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2017年12月31日(日)

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大晦日のお絵描き。フェルメール真珠の耳飾りの少女」。

2017年12月30日(土)

たぶん、今年最後の新曲。「さあ、でかけよう」

そして、ひらげエレキテル、今年最後のステージは、江古田フォークジャンボリー@江古田マーキー。個性の点でも、実力の点でも、インパクト絶大な出演者に紛れて、3曲歌ってきました。演目は、「焼酎」「かわいい子猫ちゃん」「煙草屋のお嬢さん」。暖かく聞いていただき、盛り上がってくださったみなさん、ありがとうございました!来年以降も歌い続ける勇気と希望をいただきました!よいお年をお迎えください!

2017年12月29日(金)

ミシシッピのブルースが、北部の都市に移って、エレクトリックなものに進化した。これを「進化後(シカゴ)ブルース」という(半分ウソ)。

2017年のライブ活動についてまとめてみました。途中、結膜炎で出演をキャンセルすることが何度かあったにもかかわらず、明日のフォークジャンボリーを入れると、48回。1か月に4回のペースでステージに立っていたことになります。何モノなんだオレは。ともかく、来年も歌い続けますので、よろしくお願いします。

1月8日(日)下北沢Laguna
「行こうよ」「つるつる」「かわいい子猫ちゃん」「二人でお茶を」「非国民の休日」「最後の日」
1月18日(水)OGSアコナイト@新大久保Club Voice
「非国民の休日」「二人でお茶を」「(untitled)」「行こうよ」
1月21日(日)わんにゃんレスキュー@西荻窪Zizi Annabelle
「非国民の休日」「かわいい子猫ちゃん」
1月28日(土)高田馬場・四谷天窓.comfort with ぢぞ郎
「こども魂」「二人でお茶を」「かわいい子猫ちゃん」「行こうよ」「非国民の休日」「最後の日」
1月29日(日)チキリカ、OGSアコナイト@新大久保Club Voice
「ろじうらー」「健忘症」「自転車にのって」

2月7日(火)OGSアコナイト@新大久保Club Voice
「弱みを見せるなよ」「非国民の休日」「かわいい子猫ちゃん」/「モナ」(with ホーボースナフキン)
2月28日(火)OGSアコナイト@新大久保Club Voice
「夢中」「ラーメンぐらいつくってくれ」「行こうよ」

3月3日(金)わんにゃんレスキュー@西荻窪Zizi Annabelle
「ラーメン・ブギ」「かわいい子猫ちゃん」
3月9日(木)江古田マーキー
「ワルツ」「行こうよ」「かわいい子猫ちゃん」「二人でお茶を」「非国民の休日」「最後の日」
3月20日(月)下北沢Laguna
「New Song」「行こうよ」「かわいい子猫ちゃん」「二人でお茶を」「非国民の休日」「最後の日」
3月25日(土)ほっと楽しやハートライブ@阿佐ヶ谷Next Sunday
「New Song」「行こうよ」「かわいい子猫ちゃん」「二人でお茶を」「非国民の休日」「最後の日」
3月31日(金)OGSアコナイト@新大久保Club Voice
「New Song」「夢で会えたら」「まぼろし」

4月5日(水)荻窪Live Bar Bunga
「New Song」「行こうよ」「かわいい子猫ちゃん」「まぼろし」「非国民の休日」「最後の日」
4月7日(金)OGSアコナイト@新大久保Club Voice
「教訓」(加川良カバー)「すっぽんぽん節」「まぼろし」/「ロードランナー」「ジョニー・B・グッド」withぢぞ郎、ケジャ、うえむー
4月16日(日)チキリカwithケペル木村、『モッサリの部屋』@阿佐ヶ谷Next Sunday
「コマ」「パームワイン」「健忘症」「腹がへったよ」「花と風」「カゴメカゴメカゴメ」
4月19日(水)OGSアコナイト@新大久保Club Voice
「すっぽんぽん節」「自分では気に入ってるんだ」「二人でお茶を」
4月22日(土)星くず音楽祭@国立はっぽん
「New Song」「自分では気に入ってるんだ」「かわいい子猫ちゃん」「二人でお茶を」「すっぽんぽん節」「最後の日」
4月30日(日)チキリカ with ケペル木村@荻窪Live Bar Bunga
「コマ」「パームワイン」「健忘症」「腹がへった」「山椒魚」「それでいいんじゃない」「花と風」「カゴメカゴメカゴメ」

5月5日(金)わんにゃんレスキュー@西荻窪Zizi Anabelle
「すっぽんぽん節」「かわいい子猫ちゃん」
5月13日(土)チキリカ@大久保ひかりのうま
「koma」「パームワイン」「健忘症」「腹がへったよ」「コトハナ」「山椒魚」「それでいいんじゃない」「わたなべくん」「花と風」「カゴメカゴメカゴメ」
5月16日(火)OGSアコナイト@新大久保Club Voice
「サンダル」「すっぽんぽん節」「平和の歌はもう・・・」
5月27日(土)OGSホーボーナイト@新大久保Club Voice
「New Song」「春だというのに」「かわいい子猫ちゃん」「サンダル」「すっぽんぽん節」「平和の歌はもう」

6月20日(火)江古田マーキー
「New Song」「サンダル」「かわいい子猫ちゃん」「二人でお茶を」「すっぽんぽん節」「最後の日」
6月27日(火)荻窪Live Bar Bunga
「New Song」「サンダル」「かわいい子猫ちゃん」「二人でお茶を」「すっぽんぽん節」「最後の日」

7月23日(日)チキリカ@阿佐ヶ谷Next Sunday
記録なし
7月28日(金)20分ライブ@西荻窪Zizi Annablle
「New Song」「左目のブルース」「不機嫌そうに」「かわいい子猫ちゃん」
7月29日(土)みんなでワイワイコンサート@荻窪Live bar Bunga
「New Song」「左目のブルース」「不機嫌そうに」「かわいい子猫ちゃん」「最後の日」

8月2日(水)江古田マーキー
「New Song」「左目のブルース」「不機嫌そうに」「かわいい子猫ちゃん」「非国民の休日」「最後の日」
8月18日(金)新大久保Club Voice withぢぞ郎
「正義の味方はいつも顔を隠している」「左目のブルース」「不機嫌そうに」
8月25日(金)20分ライブ@西荻窪Zizi Annabelle
「左目のブルース」「まあるいお月さま」「正義の味方はいつも顔を隠している」「かわいいい子猫ちゃん」
8月28日(月)西荻窪Artrion
「New Song」「まあるいお月さま」「左目のブルース」「不機嫌そうに」「かわいい子猫ちゃん」「正義の味方はいつも顔を隠している」「最後の日」
8月29日(火)OGSアコナイト@新大久保Club Voice
「New Song」「まあるいお月さま」「左目のブルース」

9月3日(日)みんなでワイワイコンサート@荻窪Live bar Bunga
「New Song」「正義の味方はいつも顔を隠している」「まあるいお月さま」「かわいい子猫ちゃん」「最後の日」
9月6日(水)江古田マーキー
「New Song」「正義の味方はいつも顔を隠している」「まあるいお月さま」「かわいい子猫ちゃん」「左目のブルース」「最後の日」
9月9日(土)星くず音楽祭@国立はっぽん
「左目のブルース」「New Song」「正義の味方はいつも顔を隠している」「まあるいお月さま」「かわいい子猫ちゃん」「最後の日」
9月23日(土)プレーンズ、レコ発ライブ@下北沢Laguna
「New Song」「左目のブルース」「かわいい子猫ちゃん」「まあるいお月さま」「正義の味方はいつも顔を隠している」「最後の日」

10月8日(日)「ひらげエレキテルのビリビリナイト」@西荻窪Zizi Annabelle
New Song」「まあるいお月さま」「かわいい子猫ちゃん」「最後の日」
10月21日(土)チキリカ@大久保ひかりのうま
「自転車に乗って」「Koma」「腹がへった」「健忘症」「パームワイン」「花と風」「カゴメカゴメカゴメ」
10月29日(日)江古田マーキー
「New Song」「早く帰ろう」(遠藤賢司カバー)「かわいい子猫ちゃん」「まあるいお月さま」「雨の日」「最後の日」

11月17日(金)OGSアコナイト@新大久保Club Voice with ぢぞ郎
「煙草屋のお嬢さん」「焼酎」「かわいい子猫ちゃん」
11月18日(土)下北沢Laguna
「New Song」「まあるいお月さま」「かわいい子猫ちゃん」「煙草屋のお嬢さん」「焼酎」「最後の日」
11月30日(木)江古田マーキー
「焼酎」「New Song」「かわいい子猫ちゃん」「子供への唄」(井上陽水カバー)「まあるいお月さま」「最後の日」

12月6日(水)「ひらげエレキテルのビリビリナイト」@西荻窪Zizi Annabelle with ぢぞ郎
「New Song」「焼酎」「かわいい子猫ちゃん」「最後の日」
12月10日(日)わんにゃんレスキュー@西荻窪Zizi Annabelle
「焼酎」「かわいい子猫ちゃん」
12月15日(金)OGSアコナイト@新大久保Club Voice
「今日もどこかでデビルマン」(アニソン・カバー)「煙草屋のお嬢さん」「焼酎」「左目のブルース」
12月24日(日)下北沢Laguna
「New Song」「焼酎」「不機嫌そうに」「かわいい子猫ちゃん」「煙草屋のお嬢さん」「最後の日」
12月28日(木)江古田マーキー
「煙草屋のお嬢さん」「New Song」「かわいい子猫ちゃん」「行こうよ」「焼酎」「最後の日」
12月30日(土)江古田フォークジャンボリー@江古田マーキー(予定)

2017年12月28日(木)

江古田マーキーに、ひらげエレキテルとして出演して、6曲歌ってきました。演目は、「煙草屋のお嬢さん」「New Song」「かわいい子猫ちゃん」「行こうよ」「焼酎」「最後の日」。盛り上げてくださったみなさん、どうもありがとう。共演は、前回、出演した時と同じ大橋渡さん、小林克司さん。大ベテランの大橋さんはマーキーの40年の歴史のうち、35年余りを知っている大ベテラン。小林さんは風邪でのどを痛めていたのにも関わらず、素晴らしい歌と演奏でした。そして、『八縁』での打ち上げの楽しいひととき(またもやお言葉に甘えて、小林夫妻の車で自宅まで送っていただいたのでした。ありがとうございました!)。今年はこれで打ち止めかと思いきや、明後日、30日に同じマーキーでフォーク・ジャンボリーに出演します。

2017年12月27日(水)

選挙運動の一環か。「銀河鉄道を議員が手伝う」


カズーを中心に一人セッション。

2017年12月26日(火)

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今日のお絵描き。逆光のカワイコちゃん。

リリアン・ギッシュ/アン・ピンチョット『リリアン・ギッシュ自伝 映画とグリフィスと私』(鈴木圭介訳、筑摩書房、1990,、Lilian Gish: the Music, Nr,Griffith, and Me、1969)のうち、D・W・グリフィス監督の映画『國民の創生』について書かれた2章(第十一章「『国民の創生』」、第十二章「人種問題と創作の自由のはざまで」)を読んだ。映画史上に残る傑作と称賛される一方で、KKKを賛する人種差別的な内容が批判の対象となる同作品。出演者の一人であるギッシュは、グリフィス監督に人種差別的な意図はないと主張するのだが、説得力のある擁護とは言い難い。悪漢は混血のサイラス・リンチではなく、北部の政治家オースティン・ストーンマン(ギッシュによると、ストーンマンのモデルは、やはり、サディアス・スティーブンスのようだ)であるというのは、南部と北部の和解を示唆した結末と相入れない、苦しい弁明と言うほかない。ここでの問題は、「リンチはストーンマンの策略にのせられただけ」という主張自体が、黒人の主体性を否定する人種差別的な言説になっていることに、ギッシュが気づいていない点にある。また、「農場で黒人たちと一緒に育ち、子供のときには黒人の乳母がいた」南部人グリフィスが、黒人を愛し、理解していたという「美しい南部」像が、使い古されたパターナリズムに他ならないことも、ギッシュにはわからない。グリフィスやギッシュの時代のアメリカ白人にこうした理解を期待することができないのはわかる。しかし、原作者のトーマス・ディクソンが映画を擁護するなかで、図らずも漏らしているように、「作品は黒人の血が混じることによる我々の市民性の低下を妨げようとする」意図をもって、つくられている。それが現在の黒人に対するものであれ、南部再建期当時の黒人に対するものであれ、黒人が自らに対する侮辱と受けとるのは当然のことだ。作品については、むしろ、人種差別的な部分も含め、意図するところが十二分に表現されているところにこそ、グリフィスの天才を見るべきだろう。結果としてKKKの復活を招いたその意図が、社会的に見て望ましいものかどうかはともかくとして。

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今日のボイトレ。母音を縦に。


2017年12月25日(月)

國學院非常勤、後期第十三回目。「1st Year English」は、動名詞。動名詞と不定詞の名詞的用法は、どちらも「~すること」という意味で、名詞の役割をする。だから、だいたいにおいて、入れ替えが可能だが、いくつかの点で気をつけなけえばならない。まず、不定詞は前置詞の後には入れない。それから、動名詞には過去~現在=「すでにある」というニュアンスがあるのに対し、不定詞には未来=「まだ起こっていないこと」と言うニュアンスがある。だから、未来のことを表す"wish"や"hope"は不定詞しか目的語に取れないし、"finish"や"enjjoy"のように、すでにその行為が行われていることを前提とする動詞は、動名詞しか目的語に取れない。また、"remember/forget"や"try"のような動詞では、どちらを目的語にとるかによって、意味が変わる。「英語(L&W)」は、バラク・オバマの大統領就任演説を読む。「これらの男女は、私たちがよりよい生活を送れるように、闘い、犠牲となり、手の皮がすりむけるまで働いた。彼らはアメリカを個人の野心の集まり以上のものであり、生まれや財産や党派の違いを超えたものと考えていたのである」

これで年内の授業は終わり。年末年始は、シンポジウムの報告論文や日本女子大後期エッセイのチェックと、ライブ。

2017年12月24日(日)

クリスマスで浮かれて、ついこれから週末のような気分に。「金曜思考の夜」

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今日のお絵描き。孤独な女(テリー・キャリア『ホワット・カラー・イズ・ラブ』より)。

「お母さんです。新しいケイタイにしましたよ」という、逆オレオレメールが。

下北沢Lagunaに、ひらげエレキテルとして出演して6曲歌ってきました。演目は、「New Song」「焼酎」「不機嫌そうに」「かわいい子猫ちゃん」「煙草屋のお嬢さん」「最後の日」。聞いてくださった皆さん、ありがとうございました。三度目の共演となるトリのオオハライチのハイブリッドな「フォーク」、録音とギター、ドラムスを巧みに組み合わせながら、コミカルななかにも熱量の高い左右田真司さんの音、そして、ギターをかき鳴らす音にとてつもない爆発力を感じさせるSEGULLさんの3組(出演予定だったくれじゅんたさんはキャンセル)。素晴らしい共演者に囲まれて、おじさんはもうたじたじです。ぼくもがんばろう。

ライブ前に下北沢のアナログ盤屋『フラッシュ・ディスク・ランチ』の300円コーナーで、LPを物色。ナット・キング・コールルーファスデヴィッド・グリスマン、『グランド・オール・デュプリーの歴史』に加えて、ジャケに惹かれて内容も知らずに買う悪い癖が出て、『ザ・ハッピー・ピアノ・オブ・ロス・パーカー』を購入。「ハッピー・ピアノ」なのに、何でこんなに悲しそうな顔をしているんだ。後で調べてみたら、ロス・パーカーは戦前からイギリスで活躍した作曲家・ピアニストとのこと。ちなみに、ここの店長さんはお店に入るお客さんに「こんにちわ」とあいさつする気さくな人。レジを終えたぼくに、「どうです?楽しんでいただけましたか」 そうか、この人はレコードあさりのプロセスそのものをエンターテイメントと考えているのだな。傑物。

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帰りの電車のホームで、LPを眺めていると、前に並んでいた髭面のお兄さんが、多少酒に酔った様子で、「おおっやばいの買いましたねっ」とナット・キング・コールを指さす。「いや、すんません、声をかけずにはいられなかったもので」。ナット・キング・コールを「やばいの」と表現するとは、只者ではないな。メロウな歌のなかに垣間見えるブラックネスを感じ取れるということだから。「今はダイアナ・ロスを聞いてるの」と、イヤホンを指さす。結局、そのお兄さんとは軽く会話を交わしただけ。ライブの告知を渡せばよかったと後悔したのだが、こういう人とは遅かれ早かれ、どこかで再会するのではないかと思っている。シー・ユー・レイター・アリゲーター!

2017年12月22日(金)

昨日一日昼も夜もなく寝たおかげで、腹痛はだいぶ収まったが、まだしくしく痛む。しかし良く寝たので、頭はすっきりしてきた。

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今日のお絵描き。ホームレスのおっちゃんは水色が似合う。久々に本格的な落書きだ。楽しい。


新曲のアイディア。

2017年12月21日(木)

腹痛収まらず。首都大の授業を休講にさせてもらう。今年最後に、肩透かしを食った学生諸君申し訳ない。持病の憩室炎だが、消化器官を壊すと、パーキンソン病の薬も効きにくくなるようで(経験則)、うまく歩けない。今日は体調絶不調。それでも、何かせずにはいられず、音楽をやってしまう。昨日録音したオーティス・レディング「ドック・オブ・ザ・ベイ」の日本語カバー「しゃがみこんで」をまとめる。

しゃがみこんでさ
朝から晩まで
船がでるのを
ぼんやり見ている

しゃがみこんでさ
波の音が聞こえる
しゃがんで聞いてる
それだけさ

生まれた町から どうにか
ここまでやってきた
何かがおいらを
呼んでる気がして

今じゃ、しゃがみこんでる
途方にくれてさ
しゃがんで聞いてる
それだけさ

どうだい、何もかも
変わらない もとのまま
あんたにできることが
どうも 俺にはできないのさ

疲れてしまった
孤独だけが友だち
歩きまわって
港で眠るだけ

しゃがみこんでさ
波の音を聞く
しゃがみこんでる
それだけさ

2017年12月20日(水)

横浜国大非常勤、第十一回目。前回に引き続き、ハーレム・ルネサンスについて。その前に、学生の書いたリアクション・ペーパーに対するリアクション、リアクションへのリアクションのコーナー。今回は、「先生はよく、<この作品は奇麗な言葉で書かれている>と言いますが、言語が違えば感覚も違うのに、どうして奇麗だとわかるんですか」という質問。うーん、痛いところを突かれたなあ。さすが、国大生・・・たしかに、言語によっても美醜の感覚は違うし、それどころか個人によっても違う。そういう基準の曖昧な表現で、作品を評価するべきではなかったかもしれない。ただ、ぼくは<奇麗>という表現はたぶん使っていないと思う。<美しい言葉で書かれている>と言っているはずだ。そこにはぼくなりのこだわりがある。ぼくが<美しい>と感じるのは、人間の価値判断を超えたところで、生きるもののすさまじさを描くような凄みのある言葉で、それは例えば、トニ・モリソンの作品に見られるようなものだ。そのモリソンが言っていたのは、「文学は十分に政治的で、十分に美しくなければならない」ということ。黒人文学というと、人種差別を告発する政治的プロパガンダで、作品としての価値は二の次、という思い込みがあるが(実際そういう作品もあるが)、そうとはかぎらない。そもそも、政治的な作品は美しさとは無縁であるという枠組自体、思い込みなのではないか(と言うよりその枠組自体に政治的意図が隠されている)。そう考えて、政治的な主張の前に、文学的な価値をあきらめていない作品にであった時、ぼくはつい、「美しい」という表現を使ってしまうんだと思う。それは「奇麗」とはちょっと違う、(矛盾するようだけど)美醜を超えた表現なのだ・・・こんな具合でくどくど話すので、一部の学生は面白がってくれているらしい。うんざりしている学生も多いだろうが。

さて、授業の本筋に入って、まずはハーレム・ルネサンスを形作る3つのベクトル(先週の日記参照)がどこに表れているか考えながら、映画『ストーミー・ウェザー』のエンディングを鑑賞・・・というより、ハーレム・ルネサンス~1940年代の黒人エンターテイメントの素晴らしさを、学生にも味わってほしかった。レナ・ホーンの憂いに満ちた「ストーミー・ウェザー」にはじまり、インターリュードでキャサリン・ダーナムのバレエ団によるダンスが挟まり、再び、ホーンの歌。短い楽屋裏のシークエンスを挟んで、キャブ・キャロウェイとのやりとりから、ビル・ボージャングル・ロビンソンが、愛しいホーンの家のベルを鳴らす老練で、キュートなタップを披露。ロビンソンとホーンがめでたく結ばれたところで、「お楽しみはこれからだ」とばかりに、キャブ・キャロウェイ楽団がいかれた演奏を始める。髪振り乱して歌い、指揮をするキャロウェイのスキャットに誘われて、ニコラス・ブラザーズが登場。アクロバティックなタップをこれでもかと見せつける・・・ため息。何度見ても飽きないなぁ。肝心の3つのベクトルだが、フォークロアの再評価はハイチのヴードゥーに取材したキャサリン・ダーナムのトゥループに表れている。ブラック・ブルジョワジーの洗練志向はゴージャスな服装や身のこなしすべてに表れているとして、白人パトロンが求めた「野蛮」「未開」のイメージは?ぼくは、自身のバンドでコットンクラブの音楽を担当したこともあるキャブ・キャロウェイにその名残を見たいと思う。キャロウェイの場合には、もはやもともとがなんだったのかわからないくらいにディフォルメされており、「野蛮」「未開」では割り切れないものになっているのだが。この辺のステレオタイプすら逆手に取ってしまう逞しさに、ぼくは惹かれる。

さて、話は文学へ。前回紹介したジーン・トゥーマーの『砂糖きび』から短編「ベッキー」の冒頭を朗読。

続いて、ゾラ・ニール・ハーストンの話の続き。といっても、彼女の民俗学者としての側面。ハーストンはコロンビア大学で文化人類学の先駆者フランツ・ボアズの薫陶を受け、自らもそこの出身である、南部黒人コミュニティの調査研究に取り組んだ。ところが、最初のフィールドワークは無残な失敗に終わる。失敗の原因は、いかにも学者然として調査対象に接したことにあった。「ワタクシ、コロンビア大学から来たハーストンと申します。みなさんが、ふだんなさっているお話を、民俗学研究のためにご提供いただけないかと思いまして・・・」と、こんな具合。その反省に立って、二回目のフィールドワークでは、やり方を変えた。故郷の町イートンビルに降り立った彼女は、「ねえ、みんな久しぶり!ゾラが帰ってきたわよ!ねえ、いつもみんながしてるほら話、聞かせてくんない?北部の学者の先生がそれを聞きたいんだって!」「おいおい、北部の学者先生がオレたちのほら話を聞きたいんだって!そりゃ、また、ゾラ、大きなほらを吹いたなあ、それじゃおれもいっちょひとつ・・・」というわけで、ハーストンは自分もほら話をする仲間の一人と認めさせることで、調査対象から話を聞きだしたのだった。

ハーストンは民俗学的なエッセイで、スピリチュアルをステージ用に編曲したネオ・スピリチュアルを、「本来のスピリチュアルではない」として、拒絶した。音楽教育を受けた人々に編曲されると、スピリチュアルの魅力は、お湯をかけられた花のようにしぼんでしまう、と。スピリチュアルは誰もが好きな時に、自由な声で、自由なメロディーで参加できるものでなくてはならない。不協和音は重要であり、消されるべきではない。なぜなら、ハーストンは黒人コミュニティのフォークロアにとって、プロセスに参加することがもっも大切であることがわかっていたからである。そもそも、文化を生み出すのは、「飾りたいという欲望」であり、そこで求められているのは飾るというプロセスそのものだ。結果としてできた作品の完成度ではない。しかし、それは孤独な作業ではない。人々は同じプロセスを共有することにより、コミュニケーションをとることができる。アマチュアスポーツの試合のように。大切なのは、伝達される内容ではなくて、行為そのものに参加するということである。ハーストンはこうした、参加型コミュニティ文化の素晴らしさと同時に、恐ろしさをも知っていた人だ。『彼らの目は神を見ていた』で、ティー・ケイクを誤って殺したジェイニーを黒人コミュニティの誰もが理解しないのは、殺人という行為が誰にも共有されていないからである。

ハーストンについてもう一ツ特筆すべきなのは、「黒人であるとはどういう感じか」というエッセイで、デュボイスの提示した二重意識の問題(12月6日の日記参照)に、彼女なりの解答を提示しているように思えることである。彼女はジャズの演奏が始まると「野蛮」の世界に飛び出していき、演奏が終わると文明の世界に戻ってくる自分と、常に距離を保って演奏を聞いている白人の友人を比較して、2つのアイデンティティの間を行き来することにこそ、アフリカ系アメリカ人の強みがあると考えた。この場合、文明は虚飾だが、野蛮もまた顔に塗られたペイントのような表面的なものにすぎない。つまり、アイデンティティとは仮のものにすぎず、仮に設定されたアイデンティティを必要に応じて使い分けることこそ、アフリカ系アメリカ人の新しいアイデンティティであると考えることで、デュボイスの提示した桎梏を乗り越えたのである。

最後に、「アフリカ文学つまみぐい第2弾」として、エイモス・チュツオーラの『やし酒吞み』を紹介。奇天烈な物語の世界へようこそ。

と、今日はここまで。年明けて次回はリチャード・ライトについて。

2017年12月19日(火)

日本女子大非常勤、後期十四回目。「米文学論文随筆演習」は、ハリエット・アン・ジェイコブズの奴隷体験記を読む。リンダ(ジェイコブズの仮名)の近所に住む奴隷の女性ファニーが、正月の競売で奴隷商人に売られたが、娘たちとほかの主事に売られるのを嫌がり、逃亡を図った。ファニーの母親アギーは祖母の家のすぐそばに住んでいたのだが、ベニー(リンダの息子)がたまたまそこでファニーを見かけてしまう。アギーは、すぐそばに同じような心配をと不安を抱えた置いた人物(リンダの祖母)がいようとは、夢にも思わなかったことだろう。リンダとファニーはわずかな距離を挟んで、同じようなそれぞれの隠れ家に身を潜めていた。やがて、友人のピーターが格好の逃亡経路を持ってくる。奴隷主フリント先生が子供たちにどんな仕打ちをするか不安に思いながらも、逃亡に対する決意を固めるリンダだったが、祖母を後に残していくことに、迷いがあった。「アカデミック・ライティング」は、とうとう年内最後の授業。年明けには、後期エッセイを提出しなければならない。まだ先が見えない学生も多いが、とにかく休みの間に書くようにと、書いたものを送るようにメール・アドレスも教えたが・・・どうなることやら。何か書いてくれば。ぼくの方で細かいところは直して、出させてしまうのだが。

2017年12月18日(月)

そっくりさんシリーズ。「エデンの東(East of Eden)」と、「おでんのおだし(Taste of Oden)」

明治学院非常勤、後期第十三回目。前半は、前回やり残したソウル・ミュージック特集の続き。オーティス・レディング「愛しすぎて」を聞きながら授業開始。この不世出のシンガーが、リズム・ナンバーだけではなく、バラードも得意としていたことをわかってもらえただろうか。さて、授業の本筋は、ソウル・ミュージックの変化について。黒人と白人のミュージシャン、スタッフが共同作業で作り上げてきた、人種融和の音楽であったソウル・ミュージックにも、公民権運動の先鋭化とともに変化が訪れる。そんななか、マーティン・ルーサー・キングが他ならぬメンフィスで暗殺される。、メンフィス・ソウルの屋台骨を支えたスタックスからは、創始者姉弟をはじめとする白人のミュージシャン、スタッフが去り、新しいスタッフは黒人敏腕社長アル・ベルの元、黒人美学を強調するような路線を歩み始める。その象徴ともいえるのが、65年のワッツ暴動を記念して行われた一大イベント「ワッツタックス」である(ワッツタックスはワッツ+スタックスの意)。会場を埋め尽くした黒人聴衆に、キング師の一番弟子で、黒人で最も大統領に近い男と言われたジェシー・ジャクソンが、「I am Somebody」と訴えかけるところは、爽快ですらある。

さて、気がついてみると、女性のソウル・シンガーを一人も紹介していない。これは手落ちだ!女性のソウル・シンガーも大勢いるが、その中でだれか一人(時間が許せば一人でなくてもいいのだが)ということになれば、何といってもアレサ・フランクリンだろう。歌手としての実力、その影響力の大きさからいっても彼女のほかにあるまい。とりわけ、「男が家に帰ったら、尊敬してくれよ」というオーティスの「リスペクト」を歌って、「なーにいってんの、尊敬して欲しいのは女の方だわ」という歌にしてしまったというエピソードが力強い。オーティスは、「ガール・フレンドにとられちゃった曲だけど」といって、ライブで歌っている。今回はそんなアレサの強さが見えるもう一つの曲「シンク」。映画『ブルース・ブラザース』で、夫婦で経営するソウル・フード屋を捨てて、ブルース・ブラザーズとバンドを再結成しようとする夫マット・ギター・マーフィに対し、「あんた、ちょっと考えなさいよ」と詰めよる奥さんの役。

さて、ソウル・ミュージックと言えば、もう一人紹介しなければならない人物がいる。ゴッドファーザー・オブ・ソウル、ジェイムズ・ブラウンである。あらゆる黒人音楽のジャンルを手がけ、長い間、基本はシャフルの延長だったR&Bのリズムに8ビートのポリリズムを持ち込み、ファンクと言う新しい音楽を生み出した男。この人がいなければ、ヒップホップもなかっただろう。ダンスの点でも、マイケル・ジャクソンに最も影響を与えたのは、おそらくこの人だ。最後に、ファンクからヒップホップへの大まかな流れをぼくなりにまとめて、ソウル・ミュージック特集はFin。

続いて、後半は黒人文学。ハーレム・ルネサンスまでは、すでに紹介したので、今回はそれ以降。リチャード・ライトラルフ・エリソンを紹介した。ライト『アメリカの息子』の衝撃的な内容には、驚いた学生も多かったようだ。ハーストンに批判的だったライトだが、ハーストン『彼rの目は神を見ていた』と、『アメリカの息子』には共通点が多い、というのが、ぼくが密かに当た雨ているテーマだ。両者に共通するのは、白人の黒人に対する無理解と、共有されない経験を持つ者に対する黒人コミュニティの無理解である。年明け、最終回となる次回は、ジェイムズ・ボールドウィンと、アリス・ウォーカートニ・モリソンを扱う。

國學院非常勤、後期第十二回目。「1st Year English」は、不定詞。「英語(L&W)」は、バラク・オバマ大統領就任演説を読む。「長く険しい道のりを、繁栄と自由へと我々を連れてきてくれたのは、リスクを引き受ける人たち、実行する人たち、物を作る人たち ― 中には名声を得た人もいるが、ほとんどが人知れず仕事に打ち込む人たち―なのです」「私たちのために、彼らは新しい生活を求め、なけなしの持ち物をかばんに詰めて、海を渡ってきたのです」「私たちのために、彼らは長時間労働の工場で汗水流して働き。西部に移住し、鞭打ちに耐え、硬い地面を耕したのです」「私たちのために、コンコードや、ゲティスバーグや、ノルマンディ、ケサンといった場所で戦い、死んでいったのです」

2017年12月17日(日)

パイレーツ・オブ・軽い鼻炎。

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今日のお絵描き。マービン・ゲイ

2017年12月16日(土)

多民族研究学会第29回全国大会@国士舘大学。名誉会長で、国士舘大学教授の松本昇先生がご勇退なさるということで、おそらく国士舘では最後となる全国大会。気がついてみれば、30回大会が目前に控えている。個人的には、学会の企画委員長として、いろいろ準備をしてきた大会だけに、感慨もひとしお。

愛知県立大学名誉教授・鵜殿えりか先生のご講演は、ネラ・ラーセンについて。3人の評論家がそれぞれ違うラーセン像を提示して、論戦を交えているところが興味深い。個人的には、ラーセンもハーストンと同じく、嘘ばっかりついていて、それが彼女のアイデンティティ確立に必要だったということになると、面白いのだが、論破されちゃったならしょうがない。『クイックサンド』の結末は、『彼らの目は神を見ていた』と似ているのだがなあ。

都留文科大学・齊藤みどり先生のご発表は、ハイチ文学におけるポストコロニアリズムとエコクリティシズムを扱うもの。ときに話が日本に帰ってくるというのは、こうした問題を考えるとき、大切なことだと思う。勢いあまって時間が足りなくなってしまったのは、ご愛敬。

日本女子大学の廣瀬絵美先生のご発表は、A・L・ロイドを中心に、フォーク・リバイバルにおける民衆バラッドの扱われ方を見るもの。もともとペンタングルフェアポート・コンベンションが好きだったぼくは、ずっと楽しみにしていた。でっぷり太ったおっさんと言った態のロイドが、道徳的な視点からではなく、むしろ、ちょっと危ない表現なんかも残す方向でバラッドを再編していたというのが面白かった。また、バラッドのなかに出てくる、キツネでも人間でもあるトリックスター=レイナーディンが、アウトロー的でセクシーなキャラクターであるというのも面白かった。

専修大学大学院の岡田大樹さんの発表は、ウィリアム・フォーナー『サンクチュアリ』のオリジナルから、黒人表象がことごとく消されていることの問題点を明らかにしするもの。明晰な論理に脱帽した。

2017年12月15日(金)

神奈川大非常勤、前期第十二回目。「初級英語」2コマは、文法総復習テストと、分詞構文の解説。「初級英語」は、分詞について。

OGSアコナイト@新大久保Club Voiceに、ひらげエレキテルとして参加して、4曲(いつもの3曲+出演者が少ないので特別にもプラス1曲)歌ってきました。演目は「今日もどこかでデビルマン」「煙草屋のお嬢さん」「焼酎」[左目のブルース」。出来はともかく、3曲目までは新しいレパートリーで臨んだというところを評価していただきたい。しかも、スライドバーは、スタミナ・ドリンクの小瓶である。

2017年12月14日(木)

誠実?とんでもない、ただの政治通さ!

首都大非常勤、後期第十回目。『ジャズの誕生』をテキストとするリーディング3コマ。テキストとは全く関係ないが、ウェス・モンゴメリーの「フル・ハウス」を聞きながら授業開始。テキストは、1限が「1855年の南部への旅について書いて、F・L・オルムステッドは<南部のすべての町に、黒人で編成された、しばしばたいへん優秀な楽団がある。軍事パレードはふつう、黒人のブラスバンドによって伴奏された>と述べている。オルムステッドの優秀さの基準は、ヨーロッパのものであり、彼はここで自由黒人や家内奴隷によって演奏されるヨーロッパのマーチ音楽について話している。大農場で働く野外奴隷には、南北戦争の後までそんな機会はなかった。しかしながら、その機会が訪れたとき、彼らはあまり薄められていない西アフリカの影響を持ち込み、そのことが決定的な違いを生んだ」まで。2限がその続きで「以前の植民地として、ニューオリンズは軍楽隊におけるフランスの流行にぴったりとついていったので、当然のことながらそれで有名になった(ずっとあとの1891年、父親がメンバーだったクラリネット奏者のエド・ホールによれば、ニューオリンズの黒人で編成されたオンワード・ブラス・バンドがニューヨークのコンテストで優勝した)」まで。

3限はもっと先で、「それら(秘密結社)はなぜそんなに数が多いのか?西アフリカに強力な前例がある。ダオメ―のグベを説明して、ハースコビッツは次のように書いている」ここからが、メルヴィル・ハースコビッツからの引用で、「アメリカの友愛団体と同じような選ばれたメンバーと儀式上の秘密を持ち、そうした団体は多くの支持者がいて、長い間にわたって存続する。その第一の目的は、メンバーの親戚の葬式で、本人やそのグループに名誉をもたらす競争的贈与における誇示ができるように、メンバーに適切な財政的援助を与えることである。メンバーはそれぞれ、入会に際して血の誓いを立てなければならず、会計係は適切にコントロールされている。結社はそれぞれ旗を持ち、特に団体として葬儀に行くときには、行列を作って、財力と権力を公に誇示する」ここで引用が終わって、以下、地の文。「同じような結社は、新世界でアフリカ人が上陸したところにはどこにでも存在する。例えばトリニダードでは、それはナイジェリアのヨルバ族(何度も言いますが、ぼくは「族」という言葉は使いません)の<エスス>から、<スス>として知られている」

2017年12月13日(水)

アフリカ系のふりかけ。

横浜国大非常勤「英米文学」、第十回目。今回のテーマは、ハーレム・ルネサンス。ようやく文学の授業らしくなってきたでやんす。最初に、ハーレム・ルネサンスへと至る、アフリカ系アメリカ人の意識の変化を引き起こした要因として、第一次大戦への参戦と、ブラック・ブルジョワジーの出現をあげた。ヨーロッパ戦線で戦果を挙げた黒人兵は、友軍の兵士として迎えられ、国内では経験したことのない人間的扱いを受けた。ところが、母国に帰ってみると、そこは白人と同じ施設を使うことも許されない人種差別が続いていた。このことが、戦争を経験したアフリカ系アメリカ人の意識を変えていく。一方、「ブラック・ブルジョワジー」は、本来の意味でのブルジョワジー(生産手段を持つ者)ではない。そこには、医者や教師といった専門職はもちろん、ポーターやエレベーターボーイといった、比較的収入の安定した人々が含まれる。こうした人々のなかにある白人中産階級の生活様式に倣おうとする傾向を指摘して、黒人社会学者のE・F・フレイジャーが使ったのが、「ブラック・ブルジョワジー」という呼称である。

どんな運動もそうだろうが、ハーレム・ルネサンスは一枚岩の運動ではなかった。別の方向性を持つ3つのベクトル ― 若い黒人芸術家、ブラック・ブルジョワジー、白人のパトロン ― が、ハーレムの喧騒に混在していた。創作活動の中心になったのは、1900年代生まれの若い黒人芸術家である。彼らには、スピリチュアルや民話といった、黒人コミュニティのフォークロアを再評価する傾向が見られた。バブル景気のなか、白人のパトロンは彼らのフォークロア探索に資金を提供した。もっとも、パトロンたちが求めていたのは、フォークロアの文化的価値ではなく、「野蛮」「未開」といったステレオタイプ化された黒人のイメージだった。一方、「白人並の洗練」を志向するブラック・ブルジョワジーは、奴隷制時代を思わせるフォークロアを取り上げることに冷淡だったが、白人が金を出すのを見て、民族文化の母胎として評価し始めた。ただし、今のままの粗野な形式を捨て、「洗練」させること、というただし書き付きで。

3つのベクトルそれぞれの志向性を保ちながらも、別々に存在していたわけではなかった。それらはときに、同一人物のなかにすら共存うる。たとえば、ジャズのオーケストラレーションに多大な貢献をした偉大なバンド・リーダー、デューク・エリントンは、クラシックの楽理を学び、ジャズを「洗練」させた人物と言えるだろうが、一方で、彼は白人のみをお客とするナイトクラブコットン・クラブで、「野蛮」「未開」と言ったイメージを売り物とするショーに音楽を提供していた。そして、彼の音楽が、スピリチュアルやブルースといった黒人コミュニティのフォークロアに深く根差しているということは言うまでもないことだ。3つのベクトルは互いに影響しあいながら、ハーレム・ルネサンスの大きな流れをつくっていった。

今回は、ハーレム・ルネサンスを代表する作家として、ジーン・トゥーマーラングストン・ヒューズ(ヒューズ@ひらげの部屋)、ゾラ・ニール・ハーストン(ハーストン@ひらげの部屋)の3人を取り上げる。ジーン・トゥーマーは、ハーレムの喧騒のなかで活躍した作家ではないし、「ニュー・ニグロ」の先駆者と呼ぶべきだろう。しかし、短編と詩でコラージュ的に構成された『砂糖きび』は、黒人コミュニティのフォークロアの再評価という点で、他に一夫先んじている。もっとも、それはどこか、「いずれなくなってしまうもの」という悲観的な叙情と一体となったところがあり、「白人でも黒人でもないアメリカ人種」を自認した晩年の姿とも相まって、アフリカ系作家たちの彼に対する評価を複雑なものにしている。とはいえ、その「いずれ消えてしまう」というところに、ぼくはだらしなく惹かれ、お酒を飲みながら読んだりすると、切なさのスパイラルに入ってしまうのだが(このへんの余計なことは教壇ではあまり話していない)。黒人の子供を産んだ白人女性を描いた「ベッキー」などは、表面では彼女を蔑みながら、どこかで気に留めている白人・黒人のコミュニティの声が、私的な文体に表されていて、じんわりと感じるものがある。

ラングストン・ヒューズもまた、ハーレム・ルネサンスだけでは終わらない作家である。晩年には、短編小説のシリーズであたりをとったかと思えば、晩年にはアフリカや、南アメリカの文学紹介に力を尽くしている。今回はまず、若きヒューズのマニフェスト「黒人芸術家と人種の山」に書かれた、自分たちの姿を美しさも醜さも含め引き受けていこうとする彼の志に触れ、初期の詩をいくつか読んでいった。「黒人は多くの川を知っている」は、メキシコで成功した父のもとへ向かう列車がミシシッピ川を渡るときに書かれた作品。ヒューズは、金儲けを人生の基準とし、同じ黒人をあしざまにいう父と、折り合いが悪かった。この詩は、コミュニティを捨てて、比較的差別の少ない環境でい成功をつかむ父の「川を渡る」生き方に対し、コミュニティにとどまり、人間関係を大切にする「川と共に生きる」生き方を提示したものと、ぼくは考えている。しかも、コミュニティそのものともいえる「川」が血管を流れる血液となり、魂となり、個人のなかに入り込んでいく。そこには、コミュニティの一部としての個人という構図に対する、「個人のアイデンティティの一部としてのコミュニティ」という発想の転換が含まれている。こうした発想の転換をもとに描かれたヒューズの作品は、南部の黒人少女がメリー・ゴー・ラウンド」の黒人席はどこかと訊ねる「メリー・ゴー・ラウンド」のように、名もない個人の視点から描かれたもの多い。

最後に、ゾラ・ニール・ハーストンをとりあげ、代表作『彼らの目は神を見ていた』を小芝居付きで紹介したところで、タイムアウト。

2017年12月12日(火)

角界初の核開発。

日本女子大非常勤、後期第十三回目。「米文学随筆論文演習」は、ハリエット・アン・ジェイコブズの奴隷体験記を読む。娘エレンが北部へ行くことになり、リンダ(ジェイコブズの仮名)は危険を承知でエレンと一目会うことを望む。フィリップおじがリンダの隠れ場所にエレンを連れてきて、母子は再会を果たす。「どうして今まで来てくれなかったの?」「いっしょに北部へ来てほしい」というエレンに、リンダは自分が逃亡奴隷として追われていることを説明する。母親と会ったことを誰にも言わないよう言い含められたエレンは、秘密を守る。眠っていると思ってリンダが額にキスをすると、エレンは「お母さん、私、寝ていないよ」と言う。「アカデミック・ライティング」は、後期エッセイがいよいよ大詰めに。

2017年12月11日(月)

明治学院非常勤「アメリカ研究」、後期第十二回目。お待ちかねの(学生ではなく、ぼくにとっての)音楽コーナー。後期は、ソウル・ミュージック特集。休み時間から、サム・クックライブ・アット・ザ・ハーレム・スクエア、1963』を聞きながら、授業になだれ込む。1963年1月、マイアミのハーレム・スクエア・クラブで、キング・カーティスのバンドをバックに録音されたライブ・アルバム。当時のサム・クックの端正なイメージに合わなかったのか、お蔵入りになったが、20年以上経った1985年、突如、発売され、生々しい歌声が衝撃を持って迎えられた。発売当時、NKH-FM『サウンドストリート』の木曜日を担当していた山下達郎が、2週分の放送枠を丸々使って、このアルバムを全曲流したことを覚えている。また、モハメド・アリの伝記映画『アリ』(2001)の冒頭、ハーレム・スクエアのの様子を再現する映像が流される。アリとクックの親交の深さを暗示した演出である。このアルバムの全曲を含むサム・クックの録音を集めた4枚組ボックスのタイトルは、『ソウルを発明した男』(The Man who Invented Soul)。これほどクックにふさわしい称号は他にないし、クックほどこの称号にふさわしい男もいない。

ソウル・ミュージックという言葉が、盛んに使われたのは、50年代から70年代前半のほんの一時期にすぎない。それは、狭義の公民権運動が最も高まりを見せた時期と一致する。また、ソウルをソウルたらしめている二つの要素も、公民権運動とリンクしているというのがぼくの持論だ。二つの要素とは、すなわち、ゴスペルに代表される南部の黒人文化への回帰と、カラーラインお越えた白人と協働作業である。一見、逆の方向を向いているかに見えるこの二つのベクトルが、公民権運動とソウル・ミュージックを同時代の動きとして結びつけている。念のため言っておくと、このことはソウルのミュージシャンが公民権運動に積極的に関わったということを意味しない、ソウルはその存在自体が、公民権運動の時代を象徴していたのである。

ゴスペル回帰についていえば、黒人教会はアフリカ系アメリカ人の音楽の母胎であり、世俗の音楽で活躍するミュージシャンも、幼いころ黒人教会で歌ったのが音楽をはじめるきっかけであったという人は多い。また、敬虔なクリスチャンがブルースを「悪魔の音楽」として忌み嫌う傾向にあったにもかかわらず、多くの人は土曜にジュークジョイントで世俗の音楽にまみれ、日曜の朝には盛装して教会に出かけるという生活を続けていた。ミュージシャンのなかにも、「ジャズ・カルテット」と「ジュビリー・カルテット」の名前を使い分けた「ノーフォーク・ジャズ&ジュビリー・カルテット」のように、聖俗両方のレパートリーを持つものは少なくなかった。スキップ・ジェイムズチャーリー・パットンといったブルースマンですら、宗教曲を録音している。しかし、だからといって、教会でブルースを歌ったり、あるいは逆に、酒場でゴスペルを歌ったりすることが、許容されていたわけではない。聖俗を混同することは、やはりタブーだった。



こうしたタブーを犯して、ソウル・ミュージックへの道を開いたミュージシャンの一人がレイ・チャールズである。レイ・チャールズは有名なゴスペル曲に恋愛やセックスを表す世俗の歌詞を載せることで、聖俗の境を乗り越えた。チャールズの伝記映画『レイ』のなかに、レイが妻に新曲の「アイ・ガッタ・ウーマン」を聞かせるシーンがある。妻は「なんてことを!これはゴスペルじゃないの!」と動揺するが、レイは「人への愛も、神への愛も同じだ」と動じない。妻が恐れた通り、レイの試みは、教会を重んじる人びとの非難を浴びるが、ゴスペルの泥臭いグルーヴと高揚感を手に、独自の音楽スタイルを築いたチャールズは、ミュージシャンとして大きな成功をおさめる。「ホワッドゥ・アイ・セイ」は、コール・アンド・レスポンス、タンバリン(手拍子の代わり?)、同じコード進行をくり返しながら、どこまでも昇りつめていく高揚感など、音楽的にはゴスペルそのものと言ってもいい演奏である。

一方、ゴスペルの世界で鍛えた喉をもって、世俗の音楽に転じ、両者の壁を乗り越えたのが、サム・クックである。名門ゴスペル・カルテット=ソウル・スターラーズR・H・ハリスの後任として迎えられたクックは、その歌声とつるりとしたイケメンぶりで、人々の心をつかんでいく。ハリスに代表される戦前のゴスペル・カルテットの録音を聞くと、思ったよりも暗いことに驚かされる。それは、歓喜のイメージとは程遠い、絶望のなかにかすかに見える希望を求めて、神にすがるものの、極限の歌である。だからこそ、教会では鬱屈した会衆の心に火をつけ、爆発するのだ。ところが、クックの歌は、ちょっと違う。あっけらかんと明るく、神への愛と希望を歌う。戦争も終わり、不況も一息つけるところまで回復した40年代のアメリカで育ったクックには、戦前にはない希望があった。それが、絶望に培われてきたゴスペルを、新しい希望の歌へと変える。


R・H・ハリス時代のソウル・スターラーズ。


サム・クック時代のソウル・スターラーズ。

希望に満ちた歌声と、甘いルックスを併せ持つサム・クックを、世俗音楽の世界が放っておくはずがなかった。ほどなくデイル・クックというバレバレの変名で、R&Bシンガーとしてデビューする。R&Bへの転向はゴスペル界からの少なからぬ反発を招いたものの、クックの歌声はたちまち人々を魅了し、人気シンガーへと成長していく。もっとも、『ハーレム・スクエア・ライブ』がお蔵入りなったことからも明らかなとおり、デビューからしばらくは、ゴスペルの要素は控えめに、なめらかな甘い歌声がR&B歌手サム・クックの持ち味だった。しかし、その歌声はしだいに深みを増し、「ブリング・イット・オン・ホーム・トゥ・ミー」「シェイク」といった、ゴスペル色の強い曲を発表するようになる。「ツイスト・アンド・ナイト・アウェイ」のような軽快な曲も、泥臭い、粘りのある歌声は初期のころとは違った魅力を放っている。



晩年、サム・クックは自身のレーベル「サー」を立ち上げて、若い才能を発掘したり、モハメッド・アリを通じて、ネイション・オブ・イスラムマルコムXと交流を深め、社会にコミットすることを考えはじめていた。そんななかでできた名曲「ア・チエンジズ・ゴナ・カム」を録音した直後、モーテルで女主人に銃で撃たれ、謎の死を遂げている。12月11日は、偶然にもサム・クックが殺された日であることを、あとから学生のリアクション・ペーパーを読んで知った。



さて、それでは、ソウル・ミュージックはゴスペルのどのような要素を受け継いだのあろうか。ゴスペルからソウルへ受け継がれた音楽的特徴としては、①同じコードのくり返し、②コール・アンド・レスポンスの多用、③メリスマの効いた歌い方、と言った要素があげられるが、曲によってはこうした特徴を持たないソウル・ミュージックもある。ただ、こうした音楽的要素を通じて達成される、どこまでも昇りつめるような高揚感だけは、ゴスペルとソウル・ミュージックになくてはならないものである。これがピークかと思うと、まだ先がある、さらにまだ先、さらに先・・・しかし、誰もがピークが来ることを知っている。これはまるで、「ア・チェンジズ・ゴナ・カム」の歌詞のようではないか。ゴスペルの高揚感の背景には、何度も自由の約束を裏切られ、そのたびに希望を新たにしてきたアフリカ系アメリカ人の苦難の歴史があるというのがぼくの持論である。それは、例えば、「約束の地を見てきた」という、暗殺される前日のマーティン・ルーサー・キングの演説に見られるのと同じものだ。



公民権運動と同時代の音楽としてのソウル・ミュージックを特徴づける要素として、もう一つ指摘するべきなのが、白人との協働作業である。「真っ黒な」音楽と考えられがちなソウル・ミュージックだが、バックを務めるミュージシャンやスタッフはむしろ白人で占められていた。メンフィス・ソウルを代表するレーベル=スタックスのヒット曲のほとんどで、バックをつとめていたブッカー・T&MG’sは、ギターリストとベーシストが白人だったし、マイアミのマッスル・ショールズのミュージシャンはほとんどが白人だった。こうした若い白人のミュージシャン、「ナッシュビルに向かう途中で道をそれ、ブルースに出会ったカントリー・ボーイたち」が、黒人のシンガーとの共同作業のなかで作り上げたのが、ソウル・ミュージックだったということもできる。そのなかから生まれた最大のスターがオーティス・レディングであり、彼はスタックス/ヴォルト・レヴューとともにヨーロッパをツアーを行い、ヒッピーを中心としたロックの祭典「モンタレー・ポップ・フェスティヴァル」に出演したり、ローリング・ストーンズやビートルズの曲を録音するなどして、白人聴衆にも接近していった。



60年代後半、若い世代を中心に非暴力への信頼が揺らぎ、運動が先鋭化していくと、ソウル・ミュージックもまた、変化せざるを得なかった。とりわけ、他ならぬメンフィスで、マーティン・ルーサー・キングが暗殺されたことの影響は大きく、黒人の経営者アル・ベルを社長に迎えたスタックスからは、創始者の姉弟をはじめとする白人スタッフが次々にやめていった・・・(続く).。

國學院非常勤、後期裁十一回目。6限「1st Year English」は、間接疑問文と関係副詞。7限「英語(L&W)」は、バラク・オバマの大統領就任演説を読む。「わが国の偉大さを再認識するなかで、私たちはその偉大さが所与のものではないということを理解します。それは勝ち取らなければなりません。私たちの旅路は、近道でもなければ、妥協の産物でもありません、それは、心の弱いものたちに向いた道ではありません ― 仕事よりも遊びを優先し、富や名声の喜びのみを追い求めるような人たちには」

2017年12月10日(日)

わんにゃんレスキュー@西荻窪Zizi Annabelleに、ひらげエレキテルとして参加して、2曲歌ってきました。演目は、「焼酎」「かわいい子猫ちゃん」。わんにゃんレスキューは、殺処分ゼロを目指すチャリティー・オープン・マイク。始まった時は少人数だったこの企画も、店に人が入りきらないほどの規模にまで成長しました。出演者も個性豊かな人ばかりで、観客としても楽しませていただきました。そして、何よりも「かわいい子猫ちゃん」で盛り上がってくださったみなさん、ありがとうございました。

2017年12月9日(土)

明治学院で来年度、サバティカルで研究に専念される富山先生の代役で、担当させてもらうことになったゼミの学生説明会。大画面に「平尾ゼミ」なんて文字が映し出されると、本当にいいのかと思ってしまう。ぼくの番になって、その大画面を見ると、自分で作ったパワポが映し出されている。あわわ!のっけから、Preachin' のスペルが間違っている!冷や汗。スペルミスを詫び、慌てて次のカードにスイッチ。ぼくのゼミはブルースの歌詞を入り口に、刑務所における矯正労働やシェアクロッピング制度によって、奴隷制が別の形で存続していたことや、黒人教会とブルースの関係、どん底をひっくり返す、ブルースの力などについて学んでいくつもり。授業では、担当者に自力で歌詞を訳し、参考資料を読み込んでもらい、ぼくのほうで解説する形をとる。いくつかのキーワードから資料や知識を検索することもやってみたいと思う。果たして学生が集まるのか(興味があるという学生が二人来た)、集まったところで納得してもらえるのか、不安でいっぱいだが、せいいっぱいやるしかない。

2017年12月8日(金)

宴席凱旋?

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今日のお絵描き。ジョーン・バエズ

神奈川大非常勤、後期第十一回目。「初級英語」2コマは、テストをやって、教科書のテキスト分析。「基礎英語」は、動名詞の復習。

2017年12月7日(木)

首都大非常勤、後期第九回目。『ジャズの誕生』をテキストとするリーディング3コマ。教科書に名前の出てくるクラリネット奏者エドモンド・ホールの演奏を聞きながら、授業開始。1限が「もちろん、そうしたことすべての背景には、白人が支配的な文化に、印を残したい、所属したい、事実上参加したいという、アメリカ黒人の強く変わらない願望があった。そして、音楽は名声と富へにつながる数少ない道のひとつだった」「軍楽隊の人気はナポレオンのフランスでピークに達した。パレードやコンサートはすぐにアメリカのお気に入りの野外の娯楽となった。黒人もまた楽団を持っていた」ま、2限がその先で「1855年の南部への旅について書いて、F・L・オルムステッドは<南部のすべての町に、黒人で編成された、しばしばたいへん優秀な楽団がある。軍事パレードはふつう、黒人のブラスバンドによって伴奏された>と述べている。オルムステッドの優秀さの基準は、ヨーロッパのものであり」まで。3限はずっと先で、「ルイ・アームストロングは、著書『サッチモ』で22の友愛組織に言及し、彼の(所属する)支部は、ピシアスの騎士だと付け加えている。1954年12月17年付『タイム・ピカユーン』紙によれば、1954年に推定年齢70歳で亡くなったパパ・セレスティーンは、「プリンス・ホール連盟リッチモンド第一支部F&AM、ユーリカ教会会議第七支部ASRFM、第一にこやか支部RAM」に所属していた。「数人集まれば」 ダニー・バーカーは、『ヒア・ミー・トーキン・トゥ・ヤ』のなかで述べている。『クラブができ、発展していったものさ』」「これらの秘密結社は、同じような白人の組織よりもずっと数が多く、ミュージシャンに断続的だが頻繁な雇用を与えることによって、黒人ブラスバンドの経済的基盤を築いた」 友愛団体(あるいは、秘密結社)の名前は不思議なものが多いので、難しい。特に最後についている略語は何だかわからなかったのだが、調べてみると、F&AMは"Free and Accepted Mason"、"RAM"は”Royal Arch Masonry"と出た。ということは、ASRFMのFMも"Free Mason"である可能性が高い。

2017年12月6日(水)

ベラフォンテと、へらちょんぺ。

横浜国大非常勤「英米文学」、第九回目。世紀転換期のアフリカ系アメリカ人指導者ブッカー・T・ワシントンと、W・E・B・デュボイスを比較した。南部で、奴隷の女性と奴隷主の白人の間に奴隷として生まれ、貧困のなかで育ったワシントンと、北部のエリート家庭に育ち、大学卒業後、ベルリンに留学までしたデュボイスは何もかもが対照的だが、思想的にも両者の争点は明らかであった。政治的な権利の要求を棚上げしてでも、南部の白人との融和を図るべきと考えるワシントンに対し、デュボイスはそうした権利を手放すべきではないと考えた。何も持たずに路上に放り出されたに等しい元奴隷たちを、シェアクロッピング制度の罠から救い、自立した人生を歩ませるには、職能訓練が何よりも必要だと考えたワシントンに対し、デュボイスは「才能ある十分の一」に専門教育を施すことが必要であると主張した。デュボイスの考えは、一見、現状を無視した理想論に見えるかもしれない。しかし、例えば、黒人お断りの病院をたらいまわしにされ、多くの黒人が命を落としているとき、専門教育を受けた黒人の医師がいなかったら、誰がその患者を救うのだろう。こうした意味で、デュボイスの主張にも、現実的な意味があった。

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ワシントンが批判の対象になるとき、必ずやり玉にあげられるアトランタ綿花国際博覧会での演説、いわいる「アトランタの妥協」も、綿花を栽培する南部の農場主という、おそらく世界で最も人種差別的な人々に囲まれて、行われたものであることを忘れてはならない。それでも、ワシントンは、訴えなければならかなかった。どうしたら、貧困の泥沼から元奴隷たちを救い出すことができるのか。それには、職能教育しかない。そのための手段として、彼にはタスキーギ学院があった。というよりも、タスキーギしかなかった。会場を埋め尽くした白人から、何としてでも寄付金を引き出さねばならなかった。アトランタとは別のときに撮られた演説するワシントンの写真がある。現在と違ってマイクがないということもあろうが、それにしても必死の形相である、怒っているようにも見える。

一方、デュボイスは、ワシントンより後に生まれ、大変長生きだったので、活動は多岐にわたる。思想も時代によって変遷を見せ、最後は独立したばかりのガーナで、パン・アフリカニストとして亡くなっている。1920年代ごろまでのデュオイスについていえば、上記の専門教育の重視に加え、黒人の二重意識の問題を取り上げたことが注目される。アフリカ系アメリカ人は、アフリカ人としての自分と、アメリカ人としての自分に引き裂かれている― というと、誰だってそうじゃないかと思うかもしれない。しかし、ここに、もう一つの要素として白人の目が加わる。黒人が「アメリカ人」として振る舞おうとすれば、「どんなにアメリカ人=白人のように振る舞っても、所詮、黒人」と言われ、「アフリカ人」として振る舞えば、「やっぱり黒人は異質だ。受け入れることはできない」と言われる。どちらにしても、排除される人種差別主義社会の罠だ。これに対し、デュボイスは二つの自己を統合した新しいアイデンティティを模索すべきだというのだが・・・。その後、他の黒人指導者たちと立ち上げたナイアガラ運動を土台に全米黒人地位向上委員会(NAACP)が結成されると、デュボイスは機関紙『危機』の編集長となり、若い作家の開拓に努めた。

授業の最後に時間があれば、「アフリカ文学つまみ食い」と称して、アフリカ文学の世界を紹介していくことにした。今回は、西アフリカのマンデ人に伝わるマリ帝国の創始者スンジャータ・ケイタの英雄譚。みんな、「ものがたり」を楽しんでくれたかしらん。


「ひらげエレキテルの今夜はビリビリナイトVol.2」@西荻窪Zizi Anabelleひらげエレキテルこと、ワタクシひらげが、ラジオDJ風の語りで個性豊かなメンバーを回していき、最後には自分も歌うというこの企画。今回は音楽的に優れた人たちが集まって、時ならぬ楽しい宴となりました。まずは、抜群のポップセンスを誇る太田真人さん。大学時代の先輩なのでフルネームで呼ぶのは気恥ずかしいですが、当時から歌い続けているものも含め、きらきらとしたオリジナルをカッコよく決めてくれました。続きまして、我らがすーじーさん。アカペラで、ペーソスに満ちたオリジナル曲を熱唱します。もうこれ以上はないというインパクト。そこに畳みかけるように登場したのが、オートハープの小坂@十勝産さん。日本では珍しい楽器と言えるオートハープを使って、アイリッシュ、スコットランド系の民謡から、フォルクローレ、サイモン&ガーファンクルまで美しいメロディを浮かび上がらせます。そして、「ビリビリ」の大番頭、写真家として個展も開いた=青山オレオさんによる「インスタ映えする写真の撮り方講座」。さすが、流行語大賞にもなった話題で、皆さんの関心を惹きつけます。続いて、チャランゴハーディ・ガーディを演奏する鈴木龍さん登場。チャランゴもさることながら、初めて見るハーディガーディに、皆さん興味津々。そして、もちろん、グルーブあふれる演奏も最高でした。トリはワタクシ、ひらげエレキテルがギターのぢぞ郎さんと共に、ご機嫌をうかがいました。演目は、「New Song」「焼酎」「かわいい子猫ちゃん」「最後の日」。そして、プログラム終演後、名曲「プカプカ」大合唱にはじまり、珍しい楽器満載のフリーセッションへとなだれ込んだのでした。今回見逃した皆さんも、第三回はぜひ、お越しください。何かが始まろうとしている予感です。

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すーじーさん。

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小坂@十勝産さん。

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青山オレオさん。

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鈴木龍さん。

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ハーディ・ガーディ。

2017年12月5日(火)

今日のアナグラム。
「さらば地球よ、旅立つ船は、宇宙戦艦ヤマト」(さらばちきゅうよたびだつふねはうちゅうせんかんやまと)
「うん、千葉からやと九分、マサチュウセツは旅だよね」(うんちばからやときゅうふんまさちゅうせつはたびだよね)

日本女子大非常勤、後期第十二回目。「米文学論文随筆演習」は、ハリエット・アン・ジェイコブズの奴隷体験記を読む。リンダ(ジェイコブズの仮名)は、奴隷主フリントにリンダが北部にいるように思わせる手紙を書いたことが、いつか役に立つと言って、祖母をなだめる。どちらにしても祖母はリンダが去っていくのを見て胸を痛めることになる。とはいえ、フリントがボストン市長に逃亡奴隷探索を依頼する手紙を出したことで、彼がリンダが北部にいると信じていることが明らかになった。しばらくして、早朝、リンダは屋根裏の隠れ家から下の物置に下りて、身体を伸ばすことが許された。それが思わぬ結果を招くことになる。一方、女主人は、リンダの子供たちの父親が誰であるか、サンズ夫人に知らせると言い始めた、そんななか、サンズ夫人がリンダの二人の子どもをみかけて気に入り、サンズ夫人がベニーを、彼女の妹がエレンを引き取って育てたいと言い始めた。凝ったリンダは危険を覚悟でサンズ氏に抗議し、サンズ氏も非を認めたため、この話はなかったことになった。「アカデミック・ライティング」は、それぞれのペースで論文を仕上げる。いよいよ大詰め。

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ボイトレの課題。

2017年12月4日(月)

週末はシューマッハ。

明治学院非常勤「アメリカ研究」、後期第十一回目。このところ、3週にわたって見てきたスパイク・リー監督の映画『マルコムX』の結末。マルコムXが、オーデュボン・ボールルームで演説中に暗殺されるショッキングなシーンから、黒人の苦難の歴史を示す映像のコラージュをバックに、ジェイムズ・ボールドウィンによる追悼詩が読み上げられる。SOWETOという横弾幕を掲げた、ソウェト蜂起を思わせる子供たちの行進をきっかけに、場面が教室に変わり、「今日は5月19日は、マルコムXの誕生日です。彼は偉大なアフリカ系アメリカ人でした。みなさん一人ひとりがマルコムXですよ」という女教師の声に導かれて、子供たちが次々と「ぼくはマルコムX!]「わたしはマルコムX!」(I'm Malcolm X!)と叫びながら、立ち上がる。アップの映像が続く。いつの間にか、子供の発音が、'I am Malcolm X!'というのっぺりとしたものに変わり、カメラが引くと、最初とは違う教室に、当時、釈放されたばかりのネルソン・マンデラが立っており、マルコムの言葉をくり返す。「我々は宣言する。我々は、この地球上で人間として生きる権利がある。我々は人間としての権利を持つ。我々の人間としての権利が尊重されることを求める。この地球上の、この社会で、今日我々はそれを実現するために闘う」 そこにマルコム自身の肉声がかぶさる。「必要などんな手段を用いても!」

ジェイムズ・ボールドウィンについては、何回か後にこの授業でも取り上げるつもりであること、横断幕に書かれた文字が、ジョハネスバーグ近郊のタウンシップ(黒人居住区)「ソウェト」を意味しており、そこが丸腰の中高生によるデモに警察が発砲して多くの死傷者を出した「ソウェト蜂起」が起きた場所であることなどについて、解説した。何度見てもよくできたエンディングだと思うと同時に、当時も現在も広い尊敬を集めているマンデラを引っぱり出すことで、マルコムのすべてを正当化してしまうような、ずるさも感じる。マンデラ自身、ノーベル平和賞を受賞したこともあって、非暴力の人と思われがちだが、アフリカ民族会議(ANC)内の武装組織ウムコント・ウェ・シズウェ(民族の槍)を立ち上げた人物でもある(もちろん、その戦略の中心は、敵の戦略的基点を集中的に攻撃する<サボタージュ>だったが)。抑圧された人々が人間としての権利を取り返すためには、時に暴力が必要であることは、認めざるを得ない。だからといって、暴力を簡単に飲みこむことはできないという、ぼく自身が抱えているジレンマについては、ナット・ターナーについての横浜国大の授業で述べたとおりだ。マルコムについていえば、自衛のための暴力を擁護しながら、実際に暴力に訴えたことは一度もないのだが。

残りの時間で、マルコムの思想的後継者ともいえる「自衛のためのブラック・パンサー党」について早足で解説した。1966年、ヒューイ・ニュートンボビー・シールなどによって結成されたブラック・パンサー党は、自己防衛を掲げ、少数民族と労働者階級の解放を目指した。毛沢東主義の強い影響を受けていた。公然と武装して行進するなどの「過激な」活動はアメリカ政府を刺激せずにはおけないものだったが、実際の活動は、「児童のための朝食給食計画」、「人民医療センター」などのコミュニティ活動に重点を置いていたし、ラディカルな白人との協力も否定しなかった。そもそも、結党当初の標語は「パワー・トゥ・ザ・ピープル」であり、のちに学生非暴力調整委員会から党首相として迎えられたストークリー・カーマイケルの「ブラック・パワー」にみられる分離主義とは一線を画するものがあった。ただし、物事を根本から考えようとする「ラディカル(根本主義者)」として、妥協を重ねるリベラルとの共闘は否定していた。

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最後に、次回、「音楽特集:ソウル・ミュージックと公民権運動」の予告編。映画『マルコムX』でもかかっていたサム・クックの「ア・チェインゴナ・カム」を聞きながら、歌の一節「長い時間がかかったけど、いつか変化の時が来るさ」が、オバマの大統領選勝利演説の「長い時間がかかったけど、変化がやってきた」につながることを指摘。アフリカ系アメリカ人の唄物の音楽を表す言葉の変遷を板書した。ソウル・ミュージックという言葉がさかんに使われたのは、50年~せいぜい70代前半までのほんの20年あまりにすぎず、それ以前はR&B(リズムアンドブルーズ)、以後はブラック・コンテンポラリー、そしてヒップホップの出現を契機にR&B(アールアンドビー)へと流れていくこと、ソウル・ミュージックが、ゴスペルという「原点への回帰」と、「白人との協働」という公民権運動の二つの面を体現する音楽であったことを指摘した。

この話の続きはまた、次回。

2017年12月3日(日)

必要ないかなる手段で 餅煮ても。

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今日のお絵描き。チャーリー・パットン。最初はブルースマンらしからぬ、のっぺりとしたイケメン顔かと思ったのだが、描くうちにまるで違うことに気づかされた。殴られてあざだらけになった男の鬱屈した怒りに満ちた顔。フレデリック・ダグラスもそうだったが、目が怒っている。俺をこんな人生に閉じ込めたのは誰だという声を押し殺して、呻いている。

「World Wide Music 冬もアフリカ・ブラジルでナイト」@荻窪Bungaに、南半球系バンド・チキリカで参加して、演奏してきました。パシチガレ・ムビラズ(アフリカ、ジンバブエのムビラ)、うらん・稲葉充・クラウジオ石川・秋元大祐(ブラジル、サンバ)、チキリカ(南半球系)というラインナップによる、ワールド・ミュージック系の企画。わらわれチキリカは、何といっても「いんちき」を標榜しているので(何だ、「南半球系」って!)、本格派の二組のあとで、浮くこと必至でしたが、ブラジル音楽のパーカッショニスト=ケペル木村さんをゲストに、とにかく全力で食らいつきました。セットリストは、「Koma」「パームワイン」「腹がへったよ」「山椒魚」「ハランゴマ」「健忘症」「花と風」「自転車に乗って」「カゴメカゴメカゴメ」。盛り上がってくださった皆さん、どうもありがとうございました。パシチガレ・ムビラズの深くたゆたうグルーヴ、そして、サンバの軽やかで切ない世界、堪能いたしました。また是非ご一緒させてください。

2017年12月2日(土)

今日のアナグラム。
「まことに遺憾に存じます(まことにいかんにぞんじます)」
「2.2時間 マゾイスト(にこんまにじかんまぞいすと)」

2017年12月1日(金)

想像してGo round

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今日のお絵描き。アフリカの母子。

「捨て鉢」の由来は何か、ということが話題になり、調べてみたところ、托鉢僧が修行を離れ、托鉢の鉢を捨てることから、自暴自棄になることを「捨て鉢」というようになったという。さしずめ、酒と女に溺れ、説教師をやめたサン・ハウスは「捨て鉢」の生きた見本か。これからはブルースを托鉢していこう・・・

神奈川大非常勤、後期第十回目。「初級英語」2コマは、教科書のテキスト解析。フロイトについてのテキストまで終わった。次回、ひとつ前の、「果物の王様リンゴ」と合わせて読解テスト。「基礎英語」は一学期にやった内容に戻り、不定詞について。

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