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2018年3月31日(土)

昨日つくったアクション・ペインティング用の音楽「飛ぶぞ」、ロング・バージョンを作ってみた。

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今日のお絵描き。マイケル・ジャクソン、かなり香取慎吾寄り。

立川談志の「死神」を聞いた。「死神」は、明治時代の噺家・三遊亭圓朝グリム童話死神の名付け親」(日本語訳)、もしくはイタリア歌劇『クリスピーノと代母』を翻案した演目で、近年では六代目三遊亭圓生の名演で知られる。ぼくが「死神」を初めて聞いたのも、「落語特選会」で放送された圓生の高座で、鬼気迫るラストにしばらく頭がぼーっとしたのを覚えている。近年の噺家は、圓生の語りを意識しながらも、それぞれに工夫を重ねている。ネタばらしになるので、詳しくは書かないが、柳家小三治ハッピーエンドの「死神」を演じた。談志は一瞬、小三治の路線に乗るかと思わせおいて、瞬時にしてそれをひっくり返す。一瞬、希望が見えただけに、あとに残された闇は、さらに深い。加えて、死神のキャラ。圓生、小三治は、腰の曲がった陰気な老人というパブリック・イメージに沿った描き方をしてるが、談志の「死神」は壮年で、酒好き。「嘘がつけないから、死神になれた」などと、核心を突くようなことをいう。ぼくのなかで、擬人化されたブルースは、圓生の「死神」のイメージだったのだが、談志の「死神」のほうが、より近いかもしれない。

2018年3月30日(金)

ヘルプマークを手に入れた。ヘルプマークとは、パーキンソン病のような内部疾患や、精神障害、知的障害、義足をしている人、、妊娠初期の人など、外見ではわかりにくいハンデを抱えた人が、援助を必要としていることを示すために、東京都によって作成されたマークである。現在では、全国への普及が図られ、神奈川県でも区役所などで入手することができる。しかし、知名度はまだまだ低い。もう少し広まって欲しい。

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ヘルプマーク(左)。ひらげの愛器ボ・ディドリー・モデルと瓜二つ。

区役所でヘルプマークを入手したその足で、星川の調剤薬局に行き、眼鏡の上からかけられる老眼鏡ハズキルーペを買い求めた。昨日、『アゲイン』の店長が使っているものをかけさせてもらって、あまりによく見えることに驚き、さっそく手に入れることにしたのだ。行ってみると、明日までセール中で2割引き。こいつは春から縁起がいい。

いつもお世話になっているオレオさんから、アクション・ペインティングのBGMを作ってみないかと言われ、おっかなびっくりやってみた。オリジナルのブルース「空飛ぶブルース」を下敷きに、とりあえずは、短めのサンプルを作ってみた。

2018年3月29日(木)

レ、レ、例のおじさん。

ふざけた曲調が続いたので、次はストレートなラブソングをつくろうと思う。まだ、サビだけだが、こんな調子で →「銀色の風」

銀色の風にのって
きみに会いに来たんだよ
銀色の風にのって
きみをさらいに来たんだよ

2018年3月28日(木)

ぼくのなかで、擬人化されたブルースは、圓生の「死神」のイメージだ。憂鬱をもって憂鬱を乗り越えるブルースと同じように、死神は死をもって死を乗り越える術を教えてくれる。味方なのか、敵なのか、本当のところは、よくわからない。ただ、確かなのは、それが生きることの裏側に剥がれ難く張り付いていることだ。

オリジナル曲「空飛ぶブルース」も、そんなことを考えながらつくった。十字路にいるのは、神なのか、悪魔なのか・・・いや、それは両面価値的なトリックスター=パパ・レグバに違いない。いつかそいつが、俺のところにもやってくる。

2018年3月27日(火)

ボイトレ。母音でピッチが下がる傾向にある。母音はむしろ、あげるような気持ちで。


新曲「おあいにくさま」、完成。最近、女性目線で歌う若い男性シンガーに何人かあったので、ぼくもやってみた。もっとも、きょうび、「おあいにくさま」なんて言葉を使う女性をほとんど見ないが。

どうしてピーナッツだけ
残して柿ピー食べるの?
残したピーナッツだけ
食べる人がいるの?
私はそうじゃないからね
おあいにくさま

どうして平気な顔で
柿の種床に落とすの
せめて拾えばいいのに
ひたすら食べ続けるの
私は拾ってあげないよ
おあいにくさま

あなたが残したピーナッツ
指先で転がしながら
あなたの食べてる柿の種
欲しい気もするけど
私は欲しいとはいわないよ
おあいにくさま

ニューディール政策について、勉強し直そうと思う。まずは、

2018年3月25日(日)

オリジナル曲の録音をいくつか、ブラッシュアップした。「行こうよ」「New Song」のヴォーカルを録り直し、だいぶ聞きやすくなった。この2曲に、「ジャズを知ってるかい「海」「空飛ぶブルース」を加えた5曲は、MIDIトラックを音声トラックに落とし、軽量化をはかった。Pro Toolsについている簡単なマスタリング・ソフトで、音像に広がりと重量感を出してみる。例によってやりすぎて、一度自分を見失うが、何とか戻ってきた。皆さんぜひ聞いて、ご意見をお聞かせください。

2018年3月24日(土)

どんな「勝ち組」も、必ず最後は死の前に屈服する。勝ち取ったはずのものをすべて奪われ、消えていく。人生を勝ち負けで考えても、意味がない・・・と、このごろ思う。

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今日のお絵描き。ダリってりだり?

2018年2月23日(金)

荻窪Live Bar Bungaに、ひらげエレキテルとして出演して、6曲歌ってきました。演目は、「New Song」「春だというのに」「かわいい子猫ちゃなん」「行こうよ」「海」「最後の日」。聞いてくださった皆さん、ありがとうございました。今日の共演者は、ルーツ・ミュージックを踏まえながら、独自の表現を展開する実力者ばかり。基本的に「インチキ」なひらげは、タジタジ。感服しました。

2018年3月22日(木)

アナグラム。「誰もいない海」と「乱れもいいナウ」

江古田マーキーに、ひらげエレキテルとして出演して、6曲歌ってきました。演目は、「New Song」「春だというのに」「かわいい子猫ちゃん」「行こうよ」「海」「最後の日」。聞いてくださったみなさん、ありがとうございました。共演は、年末、マーキー主催のフォーク・ジャンボリーでご一緒した柳賢さんと、MAGIC PUMPKIN。斜に構えながら、無骨なメッセージを投げかける柳さん、長渕スタイルの力強い歌で聞くものを圧倒する父子二人組=MAGIC PUMPKIN、どちらも素晴らしかった。合間に店長のありのぶさんとフォーク談義。シールズ&クロフツからはじまって、ジョニ・ミッチェルの紙ジャケボックスがお徳であること、ピーター・ポール&マリーに関するあれこれ、二人ともカッパ・ブックスから出ていた新書版の『アコースティック・ギター入門』を愛読していたことなど。


2018年3月21日(水)

季節外れの雪。

日本人はなぜ戦争へと向かったのか メディアと民衆・指導者編』(NHKスペシャル取材班編著、新潮文庫、2015)を読み終わった。

2018年3月20日(火)

えっ。新宿かと思ったら、珍獣区!?

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今日のお絵描き。エスペランザ・スポルディング

タイトルを変えたり、歌詞を失くしたりと試行錯誤してきた新曲「生活」、三たび変えた主旋律をピアニカで弾くことで、インストとして一応の完成を見た。もちろん、個人的には、オーガスタス・パブロに捧げる音楽のつもりである。

2018年3月19日(月)

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今日のお絵描き。志村喬

弁天と俺」のヴォーカルを録りなおした。

ポール・ウォーキング用のストックを買った。ポール・ウォーキングとは、スキーのストックのような器具で身体を支えながら、歩くスポーツの一種で、同種のスポーツに、ノルディック・ウォーキングがある。ノルディック・ウォーキングが体をねじって歩き(そのため、ストック先端のゴムの形状は斜め)、高い運動能力が要求されるのに対し、ポール・ウォーキングはごく普通の歩き方なので、初心者向きと言える・・・というようなことは、日本大通の石井スポーツさんで話を伺って初めて知ったのだが、ぼくの場合、パーキンソン病の歩行補助とリハビリのために買うので、後者を選んだ。早速使って歩いてみたが、この上なく楽だ。その上、腹筋背筋など上半身の筋肉を鍛えることにもなる。これから、外出にはこれが手放せない。

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「ショッカー戦闘員の生活」という変なタイトルにした曲は、タイトルを「生活」に戻し、ピアニカを入れてインストにしてみた。

2018年3月18日(日)

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今日のお絵描き。月とストーンヘンジ


ちょっとした悪ふざけですが、一曲できました。新曲「ゴミの日」。

月曜日は、燃えるゴミの日
火曜日は、燃えないゴミの日
水曜日は、あえて燃やさないゴミの日
月曜日は、ゴミを燃やし
火曜日は、ゴミを埋め立て
水曜日は、あえて燃やさないゴミの日
燃やさないと決めた以上
それはもう、ゴミではない

木曜日は、資源ごみの日
金曜日は、ビン・カン・ペットボトルの日
土曜日は、燃やししつくすごみの日
木曜日は、ゴミを仕分け
金曜日は、ゴミを並べ
土曜日は、燃やし尽くすゴミの日
燃やすと決めた以上
徹底的に燃やす 灰になるまで

日曜日はのんびり・・・そして再び

月曜日は、燃えるゴミの日
火曜日は、燃えないゴミの日
水曜日は、あえて燃やさないゴミの日
月曜日は、ゴミを燃やし
火曜日は、ゴミを埋め立て
水曜日は、あえて燃やさないゴミの日
燃やさない 燃やさない
燃やさない 燃やさない

久しぶりのチキリハ(チキリカ・リハーサル)。新曲「ハランゴマ」「風の子」に取り組む一方、5月3日(祝)荻窪Bungaに決定した次のライブに向けて、「パームワイン」「花と風」「カゴメカゴメカゴメ」を練習。個人的には、ベリメリで習った奥歯をつけず、口のなかに空間をつくって、響きを大切にする歌い方を応用してみた。新曲「ハランゴマ」は、次のような自作詩の朗読を入れることにした。

ハランゴマ ハランゴマ・レキトゥ よく聞け

お前は明日、石を持って生まれるだろう
その石で世界を覆う瓢箪にヒビを入れ
ヒビから逃げ出した音を捕えて
3つの太鼓を作るだろう
太鼓に言葉を与えて、リズムに変えるだろう

ダンドドゥン ダドッダドゥン
タカラタカラタダ カランカカ ドゥン

言葉が意味を失い、
リズムになって世界へくり出す
悲しみと笑い 怒りと優しさを巻き込みながら

ハランゴマ ハランゴマ・レキトゥ
世界はお前のものだ なぜなら
お前が世界に生まれるのではなく
世界がお前のなかに生まれるからだ
ハランゴマ・レキトゥ
明日がその日だ よく眠れ

2018年3月17日(土)

わかってくれとは岩魚いが♪

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今日のお絵描き。月と夜景。


先日から試行錯誤中の新曲「生活」を、「ショッカー戦闘員の生活」として作り直してみた。歌詞はまだない。

2018年3月16日(金)

ひらげエレキテルとして、日吉NAPに出演してきました。足をお運びくださった皆さん、聞いてくださったみなさん、ありがとうございました。演目は、「New Song」「海」「行こうよ」「かわいい子猫ちゃん」「まあるいお月さま」「ラーメンブギ」「煙草屋のお嬢さん」「最後の日」。この日の企画タイトルは、「New Song Festa」。最近は、「New Song」という曲でライブを始めることの多いぼくにピッタリの企画で、必ず、新曲をやることになっていた。NAPでやったことのない曲ならよかったのだが、そこは、男エレキテル、形だけの新曲では潔しとせず、ホンモノの新曲「海」を披露。まだまだ、開発中の「官能的」な新曲でしたが、いかがでしたでしょうか。共演者には刺激を受けました。友川かずき三上寛よろしく、どろどろしたものを激しい言葉にしてぶちまけるような藤原歩さんの歌は、投げやりなポーズと相まって、本当にかっこいい。高速ストロークからくり出されるビートにのって、はじき出されるあおいあおさんの言葉も負けず劣らず、強いインパクトを持っていた。

ひらげエレキテル、次回のライブは、3月22日(木)江古田マーキーです。翌23日(金)には、荻窪Bungaにも出演します。日吉NAPでのライブは、4月15日(日)になります。お時間の合います方は、ぜひお越しください。

2018年3月15日(木)

CPAP(睡眠時無呼吸症の治療装置)が届いた。装着して空気が鼻に送りこまれたときの違和感は何とも言えないものがあったが、試しにそのまま少し寝てみたら、慣れてきたのかそうでもなくなった。

2018年3月14日(水)

アナグラム・ブルース。「ハウリン・ウルフ(はうりんうるふ)」と、「風鈴は売る(ふうりんはうる)」

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今日のお絵描き①。ベニスの夕暮れ。珍しく風景画に挑戦。

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今日のお絵描き②。マイルス・デイヴィス

「ひらげエレキテルの今夜はビリビリナイト Vol.3」@西荻窪Zizi Annabelle。私ひらげエレキテルが個性豊かな出演者をラジオDJ風の語りでまわし、最後は自分も歌うというこの企画。まだまだお客さんは集まらないものの、毎回、充実した出演者を揃え、楽しくてためになる内容になっていると自負している。今回は、Vol.1・Vol.2のダイジェスト的な人選。アカペラでオリジナル曲を歌うすーじーさんを筆頭に、弾き語りのたかみや"dragon”りゅうすけさん、歌と作曲講座の太田真人さん、マイムのくわはらみちこさん、朗読の青山オレオさん、チャランゴ/ハーディ・ガーディの鈴木龍さんという豪華なラインナップ。最後に登場したひらげエレキテルは、太田さんとのデュエットで「煙草屋のお嬢さん」、鈴木龍さんにチャランゴで参加してもらって、「ピーチ・ジョン」を歌った。「ピーチ・ジョン」は作った時から、龍さんにぜひチャランゴを弾いて欲しいと思っていた曲なので、感慨もひとしお。すべての出演者のパフォーマンスをビデオに収録したので、来なかった人が後悔するであろうイベントの全貌が、後日明らかに!

ボブ・ディラン、ノーベル賞受賞講演の日本語訳続き。影響を受けた文学作品を三つあげ、まずはそのうちメルヴィルの『白鯨』について語る部分。原文はこちら。間違いがあったら、ご指摘ください。

しかし、私は別のものも持っていました。私は原理原則や感受性、知識に基づいた世界に対する見方も持っていました。そうしたものを手にしてから、しばらくたっていました。それらはすべて学校から学んだものです。『ドン・キホーテ』『アイヴァンホー』『ロビンソン・クルーソー『ガリヴァー旅行記』『二都物語』、その他すべて ― 人生の見方、人間の本性に対する理解や、物事を測る基準を提供してくれる、典型的な小学校の読み物です。詩を作りはじめたとき、それらがすべて私の手元にありました。それらの本から借りたテーマが、自覚的にせよ、意図せずにせよ、多くの歌を書く道を開いたのです。私は今までに誰かが聞いたことのある何かとは違うものを書きたいと思っていましたが、これらのテーマはその基本となるものでした。

小学校のころに読んだものまでさかのぼって、今までに読んだ本でとくに私に衝撃を受けた本を、三冊、あげておきたいと思います。『白鯨』『西部戦線異状なし』『オデュセイア』です。

『白鯨』は魅力的な本です。ドラマティックな見せ場と、ドラマティックな会話にあふれています。この本を読むには、いくつかのことを知っておく必要があります。話の筋は単純なものです。神秘的な船長エイハブ船長 ― ビクォード号と呼ばれる船の船長 ― は、彼の足を奪った宿命の敵、巨大な白鯨モビー・ディックを、義足で追う自己中心的な人物です。エイハブは白鯨を追って、大西洋から喜望峰を回ってインド洋までやってきます。彼は鯨を地球の裏側まで追っていきます。彼はモビーを「皇帝」と呼び、邪悪さの化身と見なしています。エイハブはナンタケットに残した妻子にときどき思いを馳せます。何が起こるか、わくわくしてくるでしょう。

船の乗組員は様々な人種の男たちで構成されています。鯨を見つけたものには誰であれ、褒賞として金貨が与えられます。たくさんの占星術のシンボルや、宗教的な寓話、ステレオタイプが見られます。エイハブは他の捕鯨船と遭遇し、船長からモビーについて詳しい情報を聞き出そうとする。やつを見たか?ある船に、ガブリエルという狂った予言者がいて、エイハブの運命を予言します。曰く、モビーはシェイカー教徒の神の生まれ変わりであり、何であれ手出しをすることは、破滅につながる。別の船の船長 ― ブーマー船長 ― 彼はモビーのせいで腕を失いました。しかし、彼はそれに耐え、生き残ったことで満足しています。彼はエイハブの復讐心を受け入れることができません。

この本は、同じ体験に対して、人がそれぞれどれだけ違う反応をするかということを教えてくれます。旧約聖書の宗教的寓話からも多く引用されています:ガブリエル、ラケル、ヤロブアム、ビルダー、エリヤ。異教徒の名前も数多く登場します。タシテゴ、フラスク、ダッグー、フリース、スターバック、スタッブ、マーサズ・ヴィニヤード。異教徒は偶像崇拝者です。小さな楼の像を崇拝するものいれば、木像を崇拝するものもいます。火を崇拝するものもいます。ピクォードはインディアンの部族の名前です。

『白鯨』は、船乗りの物語です。船員の一人である語り手が言います。「イシュメルと呼んでくれ」誰かが出身を聞くと、「どんな地図にものっていないのさ。本当の場所は地図にのらないのさ」と言います。スタッブは何ものにも深い意味を見出せず、「すべてのことは想定の範囲内だ」と言います。イシュメルは一生のほとんどを航海する船の上ですごしている。航海中の船を彼のハーバード大やイエール大と呼んでいます。彼は他の人から距離を置いています。

台風がピクォード号を直撃しました。エイハブ船長はそれを吉兆ととらえます。スターバックはそれを凶兆と考え、エイハブを殺すことを考えます。嵐が終わるとすぐに、ある乗組員がマストから落ちて、溺れてしまいます。これから起こることを暗示しているかのように。クウェーカー教徒で平和主義者の牧師(実際は血に飢えたビジネスマンなのですが)が、フラスクに言います。「傷を負ったもののなかには神のもとに行くものもあるが、そうでないものは苦渋を舐めるであろう」

すべてのことがごっちゃになっています。あらゆる神話:ユダヤ・キリスト教の聖書、ヒンドゥー教の神話、イギリスの伝説、聖ジョルジュ、ペルセウス、ヘラクレス ― 彼らはすべて捕鯨船の船員なのです。ギリシャ神話、鯨を解体するという輝かしい仕事。多くの事実がこの本には書かれています。地理上の知識。鯨油 ― 王の戴冠式にふさわしい。捕鯨産業における高貴な家族。鯨油は王を清めるのに使われます。鯨の歴史、骨相学、古典哲学、疑似科学理論、差別の正当化 ― あらゆることが投げ込まれ、ほとんど合理的なつながりはないほどです。教養のあるもの、ないもの、幻想を追うもの、死を追うもの、巨大な白鯨、ホッキョクグマのように白く、白人のように白く、皇帝であり、宿命の敵であり、邪悪なものの化身。数年前、モビーをナイフで攻撃しようとして、実際には足を失った頑固な船長。

私たちはものごとの表面しか見えません。裏になるがあるかは、好きなように解釈することができます、乗組員たちは人魚の声を聞こうと甲板を歩き回り、サメやハゲタカが船を追っています。本を読むように、頭蓋骨や顔を読むことができます。ここに顔がある。お前の前にそれを置くから、読めるものなら読んでみろ、というわけです。

タシテゴは、自分は一度死んで生まれ変わったのだと言います。残りの人生は、贈り物だと。彼はキリストに救われたのではありません。彼はその点に関して、仲間である、非キリスト教徒に救われたのです。彼はキリストの復活をパロディ化しています。

スターバックがエイハブに「過去のことは去のままにしておけ」と言われて起こった船長はこう言い返します。「私に罰当たりに言葉を聞かせるな。私を侮辱するなら、お天道だろうと容赦はしないぞ」エイハブはまた、雄弁な詩人でもあるのです。彼はこう言います。私の揺るがぬ目的へ続く道は、鉄製のレールが敷かれており、私の魂はその上を走っている」あるいは、こうした言葉。「目に見えるモノはすべて、厚紙でできた仮面にすぎない」これ以上はないほどの、引用したくなる詩的なフレーズです。

ついに、エイハブはモビーを見つけ、銛が放たれます。ボートが降ろされます。エイハブの銛は血の洗礼を受けてきました。モビーはエイハブのボートを攻撃し、破壊します。次の日、彼は再びモビーを見つけます。モビーは再び、エイハブのボートを攻撃します。三日目、他のボートが乗り込んでいくと、ここでも宗教的な寓話です。彼は立ち上がっています。モビーはもう一度攻撃し、ピクォード号に激突し、沈めてしまいます。ヘイハブは銛の紐に絡まって、ボートから投げ出され、海の藻屑と消えてしまいます。

イシュメルは生き延びました。彼は棺桶に乗って海を漂っていました。と、まあこんな話です。この小説のテーマと、それが暗示するものが、完成への道を開いてくれた私の歌は一つや二つではありません。

2018年3月13日(月)

先日の検査入院の結果が出て、やはり睡眠時無呼吸症との診断。無呼吸の度合いはそれほど強くないものの、回数が多いので、やはりCPAP(Continuous Positive Airway Pressure:睡眠時無呼吸症候群の治療器で、鼻にマスクを装着し、空気を送り込んで、気道を押し広げてのどの塞がりを防ぎ、睡眠時無呼吸を予防する)。一週間以内に業者から連絡があり、スキャットのような名前の機械(シーパップ)との生活が始まることになる。


どことなく、フォルクローレっぽいような、そうでもないような、つかみどころのない曲ができた。これにまたつかみどころのない歌詞をつけて、新曲「生活」にしてみた。ミュージカル『その日暮らしの恋多き男』挿入歌(嘘)。

雨の日は雨なりに
風の日は風なりに
晴れた日は洗濯物干して
その日を暮らそう

いつの間にか恋をして
胸の痛みに気がついて
もう恋なんかしないと誓うけど
また春は巡る

夢があれば夢を追い
自由を求めて駆けまわり
友があれば酒を飲み
言葉があれば語り合う
今日もまた日が暮れる

2018年3月12日(月)

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今日のお絵描き。ビル・エヴァンス。はい、似ていません。でも、目の奥に宿る狂気を描きたかった。



来年度の授業で使追うと思っている、ボブ・ディランのノーベル文学賞記念講演、日本語に訳しはじめた。まずは、バディ・ホリーへの憧れと、フォークソングとの出会いを描いた最初のセクション。原文はこちら。間違っているところがあったら、ご指摘ください。

最初にこのノーベル文学賞の知らせを受けてから、私は自分の歌が文学に一体何の関係があるんだろうと考えるようになりました。私はそのことをよく考えて、つながりがどこにあるのか見出したかったのです。これからなんとかそれを皆さんに伝わるよう説明したいと思います。回りくどい話ばかりになると思いますが、私の話を聞いてよかった、ためになったと思っていただければ幸いです。



原点に立ち返るなら、まずバディ・ホリーから始めなければなりません。バディが死んだのは、私が18歳、彼が22歳の時のことでした。最初に彼を聞いた時から、私は彼が仲間であり、自分と無関係ではない、兄のような存在であると感じていました。バディは私が好きな音楽を演奏していました。私が成長の基盤とした音楽です。カントリー・ウェスタン、ロックンロールと、リズム&ブルース。3つの音楽の流れは絡み合って、一つのジャンル、一つのブランドに溶け込んでいきました。そして、バディ・ホリーは歌 ― 美しいメロディと想像力を掻き立てる歌詞を持った歌を書きました。彼はお手本でした。私がなりたくてなれないすべてのものでした。私は一度しか彼を見たことがありません。それは彼が亡くなる数日前のことでした。彼が演奏するのを見るために、100マイルも旅しなければなりませんでしたが、それでも私はがっかりすることはありませんでした。

   彼はパワフルで、しびれるようで、場を支配する存在感を持っていました。私は6フィートしか離れていないところにいました。目が眩むようでした。私は彼の顔、両手、足を踏み鳴らす様子、彼の大きな黒縁眼鏡、眼鏡の奥の目、ギターを抱えた様子、立ち方、いかしたスーツを見ました。彼にまつわるすべてのことを。彼は22歳より年を取っているように見えました。彼にまつわることすべてが、終わることがないように思え、彼は私を確信で満たしました。それから、出しぬけに、この上もなく奇妙なことが起こったのです。彼はまっすぐ私の目を見据え、何かを伝えてきました。私にはわからない何かを。寒気がしたほどでした。

  それは彼の乗った飛行機が墜落する一日か二日前のことだったと思います。そして、だれか ― 私がそれまでに会ったことのないだれか ― が、「コットンフィールズ」の入ったレッドベリーのレコードを私に手渡したのです。そのレコードがその時その場で、私の人生を変えることになりました。今まで知らない世界へと私を移送したのでした。それは爆発が起きたかのようでした。暗闇を歩いていたのに、その暗闇が突然照らし出されたかのようでした。誰かが私の上に手を置いたかのようでした。そのレコードを100回も聞かずにはいられませんでした。



レコードは見たことのないレーベルのものでした。中に入っていた小冊子には、レーベルの他のアーティススト ― サニー・テリーブラウニー・マギーニュー・ロスト・シティ・ランブラーズジーン・リッチー、ストリング・バンドの広告ものっていました。彼らのことはだれ一人聞いたこともありませんでした。私はそのすべてを知りたい、そうした種類の音楽を演奏したいと思いました。私は私が共に成長してきた音楽に対する思いは持ち続けていましたが、そのときはそのことは忘れていました。考えもしなかった。しばらくの間、それは遠い過去のことになっていました。







まだ、家を出てはいませんでした。私はこの種の音楽を学びたいと思い、演奏している人々に会いました。結局、家を出て、そうした歌の演奏を学ぶことになりました。それはずっと私が聞いてきたラジオから流れる音楽とは違っていました。それは生々しく、生活に根差していました。ラジオの歌では、パフォーマーはサイコロを転がしたり、手札をそろえたりして、ヒットを飛ばすのですが、そうしたことはフォークの世界では問題になりませんでした。すべてがヒットでした。しなければならないのは、ちゃんとした歌詞を書き、メロディを演奏することができるようになることだけでした。中には簡単な歌もありましたが、そうでないものもありました。私は古いバラッドやカントリー・ブルースに対する生まれながらの感覚を持っていましたが、それ以外のすべてを最初から勉強しなければなりませんでした。部屋や街角で、ときには4、5人にも満たない少人数の人たちのために演奏しました。広いレパートリーを持ち、いつどの曲を演奏すべきなのか判断できなければなりませんでした。打ち解けた感じの歌もあれば、聞いてもらうには叫ばなければならない歌もありました。

初期のフォークのアーティストを聞き、自分でも歌ってみることによって、土地に根差した文化(ヴァナキュラー)を取り上げることになり、それを内面化するようになります。ラグタイム・ブルースやワーク・ソング、ジョージアのシー・シャンティ、アパラチアのバラッドやカウボーイ・ソングのなかに、土地に根差した文化を歌いこむようになります。細かい点を聞き分けられるようになり、詳しい内容も学んでいきます。

何について歌っているのか、わかるようになるのです。拳銃を抜き、またそれをポケットに戻す。往来を駆け抜け、暗闇のなかで語っている。それから、スタッガ・リーが悪党で、フランキーがかわいい女の子であることがわかります。また、ワシントンがブルジョワの町であることが明らかになったり、預言者ヨハネの深い響きの声が聞こえたりもします。あるいは、タイタニック号が沼地に沈んでいくのが見えます、荒くれもののアイルランドの放浪者や、荒々しい植民地の少年と友だちになります。ミュートされたドラムと低い音で演奏されるファイフ(笛)の音が聞こえます。女好きのドナルド卿が妻をナイフで刺し、同志の多くが白いリネンでくるまれるのが見えます。



わたしはこうした土地に根差した文化を受け継ぎました。私はそのレトリックを知っていました。何一つ聞き逃すことはありませんでした、修辞的技巧、技術、秘儀、奥義 ― 私はそれがたどってきた見捨てられた道をすべて知っていました。わたしはそれをすべてつなげ、その日の流れにそって動かすことができました。私が自分の歌を書き始めたとき、フォークの言葉だけが私の知っているヴォキャブラリーだったので、私はそれを使ったのです。

2018年3月11日(日)

震災から7年。まだ何も終わっていないのだなあ。

2018年3月10日(土)

新曲「海」、完成。乏しい経験のなかから、このような官能的な曲をつくる自分の才能に酔いしれています。

きみのからだはうみのようで
ぼくはおぼれていきもできない
なみをたてないように しずかにしずんでく

きみのことばはつめのようで
ぼくのこころをそっとつまむ
きずをつけないように きっとだいじにするからさ

きみのこころはかぜのようで
ぼくのみみもとでふとひきかえす
ふねはかぜをまちわびて みなとでまっている

2018年3月9日(金)

新曲「弁天と俺」、完成。

井の頭公園の池で トレビの泉よろしく
願をかけてコインを投げてみた
すると年増の弁天さんが現れて
ここでは優しさは売っていないという
それはわかってます そもそもどこで
駅の売店?コンビニで?あるいは他のどこかで?
それは手に入るというのですか?

手に入るところでは手に入ります
そういうと弁天は池のなかに消えようとした
アー逃げる気かよ 結局何一つ願い叶えてくれてないじゃないかよ
これだから俺は神とか仏とかいうのは信じないんだよ
どこだよ どこで手に入るってんだよ
弁天は俺の手を振りほどいて言った 「あんたの心のなかに」

俺は胸に右手を当てて 弁天の言葉の意味を深く考えた
あわよくば逃げようとする弁天を左手でつかみながら
ふと見るといつの間にか年増のくせに弁天は
真っ赤なルージュをひいていて
とにかくそれで俺は理解したのさ
優しさがそこで売られていないってことを

自分をつかまえた俺の手を握り返しぶらぶらさせながら
酒焼けした声で弁天が上目遣いに甘えるのを見て
ぞっとしたような気もするし、しなかったような気もする とにかく
年の差なんてものはその気になれば簡単に乗り越えられるもので
俺はそいつが何千年も前に生まれた伝説だということも忘れ
井之頭池に引きずり込まれていった
そして思ったんだ 神も仏も信じないのに
何で願をかけようなんて思ったのかと

2018年3月8日(木)

鼻サック~娘たちは~♪

2018年3月6日(火)

君だけ2~♪

2018年3月5日(月)

真っ白な納豆生地を 眺めては飽きもせず♪


今日の新曲。60年代のヒッピー・バンド風の曲「今夜は眠れない」。

またここにやってきた 同じ場所に
忘れたと思っても
いつの間にかここにいる
同じ場所で 同じ問いをくり返す
あー今夜は眠れない

残飯をあさるのに飽きた 野良犬が
遠吠えをくり返す
でも、どんなに吠えたって
今さらオオカミに戻れやしない
あー今夜は眠れない

トレビの泉よろしく石を投げてみた
すると弁天様が現れて 優しさは売られていないという
じゃあ、どこで?答えは風邪のなか
あー今夜は眠れない

またここにやってきた 同じ匂い
忘れようと思っても 忘れられない
同じ場所で 同じ問いをくり返す
あー今夜は眠れない

2018年3月4日(日)

だれかのために、といっている時点で、負けはきまっている。闘いは常に自分のためのものだ。そして、闘っている相手も自分だ。うーん、マンダム。

2018年3月3日(土)

宵越しの銭は、もったいない。


1900年ごろ、ニューオリンズで誕生したばかりのジャズを体験した男が、田舎に帰ってその体験を自慢げに語るという設定の新曲「ジャズを知ってるかい」を完成させた。

ジャズを知ってるかい
ニューオリンズのステキな音楽さ
ジャスを知ってるかい
港町のいかれた音楽さ
ほら、こんな調子で

さあ、歌おう、声を震わせて

ジャズを知ってるかい
ニューオリンズのステキな音楽さ
ジャスを知ってるかい
港町のいかれた音楽さ
ジャズを知ってるかい
ニューオリンズじゃ、みんな、朝まで踊る

さあ、踊ろう、リズムに合わせて


2018年3月2日(金)

OGSアコナイト@新大久保Club Voiceに、ひらげエレキテル+太田真人(マゾイステック・ビリビリ・バンド)として出演して、3曲か歌ってきました。演目は、「煙草屋のお嬢さん」、(太田さんとの共作)「お化粧」、「かわいい子猫ちゃん」。後半のセッションでは、呼ばれてないのにしゃしゃり出て、ロックンロールの名曲などを熱唱。そのまま、打ち上げに突入。初参加ののぐちゃんが持ってきた歌本を囲んで、お酒を片手に、懐かしのフォーク~ニューミュージックを歌いまわした。

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