頭のなかでメッセージがハウリングをおこしたようになって、気が遠くなる。ある意味、ゴスペル的な名曲。

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2008年7月21日(月)

Img489イノウエさんと曙橋Back In Townにスコットランド出身のアコーステック・ギターリスト=トニー・マクマナスの演奏を聞きに行った。ウッディなつくりの落ち着いた店内には、内外のフォーク/カントリー系のミュージシャンの写真が所狭しと並ぶ。なかでも目立つのは、キングストン・トリオ。写真の数も多いし、トリオはもちろん、一時期メンバーだったジョン・スチュワートも来店しているらしい。そういえば、お店の名前もキングストン・トリオが故郷のサン・フランシスコで行った凱旋ライブを収めたライブ盤のタイトルと同じだ。60年代にいわいる「カレッジ・フォーク」を楽しんだ人たち(とうに還暦を超えているはず)が演奏を楽しみに来る店といった雰囲気もある。とはいえ、出演者はさまざまな分野でアコースティックな演奏をしている人たちで、客層もカレッジ・フォーク世代からぼくのような比較的若い(!)人まで幅広い。

まずは日本を代表するアコースティック・ギターリストのひとりにして、TABギタースクール社長でもある打田十紀夫さんが、巧みな演奏とコミカルな話術で場を暖める。ブルース・ナンバーもさることながら、アパラチア音楽のメドレーにしびれた。オリジナル曲「河津」をはじめとして、すべての曲が尊敬するジャイアント馬場さんに捧げられているというのも、素敵だ。二人ともパフォーマーにして社長ということで、共感するところがあるのだろうか。休憩をはさんでマクマナスさん登場。予習のために買ったCDを聞いた印象では「ケルトの超絶テクニシャン」という感じだったのだが、生で聞くとちょっと違う。ギターの音につつみこむような暖かさがある。テクニシャンというよりも、酒場の空気にギターの音を同化させる流しのギターリストのようだ(もちろん、テクニックはものすごいのだけれど)。訥々と語るMCでも「これはぼくの友だちが一晩飲み明かした朝、手に入れた曲なんだ」とか言っていて、何とも味がある。スコットランドの人なのでケルト系の曲ばかりやるのかと思ったら、14世紀(だったかな?)の中央ヨーロッパ=ユダヤの曲とか、ルネッサンス期のイタリア人(?)作曲家の曲とか、あるいはカナダ人の職人が作ったシタールのような音(サワリ)を出すギターを使った中近東風の曲とか、レパートリーは多彩でどれも美しい。アンコールでは打田さんとブルースを弾いたりもしたけど、基本的には「クラッシック」という分野が確立する前の、ヨーロッパ音楽の古層を掘り起こしたものが多かったように思う。そのころのヨーロッパ音楽って悪くないんだよ。じっくり聞いていると、けっこうストリートな感じがするんだ。

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2008年7月19日(土)

2008_07_19mattch_bo今日のラーメン:「つけ麺(730円)」@渋谷『紀州和歌山らーめん まっち棒』渋谷店
和歌山ラーメンの「つけ麺」というのははじめてだが、渋谷店はけっこうメニューが豊富なので驚きはない。つけ汁は濃い目につくってあるせいか、かなりの豚骨臭。だめな人はだめかも。麺は縮れた細麺で普通の「和歌山ラーメン」とはかなり違うイメージ。つけ麺といえばぶっとい麺が主流の昨今、やや物足りない・・・★★★+

先週、新宿のディスクユニオンに行ったら、店員さんに「来週の土曜、アフリカものが大量入荷しますよ」と囁かれた。麻薬の取引のようなワンポイントの口コミ情報に色めきたち、取るものもとりあえず行ってきた。「(開店1時間前の)10時に整理券を発行します」というホームページの告知に、「ふっ、ワールド・ミュージック・ブーム華やかかりしころならいざ知らず、今どきアフリカ音楽に群がる輩がそんなにいるものか」という侘しい達観を抱きながらも、開店の10分後には到着。それなのに、三角目になった連中がすでに3人ほどエサ箱に群がっていた。や、やばい。出遅れた・・・少々焦りながらも、キング・サニー・アデユッスー・ンドゥール/エトワール・ドゥ・ダカール、レイル・バンド、ラミン・コンテなどを次々にゲット。さすがに出費もかさんだが、めったにあることじゃないし(ニマニマ)。いつか結婚したら、きっとこんなことできなくなるし(ニマニマ)。さて、どれから聞こうかな(ニマニマ)。

Dscn0810_2大量のレコードを抱え、ニマニマした顔のままアフリカ日本協議会主催の公開講座「アフリカひろば」を聞きに、青山の東京ウィメンズ・プラザへ。「アフリカひろば」では前回、ぼくもナイジェリアの作家チヌア・アチェベについてお話させてもらった。30回目になる今回は「アフリカン・ポップスの誘惑~アフリカン・ポップスで踊ろう~」と題して、アフリカン・ポップスの広くて豊かな世界に切り込んでいこうという好企画(ほんとうはこっちのほうに参加したかったりして・・・)。最初に専門は昆虫の研究だという八木繁美さんが、貴重なビデオを交えながらアフリカン・ポップスの全体像を示した。特に八木さんが好きだというルンバ・コンゴリース系のビデオは「こんなものが残っているのか~」と驚くほど、貴重なものが多かった。いきなりインドネシアのエルフィ・スカエシまで飛んでしまう展開は、ぼくは面白かったけど人によってはもう少し説明が必要だったかも。

次にフリー・ジャーナリストの伊藤裕子さんが登場して、ケニア、タンザニア、ウガンダを中心とした東アフリカのポップスについて語った。ジンバブウェもそうだが、この地域は隣接する音楽大国コンゴからの影響が強い。とはいえ、ルンバ・コンゴリースの影響下にあるレミー・オンガラ(タンザニア)のような人たちの音楽も、それぞれの国で独自の発展を遂げている。とりわけ、アフリカン・ポップスの歌詞を日本語に訳してきた伊藤さんの話からは、各地のミュージシャンがそれぞれ独自の詩的世界をつくりあげていることが生々しく伝わってきた。さらには、伝統音楽に新たな息吹を吹き込むアユブ・オガダやサミテ、従来の「大物」的なミュージシャンとは違うイメージで人気を得ているユナスィ(YouTube 1 2)やスザンナ・オウィヨといった新世代のミュージシャンがいることも教えてもらった。このへん、ジンバブウェ音楽の現況とも共通するものがある。

最後に言語学者の若狭基道さんが、エチオピアのウォライタ・ポップスについて語った。これが衝撃的。日本でエチオピアというと、演歌的なこぶしをつけて歌われるアムハラ語のポップスが知られている。それに対して、エチオピアのなかでも少数派の人々が使っているウォライタ語で歌われる音楽がある。それはアムハラの演歌風ソウルとも違う、隣国のアリ・ハッサン・クバーンなどにも近いスピード感のある音楽だ。もちろん、日本にはまったく入ってきておらず、「こんなマイナーな音楽を紹介してどうするんだ」といった批判を受けることもあるという。でも、こういう自分たちだけの音楽を聞き続けている人たちが世界のあちこちにいるなんて、考えただけで楽しいではないですか。さらに、若狭さんは言語学者らしく、言葉のリズムから音楽の楽しさに切り込んでいく。ウォライタ・ポップスの歌詞にはたいした意味はない。意味ではなく、韻やゴロあわせの面白さが重要なのだ。現地語の歌詞を見ながら音楽を聴くことによって、そのことを実感することができた。

ちなみに、お三方はそろって『アフリカン・ポップスの誘惑』という本の執筆に参加されている。チェキラ!


スザンナ・オウィヨ feat. ムビリア・ベル

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2008年7月17日(木)

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横浜おきなわ亭イチャリバーズのライブを見た。今日はドラマーが不在で、ベースのスージーさんが島太鼓を叩いた。歌あり、踊りあり、笑いありの楽しいステージだった。ヴォーカルのシーサー玉城さんは根っからのエンターテイナー。ぼくものせられて、相席したスージーさんの知り合いで消防局員のS島さんとカワイイ踊りを踊ってしまいました。ステージ終了後、三線/二胡の豊岡マッシーさんとお話をした。沖縄の歌はあまり抑揚をつけず、お経のように歌ったほうがいい。手の動きもそうだが、仏教の影響が強い。同じような音楽は本土にも見られるけど、演歌のような「こぶし」の歌はまた少し違う、とか・・・なるほど。ちなみに、恒例のお笑いパクリMC、ぼくも考えました。大西ライオン風に声をはりあげて、「なーんくーるないさー♪」・・・ってのは、どうでしょう?(笑)

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2008年7月14日(月)

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清志郎のがんが腰に転移したらしい。喉の次は腰って・・・やっぱり、使いすぎているところがやられるんだなぁ・・・って、下卑た冗談が出てしまうくらい、心配していない。一昨年、喉頭がんにかかったと聞いたときは、すごく慌てたけど・・・大丈夫、清志郎は帰ってくる。

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2008年7月12日(土)

2008_07_12idaten今日のラーメン:「つけめん(700円)」@大森『いだてん』
最近わりと流行っている太麺のつけ麺。背脂も浮いている濃厚なつけだれ。「魚プラス」というメニューもあるが、普通のつけ麺にもけっこう魚粉が入っている。なかなか美味い。麺はもう少し固めに茹でられた、ツルンとした食感のもののほうが好み(ややぶよんとしている)・・・★★★+

セカンド・アルバムのミキシングのため、チキリカ・メンバー揃ってマチダさんのスタジオへ。ベースのナカヤマくんと二人で一ヶ月ほど前に一度来ているのだが、パートごとの意見を聞いているうちに、欲しい音のイメージがより明確になってきた。つくづく、ひとりで音をつくってるんじゃないんだと思う。

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2008年7月6日(日)

Img494日比谷野音で行われたWorld Beat 2008に行ってきた。一昨年はコノノNo.1の怒涛のグルーヴに圧倒されたこのイベント、今年はモロッコからブラジル、そして再びモロッコへと軸足を移し現地のミュージシャンと交流を深めながら独自の音楽を生みだすベルギーの音楽集団シンク・オヴ・ワンと、ニューヨークのパンクやヒップホップにクレズマーの怪しげな響きをねじ込んだイスラエルのグループ=バルカン・ビート・ボックスが来日。日本の誇る集団即興楽団=渋さ知らズオーケストラと共演した。チキリハ(チキリカ・リハーサル)と重なってしまい、遅れて到着したひらげは渋さ知らズのステージは見逃してしまったが、それでも十分満足できるほど充実した内容だった。シンク・オヴ・ワンはモロッコのミュージシャン=キャンピング・シャアビとのコラボ。頭のおかしいプログレ・パンクに民族楽器でついてくるモロッコのおじちゃんおばちゃんってすごい。バルカン・ビート・ボックスはよりロック色が強く、観客はみなタテノリでぴょんぴょん跳ねる。80年代にはロックはタテノリ、ブラックやワールドはヨコノリなんて言われていたけど、もはやそんな単純な割り切り方はできなくなっている。狂乱のリズムに、もう何がなんだかわからない。最後に出演者全員がステージに登場。怒涛の集団即興パフォーマンスに圧倒される。毛穴という毛穴が開き、涙も鼻水もよだれも他の体液も流しっぱなし、関節は外れて泣きながらタコ踊り(※イメージです)。気がつけば「夏ももう終わりだな・・・」などと理屈に合わないことを呟いている始末。何だか、生まれ変わったような感じです。


↑シンク・オヴ・ワン with キャンピング・シャービ Live in London 2007

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2008年7月5日(土)

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新宿御苑前のBeer Bar=クワトロ・エスプラスで行われた「ンゴマニア・セミナー」で、ジンバブウェの都市ポピュラー音楽とその変遷についてお話をさせてもらった。ジンバブウェはムビラ音楽に代表される豊かな音楽的伝統を持つことで知られている。その一方で、首都ハラレをはじめとする都市部のポップスは、ジャズやルンバ・コンゴリース、南アフリカのンバカンガ、さらにはロックやソウル、レゲエ、ヒップホップまでアフリカ内外の様々な音楽をためらうことなく吸収してきた。それは白人植民者の町として建設され、周囲のアフリカ諸国からの移民が労働力として導入されたこの町の成り立ちと無関係ではない。外来音楽の影響を受けて大きく姿を変えながらも、ジンバブウェ音楽が決して失うことがなかったのが「笑い」の要素である。タウンシップ・ジャズ創成期のエンターテイナー=ケネス・マッタカは、歌あり笑いありのヴァラエティ・ショーで人気を博した。マッタカのグループから独立したデ・ブラック・イヴニング・フォリーズやシティ・クウォッズもまたしかり。マッタカたちの「笑い」は、70年代にはサフィリオ・マジカティレに受け継がれる。その後も、「ドクター・ラヴ」の異名を持つ盲目のシンガー=ポール・マタヴィレは職を求めてやってきた女性に関係を迫るセクハラ社長をユーモラスに演じて見せたし、トーマス・マプーモと並ぶ大スター=オリヴァー・ムツクジもまた夫婦間のやりとりをMCに織りこんだ。一見神秘的に見えるマプーモの歌だって、国会に集まる政治家たちを動物に喩えたり、酒を飲みすぎて失敗した男を揶揄したり、ユーモアには事欠かない。彼らの歌はどれも何かを笑うことによって、コミュニティ内の教育やガス抜きの役割を果たしている。時間配分を間違えて、最後のほうはドタバタしてしまったけれど、多様なジンバブウェ音楽の歴史をわかってもらえたかなぁ?ハヤシエリカさんをはじめ主催のンゴマジャパニのみなさん、話をする機会を与えていただき、ありがとうございました&お疲れさまでした!


↑デ・ブラック・エヴニング・フォリーズ。本当はいけないとわかっていますが、アップしてしまいました・・・

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2008年7月2日(水)

2008_07_02ichigen今日のラーメン:「味噌ラーメン(750円)」@渋谷『北海道ラーメン 壱源』渋谷店
いかにもこってりしていそうで敬遠していたのだが、そうでもなかった。むしろ味噌ラーメンとしてはアッサリしているくらいかも。ばねのある縮れ麺はいかにも札幌らーめん。全体に悪くはないが、癖になるようなインパクトがあるかというと・・・?普通にお腹がすいたときには、美味しくいただけますが・・・★★★+

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三軒茶屋Heaven's Doorゆっくりりのライブを見た。今回はキーボードが初参加。アル・クーパーみたいなオルガンの音がいい感じ。コーラスとリズムでバンドの要になっているジェンベのショータくんが不参加だったのでちょっとやりにくそうだったけど、ゆっくりりな感じを残しながらダイナミズムを増そうというバンドの意志は伝わってきた。そして、やっぱり曲が良いなぁ・・・

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2008年6月22日(日)

2008_06_22tetukama今日のラーメン:「ラーメン(600円)」@横浜『久留米らーめん 鐵釜
久しぶりに行ってみたが、やっぱり濃厚な九州豚骨とはかなり違う。アッサリしている分、塩味が強く感じられる。麺もストレート細麺には違いないが、舌触りも弾力もいわいる九州のものとは違うのではないかと思う。本場にはこういう店もあるんだよと言われたら、ぼくにはわからないが・・・★★★

横浜おきなわ亭にスージーBANDの演奏を聞きに行きました。いつもの通り、底抜けに楽しいライブでした。写真はドリフの雷様のようにも見えますが、キジムナーです。キジムナーはガジュマルの古木に住む子どもの精霊です。この日は先日結婚式を挙げたばかりのはかるさんと奥さんに(そして実はひらげにも)憑りついて、店内狭しと踊りまくりました。ご本人の希望で目は隠してみましたが、かえって怪しいかも(笑)。
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【夢日記】
変な夢を見た。

ボックス席で面と向かいつつ 、若い女性と旅に出た。「新幹線って速いから嫌い。景色が流れていってしまうから」と女性が言う。(新幹線だったのか、と思いながら)「そうだね、でも、反対側の窓はそうでもないよ」・・・ぼくの声が聞こえているのか、聞こえていないのか、女性は黙って流れる景色を見ている。

到着したのは「富士宮」駅(なぜか、ここだけは具体的。ちなみに富士宮には行ったこともない)。そこで若い男性と合流。ぼくら3人は仲良しらしい。街角においしそうなラーメン屋を発見!・・・するが、二人にせかされて先へ。その先にマニアックな中古レコード屋を発見!・・・するが、二人にせかされてさらに先へ。三人で女性の実家に泊まる。ぼくはいつの間にか酔っ払っていて、「ラーメン屋行きたかった」「レコード屋のぞきたかった」と愚痴を言っている。「また今度、行けばいいじゃない」となだめすかされつつ、ざこ寝。

次の日は日曜だったが、なぜかぼくはバイトが入っている。今日からはじめた居酒屋の店員だ。しぶしぶ帰路についたものの、帰ってきてからバカバカしくなる。何で今さらバイトなんかしなくちゃいけないのだ。おかしい。やめたやめた。今ごろ、二人はよろしくやっているに違いない。よし、富士宮に戻ろう。

そう考えて駅までいったものの、なんとなく決心がつかない。この時間から行っても、ラーメン屋もレコード屋も閉まっているかもしれない。いや、閉まっているに違いない(もう、二人のことはどうでもよくなっていた)。駅の周りをうろうろしていると、おばちゃんに声をかけられた。「わたしは富士宮の出身よ。富士宮にはおいしいものも、観光名所もたくさんあるわよ」と強力に富士宮観光をプッシュ。さらに、近所の人たちが老若男女集まってきて、みんな富士宮出身だと言い、口々に富士宮をアピール。かえってうざくなり、「考えてみます」と言ってその場を去る。

今さらバイトにも行けず、先輩夫婦の家に行く。いつの間にか子沢山になっている。子どもたちと遊びながら、ま、富士宮は今度でいいか、と思いはじめていた。

・・・うーん、富士宮に何が!?

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2008年6月14日(土)

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アフリカ日本協議会(AJF)の主催する「アフリカひろば」で、「ナイジェリア作家チヌア・アチェベの作品に見るアフリカ文学の世界」と題して、お話をさせてもらった。アフリカ文学を代表する作家のひとりであるチヌア・アチェベが、一人ひとりの人間が持っている霊的存在「」、白人植民者や電話など現代の風物をも彫像にして取り込んでしまう神殿「ムバリ」、何度も死んでは同じ両親の元に生まれ変わる邪悪な子ども「オバンジェ」などに見られるイボ人の多元主義をいかに作品―とりわけ最初の小説である『崩れゆく絆』―に生かしていったかについて、ときおり品のない冗談を交えながら話した。いわいる学会関係者ではない人たちの前で自分の考えをお話しするのははじめてだったので手探りではありましたが、アフリカ文化の持つしなやかさが多様な価値を受け入れる「知性」にも由来するのだということが伝わっていたらうれしいです。例によって、AJFのスタッフや参加者のみなさんと飲みに行って、こういう状態に。話を聞いてくれた皆さん、ありがとうございました!スタッフのみなさん、お疲れさまでした!

次回の「アフリカひろば」は7月19日(土)、アフリカン・ポップスをテーマにやるそうです。

アフリカン・ポップスの誘惑~アフリカン・ポップスで踊ろう~
講師:八木繁美さん・若狭基道さん・伊藤裕子さん
日時:2008年7月19日(土)13:30-16:30(13:00開場)
会場:東京ウィメンズプラザ会議室

ちなみに、ぼくもンゴマ・ジャパニ主催の「ンゴマニアセミナー」で、ジンバブウェのポピュラー音楽について語ります。トーマス・マプーモオリヴァー・ムツクジから、タウンシップ・ジャズ、現地で撮ってきたムビラの演奏まで、映像や音源を駆使して「ちょっと小難しいこというディスク・ジョッキー」といったスタイルで行きます。

ンゴマニア・シリーズ Vol.4 ンゴマニアナイト!!
『ジンバブウェの伝統音楽の変容から現代音楽まで』

○日時:2008年7月5日(土) 19:00-21:00
○チャージ:2,000円(世界のビール1杯とおつまみ付き)
○講師 平尾吉直 首都大学英米文学科助手
○予約:erika_amu@yahoo.co.jp (ンゴマ・ジャパニ担当:ハヤシエリカ)
または、お店(03-3358-5609)に直接お願いします。
○主催:ンゴマ・ジャパニ http://ngoma-japani.orio.jp/
○協力:クワトロ・エス・プラス

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2008年6月11日(水)

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新ユニット(嘘)、ジゾー・ジェフ&ひらげ。

イノウエさんと渋谷DUO Music Exchangeジェフ・マルダーの演奏を聞きに行った。ジェフ・マルダーの来日と聞いて「渋いっ!!」とのけぞり返ったが、曽祖父の墓が横浜にあるせいかこれまでもけっこう来ていたらしい。特に一昨年はジョン・セバスチャンハリー細野と共演して、素晴らしい演奏を聞かせてくれたとか。全然知らなかった・・・ギター一本でステージに登場したジェフさんは巧みな指さばきでギターを爪弾きながら、これ以上はないほど力の抜けた声で歌いはじめた。ハーモニックスからはじまる下降フレーズが印象的な「キッチン・ドアー・ブルース」だ。ブルースやブルースを下敷きにしたオリジナルは、98年の『シークレット・ハンド・シェイク』、99年の『パスワード』からの曲が多い(この2枚は傑作だからね~)。ヒッチ・ハイクでブラインド・レモン・ジェファーソンのお墓を掃除しに行く(ブラインド・レモンには「ぼくの墓をきれいにして」という曲がある)という、「ガット・トゥー・ファインド・ブラインド・レモン」とか、最高。こんんなに力が抜けているのに、どうしてこんなに声が通るんだろう。決してステージに近い席ではなかったのだが、ジェフさんの声が手元にぽんと飛び込んでくる。あったかくて、せつない。ヴォーカルの素晴らしさはCDで聞いて十分わかっているつもりだったのだが、生で聞くと予想をはるかに超える美しさにたじろぐ。息をのむというのは、このことを言うのだろう。休憩を挟んだ第二部では、何といってもボビー・チャールズの「テネシー・ブルース」「スモールタウン・トーク」をジェフさんのヴォーカルで聞けたのが嬉しかった。特に、せつない、せつない「テネシー・ブルース」には涙が出そうになった。終演後、CDにサインをしてもらった。あらかじめサインに添えて欲しい名前を書いた紙を見て、ジェフさんは「おおっ?ヒラゲ?」「イエース、マイ・ニックネーム」 あまり聞かない名前だということはわかるらしい。続いて、イノウエさんの番。「おおおっ?ジゾー!?」・・・次の来日はいつかな。ヒラゲとジゾーのコンビなら、憶えていてくれるかも(笑)。

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2008年6月7日(土)

ナカヤマくんと、マチダさんのスタジオでチキリカのセカンド・アルバムのミキシング。午前11時ごろスタジオに入って、ああでもないこうでもないと音をいじっているうちに、夜の11時をすぎ、終電近くになってしまった。でも、その甲斐あって納得のできるところまで欲しい音を追求できたと思う。いよいよ、今夏発売予定です。乞うご期待。

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2008年6月6日(金)

2008_06_06rikyu今日のラーメン:「みそラーメン(680円)」@小田急相模原『らーめん 利休
ファミレスのような店構えだが、ラーメンはあなどれない。味噌ラーメンというとどろりとした重量感のあるものが多いが、ここのはサラリとしている。口当たりは味噌汁に近い。脂も少なめ・・・だが、旨味が強いので、満足感はある。つるりとした中太ストレート麺は、味噌ラーメンには珍しいタイプだが、これはこれで美味い・・・★★★+

Takahara_shyoten
町田の古本屋=高原書店は古本のデパートのようなところで、以前は宝物を抱えてニンマリ笑いながらフラフラと夢遊病者のようにさまよい出るひらげの姿が見られたものだ。数年前、駅前のビルから撤退し、すっかり閉店したのだとばかり思っていた。それが、そうではなかった。ちょっと離れたところに移転し、営業を続けていたのだ!音信不通だったモトカノに会うような気持ちで、さっそく行ってみた。

新しい店舗はやや目立たない場所にあるもののフロアは4つもあり、規模は以前よりも大きいのではないかと思えるほど。さっそく、三角目になって古本をあさる。2階の外国文学コーナーで、ディラン・トーマスの研究書『ディラン・トーマス研究』(田中清太郎)を見つけた。大学生のころ、ドアーズジム・モリソンがディラン・トーマスの詩に影響を受けたと聞いて、都立大の図書館でこの本を探した。残念なことに紛失本で見つからなかったのだが、もし見つかっていれば今頃ぼくはアフリカ系などやらずにウェールズやアイルランドの詩を読んでいたかもしれない(というのはありそうな話ではない)。それから、黒人研究の会でもお世話になっている古川博巳先生の『黒人文学入門』、黒人文学に関する座談会を中心とした『黒人文学の周辺』、アメリカン・ルネッサンスの白人作家たちが奴隷制や人種問題について書いた文章を集めた『奴隷制とアメリカ浪漫主義』を買った。

4階の音楽・芸能コーナーでは目ぼしいものは見つけられなかったが、LPが100円で売られていたので何枚か買った。アトランタ・リズム・セクションとか、ハワイのカラパナとか、ヤズーとか。なかでも収穫だったのは、宇崎竜堂率いるダウンタウン・ファイティング・ブギウギ・バンドの『海賊盤』。「ダウンタウン」といえば、松ちゃん浜ちゃんではなく宇崎竜堂という時代があった。『海賊盤』は80年代になってそれまでのバンド名に「ファイティング」を加えたころのライブ盤で、「シャブシャブパーティー」などの危ない曲が入っているためメジャーでは発売できずに、もともとは自主制作で発売されたいわくつきの名盤である。ぼくが手に入れたのはその後、メジャーから発売しなおされたものだけど(よく発売できたな)、それでもけっこう貴重なはずだ。それが100円で手に入れられたのだから、うれしい。音的にはけっこうニューウェーブを意識していて、ちょっとプラスチックスみたいなところもある。ジャックス早川義夫)の「堕天使ロック」をカヴァーしているところもいい。

古本とLPを抱えてニンマリしていたら、「蛍の光」が流れ出した。ありゃ、もう閉店・・・あわててレジに行くと、お姉さんがもう店じまいしはじめていた。店の隅にいたので見落とされたらしい。
「あの、どちらに・・・(いらしたんですか?)」
「いや、LPをあさっていたら・・・」
「え?太古からのあこがれ?」
「???あ、あの、レコードを・・・」
「あ、すみません、耳がおかしいもので・・・」
ほんとうにおかしな人だ(笑)。ぼくの周りにもAムラさんという聞き間違いの名人がいるが、あれはまだわかる。「学祭でる?」と「国際テロ」は実際、発音が似ているからだ(問題は文脈を考えずに聞こえたままを口にするところにある)。しかし、「LPをあさっていたら・・・」が「太古からの憧れ」とは・・・聞こえないと思う。それに、ぼくが古本屋のレジで初対面のお姉さんに「太古からの憧れ」を告白する理由もない。音も文脈もあっていないのに、なぜ?・・・かなり楽しませてもらいました。

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2008年6月3日(火)

2008_06_03pepan今日のラーメン:「正油野菜ラーメン(750円)」@吉野町『北海道旭川ラーメン ぺーぱん
久しぶりに横浜が誇る旭川ラーメンの名店『ぺーぱん』に。醤油味のスープは濃厚で、野菜をたくさん入れても負けない。その野菜もパリッと仕上がっていて食べやすい。縮れた麺はまっすぐ伸ばしても元に戻るのではないかと思うほどコシが強い。加えて、おばちゃんの気さくさでありながら、べたべたとしていない接客も高感度大!・・・★★★★

ボ・ディドリーが亡くなった(現地時間2日)。またひとり、ぼくのヒーローが逝ってしまった。

Have_guitar_will_travel_3ウォンウォンウォンと内臓エフェクターをぶちかましてコードをかき鳴らすボのギター・プレイが好きで、ボ・モデルの四角いギターを買った。ぼくにボの豪快な演奏がまねできるはずもなくビジュアル重視の選択だったけど、やっぱりどうしても四角いギターをかき鳴らしてみたかったのだ。ボの音楽にはどこか人を食ったようなところがある。トントントンッ、スットントンという、いわいるボ・ビートはボ以前の黒人音楽でもしばしば使われたし、もともとはキューバ音楽のクラベスのリズムから来ているのだろう。でも、ボの場合、マラカスが入っているせいか、ギターをジャカジャカかき鳴らすせいか、あるいはドラムがスットンキョーなせいか、無比の魅力がある。それはクラベスの響きも飛び越えて、アフリカに先祖がえりしてしまったような印象すら受ける。実際、ボのレパートリーには「モナ」をはじめとしてワンコードのものも多いし、1966年のアルバム『ジ・オリジネーター』は怪しげなかけ声とパーカッションによる「アフリカ・スピークス」という不思議な曲でしめくくられている。ノベルティ・タッチ、ワンコード、リズム重視、そして四角いギター・・・ボ・ビートの曲なんて一曲もやってないけど、ぼくがチキリカというバンドをやっていくにあたって、どんなにボを意識してきたか・・・わかる人はわかってくれるだろう。

最後の単独スタジオ・アルバム『ア・マン・アマングスト・メン』が出たのはもう10年以上前になるが、そのときすでにボは60代後半だったのだな。ストーンズのメンバーや故ジョニー・ギター・ワトソンも参加したその内容は、素晴らしいものだった。ヒップホップには批判的だったはずのボだが、実の孫にあたるラッパー=フィロソフィー・Gを招いて、ラップにも挑戦している。それでいて、1曲目ではジョニー・ギター・ワトソンに「スピーチ」(ラップとは呼ばない)をさせていて、「まだまだ若いものには負けん。俺たちのほうがカッコいいだろ?」と言わんばかりの気概を見せていた。その後、高血圧や糖尿病を患い、昨年5月にステージ上で倒れてからは、集中治療室で治療を受けていたという(っていうか、78歳でステージに立っていたのか!)。享年79歳。長生きと言っていいだろうが、もっと生きてほしかった。ご冥福をお祈りします。

ロン・ウッドといっしょに来た来日公演を見に行ったことを書き忘れていた!もう一度、生の演奏に触れてみたかった・・・


「ロードランナー」~「ブリング・イット・トゥー・ジェローム」~「モナ」、1972

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2008年5月29日(木)

2008_05_29yamaichi今日のラーメン:「支那そば(700円)」@町田『支那そば やまいち
無化調らしい優しい味なので、食べはじめはお湯っぽく、物足りない感じがする。しかし、舌が慣れてくるにつれて、昆布や煮干の旨みがほのかに感じられて、悪くないと思いはじめる。やや細めのストレート麺は自家製で、ぷるんとコシがあり、かなり美味しい。チャーシューだけはイマイチかな・・・★★★+

ジェフ・マルダー来日していることを知って慌てた。しかも、横浜公演は今日だ!あわわわわ・・・ジェフ・マルダーは、元妻のマリア・マルダーとともにジム・クウェスキン&ザ・ジャグ・バンドに参加。その後もソロや、マリアとのデュオ、さらにはポール・バターフィールドベター・デイズなどで活躍したシンガー。本当に好きなミュージシャンのひとりだ。2~3月に来日したマリア・マルダーを見逃しているだけに、ぜひ押さえておきたい・・・さっそく、イノウエさんを誘って6月11日の渋谷公演を予約した。楽しみ!

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2008年5月25日(日)

Encuentros演奏会のお手伝い。いっぱいまちがえちゃった(←かわいこぶってもダメ!)。お手伝いなのに、オリジナルを三曲もやった(これとか、これとか、あれとか)。お後がよろしいようで・・・ドロン。

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2008年5月23日(金)

今年の風邪はひどい。喉の奥に拳大のものが居座ったような違和感からはじまって、猛烈な痛みと共に声が出なくなる。絡んだタンをはくことすらできない状態が続き、七転八倒。ようやく喉が回復してきたところで急激な発熱に襲われた。まだ喉に違和感はあるが、ようやく立ち直った。寝込んでいる間、NHKの子供向け番組でこんなもの(↓)を見た。「もう、死ぬまでこの風邪と闘っていかなければならないのか・・・」と思い始めていたころだったので、何か胸にずきんと来ました。


「るるるの歌」@NHK教育『シャキーン!』。

同じNHK教育の『クインテット』から生まれた「目はおこってる」も最高。

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2008年5月18日(日)

チキリハ(チキリカ・リハーサル)。ギターを弾きながらリコーダーを吹くのはやっぱりムリだった。

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横浜おきなわ亭でSUZY BANDのライブを見た。今日はゆっくりりでも活躍中のイノウエさんがギター。さらに元準レギュラーのケーナ奏者シミズさんも加わって、大騒ぎ。いつもにも増して楽しいステージでした。

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2008年5月16日(金)

まさかこんなものがあるとは思わなかった。ヴィクトル・ハラの「平和に生きる権利」・・・ヴィクトル・ハラは南米チリのシンガー。1973年、アメリカ合衆国の支援を受けたチリ軍がクーデターを起こしアジェンデ政権をたおしたとき、数千の市民と共に虐殺された。今日、E沢くんに「アメリカ(合衆国)のリベラルは基本的に内向きだ」と話したばかり、明日はゲバラの娘の話を聞きにいく。で、この歌か・・・なんか偶然とは思えない。

平和に生きる権利
詩人ホーチミンがあのベトナムから
全人類に向けた一撃
きみの水田の畝から
どんな砲弾も消すことはないだろう
平和に生きる権利を
(訳:八木啓代)

レコーディングされたヴァージョンには激しいファズ・ギターが入っていてそれはそれでいいのだが、YouTubeにアップされたものは弾き語りで、より生々しい。ちなみに、ソウル・フラワー・ユニオンもこの曲をカヴァーしています。追記:まさかと思ったが、もうひとつの名曲「耕すものへの祈り」(こちらはコンポステラがカヴァー)もアップされていた。

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2008年5月5日(月)

こどもの日ということで、久しぶりに童心に帰ってデモ録音遊びに没頭。ハードディスク・レコーダーを折檻しながら、ノスタルジーに浸ってみた。できた作品はこちら

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2008年4月27日(日)

2008_04_27daijin_2今日のラーメン:「麻婆つけ麺(780円)」@渋谷『つけ麺 大臣』宇田川町店
『竈@空海』があった場所に、同じ『空海』系のつけ麺専門店が入った。今日は辛いものが食べたい気分だったので、「麻婆つけ麺」という変わりメニューを。どろりとした真っ赤なつけ汁には豆腐も入っていて、ほとんど麻婆豆腐。ラーメンからは限りなく遠いが、固めの豆腐はなかなか美味い・・・★★★+

復活後、2回目のチキリハ(チキリカ・リハーサル)。インチキ度を減らさずに、アフリカ音楽の持つリズムの訛りのようなものを再現したい。日本語で歌うとどうしても日本語のリズムになってしまうが、それはそれでいい。歌がアフリカのリズムとぶつかり合わないようにすれば・・・一方で、日本語に負けないくらいアフリカのリズムを打ち出す。あとは自由だ。

Dscn0737
錦糸町『イッツ・ベジタブル』にEncuentrosの演奏を聞きにいった。清水さんのケーナの音がいつになく生々しい。アンプを通さない生音のあったかさに近い・・・と思ったら、真空管のプリアンプを使ったらしい。今日はギターがブラジル音楽を得意とするマサオくんだったせいか、いつになくメランコリックな曲が多かったような。超絶テクによる「ドラえもんのテーマ」~「泳げコンドル君メドレー」あたりで、一瞬ポカスカジャン風になったりもしたが・・・途中、女性ヴォーカリスト=三桃さんの飛び入り参加もあり、聞き応えのあるステージでした。

ライブ終了後、『イッツ・ベジタブル』のマスターに、菜食の店を始めるまでの壮絶な人生について話を聞かせてもらった。マスターは押しつけるわけでもなく淡々と、自然に食べ物と命を与えられて生きることへの感謝を語った。ラーメン侍としてはそう簡単に菜食に傾くわけにはいかないのだが、その穏やかな語り口にひきこまれた。命をもらって生きている以上、まずは精一杯生きることだな、と思った。

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2008年4月22日(火)

2008_04_22ishin今日のラーメン:「醤油らぁめん(700円)」@横浜『麺や 維新
鶴間にあった『ZUND=BAR』系の店が横浜に移転してきた。今日は醤油ラーメンを食してみた。最初はちょっと濃いかなと思ったが、そんなことはない。魚介系のダシのせいで少し酸味はあるが、ちょうどいいバランス。プルプルっとした麺は、もう少しぱりっとしたものの法が好みだけど、十分美味しい・・・★★★+

実は塩ラーメンが一押しのお店だと言うことなので、さっそく翌日・・・

Img337横浜のレコファンでたまたま見つけたカントリーの大スター=ハンク・ウィリアムスの二枚組CD。解説を読んで、なかなか興味深い内容であることがわかった。1949年10月、ナッシュヴィルに出て間もない若きハンク・ウィリアムスは、あるラジオ番組に出演する。結果としてこの出演が、「ラヴシック・ブルース」というヒット曲を持ってはいたものの、未だ駆け出しの歌手にすぎなかったハンクの名を南部中に知らしめることになった。CDはその番組『ヘルス・アンド・ハッピネス・ショー』におけるハンクの演奏を、ラジオ録音用のレコード(流出を防ぐため内から外へ溝が刻まれた特殊なもの)から起こして収録したもの。演奏はもちろん素晴らしいのだが、それにも増して興味深いのは、この番組のスポンサーとなったダドリー・ルブランというケイジャンアカディア植民地からルイジアナに移住したフランス系住民とその子孫)出身の胡散臭い男。当時「ハダコール」という「万能薬」で南部を席巻していたルブランは、ヒット商品の売り上げをさらに伸ばすためにラジオ番組を利用することを思いつき、若きハンク・ウィリアムスの才能に目をつけた。いわば、現代版メディスン・ショーである。様々な芸で人々の目を引き、あやしげな薬を売りつけながら全国を廻るメディスン・ショーについては、マーク・トウェインについての日記で触れた。19世紀から20世紀初頭にかけて一世を風靡したこの芸能も、1930年代ごろから徐々にその勢いを失っていく。しかし、どっこい、同じようなことがラジオという新しいメディアを通して行われていたのだ(薬ではないが、同じころ南部を拠点に活動していたサニー・ボーイ・ウィリアムソンことライス・ミラーもラジオ番組『キング・ビスケット・タイム』で製粉会社の売り上げに貢献していた)。アメリカのインチキ薬とメディスン・ショーの歴史を扱ったAnn AndersonのSnake Oil, Hustlers and Hambones: The American Medicine Showでも、ルブランとハダコールに一章8ページ余りが割かれている。政治的野心も持っていたルブランは、1924年にルイジアナ州の下院議員に当選、32年には同州の州知事にも立候補している(結果は落選。その後、44年と52年にも州知事戦に挑むが、いずれも惨敗)。1940年からは断続的に州上院議員も務めた。こういう怪しげな人物が跳梁跋扈しているところが、アメリカという国のとんでもないところでもあり、面白いところでもある。一方で自らの出自に誇りを持ち、ケイジャン文化を称揚した人物でもあったらしいのだが。

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自らを破って知事となったジョン・J・マッキーセン(左)と笑うルブラン(無断借用)。二人とも胡散臭すぎます!

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2008年4月20日(日)

久しぶりのチキリハ(チキリカ・リハーサル)。煮詰まっていた新曲「輪になって踊ろう」(V6じゃないよ)は、コード進行を変えて新しいキメをつくったことで、ずいぶん良くなった。9月頃までにはライブがやりたいな。

父の誕生日。プレゼントに「八海山」を買って帰った。

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2008年4月18日(金)

2008_04_18ivan今日のラーメン:「塩ラーメン(700円)」@芦花公園『アイバンラーメン
アメリカ人の店主で話題のラーメン屋。表面に油の層があり、そのせいで一口目、「味がない!?」と思ってしまった。麺を一度持ち上げてから食べるべきだったかも。とはいえ、食べすすむうちに気にならなくなる。丸鶏ベースのスープは魚粉のせいで色は濁っているが、味に濁りはない。ぷちりと切れる麺も美味い・・・★★★★

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久しぶりにエル・スールに行った。原田さんに「今年に入って初めて?」と聞かれ「そんなことないでしょう」と答えたけど、そんなことあった。半年ぶりぐらいか。ここに来るときにはレコードを買うだけじゃなくて、原田さんとお話をしていろいろ試聴させてもらうのが楽しいので、時間がないと足が遠のいてしまう。今日もアインラ・オモウラのVCD(意味のわからないイメージ・ビデオだけど、音楽は最高)や、アルセニオ・ロドリゲスの秘密のCDやら、ティケン・ジャー・ファコリーのアフリカン・レゲエ(写真左)やら、ハイライフとヒップホップが融合した「ヒップライフ」のオムニバス(写真右)やら、ザンジバルの民族音楽やら、いろいろと聞かせてもらった。結局、全部購入。また、来まーす。

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2008年4月11日(金)

2008_04_11fuunnji今日のラーメン:「ラーメン(700円)」@新宿『風雲児
濃厚な豚骨鶏白湯に魚粉をあわせたスープは、とろりとしてなかなか美味い。ただ、なぜか表面と内側で温度がかなり違うので一度麺を持ち上げてから食べることをお勧めする。太めの縮れ麺はもさっとした食感。つけ麺だと合うのかもしれないが、個人的にはさえない印象・・・★★★+※豚骨かと思ったら、鶏白湯らしい。ぼくの舌もいい加減だなぁ・・・

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8日の日記で紹介したチウォニソの自作曲「ワンディラサ」の歌詞が、CDに載っていたので訳してみました。壊れてしまいそうなほど切ないです。裏ジャケには「報われない愛の歌・・・」と短い解説がついている。この曲、アンディ・ブラウンがプロデュースしたファースト・アルバムにも入っていたから、もともとは別の人のことを歌ったものかもしれないけれど、やっぱりかつての夫アンディのことを連想せずにはいられない。写真は若いころのチウォニソ、アンディと彼らの子供。

わかっている 求めすぎているのかもしれない
でも、時には求めることができたらよかった
何のためにここにいるのかあなたにわかってもらうだけのために
ああ、わたしの心を解放して
あなたの夢を見ることができたら、もっと簡単なのに
眠りは毎晩わたしの手をすり抜けていく
あなたが彼女のことを愛しているかどうか考えている
こんな戦いを続けていくことはできない
いっしょにいて欲しいって言ってくれる
それなら、そうできるように助けてくれなくちゃ
わからない?
わたしがあなたをどんなに愛しているか
たとえ望んでもわたしはあなたから離れることができない
前にもそう言ったはず
だから、もしわたしが泣いているとしたら
どうしていいかわからないから
ワンディラサ・・・

あなたにまつわる何かが
わたしの心の奥深くに触れた
どうしてもあなたにわかってもらうことができない
どんなに距離をとろうとしても
無駄だとわかっている
わたしはずっと変わらずにいるつもりはない
わたしたちはぐるぐる走りまわっている
そうじゃないようなふりをしているけれど
ほんとうは分かっている わたしが求めてきたものはすべてあなたのなかにある
あなたはそんなの嘘だと言ってわたしに背を向ける
なぜなの、とわたしは問い続ける
ワンディラサ・・・

いっしょにすごした夜は
日の光から隠されていた
特定の場所で口にしてはいけない言葉がある
12月の星空を見上げて
なぜ、と問いかける 
まるで7月みたい
わたしたち、引き返すには
あまりにも深いところまで来てしまった
この広がっていく 
心の裂け目を癒す手助けをして欲しい
遠くまで来すぎただけのこと
孤独な旅立ち はじめからどういうことか分かっていたから
でもやっぱり、心が痛い
ワンディラサ・・・

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2008年4月8日(火)

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ワールドミュージック専門の音楽誌『グローバル・リズム』の4・5月号に、チウォニソを紹介する記事が載っていた。見開き2ページの短いものだが、ところどころチウォニソ自身の発言が引用されていて興味深い。

チウォニソことチウォニソ・マライレはジンバブウェ伝統音楽の巨匠ドゥミサミ・マライレの娘であり、新世代のジンバブウェ音楽を担う歌手/ムビラ奏者である。父も得意としていたニョンガ・ニョンガという小型のムビラを弾き、伝承曲や自作曲を歌う。アメリカでジンバブウェ音楽を教えていた父とともに16歳までワシントン州オリンピアですごしたチウォニソは、自分は「アフリカ系アメリカ人、南アフリカ、ジンバブウェ」という「三つの文化の子供」だという。彼女の作る曲にどこかひとつところに定まらない浮遊感があるのは、そのためかもしれない。

チウォニソは、ミュージシャンの持つ語り部的な役割を強く意識している。「人々は自分たちが何者であるか知らなくてはならない。知識は力なのだから」・・・ヨーロッパによって歪められたものとは違う、アフリカの歴史を語ることによって人々の意識を変えることに意味を見いだす。また、幼い頃から「なぜ世界に不平等があるのか」と疑問を抱き、「大人になったら社会運動家か小児科医になろうと思っていた」という彼女は、歌手として語るすべを持たない人のために語ることこそ自分の仕事だと考えている。そんな言葉を裏づけるように、様々な社会的な運動に積極的に関わっている。

こうした自立した、強い女性のイメージとうらはらに、チウォニソにはどこか壊れてしまいそうな危うさがある。ジンバブウェで彼女のステージを何度も見たが、見るたびにハラハラする。強い意思を感じさせるはりつめた声と凝縮されたパフォーマンスはプロフェッショナルそのものなのだが、ポキリと折れてしまいそうな、コントロールできない切なさが聞き手の耳にも余るほどライブハウスの空間を満たしてしまう。民俗音楽としてのムビラ音楽が持つ霊感で包み込むような暖かさとも異質な、はじき出されて手からこぼれだしてしまう「真実」を不器用に拾い集めているような感触に、胸をしめつけられる。そして、ライブの前も後もチウォニソはたいていトリップしているか、酔っ払っている。「レベル・ウィミン」の「物思いに沈んだ語り」がやがて「焼けつくような感傷的でない哀歌になる。その効果は心を捉えてはなさず、はらわたをえぐるよう ― 頭と心への一撃だ」という言葉で記事が言おうとしているのもそのことだと思う。

私生活でもパートナーだった(現在は破局)アンディ・ブラウンのプロデュースで製作されたファースト・アルバム『エイシェント・ヴォイセズ』(写真左)は、ややオーヴァー・プロデュース気味であんまり好きじゃなかったのだけれど、今聞くとそんなに悪くない。でも、やっぱりセカンド・アルバム『タイムレス』(写真右)と比べると、かゆいところに手が届かない感じ。それは一作目に収録された自作の「ワンディラサ」を、二作目でまったく違うアレンジで再演したチウォニソ自身もわかっていたんだと思う。ところが、この『タイムレス』、ジンバブウェ以外ではなかなか手に入らない。「ワンディラサ」(もちろん、『タイムレス』ヴァージョン)のPVがYouTubeにアップされているので、のせておきます。

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2008年4月6日(日)

SyKakraba
昨日に引き続き、横浜赤レンガ倉庫で行われたアフリカン・フェスティバルYOKOHAMA2008に行ってきた。プログラムが大幅に変更されていて、お目当てのカラモコ・カマラさんは見ることができなかったが、セネガルのパーカッション奏者ラティール・スィーさんのグループ(写真左)と、急遽出演が決まった故カクラバ・ロビ翁の息子カクラバ・テンソーさんのグループ=サンコファ(写真右)の演奏を聞くことができた。ラティールさんのグループはジェンベ、ドゥンドゥン、ケニケニ、サバールといったぼくでも知っているセネガルの太鼓以外に、大きな四角い太鼓を3台も使っているのが目を引いた。ぱっと見、馬鹿でかいカホンのようでもあるが、カホンと違って皮が張ってある。ガーナあたりがルーツで、その後カリブ海に渡りジャマイカなどでも使われているグンベ・ドラムに近いものか。いい音だ。一方のテンソーさんは、ガーナの木琴コギリで父親譲りの迫力ある演奏を聞かせてくれた。コギリは共鳴体の瓢箪にくもの巣を貼っているため、ビーンビーンとびりついた音がする(セロファン紙を唇につけて「ぶぶぶぶ」とやったときの感じを思い出すとわかりやすい)。これが何ともいえない空間を作り出すのだ。ロビ翁の名曲「アフリカ・ユナイト」を演奏してくれたのも嬉しかった。1回のステージは短かったが、ちょっと寄付金を払っただけでこれだけの演奏が聞けたのだから大満足だ。

オクラのシチューで腹ごしらえして、昨日と同じ『Afrrican Forest』のブースでナイジェリア盤CDを物色。ムシリウ・ハルナ・イショラのVCDを2枚、ユスフ・オラトゥンジのCDを2枚購入。ムシリウ・ハルナ・イショラは「アパラ」の巨匠=故ハルナ・イショラの息子。一瞬、初代イショラの若いころの映像かと思ったが、そんなの残っているわけがない。お店のお姉さんは「息子はヒップホップをやっているんですよ」と言っていた。聞いてみると、スピード感のあるヨルバ音楽だが、全編にドラムがフィーチャーされており、ところどころ過激なほどヒップホップに踏みこむ。かっこいい。先代のイショラはゆったりとしたサウンドだったので、対照的ともいえる。一方のユスフ・オラトゥンジは「サカラ」の大御所。昨日紹介したフジと、サカラ、アパラの違いはかなり微妙。サカラやアパラのほうがのんびりしていること、サカラには弦楽器、アパラには大きめの親指ピアノが入るということぐらいで、違いがよくわからないというのが正直なところ。うーん。誰か教えて欲しい。
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アフリカン・フェスティバルは来年も赤レンガ倉庫で開催されることが決まった。次回はステージでムビラの演奏なんかも聞いてみたい。来年は赤レンガでチムレンガと洒落こみたいものだ。


今日買ったムシリウ・ハルナ・イショラのVCD収録の映像が一部、YouTubeにアップされていました(1↑ 2)。冒頭はもろヒップホップだけど、そのままずぶずぶと・・・

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2008年4月5日(土)

Africanfesta
横浜赤レンガ倉庫で行われているアフリカンフェスティバルYOKOHAMA2008に行ってきた。ムビラ・ワークショップをしているムビラ・ジャカナカのマサさんに軽くご挨拶(同じくワークショップでインストラクターをしていたハヤシエリカさんは忙しそうだったので、後ほど)。先に到着しているはずのイマイくん、ジンさん、キョーコさんを探す。見当たらないので電話をするが、つながらない。おかしいな・・・と思いながら、ケバブクスクスを買って腹ごしらえ。各国のブースを見てまわる。ナイジェリア関係のブースでシキル・アインデ・バリスターのCDを見つけた。ナイジェリア盤のCDが一枚2000円とは安い。出店していたのは『African Forest』という下北沢の東洋百貨店内にあるお店。ナイジェリアをはじめとするアフリカの民芸品やCDを扱っている他、フェラ・クティが創設したラゴスのライブハウス『シュライン』の雰囲気を日本で再現しようというイベントなんかもやっているとか。買ったのは次のCD・・・

Img247Img249Img251Img250Img248
左から
Img252①Family Planning (SKOLP 011, 1981)
②Fuji Vibration '84 '85 (SKOLP 027, 1984)
③Fuji Garbage Series Ⅲ(SKOLP 044, 1989)
④Inferno(SKOLP 056, 1996)
⑤Olympics Atlanta '96 (SKOLP 057, 1996)
⑥Music Extravaganza (VCD、写真右)

シキル・アインデ・バリスターはパーカッションとヴォーカル隊を中心としたヨルバ人のポピュラー音楽=フジの第一人者。顔が怖い。⑥のVCDはもちろん口パクだが、恐持ての風貌を惜しみなくさらしながら踊るシキル本人の姿を拝むことができる。CDのなかでは④あたりがいちばん安定した、成熟したフジという感じ。面白かったのは⑤。何だってナイジェリア人がアトランタ五輪を祝うのかサッパリわからないが、まあ、ネタは何でもよかったんでしょう。拍子抜けするほど単調なリズムではじまっておいて、ズブズブと深いポリリズムの森に引きずり込んでいく。②ではトランペット隊が「メリーさんの羊」を吹いてみせたりする。でも、結局はトーキング・ドラムが入って、ずぶずぶずぶ・・・何にしてもディープな世界である。

しばらくして、イマイくんから電話が入る。なんと、3人ともワークショップにいたらしい。口々に「ムビラは難しいよ~」と言っている。アフリカのビールを飲みながら、アフリカ話。明日はカラモコ・カマラさんの演奏を聞きにいくつもり。


上記のVCD⑥の映像が、一部YouTubeにアップされていました(12

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2008年4月3日(木)

2008_04_03shimomae_2今日のラーメン:「ラーメン(630円)」@元町中華街『下前商店
最初の一口は醤油の味が濃すぎるかと思ったが、これは濃いというよりもコクがあるといったほうが正しい。懐かしい醤油ラーメンというスタイルは出身店である『ザ・ラーメン屋』を彷彿とさせるが、より味が後をひく。端の赤いチャーシューが3枚も入っているのもうれしい・・・★★★+

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渋谷屋根裏ゆっくりりのライブを見た。前回はまだどことなく恥ずかしげだったイノウエさんのギターがぐっと前面に出てくるようになった。それでいて、バンドとしての一体感は増している。メンバー間の信頼関係というか、ツーといえばカーというか。他人のギターにこんなに気持ちよさそうに身を任せているなげやりくんをはじめて見た。何よりもメロディーが口ずさめるのがいい。また見に行きます。

ゆっくりりを見に行くと、毎回ステキなおまけがもらえる。今回はATARIMAEDANOCRACKERS(何てステキな名前!)。ずり下げたズボンをはいた男がサニー・ボーイばりのブルース・ハープをブロウしながら登場・・・したかと思うと、EXILEを「逆にリスペクトする」コントを延々と披露。その間、ドラムの女性は不機嫌そうに携帯でメールを打っている。「もしかしてあらびき団系?このまま演奏しないで終るのでは・・・」という不安が頭をかすめたころ、ハウンド・ドッグ・テイラーばりのギターにのせてワイルドなブギがはじまった(編成がベースレスというのも、ハウンド・ドッグっぽい)。かっこいい。歌詞はパロディ満載。マックが立ち上がらないことを嘆くブルースなんかもあった。最後には強引なアンコールで尾崎豊のパロディ・・・「盗んだバイクで外回り」って(爆)。こんなに笑ったのは久しぶりだ。正面からリスペクトします。

ライブ後、なげやりくんやイノウエさんと飲み明かし、イノウエさん宅に一泊。またまた、お邪魔しました~。

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2008年3月30日(日)

2008_03_30harukiya_2今日のラーメン:「中華そば(750円)」@荻窪『荻窪中華そば 春木屋
ラー博店で食べたときには「まあ、こんなもんか」と思ったのだが、本店はさすがの美味さ。鶏がら中心のスープに煮干がほんのりと香る。昆布の旨味に加えて化調も強そうだが、それはそれ。庶民的な押しの強さは、癖になりそう。ルーツにあたる『春木家本店』と比べると上品さに欠けるが、どちらも捨てがたい・・・★★★★

Img240フリップ・ロス原作、アンソニー・ホプキンスニコール・キッドマン主演の映画『白いカラス』(The Human Stain、ロバート・ベントン監督、2004)を見た。1998年、名門アテナ大学の古典学教授にして学部長のコールマン・シルク(アンソニー・ホプキンス)は、欠席続きの学生を「亡霊(spooks)」と呼んだことから、辞職に追い込まれる。欠席していた学生が黒人であったために、spooksが俗語で黒人の蔑称であることが問題になったのである。しかも、知らせを聞いた妻は、ショックからあっけなく死んでしまう。失意と怒りのなか、コールマンはフォーニア・ファーリー(ニコール・キッドマン)という若い女性と出会う。義父による性的虐待、ベトナム帰還兵の夫からの暴力、子どもの死・・・悲惨な過去を背負ったフォーニアとの関係にコールマンはのめりこんでいく。フォーニアとの恋は、コールマンに若いころの苦い体験を思い出させる。ニューヨーク大学に通っていた1948年のこと。若きコールマンは図書館で出会った女性スティーナ・ボールソンと恋に落ち、将来を誓いあった。しかし、その幸せな日々は、コールマンの実家を訪れたスティーナが彼の秘密を知ってしまったことで終わりを告げる。以来、コールマンは家族を捨て、出生の秘密を隠して生きてきたのである・・・

いつもはネタバレ覚悟でどんどん書いてしまうのだけれど、この映画の場合、回想シーンを通してコールマンの秘密が明らかになっていくところがミソなので、あらすじはこれくらいにしておきたい(それでもストーリーが知りたい人はここに)。重い過去を背負った男女の出会いというテーマがあるからこそ、単なるPC(ポリティカリー・コレクト)批判に終らずにすんだのだと思う。ドキュメンタリーではないかと錯覚する瞬間もあるほど生々しい映像と演技に、すっかりのめりこんでしまった。ぼくがずっと頭で考えてきた人種と仮面という問題にまつわる痛みというものが、こんなにヒリヒリと感じられる作品ははじめてだ・・・と書くと、せっかく隠したストーリーがバレバレか。フィリップ・ロスの原作も読んでみなくては。

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錦糸町It's VegitableでEncuentrosの演奏を聞いた。今日はチフリン≧バンドのアリガさんがダンスで参加。

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2008年3月24日(月)

「近所に水が出なくなった井戸があってさぁ」「ふーん」「つい、気になってのぞいてみたんだ」「やめなさいよ。ばちが当たるわよ」「そしたら、なかはキラキラと七色に輝いていて・・・」「えっ?」「刻一刻とその模様が変わるんだ」「もしかして・・・」「これが本当のカレイド(枯れ井戸)スコープ!」「・・・」

Kaleidoscope横浜西口のディスクユニオンで何となく気になるレコードを見つけた。グループ名はカレイドスコープ(万華鏡)。『火星からベーコン(Bacon from Mars)』というタイトルも面白いが、ジャケットを裏返すとインドの楽器サーランギーや共鳴弦つきのギターを抱えたメンバーの写真が目を引く。よく見ると表ジャケでもメンバーの一人がウードを抱えている。何だこれ?と思うと迷わず買ってしまうのがひらげのダメなところである。調べてみると、カレイドスコープというバンドは二つある。一つはイギリスのサイケ・バンドで、こちらは最近日本盤が紙ジャケで再発されたばかり。もう一つがデヴィッド・リンドレーが在籍していたアメリカのバンド(→ファンサイト)で、買ったのは後者のベスト盤(ちなみにタイトルは67年のセカンド・アルバム『火星からのろし火(A Beacon from Mars)』をもじったもの)。ほらね、買って正解!リンドレー自身、ギターの他にマンドリンやバンジョーも弾くマルチ・プレイヤーだが、このグループにはもう一人、ソロモン・フェルトハウスというサズウード(ともに中東の民族楽器)をあやつるツワモノがいた。基本のサウンドは当時流行のフォーク・ロック。そこに明らかにアラブ的な民族楽器の音が入ってくる。それも、ラーガ・ロックアシッド・フォークに見られるような雰囲気重視のものではなく、それぞれの楽器の背景にある音楽を消化した音なのだ。まさに、いんちきワールド・ミュージック!さすが、デヴイッド・リンドレー。60年代にこんな変態的なことをやっていたなんて!さっそくオリジナル・アルバムを注文した。

The Kaleidoscope, "Lie To Me"

何とYouTubeにカレイドスコープの動画が!!Captain Milkshake(1970)という映画からのもので、サイケなイメージ・フィルムがほとんどだが、冒頭でサズらしき楽器を演奏するフェルトハウスの姿を見ることができる。

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2008年3月23日(日)

2008_03_23kaijin今日のラーメン:「あら炊き塩らあめん(700円、焼おにぎりとセットで850円)@新宿『麺屋 海神』 ラーメン・チャンピオン=石神さんのお店が新宿に移転して営業再開。その日、手に入った魚のあらからダシをとった穏やかな味の塩ラーメンは、以前にも増して洗練されている。鶏つみれと海老団子も美味い。残った汁に焼おにぎりを入れてお茶漬け風にして食べるのもグー。ダシを最後まで味わえる・・・★★★★

Alan_lomax新宿のディスクユニオンで、2002年に亡くなった民俗学者アラン・ロマックスが自らアメリカの伝承歌を歌ったレコードAlan Lomax Sings Great American Ballads(1958)を買った。アラン・ロマックスは同じく民俗学者だった父ジョン・ロマックスとともにアメリカ各地をまわり、フォークやブルーズなどの伝承曲を収集・録音して歩いた。さらにイギリス、スペイン、カリブにも足をのばし、数多くの貴重な録音を残している。そのロマックスが自分で歌ったレコードがあるという話は聞いていたのだが(それも1枚や2枚ではないらしい)、実物を見るのははじめてだ。さすがに、プロ顔負けとはいかないけれど、ギターを弾きながら一応ちゃんと歌っている(曲によってはバンジョーやギターの伴奏者がつく)。顔が童顔なこともあって、「だって歌いたくなっちゃったんだもん」とでも言っているようで憎めない。そう言えば、ロマックスはソラ・ニール・ハーストンのフィールドワークに同行したこともあるが、ハーストンもまた調査用のテープレコーダーに自分の歌を吹き込んでいる(しかも何曲も!)。ハーストンにしろロマックスにしろ、自分こそが現代のフォークロアである、という自負があったのかもしれない。何よりも音楽が好きで好きでたまらなかったんだな。今日は他にもロマックスの演奏が聞けるレコードRaise a Ruckus and Have a Hootenanny With Alan Lomax and the Dupree Familyを手に入れた。こちらの方が、ウッドベースやドラム、バンジョーなどが入った華やかなつくりで、いわいる「モダン・フォーク」に近い。

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2008年3月21日(金)

Img2351967年、スタックス・レーベルのアーティストを総結集して行われたヨーロッパ・ツアー、4月7日のノルウェー公演を完全収録したDVD=Stax/Volt Revue: Live in Norway を見た。3枚の実況盤(←死語)の他、オーティス・レディングの『ライブ・イン・ヨーロッパ』などを生みだしたスタックスのヨーロッパ・ツアーだが、断片的ながら映像もあちこちで見ることができた。このDVDに収録された映像もほとんどが今までに見たことがあるものだったが、公演をまるごと収録したものははじめてだ。

MCに導かれて、ブッカー・T&MGズが登場。「レッド・ビーンズ・アンド・ライス」と「グリーン・オニオンズ」を演奏して場を暖める。メンバーはいずれ劣らぬ凄腕のミュージシャンだが、なかでも故アル・ジャクソン・ジュニアは最も好きなドラマーの一人(ボーナス・トラックとして収録されている「グリーン・オニオンズ」の別ヴァージョンでは、クールに三連を叩きこむジャクソンのドラミングを堪能することができる)。頭をぶんぶん振りながら正確無比なリズムを刻むダック・ダンのベースもすごい。ヨーロッパ人の観客ははじめて目にする「ホンモノ」の黒人音楽にときめきながらも、どうしていいかわからず戸惑っているようでもある。アーサー・コンレイエディ・フロイドサム&デイヴといった出演者たちは、そんな距離を縮めようと力のこもったパフォーマンスをくり広げる。なかでも、サム&デイヴのステージはエキサイティング。ラーメン汁一気飲みの十倍血圧があがる。そして、いよいよ真打=オーティス・レディング登場。オーティスの声は、彼が憧れたというサム・クックのなめらかな歌声とは似ても似つかない。他のスタックスの男性シンガー同様、ゴリゴリっとした荒っぽさがある。そんな声を通して伝わってくるのは、オーティスという人間の誠実さ、繊細さ、素朴さだ。他のパフォーマーは観客を楽しませようとする。オーティスは自分自身を丸ごと投げこんでしまう。相手のふところに飛び込んでいってしまうのだ。だから、オーティスの歌を聞いていると、身体のなかをかきまわされたような気持ちになる。向こう岸に身を投じることは時にすごく危険なことかもしれないのだが、そんなことはおかまいなしで機関車のように突き進んでいく・・・そんなオーティスがやっぱり好きだ。ガッタガッタ。

このDVDに収録されている映像の一部は、YouTubeで見ることができます。

ブッカー・T&MGズ
レッド・ビーンズ・アンド・ライス
グリーン・オニオン(別ヴァージョン)

マーキーズ
ラスト・ナイト

サム&デイヴ
ユー・ドント・ノウ・ライク・アイ・ノウ
スーズ・ミー
ホエン・サムシング・イズ・ロング・ウィズ・マイ・ベイビー
ホールド・オン・アイム・カミング

オーティス・レディング
マイ・ガール
シェイク」(↑)
サティスファクション
トライ・ア・リトル・テンダネス

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2008年3月18日(火)

2008_03_18yoshimuraya今日のラーメン:「ラーメン+野菜畑(590円+20円)」@横浜『吉村家
禁断症状が出たので、『吉村家』へ。野菜をのせると表面の温度が極端に下がってしまうのはいたしかたないところか。内側はアツアツなのでまあ、大丈夫。野菜にブロッコリーが入っているのがユニーク。それ以外は、スープ、麺ともいつもの『吉村家』の味で大満足。美味しいです・・・★★★★

Img233東京駅近くのCOTTON CLUBベン・シドランジョージー・フェイムのライブを見た。ベン・シドランはスティーヴ・ミラー・バンドのオリジナル・メンバーで、ジャズとファンク、ロックなどを組み合わせた独自のサウンドで知られるピアニスト。理論家としても知られており、その豊富な知識から「ドクター・ジャズ」の異名を持つ。独自の視点から黒人音楽としてのジャズを捉えた名著『ブラック・トーク』は、ぼくも自分の論文で引用させてもらった。一方のジョージー・フェイムはモッズ・ムーヴメントを代表するオルガン奏者。モッズが愛したR&Bやジャズをファンキーなオルガンにのせて歌う。才人シドランとはある意味対照的な、粋でいなせなミュージシャンのなかのミュージシャンである。この二人が仲がよいというのも面白い。「トゥギャザー・アゲイン」というツアー・タイトルからもわかるように、二人で来日するのは1993年に続いて2度目。

ライブはベン・シドランのピアノとウッドベース、ドラム、サックスという編成で、もろにビ・バップ的な演奏からはじまった。シドランのピアノはリズムのねじ込み方がいかにも彼らしい。そこにジョージー・フェイムが登場して、演奏は一気にR&B的なものに。フェイムのヒット曲「イェイェ」など、ファンキーなナンバーが続く。かっこいい。さらに、チェット・ベイカー風のジャズ・ヴォーカルや「ジョージア・オン・マイ・マインド」も。力むことなく、軽い感じで歌っているのがニクイ。ときにはオルガンを離れて軽く踊って見せたりもするのだが、これがまたさり気なくかっこいい。服装もいかにもモッズらしくオシャレ。まいりました。ベン・シドランは生真面目にフェイムをサポートしてる感じで、根っからのエンターテイナーと才人の組み合わせは意外なほどピッタリ。アンコールではシドランが一人で登場し、バラードをさらりと披露して去っていった。1時間半にもみたない短いステージだったが、大満足。

終演後、いっしょにライブを見たイノウエさんと飲んだ。有楽町のガード下で鶏料理に舌鼓を打った後、吉祥寺の『アフリカ大陸』でママさんのアフリカ料理を堪能する。イノウエさんのマンションに一泊。大画面のテレビでブルーズのビデオを見たりして、楽しかった。おじゃましました~。

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2008年3月14日(金)

2008_03_14kiraku_2今日のラーメン:「中華麺(650円)」@渋谷『中華麺屋 喜楽
さりげないがしっかりとしたダシを油が支えている感じのスープは、見かけほど濃くはないが強い印象を残す。そこに揚げタマネギが香ばしさを添える。やや平らな太麺は固めに茹でられていて、コシもしっかりしている。多めのもやしもパリッと仕上がっていて悪くない・・・★★★+

Yukuriri20080314
渋谷屋根裏ゆっくりりのライブを見た。

剛速球を投げてきたピッチャーがある日スローボールを投げてみたら、速球に劣らずすごかった・・・そんな感じ?ギター/ヴォーカルのなげやり(スエヒロ)くんは、聴衆を置いてけぼりにするような独りよがりの音楽をやる人ではない。でも、才能がありすぎて、猛スピードで走る暴走列車のなかから手を差し伸べられているように感じることもあった(それもまたカッコよいのだけれど)。ゆっくりりは名前の通り、列車のスピードを落とした。だからといって、出し惜しみしているわけじゃない。才能の使い方を縦から横に変えただけだ。スピードを落とした列車には新しいメンバーが次々と乗りこんでくる(今回はコーラスが全面参加となった)。聴衆も「これは自分のことを歌っているに違いない」と思うだろう。実際、歌は聴衆のことを言い当てているのであり、同時に歌っている当人のことでもあるのだ。刺さるなぁ。

ゆっくりりの後に演奏した三村京子さんというギター弾き語りの女性シンガーも素晴らしかった。ギターも歌もすこぶる上手い。音が怒りと痛みに満ちている。全然関係ないが、フリーダ・カーロジョン・フェイヒーを思い出した。二人とも怒りと痛みの人だからだ。

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2008年2月24日(日)

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横浜おきなわ亭でスージーバンドを見た。久しぶりのフルスペック編成で、ごきげん。みんなで輪になって踊って、たのしすなぁ~とぅっとぅる~♪

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2008年2月19日(火)

2008_02_19sakigake今日のラーメン:「つけ麺(730円)」@和田町『麺どころ 魁
つけ汁はぱっと見よりもとろりとしている。とんこつベースに鰹節系のダシが出たスープはかなりの重量感。最近流行りの極太麺は色が白く、捻れていないこともあって限りなくうどんに近い。スープ割りは魔法瓶に入ったものを客が自分でいれる方式。自分で調節できるので、いいと思う・・・★★★★

Img225_2伴野準一『スコット・ジョップリン 真実のラグタイム』(春秋社、2007)を読みおわった。「メイプルリーフ・ラグ」や「ジ・エンターテイナー」で知られる作曲家、ピアニスト=スコット・ジョップリンの生涯を通してラグタイムという音楽とその時代に迫るこんな本が、日本で出ていたとは驚きだ。ラグタイムというとジャズとそれ以前の音楽をつなぐ過渡的な音楽形式として語られることが多い。それは決して間違いではない。ラグタイムに深い愛着を抱きながらも、「ラグタイムには重要な意義があったが、しかしあの二拍子のリズムが捨て去られたのは偶然ではなく、歴史的必然というべきである」(276)という著者もまた、世紀転換期のアメリカを席巻したこの音楽の歴史的な位置づけを認識している。また、聴衆も演奏者もほとんどが白人であるラグタイム・リヴァイバルの抱える問題にも、著者は目をそらさずに切り込んでいく。ジョップリンゆかりの地セデーリアで行われたラグタイム・フェスティヴァルに参加した作者は、こう疑問を投げかける。

「今日セデーリアの善良な白人たちは、ラグタイム時代を表現したという美しい衣装を身にまとい、かつてメイプルリーフ・クラブがあった広場へと誇らしげに集っている。彼らは振り返ることができる過去を持ち始めた自分たちを単純素朴に楽しみ、そしてそのための格好の音楽としてラグタイムを使っている。しかし彼らは奴隷制時代の歴史や奴隷解放から始まった人種差別の暗い過去、そして売春宿が建ち並んでいた100年前のメイン通りには平然と背を向けているのだ」(98)

著者も指摘しているように、アフリカ系アメリカ人は新しい音楽をつくり出すことに精力を傾けてきた。ひと通り開拓が終った音楽は、意味のない遺物として退けられる。それを白人が拾って後生大事に保存する。ラグタイムに限らず、白人の好事家によって見直されることがなければ、多くの黒人音楽が永遠に失われていただろう。しかし、歴史的な背景を考えると、ラグタイムのような音楽に聞き手の勝手なノスタルジーを重ね合わせることにはもっと慎重であるべきではないか。「彼らが見ている過去とはいったい何なのだろうか」(80)。引用には著者のそんな思いがこめられている。

音楽そのものについての分析も興味深い。著者は必ずしもそう意図して書いているわけではないのだが、のちにジャズやソウル、ファンクといった黒人音楽の血となり肉となるアフリカ的な要素を、ラグタイムが隠し持っていたことを示唆する記述があちこちに見られる。ラグタイムを特徴づけているのがシンコペーションであるとよく言われるが、著者はシンコペイトするリズムと規則的に八分音符をくり返すバスの「ずれ」にこそラグタイムの特質があると指摘する(57-8)。これはいわば、一種のポリリズムである。アフリカ音楽に顕著に見られるポリリズムは、アフリカ系アメリカ人の音楽ではむしろ潜在化し、ひとつのリズムを演奏しながら演奏されないもうひとつのリズムを意識する「ずれ」の感覚としてリズムを支配していく。ラグタイムはそうした「ずれ」の感覚を、素朴な形で試みた最初の例であると考えることができるかもしれない。

さらに印象的なのは、著者がジョップリンの最高傑作と考える「グラジオラス・ラグ」と代表作「メイプルリーフ・ラグ」を比較した次の一節である。

「憂いに満ちた下降フレーズで幕を開ける『グラジオラス』は、だしぬけに若馬が駆け出すようには始まる『メイプルリーフ』とは鋭い対象をなしている。Aの後半の8小節もまた『メイプルリーフ』とよく似ているが、『メイプルリーフ』のように憂いを吹き飛ばすことはできず、迷いとためらいを引きずっている。Bでは一転して上昇するフレーズが土台に据えられて、上昇の末に何度も解放が試みられるが、楽天的な発散にはどうしても至らない。そうしたいのは山々なのだが、それを妨げる何かが邪魔しているとでもいうかのようだ。(中略)半音階的に上下するフレーズは私にはとりあえず現実を受け入れて前向きに進もうとする意志の発露のように聞こえる。しかしここにはそれを妨げる何かがあるのだ」(185-6)

クライマックスを仄めかしながら、先延ばしにすることがアフリカ音楽の特徴であるということは先日、この日記にも書いた。また、これも以前この日記に書いたが、ピーター・ギュラルニックが『スウィート・ソウル・ミュージック』のなかで述べているように、この感覚はゴスペルやソウルの高揚感を生む原動力でもあった。それはアフリカから受け継がれたものであると同時に、何度も自由を約束されながらそのたびに裏切られてきたアフリカ系アメリカ人が、明日へ希望をつなぐために磨きあげてきた感覚でもあった。ラグタイム、あるいはスコット・ジョップリンの音楽はこうしたどこまでものぼりつめていく切ない高揚を、非常におとなしい形ではあるが表現していたと言えるのかもしれない。著者と違い、ラグタイムを必ずしも熱心に聴いてきたわけではないぼくにはまだちょっとピンとこないところもあるのだが、こうした角度からスコット・ジョップリンの作品を聞きなおしてみるのも面白いかもしれない。

スコット・ジョップリンをはじめとするラグタイムの楽曲は著作権が切れたこともあって、あちこちのサイトでMIDIを聴くことができる。いくつかあげておくと
Grary's Ragtime MIDI Site
Ragtime Piano MIDI files by Warren Trachtman
Scott Joplin MIDI Connection

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2008年2月15日(金)

2008_02_15tamagatta今日のラーメン:「ラーメン(630円)」@横浜『らぁめん たまがった』横浜西口店
神奈川新町にある大分ラーメンの『たまがった』が横浜に支店を出した。様々な豚骨を煮込んでつくったスープはチーズのようなコクがあり、濃厚さの点では本店以上かもしれない。定番の細麺。今日は硬めで頼んだのだが、これがまた美味い。ちなみに店名は大分弁で「き○玉が上がるほど驚く」という意味・・・ってシモネタじゃん!・・・★★★★

Now
買ったのはこのレコードではない。実は初代広沢虎造浪曲を買ったのである。さすがに詳しいわけではないが、浪曲はけっこう好きなんである。二代目虎造の「清水次郎長伝」は駅前で売ってる廉価版カセットで買ってくり返し聞いた。が、初代は未体験。そんな折、レコファンの100円盤コーナーをのぞいたら、近所で年配の方がなくなって遺族が大量処分したのでは?と思うほど、浪曲のLPがざっくざく。100円だしね。買いあさった・・・

いや、話はそれではない。買ったのは虎造だが話は浪曲ではなく、写真のレコードなのだ。実はこれ、虎造のジャケットが底抜けで、それを補強するために入れられていたもの。つまり、レコード本体はない。でも、気になります。まず、ジャケがアフリカです。にもかかわらず、タイトルは「ナウ・フィーリング・ベスト20」・・・なぜ?収録曲はジョージ・ハリソンの「マイ・スウィート・ロード」、アメリカの「名前のない馬」、レッド・ツェッペリンの「ブラック・ドッグ」・・・当時の最新洋楽をざっくり切り取った選曲です。ただし、演奏は日本のバンドのようです。編曲は全編、柳田ヒロさんです。演奏グループのほかに、なぜかドラマーだけが別個にクレジットされていて、そのなかにはアフリカ音楽にも造詣が深かった石川晶さんや、井上堯之バンドのメンバーでRCの『楽しい夕べに』にもクレジットされている田中清司さんの名前も見えます・・・『タモリ倶楽部』でイケメンおたくタレント半田健人をDJにして、歌謡曲のインストを特集したことがありましたが(素晴らしい企画でした。見ていない方はYouTubeで1 2 3)、それの洋楽版といったところでしょう。それにしても、なぜジャケがアフリカ?ふつう、半裸のオネエチャンとかじゃないの?

結論:聞いてみたい!

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2008年2月13日(水)

2008_02_12rettushijyunmei今日のラーメン:「らーめん(太麺)(650円)」@春日・後楽園『信濃神麺 烈士洵名
丸鶏を中心にした動物系、煮干などの魚系のダシをあわせたスープは、煮干の香ばしさが印象に残るものの自然な一体感があってすごく美味しい。麺が黒いのは黒小麦を使っているとのこと。コシも風味もあって美味しい。メンマかと思ったらエリンギというのも面白い。参りました。美味しいです・・・★★★★+

Police
東京ドームで、再結成したポリスの来日公演を見た。今日の公演で再結成ツアーは99日目、明日の追加公演で100日目になるという・・・完全に本気じゃん!「メッセージ・イン・ア・ボトル」で演奏がはじまると、高く力強いスティングの声がどどんと飛びこんできた。20年以上経っているのに、まったく衰えを感じさせない。硬質で空間の多い演奏のせいもあって、若返ったようにすら聞こえる。いでたちもソロになってからのダンディーな社会派ミュージシャンのそれではない。それ以上に度肝を抜かれたのは、スチュアート・コープランドのドラム。当時から言われていたことだけど、ここまでアフリカっぽいとは!ポリリズムや3を感じさせるフレーズを多用しているのもさることながら、何気ないフィル・インの訛りかたジェンベサバールトーキング・ドラムといったアフリカの太鼓のように聞こえることもしばしば。特に「ウォーキン・オン・ザ・ムーン」ではその手のフレーズを連発。考えてみれば、初期のポリスは戦略的に選び取った「パンク」という枠組のなかにレゲエやアフリカを詰めこんだ、かなり無茶な(意欲的な)音楽をやっていたのだなぁ。それは言わば、四角い箱のなかに楕円のボールをはめ込もうとするようなもので、横にしたり、押し込んだり、皮をむいたり、いろいろやってはみるものの、ピッタリはまるはずがない。でも、ピッタリはまらないものをはめようとするその緊張感がすごく魅力的で、枠組以上にパンクだったのだと思う。そう考えると、ポリスが解散した理由もよくわかる。ピッタリはまらないものをはまらないまま受け入れていたのでは緊張感は生まれない。何とかはめ込もうとするうちに、曲がりなりにも箱とボールが美しく一致するような洗練されたサウンドが生まれた。『シンクロニシティ』でそれを生みだした時点で、それ以上緊張感を保つことはできなかったのだな・・・だとしたら、この公演の素晴らしさは何だろう。一度洗練に達してから、試行錯誤の初期、ボールを箱にねじ込むダイナミズムを再現するのは、技術的にも精神的にも相当難しいはずだ。それを易々とやってのけてしまうこの3人は何だ。「見つめていたい」でアンコールが終わったと思ったのも束の間、一人ステージに残った最年長のアンディ・サマーズがおどけて踊りだす。スティングとコープランドが再登場して、ファースト・アルバムの一曲目「ネックスト・トゥー・ユー」を演奏した。ぐるっとまわって振り出しってことなのか。とにかく、こいつら本気だ。ニュー・アルバムが出てもおかしくないぞ。

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2008年2月10日(日)

2008_02_10rikyu今日のラーメン:「らーめん(650円)」@錦糸町『麺や 璃宮
動物系と魚介系のダブル・スープ。全体に黒胡椒がまぶしてある。最初は酸味を強く感じたが、食べすすむうちにそうでもなくなった。鰹節系の味がかなりの重量感。麺はメニューにもあるつけ麺によくあるタイプの極太麺で、食べごたえがある。全体にどこか洗練されない感じはあるのだが、それはそれで良い・・・★★★★

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錦糸町『イッツベジタブル 苓々菜館』にケーナ奏者の清水康之さん率いるEncuentrosの演奏を聞きにいった。会場はいつになく国際的。中華料理店でインドの人たちと南米音楽を聞く、という不思議な展開。「コンドルは飛んでいく」や「花祭り」などフォルクローレの定番に加え、ブラジル音楽、タンゴ、さらには二胡奏者チェン・ミンで有名な「燕になりたい」、『天空の城ラピュタ』の挿入歌「君をのせて」まで、レパートリーはヴァラエティ豊か。ケーナの音は以前よりも生音に近い感触で、メロディの美しさが心に沁みる。素晴らしい演奏でした。


「コンドルは飛んでいく」

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2008年2月8日(金)

2008_02_08garyu今日のラーメン:「軍鶏白湯麺(750円)」@三軒茶屋『臥龍
流行の?鶏白湯スープはとろりと白濁しているが、とても優しい味。強烈なインパクトよりも、さり気ない洗練で染みる。麺はいかにも小麦っといったコシのある美味しいもの。具の鶏チャーシューも絶品。長い穂先メンマ、大きめに切られたネギもいい感じ。難をいえば、ちょっと優しすぎることかな・・・その優しさが怖い(←?)・・・★★★★

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三軒茶屋Heaven's Doorゆっくりりのライブを見た。あい変わらず、いい曲つくるなぁ・・・しかも、いい意味で「大きな」曲ばかり。「思っているよりもきみは強い。自分らしさは自分で決めればいい」(大意)という歌詞に勇気づけられた。ギターのイノウエさんは2週間前に参加したばかりとは思えないほど、息ぴったり(ちょっと恥ずかしそうだったけど)。アコースティックな編成でここまでパワフルな演奏ができるんだから、すごい。また見に行きます。

大学時代の同級生=ナカサくんと再会できたのもうれしかった。元気で何より。

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2008年1月30日(水)

2008_01_30aoba今日のラーメン:「醤油レギュラー(650円)」@海老名『旭川らぅめん 青葉
旭川ラーメンの名店。ラーメン甲子園に出店したときに食べに行って、その美味しさにしびれた覚えがある。豚骨鶏がらをベースに魚が香る澄んだ醤油スープと縮れた細麺という昔懐かしい感じなのだが、これが美味い。前回食べたときほどの驚きはなかったが、旨味が後をひくところはさすが・・・★★★★

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ぴろぴろ~と音がしていたから気になってはいたのだ。海老名でラーメンを食べて戻ってくると、アコーディオンを抱えた女の子が切なくはじけるラブ・ソングを歌っていた。いいね。ごきげんだね。アコーディオンっていうのがいい。寄り道してみるもんだね。「こんばんわ、なまっくまといいます!」・・・くま?そう言えば、傍らにはクマのぬいぐるみが・・・聞けば、「恋するニワトリ」(いい名前だ)というバンドでも活動しているという。「バンドでもアコーディオン弾いてるんですか?」「はい。ギター、ドラムとウッドベースっていう編成で・・」「あ、じゃあアコースティック系?」「ううん、ガチャガチャ系。アイリッシュも少し入ってます」「(ガチャガチャ系?)アイリッシュも入ってるんだー」・・・せっかくなので、写真を撮らせてもらった。笑顔がステキです。次回のライブは2月25日(月)横浜clubLizard(「恋するニワトリ」は2月16日(土)新宿Marble)だそうです。オススメです。

なまっくまさんの動画を発見
なまっくまさんのブログを発見

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2008年1月27日(日)

Img181クリームブラインド・フェイスで活躍したドラマー=ジンジャー・ベイカーのアフリカ紀行と現地のミュージシャンとの交流を収めたDVD『ジンジャー・ベイカー イン・アフリカ』を見た。1969年、ブランド・フェイス解散後、スティーヴィー・ウインウッドを引き入れて、ファンキーなジャズ・ロックを演奏するグループ=エア・フォースを結成したベイカーは、急速にアフリカ音楽へと接近していく。71年、ベイカーはナイジェリアにスタジオを建設することを決意、アルジェリアからニジェールを通ってナイジェリアへと向かう。サハラ砂漠を越えてたどり着いたナイジェリアで、ベイカーはフェラ・クティをはじめとする現地ミュージシャンの演奏に触れ、彼らとジャム・セッションをくりひろげる・・・ベイカーとアフリカのミュージシャンによる組んず解れつの演奏は十分魅力的なのだが、ベイカーの演奏とアフリカ音楽の間にはやはり大きな違いがある。ベイカーが加わった演奏はどかどかとドラムが熱い応酬をくりひろげ、ダダダダダダと畳みかけるように盛りあがり爆発する。そこにあるのはクライマックスの見える爆発、終わりのある高揚感だ。アフリカのミュージシャンだけの演奏ははるかに抑制が効いている。よくハレとケといった言い方をするが、彼らの演奏はハレにむかってボヘミアン的な爆発をすることは決してない。特に都市のアフリカ音楽の場合、日常(ケ)は常に非日常(ハレ)の手綱を握っている。ミュージシャンは慎重な手さばきで非日常を日常に混ぜ込んでいく。だから、それは日常と同じで終わりがない。クライマックスは先延ばしにされ、地に足をつけたままどこまでも舞いあがる。音楽は絶頂をむかえたからではなく、「ちょうど時間となりました」の声とともに余白を残して止まる。「今日はこれぐらいにしといたるわ~また明日~」と手を振って別れるのである。もちろん、ベイカーの爆発的な演奏はアフリカの(特に若い)ミュージシャンにある種の解放感を与えただろうし、だからこそ彼らも生き生きとセッションを楽しんでいるのだろう。一方、ベイカーにとってアフリカはやはり非日常だった・・・でも、それはそれでいいのだと思う。ある人たちにとっては、それが逃れられない日常であるということがわかっていれば・・・ぼくもそうだが、外にいる人間にとってアフリカが日常になることはない。ぼくはぼくにとっての非日常であるアフリカを、日本の日常にそっと混ぜこみたい。どちらが日常で、どちらが非日常なのかわからないくらい、さりげなく。

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2008年1月20日(日)

2008_01_20satsuki今日のラーメン:「さつき麺(850円)」@天王町『麺坊 さつき
前回「ラーメン」を食べたときには平均以下の家系という印象しかなかったのだが、店主がすすきのの名店『』(ラー博にも出店)での修行経験があるという話を聞いて、味噌ラーメンを。なるほど、本家譲りのまろやかな味噌味(じゃがいも使用?)に、野菜の旨味も加わってなかなか美味い。唐辛子を入れたほうが、アクセントがあってよい・・・★★★+

A_whole_new_thing最近、よく聞いているのは一昨年亡くなったビリー・プレストン、1977年のアルバム『ア・ホール・ニュー・シング』。ビリー・プレストンというと「ユー・アー・ソー・ビューティフル」みたいなスケールの大きいバラードが印象的で、日本でいえばつのだ☆ひろさんみたいな存在かな・・・と思っていた。関内のディスクユニオンで見つけたこのLPは、ジャケットがあまりにもアダルト・オリエンテッドな雰囲気なんであまり期待してなかったんだけど、聞いてみたら嬉しい誤算。のっけからスライばりのファンクだ(そう言えば、スライにも同じタイトルのアルバムがあった)。収録曲はバラエティに富んでるんだけど、全体にスライの影がちらつく。特に表題曲(スライのカヴァーという記述も見られたが、違うと思う)と「ユー・ガット・ミー・バズィン」(これもスライの「ユー・ガット・ミー・スマイリン」を思わせる)はもろにスライ。プレストンは以前にもファミリー・ストーンでブレイクする前のスライを作曲・編曲者として招いてアルバムを作っているらしい(1966年のWildest Organ in Town)。二人の縁には浅からぬものがあったわけだ。何はともあれ、このアルバム、かっこいい。安っぽいシンセをびょびょびょびょーと鳴らすインストとかも捨てがたいし。CD化を望む。

ビリー・プレストンの詳細なディスコグラフィ

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2008年1月19日(土)

2008_01_19kureya今日のラーメン:「正油ラーメン(650円)」@蒲田『麺匠 呉屋
店内に漂う香ばしいお魚の香り・・・おおおっ、美味しいラーメンの予感。丼に顔を近づけると、その香りが鼻腔を駈け抜ける・・・至福。魚系といってもただのサッパリ味ではなく、力強い脂が旨味を支えている感じ。麺はコシが強すぎる気もするが、それもこのスープには合っている。久しぶりに神の声を聞いた・・・★★★★+

Eien_no_rinne蒲田のえとせとらレコードで昨年亡くなった鈴木ヒロミツ唯一のソロ・アルバム『永遠の輪廻』(1976)を手に入れた。75年にモップスを解散したあと、俳優に転向した鈴木ヒロミツの音楽活動は、ときどきドラマの主題歌をシングル発売する程度の散発的なものになっていった。その意味で、このアルバムはミュージシャン・鈴木ヒロミツがまとまった形で残した最後の作品ということもできる。実はえとせとらレコードで見かけるまでその存在すら知らなかった。ドラマ『夜明けの刑事』の主題歌としてシングル発売された「でも、何かが違う/虹」(史上最強の「ばかジャケ」でもある)も収録。モップス時代の盟友・星勝のほか、安田裕美ジョニー大倉りりぃらが楽曲を提供している。バラードが多いのはともかくとして、アレンジも演奏も大人しすぎて鈴木ヒロミツという稀有なヴォーカリストの魅力を引き出しているとは言いがたい(鈴木ヒロミツの破壊力は、こんなもんじゃない・・・!)。とはいえ、友人たちとつくりあげた音には、レコード会社の意向に沿ってイヤイヤつくったという感じは微塵もない。なかでも、「かけていくには 遠すぎる/歩いていくには もう若くない」と諦観を歌いながら、後半一転「でも、何かが違う!」と懊悩する「でも、何かが違う」は、やっぱり名曲だと思う。

2007年3月14日 追悼 鈴木ヒロミツ

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2007年12月26日(水)

突然、「ユーライア・ヒープのコピーバンドで竜雷太ヒープ」というのが思い浮かんで、頭から離れなくなった。

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スージーバンド@横浜おきなわ亭。今回はイチャリバーズの豊岡マッシーさんがキーボードによるベースと二胡でゲスト参加。いつもの通り、楽しいライブでした~。

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2007年12月13日(木)

Ike
アイク・ターナーが死んでしまった。また一人、ぼくのヒーローが逝ってしまった。十数年前、愛知県豊橋で開かれた『ライブ・セレブレーション'94豊橋』で、動くアイク・ターナーを見た。ニューオリンズ色の強いそのイベントはトリがネヴィル・ブラザーズで、アラン・トゥーサンはでるわ、ダーティ・ダズンはでるわの大盤振る舞い。そんななか、アイクは比較的渋めの出演者という印象だった。しかし・・・演奏がはじまるとそんな先入観は冥王星の彼方に吹き飛んだ。脳天をカチ割るような衝撃という点でこのときのアイクを超えるライブには、後にも先にも出会ったことがない。当時はティナ・ターナーの半生を描いた映画『TINA/ティナ』が公開されたばかり。元妻に対する陰湿なドメステック・バイオレンスを暴露されて、アイクも少しは反省しているのかと思っていた。が、しかし!ぜ~んぜん、反省なんかしていなかったのだ!白人の女性ヴォーカルを引きつれて登場したアイクは、のっけからぶっ飛ばしていた。ザ゙ックザックとロッキンするリズム・ギターは健在。加えて、わざわざバンドの演奏をとめておいて「きゅっきゅーん」とか「きゅーん」しか弾かない、必殺の「目くらましハッタリ・ギター」を連発。この必殺技は聞くものの脳髄を麻痺させ、男女問わず涎をたらし「ああーん、じらさないでぇ」とよがり声をあげずにはいられない恐ろしい最終兵器なのだ。とにかく、あのときのアイクはすごかった。会場を襲った雷雨よりも、すごかった。2003年に再来日が決まったときには、オシッコちびりそうなほど興奮したものだ。結局、アイク&ティナのときから数えて3回目の来日は本人の都合で、バックバンドだけの公演になってしまったのだけれど・・・

ハウリン・ウルフ「ハウ・メニー・モア・イヤーズ」でピアノを弾くアイク、史上初のロックンロールと言われる「ロケット88」を世に送り出したアイク、純情可憐な少女アンナ・メイをセクシー・ダイナマイト=ティナ・ターナーへと変貌させたアイク、髪型を流行のマッシュルームヘアにしてストーンズのツアーに同行したアイク、ソウル・ミュージシャンたちのアフリカ凱旋を描いた映画『ソウル・トゥ・ソウル』でアフリカのリズムに嬉しそうに身を任せるアイク・・・ブルースやソウルの枠に収まらないスケールの大きなミュージシャンでありながら、アメリカ黒人音楽の最も泥臭い部分を体現する人でもあった。そして、悲しいことに、アリス・ウォーカーが告発した黒人男性の暴力を体現する人でもあったのだ。女性に暴力を振るうなんてサイテーだ・・・でも、せめて今はそのことだけでこの人のことを語らないでほしい。虚勢をはり、孤独に生きた、才能あふれるアフロ・アメリカンの男が死んだ。そのことが悲しくてたまらない。アイク、地獄の入口で閻魔に目くらましギターを食らわせてやれ!どうせそいつはレグバだ!

黙祷!


2005年、グリーン・ベイでのライブ。

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2007年12月10日(月)

2007_12_10kizaemon今日のラーメン:「げんこつらぁ麺(600円)」@川崎『らー麺処 喜座衛門家
焦がしネギや背油が浮いた見た目は、お世辞にも洗練されているとは言いがたい。スープは見た目ほどコッテリはしておらず、魚のダシも感じられるライトなものだが、だからといって積極的にすすりたいかというとそうでもない。麺も悪くはないけど、とりたてて言うこともなかったなぁ・・・★★★

SMAP×SMAP』に喉頭がんを克服した忌野清志郎が出演していた。SMAPの面々はいくらなんでもはしゃぎすぎ(もう、みんな30なんだし・・・)という気もしたけど、キヨシロー本人は治療の甲斐もあって以前より声に張りがあって素晴らしかった。「毎日がブランニューデイ」も「雨上がりの夜空に」も良かったけど、どうせならキムタクがアルバムでカバーした「弱い僕だから」をやって欲しかった。完全復活祭のチケットまだ手に入るかな・・・

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2007年11月29日(木)

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シャンソンは苦手だけど、エディット・ピアフは好きだ。10枚組の廉価盤CD(100曲以上入っているのに、3000円しなかった!)を買って、そのことを再認識した。ピアフの歌には内出血の臭いがする。気取りも、鼻につく演劇性もない。ピアフは語らない。ただ声をぶつけてくるだけだ(ジャニス・ジョップリンみたい!)。今頃、地獄という名の天国でビリー・ホリデイと火のつく酒を飲んでいるだろう。例の映画、やっぱり見に行こうかな。

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2007年11月24日(土)

2007_11_24hanabiya今日のラーメン:「醤油ラーメン(600円)」@新宿『柳麺 はな火屋
パリッとした麺はなかなか美味しい。麺のことから書いてしまうのはスープにあまり特徴がないからで、不味くはないと思うが印象に残らないのが正直なところ。チャーシューはなかなか美味しいけど、もやしははっきり言って必要ない。焦がしネギもあまり効果があるとは思えない・・・★★★+

Ichariba
イチャリバーズを見に横浜おきなわ亭に行った。歌アリ、踊りアリ、語りアリの楽しいライブだった・・・「涙そうそう」には泣けた。ライブ常連組と楽しいお酒を飲んだ。また飲みすぎた。

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2007年11月22日(木)

2007_11_22kiyouken今日のラーメン:「海鮮ラーメン(1260円)」@『崎陽軒 中華食堂
シューマイで有名な『崎陽軒』が経営する中華料理屋。カニ、海老、ホタテなどがたっぷりのった贅沢なラーメンは、それなりに値もはる。ただ、シンプルなスープはともかく、麺にコシというものがないのがラーメンとしては致命的。メニューにシンプルな「ラーメン」がないのも、麺とスープだけでは自信がないみたいで、ナンカナァ・・・★★★


CSの音楽チャンネル=ミュージック・エアのクリップ集で、世にも奇妙なバンドを見た。20年代風のジャズを演奏する9人組。人を食ったようなユーモアはボンゾ・ドッグ・ドゥーダー・バンドなんかにも通じるが、演奏はもっとストレートにジャズ。テレビのクレジットはThe Hot Temperとなってたけど、バスドラムにはThe Temperance Sevenという名前が・・・さっそく調べてみた。テンペランス・セヴンは1955年に結成されたイギリスのジャズバンド(もっとも、本人たちは1904年結成と言い張っている)。トラディショナル・ジャズが流行っていた当時のイギリスでも、かなり異色の存在だったらしい。9人なのにsevenというのもちゃんばらトリオみたいでおかしいが、イギリスで"over the eight"(8以上?)というと「飲みすぎている」という意味になるらしいので、temperance(節酒、禁酒=8以下?)なのに9人という二重のパラドクスになっているという手の込みようである(いかにもイギリス人らしい)。1961年には"You're Driving Me Crazy"を大ヒットさせるが、この曲をプロデュースしたのがかのジョージ・マーティンというから驚き。もちろん、ボンゾ・ドッグもこのグループに強い影響を受けているはず。テレビで放映していたものとは違うけど、YouTubeに映像があった(↑)。やっぱり、すごくおかしい。さっそく、アマゾンでベスト盤を注文した。

60年代後半に解散したテンペランス・セヴンは2003年に再結成されたけど、ボンゾ・ドッグも再結成してもうすぐニュー・アルバムがでるらしいよ。もちろん、すでに予約済み。

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2007年11月21日(水)

2007_11_21shyanhai_chubo今日のラーメン:「辣香油麺(580円)」@横浜『上海厨房
辣油がかかっていたり、中国風の漬物が入っていたりといった工夫はあるものの、スープ自体は平均点以下の豚骨スープ。麺も細麺ストレートなので、基本は博多ラーメンか?売り物の鉄鍋餃子なんかはなかなか美味しいので、そもそもラーメンだけを食べにくる店ではないのだろう・・・★★★

Img071今頃になって、南アフリカのレゲエ・シンガー=ラッキー・デューベが死んだことを知った(現地時間先月18日夜)。息子と娘の目前で何者かに射殺されたというからやりきれない。自動車強盗による犯行らしい。1964年生まれだから、まだ43歳・・・早すぎる死というほかない。1980年代初頭、ンバカンガのアーティストとして音楽活動をはじめたデューべは、ジミー・クリフピーター・トッシュの影響を受けてレゲエに転じた。残念ながらぼくは見ていないのだが、何度か日本にも来たことがある。個人的に印象に残っているのは、ジンバブウェでの人気だ。隣国ということもあって、デューべはジンバブウェ現地のミュージシャンと同じくらいに愛されている。国が違うので、現地のミュージシャンよりも政治的なメッセージをはっきり言いやすい・・・ということもあるのかもしれない。一昨年、停電で真っ暗になったハラレ郊外のバーで、男たちが黒い顔をつき合わせて、デューべのCDを聞いていたのを思い出す。レジはこの悲しい知らせを知っているだろうか。ご冥福をお祈りします・・・

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2007年11月18日(日)

2007_11_18yoshinuraya今日のラーメン:「ラーメン+キャベツ(590+40円)」@横浜『吉村家
禁断症状が出たので、『吉村家』に行ってきた。今日は栄養面も考えてキャベツをのせて。大量のキャベツにも負けない強烈なスープである。麺もやはり、他の家系の追随を許さない。チャーシューがしっとりしててこれまた美味いんだよなぁ。好みもあるだろうが、この味がわからない人とは話しが合わん・・・★★★★+

Suzyband
3ヵ月ぶりのSUZY BANDライブを見に横浜おきなわ亭に行ってきた。ブランクを感じさせない素晴らしい演奏。以前はケーナをフィーチャーしていた「与作」は、ヴォーカル中心のヴァージョンに生まれ変わった。大好きな「遊び庭」を聞けたのも嬉しかった。輪になって踊りださずにはいられない楽しいステージでした。

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