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2017年6月26日(月)

汽車の動きをイメージしたインスト「トレイン・ピース」をつくってみました。

明治学院非常勤、前期第九回目。前回、ぼくが間違ったプリントを持って行ったために、記憶に頼って行った授業をプリントを使ってフォローした後、映画史に残る傑作でありながら、クー・クラックス・クランを正義の騎士として描き、人種差別的な内容を含む問題作、D・W・グリフィス監督の『国民の創生』(1915)の後半を見はじめた。前半で紹介されるキャメロン家とストーンマン家をはじめとする登場人物の人間関係図を配って、背景を確認。今回は、黒人兵士ガスがフローラに言いよる直前まで。解放された黒人たちや、サイラス・リンチら混血が恐ろしく見えるように描かれている場面は枚挙にいとまがないが、フローラの周りをうろつくガスが木の枝の間から、ちらっちらっと見えるカメラアングルはその最たるものだろう。視点を変えてみれば、ガスは隠れているわけでも何でもないのだが、枝越しに描かれることによって、いかにも表ざたにできない邪悪なことを行っているような印象を与える。実のところ、ガスは好きな女の周りをうろうろしているだけだ。そんな男がこの世に何万人いるだろう?

2017年3月12日(日)

ジャマイカじゃんまい(三昧)か!

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今日のお絵かき①。映画『幕末太陽傳』で、フランキー堺演じる居残り佐平治が、宴会で興にのって、太鼓をたたくシーン。

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今日のお絵かき②。ファンキーさざえさん江利チエミ)。

2017年2月28日(火)

ジェイムズ・ブラウンも言ってたろ。この世はまずまずだって」「イッツ・ア・マンズ・マンズ・ワールド?」

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今日のお絵かき①。チャップリンのサーカス、ラスト・シーンその1。チャップリンの映画で何が一番好きかと聞かれたら、ダントツで『サーカス』と答える。大作の合間に契約更新のために作られたなんて言う人もいるけど、だとしても、ぼくの評価は変わらない。目に見える思想的なメッセージがない分、この映画にはチャップリンの本質がわかりやすく表れてる。彼は移民であり、放浪の芸人である。常に何かから逃げていて、定住するということがない(ついには、アメリカからも追い出された!)。そして、何よりも特徴的なことは、逃げて見せることこそが彼の芸であり、生活の糧であるということだ。

機転の利いた逃げ方の面白さで、サーカスの人気者になる主人公チャーリーは、まさに、「逃げる芸人」チャップリンそのものだ。そして、例によって、可憐なサーカス団長の娘に惚れ、彼女のために綱渡りまで披露するが、最後は放浪の我が身を顧みて、イケメン軽業師に娘を託す(何でだ、チャーリー!?据え膳食わぬは男の恥っていうだろうが!)。サーカスが町を去るラスト・シーンで、娘は無邪気な顔をして、「私たちと同じ馬車に乗りなさいよ」と誘う(熱々カップルといっしょの馬車になんか乗れるかっ!バカ!)。別の馬車に乗ると嘘をついて、ひとり残ったチャーリーは、サーカスのいなくなった何もない空き地で、深い溜息をつく。

そして、また歩き出す・・・(ひらげ、滂沱の涙)。

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今日のお絵かき②。チャップリンのサーカス、ラスト・シーンその2。

OGSアコナイト@新大久保Club Voiceに、ひらげエレキテルとして参加して、3曲歌ってきました。演目は、「夢中」「ラーメンぐらいつくってくれ」「行こうよ」。今日は新曲2つを初披露。出演者は他に、ミスター・ノープラン太田さん(亡くなったお父さんの好きだったフォーク・歌謡曲を)、ホーボースナフキン(ストーンズ寄りの「むなしき愛」、オリジナル「笑い飛ばしていきましょう」、太田さんが加わっての「スタンド・バイ・ミー」)、神田苑(というより、トミー姐さんのソロ?)、セッションというラインナップ。楽しかったです。

2017年2月25日(土)

肉まん食べてたと思ったら、ふて寝しちゃったけど、どうしたの?「半分は具ない」(Have A Good Night)

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今日のお絵かき①。トゥキ・ブキ。『トゥキ・ブキ』は、セネガルの映画監督ジブリル・ジオップ・マンベティが、1973年に発表したロード・ムービー。昨日の「投げ縄」グループの絵を見たイシカワさんが、アシッド・ジャズ系のバンド、レッド・スナッパージャケットに、映画のワンシーンを使ったものがあって、同じような発想が見られると教えてくれたのだが、それが『トゥキ・ブキ』を使ったものだった。ちなみに、アルバムのタイトル『ハイエナ』は、マンベティの別の作品のタイトルである。どこから出てきたのか、ぼくにはよくわからないが、牛の頭がカッコいいから使おうという発想は、けっこうありがちなのではないかと思う。タイのロックバンド、カラバオとか。インテリア用に頭蓋骨を売っていたりもするし。

その『トゥキ・ブキ』他、マンベティの監督作品のいくつかは、YouTubeで見ることができる。とくに、『トゥキ・ブキ』と、1992年の『ハイエナ』は、英語字幕版がアップされている。英語かよ、と嘆くことなかれ、元はフランス語やウォロフ語なのだから、中高6年間、学校で英語を学んだはずの我々に、ぐっと歩み寄ってくれているのだ。ぼくもこれを機会に見直してみようと思う。ちなみに、同じセネガルのセンベーヌ・ウスマン督作品『チェド』のフランス語/英語字幕版も発見した。つくづく、すごい時代になったものだ。

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小出斉『意味も知らずにブルースを歌うな!ご丁寧に歌詞とコード譜とイラストに加え、ちょっと怪しい英語フレーズ付き』(リットーミュージック、2016)を読み終わった。挑発的なタイトルに、一言モノ申す!というような内容かと思いきや、のっけから、「歌詞も知っておいたほうが、楽しいよ」という低姿勢なスタンスに。おやおや?歌詞を入り口にしたブルース入門といった印象。効能はサブタイトルに列挙されているが(18世紀英小説か!という説明過多ぶりがおかしい)、演者やカヴァー・ヴァージョンなどの紹介も懇切丁寧で、饒舌なブルース愛好者の話を聞いている心地よさ。知らなかったことも多く、勉強になりました。

さて、この本の帯にコメントを寄せ、巻末で小出さんと対談をしている吾妻光良さん率いるザ・スウィンギング・バッパーズのライブを見に、渋谷マウント・レニアーホールに行ってきました。スウィンギン・バッパーズは、今年で6年間、このホールでライブを行っており、ぼくは去年に続き2回目。チケットを譲ってくれたすがやさん、ありがとう。去年のキング・クリムゾンのようなビックリネタはなかったものの、くだらなくて(ほめ言葉です)、身につまされる日本語歌詞のジャンプ・ブルースは、吾妻さんの語りやメンバーとのやりとりも相まって、楽しかった。エンターテイナーの鏡です。今、日本でバンドをやっていたりする若い人たちに、見てほしいステージNo.1。でも、そんなことになると、オッサンの座る席がなくなるので、黙っておこう・・・というわけで、今日のお絵かき②。吾妻光良さん。

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2017年2月22日(水)

「separate but equal」と、「しばれっど、ばっちゃ。家凍る」

1958年の名作映画『手錠のまゝの脱獄』(The Defiant Ones)が1986年に、テレビドラマとしてリメイクされているらしい。黒人と白人の囚人が、手錠につながれたまま脱獄するというストーリー。いがみ合っていた二人の関係がどうなるかが見どころである。予告編を見ると、58年版では、ある意味、観念的だった人種憎悪が、より具体的に描かれていて、リアルだ。だから、いいとは限らないが、ともかく、見てみたい。ちなみに、1972年には、『ブラック・ママ、ホワイト・ママ』というタイトルで、パム・グリア(!)、マーガレット・マーコフ主演で女性版がつくられている。同じ年には、『ザ・シング・ウィズ・トゥ・ヘッズ』というタイトルで、B級SF映画になっているという。見てみたい!

というわけで、今日のお絵かき①。

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手錠のまゝの脱獄。オリジナルの1958年版です。もちろん。(以下ネタバレ)カレン(シドニー・ポワチエ)と、ジョーカー(トニー・カーチス)は、小さな町の雑貨店に、盗みに入る(ジョーカーの顔が汚れているのは、カレンの指示で、闇夜に紛れるように泥を塗りたくったから)。結局、町中の人たちを起こしてしまい、捕えられるはめに。町の顔役のおかげで、リンチだけは免れたものの、小屋の柱に縛りつけられ、どうなるかわからない状況。そんななかでも、陽気に歌を歌うカレンに、ジョーカーはいら立ちを隠せない・・・というシーン。このあと、自らも脱獄囚だった顔役が現れて、二人を逃がす。逃げる二人を見て、顔役は「走れ、ウサギ、走れ」とつぶやく。

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今日のお絵かき②。鎖につながれたクンタ・キンテ。

黒人映画の重要なテーマのひとつが、「逃げる」ということである。『ルーツ』しかり。黒人監督ではないが、『手錠のまゝの脱獄』しかり。メルヴィン・ヴァン・ピーブルズ監督の『スウィート・スウィートバック』なんて、最初から最後まで逃げてるばっかりの映画もあった。映画だけでなく、アフリカ系アメリカ人の歴史を振り返ってみると、逃亡奴隷(「私の物語は結婚ではなく、自由で終わる」というハリエット・ジェイコブズ自伝のエンディングを想起せよ)、パッシング、あるいは1369個の電球を煌々と灯して、地下室に閉じこもった青年(『見えない人間』)まで、「逃亡」というテーマには事欠かない。ロバート・ステップトの言う黒人ナラティヴの一方の極(比較的自由な場所を求めて、安定したコミュニティを捨てる)の実例と言うべきか。「逃げる」ということは、時に抵抗の手段である。誰かから「逃げるな」と言われたら、その真意を疑ったほうがいいこともある。

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今日のお絵かき③。シンボル・オブ・アンコンカード。

それじゃあ、黒人映画の元祖オスカー・ミショーはどうか、というと、ミショーに関しては、作品全体のテーマとして、「逃亡」が取り上げられることは少ないような気がする。『ウィズイン・アワ・ゲイト』で、リンチの場から馬に乗って逃げる少年というのは出てくるが、作品自体は、「自分の国に誇りを持ちなさい」という歯の浮くようなメッセージで終わる。そもそもが自作農(ホームステッダー)から出発したミショーは、定住志向、ステップトの言う黒人ナラティヴのもう一つの極 ― 差別的環境を甘受して、コミュニティの中で生きることを選ぶ ― の傾向が強かったのかもしれない。お絵かきしたのは、ミショーの代表作のひとつ、『シンボル・オブ・アンコンカード』から、ヒロインが主人公に馬車で送ってもらう途中で眠ってしまう美しいシーン。この作品も、黒人山師の主人公と、白人と見紛うほど白いヒロインが、誤解や障害を乗り越えて結ばれる。そこには「逃亡」はない。何しろ、「征服されないものの象徴」である。生き残ること自体が、これはこれで、美しい抵抗だ。

2016年9月21日(水)

恋はねずみいろ。

すれ違ったおばさんが、携帯に「ほら、こないだのコタツ事件以来‥」 どんな事件だ?

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つげ義春の「旅もの」漫画(「リアリズムの宿」「会津の釣り宿」)を原作とした映画『リアリズムの宿』(山下敦弘監督、2003)を見た。いくつかの重要なエピソードや、背景は原作をなぞっているものの、中心人物2人の人物設定や、全体をつなぐプロットは原作にはないものだ。映画で重要な役割を果たす敦子も、原作では登場しない。原作の舞台は、おそらく70年代初頭(「会津の釣り宿」には「昭和四十五年五月二十七日」という日付がある)。映画は発表時の現在に近く、携帯電話や言葉遣いなどで、原作とのズレが一目でわかるように描かれてる。原作へのオマージュを込めながらも、同時代の新しいロード・ムービーを作ろうとしたということか。とはいえ、つげ作品にある、やるせないユーモアは生かされている。最後に泊まった宿のあまりのひどさに、坪井と木下が夜中に声を出して笑うシーンが、ものすごく好きだ。しょうがねぇなあ、俺たち何やってんだろうなぁ、という感じ。否定的な状況を笑いとばす、というような前向きなものではなくて、もう笑うしかない、笑わずにはいられないという笑い。2人が共同で脚本を書く約束をするという結末は、少々できすぎた感じもするが、出来上がった脚本はきっと、追いつめられたやるせない笑いにあふれているだろうし、それはそれでいいのかもしれない。面白かった。

2016年8月26日(金)

良いことも悪いことも、パラレルワールドでは、ぼくに起きていたことかもしれない。

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つげ義春の連作漫画を、竹中直人が監督・主演で映画化した『無能の人』(1991)を見た。漫画家として才能を認められながら、そこから逃げ続ける助川の姿は、ダメなほうダメなほうへと行ってしまう、つげ漫画の典型的なキャラクター(つげ自身?)。それが重苦しい絶望ではなく、やるせないペーソスとともに描かれているのが原作の良さで、映画はそれを忠実に再現している。救いとなっているのは、家族(妻と息子)の存在。風吹ジュン、やっぱりいいなぁ。三人で歩いていくラスト・シーンを見て、不意に泣きそうになった(チャップリンモダン・タイムス』を思い出した)。どうしようもないが、生きている。美しい映像も原作に忠実で、多くの人が絶賛するのも納得。

余談だが、宮崎県・照葉大吊橋のたもとで、石を売っているのを見たことがある。何の変哲もない軽石が並べられているのを見て、河原の石を売る助川を思い出した。その時の写真がこちら。

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2011年12月、撮影。

2016年8月22日(月)

人魚にもオッサンはいるはずだ。

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つげ義春の漫画を、オムニバス形式で映画化した『ねじ式』(石井輝男監督、1998)を見た。主演は浅野忠信。原作となった作品は、「別離」「もっきりやの少女」「やなぎ屋主人」「ねじ式」。原作の世界は、どれも忠実に再現されているが、期待していた「ねじ式」よりも、他の作品に惹かれた。とりわけ、「別離」の<どうしようもなさ>が、いたたまれない。考えれば考えるほど、ダメなほうに流れて行ってしまう男。「やなぎ屋主人」では、男は「下劣」になって考えることをやめようとするが、それもまた考えるだけで終わってしまう。男は、どこへ行くのだろう。もっきり屋のチヨジは、ヌード・スタジオの女はどこへ行くのだろう。考えるほどに、吐きそうになるのだが、また戻ってきてしまう世界。

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今日のお絵かき。ストレンジ・デイズ。

2016年7月18日(月)

チェにゲバラはかえられない。



明治学院非常勤、前期第十五回(最終回)。
スタンリー・クレーマー監督の映画『手錠のまゝの脱獄』(The Defiant Ones、1958)を見た。シドニー・ポワチエ演じる黒人の囚人カレンと、トニー・カーティス演じる白人の囚人ジャクソンが、ひとつの手錠につながれたまま脱獄。いがみ合いながらも、深い絆で結ばれていく。自分を助けに来たジャクソンに、カレンが言うセリフに痺れた学生も多かったようだ。前期は、奴隷貿易に始まり、大農場における強制労働、女性の奴隷に対する性的虐待、奴隷の反乱、南北戦争KKKの台頭、ジム・クロウ法による人種隔離・・・と、白人と黒人がいがみ合っている場面ばかりだった。もちろん、ぼくの本意は、人種を超えた理解がありえないということではない。この映画に、人種融和の必然性と可能性を見てもらいたかった。どんなにいがみ合おうと、ぼくらは鎖でつながっているのだよ。

國學院非常勤、前期第十五回目(最終回)。
テスト。このオレが、「単位取らないと、卒業できないよ」などと説教することになろうとは。

2016年6月20日(月)

ブライアン・ウィルソンの誕生日。ハッピー・バースデー、ブライアン!

明治学院非常勤「アメリカ研究」、前期第十一回目。前回見た『国民の創生』(D・W・グリフィス監督、1915)に対する黒人側からの回答ともいうべき、オスカー・ミショー監督の映画『ウィズイン・アワー・ゲイツ』(1920)を見た。オスカー・ミショーは、黒人としてはじめてメガホンをとった黒人映画監督の先駆け。元奴隷の両親の子供として生まれ、1862年制定のホームステッド法に基づき、開墾地を獲得して自作農になることを志す。のちに、その体験をもとにした自伝的小説『自作農』(1917)を自主出版した。映画が登場すると、この新しいメディアに飛びつき、自主製作で『自作農』を映画化(1919)。その後も、人種問題や黒人の自立などをテーマにした映画を次々と発表した。

今回はミショーの初期作品から、ほとんど白人に見える混血女性エヴァと、黒人青年ヒューの恋愛を中心に、パッシングやリンチの問題を描いた『シンボル・オヴ・ジ・アンコンカード』(1920)と、冤罪でリンチにかけられた黒人夫婦と義娘シルヴィアの悲劇『ウィズイン・アワー・ゲイツ』(1920)のプロットを紹介し、後者の後半を見た。リンチにかけられた両親の遺体が焼かれるシーンと、シルヴィアが白人男性アーマンド(シルヴィアの実父)にレイプされそうになるシーンがクロスカッティングで描かれ、緊迫感を高めている。『国民の創生』では同じ手法が、「野蛮な黒人から白人を救うKKK」を描くために使われていたことを指摘し、両者の視点の違いに注意を喚起した。

少々時間が余ったので、コメディ映画の端役、白人監督による黒人向け映画の黒人スタッフなどから映画監督になり、『ブラッド・オヴ・ジーザス』(1941)など、黒人キャストの宗教映画を撮ったスペンサー・ウィリアムズを紹介。のちに、テレビドラマ『アイモス・ン・アンディ』(1951-2)にアンディ・ブラウン役で出演し、黒人のステレオタイプを助長したとして批判されることになるウィリアムズだが、黒人映画監督の道を切り開いた先駆者のひとりであったことは間違いない。

國學院非常勤、前期第十一回目。『ジャズの誕生』をテキストとするリーディング2コマ。6限は、南アフリカのコーラス・グループ、レディスミス・ブラック・マンバーゾの動画を見ながら、授業開始。南アフリカでは、アカペラの男性コーラスが盛んであり、この分野を代表する名曲である「ムブーベ」は、「ライオンは寝ている」として世界中で知られていること、にもかかわらず、作曲者であるソロモン・リンダとその家族には、著作権料が支払われていなかったことなどについて語った。テキストの内容は、ジャズには何か新しいものが加わっているという前回の内容を受けて、「この新しい成分が、ヨーロッパから来たものでないことは明らかである」(仮主語の構文に注意)としたうえで、ヨーロッパ音楽とアフリカ音楽の類似性の話に入っていく。「しかし、どうして、また、なぜ、ヨーロッパと西アフリカの音楽はこうも簡単に混ざり合ったのだろう。実は、世界の他の音楽と違い、両者はとても似ているのである。考古学者によれば、古代、ヨーロッパとアフリカはつながっていた ― 同じ大陸の一部だった。二つの地域の民話、宗教、先史時代の芸術、道具は似ている。音楽もそうだ」

7限は、ドクター・ジョンの『バック・トゥー・ニューオリンズ』(1992)を聞きながら、授業開始。テキストの内容は、前回読んだトーマス・アシェの旅行記からの引用を受けて、「ラテン・カトリック時代のフランス人やスペイン人の貴族たちは、ルイジアナ購入の後に起こった東部の商人たちの侵入に対抗する備えができていなかったようで、イギリス・プロテスタントの慣習はその存在を感じさせ始めていた」 ここで、一段落とばして、「さて、さまざまな度合でアフリカ人の血を受け継いだ人びとがよく知っている音楽の範囲は独特であった」 なかなか日本語に訳しにくいところ。

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今日のお絵かき。種田山頭火「まっすぐな道でさみしい」

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