無料ブログはココログ

« 2019年9月 | トップページ | 2020年6月 »

2019年10月19日(土)

友人に教えてもらった猫背矯正ベルトを装着。意外にも心地よい。若いころから、姿勢があまり良くなかったが、パーキンソン病を患ってからは、薬がきれると足が前に出ないので、前かがみになることが多かった。周囲の人からも、「姿勢良くして歩いたほうがいいよ」と言われるのだが、どうやって姿勢を直したらいいかがわからない。パーキンソン病患者の身体は、神経伝達物質ドーパミンの不足により、届きにくくなった脳の命令に代わる、別の指揮系統を求めているようなところがある。例えば、すくんだ足も、一歩先に線を引いてやると、その線を越えることで踏み出せることがある。矯正ベルトも同じことで、筋肉に動く規範を与えてやると、うまく動けるようになるのではないか。

73009389_3353338258017562_75987800799544

アメリカ黒人の呼称について考えてみた。「黒人」という言葉は、アメリカ黒人のなかにある肌の色の多様さを捨象する不正確な表現であるとして、「アフリカ系アメリカ人」という呼称が選択された、という一面がある。しかし、もし正確さだけにこだわるなら、肌の色の多様さにも現れているように、「混血」が進んだ現在、アメリカ黒人のほとんどはアフリカ系であると同時に、ヨーロッパ系であったり、アジア系であったりするはずである。とすれば、アフリカ系アメリカ人という呼称は、一滴でもアフリカ人の血が混じっていれば、「黒人」として差別されたワン・ドロップ・ルールを追認することにならないだろうか。もちろん、これは表現の正確さにのみこだわるなら、という話である。「アフリカ系」という呼称は、様々なルーツを抱え込んだ人たちが、共通の歴史を基盤として選択したアイデンティティである。同時に、表現の不正確さにもかかわらず、「黒人」という言葉にも、同じような可能性が残されているのではないかとも思われる。

一方で、60年代くらいまでは普通に使われていた「ニグロ」という言葉は、現在では差別的なニュアンスがあるとして、使うのを避けるようになった。語源であるラテン語negroには、「黒い」という以外の意味はなく、差別的ニュアンスはないと、この呼称を擁護する人もいる。実際、60年代の統計では、自分のことを「ニグロ」と呼んで欲しいというアメリカ黒人が一番多かった。しかし、差別語が最初から差別的なニュアンスを持っていたとは限らない。差別的なニュアンスを持たなかった言葉が、差別的なコンテキストで、差別的な意図を持って使われるうちに、差別的なニュアンスを刻印され、差別語として忌み嫌われるようになっていくことはめずらしくない。(逆に、黒人同士の間で、差別語が連帯を表すために使われることがあるのは、コンテキストが違うからこそ成立することである)

例えば、誰かがぼくのことを「ひらげ」と呼ぶとき、「やあやあ、ひらげさん」と親しみを込めて呼んでくれれば、これは愛称である。しかし、「やーい、やーい、ひらげ」「ひらげめ」となると、蔑称に他ならない。それが数十年もずっと続いて、子供も「ひらげの息子め、ひらげの娘め」と罵られるようになれば、これはもう立派な差別語だ。「ひらげ」という言葉にはもともと差別的なニュアンスはなかったのに。このように、差別的なコンテキストのなかで、いつの間にか刻印された差別的なニュアンスは、現実の差別を放置しているうちに、たちまち増殖していく。差別的な状況を放置したり、あるいは加担したりしているものが、「ニグロが差別語なのはおかしい」などというのは、見ていて片腹痛いというべきだろう。(しかし、差別語を擁護するものは、しばしば差別の主体者だったりするのだ)

結論としては、本人たちが呼んで欲しい呼び方というのがひとつの目安になるだろうが、それも状況は刻々と変わっており、昨日「政治的に正し」かった呼称が、いつの間にか差別語になっているということもありうる。まったく、世話が焼けると思う人もいるかもしれないが、それはそうした呼称で呼ばれる本人たちの責任ではなく、そうしなければ、現在も続いている差別的な状況のなかで、差別的な色に染められていく言葉の、差別的な視点に絡み取られてしまうことに問題がある。

※後記
誤解を招く表現が多いという指摘を受け、元の文章を訂正しました。読む人に元の文章の意図を正確に伝えようとするための訂正であり、議論をかく乱したり、間違いを糊塗したりする意図のもとに行ったものではないことをお断りしておきます。

どうも、ぼくの文章は伝わりにくいようなので、念のため書いておきますが、上掲の文章は、差別語は「文脈を理由に復活させるべきではない」という立場から、書かれています(それは文章を直す前からそうです)。差別的な文脈でくり返し使われてきた言葉には、差別的なニュアンスが染みついてしまっています。ある世代の日本人が、ペレス・プラードの「タブー」を使おうとすると、カトちゃんの「ちょっとだけよ」がついてきてしまうようなものです(プラード自身はストリップというコンテキストは想定していなかったと思う)。そうしたニュアンスに無自覚でいることは、被差別者を排除した閉じられたサークルのなかでなら可能でしょうが、いったん気づいてしまうと、表現に誠実であればあるほど、そうした刻印を押された言葉を差別的でない文脈で使うことが難しくなる。差別語の排除が過ぎると、文脈を無視した言葉狩りのようになって、自由な表現が損なわれるというのもわかるのですが、文脈を重視するなら、差別的なニュアンスが染みついた言葉をそうでない文脈で使うこともまた、適切ではないように思います。

そういった意味では、黒人同士が差別語で呼び合うとか、ジョン・レノン「女性は世界の奴隷か」("Woman Is the Nigger of the World")とかは、言葉の差別的なニュアンスをわかったうえで、逆手にとって差別に対する皮肉やカウンターとして使っており、「あり」なのではないかと個人的には思います。ぼくはそれについて結論じみたことを言える立場にはありませんが。

2019年10月18日(金)

神奈川大後期第四回目。1限、3限「初級英語(経営学部)」は現在分詞の形容詞的用法のテスト、および形式主語itの講義と練習問題。2限「初級英語(理学部)」は、名詞節、副詞節の説明と練習問題。

行きつけのバー『アゲイン』のマキちゃんが昨日誕生日ということで、今日は『アゲイン』で誕生日パーティ。ぼくからは、マキちゃんが結婚を申し込まれたときのエピソードをモデルにつくった歌「結婚しようよ」をプレゼントした。

九割がた出来上がっていたトラックに、民族音楽系の音源からカホンのループ(繰り返しのリズム・パターン)と、アイリッシュ・フルートのリック(短いフレーズ)を引用して、カラフルに仕上げた。

きみのすべてを ぼくのものにしたくて
無理を承知で やってきたんだぜ
首を横にふる それは嫌なんじゃないよね
ただきみはちょっと あきれただけなんだ

冗談めかすのは いやだろうから
こんなところで 突然だけど
結婚しようよ 結婚しようよ
ぼくはもう決めてるんだ

きみの未来と ぼくの未来が
囁きあって 何かが生まれる
忘れたときには ここに帰って来よう
それはもう決まっていたんだ

運命じみた話は いやだろうから
ぼくからもう一度言うよ
結婚しようよ 結婚しようよ
ぼくはもう決めてるんだ

72720244_3351625441522177_40699517431594

2019年10月17日(木)

首都大後期第二回目。マーシャル・W・スターンズ『ジャズの歴史』を読む「実践英語」3コマ。テキストに、フランス領時代のニューオリンズの音楽に近いものとして、「今日のマルティニークやハイチの音楽」が挙げられていたので、『ジャズの歴史』が出版された1956年ごろのハイチ音楽の姿を残すものとして、ティ・コカ「トゥワ・フェイ」を聞いた。アコースティック・ギターに、パーカッションやバンジョー、アコーディオンが加わった小規模のバンドによる「メレング」。テンポはいいが、全編にやるせない空気が漂う。あとでライナーノーツを読んだら、ブードゥーの海神アグウェに捧げる歌とのこと。海の向こうにはアフリカがある。二度と帰れぬ故郷へのサウダージか・・・さて、テキスト。クラスによって進度は違うが、だいたいこんなところを読んだ。

私たちは(歴史の)全体像を知ることはないかもしれないが、いくつかの手がかりはある。多くの(黒人奴隷)は西インド諸島から来た。『ガンボ・ヤ・ヤ』の編集者たちが述べるところによると、1776年、500人の奴隷がマルティニーク、グアダルーペ、サン・ドミンゴ(一部が後にハイチになる)からルイジアナに輸入された。これらの島々は当時フランス領で、奴隷たちの多くはブードゥーの信者であるヨルバ人ダオメ人であった。フランス人の奴隷主がハイチ革命から逃げたので、1809年から1810年にかけて、三千人以上の奴隷がサン・ドミンゴからキューバ経由で到着した。

アフリカ人がニューオリンズで自分を取り巻いていると気づいた環境は、多様で変化に富んでいた。トーマス・アシェは、1806年に町(ニューオリンズ)を訪れ、民族的出自の観点から、経済構造についてコメントしている。

町の通商の大部分を取り仕切っていたのは四つの階層の人たちだった。ヴァージニア人やケンタッキー人は仲買あるいは委託販売を支配している。スコットランド人やアイルランド人は、恥ずかしくないレベルの輸出入業をすべて手中に収めている。フランス人は軍用を含む倉庫を経営し、スペイン人は雑貨商、キャバンツ(cabants、cabaretの誤りか?)、最低レベルの居酒屋といった小売業をすべてやっている。自由黒人を含む黒人もまた、より小規模の店を持ち、果物などの売り物を広げている。

ラテン・カトリック時代の貴族であるフランス人やスペイン人は、ルイジアナ購入に続けて起こったアメリカ北部人の侵略に対抗するだけの準備ができておらず、イギリス・プロテスタントの慣習がその存在を感じさせ始めた

渋谷に移動して、國學院後期第三回目。6限が名詞節、7限が不定詞。

首都大から國學院へ移動中の京王線で、幼稚園の遠足と遭遇。寝たふりを決め込んでいたら、数駅先で降りて行った園児のひとり(男児)が、去り際にわざわざぼくを起こして、バイバイとあいさつをした。どちらかというと仏頂面の、人懐っこい感じではない少年なので驚いたのだが、妙にうれしくなって、手を振りかえした。一度閉じた目を開いてみると、まだこっちを見ている。親指を立てて合図すると、向こうも親指を立ててきた。もしかして、先日の千歳烏山TUBOのライブに来てくれた櫻田くんの娘さんが通う幼稚園の人たちだったか?(と思って、後日、櫻田くんに確認してもらったが、その日は遠出はしなかったとのこと。ただの人懐っこい少年だったのか?)

2019年10月16日(水)

日本女子大後期第三回目。「アカデミック・ライティング」は、それぞれのペースでエッセイを書く。「米大衆文化演習」は、スペンサー・ウィリズムの映画『イエスの血』を見て、十字路の悪魔について考える。

しばらく姿を消していたロバート・ジョンソンが突然ギターの腕前を上げたのは、十字路(クロスロード)で悪魔に魂を売ったからだ・・・という「クロスロード伝説」。取引の場所と思しき十字路は、巨大化するブルース・ビジネスによって商品化され、聖地を巡礼するブルース・ファンがあとを絶たない。もっとも、当時を知るもので「ろばじょん」のクロスロード伝説を語ったのは、先輩ブルースマンのサン・ハウスただ一人である。それも白人のジャズ評論家に一度話をしただけで、その後は何度その話をふられても口を閉ざしている。ろばじょん自身、「クロスロード・ブルース」を録音しているが、そこには悪魔も魂の取引も登場しない。どう深読みしても、頼る人のいない旅回りのブルースマンの、泊まる場所も見つからないまま日が暮れることに対する不安を歌ったものでしかないように思える(背景には放浪罪で刑務所にぶちこまれ、矯正労働でこき使われることへの恐怖がある)。さらに、姿を消していた間、ろばじょんは、夜な夜なアイク・ジママンという男に墓場でギターを習っていたという事実が明らかになって、音が漏れないように選んだ墓場という場所の不気味さをのぞけば、「上手くなるには練習しかない」という当たり前の結論が、オカルトな話にロマンを掻き立てられていたものたちをがっかりさせた。そうしたロマンの背後には、努力以外の何かによって、高度なパフォーマンスを実現しているという偏見が潜んでいる。

とはいえ、ろばじょんが悪魔との取引ではなく、努力によってギターの演奏能力を高めたのだとしても、「十字路の悪魔」というフォークロアが存在したこと自体が否定されるわけではない。実際、同時代のミシシッピで活躍したブルースマン、トミー・ジョンソンは悪魔に魂を売り、ギターの腕前をあげたことを公言していた。他にも悪魔の義理の息子を自認するピーティ・ホィーストロウなど、おそらくマッチョな自己アピールのために、悪魔との親近性を強調したブルースマンは多い。つまり、「十字路の悪魔」というのは、冗談半分、迷信半分で語られるよくある話のひとつで、ろばじょんがなぜ腕前をあげたのかなんて知ったこっちゃないサン・ハウスが、そのことをしつこく尋ねられ(死んだ小僧じゃなくて、オレのことを聞けよ!)、そりゃあ、十字路で悪魔に魂を売ったんじゃないのか、と答えたら、その話が独り歩きしてしまった。意外な展開に面喰らったサン・ハウスは以後、口をつぐんだ、ということなのではないだろうか。あくまで想像だが。ということは、「十字路の悪魔」はサン・ハウスの口からとっさに漏れるほどありふれたフォークロアだった。そして、サン・ハウスの口から出たとき、それはゾラ・ニール・ハーストンが『騾馬とひと』の前書きで言及した、コミュニティ内部のことに首をつっこもうとするよそ者を満足させるために渡す玩具(本当に大切なものは他にある)の役割を果たした可能性がある。

クロスロード伝説のオカルト性を世に広めたのが、1986年の映画『クロスロード』である。クラシックとブルースの二足の草鞋を履くギター少年が、失われたろばじょんの曲を探しに、老人ホームで「再発見」したウィリー・ブラウン(「クロスロード・ブルース」に名前が出てくるブルースマン)と共に、ブラウンも魂を売った十字路を目指すロード・ムービーで、最新版の「悪魔に魂を売った」ギターリストが変態ヘビメタ・ギターリスト=スティーヴ・ヴァイだったり、結局、少年がスティーヴ・ヴァイをギター・バトルで倒す決め手となったのが、クラシック・ギターのテクニックだったりと、ツッコミどころ満載なのだが、この映画の見どころは、クロスロードに姿を現した最新版の「悪魔」が、黒塗りの車のパワーウィンドウをすーっと開けて(何しろ、最新版だから)、「俺がレグバだ」と名のるシーンに尽きる。これが「十字路の悪魔=レグバ」という俗説を世間に広める最大のきっかけになった。ブードゥの十字路の神レグバは、十字路同様二つのものが交わる場所である扉の神でもあり、人間と神々の世界を結ぶ門番でもある。ブードゥの儀式で人間がどの神に何を願うにせよ、まずはレグバを呼び出して仲介を頼まなければならない。また、境界的存在であるレグバは二つの顔を使い分け、論理をかく乱するトリックスター的な性格を持つ。ギターの腕前を与える一方で、魂を奪う「十字路の悪魔」もまた、ある意味で、トリックスター的で、(キリスト教から見ると悪魔かもしれないが)十字路の神レグバに似ているようにも思える・・・が、根拠はない。ヨルバやダオメの神々が、ブードゥーの神々につながるようには、レグバと十字路の悪魔のつながりを跡付けることはできない。しかも、十字路はキリスト教の中核をなすメタファーである十字架に通じるし、悪魔に魂を売るという話はおそらく世界中にあるだろう。

それでも、ぼくがこの眉唾な俗説にもう少しこだわろうと持ったのは、安保寛尚さんの「エシュからシグニファイング・モンキーへ ― アフリカ、キューバ、アメリカを結ぶ神話とトリックスターをめぐってー」(『立命館言語文化研究』31巻1号、2019、131-158)を読んで、ヘンリー・ルイス・ゲイツ・ジュニアが『もの騙る猿』のなかで跡付けたのは神々や儀式ではなく、語りの構造の系譜であったことに思いたったからだ。ゲイツはアフリカ系アメリカ人のヴァナキュラーのひとつである「シグニファイング・モンキー(物騙る猿)」のなかに、アフリカからブードゥーに受け継がれたエシュ=レグバと同じ、論理をはぐらかすトリックスター的な語りの構造を見いだし、そこにアフリカとアメリカ黒人のつながりを求めた。「十字路の悪魔」は、おそらくレグバではないし、シグニファイング・モンキーでもない。サン・ハウスに「十字路の悪魔」はレグバですかと訊ねても、怪訝な顔をされるだけだだったろう。それどころか、詮索好きのジャーナリストをはぐらかすためにとっさに選ばれた「玩具」に、深い意味はない。にもかかわらず、そこには、レグバ、シグニファイング・モンキーと同じトリックスター的な語りの構造がある。サン・ハウスが記者を煙に巻くことに成功していれば、サン・ハウスその人をトリックスターとしてこの系譜に入れることもできたかもしれない。

もちろん、「十字」はキリスト教の十字架とかぶるし、「悪魔」は世界各地に存在するトリックスター的な存在とも響きあうはずで、アフリカ系の伝統だけを抽出するということは困難だ。それは逆に言えば、キリスト教の文脈で「十字架」を語るときにすら、同時にレグバ的なトリックスターの語りが立ち現れるということになりはしないか。そう考えたとき、やはり「十字路の悪魔」が登場する映画『イエスの血』を思い出した。この映画で、銃の暴発で死にかけた女性が、天国の手前の十字路で信仰を試される。悪魔の手先に罪深いナイトクラブへと連れていかれた女性は、楽しいひと時を過ごすが、やがて騙されていたことに気づき、逃げ出す。十字路に戻ってきた女性は危ういところでキリストの血に贖われ、奇跡的に一命をとりとめる。キリスト教への信仰を説いた宗教映画であることに違いはないのだが、道化のような悪魔をはじめ、作品全体に漂うコミカルな感じは何なのだろう。キリストと悪魔は対立しているように見えながら、信仰を試すという仕事では、聖俗を越えた共犯関係にあるともいえる。「キリスト/悪魔」を聖俗二つの顔を持つひとつのトリックスター的な存在と考えると、その両義的な論理はレグバやシグニファイング・モンキーのそれと似たものに見えてくる。そして、不思議なことに、キリストに救われた女性が向かうのは、天国ではなく地上なのだ。「キリスト/悪魔」は聖俗双方から「死」を挟み撃ちにし、死と懇ろになることで、死を解体する。ちょうど、ブルースとゴスペルがそうであるように・・・というような話をしたのだが、まだまだ論としては穴だらけだ。ますはゲイツを読み直すこと。キリスト教の十字架とリンチの犠牲者が吊るされた木のつながりを明らかにしたジェイムズ・H・コーン十字架とリンチの木』(絶賛積読中!)も呼んでみなければ。あと、ろばじょんをゲーテの『ファウスト』と関連付けた文章を見つけたので、授業で読んでみよう。

2019年10月15日(火)

横浜国大「英米文学」第二回目。ジュリアス・レスター奴隷とは』、アレックス・ヘイリールーツ』からの引用を交え、奴隷貿易の歴史と背景、拉致された人びとの過酷な体験について、ひと通り話した。

うっかりOSを更新してしまい、プロツールズが動かなくなってしまったiMacだが、OSをダウングレードすることで何とかDTM環境を回復した。さっそく、新しいブラスの音源を使って、「山のうえにのぼって」をつくりなおしてみた。最後にちらっと出てくるMCは、「ひらげエレキテルブラスバンド」という架空のブラスバンドという設定。もちろん、ペッパー軍曹のバンドを意識しています。

« 2019年9月 | トップページ | 2020年6月 »

最近のトラックバック

2020年6月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30