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2018年9月20日(木)

昨日、ライブの後、「ライオン」に寄ったところ、聞きたい音楽がないかリクエストを求められたので(アップル・ミュージックやYouTubeで探してかけてくれる)、牧伸二の「ナベヨコソウル」とか、トイズの「お宮さん」とか、かなり無理な注文をした。この2曲は見つからなかったのだが、目下、日本語でカヴァーしようと奮闘中のソウル名曲「アイドゥ・ラザー・ゴー・ブラインド」(クラレンス・カーターか、もしくはエッタ・ジェイムズ)をお願いしたところ、YouTubeで、エッタ・ジェイムズの1975年、モントルーで・ライブというすごいのが出てきて、ひっくり返った。

これから歌ってみようというぼくの気持ちを萎えさせる熱演だが、かないっこないとわかっていても、やってしまうのが若いころからの悪癖である。かえって、ファイティング・スピリットを掻き立てられ、「オレの目を潰してくれ」というタイトルで、日本語カヴァー・ヴァージョンを完成させた。なかなか切ない感じに仕上がったと思う。

胸の奥で 声がする
あのこのことは 泣いて忘れろ
お前の負けさ あきらめろ
もう、すべておわったんだ

この目を 俺の目をつぶしてくれ
お前が行くのを見たくない
俺を捨てていくのなら
この目をつぶしていってくれ
お前を忘れられない
忘れない 忘れたくない

しゃがんで ここにしゃがんで 思い出してた
甘い、甘いキス 抱きしめてくれたこと
鏡のなかの自分を見て 気がついた
何だ、俺、泣いてるんじゃないか

ベイビーベイビー この目をつぶしてくれ
お前が行くのを見たくない
この目を オレの目を つぶしてくれ
お前が行くのを見たくない
お前がいない世界なら 
めくらになって めくらになってしまいたい


 

ちなみに、ぼくがお手本にしたのは、エッタではなく、クラレンス・カーターのオリジナル・ヴァージョン。盲目のカーターが、「めくらになってしまいたい」と歌う姿に、言葉を失う。他に、ロッド・スチュワートフェイシズ)なんかもカヴァーしている。

※原曲もそうですが、ぼくの訳詞にしても、全盲の人たちからしたら、不愉快かもしれない。「めくら」なんて「差別語」を使っているし。ただ、恋人が去るのを見るくらいなら、目が見えなくなってしまいたい、という表現には、目が見えるぼくにとっては、他では表現できない切実さがある。それは全盲の人たちの苦しみとは、必ずしも関係ない。だからこそ、「全盲になってしまいたい」ではなく、「めくらになってしまいたい」という言葉を選んだのだと思う。さて、 全盲の人が同じような気持ちになったときには、どんな表現をするんだろう。そう考えると、オリジナルのクラレンス・カーターが全盲というのは、興味深いものがある。

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