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2019年6月23日(日)

サン・ハウスバディ・ガイがいっしょに演奏している!この映像は初めて見た。1956年から1979年にかけて米CBSで放送された芸術関係のドキュメンタリー・シリーズ『カメラ・スリー』の、1968年10月13日放送"Really the Country Blues"(Season14, Episode 6)からのものと思われる。

2019年6月22日(土)

夢のなかでテレビをつけたら、清志郎のライブを生中継していた。清志郎は晩年のちょっと疲れたやさしい表情ではなく、若いころみたいにとんがって、溌剌として、ちょっとコミカルだった。なぜかバンド・メンバーに大野くんがいた。こんど、ぼくも見に行こうとチケットを手に入れた。久しぶりの清志郎のライブで胸がわくわくしたので、近所のガキの自転車を盗んで、坂道をブレーキも踏まずに走り下りた。ふと、自転車を盗まれた悲しかろうと思い、元の場所に戻そうと思ったが、どこの四辻だったか思い出せない。このままでは自転車が返せない、と罪の意識に打ち震えているうちに、目が覚めた。夜の12時前だった。睡眠が不規則。

2019年6月21日(金)

神奈川大、前期第七回目。

2019年6月20日(木)

またしても、体調が悪く、首都大と國學院を休講にしてしまった。何とか、体調を整えなければ。

2019年6月19日(水)

日本女子大、前期第第九回目。「アカデミック・ライティング」は、提出物の添削と、リスティングによる段落構成の復習。「米大衆文化演習」は、ライトニン・ホプキンスとテキサスの人びとを描いたフィルム『ザ・ブルース・アコーディング・トゥ・ライトニン・ホプキンス』(1967年)を見る。テキサスの田舎のリズムに、案の定、寝るものが続出するなか、誰よりも楽しんでいたのは講師ではないかと思われる。とりわけ、ライトニンと友人の「ヘビって、どんなヘビだよ」「ヘビらしいヘビだよ」「名前は何だよ、コブラとか何とか」「コブラじゃなかったな、舌の先が割れてた」「ヘビは舌の先が割れてるもんじゃないのか」「ほら、やっぱりヘビらしいヘビだ」という埒のあかない会話は、何度見ても笑える。他にも、ライトニンのギターがとてつもないグルーヴを生み出し、すかした少女たちが跳ねるように踊るダンス・パーティや、黒人教会の様子、ライトニンの寝ぐせなど、見どころ満載。見ずに寝るとはもったいない!きみたちの人生でこれを見る機会は、二度とないぞ!(たぶん)

ひらげエレキテルとして、江古田マーキーに出演。演目は、「空飛ぶブルース」「半分弱」「桜の気持ちも知らないで」「正義の味方はいつも顔を隠している」「最後の日」。「半分弱」のあと、チューニングを変えようとして、弦を切ってしまった。暗がりで手元が見えず、弦の交換にまごついているひらげから、ギターを引き取り、素早く新しい弦を張ってくれたのは、ミュージシャンでもあるありのぶ店長。冷や汗をかきながら、MCを続けるひらげ。ちなみに、「半分弱」は一昨日、ライブをやらせていただいたサロン・ド・ライオンのスケッチであると同時に、この日共演した三浦廣之さんの名曲「残り半分」のパロディでもある。そのパロディというか、リスペクトというか、をご本人の前で初めてやらせていただいた。その三浦さんも、江古田のRyujiさんも、共演者のみなさんは素晴らしい演奏。出演者に、ミュージシャンの高田彰さんらも加わって飲みに行った。音楽の話などで、盛り上がって、すごく楽しかった。

2019年6月17日(月)

明治学院「アメリカ研究」、前期第十回目。前回に引き続き、D・W・グリフィス監督の映画『國民の創生』(1915年)を見る。キャメロン家の末娘フローラは、黒人大尉ガスに求婚され、逃げ惑った末、崖から飛び降りて死ぬ。瀕死の妹を発見した兄ベンの腕のなかで、フローラは息絶え、ベンは燃えるような怒りの表情を見せる。ガスはKKKによって殺害され、その遺体が警告の意味で混血の政治家サイラス・リンチの家の前に置かれる。怒ったリンチは黒人の軍隊によって町を制圧する。キャメロン家の人びとはKKKに協力した罪で捕らえられる寸前で、忠実な黒人の基点に救われ、心配してかけつけたタッド・ストーンマンとともに馬車に乗って逃げ、北軍の退役軍人が暮らす小屋に逃げ込む。一方、キャメロン家の人びとを救うため、リンチに面会したエルジー・ストーンマンはリンチの求婚を拒絶し、監禁される。こうした事態を受けて、黒人から町を解放すべく、KKKのメンバーが招集される。混乱した町の様子と、馬を駆るKKKの姿がクロス・カッティングで描かれ、ついに町に到着したKKKは瞬く間に黒人の軍隊と暴徒を制圧、エルジーは救出される。さらに、退役軍人の小屋で銃撃戦が行われているという知らせがもたらされ、KKKが救出に向かう。解放された町で行われたパレード、タッドとマーガレット、ベンとエルジーという南部と北部の確執を越えたハネムーンが描かれ、完。

内容的には何しろ、KKK讃美の映画なので、どうにも首肯しがたいことばかりなのだが、歴史的事実の歪曲もさることながら、映画で黒人の罪として描かれていることが、本当にそんなに悪いことなのか、疑ってみることが必要だろうと思う。例えば、ガスがフローラに恋し、求婚したことはそんなに悪いことだったのか。彼の行動が陰湿なものという印象を与えるのは、街路樹越しのアングルから覗き見る男として描かれているためである。違う角度からカメラを回せば、ただの恋する男であることが明らかになるだろう。フローラが必要以上に天真爛漫に描かれていることで、ガスには幼児性愛者のようなイメージも与えられている。実際に彼がしたことは、恋する相手に求婚しただけのことだ。人種差別主義者にとっては、黒人が白人に恋すること自体が問題わけだが、本当にフローラを死に追いやったのは、そうした黒人嫌悪そのものである。フローラを見ると、ぼくは「生きて虜囚の辱めを受けず」と自害した日本兵や、摩文仁の丘から身を投じた沖縄戦の犠牲者を思い起こさせる。サイラス・リンチの場合、エルジーを監禁したのは明らかに行きすぎだが、彼にしても最初は紳士的にプロポーズしている。それに対して、リンチの求婚という思いあがった行動が「鞭打ちに値する」と侮辱したのはエルジーのほうである。こうしたいわれのない侮辱にリンチが切れたのだとしたら、同情の余地がある。ともかく、メディアの天才グリフィスに騙されてはいけない。

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天王町サロン・ド・ライオンで、遠藤コージさん/ニキタケシさんと2マンライブ。それぞれ二部構成でお送りしたライブ、ひらげエレキテルの演目は、【第一部】「空飛ぶブルース」「半分弱」「桜の気持ちも知らないで」「パチンコ銀行」、【第二部】「New Song」「桜の気持ちも知らないで」「かわいい子猫ちゃん」「正義の味方はいつも顔を隠している」「ピーチ・ジョン」「すっぽんぽん節」「ラーメン・ブギ」「最後の日」。暖かいお客さんのおかげで、大変盛り上がりました。ありがとうございました。ちなみに、第一部2曲目の「半分弱」は、サロン・ド・ライオンの様子を描いた歌。一方、共演の遠藤さん/ニキさん。ニキさんは津軽三味線、遠藤さんはブルースの、どちらも本格的な演奏ながら、ところどころに笑いをはさんで、観客を飽きさせない。第二部で遠藤さんがドラえもんのお面をかぶって、古いフィールドハラーのようなものを歌いながら登場し(お面との間に起こるびりびりという音が、雰囲気を出している)、歌いながらチューニングを済ませたときには、やるなあと思った。また是非、ご一緒させてください!(ちなみに、はるかに年上だと思っていた遠藤さんが、同い年、もしくは一つ年下だという衝撃の事実が判明。まじか)

2016年6月16日(日)

野口雨情未刊童謡集を拾い読み。雨情すごいな。こんなことを詩にしてしまうんだ、というところがすごい。「どぶどぶ沼」なんか、まるでブルースだ・・・いっそ、ブルースにしてしまおう・・・というわけで、本当にブルースにしてみた。ファット・ポッサム系のノイジーな感じを出してみたつもり。

「どぶどぶ沼」  野口雨情

どぶどぶ沼に
鳴いてる
蛙(かはづ)

どぶどぶ沼は
ぴかぴか
光る

子供の雁(がん)は
ぱつたぱつた
翼(はね)だ

遠い遠い国へ
帰つて
行つた

2019年6月15日(土)

このところ、なぜか、童謡をつくりたいという願望がむくむく頭をもたげている。そんな折、「赤い靴」「しゃぼん玉」などの作者として知られる野口雨情の未作曲の詩に曲をつけるというコンテストを見つけた。審査料5000円、優勝者も記念品のみという渋い内容だが、とりあえず、3つの課題作品のうち、「山彦」という詩に曲をつけて、応募してみた(未発表曲に限るということなので、作品はここには掲載しません。落選したら、掲載します)。

2019年6月14日(金)

神奈川大、体調不良のため休講に。

2019年6月13日(木)

一等はヤクルト、二等はカルピス、そしてサントワマミ〜♪

首都大「実践英語」×3、前期第七回目。テキストにもニューオリンズの葬式の話が出てくることだし、ドクター・ジョンセカンド・ラインのビデオを流そうと思っていたのだが、用意するのを忘れていた。したがって、今回は恒例の音楽はなし。

テキストは、ジャズのリズムと西アフリカのリズムの比較に入る。前段落の西アフリカの複雑なポリリズムの話を受けて、「それと比べると、われわれのジャズのリズムはずっとシンプルである。われわれ(ジャズ)は長い道のりを来たが、(西アフリカのリズムに)今でも追いついていないことは確かだし、おそらく追いつくことはないだろう。例えば、ニューオリンズあたりでは、葬式からの帰り道、古株のミュージシャンが今でも"Didn't He Ramble"を演奏するが、それはマーチのように聞こえる。伝統的にジャズは楽譜上4分の4、もしくは2拍子 ー 実際はもっと複雑だが ー で近似をとる。このマーチのリズムが基本である。それはニューオリンズのブラスバンドの音楽にはっきりと聞くことができる。しかし、何か新しいものが加わっている ー その音楽はスウィングするのだ。そして、この新しい構成要素がヨーロッパから来たものでないことは明らかだ」

ニューオリンズの葬式はブラスバンドの演奏を伴うことで知られており、埋葬しに行くときには"Flee As a Bird"のような世にも悲しい曲を演奏し、ひとたび埋葬が終わると一転、軽快な曲で踊りながら帰ってくる。そのとき、故人の家族や友人など本来の参列者をファースト・ラインといい、集まってきた野次馬のことをセカンド・ラインという。このセカンド・ラインという言葉が、ニューオリンズの音楽の代名詞となっている。ニューオリンズ・ジャズを代表する曲のひとつである"Didn't He Ramble"は、ジョン・ロザモンド・ジョンソン(小説『元黒人の自伝』で有名なジェイムズ・ウェルドン・ジョンソンの弟)と、ボブ・コール(コールが歌詞、ジョンソンが曲を担当)によるもので、ニューオリンズの葬式の際には、墓地からの帰りによく演奏される。その歌詞は、死者を弔うというよりも、死者を市場で売られている肉に喩えた辛辣なもので、死を弄ぶブルースにも似たユーモアが表れていて、興味深い。

「あいつはうろつきまわったじゃないか」

あいつの首は店先に並べられ
あいつの足は道端に転がっていた
通る人はみんな言ったもの
あの市場の肉を見ろよ

ああ、あいつはうろつきまわったじゃないか
彼は町中を、町の内と外をうろつきまわった
ああ、うろつきまわったさ
うろつきまわったさ 最後は肉屋にぶった切られたにしても


キッド・オーリーによる「フリー・アズ・ア・バード」と「ディドゥント・ヒー・ランブル」をメドレーにした録音(1945年)。

國學院「再履英語」×2、前期第七回目。

2019年6月12日(水)

日本女子大、前期第八回目。「アカデミック・ライティング」は、ライブラリー・ツアー。「米大衆文化演習」は、前回に引き続き、Conversation with the Blue(邦訳『ブルースと話し込む』)から、ブルースマンの証言を読み、合法的奴隷制の最たるものである刑務所農場について、ブッカ・ホワイトとサン・ハウスのブルースを題材に学んだ。

理髪師でもあったウェイド・ウォルトンのシェアクロッピングについての証言("Meat and Bread")。扶養家族の数によって割り当てられた土地を耕す小作人たちは、農期が始まるときに必要な物資や資金の「供給(furnish)」を受ける。仕事が終わって、いざ「清算」となると、「供給」分が引かれて、小作人の手元にはいくらも残らない。地主の同情しているような話し方が鼻につく。「よくやったな。35ベイルの収穫だからな。ただ、供給分がいくらいくらあるんでな、ほんとよくやったけど、100ドル、いや、150ドルがお前の稼ぎだ。お前、ホントよくやったよ」そして、次のシーズンの話をするところも、相談にのっているような口ぶりが、いかにも恩着せがましい。「それで、来年はあとどれだけ土地がいる?35ベイルじゃ、女房と子供5人の家族にゃ十分じゃないからもっと土地が必要だろう?」まるで自分にはどうしようもできない不幸を抱えている相手に同情しているかのような口ぶりだ。こうした話をウォルトンは「まったくばかげたことですが、あのころはこんなもんで」としめくくっている。

そのウォルトンの生地からほど近いところにあったのが、「パーチマン農場」ことミシシッピ州立刑務所である。刑務所が農場を経営し、受刑者を農夫として働かせる — それは、無償の労働によって収益を上げる合法的な奴隷制に近いものだった。ときには近隣の農場や鉄道建設に、受刑者の労働力が貸し出されることあった。荒っぽい世界に生きるブルースマンのこと、パーチマン農場をはじめとする農場併設の刑務所に収監され、奴隷のように働かされた経験を持つものは多い。なかでも、ブッカ・ホワイトの「パーチマン農場ブルース」("Parchman Farm Blues")(1940年)は悪名高きこの施設を名指しで歌っている。

「パーチマン農場ブルース」

今朝、判事がオレにパーチマン農場での終身刑くらわした
今朝、判事がオレにパーチマン農場での終身刑くらわした
大したことじゃねえが、残してきた女房泣かせたのがね

4年で、あばよ、女房 お前は行っちまった
4年で、あばよ、女房 お前は行っちまった
だけど、いつの日かお前が オレの孤独な歌を聞けばいいと思うんだ

男たちよ、聞いてくれ 悪いこたいわねえ
男たちよ、聞いてくれ 悪いこたいわねえ
まともにやりたいなら、パーチマン農場には近づかないこった

朝、夜明け時に働きにいき
朝、夜明け時に働きにいき
お天道さまが沈むとき それが仕事の終わるとき

オレはパーチマン農場にいるが いつか必ず家に帰る
オレはパーチマン農場にいるが いつか必ず家に帰る
いつの日か乗り越えられたらいいと思う

とてもストレートに一生刑務所から出られないわが身の不幸を嘆いているが、「大したことはないが、残してきた女房泣かせたのがね」という強がりが、ちょっと演歌っぽくもあり、泣かせる。

この授業では何度も取り上げたサン・ハウスもまた酒場のいざこざに巻き込まれて、リロイ・リーという男を殺した罪で、パーチマン農場に収監されている(のちに、正当防衛が認められ、釈放)。その時の経験を、「ミシシッピ郡農場ブルース」("Mississippi County Farm Blues")(1930年)で、「ミシシッピ州立刑務所」の「州」を「郡」に置き換えて歌っている。

「ミシシッピ郡農場ブルース」

母の腕のなかの赤ん坊だったらいいのに
母の腕のなかの赤ん坊だったらいいのに
母の腕のなかの赤ん坊だったらいいのに
ここ郡刑務所で働いているんではなく

一文無しで 家もない方がましさ
一文無しで 家もない方がましさ
一文無しで、神よ 家もない方がまし
警察のリストに載せられて ここで働かされるよりは

6か月のやつもいれば 一年のやつもいる
6か月のやつもいれば 一年のやつもいる
6か月のやつもいれば 一年のやつもいる
だが、哀れな俺はここで終身刑

やつらはオレを牢に入れた 好きにさせてくれないんだ
やつらはオレを牢に入れた 好きにさせてくれないんだ
やつらはオレを牢に入れた 好きにさせてくれないんだ
オレがリロイ・リーって男を殺したっていうんだ

おお、神よ、神よ
神よ、神よ、神よ
神よ、神よ、神よ
あの娘がオレを犬のように扱うんだ

あの大きな鐘がどーんと鳴るのを聞きたくない
あの大きな鐘がどーんと鳴るのを聞きたくない
あの大きな鐘がどーんと鳴るのを聞きたくない
哀れなやつ、哀れなやつ、お前は一生このまま

いきなり、「母の腕のなかの赤ん坊」から始まるところ、大きな鐘の音が「お前は一生このまま」(You're goin on = ごーん)と聞こえるところなど、ブッカ・ホワイトよりもはるかにイマジネーションに富んだ歌詞である。だからどっちがいいというんではないが(ブッカ・ホワイトのほうが切迫感があるともいえる)。途中、神への祈りだけになってしまうところなど、「ブルースを説教する男」サン・ハウスならではである。

2019年6月11日(火)


悲しい失恋ソングを思い付いたので、とりあえず録音してみた。例によって妄想です。

「なあ、うそだろ?」

なあ、うそだろ
ぼくとわかれるなんて
きみなしでは
いきていけないぼくなのに

ぼくのものだった
やさしいくちびるが
だかのものになる
とてもたえられないのさ

おお・・・

「さらば、タイムパトロール」というショートショートを書き、周囲の評判が良かったことに気をよくして、星新一賞に応募した。応募条件に「未発表原稿」とあるので、ここには載せません。落選したら、載せます。

2019年6月10日(月)

明治学院「アメリカ研究」、前期第九回目。D・W・グリフィス監督の映画『國民の創生』(The Birth of a Nation)(1915年)を見る。天才グリフィスが潤沢な資金を得て、当時の映画のテクニックを総動員して作り上げた一大パノラマであると当時に、白人至上主義団体クー・クラックス・クラン讃美の立場から南北戦争後のアメリカ南部を描いた内容的にはたいへん問題のある作品である。実際、この映画によって、壊滅しかかっていたKKKは息を吹き返した。リュミュエール兄弟による上映(1895年)<YouTube>から、『大列車強盗』(The Great Train Robbery)(1905年)<YouTube>を経て、グリフィスに至る映画の歴史、『國民の創生』の人物関係と前半のストーリー(時間の都合で公判半分しか見られないので)を解説した後、学生には「そもそもメディアとは嘘を吐くものであり、ましてや、グリフィスはメディアの天才である。何が正しくて何が嘘なのか、メディア・リテラシーを鍛えるつもりで見て欲しい」と伝えた。例えば、リンカーン暗殺のような歴史上の出来事をグリフィスは事細かに描く。そのため、他のシーンも史実に基づいているという印象を与える。今回は、そのリンカーン暗殺のシーンから、キャメロン家の末娘フローラが黒人大尉ガスに求婚される直前まで見た。

授業の準備のために、映画の歴史を復習していて、動画を静止画の連続として捉える発想は、エジソン以前にもあったことに思い至った。フェナキストスコープゾエトローブプラキシノスコープといったパラパラ漫画を見せる道具があった。その絵を写真に置き換えたのが、エジソンの「映画」だったのか。歴史的にアニメのほうが先なんだな。

2019年6月9日(日)

久しぶりに、荻窪Bungaの企画「ワイワイコンサート」に、ひらげエレキテルとして参加。演目は「空飛ぶブルース」「パチンコ銀行」「桜の気持ちも知らないで」「きみのしあわせ」「最後の日」。自分の演奏以上に、久しぶりに夫赶寛さんとお会いして、歌を聞き、お話ができたのが、うれしかった。

2019年6月8日(土)


鬼の側から節分を歌った新曲「ぼくは外にいるよ」、ベースやドラムを加えて、改めて完成させました。

「ぼくは外にいるよ」

鬼は外 福は内
鬼は外 福は内

ぼくは外にいるよ
きみがそう言うなら
ぼくは外にいるよ
きみがそう望むなら

独りぼっちは
慣れっこさ
嫌われるのも
いつものことさ
だから僕は外にいるよ
きみがそう望むなら
でも、本当は寂しいんだ

鬼は外 福は内
鬼は外 福は内

ぼくは忘れないよ
声をかけてくれたこと
ぼくは忘れないよ
仲間に入れてくれたこと
鬼ごっこもかくれんぼも
ぼくが鬼でかまわないさ
ねえ、明日も遊ぼう

鬼は外 福は内
鬼は外 福は内

ぼくはここにいるよ
きみのそばにいるよ
ぼくはここにいるよ
すぐそばにいるよ
ぼくお顔はコワいから
きっと何かの役に立つさ
ねえ、ぼくはここにいるよ
ぼくはここにいるよ
きみが望むなら

2019年6月7日(金)

神奈川大、前期第六回目。

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ドクター・ジョンが亡くなる(現地時間6日)という、信じられない(いや、信じたくない)知らせが・・・。最後に素晴らしいサッチモの作品集を出したのが、もう5年前になるのか。ニューオリンズの現在過去未来を詰め込んんだあのアルバムは、ドクター・ジョンの長いキャリアのなかでも、最高の一枚だったと思う。あのときから、ニューオリンズ音楽の殿堂にそろそろ来いよと呼ばれていたのかもしれない。R.I.P.(↑絵は9日に描いたもの)


ドクター・ジョンのセカンド・ライン。こんなに愛されているなら、死というのも悪いものではないかもしれない。泣けてきた・・・

2019年6月6日(木)

首都大、國學院、体調不良のため、休講。

2019年6月5日(水)

日本女子大、前期第七回目。「アカデミック・ライティング」は、前回の課題のチェックと、前期エッセイのテーマ発表。「米大衆文化演習」は、ブルースマンの証言を集めたポール・オリヴァーConversation with the Blues(邦訳は日暮康文訳『ブルースと話し込む』土曜社)から、シェアクロッピング制度の報われなさを示す話を、担当の学生に訳してもらう。ブラインド・アーヴェラ・グレイの証言("I Got Insulted")は、1920年、洪水に見舞われたテキサスの農場を離れ、「稼げる」という白人男性の言葉を信じてウェスト・テキサスへ移り、シェアクロッパーとして働いた。しかし、収穫期が十分あったにも関わらず、親戚を訪ねるのに必要な17ドルすら貰えなかった。「親戚のほうをこちらに来させればいい」と言われ、ウォーキング・ブルースに憑りつかれたグレイは逃げ出した。こうした体験談に続けて、グレイはブルースを歌いだす。

夜も更けてくると でかいこと言いたくなるのさ
夜も更けてくると でかいこと言いたくなる
朝目が覚めたら オレはすっからかん

木の間から輝いて見える月はきれいじゃないか
木の間から輝いて見える月はきれいだよな
オレにはあの娘が見えるが、あの娘にはオレが見えない

さて、天国に行く途中で、椅子に座ってひと休み
天国に行く途中で、椅子に座ってひと休み
哀れなモーゼに頼んだのさ ウォーキング・ブルースを弾いてくれ

天国に行く途中のことさ、神さま、でも気が変わった
天国に行く途中のことさ、神さま、でも気が変わった
オレはここに残るぜ まだまだいい思いができそうだ

2の札を出しなよ、神さま、4と5の札も
2の札を出せってば、神さま、4と5の札も
哀れな男の目から、冷たい水が流れるのを見たぜ

女がその気じゃないときは、すぐわかる
おんながその気じゃないときは、すぐわかるよな
髪を結んで、ベッドがひっくり返してあるから それは
つまり、帽子をとって、さっさと行けってこと
夜明けに雄鶏が泣くのはそのせいさ
愛人の男に、働き者の夫が出かけて行ったって知らせるため

この歌、まだ歌ってるけど、もうそれほど長くは歌えない
この歌、まだ歌ってるけど、それほど長くは歌えない
スーツケースに荷物を詰めて、遠くへ出かけよう


マックスウェル・ストリートで歌を歌うグレイ。

リル・サン・ジャクソンの証言("The Onliest Way")もまた、報われないシェアクロッピングでの労働が、父の世代の人びとが生きていく唯一の道であったことが書かれている。一年が終わると、収穫を地主と小作人で半分ずつ分けるはずなのだが、地主がどんな無茶なことを言おうと、小作人は黙って従うしかない。地主の主張が間違っていても、証拠立てることなどできないから、言われたままの報酬を黙って受け取るしかない・・・と、ここまで話して、ジャクソンはなぜか、「ギャンブラーのブルース」を歌い始める。

オレも昔はギャンブラー ちょっと賭け方まずくしてな
オレも昔はギャンブラー ちょっと賭け方まずくしてな
金が底をつき オレはすっからかん

一文無しになって 項垂れて座っていた
一文無しになって 項垂れて座っていた
朝目が覚めたら ひどいしかめっ面

ギャンブルからは足を洗ったんだ どこぞのジャック・ストロッパーが居場所を奪われるかも
ギャンブルからは足を洗ったんだ どこぞのジャック・ストロッパーに居場所を奪われるかも
かわいい女に殺されることもあるかもしれねえが ギャンブルは身の破滅

ベイビー、約束するよ、もう賭け事はやらない
ベイビー、約束するよ、もう賭け事はやらない
でもギャンブルはどこに行ってもついてくるみたいだ

「ジャック・ストロッパー」という名前は「女を寝とろうとする男」を意味するスラングで、ベッシー・タッカー("Mean Old Jack Stropper Blues")やライトニン・ホプキンス("JackStroppper")のブルースにも登場する。もともとは、「いかさまのために端を切り落としたジャックのカード」を表すギャンブル用語からきているらしい(Stephen Calt, Barrel House Words: Blues Dialect Dictionary)。それにしても、シェアクロッピング制のもとでの屈辱的な扱いについて話した後で、ギャンブラーのブルースとはどういう流れだろう。「ギャンブラーのブルース」は二度録音しているジャクソンの十八番で、単に得意のレパートリーを披露したというだけのことかもしれないが、穿った見方をすれば、シェアクロッピングで働くことも、ギャンブルで財産を失うことも、後に何も残らないという意味では同じだ、ということを暗に示していることにはならないか。このあと、再び話し始めたジャクソンは、父親たちが心の重荷から逃れるために、ブルースを歌っていたと話す。父親、また母親も優れたミュージシャンだったが、演奏していたのは家とその周囲だけだった。彼らの影響を受けてジャクソンも演奏を始めるが、自動車整備工という好きな仕事があったので、音楽で食っていくことは考えもしなかった。

2019年6月4日(火)

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蒔田の喫茶店「わみん」のオープン・マイクに、ひらげエレキテルとして参加して、「空飛ぶブルース」「かわいい子猫ちゃん」の2曲を歌ってきました。演奏は聞き損ねたものの、高尾文さんと数年ぶりに再会。また、ロバート・ジョンソン「俺と悪魔のブルース」を歌い、演奏した臼村さん(うっさん)と知り合えたのも、収穫だった。これからも、体調のいい時には参加したい。

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出待ち中に描いた会場の様子。

2019年6月3日(月)

レオン・レッドボーンが亡くなっていた(現地時間先月30日)。好きでした。

明治学院「アメリカ研究」、前期第八回目。南北戦争後の南部再建期(リコンストラクション)について。ビリー・ホリデイ奇妙な果実」を聞きながら、授業開始。リンチにかけられ、木に吊るされた黒人男性の遺体の写真(1930年)にショックを受けたユダヤ人教師エイベル・ミーアポルが、1937年に書いた詩をもとにしたもので、ビリー・ホリデイは1939年からこの曲をレパートリーにしている。このことは、南北戦争後、70年以上経ってもまだ、アフリカ系市民に対する暴力が絶えなかったことを示している。リンチに参加したもののなかには、リンチで焼き殺された黒人男性の死体の写真を絵葉書にして、「昨日のバーベキューです」という言葉を添えて、母親に送ったものもいたという。どうしてこのようなことが続いたのだろう。奴隷解放によって、アフリカ系アメリカ人は自由になったのではなかったのだろうか。

たしかに、奴隷は解放され、自由になった。そして、そのことは、ある奴隷が証言しているように、どんなに否定的な事実があろうとも、もっとも重要なことだった。しかし、解放された奴隷たちには、財産も、教育も、仕事もなかった。解放前には、侘しいものであっても、家畜同様、衣食住は保障されていた。一方、解放後は何もないなかから、生きていく糧を見つけなければならなかった。それは、いわば「飢える自由」でもあった。解放奴隷には20エーカーの土地とラバ一頭が与えられるという噂があり、それを実現するために奔走したサディアス・スティーヴンスのような人物もいたが、実現しなかった。結局、彼らの多くはシェアクロッピングという一種の小作制に飲みこまれ、奴隷制時代とあまり変わらない生活を続けざるをえなかった。とはいえ、曲がりなりにも奴隷制のない南部を目指したこの時期には、アフリカ系アメリカ人の権利を認める憲法修正条項や公民権法が次々と議会を通過し、アフリカ系の上院議員や州知事も生まれた。クー・クラックス・クランをはじめとする白人至上主義団体がアフリカ系市民に暴力を振るい始めるが、連邦軍が南部に駐留していたこともあって、彼らの動きは最終的には抑え込まれていた。

しかし、こうした南部を改革しようとする再建期の実験は、あるときを境に終わりを告げる。1876年の大統領選挙で共和党はラザフォード・B・ヘイズを、民主党はサミュエル・J・ティルデンを大統領候補に立てて選挙に臨み、開票の結果、(当時は南部の利益を代表する)民主党のティルデンが勝利を収めた。ところが、(当時は北部の利益を代表する)共和党は投票に不正があったと主張し、紛争のすえ、共和党と民主党のあいだで取引が行われ、ヘイズの大統領当選を認める代わりにサウス・カロライナとルイジアナに駐屯していた連邦軍を撤退させた。連邦軍による監視がなくなったことで、いっせいに逆コースを歩みはじめた南部諸州は、ジム・クロウ法と呼ばれる人種差別法によって、アフリカ系市民から選挙権を含むあらゆる権利を奪い、公共の場における人種隔離をすすめた。1890年代には、リンチで殺されるアフリカ系アメリカ人の数がピークに達し、1896年、列車における人種隔離の是非を問うたプレッシー対ファーガソンの裁判で、「隔離すれども平等」であれば人種隔離は合憲であるという判決が下される。もちろん、隔離された「黒人用」の施設は、白人施設と平等ではなかった。

2019年6月2日(日)

ひらげエレキテルとして、日吉NAPに出演。今回のテーマは「My New Song」だったので、新しい曲についての古い歌「New Song」と、ほんとうの新曲「桜の気持ちも知らないで」をやった。その他演目は、「New Song」「桜の気持ちも知らないで」「いつ死んでもいいように」「かわいい子猫ちゃん」「きみのしあわせ」「空飛ぶブルース」「パチンコ銀行」「最後の日」。聞いてくださったみなさん、ありがとうございました。急遽、出演が決まったfruahさんの歌が久々に聞けたのもうれしかった。

2019年6月1日(土)

クララ・ウォード・シンガーズ。すげえ。聞いてたら、調子出てきた。おおー、ジーザス。

ちなみに、映像はアメリカのホームドラマ『メイク・ルーム・フォー・ダディ』(1963年3月25日に放送された第10シーズン、第23話「ルイーズ・トゥ・ザ・レスキュー」)に出演した時のもの。このドラマは、ダニー・トーマス演じるナイトクラブのエンターテイナー=ダニー・ウィリアムズが、仕事と家族(妻マーガレット、11歳の娘テリー、6歳の息子ラスティ)のバランスを取ろうと奮闘する話らしい。途中でマーガレット役のジーン・ヘイガンが辞めたため、設定上、マーガレットは死んだことになって、ダニーはシングル・ファーザーとして孤軍奮闘することになる。そして、次のシーズンからは、何人もの新妻候補とデートを重ね、第4シーズンの終わりで、キャシー・オハラという女性にプロポーズする・・・らしい。ダニ―の職場ナイトクラブのシーンに、多くのミュージシャンやエンターテイナーが出演したことが想像される。残念ながら、クララ・ウォード・シンガーズが出演した回の内容まではわからなかった。

しかし、テレビドラマのなかとは言え、ゴスペル・シンガーがナイトクラブに出演するなんてことが許されたのだろうか。見たところ、上品なクラブのようだが、お酒を飲んで世俗の楽しみに身を委ねる場所であることに変わりはない。ゴスペルの歴史におけるクララ・ウォードの位置づけというのも気になる。

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