☆告知☆

BusチキリカのCDBoo Booo. . .を渋谷のワールド・ミュージック専門のレコード店、渋谷宮益坂のエル・スール・レコードに置いてもらえることになりました●引き続き、ネット販売のCUEでもお買い求めになれます●販売価格は850円(ライブ会場などでは500円)です●試聴はこちらで。

チキリカ、次回のライブは2009年10月11日(日)高円寺Showboat に決まりました。対バンは都立大時代のお仲間=イオチキングくるくるファンタジーゆっくりりです。

ジンバブウェの歌姫チウォニソが来日します!!●富山で92年からやっているスキヤキ・ミーツ・ザ・ワールドというイベントに参加して、サカキマンゴーさんとも共演するらしい●チウォニソの出演は2009年8月23日(日)富山県円形劇場ヘリオス、13:30会場/14:30開演、前売3500円/当日4000円/小中高生無料●他にも魅力的な出演者多数●ひらげもシンポジウムのパネラーなどの形で参加することになると思います●問い合わせ先はinfo@sukiyaki.cc、もしくはTEL:0763-22-1125(FAX:0763-22-1127)●チウォニソ@My Space●チウォニソ@ひらげ日記●ライブ動画20082007

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2009年7月12日(日)

2009_07_12saitamaya今日のラーメン:「つけ麺(500円)」@神保町『さいたま屋』神保町店
関西の人がよく真っ黒い東京のうどんを見て「醤油入れてるだけ」というようなことを言うが、それを本当につくってしまうとこうなるだろう。鰹だし?は出ているが、こんなに塩辛くてはそれも意味がない。第一、つけ汁が出てきてから麺が出てくるまで2分以上もかかるっていうのはどういうことなんだろうか。評価できるのは値段だけ・・・★★

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花のように見せかけて、何かのスイッチに違いない。

今週もまた、神保町へ。『ジャニス』でCDを大量レンタル。『カフェ・ルーゾのアマリア・ロドリゲス』があったのには驚いた(何でもあるな、ここは!)。石田昌隆さんが『オルタナティヴ・ミュージック』で紹介していて、ぜひ聞いてみたかったのだ。家に帰って聞いてみると、石田さんも書いていた通り、観客の咳払いやグラスのぶつかる音まで入っていて、会場の様子を生々しく伝えている。曲間をはしょったりしていないのもいい。1955年のリスボンにいたら、間違いなくアマリアの歌と酒に溺れるな。

その足で『富士レコード』へ。石田一松のSP盤を2枚入手。一枚は「露営の夢/戦友の別れ」。戦時下に録音された「時局小唄」で一松本来の姿とは言いがたいが、自ら望んでのことかどうかはともかくとして、こうした歌を数多く録音したことを、原爆で家族を亡くした戦後の一松がどう思っていたのか・・・という問題を考えるうえで重要な資料ではある。もう一枚は「生活戦線異常あり/いやじゃありませんか」。ジャズ・バンドの伴奏で録音されたコミック・ソングで、これは素直にうれしかった。「生活戦線異常あり」(1930)は『西部戦線異状なし』を文字ってつくられた、添田唖蝉坊・最後期の作品。

春が来た来た 春が来た 春が来て草木も芽が出たに
俺の目は凹んだおかしいぞ ヨワッタネ 生活戦線異常あり

またまたデパアトの屋上から 若い男が飛び降りた
この世がイヤだと飛び降りた ヨワッタネ これは精神に異常あり

当局に睨まれること必至、一松と亜蝉坊の反骨ここにあり、といった作品である。「いやじゃありませんか」のほうは、「ドリフのほんとにほんとにご苦労さん」なんかにも影響を与えているはずだ。

Img330半蔵門線に乗ってワールド・ミュージック専門のレコード店、渋谷宮益坂の『エル・スール・レコード』へ(ここで、お知らせ・・・チキリカのCD『Boo Booo. . .』を『エル・スール』に置いてもらえることになりました。販売価格は850円)。西アフリカ・ベニンのファンクを収録したオムニバスと江州音頭のニューウェイヴ(?)・月乃家小菊のマキシシングル『踊れ大阪総おどり/気持ちヨホホイホイ』を購入。後者はバックをつとめる「月乃家会」の演奏が素晴らしい。以前、河内音頭や江州音頭が西洋楽器を入れてワールド・ミュージック界に殴り込みをかけたころと比べても格段の進化をとげている。特に、三味線とギターのポリリズミックなからみ、太鼓とベースが一体になってくり出すリズムの説得力が素晴らしい。関東では錦糸町周辺と『エル・スール』だけの販売です。ばかジャケ度の高さにも惹かれます。おすすめ。

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2009年7月11日(土)

Img326映画『ソウルビート・ストリート』(Good To Go、ブレイン・ノバック監督、1986)を見た。今さら?と言われるかもしれないが、ゴーゴーを聞きなおしている。地元コミュニティと結びついた「いなたい」音楽を求めるうちに、チャック・ブラウントラブル・ファンクを思い出した。どたんどたんと垢抜けないビートをくり返すゴーゴーは、どこか村祭りを思わせるローカル色強い音楽で、地元ワシントンDC以外ではほとんど大きな成功を収めなかったというのもうなずける。それだけに、それ自体地元密着のメタファーになりそうな、跳ねているのに重心の低いビートが気になってしかたがない・・・そんななか、石田昌隆さんの新刊書『オルタナティヴ・ミュージック』に、「ゴーゴーは今でもヴィヴィッドな音楽だと感じてしまう」(145)という文章を見つけて嬉しくなってしまった。そこでも紹介されているゴーゴーのライブてんこもりの映画がこれだ。

ゴーゴーの一時的流行にのって作られた(おそらく低予算の)映画なので、ストーリー映画としての深みは求めるべくもない。すっかり禿げあがったアート・ガーファンクル扮する新聞記者ブリスが、警察からの情報を鵜呑みにして書いたニセ記事の真相を求めて悪徳刑事ハリガンと対決する。レイプ殺人に関わったとして追われる身となった兄の無実を信じるリトル・ビートは、ブリスの真摯な態度に接して次第に心を開いていく。よくある「ヒューマン・ドラマ」だが、登場人物それぞれの背景がほとんど描かれていないので、行動に必然性が感じられない。リトル・ビートはなぜブリスが信頼できる人間だと認めたのか。ブリスは何がきっかけで自分のなかの人種差別に気づいたのか・・・全く見えてこない。「環境の犠牲者」なんて言葉は、それがどんな「環境」なのか一人ひとりの人生に即して描き出さなければ説得力を持つはずがない(それにしても、陳腐なセリフだけど)。まあ、この映画にそんなことを期待するのは、ないものねだりというものかもしれないけど・・・

結局、この映画の魅力は、音楽のカッチョよさ、ゴーゴーの背景となるワシントンDCの黒人街の雰囲気が捉えられているということにつきる。それは・・・素晴らしい。映像というのは恐ろしいもので、言葉が上すべりしているときでも泥臭い現実を伝えてしまうことがある。犯罪と隣りあわせで生きる人びとの生活と、そのなかに占める音楽の位置がイメージとして伝わってくる。陳腐なストーリーはそこに犯罪、人種差別、腐敗といった「名詞」の枠をはめてしまう。そこから一回きりの「動詞」としてはみ出す部分を、生々しい映像から垣間見ることができる。

↓ この人・・・

チキリカのメンバーに欲しい・・・

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2009年7月10日(金)

Wizダイアナ・ロス主演のミュージカル映画『ウィズ』(The Wizシドニー・ルメット監督、1978)を見た。『オズの魔法使い』をオール黒人キャストでミュージカル化し、トニー賞7部門を受賞した舞台(1975)の映画版である。

夢と現実のはざまで明けていくオズの国の朝。背景美術の素晴らしさに引き込まれる。くすんでいながら鮮やかな色彩には、グラフィティなんかにも通じるキッチュな感覚がある。スラムの廃墟、地下鉄、摩天楼・・・といったニューヨークのイメージが、もともとインダストリアルな国のチープなファンタジーである原作に不思議な生々しさを与えている。ドロシー(映画では24歳の設定になっている)を当時34歳のダイアナ・ロスが演じることに違和感はあるものの、それも予想していたほどではない(舞台では二十歳そこそこのステファニー・ミルズが演じていたのだから、無理があることは否定できないが・・・まあ、ダイアナ・ロスはそもそもカマトトだからね)。

それよりも素晴らしいのは、「かかし」役のマイケル・ジャクソン。うまく歩けない詰め物のかかしを演じながら、なおかつ華麗なステップを踏むという離れ業ができるのは、この人を置いて他にいないだろう。晩年の彼からは想像できない、豊かな表情に魅了される。母親キャサリンによれば、思春期を迎えるころから持ち前の天真爛漫さが影をひそめ、次第に引きこもりがちになっていったというマイケルだが、少なくともこの時点ではそうしたナイーヴさが演技や歌に良い影響を与えている。そして、このころのマイケルは「キング・オヴ・ポップ」ではない。黒人コミュニティーの息子だ。のちに人種を超えたスターになっていったことが良いことだったのか、悪いことだったのか、ぼくにはわからない。ただ、そのなかでこの映画に見られる何かが始まるようなウキウキとした感じを、豊かな表情とともに失ってしまったのはとても残念だ。

音楽や踊りに加えて、敵から逃げまわるドロシー一行のドタバタぶりもコミカルで楽しい。ひらげは根が子供なのでこういうのを見ると、キャッキャと手を叩いて喜んでしまう。それでいて、西の魔女イブリーンの工場でこき使われていた人びとがみすぼらしい服を焼き捨て踊りだすシーンなんかは、どこか奴隷の解放を思わせる。出演者には他にもレナ・ホーンリチャード・プライヤーらが名を連ねていて、アフリカ系スター総出演の感がある。監督が『十二人の怒れる男』のシドニー・ルメットだというのも驚き。

追記:ダイアナ・ロス扮するドロシーとマイケルかかしが黄色いブリック・ロードを踊りながら歩いていくシーンを見て何か思い出すものがあると思ったら、チャップリンの『モダンタイムス』のラスト、チャップリンと当時の奥さんだったポーレット・ゴダードが手に手を取って旅立っていくシーンだった。あの、何かがはじまる、不安だけどウキウキした感じ、それも似ているんだ。

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2009年7月7日(火)

2009_07_07com_pho今日のラーメン(?):「スパイシーフォー(780円)」@渋谷『コム・フォー』渋谷店
ベトナムやタイのお米の麺はやはりラーメンとは別物だと思う。とはいえ、辛いものもパクチーも大好きなひらげは、ときどき無性にエスニック系の麺が食べたくなる。今日はたまたま渋谷でベトナム料理のお店を見つけたので入ってみた。「スパイシー」とはいえ、タイ料理とはかなり違った味わい。これはこれでけっこういける・・・★★★+

Kikyo0707
桔梗渋谷屋根裏。4月に活動を再開したばかりの桔梗だが、このライブを最後にしばらく活動を休止するとのこと。残念。そのせいか、いつもにも増して気迫の感じられる演奏だった。レスポールの機嫌も直ったみたいだし。会場に中学生の息子がいたことも、なげやりくんの緊張感を高めていたのかもしれない(MCもいつになくキリリとしていたけど、あれも父親モード?)。終演後、少年は父親の演奏を真似して、エアギターをかき鳴らしていた。演奏をはじめる日も近いな。今後については、「桔梗」(スリーピースのロックバンド)という形をとるかどうかはさておき、この音楽はいずれ何らかの形で結実するだろうから心配していません。その日を楽しみにしています。

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2009年7月5日(日)

2009_07_05hirugao今日のラーメン:「塩ラーメン(700円)」@東京『ひるがお』(東京ラーメンストリート)
『せたが屋』の昼の顔である本店はもちろん、新宿御苑店さえ未体験だったのだが、「東京ラーメンストリート」出店でついに行ってきた。でも、期待が強すぎたのか、「こんなもんかなぁ」という印象。無化調のスープは塩味も控えめで、旨味甘みが前面に出ている。パリッとした麺も美味しい。でも、強い「インパクトには欠けるような・・・★★★+

久しぶりに御茶ノ水→神保町→水道橋を散策。明大通りを下り、人気お笑いコンビ、オードリー命名の由来となった(異説もあるようだが)スープカレー屋を横目に、靖国通りを左へ。大型音楽レンタル店『JANIS』でCDを借りる。エイプリル・フール、ファー・イースト・ファミリー・バンド、井上陽水、マイケル・ジャクソン×2、ミュート・ビート、小玉和文、不破大輔、プリンス×2、カシミア・ステージ・バンド、計11枚。

靖国通りを神保町方面に引き返し、古書店に群がる古参のオタクたちを観察しながら(←お前もじゃ!!)、古書センター9階の『富士レコード社』へ。SP盤が並んでいるここなら、石田一松をはじめとする書生節のレコードが置いてあるかもしれない。ところが、実際に行ってみると、あんまりたくさんありすぎて、どこを探せばいいのかサッパリわからない。流行歌?だろうか・・・でも、一松の「のんき節」は寄席芸でもあるわけだし・・・それに流行歌はポリドール、テイチクなど会社ごとに分類してある。一松のレコードがどこから何枚出ていたのか、SP時代のことは資料もなく、はっきりしたことはわからないのだ。降参して店員さんに相談する。「書生節のレコードを探してるんですけど・・・」というひらげの訴えを受けて、店員さんはSP盤の山に埋もれるようにしてしゃがんでいるおばあちゃんに声をかけた。この方こそ誰あろう、富士レコード社の名物社長(大正12年生まれ)であるということは、あとでわかった。「書生節?鳥取春陽やなにかかしら?」「春陽もいいですが、ぼくは石田一松さんが好きで・・・」「あら、じゃあ『のんき節』はお持ち?」「いえ、それが持っていないんです」 おばあちゃん・・・いや社長は若い店員にも指示しながら、SP盤の山を探しはじめる。「書生節はね・・・」「(期待に目を輝かせながら)はいっ」「なかなか出ないんですよ・・・」「そうですか・・・」 しばらくすると店員さんが「時事小唄 のんきだネ」のSPを取り出してきた。「名人会寄席の夕」と題した浪曲物真似・前田勝之助とのカップリング盤である。「むこうでお聞かせして」社長の指示でSPがプレーヤーに運ばれる。

出囃子とともに一松登場。「しばらくご辛抱を願います。名人会のなかへ入りまして、ばかばかしい歌を一つ二つ歌わしていただきます・・・」 おおおっ!一松の録音はいくつか持っているが、漫談まで入っているのは初めてだ。軽妙なトークをはさみながら、披露したのんき節は

Nonkidaneポスターを貼るのも結構ですけど
貼っていけない場所がある
氷屋さんの店先に
買いだめするなと書いてある
ハハ のんきだね

スパイを気をつけ
そもそもスパイは
どちらがスパイか人間か
ちょっと区別がつきかねる
スパイは諸君のなかにいる
ハハ のんきだね

昔やなんでも晦日払いで
しかも売る方が礼言うた
今では何でも現金で
しかも買う方が礼を言う
ハハ のんきだね

発売年は不明だが、どれも戦時色強まる時勢を反映した内容で、反骨の演歌師・石田一松の面目躍如である。寄席のスタイルで録音したせいか、今までに聞いたどの録音より歌もヴァイオリンも生きいきとしている。スパイの一節は国の方針に従っているように見せながら、漫談で「スパイと人間は同じ動物ですから、どれがスパイで人間だか区別がつきません」とまぜっかえす。結局、美人に限って外国人と付き合いたがる、おかげでこちらは「廻りが悪くなってくる」という卑近な愚痴で落としている。「スパイは人間じゃないらしいね?でも、外国人にぶら下がる女でも美人なら人間の方に入れておきたいだろう?」と言っているようにも聞こえる。現金払いについての一節は、『のんき哲学』のなかで戦後の社会について同じようなことを書いていた。

それにしても、一松はこうしたレコードをどれくらい出しているのだろう。「SP時代はどんなものが何枚出たといったリストはないんでしょうかね」「ないのね。とてもたよりない世界なんですよ」「やはり一枚一枚集めていくしか・・・」「あとは昔の広告を見るか」「ああ、何が出ていたはずだって言うのはわかるわけですね」「そう。とてもたよりない世界なの」 社長は最後にすぐ近くにある系列店の場所と、古書センター内にある落語カフェに寄席芸関係の資料があることを教えてくれた。「でも、面白いところに着眼なさっているわ」 中古レコード業界の生き字引にお褒めの言葉をいただいて、意気揚々と神保町の町にくり出した。

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2009年7月4日(土)

2009_07_04daifukuya今日のラーメン:「重厚中華そば(730円)」@赤羽『大ふく屋』
『天下一品』かと見まごうどろりとしたスープは濃厚。豚骨をベースとしながらも、煮干の香りが全体を強く支配する。野菜もかなり使っているらしい。今までにないバランスのスープだ。硬めに茹であがった麺、太いが柔らかいメンマ、しっかりしたチャーシューなど、すべてに抜かりがない。ラーメンの神様、ステキな出会いをありがとう・・・★★★★+

Oka_daisuke
浅草木馬亭に岡大介さんと小林寛明さんのカンカラ演歌を聞きに行った。岡さん(カンカラ三線/ギター/歌)と小林さん(ラッパ二胡/二胡)の『かんからそんぐ 添田亜蝉坊・知道をうたう』は演歌/書生節が本来持っていた若々しさ、清新さ、反骨とセンチメンタリズムを現代によみがえらせた傑作だ。今回の出演者は『かんからそんぐ』をレコーディングしたメンバー・・・いやがおうにも期待は高まる。会場は単館上映専門の映画館ほどの広さ。場所柄、観客の年齢層は高めである。年配の方7割、比較的若い人が3割(ピチピチギャルやチャラ男はいないが)といったところか。開場前、後ろに並んでいたおばあちゃんが「でも、亜蝉坊なんて、年寄りしか知らないだろう?」と言っていた。それが知ってるんですよ~、へへ。固い椅子に座って待つこと30分、「東京節」の演奏にのせて幕が開いた。おおおっ!ここでワタクシ、ひとつ勘違いしていたことに気づきました。小林さんの担当する楽器は「ラッパ二胡」だったのですね。「ラッパと二胡」だと思ってました(「ラッパ二胡」は中国の弦楽器・二胡のボディを金管にした楽器。驚くべきことに、手作りではなく既製品だという)。素晴らしい演奏にのせて、岡さんは添田親子の名曲をはじめとする演歌/書生節を次々と歌っていった。さらに、岡さんのルーツであるフォークソングや、ドリフの「いい湯だな」、春日八郎「お富さん」、岡晴夫(←岡さんのおじいちゃんだというのは・・・嘘です!)「あこがれのハワイ航路」も披露。どの歌も岡さんらしいひたむきさがあふれている。小林さんとの軽快なトークも快調。自然と笑みがもれ、音楽に参加したくなる。前の席のおばあちゃんが懐かしい歌を口ずさみはじめる。身体を揺らす人、手拍子を叩く人、声援を送る人。これだよな・・・音楽って。いいタイミングで子供の笑い声が響いたのも偶然ではなくて、音楽が楽しかったんだよ。感動とともに、自分の音楽についても考えさせられました。素晴らしい時間をありがとう。

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2009年7月3日(金)

チデジカに負けるな!アナログマTシャツゲット!
Analoguma
アナロ熊の歌」 ←かなり切ない。

Img317キャサリン・ジャクソンマザー:ザ・ジャクソン・ファミリー・ストーリー』(Mother: The Jackson Family Story、小林禮子訳、1990)を読みおわった。ジャクソン・ファミリーのお母さんが家族の歴史を語った本。母の話にマイケルとラトーヤ以外の兄弟姉妹が補足的な説明をさしはさむという構成になっている。

マイケル・ジャクソンが気になる。あれだけ嫌いだった『スリラー』すら買ってきてしまった。マイケルが突然の死を迎える前にそう言っていたら、予言者的な嗅覚を認められていたかもしれない。今となっては後づけの感は免れないが、マイケルの死には単なるゴシップ以上の意味があるような気がしてならない。全米を代表するスーパースターとして、すべての夢をかなえたかのように見えた男が、なぜあんな不幸な死を迎えなければならなかったのか。そんなのはプレスリーやマリリン・モンローのころから変らない、ショウビズの裏話じゃないか、と言われればその通りかもしれない。でもやっぱり、気になるのだ。晩年のマイケルの表情をなくしたような顔と数々の奇行。奇行も過剰なサービス精神の表れにすぎないなら、酔ったときのひらげと同じで罪はない(?)のだが、マイケルのそれは強烈な「拒絶」の臭いがした。すっかり白くなった顔を見て、「マイケルは白人になりたかったんだよ」という人もいるが、ぼくにはそうは思えない。だったら、何でせっかく手に入れた白い顔を黒いマスクで隠してしまうのだ。表情を失くした白い顔は白人社会であれ何であれ、何かに受け入れてもらいたいというサインではなく、拒絶のメッセージ、空白の象徴であるようにぼくには思えた。彼は何ものにもなりたくなかった。白人、黒人・・・それどころか、「自分」でいることすら拒否したのだ。

そんななか、この本を読んだ。マスコミが書きたてたマイケルのスキャンダルのひとつに家族との不仲がある。この本が書かれた背景には、そうした噂を一掃するという意図があったのだろう。このころ、ジャクソン家の娘のひとり、ラトーヤがジャクソン家に関する暴露本を書いたばかりだった。キャサリンはラトーヤの裏切りはもちろん、夫ジョーの浮気が原因で離婚寸前まで行ったこと、モータウンから独立する際にジャーメインと他の兄弟に確執があったことなどを認めている。ただ、そうしたトラブルはどこの家庭にも起こりうることだ。この本に書いてあることをすべて信じるわけではないが、貧しい子沢山の一家が音楽で夢をかなえるサクセス・ストーリーに不自然さはない。厳しく躾けられた反発から子供たちが父ジョーから距離を置いているなどといわれることもあるが、がんこなジョーの姿は大勢の子供を食べさせていかなければならない父親としてはごく普通のものだろう。そして、特に男の子の場合、大人になってから父親との距離をうまくとることは、どこの家庭でも難しいものだ。ささいな諍いはあったとしても家族は家族であり、それがマイケルの「拒絶」の原因になったとは考えにくい(マイケルの遺言書が見つかって、マスコミはまた父親に遺産を残さなかったことを書きたてている。ぼくがマイケルでも同じことをしただろう。誰が浮気癖のある父親に一生かけて稼いだ金を任せるものか。どのみち母親に残した金は父親のためにも使われることになるのだ)。

問題はマイケル自身や家族よりも、マスコミやオーディエンスにあったと考えるべきだろう。この本にもマイケルが根拠のない報道に悩まされていたことがくり返し書かれている。あることないこと書きたてるマスコミというのは今にはじまったことじゃない。ただ、ぼくが気になるのはなぜ、アメリカのマスコミはマイケル・ジャクソンをあれほど執拗に攻撃したのか、ということである。晩年、奇行をくり返すようになる前から、マスコミはマイケルを「異常者」であるかのように描いてきた。ぼくにはどうしても、そこに人種的なバイアスがかかっているように思えてならない。マイケルは黒人、白人を超えた幅広いオーディエンスに受け入れられた最初の黒人ミュージシャンだった。ジャクソン5として活躍していた70年代はもちろん、80年代ですらアメリカのショービズの世界にマイケル・ジャクソンのような存在はいなかった。しかも、マイケルはディズニーランドやクラッシックな内装といった白人メインストリームの文化が大好きで、私生活をそうした「黒人らしからぬ」装飾で派手に演出した。オーディエンスの多くはそんなマイケルを眩しく思いながらも、どこか強烈な違和感を抱いていたのではないだろうか。乗っていたロールスロイスを盗難車と決めつけられて逮捕された話はその意味で象徴的だ(306)。当時はまだ黒人の若者がロールスロイスに乗るのは「異常」なことだったのだ(今だってわからないが)。だから、そうした行動がマイケルの精神的異常さの表れであるというマスコミのストーリーが説得力を持ってしまったのではないだろうか。そんなマスコミやオーディエンスに対し、パブリック・イメージを保つことに疲れてしまったのだろう。ある時期からマイケルは周到につくられた自分らしい仮面をかぶることを拒絶した。どんな仮面をつけようが、どうせ異常者の気の迷いとされてしまうのだ。

ロンドン公演でマイケルはもう一度自分らしい仮面、ステージの上の「マイケル・ジャクソン」を取り戻そうとしていたのかもしれない。でも、50歳のマイケルにその時間は残されていなかった。『スリラー』を聞いている。80年代の軽い音ではあるけれど、マッコサのリズムを使っていたりして意外と悪くない。改めて、ご冥福をお祈りします。

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2009年6月26日(金)

2009_06_26takaraya今日のラーメン:「つけ麺(850円)」@新宿『ラーメン たからや』
ちょっと甘めのタレは不味くもないが、特に美味くもない。縮れた太麺はコシも強くてかなり食べごたえがある。表面がつるりとしすぎているところは好みではないが、意外にもスープの吸いあげは良い。特筆すべきは炭火で燻したチャーシュー。香も強くて美味しいが、麺とのバランスを考えるとトゥー・マッチな感じも・・・★★★

マイケル・ジャクソンが死んだ。

実感がわかないのは、昨日まであんなに元気だったのに・・・というのとは逆に、マイケルが生きているという実感をすでに失っていたからだろう。こんな言い方は不謹慎で残酷だとわかっているのだけれど、ジャクソン5のころの笑顔を失って、どんどん「カオナシ」のようになっていくマイケルに生きた人間の姿を見ることは難しかった。「スリラー」以降、ソロ・アーティストとして成功したマイケルの音楽が、ぼくはどうしても好きになれなかった。ロボットのように精巧なエンターテイナーとしてのそれは、何重もの演技のなかに生々しい男の精子臭さを垣間見せるプリンスのステージとはまるで違うものだった・・・マイケルには特定の「顔」がない。それが彼を80年代を代表するアーティストにしたのだろう。じゃあ、ジャクソン5のころのマイケルはどうだったのかというと、そこにはやっぱり「子供らしい笑顔」という仮面をつけたマイケルしかいなかった。個人的にはソロになってからの音楽よりも、ジャクソン5の方が断然好きだが、それはあくまでも好みの話。仮面をつけているという点ではあまり変らなかった。晩年のマイケルは無意識に「仮面を一切はずしてしまったらどうなるのか」という実験を行っていたのかもしれない。誰しも仮面をつけて生きている。「素顔」ほど人工的なものはない。マイケルはその人工的なものを通して、イヤらしい人間の存在(プリンスの精子臭さのような)に近づくことはなかった。

マイケル、ほんとうにおまえは死んだのか?

そんななか、元シーズのヴォーカリスト、スカイ・サンライト・サクソンが、25日朝に亡くなったことを知った。マイケル・ジャクソンの死に全米が騒然とするなか、ひっそりと姿を消すなんていかにも彼らしい。シーズの代表作のひとつに「キャント・シーム・トゥ・メイク・ユー・マイン」という曲がある。男の情けなさを描きだしたという点で、ビーチボーイズ「だめな僕」、ジョン・レノン「ジェラス・ガイ」と並ぶ名曲である。あんまり素晴らしいので、大学時代、「なげやり」というバンドで「つれないあの娘」としてカヴァーしたことがある。今聞いてみても原作の素晴らしさと、それを的確な日本語にする自分の才能にうっとりする(←・・・)。その「なげやり」は去年再結成したばかりだ。

偉大なるガレージ・パンクの先駆者のご冥福をお祈りしたい。

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2009年6月21日(日)

大学時代にやっていたバンド「なげやり」、再結成後二回目のリハ。関西在住のため不参加のカルちゃん(キーボード)に代わり、同級生のナカサくん(演奏経験なし)が参加。無茶は承知で人柄重視・・・バンドやりはじめた頃って、こんな感じだったよね。でも、けっこううまくいったし。それにしても、21世紀に入ってこのバンドをやるとは思わなかったなぁ(笑)。 「Don't Look Back 2009

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2009年6月20日(土)

2009_06_20tishyoken_maruichi今日のラーメン:「もりそば(700円)」@赤羽『大勝軒 まるいち』
少しとろみのある濁ったスープは、『大勝軒』の売りである煮干よりも動物系のダシに重点を置いたつくり。つけ麺のタレとはいえ、かなり酸味が強い。例によって麺の量が多いということもあって、食べ終わる頃には喉が渇いてしまう。チャーシューはたっぷり入っているし、サービス万点ではあるのだが・・・★★★

昔つくった曲のデモ録音をつくりはじめた。ギターもへたっぴだし歌も入ってないけど、ディスクがいっぱいになっちゃったので今日はここまで。

ナカヤマくん(子育てと仕事で年内バンド活動休止)の代役に大先輩のガブンさんを迎えてのチキリハ(チキリカ・リハーサル)。次回のライブは10月11日(日)高円寺Showboat に決まりました。ナカヤマくんとはまた違うノリで、南半球系バンドの新たな一面をお見せすることができそうです。対バンは都立大時代のお仲間=イオチキングくるくるファンタジーです。

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2009年6月18日(木)

2009_06_18banraiken今日のラーメン:「ラーメン(500円)」@調布『萬来軒』
終戦直後からありそうな古くて小さいお店だが、白いペンキが塗りたくられた店内は意外とこざっぱりしている。こうした店にありがちな柔くてコシのない麺。スープは昔懐かしい醤油味だが、不自然な旨味が強いような気も。お酒も飲めそうなので、飲んだ後に食べると美味いかもしれない・・・★★★

Automama
スミハラくんが激しい打ち込みトラックにのって叫び跳ねる、Automamaのライブ@三軒茶屋Heaven's Door。テクノは身体によい。スミハラくんのつくる音はとんがっていて、ぼくの弛んだ身体に突き刺さりそうだ。なのにこんなに心地よいのはなぜだろう・・・ブルースでもアフリカ音楽でもロックでも、名人になればなるほどどんどん意思が強く、エゴは弱くなっていく。それは丸くなるといったこととは違う。どんどん濃厚に尖りながら、エゴは消えていく。結果としてそれはアグレッシブでありながら、身体に優しい音になる・・・テクノも誰かの意志でつくられていることは違いないのだが、生身の身体でひっぱたいたり、ひっかいたりするのと比べると、おれがおれがというエゴは前面に出にくい・・・ような気がする。それはもしかするとアコースティックな音以上に自然音に近いのかもしれない。テクノとエコ、テクノと仏教画の相性がいいのもそのことと関係があるのかな。そもそもテクノに疎いぼくは、そんなことを考えながらAutomamaの尖った音に身体を任せていた。テクノは身体によい。

31772011岩尾光代『はじめての女性代議士たち 新しき明日の来るを信ず』(新風舎文庫、2006、1999)を読み終わった。戦後最初の総選挙は、日本で初めて女性に参政権が認められた選挙でもあった。その結果、39名の女性議員が衆議院に送り出される。彼女たちは思想も背景もさまざまだったが、それぞれに戦後日本で女性が政治に参加する礎を築いた。保守派の候補のなかには公職追放になった夫の代わりに立候補した者も少なくない。しかし、こうした「身代わり候補」であれ、彼女たちの運動が女性が政治に関わるきっかけとなったことは否定できない。そうした政治家の妻たちの多くは戦前から、夫の政治活動を見守るだけではなく、女性の地位向上にも関心を持っていた。保守派、革新派、その他泡沫政党の候補も含め、女性候補者たちはマッカーサーによって「与えられた」女性参政権を婦選運動の本流に位置づけたと言えるかもしれない。

女性代議士の誕生について何か読んでみようと思ったのは、石田一松はだか読本』の対談で異彩を放っていた京都府選出の代議士、大石ヨシエのことが気になったからだ。大石や東京大空襲ですべてを失ったなかから出発した山口シズエなど、新しい時代に「いっちょやってやるか!」と腕まくりして出てきた新鮮な候補の話は今聞いてもおもしろい。とりわけ労組の組織票がまだ固まっていなかった当時の社会党からは、名もなき候補が登場する余地があった。ぼくが興味を持ったのは、女性の政治参加以上にこの時代のこうした風通しの良さである。女性候補者に限らず、今まで政治に対してものを言えなかった人たちが、いっせいに口を開いた時代。それは一種祭りのようなものだったと著者はくり返し述べている。その後の選挙では採用されることのなかった「大選挙区連記制」(複数の候補者を連記して投票)という制度も新人に有利に働いたのだろう。

しかし、こうした時代は長くは続かなかった。連記制は最初の選挙のみで廃止される。日本を脱軍国化するために、女性参政権をはじめとする民主化政策を推し進めていたGHQも、冷戦のなかで大きく路線を変えた。レッドパージの嵐が吹き、逆に多くの公職追放者が政界に復帰する。やがて、保守合同、社会党の右派左派結集により55年体制が築かれると、選挙は組織票に依存した大がかりなものとなり、金も知名度もない一般人がおいそれと手を出せるものではなくなっていく。最初の女性議員39名もその多くが政界を去っていった。自殺疑惑に対し「そんなひきょうなマネはせん」と最後まで強気の姿勢を崩さなかった大石ヨシエも、1971年、愛知県の小さな村でひっそりと亡くなった。「日本の老人はかわいそうや」という言葉を残して・・・もちろん、彼女たちの歩みは引き継がれたし、その闘いは終わったわけではない。だが、一方で、忘れ去られた彼女たちを知ることは、戦後の日本社会が閉塞していく過程を追うことでもあるのではないかと思った。

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2009年6月17日(水)

2009_06_17yokatoko今日のラーメン:「博多とんこつラーメン(650円)」@横浜『ラーメン よかとこ』
店構えからして、あまりそそらない感じ。食べてみれば思ったほど悪くはないし、黄色い看板の博多ナントカとよりはよほどましだと思う。でも、スープは不自然な旨味が強いし、麺ももう少しコシが欲しいというのが正直なところ。もやしが入っているのは、この手のラーメンでは珍しい・・・★★+

ついに届いてしまった・・・「Oh! RADIO」 。涙が出るかと思ったら、そんなことはなかった。これが最後の録音?そうかもしれない。でも、PVを見ていたら、あの世っていうのは一種のパラレルワールドで、キヨシローは今も虫網片手にむこうで蝶を追っているような気がした。

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2009年6月14日(日)

2009_06_14mirakuen今日のラーメン:「塩ラーメン」@西八王子『味楽苑』
お世話になったお店のラーメンというのは悪く言いにくいものだが、ここのラーメンは本当に美味しかった。具はシンプルで奇をてらったところは何もない。しかし、スープはアッサリしていながらも色々な旨味がつまっている。かなり飲んでからの評価なので、あえて4星はつけないが気持ちはかなりそれに近い。今度素面で食べに行ってみよう・・・★★★+

西八王子の中華料理店『味楽苑』で行われたEncuentrosの演奏会にゲスト参加して、歌を歌ってきた。Encuentrosのケーナ奏者・清水さんに「ラーメン屋でライブをやるから、ぜひ『ラーメン・ブギ』を歌ってくださいよ」と言われたときには、どういうことなんだか、サッパリわからなかった。ラーメン屋は回転が命である。10数分ごとに入れ替わる客を相手に演奏をするのだろうか。あるいは演奏を聞くためにお客が長居をしてお店に迷惑をかけることにはならないだろうか・・・ところが、行ってみるとラーメン屋というよりは中華料理店で、何度も朗読会や演劇などのイベントをやっているらしい。それならばと意を決して、アンデス音楽の合間に「ラーメン・ブギ」と「はだか節」を歌った。相変わらずのヘタッピーな歌で、アンデス音楽を求める観客からレンゲや丼を投げつけられないか不安だったけど、おじいちゃんおばあちゃんから車椅子の身障者の方まで、ニコニコ笑いながら聞いてくださいました。その上、「ラーメン・ブギ~♪」と大合唱でコーラスまでしていただいて・・・ありがとうございました。清水さんはじめEncuentrosのみなさん(Encuentrosの演奏はもちろん、素晴らしいものでした)、『味楽苑』関係者のみなさん、観客のみなさん、幸せなひとときを共有させていただいたことに感謝します!

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2009年6月13日(土)

2009_06_13ishin今日のラーメン:「トマト冷製麺(900円)」@横浜『麺や 維新
ここはレベルの高い限定メニューを次々とくり出してくるので、目が離せない。今回はトマトを使った冷やしラーメン。写真ではわからないが、緑色の麺にはモロヘイヤが練りこんである。レタス、水菜、鶏肉、クルトン、粉チーズなど各食材のバランスもすごくいい。トマトを使った麺はけっこうあるが、これほど完成度の高いものは他にない・・・★★★★

Img313金子潔『演歌流生記』(新日本出版社、1987)を読みおわった。金子潔さんは長崎県出身の演歌師。不自由な足で全国を放浪し、街頭演奏で4人の子供(前妻との間にさらに子供がいる)を育てあげた苦労人である。石田一松とも交流があり、一松の伝記『闘ったのんき節』のなかにもしばしば登場する。しかし、個性という意味では当り前のことかもしれないが、録音に残された金子さんの演奏を聞くと一松とはずいぶん肌合いが違う。目から鼻に抜ける才気走った一松は、その歌声からも一種パンキッシュな狂気が感じられるのに対し、金子さんのそれは自然体で聞き手に身を任せているような感じすらある。ロシア民謡をはじめとするさまざまな音楽をレパートリーに取り入れ、うたごえ運動やフォークソングといった戦後の若者の音楽にも理解を示したのも、そんな金子さんの謙虚なあり方と関係があるのだろう。旅から旅の人生を綴ったこの本も、苦労を苦労と思わせない爽やかな語り口に、著者の実直な人柄が表れている。旅先で出会った女工や娼妓と逃げようとして袋叩きにあった話や、各地の演歌師との交流など、放浪への憧れをかきたてられずにはいられない(実際には辛いことのほうが多かったはずだが・・・)。息子の大学入試の時ですら、親子二人、演奏で資金を稼ぎながら山形から東京へ向かったというのだから、すごい。

金子さんは戦後、宇都宮で受けた空襲の体験、戦争を止められなかったことへの後悔から、共産党の支持者になる。共産党系の出版社から出されていることもあって、本書の後半で金子さんが語る内容は、共産党の主張の枠にカッチリはまっていて、正直、面白くない。共産党が戦後の政治のなかで一定の役割を果たしてきたことは認めるし、平和の党、労働者の党に対する金子さんの思い入れは理解できるのだが・・・。一時期共産党に入党していたピカソが、自分の絵を「ブルジョワ的だ」と批判され、「共産主義社会では靴屋もプロレタリアート風の靴をつくるのか」と反論した・・・というような、枠からはみ出す部分があまり感じられないのだ。とはいえ、二度と戦争を起こさないために、自分の体験、考えを書きのこしておかなくては・・・という思いは痛いほど伝わってくる。それもまた、金子さんの実直さ、誠実さのなせる業である。金子さんは本書の出版を見ることなく、86年10月、胃癌で亡くなった。ベルリンの壁の崩壊ソ連の解体よりも前のことだ。

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2009年6月12日(金)

2009_06_12bukotsu今日のラーメン:「辛つけめん(850円)」@渋谷『麺屋武蔵 武骨外伝
前回つけ麺を食べた時は、武蔵系には珍しく「あれっ?」と思った。どうもピンとこなかったのだ。辛つけ麺も同様。つけだれは辛さよりも甘さが先にたつ。麺はちょっとぶよっとしている。湯切りのときに店員がそろってかけ声をかけたりするのも、正直ウザイ。そんなことより、スープ割り頼んだの忘れないで欲しい・・・★★★

Kikyo
桔梗三軒茶屋Heaven's Door。今日は久しぶりにギターがレスポールだった。そのせいか、バンド全体の音も少し違って聞こえる。久々の使用でギターがすねていたのか、どうも音が定まらない様子。ライブのあと挨拶に行くとやはりスエヒロくんは納得できないようで、打ち上げに顔を出したときもレスポールの音を気にしていた。それでも、凡百のバンドよりもずっと素晴らしいけどね。キャッチボール!

打ち上げでは、大学時代の友人ナカサくん、エース(京都在住の社会学者)、エースが連れてきた新進気鋭の社会学者Kさんに、途中からヒーカさん、イノウエさんも加わって話に花を咲かせた。Kさんとはヒップホップからトニー谷まで色々な話ができて、とても楽しかった。

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2009年6月7日(土)

演歌師にしてタレント議員第一号の石田一松が、さまざまな雑誌に記事を書いていることを知った。ネットで古本を検索してみたら、いくつか出てきたのでさっそく入手した。

ひとつは、左翼系総合誌『社会評論』。1936年6月〜8月号に、得意の「のんき節」を、「時事小唄のんき節(6月号は「のんきだね節」)」として、加藤悦郎のイラスト付きで寄稿している。6月号と8月号が売りに出ていたので、手に入れた(7月号も首都大の図書館にあったのでコピー済)。「夜の目も寝ずに選挙運動で/さぞや疲れたことでせう/幸い当選された方は/議会でゆっくり眠れます/へゝ のんきだね」「訓示々々と訓示が流行る/訓示は上から下にする/される者より する奴に/誰か訓示をしておくれ/へゝ のんきだね」といった政治家や当局を真正面からこき下ろしたネタの強烈さもさることながら、戦後社会党の委員長をつとめ立会演説会で暗殺された浅沼稲次郎ら社会主義者と肩をならべて、親ソ・反ファシズムの左翼系雑誌に書いていること自体が興味深い。天皇の信奉者を自認し、政治家としては三木武夫と行動を共にした一松だが、自主独立・再軍備反対といった主張はむしろ社会党や共産党に近いものがあった。『社会評論』への寄稿は一松が左翼にシンパシーを感じていたことの表れなのだろうか。一松の師匠に当たる添田唖蝉坊は社会主義者の堺利彦とも交流があったし、東京市電のストライキを執行委員長として指揮した熊本利夫は一松の同郷の親友だから、両者の間につながりがないわけではないのだが。

もうひとつは「勤労大衆の友」と銘打った20ページの小冊子『協力新聞』1946年5月号。詳細は不明だが、戦後間もなく何もない時代に娯楽に飢えた人々を癒そうと低予算で作られたものという感じ。「オデコにしわを寄せて考え込んでばかりいる」という読者からの批判に答え、劇作家の菊田一夫を編集委員にむかえてつくられた「読者慰安快感特集号」である。敗戦を振り出しとし「平和な明るい民主日本の建設」を上りとする「再建双六」、徳川夢声高嶋米峰(東洋大学元学長)の対談、ホイットマンの詩「きみのために、おゝデモクラシイよ」の翻訳、サトウハチロー作詞の「快感音頭」など、わら半紙をホチキスで止めただけの粗末なつくりながら、内容は盛りだくさん。そのなかで一松は、5人の作家が名作のパロディーをテーマにした舞台という設定で書いた連作「想ひ出の名作 廻り舞台」の第二景「歌謡曲と朗詠」で戦前の流行歌「あゝそれなのに」と石川啄木のパロディーを披露している。

Img307「今日もそろそろ米がない
 さぞかし政府ぢゃ今頃は
 お察しだろうと思ふたに
  あゝそれなのに
  それなのに怒るのは
 デモするのは当前でせう
外で聞こえる人の音
 演説ではないただの音
 とぎれとぎれの怒鳴声
  あゝそれなのに
  それなのに落ちるのは
 落選するのは当前でしょう
投票しようと出たけれど
 なぜか気に入る人がない
 やっぱり名もない方ばかり
  あゝそれなのに
  それななのに投票せよ
投票せよとは
  あんまり無理でせう
       ×
倒壊のおのれの家の白壁は
  我なきよしを書いて残さむ
はたらけどもたゝけども我政府
  辞職せずぢっと顔を見る
友が皆当選すると見ゆる日を
  洟をかみおへ爪を磨かむ」

記事の後には「四月四日」と日付が記してある。昭和21年4月4日といえば、戦後初の総選挙で一松が当選する一週間前のこと(投票10日、開票は翌日)。一松は『のんき哲学』のなかでも、中身のない言葉をがなりたてる立候補者を批判している。一方で、「落選するのは当前でせう」というフレーズは、自分が落選した時の保険のようにも感じられる。「はたらけどもたゝけども我政府/辞職せずぢっと顔を見る」という歌は、ぜひ現内閣総理大臣にお送りしたい。ちなみに、国会議員になった一松がその独裁的な手法を攻撃し続けたのは、他ならぬ現首相の祖父・吉田茂であった。

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2009年6月3日(水)

2009_06_03motoi今日のラーメン:「つけ麺(730円)」@町田『基 motoi
久しぶりに行ってきた、『渡なべ』系のお店。前回はラーメンを食べたので、今回はつけ麺を。動物系+魚介系のつけ汁は濃厚で、素晴らしく美味い。スープ割りすれば、ぐいぐい飲める。穂先メンマは少し風味が強いが、それもアクセントになっている。麺はつけ麺にはよくある中太麺だが、コシがあってグー・・・★★★★+

はだか節」ヴォーカル入りバージョン完成!→ こんな感じ

中山『舞天』でスージーズの演奏を聞いた。やっぱり、島唄は元気が出るなぁ。

Img305水野喬闘った「のんき節」 タレント議員第一号・演歌師 石田一松』(文芸社、2002)を読みおわった。「のんき節」で有名な演歌師であり、タレント議員第一号でもあった石田一松。戦前も軍部や政府を揶揄するような歌を歌い、官憲から呼び出しを受けることもあった一松は、戦後初の総選挙で衆議院議員に当選してからも、所属する国民協同党の党議に反して日米安全保障条約講和条約に反対票を投じるなど、その反骨を貫いた。天皇の信奉者を標榜しながらも、一松が一貫して主張していたのは自主独立と再軍備反対であり、そうした主張は保守派よりもむしろ社会党や共産党に近いものだったとも言えるだろう。その背景には、原爆で瓦礫すらなくなった故郷・広島の姿がある。また、意見の違うものからも発言の機会を奪うべきではないという立場から、言論を封殺するレッド・パージ的な謀略には強く反対した。晩年、共産党を除名になった神山茂夫と選挙応援協定を結んだり、砂川の基地反対闘争に関わったりと、「左」に接近したようにも見えるのも、彼の信念からすると不自然なことではない。一松自身は自分は常に真ん中にいて、世の中が右へ左へ動いただけだと言っていたらしいが。

本書は現存する資料を調べあげ、当時の関係者に丹念に取材を重ねて書かれた、今のところ唯一の石田一松伝である。占領から独立、その後の右旋回へと続く激動の時代のなかで、「反骨の人」石田一松がどのように生きたかを知る意味では、他に例のない貴重な資料である。とはいえ、資料や取材から得られた情報を、当時の人々の会話や独白として再構成してしまうので、どこまでが真実で、どこからが作者によって脚色されたイメージなのか判然としないところがある。本人たちにしか知りえない会話や内心の描写は、「すべてが事実だったとも言えませんし、逆に単なる想像のことでもない」(495)というよりも、事実を元にしたフィクションと言うべきだろう。会話のなかに当時の状況説明が織りこまれているため、セリフが説明的で小説的なリアリティに欠けるという不満はあるものの、記録に残らない「歴史」を再現するためにフィクションの力を借りるのはむしろ正当な方法だと思う。作者がなぜノンフィクションという言葉にこだわるのか、理解できない。ぼくは石田一松という実在の人物を題材にした小説として読んだ。

戦前の一松について、軍部や政府を批判した「反骨の人」という面ばかりを強調しているのも食い足りない。もちろん、一松が得意の「のんき節」で窮屈な時代を笑いとばし、官憲に目をつけられていたことは事実である。その一方で、当時を生きる芸人として、日本軍の快進撃に喝采を送る観客を無視することもできなかったはずだ。所属する吉本興業によって結成された慰問団「わらわし隊」に参加したことはともかく、一松自身「肉弾節」など戦意を高揚するような歌を歌っている。さかのぼれば、「壮士演歌」や「書生節」自体、明治の頃からそうした危ういナショナリズムを含んでいた。戦後の一松は原爆による故郷喪失という悲劇を経て、そうした自分自身 ― あるときには戦争に積極的な支持(「止められなかった」という消極的な支持ではなく)を与えていた自分自身 ― に対する深刻な反省があったはずだ(同時代の演歌師・金子潔氏は著書『演歌流生記』のなかで、肉弾三勇士の歌を歌ったことを反省をこめて語っている)。戦後の一松だけ見ていると、彼が普遍的な平和主義者であったようにすら見えてしまう。「反骨の人」のなかに、どんな苦しい葛藤があったのか、それこそフィクションを駆使して描き出して欲しかった。

一松の「ヘリクツ」的な部分があまり描き出されていないのも、違和感があった。政治家・石田一松を描くという意味ではそれでもいいのかもしれないが、人々を笑わせる寄席芸人としての一松を語るうえでそうした一面は欠かせない。「正論」をぶつけるだけでは「笑い」にはならない。動かしがたい「正論」のように見える常識をヘリクツやダジャレでひっくり返すから面白いのだ。ヘリクツとヘンクツで逆立ちした世の中を逆立ちして見た名著『のんき哲学』を、出版社の編集長に「本格的な哲学書のようなもの」と言わせてしまう(例によってこのセリフも本当にこの人物が言ったのか、作者の脚色かわからないのだが)ところを見ると、作者は一松のそうした一面にはあまり興味がないのかもしれない。

・・・・こんなことばかり書いていると、「お前のような若造に何がわかる」と怒られそうだが、もちろん、勉強になることが多かったことは強調しておかなければならない。作者のイメージする一松がぼくのそれとずれているところはあるものの、いろいろなことを教えていただいた。こうなったらぼくも資料を集めて、ぼく自身の「石田一松」を再構成してみようと思う。

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2009年5月24日(日)

2009_05_25itsvegetable今日のラーメン:「担々麺(840円)」@錦糸町『イッツベジタブル 苓々菜館』
ここは菜食中国料理のお店なので、動物性の食材は一切使っていない。それどころか、ニンニク、ニラ、ネギといった刺激性の強い植物もNG。にもかかわらず、ごまをたっぷり使ったスープはけっこうコクがあって、優しいなかにもパンチがある。麺はもう少し固いほうが好みだけど、全体的に美味しかった・・・★★★+

Img293渋谷のエル・スールで先日買いそびれたアフリカもののレコードを大量購入。トゥンデ・ナイチンゲールS・E・ロジーI・K・ダイロシキル・アインデ・バリスタージェイムズ・チモンベ・・・貴重なLPを抱えてニンマリしていると、店長の原田さんが東南アジア特有の節回しの歌を流しはじめた。タイのウィルソン・ピケットと言われる(誰が言いはじめたんだ!?)ダーオ・バンドンという男性シンガーのCD(写真)だという。モーラムのなかに洋楽的な要素が入りこんでいる・・・というか、洋楽的な音楽をやろうとしてモーラム的な地金が見えてしまったというべきか。ロックンロールのベースライン、ズンズンズンズン・・・と思ったら、音がありえないところにずれるので背骨を脱臼しそうになる。でも、一昔前の日本の歌謡曲(初期のサブちゃんとか)もこんな感じだよね・・・日本の歌謡曲が東南アジアの音楽に影響を与えている可能性もあるし・・・と原田さん。結局、このCDも買うことにする。

Encuentros
錦糸町の『イッツベジタブル 苓々菜館』に、ケーナ奏者の清水康之さん率いるEncuentrosの演奏を聞きにいく。ところが今回はギターリストの都合がつかなかったため、ケーナは風絃流しなどで活躍する金子勲さんにまかせ、清水さんはギターを担当。バンマスのケーナが聞けたのは本編の1曲とアンコールの2曲のみ。金子さんの自由奔放なケーナは素晴らしいものだったし、数ヶ月でここまでギターを弾けるようになった清水さんの努力にも脱帽するが、もっと清水さんのケーナを聞きたかったというのが正直なところ。それだけ、清水さんがケーナを吹いた3曲が素晴らしかったということでもある。今度は金子さんと清水さんのケーナ・デュオを聞かせて欲しい。

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2009年5月23日(土)

2009_05_23ikkokudou今日のラーメン:「魚介つけ麺(680円)」@天王町『壱鵠堂』天王町店
「魚介」のつけ麺と聞いて勝手に上品なものを想像していたのだが、こういう行き方もあるのか。濁ったつけ汁の舌触りが少々粉っぽいせいもあって、正直あまり洗練された感じはしない。細めの縮れ麺はそれなりにコシも合って美味い。具が取り分けてあるのは効果があるのかな?ぼくはつけ汁に入っていたほうが好き・・・★★★

クサナギくんの復活も近いことなので、彼の言葉にインスパイアされた自作書生節「はだか節」のデモ録音を作ってみました。宴会・合コンなどでどうぞ(嘘) 。

(このときのヴァージョンはかなりゆるゆるだったので、作り直しました→こんな感じ


1578006「はだか節」(裸だったら何が悪い)

知事も議員も大臣も
生まれたときはみな裸 
女の腹から チョイト 出たときに
股を隠したやつはない
裸だったら何が悪い

ひとりで夜を明かすより
隣に誰かがいたほうがいい
言葉で愛を チョイト 語るより
包み隠さず見せるがいい
裸だったら何が悪い

人目を気にして生きるより
だめな自分を愛したい
誰かのアラを チョイト 探すより
酒酌み交わせばアラ不思議
裸だったら何が悪い


ちなみに写真のTシャツは
http://clubt.jp/product/53181_1578006.html
で。

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2009年5月17日(日)

2009_05_17wakaba今日のラーメン:「つけ麺(とんこつ和風だし)(700円)」@吉祥寺『つけ麺 若葉』
吉祥寺のハモニカ横丁にあるつけ麺屋。麺は太めの平打ち麺で、つるつるとした喉ごしがなかなか心地よい。今回はつけだれは色々な味があるが、いちばん上に書いてあった「とんこつ和風」を選んだ。とんこつに魚粉もきいていてなかなか美味しいけど、この麺にはちょっと弱いような気も・・・★★★+

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南半球系バンド・チキリカが、吉祥寺曼荼羅でライブをやりました。アフロ系インスト・バンド=JariBuのお誘いで、『MUSIC SURFER 41』という企画に参加。出演者はJariBuの他にも、レゲエ~スカ系のOH! SKA-SUN、ロカビリーやR&B系のOLD FASHIONとツワモノぞろい。DJも入って、グルーヴが途切れることのない好企画でした。自分の演奏について言えば反省することばかりなのですが、暖かいお客さんに助けられて何とかやり遂げることができました。ぼくの妄想のなかのニワトリに声を合わせて、ホロロケロホロロケロと叫んでくださったみなさん、ありがとうございました。

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2009年5月15日(金)

Isida2石田一松『のんき哲学』(大空社、1998、1946)を読み終わった。石田一松は広島県出身の演歌師。添田唖蝉坊の東京青年倶楽部で演歌師としての活動を始め、得意のヴァイオリンを手に「のんき節」などの流行歌で一世を風靡した。1946年には戦後初の衆議院選挙に立候補して、見事当選。53年のバカヤロー解散による総選挙で落選するまで、寄席に出演しながら議員活動を続けた。いわば、タレント議員第一号である。そんな一松が代議士になった直後、「のんき節の寄席芸人に何ができる」という世間の嘲笑に一矢酬いんとして書いたのが本書である。とはいっても、「へへ、のんきだね」という暴力的なオチで聴衆を沸かせた一松のこと、生真面目なマニフェストのようなものを書いたわけではない。「序言」からして、「読者諸君、仕舞った!と、この本を買ったことの後悔はもう遅い、何故ならば、きっとこの本を諸君に売った本屋は、買った値段では、この本を買戻しはしないだろうから」(6)と読者を煙に巻くトリックスターぶりがまぶしい。

「いわいる哲学者の哲学は難解なる文章の羅列によって、文章の意味を解読することだけでも、一つの事業であり、さしづめ語学の研究だけでも大変である。哲学書というより鉄学書と呼ぶべき冷たく、固いものである」 (17) ― 「のんき哲学」と銘うちながら、冒頭からの「哲学」批判である。上の引用に続けて、一松は哲学書が難解な言葉で書かれているのは、その内容(のなさ)を見抜かれないようにするためであると喝破する(18)。こうして哲学の専門性が孕む問題を暴き出しながら、一松の言葉はそこにとどまらない。一歩すすんで、自らを批判する対象のパロディとして提示するところが、トリックスターのトリックスターたる所以である。「闇の哲学的考察」と題して、一松は難解な文章の無内容を自ら演じてみせる。

「闇とは明に対する語であり文字である。即ち光明の絶無なる暗黒の空間である。故に完全なる闇の空間においては、人間の視覚は無であり、視覚の無なるが故に、視覚による物体の認識も無である。
 視覚による物体の認識が無である必然の結果は、少く共、視覚に関する限り、物体の存在も無である」(20)

抽象的な「闇」の定義は間髪いれずに、現実の「闇取引」、それもより生々しい「女を対象とする闇取引」の暴露へとなだれ込む。こうして読者を引きずりまわした挙げ句、一松は現実の「闇」に対する批判を狂った言葉遊びのなかに解消してみせる。

「不当なる価格であると、自覚する人間の自覚は、五感の中の視覚を無視した四官によるものであるから、これはノーマルな人間の自覚と称することはできない。これは自覚にあらずして四覚である。この四覚は不完全自覚である。不完全自覚である四覚を、完全自覚にするためには、視覚を加えなければならない。
 即ち四覚プラス視覚は八カクである。八カクの八と、味覚のミの三とを連絡して「八三」と呼び、闇の意味に用いられるのである」(22)

認識論のような顔をしながら、ダジャレにダジャレを重ね、最後はメチャクチャな結論(オチ)にたどり着く・・・クラクラするほどの見事な手腕である。

「伝記叢書」の一冊として復刻されたものの、本書のほとんどは伝記的な内容ではなく、上に書いたようなヘリクツである。そう。もうわかったと思うが、一松はヘリクツ親父である。それも、ああいえばこういう、ハンパじゃないヘリクツ親父なのである。もちろん、代議士として社会問題や若者の生き方をまじめに語っている部分もあり、そのなかには今となっては古臭い部分もある。そんなときもなお、一松はヘリクツを忘れず、「へへ」と笑って読者をのんき節の異次元へと置き去りにする。後半、ホンの少しだけ自らの半生を語るときも、その自意識過剰なヘンクツぶりは変わらない。出生についての一節など、まるで『ブリキの太鼓』を読んでいるかのようだ。

「私が生まれたのは ― 私が生まれたのです。私は断じて、生まれた瞬間から、石田一松ではなかったのです。私が生れて、七日間ほど経って、私は石田一松になったのです。― 明治三十五年十一月十八日生れです。この生年月日も、父親から教えられ、或は役場の戸籍謄本に書いてあるのを、私が読んで記憶したので、七歳の幼い頃に覚えた自分の生年月日を、何十年も忘れないでいる、この素晴らしい記憶力には、われながらつくづく感心しています」(200)

幼少時代の話は、愛人をつくって出て行った母との別れ、継母との確執など、悲しいものが多いのだが、一松は記憶から湿っぽさをふり払い、どこかヒトゴトのような顔をして語る。母に対する怒りも、ぼくにはどこか怒ったふり、演技のように思えてしかたがない。そうしなければならないほどつらかったということだろうか・・・稀代のトリックスターというのはこういうところから生れるものなのかもしれない。

ともかく、こんな男が国会にいたと考えるだけで、愉快だ。ちなみにこの一松論もまた、難解で無内容な文章のパロディであることはいうまでもない・・・なんて。へへ、のんきだね。

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2009年5月13日(水)

2009_05_13buten今日のラーメン?:「ソーキソバ」@中山『沖縄居酒屋 舞天』
沖縄そばはラーメンではないが、まあ、日本そばよりは近いだろうということで。『舞天』には何度も来ているが、そばを食べるのははじめて。何かが突出することのない、穏やかな味。ソーキもしっかり脂抜きされていて、あっさりとした仕上がりになっている。コーレーグースを入れると美味さ倍増・・・★★★+

Suzies090513
スージーズ@中山『舞天』。最初に、ミドル・テンポの渋い民謡を三曲ほどたて続けにやった。島唄はみんなそうだけど、これぐらいのテンポでメロディがうねうねと上がり下がりする歌はとくに、霊を呼ぶね。音楽の力で空気にみなぎる霊の力を集めて、最後はもちろん「ちょんちょんキジムナー」とカチャーシーでどーん!となる。終演後、観客として来ていたOYA-Gさんのラップ(製作中)に耳を傾けつつ、カシスシークワーサーソーダ割りを飲み続けた。

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2009年5月9日(土)

17日の曼荼羅ライブへ向けたチキリハ(チキリカ・リハーサル)後、エロさん以外のメンバーと赤羽の沖縄料理屋で飲んだ。今ごろ、青山ではキヨシローを偲んでたくさんの人が涙を流したり、歌を歌ったりしているんだろう・・・と思いながら、ヒージャー刺しを肴にビールを飲む。

キヨシローの告別式。友だちにも誘われたし、リハが終わり次第駆けつけようかとも思ったんだけど、やめておいた。喪服も着なくちゃいけないし。もちろん、キヨシローの葬式だから、ド派手な服で行こう・・・という気持ちもわかる。でも、何となく、ぼくはイヤだった。ぼくは生前の故人と面識があったわけじゃない。すごくすごく好きだけど、ただのファンだ。だから、最低限の距離を保ちたかった。

キヨシロー=いい人みたいなことばかり強調されているけど、たぶん、イジワルなユーモアも大好きな人だったと、ぼくはファンとして勝手に思っている。「ファンからの贈り物」みたいなさ。つまらないものはゴミ箱に捨てるぜーって。だから、知り合いでもないのにベタベタしてくるやつには、きっつーい一言をお見舞いしたんじゃないかと思う。あくまでぼくの心のなかのイメージだけど、ぼくの心のなかのキヨシローはそういう人だ。ま、それはそれでキヨシローの優しさだって言うこともできるけど。だから、ぼくは遠くから手を合わせるのがいちばんいいんだ。

・・・と自分に言い聞かせる。

イシイ夫妻が息子のカズくんを連れてきた。ドラマーとピアニストの息子なのに、2歳にして自分のパートはギターだと決めている。イマナラがギターを貸したら、目をらんらんと輝かせて嬉しそうにジャンジャンかき鳴らす。「子供が希望」なんて言葉を聞いても、結婚すらしていないぼくは「ふーん」としか思わなかったんだけど、この10日ぐらいでちょっとその気持ちがわかるようになった。

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2009年5月8日(金)

2009_05_08takenibo今日のラーメン:「つけ麺(930円)」@調布『たけちゃんにぼしらーめん』
おかしい。こんなはずじゃない。つけ麺の汁にしては薄いせいか、油のしつこさばかりが印象に残る。コシのある太麺は悪くないものの、それを受けとめるだけのパンチがない。最悪なのはチャーシュー。暖めてないのはともかく、それならばこんなに脂の多いものを選ぶべきではないと思う。どうした、たけにぼ!?・・・★★★

Kikyo0508
三軒茶屋Heaven's Door桔梗の演奏を聞きにいく。開演まで時間があったので、久々に渋谷のEL SUR RECORDSに寄る。途中、渋谷駅の連絡通路で曼荼羅に電話していたら、はかるさんに遭遇(偶然ですね!おひきとめしてすみませんでした)。エル・スールで原田さん、元新宿ディスク・ユニオン店員のお客さんと談笑しながら、レコードを物色。しばらく行かない間にアフリカものが大量入荷している。とても全部買うのは無理だったので、ジンバブウェのオリヴァー・ムツクジ、ブラッキッツ、ナイジェリアのキング・サニー・アデ、シキル・アインデ・バリスターを買って、残りは給料日まで我慢(・・・なんてここに書くと、誰かに先を越されるか・・・笑)。

桔梗はやっぱり素晴らしかった。前回はスエヒロくんがギターに対する新鮮さを失っていないことに驚いた。それはもちろん今回も変わらないのだが、とはいえ、そんじょそこらのションベンくさいギターリストとは年季が違う。キューンと短くチョーキングしただけで、いろいろな光景が浮かびあがる。これはギターだけじゃないけど、演奏の密度が濃いので、聞いている時間が一瞬のようにも、永遠のようにも感じられる。すごいな。対バンではブ∞モジャコの女性ドラマーが印象に残った。あんなに撥の残像が美しいドラムをはじめて見た。

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2009年5月2日(土)

2009_05_02shyuhakkou今日のラーメン:「ルーローメン(650円)」@天王町『舟八口』
近所にできたラーメンとチャーハン中心のお店。いかにもチェーン店的な店構えだが、他に同じ名前のお店はないようだ。ルーローメンはニラや高菜が入ってそれなりに工夫されているし、角煮も脂っこくなくて美味しい。スープもそれなりに飲めるが、食べ終わった後、口のなかに不自然な旨味が残る。お腹がすいたときにはいいか・・・★★★

忌野清志郎が亡くなった。

思えば、ぼくは遅れてきたRCファンだった。『ラブソディ』が出た80年には小学6年生だったし。

ぼくがRCサクセションに夢中になったのは、中学の同級生オニマルくんの影響だった。お寺の息子でくりくりと潔い坊主頭のオニマルくんは独特のセンスの持ち主だった。お兄さんの影響で日本のフォークやロックに詳しかった。特に仲がいいというわけではなかったけど、ときどき突発的にひょうきんなことをするオニマルくんに、中学生のぼくは一目置いていたのだ。

そして、「いけないルージュ・マジック」がやってきた。シングルを買ってきたのは、亡くなった伯母だった。派手なメイクをしたキヨシローとキョージュが寄り添うジャケットに目を奪われた。母は「気持ち悪い」と顔をしかめたけど、ぼくは伯母のセンスに脱帽した。そして、キヨシローがRCサクセションの人だと知り、「魅惑のフォークソング・ヒット集」とかなんとかいう楽譜集に入っていた「ぼくの好きな先生」とのあまりのギャップに驚いた。伯母に「同じ人?」と聞いたのを憶えている。その後、キヨシローとキョージュは『ザ・ベストテン』の「今週のスポットライト」に出て、札束をばらまきながら男同士でチューをした。「人の目を気にして生きるなんて、くだらないことさ」というメッセージが、いたいけな中学生に伝わった瞬間だった。

さっそく当時流行りはじめたばかりの貸しレコード屋に行って、『ラブソディ』と『初期のRCサクセション』を借りた。衝撃だった。これこそ、ぼくの求めていた音楽だと思った。調べてみると、キヨシローが当時好きだった井上陽水のお友達だということがわかった。キヨシローはラジオで、「陽水のつくってくれたカレーがうまかった」とか言っていた。一家に一枚のベストセラー『氷の世界』にも陽水とキヨシローの共作曲が収録されていた。ぼんやりとした予感が確信に変わった。これだ!ぜったいこれだ!

掃除の時間、廊下で「言論の自由」や「烏合のシュー」を歌っているオニマルくんのそばに行っていっしょに歌った。「おれも知ってるぜ」とアピールしたかった。学校の先生は顔をしかめたけど、知ったこっちゃなかった。受け取ったメッセージを実行する小さな革命児の気分だった。そして、『BEATPOPS』が出て、キヨシローが「もしもあんたがアレをもっていたら」と歌うのを聞いた。「ぼくはアレを持っているだろうか」と思いをめぐらせた。そもそも、アレってなんだ?

それが、81年から82年にかけての出来事。このあとも、ぼくとキヨシローの物語はえんえんと続く。伯母と行った西武球場のライブ。中学校の音楽室で友だちのバンドに飛び入りして、「トランジスタ・ラジオ」を歌ったこと。高校の時のバンドでは完全にキヨシローになりきっていたこと。大学に入ってからだって・・・それだけで、一冊の本ができるだろう・・・

・・・ご冥福をお祈りします。亡くなった伯母も同時期に闘病中だったキヨシローの歌に元気づけられていました。素晴らしい歌をありがとう。中学のときに好きだったものを今でも好きでいられるぼくは幸せです。ぼくはいまでも道端で泣いてる子供なんです。

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2009年4月29日(水)

2009_04_29tamagatta今日のラーメン:「ラーメン(630円)」@横浜『らぁめん たまがった』横浜西口店
ムビラの巨匠パシパミレさんを連れて大分ラーメンの『たまがった』に。濃厚な豚骨スープはジンバブウェ人にも評判が良かった。ぼくはもちろん、麺ばりかたで。極細麺はダンダン柔らかくなる。これがまた食べあきない理由なのかも。このあたりで九州ラーメンの美味しいお店を見つけるのはけっこうたいへんなので、貴重なお店・・・★★★★

O0452064010161979042ムビラ・サミットVol.4@横浜Thumb's Up。ムビラやリンバ、いわいる「親指ピアノ」と呼ばれる楽器のプレイヤーが集まるムビラの祭典も、今年で4回目。今回はジンバブウェからムビラの巨匠ルケン・パシパミレさんをお迎えして、日本人、アフリカ人入り乱れての素晴らしいイベントになった。ムビラの弾けないムビラ愛好家=おかムビラーのひらげは、例によって司会を担当した。本番前にはパシパミレさんをラーメン屋にご案内する役目をおおせつかった。

まずは湘南を拠点に活動するスマイルカリンバが、開放感ある音のなかにジャズっぽいフィーリングが潜むグルーヴィーな演奏を聞かせる。ジンバブウェのムビラ奏者カリガイ・ティコリティさんの息子トンデライを中心としたマズィタテグルは、伝承曲をムビラ3台のアンサンブルで。トリを飾ったパシパミレさんと比べると、金属音的成分の強い、キラキラした音。マツヒラくん率いるロワンビラはドラム、ベースありのバンド・スタイルで、伝承曲にユニークな日本語の歌詞をのせて歌う(マツヒラくん曰く、「アフロ・J-POP」)。続いて、タンザニア出身のバンド=タンザナイツ・バンドのリスタ(キーボード&カリンバ)&フレッシ(ヴォーカル)が、ルンバ・コンゴリース風の甘い歌を聞かせる。小池龍一くん(ムビラ、リンバ)とOtoさん(ギター)のユニット=ムビラトロンは、チェロとアイルランドの太鼓バウロンのサポートで、ゆったりとしたグルーヴの演奏を披露。そして、満を持して巨匠ルケン・パシパミレさんが登場。ハヤシエリカさんとムビラジャカナカのマサさんを従えて、圧倒的に存在感のある音で会場を満たす。辛抱ならなくなった人たちが踊りだす。腰を振る人、手をひらひらさせる人、足をバタつかせる人・・・思い思いに身体を動かす人たちでダンスホール状態。パシパミレさんのムビラは比較的くすんだ渋い音なのだが、にもかかわらず、というか、だからこそというか、人を動かすパワーを持っている。このイベントに参加できてよかった。パシパミレさんを招聘したハヤシエリカさんをはじめ、スタッフのみなさん、出演者のみなさん、お疲れさまでした!次はムビラ・サミットVol.5でお会いしましょう!

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2009年4月26日(日)

Ngomajapani
ジンバブウェからムビラ奏者ルケン・クワリ・パシパミレさんをむかえてのNGOMA JAPANI Vol.4@高輪区民センター。ひらげも巨匠パシパミレさんのイントロダクションとなるべく、ジンバブウェのポピュラー音楽についてトーマス・マプーモオリヴァー・ムツクジポール・マタヴィレらの映像を交えながら話した。出演は他に、タンザニアのアフリカン・パーカッション、リンバとギターにダンスというユニークな編成のハクナターブ、そのハクナターブでエネルギッシュなダンスを披露していた伊藤宏子さんによる師匠フクウェ・ザウォセ(もうひとりの巨匠!)の映像上映・・・と盛りだくさん。トリを飾ったパシパミレさんとハヤシエリカさん、マサさん(ムビラ・ジャカナカ)による演奏は、もちろん素晴らしかった。区民センターのホールは音響もよく、ムビラの響きをあますことなく楽しめたと思う。ムビラ独特のびりついた音が、歪んだ雑音からホールの空気を満たす魔法に変っていく。ホール全体が楽器というか、空気それ自体が楽器というか。ステージのプログラムと同時進行で行われていたワークショップに参加した子供たちが踊りだす。演奏者を囲んでくるくる廻る人たちと恥ずかしそうに歩いていた少女が、音楽にのせられてぴょんぴょんと跳ねはじめる・・・打ち上げでもパシパミレさんの温かい人柄に触れられて、すごくハッピーだった。

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2009年4月25日(土)

都立大軽音の後輩ムカイくんの結婚式2次会。音楽仲間のお祝いらしく、バンド演奏アリの楽しい会になった。チキリカもそろってお祝いに参上するつもりで演奏のリハもしていたのだが、のっぴきならない理由でメンバーが揃わず。出席できたメンバー+コバ(バーカッション)で「シンプルライフ」を演奏した(歌詞、間違えちゃった)。続けてイオチキング、新郎がギターリストをつとめるくるくるファンタジーが素晴らしい演奏を披露。音楽仲間の結婚パーティーは楽しくていいね。はしゃいじゃうね。それにしても、ムカイくん、きれいな嫁さんもらったな!おしあわせに!

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2009年4月19日(日)

2009_4_19seiya今日のラーメン:「らーめん(500円)」@赤羽『せい家』赤羽店
チェーン店化しながら、家系の味を守っている『せい家』の支店が赤羽にできた。家系のなかではアッサリしているほうだが、しっかり旨味もあって悪くない。蒲田店で食べたときにはもう少し重量感がある印象だったが、こちらのほうがいいという人もいるだろう。そして、この値段の安さ!お値打ちです・・・★★★+

チキリハ(チキリカ・リハーサル)。子育てと仕事でしばらく欠席していたナカヤマくんが久々に参加。やっぱりベースがいると楽しいね。ただいま、25日のムカイくん結婚式、5月17日の曼荼羅ライブに向けてリハビリ中です!乞うご期待!


NHKでほんの一瞬、遠峯あこさんという方が紹介されていた。オリジナルの他、「野毛山節」などの古い俗謡や民謡、歌謡曲、浅草オペラなどを、アコーディオン弾き語りで聞かせる。こういう人、いるんだなぁ。探してみたら、YouTubeに動画があった(↑)。横浜を中心に演奏活動をしているらしいので、今度行ってみようと思う。

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2009年4月17日(金)

2009_04_18yassenbo今日のラーメン:「スタミナラーメン」@矢部『くい処 やっせんぼ』
以前は淵野辺にあった鹿児島料理が売り物の居酒屋。「スタミナラーメン」は現在は裏メニュー。なんと、ラーメンにウナギが丸ごと入っている。しかし、濃い目のスープがウナギを受けとめ、ゲテモノ的な感じはない。生卵も効果的。プルプルと不均衡に縮れた麺もいい感じ。普通のラーメンは600円から・・・★★★+

「のんき節」で有名な「演歌師」・石田一松の著書『のんき哲学』(1946)を首都大の図書館で発見。ちょっと読んだだけだが、読者を煙に巻くトリックスターぶりが見事な名著。読み終わったら、改めて報告します。

首都大英文の新助手・ササガワくんと矢部の居酒屋『やっせんぼ』で飲む。場末感漂うなか、時間がゆったりと流れていく。驚きの「スタミナラーメン」の他、地鶏刺し、馬のたてがみなど珍味に舌鼓。へへ、のんきだね。

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2009年4月16日(木)

2009_04_16rokugou今日のラーメン:「麓郷つけめん(840円)」@千歳烏山『麺工房 麓郷』
『むつみ屋』プロデュースによるお店らしい。暖簾には「牛骨ラーメン」の文字が躍るが、メニューには魚介系のつけ麺や豚骨ラーメンなどさまざまな品名が並び、どうもイメージの焦点が結びにくい。つけ麺は確かに魚介の味が出ているものの、ちょっと塩辛すぎる気がする。最近流行りの太麺は悪くないのだが・・・★★★

Withoka_daisuke
千歳烏山『TUBO』で岡大介さんのライブを見た。岡さんの存在を知ったのは、添田啞蝉坊のことを調べていたときだった。啞蝉坊の曲が聞けるCDがないかとAmazonを検索していたところ、岡さんが二胡奏者の小林寛明さんと録音した『かんからそんぐ 添田唖蝉坊・知道をうたう』に行き当たった。カンカラ三線弾き語りで歌われる添田親子の「演歌」が、岡さんの声によって新たな生命を吹き込まれていた。「ホロホロ節」「浅草歌」といったオリジナルも、すごくいい感じ。いっぺんでファンになった。そんな岡さんのライブがあると、Pigapigaナイトの多田さんに教えてもらって、取るものも取りあえず行ってきた。

ちょっと遅れて到着。ガラス張りのドア越しにのぞくと、古びた細身のギターを片手に高田渡の「生活の柄」を歌っている青年の姿が・・・ホームページでみたままの岡大介その人であった。歌というのは恐ろしいもので、どんなに誤魔化してみても歌う人の生活や心持ちが表れてしまう。岡さんの歌は眩しいほどのひたむきさを放っている。今日はそこに、バイオリン、アコーディオン、アイルランドの太鼓バウロンが、鮮やかな演奏を添える。岡さんをのぞく3人だけで演奏したアイルランド音楽がまた素晴らしかった。バウロンってこんなに音程の出る楽器だったのか(まるでトーキング・ドラム)。

日本のフォークシンガーに影響を受けた岡さんは、ボブ・ディランウディ・ガスリーではないルーツを探し求めるうちに、明治・大正期の「演歌」にたどり着いたという。そんな岡さんの歌を「枯れている」という言葉でレトロとして捉えることも出来るだろうが、ぼくにはむしろ「演歌」が本来持っていた若さを現代によみがえらせたもののように思える。添田親子の歌をはじめとする流行歌を同時代的に聞いていたのは、けっこう若い人たちだったに違いない。

今日はもうひとつ、馬頭琴ホーミー岡林立哉さんの演奏も聞くことができた。岡林さんの楽器はボディに皮を張った古いタイプの馬頭琴で、すごく素朴で深い音がする。モンゴルの音は塞がれた日本の空を開く。「開放的」というよりも、どこまでも距離が広がっていくような、いつまでも終わることなく星が降りてくる(それでいて手が届くことはない)ような。モンゴルの有名な民謡も素晴らしかったし、最後に「生活の柄」を馬頭琴で弾き語りしたのも感動的だった。奇しくも今日は高田渡さんの命日。多田さん、岡さん、岡林さん、それぞれに故人と親交のあった人たちの思いが、馬頭琴にあわせてふわりと浮かびあがる。

岡さんと岡林さんのデュオ、出演者そろっての演奏と贅沢なプログラムは続く。終演後、多田さんと話しながらビールを飲み続ける。しばらくして、興がのったのか、再び演奏が始まった。「もう、今日は帰れなくてもいいや。それもまた人生!」という気持ちになったところで、お開き。ステキな夜をありがとう(写真は「大ファンです!」といっていっしょに撮らせてもらいました)。

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2009年4月14日(火)

2009_04_14mutsumiya今日のラーメン:「香煎黒味噌ラーメン(800円)」@天王町『らーめん むつみ屋』横浜天王町店 基本的には美味しいけれど平坦な『むつみ屋』のスープ。胡椒や山椒がきいているところがアクセントだが、だんだんと味に引き込まれるような高揚感はあまりない。タマネギのみじん切りがのっているのも面白いが、味的には思ったほどの効果はないような。全体に美味しいけど、「また」とは思わないかな・・・★★★+

夜中すぎにレジから電話があった。明るい声で「ジンバブウェは変わった!」という。「良い方向にか?」「そうだ」 詳しいことは聞けなかったが、こんなに明るいレジの声を聞いたのは久しぶりだ。このままジンバブウェの歴史が新しい時代に入ることを祈ろう。

Img239添田啞蝉坊 ― 啞蝉坊流生記』(日本図書センター、1999、1941)を読みおわった。添田啞蝉坊は明治の演歌師。息子・添田知道(芸名・さつき)とともに数々の流行歌を生み出した。その作品はフォーク・シンガーの高田渡ソウル・フラワー・ユニオン・モモノケ・サミットによって歌い継がれてきた。最近ではカンカラ三線弾き語りの岡大介さんが『かんからそんぐ 添田唖蝉坊・知道をうたう』で添田親子の作品を取りあげている。

「演歌師」とはいっても、現在の「艶歌」「怨歌」ではない。啞蝉坊の出発点は、明治初期、道端で政治的主張をこめて歌われた「壮士演歌」である。自由民権運動のなかから出てきた「壮士演歌」だが、その主張の中心となったのは腐敗した藩閥政治への批判と、素朴なナショナリズムだったと言えるだろう。元祖とも言うべき川上音二郎の「オッペケペー節」のような軽妙なものもあるが、文語体でがなるように主張をぶつける壮士演歌からは「大衆の蒙を啓く」という上からの目線が感じられる。また、不平等条約改正に端を発したナショナリズムは、日清日露戦争を経て、日本の戦果を喜ぶ拡大主義的な世論を反映したものとなっていく。刊行されたのが太平洋戦争がはじまった1941年ということもあり、本書の冒頭には大政翼賛会による「新体制」を賛美するかのような詩が掲げられている。実際、啞蝉坊は翼賛体制を壮士演歌の主張する腐敗一掃とナショナリズムの延長線で捉えているようでもある。

「政界上層部に在る者が、政権を私してその争奪に日を送っている時、私たちの仲間はこんな歌をうとうていた。『護国』の歌の如きは、今の大政翼賛会の主旨や、皇紀二千六百年祭の祝詞となんら寸分の相違もない。私たちは、常に天下の憂いの先頭に立っていたのだ。裸一貫ながら、護国尽忠の指導精神、確固不動の心構えの盛られたこの演歌を提げて、当時の民衆に呼びかけていたのである」(99)

堺利彦と親交のある社会主義者だった啞蝉坊が本気で当時の翼賛体制を支持していたのか、それとも厳しい時代にあって仕方なくそうしていたのかはわからない。ただ、上の引用も「国のため国のためと言うけれど、そんなことは昔から俺たちはやっていたんだ」という反骨をこめた主張と取れないこともない。それは間借りしている屑屋について、「『製紙原料』『輸出ボロ』その他一切の廃品を生かすところの、つまり生産従業者で、重要な存在なのです」(15)と書いているところからも感じられる。非常時につき物資を供出せよという政府に対して、それをずっとやってきたのは社会の最底辺で蔑まれてきた「屑屋」ではないのか、と言っているようにも聞こえる。

そう思いたくなるのは、壮士演歌の影響下から離れた啞蝉坊の歌がことの他素晴らしいからである。それらの歌は上から目線の説教調だった壮士演歌とは違い、普通の人々の目線で、ときにやけっぱちなくらいの笑いをこめて歌われている。そうした歌をつくるきっかけのひとつとして、流し仲間の「渋井のばあさん」に「どうも演歌のかたくるしい文句はいけない、もっとくだけたの作ってくださいよ」(153)と言われたことをあげている。そうしてできたのが「ラッパ節」「あきらめ節」「わからない節」といった、わかりやすい言葉で歌われた流行歌の数々である。たとえば、こんな感じ・・・

わたしゃよっぽどあわてもの がまぐち拾うて喜んで
家へ帰ってよく見たら 馬車に引かれたヒキガエル トコトットトー(「ラッパ節」)

親じゃ親じゃと親風吹かせ
威張りなさるな チョイトチョイト
親は子供の ヤレソレ 抜け殻じゃ
ソレヨそうじゃないかネーあなた チョイト(「都節」)

パンのみにて生きるものではないというか牧師
そんなら食わずにいてごらん 
アラほんとに 現代的だわね(「現代節」)

唖蝉坊は終戦を待たずして、1944年、72歳で亡くなった。その遺志は息子の知道に受けつがれたというべきか。こんどはその知道が父の歌について書いた『流行り唄五十年 唖蝉坊は歌う』(朝日新書、2008、1955)を読んでみようと思う。

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2009年4月9日(木)

2009_04_09taizo今日のラーメン:「節骨こってりラーメン(680円)」@三軒茶屋『節骨麺 たいぞう』
こってりとしたスープには背脂も浮いているし、チャーシューも脂身が多い。にもかかわらず、それほどしつこい感じがしないのは、魚系、とりわけ節もののダシが強く出ているからだろうか。ちょっとわざとらしいくらいで、もう少しさり気なくてもいいんじゃないか・・・と思う。とはいえ、コシのある太麺ともども、悪くない・・・★★★+

Kikyo
三軒茶屋Heaven's Door桔梗のライブを見た。桔梗のアコースティック版とも言うべき「ゆっくりり」のライブにはこのところ足しげく通っているが、この編成での演奏を聞くのは久しぶりだ・・・ギターの音がはじき出された瞬間から、喉元をつかまれて抗えなくなる。一つ一つの音が今日生まれてきたように、立っている。気がつくと目の前にある。年齢も四十に近くなれば、ギターを弾くことに新鮮味を感じなくなるのがフツーだと思う。ましてや、オリジナル曲のフレーズなんて何百回となく弾いたはずだ。ところが、この男ははじめてチョーキングをした時のしびれるような感覚を、今も失っていない。ライブ後、感想を聞かれて、思わず「おまえ、今でもギター弾くとチ○コ立つだろ」と言ってしまった。男は曖昧に「ああ」と言ったが、当たっていたはずだ。そして、それはやっぱりすごいことなのだ。

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2009年4月6日(月)

2009_04_06satsuki今日のラーメン:「さつき麺(秋)(750円)」@天王町『麺坊 さつき
普通のラーメンは冴えない印象しかなかったのだが、『』の流れをくむ味噌ラーメンや限定ラーメンはハッとするようなインパクトがある。「さつき麺(秋)」は豚骨と節系をあわせたダブル・スープ。どちらのダシもさり気ないので物足りない人もいるかもしれないが、バランスがいいのでぼくは好き・・・★★★+

南半球系バンド・チキリカが久しぶりにライブをやることになりそうです!2009年5月17日(日)、アフロビートを主体とするインスト・バンド=JariBuの企画で吉祥寺『曼荼羅』に出演する予定です。詳細は後日!

Obat
伊勢佐木町モールオバマの顔を大きくプリントしたTシャツが売られていた。露天商の商魂逞しさにほだされて、つい買ってしまった。隣にいたおばさんが「オバマ?オバマね!?」と声をかけてきた。それを確認してどうするつもりだ?と思ったが、「黒人大統領」の浸透ぶりに驚き、黙ってうなづいた。

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2009年4月4日(土)

2009_04_04yamatoya今日のラーメン:「中華そば(580円)」@横浜『自家製中華そば 大和家』
夜は常連がお酒を飲んでいたりしてちょっと入りにくい。何の変哲もない鶏がら主体のあっさりした醤油ラーメンだが、旨味の強いスープはなかなか。一口目、酸味が強いかと思ったが、食べすすむうちにそうでもなくなった。麺もはりっとした強さがああって悪くない。チャーシューが2枚も入っているのも嬉しいし、味もいい・・・★★★+

Pasi
赤レンガ倉庫で行われたアフリカンフェスティバルよこはま2009に行ってきた。夕方から大学で新任者の歓迎会があったので駆け足で見てまわることになったのだが、とりあえずハヤシエリカさんの招聘で来日したムビラ奏者ルケン・クワリ・パシパミレさんのステージを見るために取るものもとりあえず駆けつけた。

伝統的なムビラの演奏は淡々としている。強烈なリズムで驚かすようなことはしないし、展開らしい展開もない。パシパミレさん、ハヤシさんとムビラジャカナカのマサさんが弾く3台のムビラがからみ合い、催眠性のあるフレーズを積み重ねていく。最初のうち、3台のムビラは別々の楽器として響いている。そのうちに、3者の音がひとつの楽器のような豊かな響きのなかに滲んでいく。こうなると、楽器の音が人間の身体の持つ倍音と同期しはじめ、自分自身の身体が一種の増幅装置のようになって、響いている空気と響いている身体が一体化する。こうして、「自分」というものが宇宙のなかに霧消していく・・・ムビラが精霊を呼ぶことができるのも、こうした響きの作用と無関係ではないのだろう。

フェスティバルの性質上、出演時間が短いのが残念だが、その分、これからはじまる日本ツアーでたっぷり素晴らしい演奏を聞かせてくれることこでしょう。ツアーの詳しい日程などはこちら

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2009年3月31日(火)

2009_03_31今日のラーメン:「釜玉麺(800円)」@横浜『麺屋 維新』
讃岐うどんの「かまたま」を意識した限定メニュー(新宿『風雲児』にも同じようなメニューがあるが、未食)。平打ちの縮れ麺に生卵がのっており、そこに魚だしの強く出たタレをかけて食す。タレだけなめてみるとかなり濃い目だが、卵と合わさると実にまろやか。さすがに完成度が高く、「これってラーメン?」という疑問も吹き飛ぶ・・・★★★★

アシッド・フォークレコード・ガイドなどという世にも珍なるものがあったので、思わず買ってしまった。フレッド・ニールティム・ハーディンに混ざって、ニールやボブ・ディランに絶賛されながら生前2枚のアルバムしか残さなかったカレン・ダールトンという女性シンガーが取りあげられていた。

うーん、知らない・・・

知らないのは悔しいぞ。それに何だか気になる。ジャケットもいいし、ニック・ドレイクが「悲しみの味わい方を心得てる」と評した、なんて話もできすぎている。聞いてみたい・・・

まさかと思ってYouTubeを探してみたら、あった!エルモア・ジェイムスの「イット・ハーツ・ミー・トゥ」を淡々としたカントリー・ブルースにして歌っている。高音でひしゃげたり、かすかに震えたり、低音をまさぐったりする声が、台所に入ってこいと誘うロバート・ジョンソンのような切なさだ。たまらん。

・・・というわけで、CDを注文した。

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2009年3月30日(月)

Suzys2009_03_30_2
中山の琉球居酒屋『舞天』にスージーズを聞きにいった。今日は家族づれのお客さんがいて、楽しいリズムに子供たちも大喜び。ちょんちょんキジムナーは保育園でブームになることでしょう。久しぶりにカチャーシーを踊ってスッキリ。もう少し暖かくなったら、部屋の窓を開け放って、島唄を聞きながらお酒を飲もう。

演奏後、「足テビチの女」をひっさげて本場沖縄の『新唄大賞』に挑んだ田所ヨシユキさんの話や、舞天ママさん(美人だけど、強烈キャラ)の上京話などを聞く。いろいろなシガラミはあるにせよ、次々と新しい「民謡」が生まれる沖縄ってやっぱりすごいなぁ・・・民謡の協会・保存会がプロレス団体のように分裂しているのも、逆にいえば正統を争ってつぶし合うわけではないというところが沖縄らしいのかも・・・

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2008年3月20日(金)

新しい携帯電話が送られてきた。二度と失くさないと誓う。

カセット・テープを整理していたら、タイで「プアチウィット(生きるための歌)」といわれる分野の音楽を代表するグループ=カラワンの傑作『BAN NAA SATUAN』(1982)が出てきた。タイへのスタディ・ツアー以来出入りしていた國學院大學の教育学研究室にあったカセットをダビングさせてもらったのだが、いつの間にかどこかに紛れ込み、失くしたものとあきらめていた。カラワンのアルバムはちょっと探せばいくつか手に入るのだが、よりによって『BAN NAA SATUAN』は現在、ほとんど手に入らない。嬉しくて、すぐにPCに取り込んだ。

収録されているのは代表曲「ドゥアン・ペン」をはじめとする佳曲ばかりだが、なかでもバンド名と同じタイトルの「カラワン」(キャラバンのタイ語訛り)がすごい。組曲的な展開といい、夢見るような浮遊感・高揚感といい、このバンドの最高傑作といっていいだろう。この曲が好きで、ライブ盤などに入っているヴァージョンをいくつか聞いてみたのだが、どれを聞いてもオリジナル・ヴァージョンに遠く及ばない。特に、揺らぐようにフェイド・アウトしていくエンディングがカットされていたりするのがつらい。そんな別ヴァージョンに裏切られながら探し求めていたオリジナル・ヴァージョンが、カセットの山のなかから思いがけず顔を出した。ここ数日の欝な気分もすっ飛んだよ。

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2009年3月14日(土)

大学時代の同期でいっしょにバンドをやっていたイマムラさんと、サークルの先輩でドラマーのアゲノさんの結婚式。学生時代は気配もなかったのに、この数ヶ月であっという間に結婚を決めてしまった二人を見ていると、幸せって意外とすぐそばにあるのかもしれない・・・などと思ってしまう。式後、懐かしい仲間と飲みに行く。最後まで残った4人で朝まで飲み明かした。

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2009年3月10日(火)

2009_03_10noa今日のラーメン:「背油醤油ラーメン(800円)」@神保町『背油醤油 のあ』
以前渋谷にあったお店が神保町に移転。怪しげな店構えと圧倒的な量は相変わらず。背油醤油というとスープは意外とアッサリしているものも多いが、ここはコッテリしている上に山芋のようなとろみがある。麺も多いが、特筆すべきはチャーシュー。大きな塊が丸ごと二つ、ぼこぼこと入っている。味は悪くない・・・★★★+

ジンバブウェの状況はなかなかつかみにくい。ジンバブウェを出て南アフリカに行くことに決めたレジナルドくんは「あちこちで暴力沙汰が起きている」と言っていたのだが(昨日の日記参照)、ジンバブウェ訪問中の知人によれば街は平穏だということで、騒乱状態のようになっているわけではないようだ。ただ、レジ一人なら収入を求めて何度もボツワナや南アフリカに行っているが、家族も連れて1ヵ月も・・・というのは今までにないことだ。かなりピリピリするものを感じているのだろう。

ツァンギライは衝突は「事故」だったと語っている。陰謀説を強調して対立を煽ることがかえってムガベ派の思う壺だとわかっているからだろう。ただ、ツァンギライ派の人たちがそれを信じるかというと話は別だ。ツァンギライが首相になって、経済的にも政治的にも安定すると期待していた矢先だっただけに、交通事故は(特にツァンギライ派の人たちにとって)衝撃的な出来事だったのだと思う。ツァンギライの一日も早い復帰が望まれる。

コレラも一時期ほどの勢いはないにせよ、累積患者数は確実に増えている。 考えてみれば、赤十字などの援助によって一時的に下火になっても、下水設備などの根本的な問題が解決されない限り、状況が再び悪化するのは目に見えている。

20090310215531
三軒茶屋Heaven's Doorゆっくりりのライブを見た。バンドとしてもますますまとまってきて、ぐいぐい引き込まれる。桔梗のアコースティック・ヴァージョンのような形ではじまったゆっくりりだが、4月9日には同じHeaven's Doorで桔梗も久しぶりのライブがある。楽しみ。

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2009年3月7日(土)

2009_03_07santouka今日のラーメン:「山頭火つけ麺(800円)」@横浜『らーめん 山頭火』横浜店
『山頭火』のつけ麺ということで、どんなものなのか食べてみた。きゅっと水でしめたコシのある中太麺・・・というのは最近の流行りとも言えるもので独創性はない。つけ汁はラーメンのスープを基本にしたものだと思うが、ちょっと塩辛すぎません?スープ割りしたらそれなりに美味しいスープだったのだけれど・・・★★★

朝一番でとんでもないニュースが入ってきた。ジンバブウェの首相モーガン・ツァンギライの乗った車が6日、首都ハラレ郊外でトラックと衝突、同乗していた夫人が死亡したという。ツァンギライは野党MDC(民主改革運動)の党首として、ムガベ政権に抵抗してきた人物。昨年3月の大統領選挙で多数を得たものの、選挙結果をめぐり与野党の対立が激化。先月、ムガベが大統領、ツァンギライが首相に就任し、連立政権がスタートしたばかりだった。

真相はわからないが、ムガベ派がやってきたことを考えると、単なる交通事故であると言われて「はい、そうですか」と納得するわけにはいかない。ツァンギライの命に別状はないらしいが、亡くなった夫人の冥福を祈りたい。こんなことで時代の流れはとめられない・・・そう願いたい。

Ichyari
イチャリバーズ横浜おきなわ亭。今日はシーサーさんがキューティーハニーに変身したりして(写真はハニーフラッシュの瞬間)、いつもにも増して楽しいステージだった。マッシーさんのつくるメロディーは、ぼくがつくったらマイナーなほうへいきそうなところで、メジャーな展開をする。そこが気持ちいいんだと気づいた。こんなにお腹を抱えて笑ったのも久しぶりなら、こんなにじんとさせられたのも久しぶりだ。すごく元気が出た。ぼくもこんな風に人を元気にするような音楽がやれたらいいな・・・と思った。

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2009年3月6日(金)

2009_03_06satsuki今日のラーメン:「さつき麺 冬(850円)」@天王町『麺坊 さつき
冬の限定メニューはカレー風味。とはいっても、ラーメンの上にカレーがのっているような野蛮なものではない。見た目は普通のラーメンなのに、強いカレーの香が漂う。それでいて、豚骨醤油のスープも死んでいないので、ラーメンとしてのバランスは保っている。ネギも合っているような気がする・・・★★★+

カントリー・ジョー&ザ・フィッシュをCDで買い直している。60年代のロックに夢中だった高校生の頃、ジェファーソン・エアプレーンジャニス・ジョプリンと並んで好きだったのが、このバンドだった。顔にお花の絵を描いてメロメロにトリップしたインスト「セクション43」を演奏するモンタレー・ポップ・フェスティヴァルでの姿や、観客を巻き込んでベトナム戦争に対して「ファック」を連呼し、「俺たちなんのために戦ってるんだ?」と「フィール・ライク・アイム・フィクシング・トゥ・ダイ・ラグ」を歌うウッドストックでのステージは、忘れようにも忘れられない。リーダーのカントリー・ジョー・マクドナルドウディ・ガスリーに捧げるソロ・アルバムを出しているぐらいだから、もともとはカントリー~フォークの人なんだろうけど、ルーツ・ミュージック的な土臭さを保ったまま、すっかりサイケに出来上がっているところが他では得られない魅力。ファースト・アルバム冒頭の「フライング・ハイ」もブルースっぽいギターではじまって、イマイチこなれない演奏はどろどろに泥臭いのだけれど、いつの間にかこの世のものではない世界にトリップしている。泥沼に足を取られたまま、みぞおちだけフワフワ浮んでいるような、妙な心地よさ(悪さ)。で、改めて歌詞を読んでみたら、まさにそのまんま東だった。いろいろ裏の意味がありそうなんで難しいけど、試しに訳してみよう。

ロスのフリーウェイで立ち往生
雨水がブーツの中まで入ってくる
親指は凍え つま先は感覚がない
打ち捨てられたような気持ち
車輪が水をはね ギターもびしょ濡れ
ミスター・ジョーンズは手も貸してくれない
キャデラックに乗ったやつらが二人やって来て
「乗ってく?」だってさ
ぼくは高く飛んでいく
どこまでも どこまでも

運転しているほうは山高帽
もう一人はトルコ帽をかぶっていた
やつらが車の向きを変えニヤリと笑ったので こちらもニヤリ
でも言葉は出てこない
そこでぼくはブルース・ハープを手に取り 一曲やった
そしたら気に入ってもらえたみたいで
トルコ帽のやつが振り返り
「あんたの旅を助けてやりたいな」だって
ぼくは高く飛んでいく
どこまでも どこまでも

やつは「雨のなかに残していくわけに行かないだろ
凍え死んでしまうかもしれないよ
飛行機にのせて
家まで送ってやろう」だってさ
二人はぼくをロスの空港に連れて行き
20ドル握らせた
それで料金を払って 空を飛んで
家まで帰ってきたのさ
ぼくは高く飛んでいく
どこまでも どこまでも

何だよ、無計画な旅の話じゃないか、という人は帰ってください(笑)。もちろん、「旅」は「トリップ」だし、「ハイになって飛んでいく」って言うんだから、時代背景を考えればLとSとDの話に決まってる。雨のフリーウェイに立ち往生していた泥沼の状態(ベトナム戦争の泥沼を連想させる部分もあったかもしれない)から、あっという間に空高く舞上がるところがこのバンドらしい。で、最後には「え?飛行機にのって帰った話だよ?」というオチがつく(というより、摘発を恐れての言い訳か)・・・やっぱり、好きだなぁ。

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2009年1月28日(水)

508pxdavid_byrne_2006_2SHIBUYA-AXデヴィッド・バーンの来日公演を見た。

デヴィッド・バーンを熱心に聞いてきたほうではない。トーキング・ヘッズのアルバムはひと通り聞いたし、どれもそこそこ好きなんだけど・・・問題作『リメイン・イン・ライト』もPファンクアフロ・ビートを意識したポリリズミックな音楽だと頭ではわかるんだけど、グルーヴよりもニューウェイヴらしい無機質さが先にたって今ひとつのめりこめなかった。それなのに来日公演に行こうと思ったのはいんちきアフリカ音楽の先駆者に対する敬意のためでもあり、予感のようなものがあったためでもあった。

結論からいうと、素晴らしいパフォーマンスだった。生で聞く『リメイン・イン・ライト』はぐっとグルーヴを増し、身体を動かさずにはいられなかった。だからといって、Pファンクやアフロ・ビートそのままじゃない。壊れたマリオネットにバネをつけて踊らせたようなギクシャクとした感じは、デヴイッド・バーンの音楽としかいいようのないものだ。音楽が終れば踊る人形はセルロイドのかたまりに戻る。これがフェラ・クティなら、音楽が終ってもグルーヴは日常の穏やかさの下で脈打ちつづけるだろう。

次から次へとありえないアイディアが顔を出し、聞くものを驚かせる。音楽を「型」として考えていたら間違いなく捨ててしまうであろう「思いつき」に固執して磨きあげたと言う意味では、ビーチボーイズの『ペット・サウンズ』に近い。そういえば、トーキング・ヘッズ自体、美術学生の「思いつき」でできたようなバンドだった(褒め言葉ですよ)。クレイジーな音楽は取るに足らないちっぽけな「思いつき」にこだわるところからはじまる。それこそが「ロック」というものだと思う。ギターをかき鳴らし、高音で声を裏返すデヴィッド・バーンはすごくロックっぽかった。

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2009年1月18日(日)

2009_01_18hamatora今日のラーメン:「黒豆納豆そば(740円)」@横浜『麺場 浜虎
太めの縮れ麺は、以前よりもモチモチっとした食感が強くなったような気がする。スープが開店当初よりもすっきりしたものになったので、バランス的には麺の存在感が強すぎるような気もする。黒豆納豆は臭みもほとんどなく、栄養が偏りがちなラーメンの欠点を補ってあまりある・・・★★★+

Suzy_band
スージーバンド@横浜おきなわ亭。イノウエさんのギターがますます存在感を増してきた。スージーさんの歌にぴったり寄り添うさまはまるでライ・クーダーのよう。沖縄料理を食べに来た見ず知らずのお客さんすらのせてしまうスージーさんの手腕はさすが。すごく楽しかった。

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2008年12月30日(火)

赤羽にて今年最後のチキリハ(チキリカ・リハーサル)。スタジオ内でふとギターのフレーズを思いついたので、以前ボツになっていた曲に合わせてみた。他の演奏も一新してくり返しているうちに形になってきた。(うまくいけば)トーマス・マプーモティナリウェンとナハワ・ドゥンビアをあわせたような曲になる予定。うわ、そうなったら、すごいぞ。

来年のチキリカはばりばり活動できるような状況にはないんだけど、それでもぼちぼちやっていきます。よろしくお願いします。

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2008年12月29日(月)

2008_12_29arigataya今日のラーメン:「ラーメン(650円)」@平沼橋・横浜『らーめん ありがた家
鶏油が強い印象を残す。味は濃い目だが、塩味よりも旨味が強い感じ。茹で豚風のチャーシューは好みではないはずなのだが、ボリュームがあって以前ほど悪いとは思わなかった。家系のなかでは軽い部類だが、ジャンクな部分も含めて、いかにも家系らしいラーメン。・・・★★★+

Img018トム・グレイヴズ『ロバート・ジョンソン クロスロード伝説』(Crossroads: The Life and Afterlife of Blues Legend、2008、奥田祐士訳、白夜書房、2008)を読み終わった。ロバート・ジョンソンの生涯については確実にわかっている事実が非常に少ない。そのため、「四辻で悪魔に魂を売り、浮気相手の夫に毒殺された悲劇のブルースマン」といった伝説とともに語られることが多い。もちろん、ジョンソンの音楽がそうした伝説に信憑性を与える禍々しさや陰鬱さを抱えていることも事実だ。その背景には最初の奥さんの死といったやるせない出来事や「悪魔の音楽」であるブルースに身を投じることに対する恐怖があったのだろう。しかし、悲しみや恐怖を表現するだけではブルースにはならない。ブルースはそうした否定的な感情を涙混じりの笑いやヤケクソのドンチャン騒ぎに解消する音楽だ。ようするに、ブルースマンは「芸術家」ではなく、「エンターテイナー」であるということだ。エンターテイナーとしてのブルースマンは、客を楽しませるためなら悪魔ですら利用する。

「大半のミシシッピ人は、地獄の業火が日常的に口にされる世界で育ったが、デルタ・ブルースについて書いた初期のライターのなかには、そうした文化とまったく無縁な人々もいた。そのため悪魔の物語や、伝えたい内容に合わせて聖書のメタファーを駆使する南部の宗教特有の手法に馴染みがない人々にとっては、ロバート・ジョンソンの歌詞が必要以上に禍々しく聞こえた可能性もある。つまり、荒野で悪魔に誘惑されるイエスの有名な話を、とことん真面目に、聖人ぶって伝える牧師もいれば、ユーモラスな視点から、悪魔をやたらとちょっかいを出してくる厄介者として描く牧師もいるということだ。弁護士の手法を借りるなら、すべては文脈次第なのである。
 ジューク・ジョイントでジョンソンの歌を聞いた人々は、悪魔の話や、その意味には幅があるということをよく知っていた。ジョンソンが悪魔と手を結んでいるとまともに信じこむようなことは、決してなかったに違いない」(100-1)

オジー・オズボーンのオカルトじみた演出を本気にする人がいないように、ロバート・ジョンソンが悪魔に魂を売ったことをほのめかしても、そのことを深刻に捉えるものはいなかっただろう。もちろん、ジューク・ジョイントに集まった人たちにとって、悪魔の存在が現実でなかったわけではない。恐れているからこそ、悪魔にぎりぎりまで近づいて見せるブルースマンの危うい物言いが笑いを誘い出したのだ。ようするに「俺と悪魔のブルース」のような曲は、「恐怖や震えではなく、笑い声を呼び出すために書かれた作品」なのである(100)。

本書は確実に証明できる事実から組み立てられたロバート・ジョンソンの伝記と、ジョンソンの死後、彼の音楽を「再発見」し、さまざまな伝説や噂とともに広めていった人々の「ロバート・ジョンソン受容史」とでも言うべきものから構成されている。こうした構成をとることによって、作者は伝説の霞のなかから生身のエンターテイナーとしてのロバート・ジョンソン ― 悩める神秘的な芸術家ではなく ― の姿を浮びあがらせようとしている。そこにいちばん好感を持った。

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2008年12月21日(日)

とうとう、やってしまった。大学時代にやっていたバンド=「なげやり」、17年ぶりの再結成。

スタジオに入るまで、昔のようなスタイルで歌えるのか不安でいっぱいだったのだけれど、やってみたらあっけなくシャウトしていた。曲構成や歌詞もあっという間に思い出した。まるで「先週のリハでやったじゃん」とでもいうかのように・・・ジャンプし、地団太を踏み、両手を振り回しながら、ガッタガッタ、ギャーギャー、いいおっさんがうるさいことうるさいこと。自分でもどこにこんなパワーが残っていたんだろうと思う。その分、リハ後は廃人のようになった。これを続ければ確実にやせると思うが、その分、血圧は急上昇するな・・・

そして、関西在住のため不参加のカルベくんの代役で、驚愕の新メンバーが・・・

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2008年12月10日(水)

2008_12_10special21今日のラーメン:「スペシャル21(700円)」@中山『さつまっ子 スペシャル21
鹿児島ラーメン『さつまっ子』の支店が暴力的な進化を遂げて独立。その名も「スペシャル21」という看板メニューは、焦げるまで揚げたネギと分厚いラードの層が覆う。麺はぼてっとしたハリのないもので、カップ麺の「メンタツ」を思わせる。常連の多くは納豆ご飯とあわせて注文するようだ。とにかく、過剰なラーメン・・・★★★

ButenSuzys
中山の琉球居酒屋『舞天』でスージーズのライブを見た。「泰葉」を名のる女性のお客さんが飛び入りで歌を歌ったり、「ちょんちょんキジムナー」で踊ったり、いつものように楽しいステージだった。沖縄出身のおじさんにパーランクー(沖縄の小太鼓)の叩き方やカチャーシーの踊り方を教えてもらった。終演後、スージーズのお二人、南林間支店から帰ってきたパパさんと昔の日本について話しながら、アグー豚のしゃぶしゃぶに舌鼓。美味かった。

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2008年12月3日(水)

2008_12_03mogi今日のラーメン:「雲呑麺(840円)」@三軒茶屋『らーめん 茂木
透明でアッサリしているのにパンチのきいたスープ。麺はやや柔らかめだが、それもこのスープには合っていると思わせる。そこに肉がぎっしり詰まった大ぶりのワンタンがごろごろとのる。まさに大盤振る舞いだ。途中でほんの少しだけ胡椒を入れるとスープの旨みが際立ってこれまた美味い・・・★★★★

Yukkuriri
ゆっくりりトレインの汽笛を聞きに、三軒茶屋Heaven's Doorに行ってきた。プログレを思わせるようなカメレオン的展開でも、決して「ゆっくりり」な感じを失わない・・・そんなスケールの大きさに聞きほれました。スエヒロくんの歌には優しさと切なさがある。メンバーそれぞれのキャラが(あくまで「音」として)立つようになってきたのも、すごくいい感じ。

今日の共演者はおしなべてラウドでへヴィーな「ロック」だった。そういう音も決して嫌いではないのだが、この年になるとずっとスピーカーの前にいるのはちょっとつらい。「ロックンロール」のうち言葉としては「ロック」が残ったけど、結局、ぼくは「ロール」な人なんだな・・・そんなことを言っていると、ゆっくりりのギターリスト=イノウエさんがいつもの超低音で、
 「じゃあ、わたしは『ん』だ」
 「『ん』ですか!?」
 「スエヒロくんが『ロック』で、きみが『ロール』なら、わたしは『ん』だ」

・・・そんなぼくたち、「ロック」なスエヒロくんと「ん」なイノウエさん、「ロール」なひらげと大「ロール」なイマムラさんで、大学生のころにやっていたバンド=「なげやり」を約18年ぶりに再結成します。どうなることやらわかりませんが、ひとつよろしく。

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2008年11月29日(土)

2008_11_29tentenbo今日のラーメン:「牛バララーメン(800円)」@天王町『天華彩館 天天房
『空海』があった場所に中華料理屋ができたので行ってみた。「ラーメン」にしようかと思ったが、お腹がすいていたので思わず「牛バララーメン」を頼んでしまった。牛バラの味つけはやや濃い目。麺は中華料理屋にありがちなくたっとしたもの。基本のスープは悪くないと思うので、次はラーメンを食べてみよう・・・★★★+

Tadosu
田所ヨシユキさんとスージーズのユニット=たどスーを聞きに、おきなわ亭に行ってきた。前半は着物姿で民謡中心、後半は普段着でオリジナルなどを演奏。田所さんの太い声とスージーさんのちょっと震える繊細な声は好対照で、掛け合いをしても重ねても息はピッタリ。田所さんのオリジナル「足テビチの女」「当たれ節」も、スージーさんのオリジナル「ティダのした」も、別々でやっているとき以上に美しく楽しい。消防士のサメジマさんたちと飲みながら踊りまくる。気が遠くなりそうなほど楽しかった。おきなわ亭店長「イシちゃん」は、今日が最後の出勤。藤沢で新しい沖縄料理のお店を開くとのこと。お疲れさまでした~。

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2008年11月23日(日)

国立のリバプールでイオチくんとナホさんの結婚パーティー。都立大音楽サークルの仲間が集まって、演奏三昧の楽しいパーティーになった。ひらげもナカヤマ、イマナラと出演して「シンプルライフ」を歌ったが、過剰なほどのサービス精神で暴れまくる人たちにはさまれて、ちょっと影が薄かったかも。ディープ・パープル「バーン」でキーボードを弾きまくる新婦っていうのも、何かすごい。トリを飾った新郎のバンド=イオチキングはもう絶好調。サークル時代の定期ライブのような雰囲気もあって、ついついお酒を飲みすぎてしまった。

立川の居酒屋で二次会に突入。みんな基本は変わっていないんだけど、それぞれに経験をつんでいるので話していて面白い。イマムラさんの中国の話、マキくんの北海道の話、なげやり再結成!?・・・などと話に花を咲かせるうち、気がつくと寝ていた(いや、気を失ったまま話していたのかもしれないが)。みんなに起こされたときには始発の時間だった。「はい、7000円」と会計を要求されても、「あれ?さっき払わなかったっけ?」などという始末(←申し訳ない・・・)。へろへろになりながら、家に帰った。楽しかったけど、もう徹夜で飲む年じゃないな・・・

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2008年11月22日(土)

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イチャリバーズの演奏を聞きにおきなわ亭へ。いつもなら徹頭徹尾ビールを煽り続けるのだが、「健康上の理由で今日から島酒にします!」と宣言。最初に一杯ビールを飲んだあとは、泡盛を飲み続けた。いろいろ飲み比べたものの、まだまだ味の違いまではよくわからなかった。ただ、豆腐ようは泡盛といっしょに食べるとまったく味が変わる。泡盛の苦味と反応してか、チョコレートのようなまろやかな味わいに。これはやめられん。「健康上の理由」と言っておきながら、こんなに飲んでしまっては意味がない。

イチャリバーズは久々のフルスペック編成。もしかすると、このメンバーが揃った演奏を聞くのは初めてかもしれない。ヴォーカルのシーサー玉城さんは、その過剰な明るさで観客を躁状態に巻き込んでいく。よく「お腹から笑う」なんて言うけれど、シーサーさんの高笑いは宇宙の端から端へと全速力で駆け抜ける。ギャートルズの石の文字のようになって、ぽかんと開いた観客の口のなかに飛びこんでいく。口から入った声が、小さな音符になって耳からこぼれ落ちる。耳の穴をかっぽじかれた観客は力強い歌声に身を任せ、幸せになって帰っていく。楽しかったです。

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2008年11月16日(日)

ナカヤマ、イマナラとイオチくん結婚式の余興のリハ。この曲をやるつもり。

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2008年11月15日(土)

Img805「アフリカの『今』」をテーマに国士舘大学で行われた『POP AFRICA』に朝からでかける・・・つもりだったのだが、このところ遊びすぎて(←コラッ!)ぐったり疲れてしまい、結局、鈴木慎一郎さん、松平勇二さんの発表と、一日目の最後を飾る日本のアフリカ音楽演奏者によるトークセッション+演奏しか見ることができなかった。それでも、十分得るところの多いイベントだった。鈴木慎一郎さんによる日本のレゲエについての報告は、「こんな面白いことになっているのか!」と思わせるに十分。第五福竜丸の母港でもあった焼津で毎年行われている「焼津魚市Bash」といったイベントは、レゲエがいい意味で日本に根づき、ローカル化していることを示している。なかでも焼津出身でこのイベントに毎年参加しているPapa U-Geeの「KAMABOKO YANE」なんかは、自分自身にとって大事な意味を持つホームタウンとしての焼津をクリアなイメージでビッグ・アップ(リスペクト)している。このへん、「世界の日本になったらいい」と歌う三木道三とは微妙だけれど大きな違いがある。「焼津魚市Bash」では今年から盆踊りも行われており、こうした日本土着の音楽とレゲエを結びつける(かつての河内家菊水丸のような)試みはないのかと質問したところ、フロアから葉山や高知でそうした試みがあることを教えてもらった。

(日本における)アフリカ系音楽の土着化という点では、ジンバブウェのチムレンガ・ミュージックを元にした自分たちの音楽を目指している松平くんのロワンビラはまさにそうしたグループだ。自分たちの音楽を思いきりアピールしていたので、よほど「ぼくもチキリカというバンドをやっているんですが・・・(ここにCDがあります!)」と便乗しようかと思ったが、あまりにでしゃばりなのでやめておいた(笑)。ビデオとはいえ、ロワンビラの演奏をはじめて聞かせてもらった。なかなか、やるなぁ・・・

ジェンベの武田ヒロユキさん、ムビラのハヤシエリカさん、ケニアの弦楽器ニャティティのアニャンゴこと向山恵理子さんによるトークセッション(司会は国士舘の鈴木裕之先生)と演奏も興味深かった。三人とも、「いんちきアフリカでいいのだ!」と開き直るひらげとは違い、伝統音楽のスタイルにある意味頑固にこだわり続けてきた人たちだ。それだけに、日本とアフリカのギャップを感じて悩んだことも多かっただろう。個人的にはポップであれ、伝統的なスタイルであれ、あるいは「いんちき」という名の雑種であれ、自分が本当に好きなスタイルで演奏すればいいのだと思う。ただ、聞き手には演奏者の思惑とは別のものを持って帰る自由がある。それは音楽ですらないかもしれない。それでいいのだ。演奏を聞いて「大人になるのが楽しみになりました」と言った若者のことを嬉しそうに話すアニャンゴさんの姿を見て、そう思った。エンターテイメントであれ儀式であれ、それがコミュニケーションというものなのだということを、三人(三組)の演奏が物語っていた。

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2008年11月13日(木)

2008_11_13okinawatei今日のラーメン?:「ソーキソバ」@横浜『ヘルシー居酒屋 おきなわ亭
沖縄そばをラーメンに入れるとウチナンチューに怒られそうだが、番外編ということでお許しいただこう。あっさりしたダシは実に上品だが、コーレーグースーを数滴入れるとぐっと旨みが持ち上がってくるから不思議。ソーキもしっかり脂抜きしてあるから、ボリュームの割にはあっさりといただける。美味しいです・・・★★★★

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昨日食べた山羊刺しのせいで、一日中動物園のような臭いが胃からこみあげてくる。「よくも食いやがったな、め゛ぇええ」と、臭いでぼくの身体をのっとろうとしているかのようだ。美味しかったんだけどね。美味しかったんだけど・・・一皿平らげるべきではなかったな。でも、スタミナはつくみたいで、昨夜かなり飲んだのに元気ハツラツ。山羊ってすごい。いっそ山羊になりたい!め゛ぇええええええええ!!

二日連続で沖縄音楽のライブ。今日は、昨日のスージーズ@舞天で知りあった田所ヨシユキさんの演奏を聞きに、おきなわ亭へ。スタンダードな民謡でじんわりとはじまりながらも、合いの手やカチャーシーで観客を巻き込んでいく。途中からキョーコさんが島太鼓で加わり、「島唄演歌」=「足テビチの女」や、「あたれあたれ宝くじ~♪」と歌う「当たれ節」などのオリジナルも披露。ズドーンときました。「足テビチの女」は物語を感じさせますね~。想像力をかきたてられます。田所さんとスージーさんのユニット=たどすーも聞きに行こうかな。

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2008年11月12日(水)

2008_11_12idaten今日のラーメン:「らー麺(650円)」@相模原『麺処 韋駄天
真っ白い豚骨スープは苦手なクリーミー系スープを連想させるのだが、食べてみるといい意味で裏切られる。たしかにクリーミーでもあるのだが、それ以上に豚骨の旨みがガツンと出ていて、なかなかパンチがある。セオリー通りの極細麺もグー。かなり辛めの高菜や辛魚粉などを入れても美味い・・・★★★★

Suzys
仕事帰りにミクシーをチェックしたら、スージーバンドのスージーさんが中山の沖縄居酒屋『舞天』で演奏をするという書き込みがあった。横浜線を途中下車してお店を探す。ちょっと奥まったところにあるので、見つけるのに苦労した。知る人ぞ知る店といった感じだが、平日だというのにほぼ満席状態。ステージ前のカウンター席に案内された。今日はスージーさん(三線・歌)と奥さんのキョーコさん(島太鼓)による純民謡スタイル。沖縄民謡に「与作」「北海盆唄」なども取り混ぜながら、お客さんをのせていく。ひらげも小太鼓片手に踊りまくった。終演後、山羊刺しを肴にビールをあおる。山羊の野性味にひっくり返りそうになった。『舞天』のママさん、三線弾きの田所ヨシユキさん・・・と相次ぐ強力キャラの登場にたじたじとなりながらも、出演者に混じってこっそりビールを一杯おごってもらう。ここでは沖縄の美味い料理とお酒に加えて、毎晩、沖縄民謡の演奏が楽しめるらしい(出演者がいない日はママさん自らが歌う!)。これはヤバイ店を教えてもらった。また来ようっと。

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2008年10月11日(火)

2008_11_11kairakutrei_2今日のラーメン:「角煮ラーメン」@天王町・平沼橋『皆楽亭
久しぶりに近所のラーメン屋に行ってみた。常連と思しきお客でにぎわう店内。落ち着いた味のごく普通の醤油ラーメン。とりたてて美味い!ということもないが、不満もない。角煮はかなり甘めの味つけで、角煮の甘さがスープにも出てしまっているところが、ちょっと微妙・・・★★★


筑紫哲也の追悼番組で、井上陽水が「最後のニュース」を歌っていた。「ただ、あなたにGood-Bye」 ― この言葉がこんな響きを持ってしまう日が来るなんて、作者の陽水自身、思いもよらぬことだったろう・・・歌いながら、涙をこらえているのがわかる。以前、ステージで亡父の話をして泣き崩れた陽水は、それ以後、どんなにリクエストされてもそのときの歌=「人生が二度あれば」を歌おうとしなかった。それは筑紫さんと同じ男らしいテレでもあったろうし、生の感情をシュールな言葉で包み「歌」として迸らせる、プロの歌手としての矜持でもあっただろう・・・この日も寸前まで行きながらも、最後まで涙を見せずに歌いきった。

ぼくはかんたんなことで泣きすぎだ。笑顔を作る努力をする前に、泣いたり、怒ったり、嘲笑ったりするのは、愚かなことだ。筑紫さんの笑顔を思い出しながら、そんなことを思った。

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2008年11月10日(月)


南アフリカの女性ヴォーカリスト、ミリアム・マケバさんが亡くなった。ぼくは残念ながら生の歌に触れる機会はなかったけれど、「ママ・アフリカ」の愛称にぴったりの大きくてあったかい歌を歌う人だった。ご冥福をお祈りします。

関連記事@ひらげ日記
2006年6月5日(月) 『私は歌う:ミリアム・マケバ自伝』
2006年3月29日(水) 映画『アマンドラ!希望の歌』
2005年7月22日(金) ヒュー・マセケラ来日公演

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2008年10月30日(木)

2008_10_30douraku今日のラーメン:「ラーメン(600円)」@蒲田『拉麺道楽』蒲田店
一見家系のように見えるが、ライトなスープに中太ストレート麺という組合せはまったく別物。麺はコシがあってそれなりに美味しいが、スープはもう少しコクのようなものが欲しいところ。麺ともやしを受けとめるには少し弱いような気がする。チャーシューはあまり美味しくない・・・★★★

Ichiya
イチャリバーズ横浜おきなわ亭。いつものように楽しいライブに、今日はキョーコさんが島太鼓、おきなわ亭店員の若者「まっちゃん」がパンキッシュなエレキ・ギターで加わって、「島人の宝」のパンク・ヴァージョンなども。しこたま飲みました~。

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2008年10月19日(日)

Suzy_band
横浜おきなわ亭にスージー・バンドの演奏を聞きに行った。今日はギターリストが不在で、イマイくんとキョーコさんのジェンベ隊、さらにゲストにウクレレ+歌でミケさんが加わるという編成。楽しかったです~。

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2008年10月17日(金)

横浜Thumb's Upンゴマ・ジャパニのイベントを見に行った。仕事のあとだったので途中からだったけど、入るなりインチキ・カウボーイのような格好をしていかにも叩きにくそうなケニアの太鼓を叩いているミズカワくんの姿が目に飛び込んできた。おおっ、やっぱり太鼓は生にかぎるね。どのグループの演奏も楽しかったけど、最後に世界初の女性ニャティティ(ケニア・ルオ人の弦楽器)奏者=アニャンゴこと向山恵理子さんたちの演奏に、ケニヤから来日したニャムング・オディアンボ師匠が加わるとボルテージは最高潮。やはり、格が違う。存在感というか。ローリング・ストーンズもかっこいいけど、ハウリン・ウルフがでてきてガーンというか・・・辛抱たまらず踊りだした。素敵な夜をありがとう。

Img654_2平野千果子『フランス植民地主義の歴史 奴隷制廃止から植民地帝国の崩壊まで』(人文書院、2002)を読み終わった。1848年フランスで、ナポレオンによって復活させられていた奴隷制が廃止される。同じ年、長い征服戦争の末、同国はアルジェリアの北部一帯を支配下に置いた。つまり、フランスにおいて奴隷制の廃止と植民地の拡張は同時進行で行われたのだ。奴隷制という「野蛮」から解き放たれた植民地は、「遅れた地域」を「文明化」する高邁な事業として正当化されていく。アルジェリアを植民地化する目的として、同地における奴隷制の撤廃があげられていたのはそのことを裏づけている。そのため、奴隷制の廃止に奔走したシュルシェールも、人道主義者として知られるユーゴーも植民地そのものには反対しなかった。また、共和制と王政・帝政の間を目まぐるしく行き来した19世紀のフランスにおいて植民地の拡大を推進したのは、プロシアからの領土奪還に力を注ぐべきであるとする保守派ではなく、革命の「文明的な」理念を輸出しようとする共和派のほうだったのである。

よく言われるフランスの「同化主義」は、「文明化」という建前の論理的帰結である。しかし、植民者の優位を保つためには、現地人のフランスへの同化を簡単に許すわけにはいかない。実際には、植民者と現地人がそれぞれの役割を果たす「協同政策」がとられることのほうが多く、現地人にフランス市民としての権利が与えられることはほとんどなかった。にもかかわらず、現地人にフランスへの同化を望む声がなかったわけではない。仏領ギアナに白人黒人の混血として生まれたイスマイル・ユルバン、フランス軍への積極的参加を呼びかけたセネガル人ブレーズ・デュアニュ、さらにはフランス共同体の再編に道筋をつけたセネガル初代大統領サンゴール、マルチニークのフランス海外県への昇格を推進したエメ・セゼールまで、現地人の地位向上に奔走した人びとの多くがある程度、同化主義的な姿勢をとらざるを得なかった。それは旧宗主国に精神的に依存する「植民地意識」の現れでもあっただろうが、フランスへの経済的依存という現実を踏まえた上での選択だったと言うべきだろう。結果、フランスにはかつての植民地の一部が海外県といった形で残された。独立した地域も旧宗主国への経済的依存を脱することはできず、多くの労働者をフランスへ送り出している。さまざまな民族から構成されたサッカーのフランス・ナショナル・チームが、生粋のフランス人監督によって率いられていることを著者が素直に喜べないのも、こうした背景があるからである。

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2008年10月11日(土)

2008_10_11fuunji_2今日のラーメン:「つけめん(750円)」@新宿『風雲児
前回ラーメンを食べたときには豚骨と間違えてしまった濃厚な鶏白湯スープは、つけ麺でも変わらない。濃厚でありながらどこかマイルドなのは鶏ゆえか。そこに魚粉が加わる。ラーメンのときにはさえない感じのした太麺もつけ麺にすると食べごたえがある。美味しい・・・★★★+

Automama_3Automama2Automama3_2Automama4Automama5Automama6
新宿シアタープーautomamaのパフォーマンスを見た。古い雑居ビルの3階。場末のバーのような雰囲気の店内。でも、思ったよりも音響は悪くない。automamaことスミハラくんは打ち込みの操作をしながら、マイクを握り声を叩きつけていく。かなり激しくて尖がった音だけど、ループするパーカッションにひっかかるようなクセがあって、それがポリリズミックな推進力を生みだしている。身体が動きだす。共演のデタチメントは打ち込みをバックにギターとヴォーカルでハードロックをやる、というスタイル。話だけ聞くとちょっと無理がありそうだけど、曲がいいのとギターもヴォーカルも潔い感じがカッコよかった。

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2008年10月5日(土)

Tikirica_2
南半球系バンド・チキリカ、久々のライブ@高円寺Showboat。無事終了しました。今回はニューCD『Boo Booo...』の発売記念。来てくださった皆さん、ありがとうございました。たくさんの方に盛りあげていただき、感謝感激です。写真はキョーコさんに撮影していただきました。

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2008年10月2日(木)

2008_10_02washyou今日のラーメン:「中華麺(700円)」@三軒茶屋『めん 和正
カウンターだけの店内に漂うお魚の香。おいしいラーメンの予感。煮干系の苦味と旨味があふれたスープは脂もけっこう多いが、それがいいバランスで引き立てあっている。平打ちをねじったような麺も口当たりがいい。一見変哲のないメンマもかみごたえがあり、グー。美味しいです!・・・★★★★

Yu
三軒茶屋Heaven's Doorゆっくりりのライブを見た。井上さんがたくさんギターを弾くようになっていた。曲のよさに加えて、今日は何かすごく10代な感じがした。とくに「なまけもの」。共演のSOLIDAFROはドラムがすごくカッコよかった。

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2008年9月23日(火)

チキリハ(チキリカ・リハーサル)。

Bus
南半球系バンド・チキリカが久しぶりにライブを行います。新しいCD『Boo Booo...』(写真)の発売記念です。みなさん、お誘いあわせのうえ、おこしください。

2008年10月5日(日) 
高円寺Showboat (TEL:03-3337-5745)
開場18:30/開演19:00 チキリカの出演は1番目で19:00頃からになります
チャージ:前売1800円、当日2100円+ドリンク代
(当日おこしになる方はあらかじめ、ZUA06212@nifty.com〔平尾〕までメールをいただければ、前売扱いで入れるよう手配します)
チキリカHP:http://sound.jp/tikirica/

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2008年9月18日(木)

2008_09_18chabuton_2今日のラーメン:「八丁味噌のせ秋塩らぁ麺(850円)」@『ちゃぶ屋 とんこつ らぁ麺 CHABUTON』ヨドバシ横浜店 秋の季節限定メニュー。「塩らぁ麺」といっても一般的に言う塩ラーメンではなく、とんこつである。そこに八丁味噌がのり、混ぜながら食べる趣向。ちょっと『一蘭』みたいでもある。インパクトはないが、味噌の酸味とコクが加わるとなかなか美味しい・・・★★★+

Img560チウォニソの新作『レベル・ウーマン』が届いた。今年のジンバブウェ旅行ではチウォニソのライブを見ることができず、ちょっとさみしかったのだが、アメリカに渡ってこんな素晴らしい作品をつくっていたとはね・・・以前紹介した『グローバル・リズム』誌の記事にのっていたのはこのアルバムのことだったんだな。あのときは情報が少なくてわからなかった。前作『タイムレス』はムビラ+パーカッションという完全にアンプラグドなつくりだったが、今回はギターやベース、曲によってはドラムやホーン・セクションなどが加わったバンド・サウンドになっている。とは言っても、デビュー作『エイシェント・ヴォイセズ』の取ってつけたような感じはない。ムビラが作りだす音のイメージを大切にしながら、西洋楽器で肉づけしたのだろう。すごくチウォニソらしい音だ。しばらくはヘヴィ・ローテーションになりそう。

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2008年9月14日(日)

Suzy_3Kijimuna_2
横浜おきなわ亭でSUZYバンドのライブを見た。琉球戦隊キジムナー(写真右)になったりして楽しかった。

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2008年8月16日(土)

マチダさんのスタジオでチキリカのニュー・アルバム最終チェック。レコーディングから数えると数年かかりましたが、ようやく完成にこぎつけそうです。というわけなので、発売記念のライブをやります。2008年10月5日(日)高円寺Showboatです。詳細は決まり次第、告知します。

キーちゃん夫婦の家で昼から行われていた予備校時代の同窓会に、夕方から参加。前回集まったのは、長女のハルちゃんがまだ1歳かそこらのころだったから、もう7~8年も前になる。キーちゃん夫婦は以前のぼろアパート(失礼!)を引き払って立派な家を建て、娘も3人になっていた。タカ&シーやイッコやユキもみんな子持ちだ。大人たちが20年前を思って飲んだくれるなか、大はしゃぎする子供たちでリビングは幼稚園のようになっていた。ギターがあったので子供たちの書いた言葉に曲をつけてやると、思いのほか受けた。「なんでギター弾けるの?」「それはぼくがミュージサンだからだよ」・・・チキリカのレコーディングがほぼ完成した勢いもあり、堂々の音楽家宣言となった。それでも「ギター教えて!」「わたしもミュージさんになりたいな!」と群がってくる子供たちはかわいい。寝ている間に足の裏に落書きされてたって、気にしない(笑)。

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2008年8月15日(金)

2008_08_14yahman今日のラーメン:「らはめん(650円)」@江古田『Rahmen Yahman
店頭にはジャマイカの国旗が飾ってある。店名もジャマイカのパトワ語。店内に流れるのはレゲエで、店員さんはみなラスタマンのようないでたち・・・これで何でラーメン屋なんだ!?(笑)。でも、出てきた醤油ラーメンは豚骨を基本に魚介系のダシをきかせた濃厚なスープに、太めのストレート麺という本格的なもの。美味い・・・★★★★


昨日に引き続き、アカシモモカさんのライブに行ってきた(YouTube 1 2 3)。今日は江古田のFlying Teapotで、ウッドベース弾き語りの後藤勇さんや、謎のユニット(?)=モモカトロニカをはじめとする腕達者なミュージシャンとのコラボという趣向。全編ソロだった昨日のライブと比べると、モモカちゃんもリラックスしているようだった。曲の良さも光っていたし、モモカトロニカでパーカッションを担当する松島玉三郎さんのパフォーマンスも楽しかった。ああ、またこれでしばらくモモカちゃんのライブは見れんのですなぁ・・・ちなみに、大分インターネットTV放送で、モモカ嬢のレギュラー番組がはじまるとか。チェキラ。

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2008年8月9日(土)

Img512ウェルズ恵子『黒人霊歌は生きている 歌詞で読むアメリカ』(岩波書店、2008)を読み終わった。黒人霊歌について書かれた本は数多くあるが、この本の特徴は霊歌の収集・研究、受容の歴史をたどり、あとから付け加えられ修正された部分を排して、本来の霊歌が持っていたニュアンスに実証的に迫ろうとしている点にある。

「黒人霊歌のパフォーマンスが主張するものはなぜこんなにも多様なのか。本当の黒人霊歌はどれなのだろうか。甘美さも清らかさも泥臭い声も乾いた感じの歌詞も、どれも本当かもしれないが、本当の『本当』があるようにわたしには感じられた。奴隷制時代の歌が知りたい。もともと口承だったとはいえ、いまでは楽譜で流布している黒人霊歌。いったいその歌はいつどこで紙上に固定されたのか」(vii-viii)

もちろん、著者は、奴隷解放運動ハーレム・ルネッサンス、あるいは公民権運動において霊歌が果たした役割を理解している。しかし、一方で、そうした運動に転用される過程でこぼれ落ちてしまったものを拾い集め、のちに読みこまれた意味を引きはがして、霊歌本来の姿を明らかにすることに意義を見い出している。

こうした作業を実証的にやろうとすると、思いのほか難しい。なぜなら、霊歌のシンプルな歌詞から確実に読みとれる意味だけを拾いあげようとすると、言葉がどのように受けとめられていたのかという大事な点について、あまり大胆なことは書けなくなってしまうからだ。著者は霊歌が苦難に満ちたアフリカ系アメリカ人の体験に根ざしていることを認めながらも、歌詞の分析についてはストイックなまでに宗教的解釈にこだわっているように思える。例えば、ヨルダン川をテーマにした霊歌についての一節(76-80、88-90)。これらの歌について、霊歌を歌っていた人々は死による解放と現世における解放という二つの希望の間を行き来していたのであり、ヨルダン川を越えてたどり着く場所は天国であると同時に北部でもあったと考えることもできる。しかし、北部への逃亡という「現世における解放」が宗教的な歌詞に託されていたかどうかを実証することは困難だ(公民権運動のなかで「創作」された可能性もある)。だから、著者はあえてそうした解釈には触れないようにしているのではないか。本の後半、伝記的事実がある程度明らかな辻説法師=ブラインド・ウィリー・ジョンソンやブルースマン=ロバート・ジョンソンについての章が、現実の出来事と彼らが心のなかに抱いている神や悪魔の世界が交錯するように書かれているのとは対照的だ。ともあれ、宗教的なことに疎いぼくには、興味深いことが多かったのだが。

霊歌の研究・収集の歴史も丁寧にたどられている。霊歌をそのままの姿で保存しようとしたのは白人の研究者がほとんどで、アフリカ系識者はそれを洗練されたスタイルに編曲して使おうとした。その意味で、編曲からこぼれ落ちたものを拾いあげながら新しい作品に生かそうとした黒人女性=ゾラ・ニール・ハーストンはやはり特異な人だったと思う。そして、ブラック・ミュージックの行方としては、スタイルとしての霊歌は残らなくてもいいのだと思う。「あとがき」で著者が語っているように、ときには亡霊になった霊歌の歌い手たちと戯れるのも楽しいだろうが・・・

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2008年8月5日(火)

Img495オーティス・レディングの生涯を描いたDVD『ドリームズ・トゥ・リメンバー~オーティス・レディングの伝説』を見た。この手のビデオには珍しく、演奏シーン(口パクがほとんどだけど)がノーカットで収められていて、うれしい。飛行機事故の直前、バーケイズをバックに歌う「リスペクト」で、「R・E・S・P・E・C・T!」とアレサ・フランクリンのまねをしていてビックリ。オーティスとスティーヴ・クロッパーがどんな風に曲を作っていったかなんて話は、何度聞いても楽しい。なんせ、オーティスだもの。どうしたってグッとくるに決まってる。

オーティスの歌を聞くと、いつだって冷静ではいられない。全身の毛が逆立つような興奮を覚える。オーティスの歌は感情がテクニックを超えている。彼の歌が技術的に劣っているわけではない(まさか!)。あの圧倒的な歌唱力を持ってしても押さえ込むことのできない感情の爆発が、正確さよりも不器用な推進力を選ばせてしまうのだ。オーティス夫人のテルマ・レディングによると、オーティスは口パクが苦手だったそうだ。歌うたびに歌い方が変わってしまうので(ボブ・マーリィもそうだったと聞いたことがある)、昔の録音にあわせることがどうしてもできなかったのだ。つまり、オーティスの歌はスポンタニアスな(自発的な、自然でのびのびとした)ものだということができるのだが、でも、(長い間黒人とはそういうものであると言われてきたような)子どもっぽい無邪気さゆえにそうなのではない。オーティスはスポンタニアスであることを強い意志で選択したのだ。オーティスは黒人であろうと白人であろうとわけへだてなくつき合ったと言われている。それだって、子どもっぽい無邪気さからカラーラインが見えなかったわけではない。60年代の南部に暮らしていて、ジム・クロウ(人種差別)の存在に気づかないわけがない。オーティスは強い意志で、それを無視した。見えないふりをしたわけじゃない。見る前に跳んで見せたのだ。公民権運動に積極的に関わったわけじゃないけれど、オーティスはやはり「人種融和」の申し子だったような気がする。マーティン・ルーサー・キング暗殺の数ヶ月前に、飛行機事故であの世に行ってしまったのも因縁のようなものを感じてしまう。その後、公民権運動は先鋭化し、むしろカラーラインの存在を強く意識する方向に向かっていく。もしオーティスが生きていたら、どんな歌をつくっただろう。陽気なトリックスターのスライ・ストーンが陰鬱な『暴動』をつくってドラッグに溺れていったように、オーティスも大きく変わっていかざるをえなかっただろう(「ザ・ドック・オヴ・ザ・ベイ」はその予兆だったのかもしれない)。そんなことを考えながら、夢見るようにオーティスを語るスティーヴ・クロッパーやジム・スチュワートスタックスの創設者)の姿を見るにつけ、つくづく偉大な男だったんだなぁと思う。

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2008年7月31日(木)

2008_07_31usagi今日のラーメン:「らーめん(680円)」@神泉『神泉のらーめん屋 うさぎ
鶏がらベースに魚ダシを加えたスープは、鶏・魚・醤油の旨みが調和して、強いインパクトを生み出している。少し苦味が残るぐらいの感じが好み。ストレートの細麺は固めに茹でられており、ぱりっとしたコシがあって美味い。看板が小さいのでわかりずらいが、ぜひ一度行ってみて欲しいお店・・・★★★★

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渋谷屋根裏ゆっくりりのライブを見に行った。今日はいつものアコースティック・オーケストラではなく、「ゆっくりり」ことスエヒロくんの弾き語り。どんな感じになるのかと思っていたら、バンドでやるのとはまた違った良さがあって感動してしまった。部室でつくったばかりの新曲を聞かされているような身近さが感じられて、曲の良さがダイレクトに伝わってくる。これから生まれる娘に捧げた新曲も良かったけど、やっぱり「ふくをきたさるのうた」が最高。最後のくり返しの部分に身を任せていると、頭のなかでメッセージがハウリングをおこしたようになって、気が遠くなる。ある意味、ゴスペル的な名曲。

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2008年7月21日(月)

Img489イノウエさんと曙橋Back In Townにスコットランド出身のアコーステック・ギターリスト=トニー・マクマナスの演奏を聞きに行った。ウッディなつくりの落ち着いた店内には、内外のフォーク/カントリー系のミュージシャンの写真が所狭しと並ぶ。なかでも目立つのは、キングストン・トリオ。写真の数も多いし、トリオはもちろん、一時期メンバーだったジョン・スチュワートも来店しているらしい。そういえば、お店の名前もキングストン・トリオが故郷のサン・フランシスコで行った凱旋ライブを収めたライブ盤のタイトルと同じだ。60年代にいわいる「カレッジ・フォーク」を楽しんだ人たち(とうに還暦を超えているはず)が演奏を楽しみに来る店といった雰囲気もある。とはいえ、出演者はさまざまな分野でアコースティックな演奏をしている人たちで、客層もカレッジ・フォーク世代からぼくのような比較的若い(!)人まで幅広い。

まずは日本を代表するアコースティック・ギターリストのひとりにして、TABギタースクール社長でもある打田十紀夫さんが、巧みな演奏とコミカルな話術で場を暖める。ブルース・ナンバーもさることながら、アパラチア音楽のメドレーにしびれた。オリジナル曲「河津」をはじめとして、すべての曲が尊敬するジャイアント馬場さんに捧げられているというのも、素敵だ。二人ともパフォーマーにして社長ということで、共感するところがあるのだろうか。休憩をはさんでマクマナスさん登場。予習のために買ったCDを聞いた印象では「ケルトの超絶テクニシャン」という感じだったのだが、生で聞くとちょっと違う。ギターの音につつみこむような暖かさがある。テクニシャンというよりも、酒場の空気にギターの音を同化させる流しのギターリストのようだ(もちろん、テクニックはものすごいのだけれど)。訥々と語るMCでも「これはぼくの友だちが一晩飲み明かした朝、手に入れた曲なんだ」とか言っていて、何とも味がある。スコットランドの人なのでケルト系の曲ばかりやるのかと思ったら、14世紀(だったかな?)の中央ヨーロッパ=ユダヤの曲とか、ルネッサンス期のイタリア人(?)作曲家の曲とか、あるいはカナダ人の職人が作ったシタールのような音(サワリ)を出すギターを使った中近東風の曲とか、レパートリーは多彩でどれも美しい。アンコールでは打田さんとブルースを弾いたりもしたけど、基本的には「クラッシック」という分野が確立する前の、ヨーロッパ音楽の古層を掘り起こしたものが多かったように思う。そのころのヨーロッパ音楽って悪くないんだよ。じっくり聞いていると、けっこうストリートな感じがするんだ。

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2008年7月19日(土)

2008_07_19mattch_bo今日のラーメン:「つけ麺(730円)」@渋谷『紀州和歌山らーめん まっち棒』渋谷店
和歌山ラーメンの「つけ麺」というのははじめてだが、渋谷店はけっこうメニューが豊富なので驚きはない。つけ汁は濃い目につくってあるせいか、かなりの豚骨臭。だめな人はだめかも。麺は縮れた細麺で普通の「和歌山ラーメン」とはかなり違うイメージ。つけ麺といえばぶっとい麺が主流の昨今、やや物足りない・・・★★★+

先週、新宿のディスクユニオンに行ったら、店員さんに「来週の土曜、アフリカものが大量入荷しますよ」と囁かれた。麻薬の取引のようなワンポイントの口コミ情報に色めきたち、取るものもとりあえず行ってきた。「(開店1時間前の)10時に整理券を発行します」というホームページの告知に、「ふっ、ワールド・ミュージック・ブーム華やかかりしころならいざ知らず、今どきアフリカ音楽に群がる輩がそんなにいるものか」という侘しい達観を抱きながらも、開店の10分後には到着。それなのに、三角目になった連中がすでに3人ほどエサ箱に群がっていた。や、やばい。出遅れた・・・少々焦りながらも、キング・サニー・アデユッスー・ンドゥール/エトワール・ドゥ・ダカール、レイル・バンド、ラミン・コンテなどを次々にゲット。さすがに出費もかさんだが、めったにあることじゃないし(ニマニマ)。いつか結婚したら、きっとこんなことできなくなるし(ニマニマ)。さて、どれから聞こうかな(ニマニマ)。

Dscn0810_2大量のレコードを抱え、ニマニマした顔のままアフリカ日本協議会主催の公開講座「アフリカひろば」を聞きに、青山の東京ウィメンズ・プラザへ。「アフリカひろば」では前回、ぼくもナイジェリアの作家チヌア・アチェベについてお話させてもらった。30回目になる今回は「アフリカン・ポップスの誘惑~アフリカン・ポップスで踊ろう~」と題して、アフリカン・ポップスの広くて豊かな世界に切り込んでいこうという好企画(ほんとうはこっちのほうに参加したかったりして・・・)。最初に専門は昆虫の研究だという八木繁美さんが、貴重なビデオを交えながらアフリカン・ポップスの全体像を示した。特に八木さんが好きだというルンバ・コンゴリース系のビデオは「こんなものが残っているのか~」と驚くほど、貴重なものが多かった。いきなりインドネシアのエルフィ・スカエシまで飛んでしまう展開は、ぼくは面白かったけど人によってはもう少し説明が必要だったかも。

次にフリー・ジャーナリストの伊藤裕子さんが登場して、ケニア、タンザニア、ウガンダを中心とした東アフリカのポップスについて語った。ジンバブウェもそうだが、この地域は隣接する音楽大国コンゴからの影響が強い。とはいえ、ルンバ・コンゴリースの影響下にあるレミー・オンガラ(タンザニア)のような人たちの音楽も、それぞれの国で独自の発展を遂げている。とりわけ、アフリカン・ポップスの歌詞を日本語に訳してきた伊藤さんの話からは、各地のミュージシャンがそれぞれ独自の詩的世界をつくりあげていることが生々しく伝わってきた。さらには、伝統音楽に新たな息吹を吹き込むアユブ・オガダやサミテ、従来の「大物」的なミュージシャンとは違うイメージで人気を得ているユナスィ(YouTube 1 2)やスザンナ・オウィヨといった新世代のミュージシャンがいることも教えてもらった。このへん、ジンバブウェ音楽の現況とも共通するものがある。

最後に言語学者の若狭基道さんが、エチオピアのウォライタ・ポップスについて語った。これが衝撃的。日本でエチオピアというと、演歌的なこぶしをつけて歌われるアムハラ語のポップスが知られている。それに対して、エチオピアのなかでも少数派の人々が使っているウォライタ語で歌われる音楽がある。それはアムハラの演歌風ソウルとも違う、隣国のアリ・ハッサン・クバーンなどにも近いスピード感のある音楽だ。もちろん、日本にはまったく入ってきておらず、「こんなマイナーな音楽を紹介してどうするんだ」といった批判を受けることもあるという。でも、こういう自分たちだけの音楽を聞き続けている人たちが世界のあちこちにいるなんて、考えただけで楽しいではないですか。さらに、若狭さんは言語学者らしく、言葉のリズムから音楽の楽しさに切り込んでいく。ウォライタ・ポップスの歌詞にはたいした意味はない。意味ではなく、韻やゴロあわせの面白さが重要なのだ。現地語の歌詞を見ながら音楽を聴くことによって、そのことを実感することができた。

ちなみに、お三方はそろって『アフリカン・ポップスの誘惑』という本の執筆に参加されている。チェキラ!


スザンナ・オウィヨ feat. ムビリア・ベル

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2008年7月17日(木)

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横浜おきなわ亭イチャリバーズのライブを見た。今日はドラマーが不在で、ベースのスージーさんが島太鼓を叩いた。歌あり、踊りあり、笑いありの楽しいステージだった。ヴォーカルのシーサー玉城さんは根っからのエンターテイナー。ぼくものせられて、相席したスージーさんの知り合いで消防局員のS島さんとカワイイ踊りを踊ってしまいました。ステージ終了後、三線/二胡の豊岡マッシーさんとお話をした。沖縄の歌はあまり抑揚をつけず、お経のように歌ったほうがいい。手の動きもそうだが、仏教の影響が強い。同じような音楽は本土にも見られるけど、演歌のような「こぶし」の歌はまた少し違う、とか・・・なるほど。ちなみに、恒例のお笑いパクリMC、ぼくも考えました。大西ライオン風に声をはりあげて、「なーんくーるないさー♪」・・・ってのは、どうでしょう?(笑)

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2008年7月14日(月)

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清志郎のがんが腰に転移したらしい。喉の次は腰って・・・やっぱり、使いすぎているところがやられるんだなぁ・・・って、下卑た冗談が出てしまうくらい、心配していない。一昨年、喉頭がんにかかったと聞いたときは、すごく慌てたけど・・・大丈夫、清志郎は帰ってくる。

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2008年7月12日(土)

2008_07_12idaten今日のラーメン:「つけめん(700円)」@大森『いだてん』
最近わりと流行っている太麺のつけ麺。背脂も浮いている濃厚なつけだれ。「魚プラス」というメニューもあるが、普通のつけ麺にもけっこう魚粉が入っている。なかなか美味い。麺はもう少し固めに茹でられた、ツルンとした食感のもののほうが好み(ややぶよんとしている)・・・★★★+

セカンド・アルバムのミキシングのため、チキリカ・メンバー揃ってマチダさんのスタジオへ。ベースのナカヤマくんと二人で一ヶ月ほど前に一度来ているのだが、パートごとの意見を聞いているうちに、欲しい音のイメージがより明確になってきた。つくづく、ひとりで音をつくってるんじゃないんだと思う。

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2008年7月6日(日)

Img494日比谷野音で行われたWorld Beat 2008に行ってきた。一昨年はコノノNo.1の怒涛のグルーヴに圧倒されたこのイベント、今年はモロッコからブラジル、そして再びモロッコへと軸足を移し現地のミュージシャンと交流を深めながら独自の音楽を生みだすベルギーの音楽集団シンク・オヴ・ワンと、ニューヨークのパンクやヒップホップにクレズマーの怪しげな響きをねじ込んだイスラエルのグループ=バルカン・ビート・ボックスが来日。日本の誇る集団即興楽団=渋さ知らズオーケストラと共演した。チキリハ(チキリカ・リハーサル)と重なってしまい、遅れて到着したひらげは渋さ知らズのステージは見逃してしまったが、それでも十分満足できるほど充実した内容だった。シンク・オヴ・ワンはモロッコのミュージシャン=キャンピング・シャアビとのコラボ。頭のおかしいプログレ・パンクに民族楽器でついてくるモロッコのおじちゃんおばちゃんってすごい。バルカン・ビート・ボックスはよりロック色が強く、観客はみなタテノリでぴょんぴょん跳ねる。80年代にはロックはタテノリ、ブラックやワールドはヨコノリなんて言われていたけど、もはやそんな単純な割り切り方はできなくなっている。狂乱のリズムに、もう何がなんだかわからない。最後に出演者全員がステージに登場。怒涛の集団即興パフォーマンスに圧倒される。毛穴という毛穴が開き、涙も鼻水もよだれも他の体液も流しっぱなし、関節は外れて泣きながらタコ踊り(※イメージです)。気がつけば「夏ももう終わりだな・・・」などと理屈に合わないことを呟いている始末。何だか、生まれ変わったような感じです。


↑シンク・オヴ・ワン with キャンピング・シャービ Live in London 2007

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2008年7月5日(土)

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新宿御苑前のBeer Bar=クワトロ・エスプラスで行われた「ンゴマニア・セミナー」で、ジンバブウェの都市ポピュラー音楽とその変遷についてお話をさせてもらった。ジンバブウェはムビラ音楽に代表される豊かな音楽的伝統を持つことで知られている。その一方で、首都ハラレをはじめとする都市部のポップスは、ジャズやルンバ・コンゴリース、南アフリカのンバカンガ、さらにはロックやソウル、レゲエ、ヒップホップまでアフリカ内外の様々な音楽をためらうことなく吸収してきた。それは白人植民者の町として建設され、周囲のアフリカ諸国からの移民が労働力として導入されたこの町の成り立ちと無関係ではない。外来音楽の影響を受けて大きく姿を変えながらも、ジンバブウェ音楽が決して失うことがなかったのが「笑い」の要素である。タウンシップ・ジャズ創成期のエンターテイナー=ケネス・マッタカは、歌あり笑いありのヴァラエティ・ショーで人気を博した。マッタカのグループから独立したデ・ブラック・イヴニング・フォリーズやシティ・クウォッズもまたしかり。マッタカたちの「笑い」は、70年代にはサフィリオ・マジカティレに受け継がれる。その後も、「ドクター・ラヴ」の異名を持つ盲目のシンガー=ポール・マタヴィレは職を求めてやってきた女性に関係を迫るセクハラ社長をユーモラスに演じて見せたし、トーマス・マプーモと並ぶ大スター=オリヴァー・ムツクジもまた夫婦間のやりとりをMCに織りこんだ。一見神秘的に見えるマプーモの歌だって、国会に集まる政治家たちを動物に喩えたり、酒を飲みすぎて失敗した男を揶揄したり、ユーモアには事欠かない。彼らの歌はどれも何かを笑うことによって、コミュニティ内の教育やガス抜きの役割を果たしている。時間配分を間違えて、最後のほうはドタバタしてしまったけれど、多様なジンバブウェ音楽の歴史をわかってもらえたかなぁ?ハヤシエリカさんをはじめ主催のンゴマジャパニのみなさん、話をする機会を与えていただき、ありがとうございました&お疲れさまでした!


↑デ・ブラック・エヴニング・フォリーズ。本当はいけないとわかっていますが、アップしてしまいました・・・

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2008年7月2日(水)

2008_07_02ichigen今日のラーメン:「味噌ラーメン(750円)」@渋谷『北海道ラーメン 壱源』渋谷店
いかにもこってりしていそうで敬遠していたのだが、そうでもなかった。むしろ味噌ラーメンとしてはアッサリしているくらいかも。ばねのある縮れ麺はいかにも札幌らーめん。全体に悪くはないが、癖になるようなインパクトがあるかというと・・・?普通にお腹がすいたときには、美味しくいただけますが・・・★★★+

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三軒茶屋Heaven's Doorゆっくりりのライブを見た。今回はキーボードが初参加。アル・クーパーみたいなオルガンの音がいい感じ。コーラスとリズムでバンドの要になっているジェンベのショータくんが不参加だったのでちょっとやりにくそうだったけど、ゆっくりりな感じを残しながらダイナミズムを増そうというバンドの意志は伝わってきた。そして、やっぱり曲が良いなぁ・・・

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2008年6月22日(日)

2008_06_22tetukama今日のラーメン:「ラーメン(600円)」@横浜『久留米らーめん 鐵釜
久しぶりに行ってみたが、やっぱり濃厚な九州豚骨とはかなり違う。アッサリしている分、塩味が強く感じられる。麺もストレート細麺には違いないが、舌触りも弾力もいわいる九州のものとは違うのではないかと思う。本場にはこういう店もあるんだよと言われたら、ぼくにはわからないが・・・★★★

横浜おきなわ亭にスージーBANDの演奏を聞きに行きました。いつもの通り、底抜けに楽しいライブでした。写真はドリフの雷様のようにも見えますが、キジムナーです。キジムナーはガジュマルの古木に住む子どもの精霊です。この日は先日結婚式を挙げたばかりのはかるさんと奥さんに(そして実はひらげにも)憑りついて、店内狭しと踊りまくりました。ご本人の希望で目は隠してみましたが、かえって怪しいかも(笑)。
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【夢日記】
変な夢を見た。

ボックス席で面と向かいつつ 、若い女性と旅に出た。「新幹線って速いから嫌い。景色が流れていってしまうから」と女性が言う。(新幹線だったのか、と思いながら)「そうだね、でも、反対側の窓はそうでもないよ」・・・ぼくの声が聞こえているのか、聞こえていないのか、女性は黙って流れる景色を見ている。

到着したのは「富士宮」駅(なぜか、ここだけは具体的。ちなみに富士宮には行ったこともない)。そこで若い男性と合流。ぼくら3人は仲良しらしい。街角においしそうなラーメン屋を発見!・・・するが、二人にせかされて先へ。その先にマニアックな中古レコード屋を発見!・・・するが、二人にせかされてさらに先へ。三人で女性の実家に泊まる。ぼくはいつの間にか酔っ払っていて、「ラーメン屋行きたかった」「レコード屋のぞきたかった」と愚痴を言っている。「また今度、行けばいいじゃない」となだめすかされつつ、ざこ寝。

次の日は日曜だったが、なぜかぼくはバイトが入っている。今日からはじめた居酒屋の店員だ。しぶしぶ帰路についたものの、帰ってきてからバカバカしくなる。何で今さらバイトなんかしなくちゃいけないのだ。おかしい。やめたやめた。今ごろ、二人はよろしくやっているに違いない。よし、富士宮に戻ろう。

そう考えて駅までいったものの、なんとなく決心がつかない。この時間から行っても、ラーメン屋もレコード屋も閉まっているかもしれない。いや、閉まっているに違いない(もう、二人のことはどうでもよくなっていた)。駅の周りをうろうろしていると、おばちゃんに声をかけられた。「わたしは富士宮の出身よ。富士宮にはおいしいものも、観光名所もたくさんあるわよ」と強力に富士宮観光をプッシュ。さらに、近所の人たちが老若男女集まってきて、みんな富士宮出身だと言い、口々に富士宮をアピール。かえってうざくなり、「考えてみます」と言ってその場を去る。

今さらバイトにも行けず、先輩夫婦の家に行く。いつの間にか子沢山になっている。子どもたちと遊びながら、ま、富士宮は今度でいいか、と思いはじめていた。

・・・うーん、富士宮に何が!?

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2008年6月14日(土)

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アフリカ日本協議会(AJF)の主催する「アフリカひろば」で、「ナイジェリア作家チヌア・アチェベの作品に見るアフリカ文学の世界」と題して、お話をさせてもらった。アフリカ文学を代表する作家のひとりであるチヌア・アチェベが、一人ひとりの人間が持っている霊的存在「」、白人植民者や電話など現代の風物をも彫像にして取り込んでしまう神殿「ムバリ」、何度も死んでは同じ両親の元に生まれ変わる邪悪な子ども「オバンジェ」などに見られるイボ人の多元主義をいかに作品―とりわけ最初の小説である『崩れゆく絆』―に生かしていったかについて、ときおり品のない冗談を交えながら話した。いわいる学会関係者ではない人たちの前で自分の考えをお話しするのははじめてだったので手探りではありましたが、アフリカ文化の持つしなやかさが多様な価値を受け入れる「知性」にも由来するのだということが伝わっていたらうれしいです。例によって、AJFのスタッフや参加者のみなさんと飲みに行って、こういう状態に。話を聞いてくれた皆さん、ありがとうございました!スタッフのみなさん、お疲れさまでした!

次回の「アフリカひろば」は7月19日(土)、アフリカン・ポップスをテーマにやるそうです。

アフリカン・ポップスの誘惑~アフリカン・ポップスで踊ろう~
講師:八木繁美さん・若狭基道さん・伊藤裕子さん
日時:2008年7月19日(土)13:30-16:30(13:00開場)
会場:東京ウィメンズプラザ会議室

ちなみに、ぼくもンゴマ・ジャパニ主催の「ンゴマニアセミナー」で、ジンバブウェのポピュラー音楽について語ります。トーマス・マプーモオリヴァー・ムツクジから、タウンシップ・ジャズ、現地で撮ってきたムビラの演奏まで、映像や音源を駆使して「ちょっと小難しいこというディスク・ジョッキー」といったスタイルで行きます。

ンゴマニア・シリーズ Vol.4 ンゴマニアナイト!!
『ジンバブウェの伝統音楽の変容から現代音楽まで』

○日時:2008年7月5日(土) 19:00-21:00
○チャージ:2,000円(世界のビール1杯とおつまみ付き)
○講師 平尾吉直 首都大学英米文学科助手
○予約:erika_amu@yahoo.co.jp (ンゴマ・ジャパニ担当:ハヤシエリカ)
または、お店(03-3358-5609)に直接お願いします。
○主催:ンゴマ・ジャパニ http://ngoma-japani.orio.jp/
○協力:クワトロ・エス・プラス

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2008年6月11日(水)

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新ユニット(嘘)、ジゾー・ジェフ&ひらげ。

イノウエさんと渋谷DUO Music Exchangeジェフ・マルダーの演奏を聞きに行った。ジェフ・マルダーの来日と聞いて「渋いっ!!」とのけぞり返ったが、曽祖父の墓が横浜にあるせいかこれまでもけっこう来ていたらしい。特に一昨年はジョン・セバスチャンハリー細野と共演して、素晴らしい演奏を聞かせてくれたとか。全然知らなかった・・・ギター一本でステージに登場したジェフさんは巧みな指さばきでギターを爪弾きながら、これ以上はないほど力の抜けた声で歌いはじめた。ハーモニックスからはじまる下降フレーズが印象的な「キッチン・ドアー・ブルース」だ。ブルースやブルースを下敷きにしたオリジナルは、98年の『シークレット・ハンド・シェイク』、99年の『パスワード』からの曲が多い(この2枚は傑作だからね~)。ヒッチ・ハイクでブラインド・レモン・ジェファーソンのお墓を掃除しに行く(ブラインド・レモンには「ぼくの墓をきれいにして」という曲がある)という、「ガット・トゥー・ファインド・ブラインド・レモン」とか、最高。こんんなに力が抜けているのに、どうしてこんなに声が通るんだろう。決してステージに近い席ではなかったのだが、ジェフさんの声が手元にぽんと飛び込んでくる。あったかくて、せつない。ヴォーカルの素晴らしさはCDで聞いて十分わかっているつもりだったのだが、生で聞くと予想をはるかに超える美しさにたじろぐ。息をのむというのは、このことを言うのだろう。休憩を挟んだ第二部では、何といってもボビー・チャールズの「テネシー・ブルース」「スモールタウン・トーク」をジェフさんのヴォーカルで聞けたのが嬉しかった。特に、せつない、せつない「テネシー・ブルース」には涙が出そうになった。終演後、CDにサインをしてもらった。あらかじめサインに添えて欲しい名前を書いた紙を見て、ジェフさんは「おおっ?ヒラゲ?」「イエース、マイ・ニックネーム」 あまり聞かない名前だということはわかるらしい。続いて、イノウエさんの番。「おおおっ?ジゾー!?」・・・次の来日はいつかな。ヒラゲとジゾーのコンビなら、憶えていてくれるかも(笑)。

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2008年6月7日(土)

ナカヤマくんと、マチダさんのスタジオでチキリカのセカンド・アルバムのミキシング。午前11時ごろスタジオに入って、ああでもないこうでもないと音をいじっているうちに、夜の11時をすぎ、終電近くになってしまった。でも、その甲斐あって納得のできるところまで欲しい音を追求できたと思う。いよいよ、今夏発売予定です。乞うご期待。

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2008年6月6日(金)

2008_06_06rikyu今日のラーメン:「みそラーメン(680円)」@小田急相模原『らーめん 利休
ファミレスのような店構えだが、ラーメンはあなどれない。味噌ラーメンというとどろりとした重量感のあるものが多いが、ここのはサラリとしている。口当たりは味噌汁に近い。脂も少なめ・・・だが、旨味が強いので、満足感はある。つるりとした中太ストレート麺は、味噌ラーメンには珍しいタイプだが、これはこれで美味い・・・★★★+

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町田の古本屋=高原書店は古本のデパートのようなところで、以前は宝物を抱えてニンマリ笑いながらフラフラと夢遊病者のようにさまよい出るひらげの姿が見られたものだ。数年前、駅前のビルから撤退し、すっかり閉店したのだとばかり思っていた。それが、そうではなかった。ちょっと離れたところに移転し、営業を続けていたのだ!音信不通だったモトカノに会うような気持ちで、さっそく行ってみた。

新しい店舗はやや目立たない場所にあるもののフロアは4つもあり、規模は以前よりも大きいのではないかと思えるほど。さっそく、三角目になって古本をあさる。2階の外国文学コーナーで、ディラン・トーマスの研究書『ディラン・トーマス研究』(田中清太郎)を見つけた。大学生のころ、ドアーズジム・モリソンがディラン・トーマスの詩に影響を受けたと聞いて、都立大の図書館でこの本を探した。残念なことに紛失本で見つからなかったのだが、もし見つかっていれば今頃ぼくはアフリカ系などやらずにウェールズやアイルランドの詩を読んでいたかもしれない(というのはありそうな話ではない)。それから、黒人研究の会でもお世話になっている古川博巳先生の『黒人文学入門』、黒人文学に関する座談会を中心とした『黒人文学の周辺』、アメリカン・ルネッサンスの白人作家たちが奴隷制や人種問題について書いた文章を集めた『奴隷制とアメリカ浪漫主義』を買った。

4階の音楽・芸能コーナーでは目ぼしいものは見つけられなかったが、LPが100円で売られていたので何枚か買った。アトランタ・リズム・セクションとか、ハワイのカラパナとか、ヤズーとか。なかでも収穫だったのは、宇崎竜堂率いるダウンタウン・ファイティング・ブギウギ・バンドの『海賊盤』。「ダウンタウン」といえば、松ちゃん浜ちゃんではなく宇崎竜堂という時代があった。『海賊盤』は80年代になってそれまでのバンド名に「ファイティング」を加えたころのライブ盤で、「シャブシャブパーティー」などの危ない曲が入っているためメジャーでは発売できずに、もともとは自主制作で発売されたいわくつきの名盤である。ぼくが手に入れたのはその後、メジャーから発売しなおされたものだけど(よく発売できたな)、それでもけっこう貴重なはずだ。それが100円で手に入れられたのだから、うれしい。音的にはけっこうニューウェーブを意識していて、ちょっとプラスチックスみたいなところもある。ジャックス早川義夫)の「堕天使ロック」をカヴァーしているところもいい。

古本とLPを抱えてニンマリしていたら、「蛍の光」が流れ出した。ありゃ、もう閉店・・・あわててレジに行くと、お姉さんがもう店じまいしはじめていた。店の隅にいたので見落とされたらしい。
「あの、どちらに・・・(いらしたんですか?)」
「いや、LPをあさっていたら・・・」
「え?太古からのあこがれ?」
「???あ、あの、レコードを・・・」
「あ、すみません、耳がおかしいもので・・・」
ほんとうにおかしな人だ(笑)。ぼくの周りにもAムラさんという聞き間違いの名人がいるが、あれはまだわかる。「学祭でる?」と「国際テロ」は実際、発音が似ているからだ(問題は文脈を考えずに聞こえたままを口にするところにある)。しかし、「LPをあさっていたら・・・」が「太古からの憧れ」とは・・・聞こえないと思う。それに、ぼくが古本屋のレジで初対面のお姉さんに「太古からの憧れ」を告白する理由もない。音も文脈もあっていないのに、なぜ?・・・かなり楽しませてもらいました。

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2008年6月3日(火)

2008_06_03pepan今日のラーメン:「正油野菜ラーメン(750円)」@吉野町『北海道旭川ラーメン ぺーぱん
久しぶりに横浜が誇る旭川ラーメンの名店『ぺーぱん』に。醤油味のスープは濃厚で、野菜をたくさん入れても負けない。その野菜もパリッと仕上がっていて食べやすい。縮れた麺はまっすぐ伸ばしても元に戻るのではないかと思うほどコシが強い。加えて、おばちゃんの気さくさでありながら、べたべたとしていない接客も高感度大!・・・★★★★

ボ・ディドリーが亡くなった(現地時間2日)。またひとり、ぼくのヒーローが逝ってしまった。

Have_guitar_will_travel_3ウォンウォンウォンと内臓エフェクターをぶちかましてコードをかき鳴らすボのギター・プレイが好きで、ボ・モデルの四角いギターを買った。ぼくにボの豪快な演奏がまねできるはずもなくビジュアル重視の選択だったけど、やっぱりどうしても四角いギターをかき鳴らしてみたかったのだ。ボの音楽にはどこか人を食ったようなところがある。トントントンッ、スットントンという、いわいるボ・ビートはボ以前の黒人音楽でもしばしば使われたし、もともとはキューバ音楽のクラベスのリズムから来ているのだろう。でも、ボの場合、マラカスが入っているせいか、ギターをジャカジャカかき鳴らすせいか、あるいはドラムがスットンキョーなせいか、無比の魅力がある。それはクラベスの響きも飛び越えて、アフリカに先祖がえりしてしまったような印象すら受ける。実際、ボのレパートリーには「モナ」をはじめとしてワンコードのものも多いし、1966年のアルバム『ジ・オリジネーター』は怪しげなかけ声とパーカッションによる「アフリカ・スピークス」という不思議な曲でしめくくられている。ノベルティ・タッチ、ワンコード、リズム重視、そして四角いギター・・・ボ・ビートの曲なんて一曲もやってないけど、ぼくがチキリカというバンドをやっていくにあたって、どんなにボを意識してきたか・・・わかる人はわかってくれるだろう。

最後の単独スタジオ・アルバム『ア・マン・アマングスト・メン』が出たのはもう10年以上前になるが、そのときすでにボは60代後半だったのだな。ストーンズのメンバーや故ジョニー・ギター・ワトソンも参加したその内容は、素晴らしいものだった。ヒップホップには批判的だったはずのボだが、実の孫にあたるラッパー=フィロソフィー・Gを招いて、ラップにも挑戦している。それでいて、1曲目ではジョニー・ギター・ワトソンに「スピーチ」(ラップとは呼ばない)をさせていて、「まだまだ若いものには負けん。俺たちのほうがカッコいいだろ?」と言わんばかりの気概を見せていた。その後、高血圧や糖尿病を患い、昨年5月にステージ上で倒れてからは、集中治療室で治療を受けていたという(っていうか、78歳でステージに立っていたのか!)。享年79歳。長生きと言っていいだろうが、もっと生きてほしかった。ご冥福をお祈りします。

ロン・ウッドといっしょに来た来日公演を見に行ったことを書き忘れていた!もう一度、生の演奏に触れてみたかった・・・


「ロードランナー」~「ブリング・イット・トゥー・ジェローム」~「モナ」、1972

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2008年5月29日(木)

2008_05_29yamaichi今日のラーメン:「支那そば(700円)」@町田『支那そば やまいち
無化調らしい優しい味なので、食べはじめはお湯っぽく、物足りない感じがする。しかし、舌が慣れてくるにつれて、昆布や煮干の旨みがほのかに感じられて、悪くないと思いはじめる。やや細めのストレート麺は自家製で、ぷるんとコシがあり、かなり美味しい。チャーシューだけはイマイチかな・・・★★★+

ジェフ・マルダー来日していることを知って慌てた。しかも、横浜公演は今日だ!あわわわわ・・・ジェフ・マルダーは、元妻のマリア・マルダーとともにジム・クウェスキン&ザ・ジャグ・バンドに参加。その後もソロや、マリアとのデュオ、さらにはポール・バターフィールドベター・デイズなどで活躍したシンガー。本当に好きなミュージシャンのひとりだ。2~3月に来日したマリア・マルダーを見逃しているだけに、ぜひ押さえておきたい・・・さっそく、イノウエさんを誘って6月11日の渋谷公演を予約した。楽しみ!

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2008年5月25日(日)

Encuentros演奏会のお手伝い。いっぱいまちがえちゃった(←かわいこぶってもダメ!)。お手伝いなのに、オリジナルを三曲もやった(これとか、これとか、あれとか)。お後がよろしいようで・・・ドロン。

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2008年5月23日(金)

今年の風邪はひどい。喉の奥に拳大のものが居座ったような違和感からはじまって、猛烈な痛みと共に声が出なくなる。絡んだタンをはくことすらできない状態が続き、七転八倒。ようやく喉が回復してきたところで急激な発熱に襲われた。まだ喉に違和感はあるが、ようやく立ち直った。寝込んでいる間、NHKの子供向け番組でこんなもの(↓)を見た。「もう、死ぬまでこの風邪と闘っていかなければならないのか・・・」と思い始めていたころだったので、何か胸にずきんと来ました。


「るるるの歌」@NHK教育『シャキーン!』。

同じNHK教育の『クインテット』から生まれた「目はおこってる」も最高。

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2008年5月18日(日)

チキリハ(チキリカ・リハーサル)。ギターを弾きながらリコーダーを吹くのはやっぱりムリだった。

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横浜おきなわ亭でSUZY BANDのライブを見た。今日はゆっくりりでも活躍中のイノウエさんがギター。さらに元準レギュラーのケーナ奏者シミズさんも加わって、大騒ぎ。いつもにも増して楽しいステージでした。

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2008年5月16日(金)

まさかこんなものがあるとは思わなかった。ヴィクトル・ハラの「平和に生きる権利」・・・ヴィクトル・ハラは南米チリのシンガー。1973年、アメリカ合衆国の支援を受けたチリ軍がクーデターを起こしアジェンデ政権をたおしたとき、数千の市民と共に虐殺された。今日、E沢くんに「アメリカ(合衆国)のリベラルは基本的に内向きだ」と話したばかり、明日はゲバラの娘の話を聞きにいく。で、この歌か・・・なんか偶然とは思えない。

平和に生きる権利
詩人ホーチミンがあのベトナムから
全人類に向けた一撃
きみの水田の畝から
どんな砲弾も消すことはないだろう
平和に生きる権利を
(訳:八木啓代)

レコーディングされたヴァージョンには激しいファズ・ギターが入っていてそれはそれでいいのだが、YouTubeにアップされたものは弾き語りで、より生々しい。ちなみに、ソウル・フラワー・ユニオンもこの曲をカヴァーしています。追記:まさかと思ったが、もうひとつの名曲「耕すものへの祈り」(こちらはコンポステラがカヴァー)もアップされていた。

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2008年5月5日(月)

こどもの日ということで、久しぶりに童心に帰ってデモ録音遊びに没頭。ハードディスク・レコーダーを折檻しながら、ノスタルジーに浸ってみた。できた作品はこちら

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2008年4月27日(日)

2008_04_27daijin_2今日のラーメン:「麻婆つけ麺(780円)」@渋谷『つけ麺 大臣』宇田川町店
『竈@空海』があった場所に、同じ『空海』系のつけ麺専門店が入った。今日は辛いものが食べたい気分だったので、「麻婆つけ麺」という変わりメニューを。どろりとした真っ赤なつけ汁には豆腐も入っていて、ほとんど麻婆豆腐。ラーメンからは限りなく遠いが、固めの豆腐はなかなか美味い・・・★★★+

復活後、2回目のチキリハ(チキリカ・リハーサル)。インチキ度を減らさずに、アフリカ音楽の持つリズムの訛りのようなものを再現したい。日本語で歌うとどうしても日本語のリズムになってしまうが、それはそれでいい。歌がアフリカのリズムとぶつかり合わないようにすれば・・・一方で、日本語に負けないくらいアフリカのリズムを打ち出す。あとは自由だ。

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錦糸町『イッツ・ベジタブル』にEncuentrosの演奏を聞きにいった。清水さんのケーナの音がいつになく生々しい。アンプを通さない生音のあったかさに近い・・・と思ったら、真空管のプリアンプを使ったらしい。今日はギターがブラジル音楽を得意とするマサオくんだったせいか、いつになくメランコリックな曲が多かったような。超絶テクによる「ドラえもんのテーマ」~「泳げコンドル君メドレー」あたりで、一瞬ポカスカジャン風になったりもしたが・・・途中、女性ヴォーカリスト=三桃さんの飛び入り参加もあり、聞き応えのあるステージでした。

ライブ終了後、『イッツ・ベジタブル』のマスターに、菜食の店を始めるまでの壮絶な人生について話を聞かせてもらった。マスターは押しつけるわけでもなく淡々と、自然に食べ物と命を与えられて生きることへの感謝を語った。ラーメン侍としてはそう簡単に菜食に傾くわけにはいかないのだが、その穏やかな語り口にひきこまれた。命をもらって生きている以上、まずは精一杯生きることだな、と思った。

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2008年4月22日(火)

2008_04_22ishin今日のラーメン:「醤油らぁめん(700円)」@横浜『麺や 維新
鶴間にあった『ZUND=BAR』系の店が横浜に移転してきた。今日は醤油ラーメンを食してみた。最初はちょっと濃いかなと思ったが、そんなことはない。魚介系のダシのせいで少し酸味はあるが、ちょうどいいバランス。プルプルっとした麺は、もう少しぱりっとしたものの法が好みだけど、十分美味しい・・・★★★+

実は塩ラーメンが一押しのお店だと言うことなので、さっそく翌日・・・

Img337横浜のレコファンでたまたま見つけたカントリーの大スター=ハンク・ウィリアムスの二枚組CD。解説を読んで、なかなか興味深い内容であることがわかった。1949年10月、ナッシュヴィルに出て間もない若きハンク・ウィリアムスは、あるラジオ番組に出演する。結果としてこの出演が、「ラヴシック・ブルース」というヒット曲を持ってはいたものの、未だ駆け出しの歌手にすぎなかったハンクの名を南部中に知らしめることになった。CDはその番組『ヘルス・アンド・ハッピネス・ショー』におけるハンクの演奏を、ラジオ録音用のレコード(流出を防ぐため内から外へ溝が刻まれた特殊なもの)から起こして収録したもの。演奏はもちろん素晴らしいのだが、それにも増して興味深いのは、この番組のスポンサーとなったダドリー・ルブランというケイジャンアカディア植民地からルイジアナに移住したフランス系住民とその子孫)出身の胡散臭い男。当時「ハダコール」という「万能薬」で南部を席巻していたルブランは、ヒット商品の売り上げをさらに伸ばすためにラジオ番組を利用することを思いつき、若きハンク・ウィリアムスの才能に目をつけた。いわば、現代版メディスン・ショーである。様々な芸で人々の目を引き、あやしげな薬を売りつけながら全国を廻るメディスン・ショーについては、マーク・トウェインについての日記で触れた。19世紀から20世紀初頭にかけて一世を風靡したこの芸能も、1930年代ごろから徐々にその勢いを失っていく。しかし、どっこい、同じようなことがラジオという新しいメディアを通して行われていたのだ(薬ではないが、同じころ南部を拠点に活動していたサニー・ボーイ・ウィリアムソンことライス・ミラーもラジオ番組『キング・ビスケット・タイム』で製粉会社の売り上げに貢献していた)。アメリカのインチキ薬とメディスン・ショーの歴史を扱ったAnn AndersonのSnake Oil, Hustlers and Hambones: The American Medicine Showでも、ルブランとハダコールに一章8ページ余りが割かれている。政治的野心も持っていたルブランは、1924年にルイジアナ州の下院議員に当選、32年には同州の州知事にも立候補している(結果は落選。その後、44年と52年にも州知事戦に挑むが、いずれも惨敗)。1940年からは断続的に州上院議員も務めた。こういう怪しげな人物が跳梁跋扈しているところが、アメリカという国のとんでもないところでもあり、面白いところでもある。一方で自らの出自に誇りを持ち、ケイジャン文化を称揚した人物でもあったらしいのだが。

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自らを破って知事となったジョン・J・マッキーセン(左)と笑うルブラン(無断借用)。二人とも胡散臭すぎます!

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2008年4月20日(日)

久しぶりのチキリハ(チキリカ・リハーサル)。煮詰まっていた新曲「輪になって踊ろう」(V6じゃないよ)は、コード進行を変えて新しいキメをつくったことで、ずいぶん良くなった。9月頃までにはライブがやりたいな。

父の誕生日。プレゼントに「八海山」を買って帰った。

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2008年4月18日(金)

2008_04_18ivan今日のラーメン:「塩ラーメン(700円)」@芦花公園『アイバンラーメン
アメリカ人の店主で話題のラーメン屋。表面に油の層があり、そのせいで一口目、「味がない!?」と思ってしまった。麺を一度持ち上げてから食べるべきだったかも。とはいえ、食べすすむうちに気にならなくなる。丸鶏ベースのスープは魚粉のせいで色は濁っているが、味に濁りはない。ぷちりと切れる麺も美味い・・・★★★★