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2017年6月27日(火)

日本女子大非常勤、前期第十回目。「米文学随筆論文演習」は、ハリエット・アン・ジェイコブズの奴隷体験記を読む。リンダ(ジェイコブズの仮名)は、幼馴染で自由黒人の男性に恋をする。しかし、奴隷であるリンダの「結婚」には、法的な認可が与えられることはない。恋人は彼女を買おうとしたが、フリントがそれに合意するわけがなかった。フリント夫人もリンダを厄介払いしたかっただろうが、このような形でではなかった。リンダが近所に住み続ければ、フリントはセクハラ行為を続けるだろうし、奴隷の夫が妻を守るためにできることは何もなかった。「アカデミック・ライティング」はついに、前期の課題である「前期エッセイ」を書き始めた。

ひらげエレキテルとして、荻窪Bungaに出演して、6曲歌ってきました。演目は、「New Song」「サンダル」「かわいい子猫ちゃん」「二人でお茶を」「すっぽんぽん節」「最後の日」。今回もまた、自分の客はいない厳しい状況。対バンとそのお客様が盛り上げてくださったので、楽しく歌うことができました。ありがとうございました。

2017年6月20日(火)

日本女子大非常勤、前期第九回目。「米文学論文随筆演習」は、ハリエット・アン・ジェイコブズの奴隷体験記を読む。ドクター・フリントの魔の手から逃れるために、フリント夫人の隣の部屋で寝起きするようになったリンダ(ジェイコブズの仮名)。しかし、そこでは嫉妬に狂った夫人による監視の目が待っていた。ふと目を覚ますと夫人がリンダの顔をのぞいていたり、フリントをまねた口調で話しかけたりしている。やがて、青果のないまま、寝ずの番をすることに疲れた夫人は、リンダのいる前で、リンダがセクハラ行為をされたと訴えているといって、直接、フリントを糾弾した。しかし、フリントは非を認めず、夫人がリンダを虐待して、無理やりそういわせたのだろうと嘯く始末。リンダは事態を祖母に相談したいが、怒った祖母が突発的な行動に出て、事態を悪化させることを恐れ、言い出せない。「アカデミック・ライティング」は、それぞれのペースで、複数のエッセイを仕上げる。

ひらげエレキテルとして、江古田マーキーに出演。「New Song」「サンダル」「かわいい子猫ちゃん」「二人でお茶を」「すっぽんぽん節」「最後の日」の6曲、歌ってきました。自分のお客さんがいないというアウェイな状況のなか、ステキな共演者と店のみなさんのおかげで、ステージをつとめることができました。次回(8月2日)こそは、満員の会場で・・・(大きく出たな)。

2017年6月18日(日)

今日は我ながら、やばい世界に行ってしまった。黒人霊歌にせまろうという意欲的な試みだったのだが。どっちかというと、ダウナーなサイケのやばいやつ。歌詞は「Lord・・・(神よ)」のみ。ちなみに、ぼくは仏教徒です。

2017年6月17日(土)

ぼく自身はあまりこういう発想をするほうではないのですが、ぼくのなかのサルが歌にしろというので、つくってみました。「木の上で」・・・人類発祥をめぐる物語です。ぼく自身は砂漠に歩いてったほうの子孫なので、あえてその道を選んだ気持ちもわかります。間奏のスライド・ギターの下降フレーズは、黒人フィドル奏者のパパ・ジョン・クリーチがよくやるスタイルを応用しました。

どこかのサルがこう言った
人間は一体いつまで
こんな暮らしを続けるの?
本当はしたくないくせに

俺たちサルは ずいぶん前に
そんなやり方は捨てたんだ
お前が生まれてくる
ずいぶん前のことさ

木を降りるって言ったとき
俺たちは止めたんだぜ
木の上には食べ物も
寝るところもたくさんある

わざわざ砂漠に向かって
歩いていくことはない
ずっといっしょに暮らそうよ
ずっと木の上で

やがて人間は言い出した
サルは遅れている
四本足で 毛むくじゃら
木の上で いつもぶらぶら

俺たちは木の上で
暮らすことにしただけなのに
人間が優れているなんて 
ただの思い込みさ

2017年6月15日(木)

首都大非常勤、前期第七回目。『ジャズの誕生』をテキストとするリーディング3コマ。2回休講の説明と謝罪をすませたあと、大好きなセロニアス・モンク『ソロ・オン・ヴォーグ』から、「ラウンド・アボウト・ミッドナイト」を聞きながら授業開始。モンクのつんのめるかえるようなリズムも、ポリリズム的なことと無関係ではない気がする。テキストは、前回、ヨーロッパの音楽教育を受けたものにとって、西アフリカの音楽がいかにおら得難いかという話だったのを最後でひっくり返すところから。「にもかかわらず、訓練されていないリスナーですら、推進力を感じることができるし、巨大なリズムの力(を構成する)各部分がしっかり組み合わさっていることがわかる」「比較すると、ジャズのリズムはずっとシンプルである。例えば、ニューオリンズへ行くと、古株ミュージシャンがいまだに、葬式から帰る途中、「ディドゥント・ヒー・ランブル」を演奏しているが、それはマーチのように聞こえる」 葬式がニューオリンズノ音楽文化において、重要な意味を持っていることを指摘。ブラス・バンドの悲しく重苦しい演奏で、墓地に向かい、遺体を納めると、一転、陽気な音楽で帰ってくる。このとき、このパレードに紛れ込んだ野次馬のことを、親戚縁者=ファーストラインに対し、セカンドラインといい、この言葉がニューオリンズ音楽を表す代名詞となっている・・・と説明。次回はニューオリンズの葬式の動画を見ると予告した。

2017年6月14日(水)

アメリカの息子、ロシアのMoscow

初代林家三平が、司会を務めたテレビ番組『踊って歌って大合戦』(1965-6)のテーマ曲として、姫之宮ゆりと歌った「ワッショイ踊り」をカヴァーしてみた。未加工のオリジナルの録音は手に入らなかったので、YouTubeにアップされているミックス(↓これも秀逸)を参考にした。このころの三平は、40になったころのはずだが、年齢を感jさせない爆発力だ。正面から挑んでもかなわないので、アフリカ風のギターを入れたり、いろいろ工夫してみた。

2017年6月13日(火)

電車のなかに、ダリ髭を生やしたおっさんがいた。初めて見た、生ダリ髭。

朝っぱらから、いい曲ができました。「不機嫌そうに」

慰めてほしいとき
オレが慰めてほしいとき
お前はいい顔をせず
黙ってオレを抱きしめる
なあ、そうだろう?

オレが自由なとき
鳥のように自由なとき
お前は不機嫌そうに
黙ってオレを抱きしめる
なあ、そうだろう?

オレが死んだとき
いつかオレが死んだとき
お前は「弱い男だったわね」と
黙ってオレを抱きしめる
なあ、そうだろう?

日本女子大非常勤、前期第八回目。2コマとも2回休講の説明とお詫びから。「米文学論文随筆演習」は、ハリエット・アン・ジェイコブズの奴隷体験記を読む。リンダを自分の部屋に連れ込むために、フリントは幼い娘を利用する。まず、娘を自分の部屋で寝させ、その子守り役として、リンダが必要だという。この計画は、ほどなくフリント夫人に漏れ、激高した夫人によって阻止される。夫人に真相を問いただされたリンダは、フリントのセクハラ行為を打ち明ける。夫人は屈辱に震え涙を流すが、フリントの被害者である奴隷の少女に対する同情はなかった。「アカデミック・ライティング」は、ライブラリー・ツアー。図書館の方からの説明が中心で、最後に少しだけ課題を返す時間を作ってもらった。

2017年6月11日(日)

眼科医で診断を受ける。だいぶ良くなっていて、感染力も弱まっているので、月曜から職場に復帰してもよいと、正式に許可をもらった。快癒記念にスライド・バーを買ったので、何かやってみたくなり、ブルースの定番「ローリン&タンブリン」を日本語歌詞で録音してみた。

Rollin' and Tumblin' I cried all night long
Rollin' and Tumblin I cried all night long
When I woke up in the morning, all I had was gone

のたうちまわって 頭ぐちゃぐちゃ
のたうちまわって 頭ぐちゃぐちゃ
朝目が覚めたら オレはすっからかん

かけずりまわって 息も切れ切れ
かけずりまわって 息も切れ切れ
ここらでそろそろ ちょいとひと休み

オレの大事な一張羅 しなびちまった
オレの大事な一張羅 しなびちまった
アイロンかけても 元に戻らない

のたうちまわって 頭ぐちゃぐちゃ
のたうちまわって 頭ぐちゃぐちゃ
右も左も  まるでわからない

2017年6月10日(土)

「銀座カンカン娘」は怒っているわけじゃないの?

結膜炎のつらい経験も、結局、歌にしました。といっても、そのまんまの経験ではありませんが。久しぶりに「ど」ブルースをやってみました。

つぶれちまった左目で
あいつはいつもオレを見ている
見えるほうで
男に色目を使ってる

左目で 左目で
見えなくなっちまった左目で
あいつはおれを
愛してる

星の降る夜に
星の降る夜に
俺があいつの目をつぶした
いつかこうなると
わかっていたから

つぶれちまった左目で
あいつは今日もオレを見ている
見えるほうの目は
どこで何をしている?

見えるほうの目は
どこで何をしている?

2017年6月9日(金)

今日はだいぶ目やにも減り、右目に視力が返ってきた。もう一歩だ。

二村定一さんのレパートリー「朗らか素空寒で暮らそうよ」を無理やりカバーしてみた。本物のやけっぱちなまでにゴージャスな感じとは似ても似つかないけど、この歌好きなんです。原曲は1932年、作詩/訳詩・佐々木緑亭、作曲/編曲・江口夜詩による「ダンス小唄」。二村定一のCD『街のSOS!』に収録されてる。「訳詩」とはどういうことだろう。原詩はどこに?佐々木緑亭は、児童演劇の他に、『恋ぐるま 新小唄集』(現代歌謡出版社、1936)なども出しており、さすがにAmazonでは手に入らないが、国会図書館には置いてあるようだ。さらに、佐々木は『国文学:解釈と鑑賞』(1955年20巻8号)に、「レコード小唄・映画主題歌・ジャズ小唄」という論文を寄稿している。暇を見つけて調べに行きたい。

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