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2017年10月31日(火)

日本女子大非常勤、後期第七回目。「米文学論文随筆演習」は、ハリエット・アン・ジェイコブズの奴隷体験記を読む。リンダの子供たちを売ってしまったドクター・フリントは、リンダ(ジェイコブズの仮名)の祖母に聞いて、リンダの子供たちを買ったのが祖母であることを確かめる。「リンダはもうすぐ戻って来る。あいつは生きている限りオレの奴隷だし、死んだら子供たちがオレの奴隷だ」と強がる。しばらくの間、リンダは幸福と感謝の気持ちに包まれて暮らす。フリントは伯父のフィリップを、リンダの逃亡を助けた罪で訴えるが、無罪に。リンダは、ベティを通じてそのことを知る。一方、なぜか近所でリンダの捜査が再開される。そのうえ、女中がリンダの部屋に入ろうとする事件が起き、リンダは、べティの手引きでそれまでの隠れ家(親切な白人の婦人の屋根裏)を離れることを決意する。

「アアカデミック・ライティング」はいつものように、それぞれのペースでエッセイを書く作業。書いてきたものにあんまり注文を付けても、書き進めなくなっちゃうかなあ。

2017年10月30日(月)

ふと耳にしたカップルの会話。「チャック開いてるよ」「えっ(汗)」「かばん」

明治学院非常勤「アメリカ研究」、後期第六回目。大恐慌により混乱したアメリカ社会を再建するため、フランクリン・ローズベルト大統領が推進したニュー・ディール政策は、大規模な公共事業による雇用の創出と、金融規制による経済の公正化によって、アメリカに健全な経済を取り戻そうとする試みであった。それは同時に、社会保障政策や、労働関係法の整備によって、資本主義の矛盾を正そうとする傾向があり、とくに後期はそれが強い。弱者救済的な政策は、多くのアフリカ系アメリカ人に歓迎されたが、加えて、ローズベルトは、エレノア夫人の後押しもあって、多くのアフリカ系アメリカ人を政策顧問に指名するなど、黒人の地位向上にも関心を示した。このため、「リンカーンの党」である共和党も支持者が多かったアフリカ系アメリカ人が、一斉に民主党支持に傾いた。

ローズベルト任期中のリベラルな雰囲気を受け、1930~40年代には、二人の黒人アスリートが、カラーラインを越えて活躍した。一人は、黒人として二人目のヘヴィ―級チャンピオンになったボクサー、ジョー・ルイス。もう一人は、黒人初のメジャー・リーガー、ジャッキー・ロビンソンである。

「黒い爆撃機」の異名を持つジョー・ルイスは、11年間の現役中に、ヘヴィ―級チャンピオンの座を25回防衛している。これは現在も破られていない最高記録だ。ルイス以前に、ジャック・ジョンソンが黒人として初めてヘヴィ―級王座についているが、その奔放な振る舞いが白人の嫌気を買い、彼の後、黒人がチャンピオンベルトを手にすることが許されない時代が続いた。ルイスは、ジョンソンの反省に立ち、対戦相手に常に敬意を払い、白人女性とは頼まれても写真も撮らないといったように、白人の神経を逆なでしないように常に気を使った。また、ドイツのボクサー、マックス・シュメリンクとの対決は、ナチス・ドイツと自由の国アメリカを象徴するものとして注目を浴び、勝ったジョー・ルイスは一躍英雄になった。しかし、シュメリンクが反ナチス主義者であり、ルイスが「自由の国」で自由を奪われた黒人であったことは、これ以上はない皮肉である。

ジャッキー・ロビンソンもまた、先駆者として、紳士的に振る舞うことを余儀なくされたものの一人だった。ロビンソンをブルックリン・ドジャーズに起用したオーナーのブランチ・リッキーは、どんな屈辱的な目に合おうとも、それに反応せず、プレイに遷延できるかと聞いたという。これができるのは、当時、黒人リーグで一時代を築いていたサッチェル・ペイジや、ジョシュ・ギブソンではなく、若いロビンソンであるというのが、リッキーの判断だった(このあたり、映画『栄光のスタジアム』に、生き生きと、やるせなく描かれている)。ロビンソンは、ファン、相手チーム、そしてチームメイトからの心ない言葉や行為に耐え、ドジャーズの主力選手、さらにはメジャー・リーグを代表する選手に成長していった。

こうしたスポーツ界の出来事と並行して、公民権運動が次第に高まりを見せていく。1930年のスコッツボロ事件では、レイプの冤罪で死刑判決を受けた黒人青年たちは減刑はされたものの、無罪は認められなかったが、44年には連邦最高裁判所が、予備選挙が政党の私的行為であるとしたテキサス州裁判所の判決を覆し、予備選挙から黒人を排除することを違憲であると認めた(スミス対オールライト訴訟)。そして、この時期の公民権運動の最大の成果が、公教育における人種隔離を違憲とし、プレッシー対ファーガソン判決の「分離すれども平等」の判例をくつがえした「ブラウン判決」(1954)である。この判決に従って、各地で人種共学が進められていくが、それはアラバマ大学に入学したオーザリン・ルーシーが黒人の入学を拒む学生のデモによって追い返された事件や、アーカンソー州のリトルロック・セントラル高校に登校した9人の黒人生徒が、フォーバス知事の挑発にのった白人群衆に罵声を浴びせられた事件など、南部を中心に大きな反動に晒された。

最後に、フォーバス知事や、リトルロック高校事件に有効な対策を取らなかったアイゼンハワー大統領を罵倒したチャールズ・ミンガスの名演「フォーバス知事の寓話」を聞きながら、授業終了。

國學院非常勤、後期第六回目。「1st Yerar English」は、副詞節の続き。目的、結果、譲歩を表す副詞節。「英語L&W」は、バラク・オバマ、2009年大統領就任演説を読む。「家は失われ、雇用は減り、企業が倒産している。医療費は高すぎ、学校は多くの人びとの期待を裏切っている。私たちのエネルギーの使い方が、敵を力付け、地球をおびやかしているのは、まぎれもない事実です」「データや統計によると、これらは危機を表す指標である。しかし、より測りがたいが、深刻でないわけではないのが、国中に広がっている自信の喪失 ― すなわち、アメリカの衰退は避けられず、次世代の人たちは視野を下げ(目標を下げ)なければならないというしつこい不安なのです」 最後のところで、日本でも<上見て暮らすな、下見て暮らせ、稼ぐに追いつく貧乏なし>なんて言ってね」と説明したが、通じたかどうか。

2017年10月29日(日)

ひらげエレキテルとして、江古田マーキーの昼の部に出演してきました。演目は、「New Song」「早く帰ろう」(遠藤賢司カバー)「かわいい子猫ちゃん」「まあるいお月さま」「雨の日」「最後の日」。先日亡くなった遠藤賢司さんの「早く帰ろう」をカバーした。高校時代、何度か演奏したことがあったので、前日にちょっと練習したらすぐ思い出した。エンケンさんはハーモニカを吹くので、ちょっと物足りないが仕方あるまい。新曲「雨の日」はライブ初披露。ああ、これでお客さんさえいてくれれば(苦笑)。次回は、11月18日(土)下北沢Laguna昼の部です。

2017年10月27日(金)

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今日のお絵描き。トーマス・マプーモ

神奈川大非常勤、後期第五回目。初級英語2コマは、~ingの見分け。~ingを進行形か、動名詞か、現在分詞の形容詞的用法か、見分ける。さらに、現在分詞が補語に入る場合も。基礎英語1コマは、副詞節を作る接続詞の続き。目的、結果を表す副詞節、条件節、さらに、仮定法についても少しだけ教えた。仮定法は難しいけど、英語の一番面白いところだと思うんだよなあ。最後に時間が余ったので、次回の予告的な感じで、関係代名詞の何たるかを説明した。

2017年10月26日(木)

エンケンこと、遠藤賢司さんが亡くなった。安らかに・・・なんて言わないぜ。涙。

首都大非常勤、後期第四回目。『ジャズの誕生』をテキストとするリーディング3コマ。今日は、プリント返却時に流す音楽を忘れるなど、いつもにも増してダメダメ講師だった。テキストは、1限が「「<有色人>、すなわち自由黒人(<有色人>”People of Color"はアメリカでは黒人のことだが、ここではわざわざ<自由黒人>と言い換えているので、こういう訳に)もまた、より小規模な店を経営し、品物や果物を売っていた」(ここまで、トーマス・アシェからの引用)「ラテン・カトリック時代のフランス人やスペイン人の貴族は、ルイジアナ買収の後に起こった北部商人の進出に対抗する準備ができていなかったようで、イギリス・プロテスタントの慣習がその存在を感じさせ始めていた」まで。

2限はそのあと、「それでも、ニューオリンズはラテンカトリックが優勢な町のままだったし、現在でもそうであり、そのことがアフリカ音楽の生き残りを助けた。1846年になってもなお、地質学者のチャールズ・ライエルがニューオリンズの町を訪れると彼は、「プロテスタントの増加にもかかわらず(中略)マルディグラは、相変わらず<おしろいとおたのしみ>にあふれているという話を聞いた。アフリカ人がニューオリンズで聞いた音楽は、アメリカのほかの都市にいたら聞いたであろう音楽と比較すると、馴染みなあるものだった。加えて、フランス領西インド諸島からの奴隷が続々と到着し、さらなる混交が進んでいた」まで。

3限はさらに進んで、「彼ら(黒人クレオール)は、より色の黒い兄弟たちに加わることを余儀なくされたが、この本のなかでこれから見るように、最も明白には技術の点で、ジャズの誕生に貢献するものをたくさん持っていた」「一方、ニューオリンズ近辺のプランテーションの奴隷たちは、ヨーロッパ音楽をほとんど、あるいはまったく聞いたことがなかった。彼らだけで取り残されて、これらの農夫たちは、彼らの音楽的遺産を保持することができ、プランテーションはアフリカ音楽の宝庫になった。これら両極端の間で、多くの奴隷や自由黒人が、町のいたるところに暮らしていた。それは反乱を避けるための法的措置であったが、結果として、人種隔離を軽減することになった、人種よりもむしろ経済的なラインで社会的区分を定めようとするこの傾向もまた、のちにその力を失うことになるとはいえ、音楽の混交を促進する手助けになった」

はじめてエンケンを聞いたのは、中学生のときだった。先日亡くなったかまやつひろしさんが著書『我がよき友よ』のなかで、わざわざ「遠藤賢司●うまいカレーを食べさせる店主」という一節を設けて、渋谷にあったエンケンさんのお店『ワルツ』、そこで出しているカレー、愛猫の寝図美ちゃんのことなどを紹介していた。さらに、同じ本の井上陽水の節に、陽水がエンケンを相手に将棋に凝っているという話があって、大柄で、無口な二人が将棋盤をはさんで向かい合う様子が(かまやつさんの想像だが)、ユーモラスに描かれている。すでに、陽水に心酔していたぼくは、遠藤賢司という人は陽水のお友だちらしいぞ、とチェックを入れていた。

折も折、これも先日閉店した横浜の『バナナ・レコード』で、エンケンのライブを集めたカセットテープを手に入れたのだ。これは、強烈だった。特に、生ギターをかき鳴らしながら歌う「夜汽車のブルース」が。当時、仲が良かったコージ(もしくはウマちゃん)と、何度も何度も巻き戻して聞いたものだ。それは、「ギターをかき鳴らす」と言えば、ウッドストックのリッチー・ヘブンスか、中津川の遠藤賢司か、というくらい、強いインパクトをぼくに残したのだった。しばらくして、当時、やや下火になっていたフォーク系のミュージシャンを集めて開催された『旧友再開フォーエヴァーヤング』というライブ(同じ日には、日比谷野音で『へんたいよいこ集会』が開かれていたように記憶する)の演奏がラジオで放送され、エンケンは「カレーライス」で自在なアルペッジオを披露し、またまた幼気な中学生をノックアウトしたのだった。

そして、これもまた今はなき地元のレコード屋『ペペ』で注文して(まだAmazonなんかない時代だ)、エンケンのセカンド・アルバム『満足できるかな』を買ったのだった。『満足できるかな』は、ぼそぼそとつぶやくように歌う歌が多く、はっぴいえんどのメンバーがバックについた「夜汽車のブルース」もなんか印象が違ったけど、結局はくり返し聞くことになった。そして、女の子に首を切られ、その復讐を愛猫・寝図美に託す「満足できるかな」に心をわしづかみにされ、自分でも弾き語りでカバーするようになったのだった。

こうして、熱に浮かされた、狂った中学2年生が一人、誕生したのである。

エンケンについては、プロレスに転向した輪島への長尺応援歌「輪島の瞳」、「東京ワッショイ」、「不滅の男」、なぜか『クイズ・ドレミファドン!』にゲスト出演して歌った「オムライス」など、語りたいことはまだまだあるが、最後なのでこれぐらいにしたいと思います。気がついたら、こんなに影響を受けたのに、ライブに一度も行っていない。なんてことだ。「あなたがこんなに早く、こんなに遠くに行くとは思わなかったから」(遠藤賢司「ミルク・ティー」)。さらば、エンケン。でも、できれば、死んだなんて嘘だと言ってほしい。

2017年10月25日(水)

太田裕美「いいえ〜あなた〜私は、干し芋の罠(イ)-4♪」

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今日のお絵描き。フランコ・ルアンボ・マキアディ

横浜国大非常勤「英米文学」、第三回目。前回の奴隷貿易に続いて、大農場における奴隷たちの生活を、ジュリアス・レスター『奴隷とは』からの引用を交えて、説明した。農場によって、扱いに違いはあれど、奴隷たちの運命が、奴隷主次第であったことは間違いない。いつ競売台にかけれれて、家族と引き離され、売られるかもしれない。奴隷たちにとって、ラスト・ネームは誰の所有物であるかを示すものでしかなく、家族の絆を表すものにはなりえなかった。そんななかでも、彼らは「日没から夜明けまで」の間に、自分たちの文化をつくり、人生を実りあるものにしようとした。主人が支配の道具として差し出したキリスト教を自分たちのものにし、秘密の宗教集会で霊歌を歌った。霊歌は「地下鉄道」で北部を目指す逃亡奴隷たちへのメッセージとしても使われ。、最後に、奴隷制時代を代表するアフリカ系アメリカ人として、ハリエット・タブマン、、ソージャナー・トゥルースフレデリック・ダグラスを紹介した。やっとの思いで脱出した南部に、仲間たちを救うために再潜入するタブマンの勇気、ソージャナー・トゥルースのスピーチ「私は女ではないのですか?」の力強い言葉に、心を動かされた学生も多かったようだ。この辺りを入り口に、じょじょに文学の話に入っていきたいところ。最後に、アレックス・ヘイリー原作のテレビ・ドラマ『ルーツ』を見始めたが、なぜか音が出ない。じたばたいろいろやってみたが、直らなかった。次回は何とかして、音入りで見たいところ。

2017年10月24日(火)

アナグラム・トゥデイ④。
「副都心線 直通 和光市行き 急行(ふくとしんせん ちょくつう わこうしいき きゅうこう)」
「美しき婦長 せんとくん 講和 至急来い(うつくしきふちょう せんとくん こうわ しきゅうこい)」

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今日のお絵描き。ジェーン・マンスフィールド

日本女子大非常勤、後期後期第六回目。「米文学論文随筆演習」は、ハリエット・アン・ジェイコブズの奴隷体験記を読む。夜中に子供たちの幻影を見たリンダ(ジェイコブズの仮名)は、彼らの身に何かあったのではないかと気が気ではない。ベティがやってくすぐに、子供たちの安否を尋ねる。リンダを慰めるために、ベティは彼女と一緒に寝る。翌日、たまたま聞こえてきたメイドの話から、子供たちが奴隷商に買われたことを知ったリンダは、叫びださずにいるために、血がにじむほど唇を噛んだ。子供たちを買ったのが、彼らの父親であることを、ベティに確認し、自分の苦労は無駄ではなかったと喜ぶ。「アカデミック・ライティング」は、それぞれのペースで最終エッセイを書く。

2017年10月23日(月)

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今日のお絵描き。ブライアン・ジョーンズ。今回のテーマは、性格の悪そうなところ。

明治学院非常勤「アメリカ研究」、後期第五回目。ハーレム・ルネサンスの作家として、ジーン・トゥーマーラングストン・ヒューズゾラ・ニール・ハーストンの三人を取り上げ、アレイン・ロックの「ニュー・ニグロ」論などと対照しながら紹介した。トゥーマーの『砂糖きび』は、ハーレム・ルネサンスの喧騒とは無縁の、静かな美しさを湛えた作品だが、南部黒人コミュニティのフォークロアを再評価する若い黒人作家の先駆となったこともたしかだ。授業では、短編や詩からコラージュ的に構成される『砂糖きび』のなかから、短編「ベッキー」の冒頭を朗読した。黒人の子供を産み、白人コミュニティからも黒人コミュニティからも、つまはじきにされた白人女性ベッキーを、周囲の人々が暗黙の裡に気にかけている様子が、松が煙となってイエスに囁くという比喩を使いながら、巧みに描き出されていく。こうした声にならない声のようなものを描かせると、トゥ―マーは抜群に巧い。

ラングストン・ヒューズについては、ハーレム・ルネサンス期に活躍した若い黒人作家たちのマニフェストとも言うべき、エッセイ「黒人芸術家と人種の山」を読み、白人の気をひくためでもなく、黒人の機嫌を取るためでもなく、自分たちの姿を美しいことも醜いこともありのままに描き出そうという姿勢が見られる。こうした姿勢は、白人の偏見を取り除くために、黒人文化を浄化しようとした、アレイン・ロックら一世代前の黒人知識人とは対称的だ。また、ヒューズの代表作のひとつである「黒人は多くの川を語る」は、メキシコで成功した父のもとに向かう途中、ミシシッピ川を渡る列車の車中で書かれており、ヒューズと父の葛藤が反映されている。コミュニティを捨て、川を渡ってより抑圧の少ない環境を目指した父に対し、ヒューズは生活の糧としての川とともに、コミュニティ内部にとどまることを選択する。そして、民族の歴史を象徴する川が、ヒューズの血となり、魂となる。ここには、個人が民族を構成するのではなく、民族が個人のアイデンティティの一部となるといいう発想の転換が見られる。実際、ヒューズの詩の多くは、個人の視点から、黒人を取り巻く状況を描くものだ。

ハーストンについては、小芝居付きで『彼らの目は神を見ていた』のストーリーを紹介。民俗学者としての一面にも触れた。次回もう少し補足しておきたいところ。

國學院非常勤、後期第五回目。「1st Year English」は、時を表す副詞節、理由を表す副詞節。「英語(L&W)」は、バラク・オバマの2009年大統領就任演説を読む。「ずっとそうだったのです(父祖たちの理想や独立時の文書に忠実だった)。今の世代のアメリカ人もそうでなければなりません。私たちが危機の真っただ中にいることは、今やよく理解されています。我が国は暴力と憎しみの広範囲なネットワークと戦争をしています。経済は衰退しています。それは、ある人たちについては、強欲と無責任の結果であり、また、私たちが困難な選択をして、新しい時代に向けて国の準備を整えることに失敗したことの結果でもあります」

2017年10月22日(日)

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今日のお絵描き。スクリーミン・J・ホーキンス

仮にもブラック・スタディを志す人間なら、J・ホーキンスのパフォーマンスを、白人のステレオタイプに対するアピールとして、否定すべきなのかもしれない。実際、ホーキンスのパフォーマンスは常に「良識派」から非難轟々、だいぶ前の『ブルース&ソウル』の特集号によれば、全米棺桶協会(何それ?)が「ホーキンスに棺桶を売ったり、貸したりしないように」という通達を出したことがあるほどだ・・・しかし、待てよ。そもそも、オレはそういうものが好きだったんじゃないか。「良識派」が眉を顰めるようなもの。便秘の苦しみを言葉ではなく、うめき声で表現したブルースのようなものが。DVDにもなっている1990年の日本公演は、これまで見たなかでもっとも印象に残るライブのひとつだ。白木の棺桶に入って登場(普段は西洋式の棺桶)したホーキンスは、ヘンリーと名付けられた骸骨の吸うたばこに火をつけ、右へ左へと大暴れ。あんなに笑ったライブもない。


日本公演の映像がYouTubeにアップされていた。権利上、問題がないわけはないが、とにかく素晴らしい内容。

「野蛮」「未開」を強調したホーキンスのパフォーマンスが、ブラックフェイス・ミンストレルや、コットン・クラブの白人向けショーの流れをくむものであるということは、否定しない。しかし、どこのものともつかないホーキンスの異様な立ち居振る舞いは、もはやそういう次元をはるかに超えている。あれは、アフリカ系アメリカ人という集団のステレオタイプではなく、ホーキンスが作った、唯一無二のゲテモノ的キャラクターである。それは、ホーキンス自身ですらない。黒人ミンストレルは、黒人のステレオタイプを演じることで、それが自分たちの本当の姿ではないことを確認した、というのが、ぼくの持論だ。普段の自分と同じものを、演じる必要はないからだ。同じことは、ホーキンスにも言える。

しかし、死後公開されたドキュメンタリー映画『スクリーミン・J・ホーキンス:アイ・プット・ア・スペル・オン・ミー』(2011)では、ホーキンスが、日本のゲリラとの戦いで受けた心の傷に苦しんでいたことが明らかにされている。彼の音楽にある不吉なイメージは、彼自身の心象を反映したものだったのだろうか。あの異様なキャラクターは演技ではなかったのか・・・しかし、ぼくはやはり、演技だったと思っている。ホーキンスは自分を苦しめる心のなかの不吉なイメージに、演技によって別の禍々しいイメージをぶつけることで、心のなかのイメージを振り払おうとしたのではないか。ブルースが、「憂鬱」という名の音楽によって、現実の憂鬱を追い払うように。演技に置き換えることで、距離をもって冷静に現実を受け止めることができるかもしれない。まさに「リアルな苦しみ」を歌った「便秘のブルース」のように、笑いの対象にすることだってできる。ホーキンスがやっていたのはそういうことだ。もちろん、観客であるぼくたちも、その「笑い」で憂さを晴らしたのだ。

2回目の来日公演の途中、大騒ぎする一部の聴衆を前に、ホーキンスが笑って演奏できなくなるシーンがあった。「あんたら、オレよりクレイジーだな」。今考えると、あれは泣いていたのかもしれない。いや、笑いなのか涙なのかはどうでもいい。ホーキンスには、大騒ぎする観客が、自分の殺した日本兵に見えたのかもしれない。「オレもお前も、クレイジーだよな。でも、いちばんクレイジーなのは、この世界だ」・・・と、そんなことは言わなかったけれど。殺しあった相手の故国で、観客を興奮させている気分はどうだったろう・・・そんなことを考える、台風の夜。

2017年10月21日(土)

アナグラム。「衆院選(しゅういんせん)」と、「うん、青春(うん、せいしゅん)」。選挙権が18歳以上になって、初めての衆院選です。ぜひ、投票に行きましょう。

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今日のお絵描き。吹けよ風、呼べよ嵐。

「青春の光と影(せいしゅんのひかりとかげ)」で、アナグラム2本。
①青春って、そんなものかも・・・「げ、一人、主観の世界(げ、ひとり、しゅかんのせかい」
②お腹を壊して、うまく歌えなかったのか・・・「歌手、下痢のせいと悲観(かしゅ、げりのせいとひかん)」

南半球系バンド・チキリカで、大久保ひかりのうまに出演しました。演目は、「自転車に乗って」「Koma」「腹がへった」」「健忘症」「パームワイン」「花と風」「カゴメカゴメカゴメ」。足元の悪いなか、お越しいただき、盛り上がってくださったみなさん、ありがとうございました。ジンバブエで撮りためた写真や動画をバックに流しながらの演奏、『やし酒飲み』の語りという新しい試みはいかがだったでしょうか。次回は12月3日(日)荻窪Bungaでお会いしましょう。

理由あって、6人編成のバンド3つという怒涛のようなプログラムとなった今回のライブ、共演者も素晴らしい演奏を聞かかせてくれました。同じ大学で教えていることが縁でつながった保坂さんのバンド、Speed BallsはかっこいいR&Bをビシッと決めてくれました。ひらげはもちろん、チキリカを聞きに来てくださった方のなかにも、R&B好きは多く、しびれまくっていました。

海老澤諭&Acoustic, Sing & Air は、海老澤さんの弾き語りを中核に、彼の頭のなかを除いたような、狭いようで広い、イマジネイティヴなサウンドを展開。後で話を聞いたら、ミシシッピ・ジョン・ハートスキップ・ジェイムズも好きだとか。ジョン・フェイヒーみたいな空間系ブルース?いやいや、もっと想像を超えたものです。とにかく、素晴らしかった。

三者三様の素晴らしい夜でした。そして、店長のマルタさん、お疲れさまでした。


2017年10月20日(金)

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今日のお絵描き。ファッツ・ウォーラー水野晴郎になりかける危機を乗り越え、何とか完成。

区役所で期日前投票と、難病認定の更新を済ませてきました。期日前投票には、後期高齢者の皆さんが、列を作っていました。毒蝮三太夫さん、今すぐ区役所に向かってください。そして、若者・・・負けるな。

2017年10月19日(木)

キボンヌ党?

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今日のお絵描き。アフリカン・ビューティ。

首都大非常勤、後期第三回目。『ジャズの誕生』をテキストとするリーディング3コマ。テキストと直接の関わりはないが、スリム・ゲイラードの「ラフィング・イン・リズム」を聞きながら、授業開始。1限は、「アフリカ人がニューオリンズで自分自身を見出した環境は、多様で変わりやすいものだった。トーマス・アシェは、1806年にニューオリンズを訪れて、民族的出自の観点から、その経済構造について論評している」「町の交易は大部分が4つの階級によって行われていた。ヴァージニア人とケンタッキー人は仲介斡旋業を支配し、スコットランド人とアイルランド人はそれなりの規模の輸出入業をすべて手中に収め、フランス人は弾薬庫や倉庫を経営。スペイン人は雑貨商やキャバンツ(cabants:意味不明)や最下層の居酒屋といった小さな小売業をすべて営んでいた」まで。2限は、さらに、「ラテン・カトリック時代のフランス人やスペイン人の貴族は、北部商人の進出と張り合う準備ができていなかったようで、イギリス=プロテスタントの慣習が、その存在を感じさせ始めた」まで。3限はかなり進んで、「そして、ニューオリンズでアフリカ人が聞いた音楽は、アメリカ合衆国の残りの地域にいたら聞いていたであろう音楽よりも性に合っていた。加えて、フランス領西インド諸島からやってきたアフリカ人(すでにヨーロッパ音楽の何かを吸収していた)が到着し続け、、さらなる混交が進行していた」「さて、さまざまな度合いでアフリカ人の血を受け継いだ人々が慣れ親しむようになった音楽の範囲は、独特だった。一方で、黒人クレオールは、スペイン人、フランス人、アフリカ人の血を併せ持ち、しばらくの間、かなりの社会的地位を得て、最高のヨーロッパ音楽の多くを吸収した。彼らは教育を受けさせるために、子供たちをパリへ送り、ヨーロッパで評判の指揮者と自分たちのオペラを開いた。南北戦争のあと、北部の偏見の到来とともに、彼らの没落はゆっくりだが、完全なものになった」まで読み進んだ。

2017年10月18日(水)

ヴェルヴェット・アンダーグラウンド&ネコ。ジャケットはかつお節。


10日ほど前に作った歌「雨の日」、ヴォーカルを録り直したり、コーラスを入れたりして、作り直しました。

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今日のお絵描き。ソウルフルかつ、セクシー。

横浜国大非常勤、第二回目。奴隷貿易について。中間航路の奴隷貿易では、奴隷は何パーセントか船上で死ぬことを計算に入れたうえで詰め込まれる商品だった ― 奴隷船の見取り図と、ジュリアス・レスター『奴隷とは』から引用した証言をもとに、拉致されたアフリカ人が、劣悪な奴隷船の環境のなかで、人間として扱われていなかったことを明らかにした。その上で、なぜこんなことが何百年もの間続けられたのかを問い、三角貿易を図解して奴隷貿易がべらぼうに儲かるサイクルの一角をなしていたことを示し、アメリカを中心とした奴隷貿易と奴隷制の歴史を年表にして、ピルグリム・ファーザーズより前に奴隷がアメリカに陸揚げされていたこと、民主主義の中核をなす制度である議会によって、奴隷制が正当化されていったことを示した。いわば、奴隷制、あるいは、アフリカ系アメリカ人は、アメリカ史の傍流ではなく、その中核をなすものであるということができる。最後に、アレックス・ヘイリー原作のテレビ・ドラマ『ルーツ』から、クンタ・キンテが奴隷狩りにあい、奴隷船に閉じ込められるまでを見た。学生の多くが、奴隷貿易の現実に、言葉を失ったようだった。

2017年10月17日(火)

政治屋が街にやって来る。

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今日のお絵描き。バナナを運ぶ少女。

日本女子大非常勤、後期第五回目。「論文随筆演習」はハリエット・アン・ジェイコブズの奴隷体験記を読む。北部でリンダ(ジェイコブズの仮名)を捜索していた奴隷主ドクター・フリントが帰ってくると、リンダの友人たちはフリントが気落ちししたこの機会を狙って、リンダの子供たちと弟ウィリアムを買う計画を実行に移す。フリントはリンダに対する復讐の道具である子供たちを手放すことを渋るが、娘エレンが成長して高く売れるようになる前に、病気で死んでしまうかもしれないという計算が働いて、三人をリンダの友人たちとつながった奴隷商人に売ってしまう。奴隷商人は牢につながれたウィリアムを見て気に入り、計画に協力する気になった。奴隷の取引に関わるのはこれで最後にしたいという。叔父の馬車で祖母の家に届けられた三人は、祖母と抱き合って喜びを分かち合う。そのころ、友人宅の屋根裏部屋に身を隠したリンダは、子供たちの幻影を見る。「アカデミック・ライティング」は、ほとんどの人が計画通り、本文の草稿にとりかかった。何人か出遅れている人が気がかり。

2017年10月16日(月)

「平和のためのベッドイン」は、「平和のため、のべつ問い」ということで。

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今日のお絵描き。カワイコちゃんの顔で遊んでみた。

明治学院非常勤、後期第四回目。今回は新しく手に入ったミュージカル映画『ストーミー・ウェザー』(1943)の日本語字幕版を見た。学生には、ただ見るだけではなく、前回指摘したハーレム・ルネサンスを動かしていた3つのベクトル―「白人並」の「洗練」を求めるブラック・ブルジョワジー、「野蛮」「未開」といったステレオタイプを求めて金を出す白人パトロン、南部黒人コミュニティのフォークロアを再評価しようとする若い黒人芸術家―がどこに表れているか、考えながら見るように指示した。例えば、前半に出てくるチック・ベイリーの舞台は、「野蛮」「未開」といったイメージを前面に出したものだが、一方でベイリーはビルに「お前のチンケなダンスで、オレの洗練されたショーに出るつもりか」と言っていたりする。あるいは、ビル・ロビンソン演じるビル・ウィリアムソンが、メンフィスへ向かう船上で、ジャイヴ・バンドをバックに見せるタップは、フォークロアといっていいかもしれないが、彼はタキシードで決めた「洗練された」姿も見せてくれる。「未開」「野蛮」といったイメージは、ミンストレルの黒塗芸も含め、黒人自身によって提示されるなかで昇華され、もはや出どころのわからないキャブ・キャロウェイのような異様なキャラクターを生み出したというのがぼくの持論である。一方、フォークロアの再評価は、アメリカ南部を飛び越え、アフリカの出張所ともいうべきハイチに取材したキャサリン・ダーナムのバレエとなって結実する・・・・とはいえ、映画のクライマックスは何と言っても、二コラス・ブラザーズのアクロバティックなタップである。

國學院非常勤、後期第四回目。「1st Year English」は、名詞節の復習をして、副詞節へ。「英語(L&W)」は、バラク・オバマの大統領就任演説を読む。「宣誓の言葉は、繁栄の上げ潮と平和な凪のときにも語られました。しかし、ときには、宣誓は暗雲たちこめ、嵐が起こるなかでも行われるのです。こうしたときでも、アメリカは何とかやってきました。それは、大統領の地位にあるのものの技量やヴィジョンのためだけではなく、私たちアメリカ国民が先祖たちの理想に忠実であり、アメリカ独立時の文書(独立宣言や合衆国憲法)に背かずに来たからなのです」

2017年10月15日(日)


一昨日作った新曲「Lula(巡礼者が草原を行く)」のタイトルを「ゆらり」に変え、作り直してみました。自分ではけっこう気に入っています。

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今日のお絵描き。カワイコちゃんを描く喜びコンティニュード。

2017年10月14日(土)

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今日のお絵描き。シェアクロッパーの老夫婦。「いやですよ、お父さん」

オール黒人キャストのミュージカル映画『ストーミー・ウェザー』(1943)の日本版DVDが届いたので、見直してみた。プロットはシンプルだし、授業で英語版を何度も見たので、だいたいの筋書きはわかっていたが、どういうことなのかまるで分らない箇所がひとつあった。ビル・ボージャングル・ロビンソン演じるビル・ウィリアムソンが、劇団の資金ぐりに行き詰まり、旧友のゲイブを金持ちのパトロンに仕立てて、急場をしのごうとする件。結局、正体がばれたゲイブは袋叩きにあい、踊り子たちは劇団を去ろうとするのだが、そこで運転手のジェイクが金を出して、すべては丸く収まる。ジェイクの金はどこから出てきたのか。以下、お金を差し出したときのジェイクとゲイブの会話と日本語字幕。

"If it's money you all are worried about, I think I have the solution to your problem."
"Cousin Jake, where did you get all that money?
"I drove my boss to Belmont Park today."
"You mean, there was a coincident? "
"What you mean?"
"That the right horse came in at the right time... ...and on the right track at the right odds?"

「金が問題ならこれで解決できるかも」
「ジェイク、これは?」
「今日ボスを競馬場まで運転した」
「当たったのか?」(ここは、「そんな偶然が?」と訳すべき)
「どういう意味?」
「たまたま買った馬が当たって高配当が?」

ベルモントパークはニューヨーク州にある競馬場で、アメリカ三大競馬場の一つに数えられる。日本語字幕では、「競馬場」となっているが、原語ではBelmont Parkなので、その手の話に弱いぼくには見当もつかなかった。「馬」という言葉も出てくるが、まさか、たまたま競馬で当てた金で一件落着なんて、ご都合主義的な展開とは思わなかった。もっとも、ゲイブに「そんな偶然が?」と言わせることで、ご都合主義自体をギャグにしているような気もする。どちらにしても、この手の映画はそれでいい。エンターテイメントの素晴らしさを考えれば、それを補っておつりがくるというもの。

2017年10月13日(金)

ティファニーで超ショックを。

新曲「Lula(巡礼者が草原を行く)」。昨日、ベリーメリーミュージックスクールのロビーで思いついたギターのフレーズをもとに、インスト曲にしてみました。

ハマの狂犬(キヨウケン)と呼ばれた焼売屋。

神奈川大非常勤、第四回目。初級英語2コマは、現在完了のテストをやったあとで、テキストのSVOCを分析、解説。基礎英語1コマは、理由を表す副詞節と、目的を表す副詞節。相関接続詞が多いので、英語が苦手な学生にはなかなかしんどいかも。

2017年10月12日(木)

ドは、どうなってるのよ
レは、連絡がない
ミは、見たこともない
ファは、ふぁたらかない
ソは、上の空
ラは、楽をして
シの、しわよせよ~
さあ、忙しい

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今日のお絵描き。ある老人。

首都大非常勤、後期第二回目。『ジャズの誕生』を読むリーディング3コマ。ハイチの話が出てきたので、チャールズ・ミンガス「ハイチの闘いの歌」を聞きながら授業開始。1限目は、「私たちは物語の一部始終を知ることはないかもしれない。しかし、いくつかの手がかりがあることも確かだ」からはじまって、「大勢の奴隷が西インド諸島から来た。『ガンボ・ヤヤ』の編集者は、<マルティーニーク、グアダルーペ、(のちに一部がハイチになる)サン・ドミンゴからの500人の奴隷が、1776年ルイジアナに輸入され、翌年、さらに3000人が輸入された。これらの島々は当時フランス領であり、奴隷たちは主にヴードゥーの崇拝者であるヨルバ人やダオメ人だった。フランス人の奴隷主がハイチ革命から逃げたため、1809年から1810年にかけて、3000人以上の奴隷が、サン・ドミンゴからキューバ経由で到着した」というところまで。2限目は、さらに「アフリカ人がニューオリンズで自分自身を見出した環境は、多様で変わりやすいものだった。トーマス・アシェは、1806年にニューオリンズを訪れて、民族的出自の観点から、その経済構造について論評している」まで。さらに先まで進んでいる3限では、「ラテン・カトリック時代のフランス人やスペイン人の貴族は、北部商人の進出と張り合う準備ができていなかったようで、イギリス=プロテスタントの慣習が、その存在を感じさせ始めた」「しかし、それでも、ニューオリンズはラテン=カトリックが優勢な町のままだったし、現在でもそうである。このことが、アフリカ音楽の生き残りを助ける要因となった。1846年になっても、地質学者チャールズ・ライエルがニューオリンズを訪れたとき、プロテスタントの増加にもかかわらず、マルディグラには<おしろいとお楽しみ>が変わらずにあるとの述べている」というところまで。

2017年10月11日(水)

「和田町」と「ワンダー・マーチ」

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今日のお絵描き。フレデリック・ダグラス。目が怒ってる。

横浜国大非常勤、後期第一回目。今年度後期からはじまる授業。授業名は「英米文学」だが、アフリカ系アメリカ人とアフリカの歴史、文学について、半期でやるつもりり。初回は、イントロダクションとして、アフリカ系アメリカ人、黒人とは誰なのか、8人の人物がアフリカ系アメリカ人かどうか考えながら、「肌の色の黒い人」というだけでは決定できない複雑な背景を明らかにした。アイデンティティは、社会制度(ワンドロップ・ルール)、コミュニティの歴史や文化、本人の選択など、さまざまな要素から決定されていることを理解しててもらったうえで、二重意識パッシングブラック・ナショナリズムの功罪などを解説した。190人収容の教室に、希望者は290人余りおり、230人規模の教室に移動した上で、抽選を行うことになった。ありがたい話だが、レポートのチェックを考えると、頭が痛い・・・いや、ドーンと来い。みんなまとめてめんどうみよう!(クレイジーキャッツ「たそがれ忠治」風)

それにしても、国大は広い。やたら広い。病身には堪える。

先に生まれた人間が昔のことを知っているのは当たり前だ。新しい情報を得ることを放棄するから、偉そうにしていられる。若い人しか知らない新しい知識と交換だと思うと、うかうかしてはいられない。

2017年10月10日(火)

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今日のお絵描き。ジャック・ジョンソン。黒人初のヘヴィ級チャンピオン。

日本女子大非常勤、後期第四回目。「米文学論文随筆演習」は、ハリエット・アン・ジェイコブズの奴隷体験記を読む。リンダ(ジェイコブズの仮名)が逃亡したことで、幼い息子と娘、弟と叔母が、監獄に入れられる。弟ウィリアムズはリンダの動揺を見越して、「全員の身の破滅になるから、出てこないように」という手紙をよこす。奴隷主ドクター・フリントは、リンダの居場所はわかっていると言って、自由黒人の祖母を脅す。リンダを匿っている白人女性の奴隷であるベティは、フリントの言葉がハッタリだとわかるまで、リンダをキッチンの床下に隠す。また別のときには、フリントの声と足音がリンダの隠れ場所に迫り、リンダを死ぬほど怯えさせるが、リンダが北部に逃げたと思い込んだフリントが、ニューヨークまで追跡する費用を借りに来たのだとわかり、あとに残した鳥(リンダ)を追うためにひと財産なくすフリントの間抜けさが嗤われる・・・ジェイコブズの体験記が当初、創作であると考えられたのも納得できる、書かれた事実に嘘はないとしても、緊張と緩和のくり返しが、読者を惹きつける演出であることは確か。

「アカデミック・ライティング」は、文中での引用に仕方について教えた。いよいよ後期エッセイにとりかかりはじめたので、チェックするほうもたいへん。学期末までにみんなエッセイを仕上げられるのか、今からおなかが痛い。

2017年10月9日(月)

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明治学院非常勤「アメリカ研究」、後期第三回目。ハーレム・ルネサンスについて。ハーレム・ルネサンスは、アフリカ系アメリカ人がはじめて外部に向かって自らの文化を発信した運動と言っていいだろう。こうした動きが生まれた背景には、アフリカ系アメリカ人の意識を変える背景がいくつか考えられる。ひとつは、南部の都市や北部への移住が盛んになり、都市で生活するアフリカ系アメリカ人が増えたこと。こうした都市生活のなかで、E・F・フレイジャーの言う「ブラック・ブルジョワジー」が生まれたこと。フレイジャーの言う「ブラック・ブルジョワジー」とは、言葉本来の意味での、「生産手段を持つ階級」としてのブルジョワジーではなく、ポーターやエレベーターボーイまで含めた、当時の黒人のなかでは上層を占める職に就き、白人の生活様式を求める人たちである。そして、もう一つは第一次世界大戦をヨーロッパで戦い、フランスで友軍の兵士として人間らしい扱いを受けた黒人兵たちの存在である。帰国後、彼らはヨーロッパで受けた艦隊の記憶を抱えながら、人種差別社会に帰っていかなくてはならなかった。このことによって、彼らは人種差別によって奪われた人間性により自覚的になった。

こうしたなか、生まれたハーレム・ルネサンスは、けっして一枚岩の動きではなく、いくつかのベクトルが互いに影響しあいながら運動全体を形作っている複合的なものだった。運動を動かしている第一のベクトルは、ブラック・ブルジョワジーである。「白人並」の「洗練」を求める彼らは、当初、奴隷時代の文化を振り返ることに消極的(というより、反対)だった。一方で、若い黒人芸術家のなかには、南部の黒人コミュニティの文化、フォークロアを再評価しようという動きがあった。こうしたフォークロア再評価の動きに、ブラック・ブルジョワジーは否定的だった。しかし、ここにもう一つ、第三のベクトルが想定される。バブル景気に沸く白人パトロンである。彼らのなかには、余った金を若い黒人芸術家の創作につぎ込むものたちがいた。しかし、彼らが黒人の文化に求めていたのは、「野蛮」「未開」「、よくて「素朴」といったイメージであり、黒人芸術家たちの求めるものとは違っていた。それを見たブラック・ブルジョワジーは慌てる。自分たちが手本としていたはずの白人が、奴隷の文化に金を出している。やがて、彼らの主流はフォークロアを民族文化の母胎として受け入れる方向にシフトしていく。ただし、フォークロアもまた「白人並に」「洗練」させなければならないというのが、彼らの譲れない一点だった。その立場から、ブラック・ブルジョワジーは若い黒人芸術家を「指導」していく。

こうしたハーレム・ルネサンスを動かす3つのベクトルは、必ずしも別々に存在していたわけではなく、ときには一人の個人のなかにすら、共存しうるものだった。例えば、この時代にジャズをシンフォニー化した偉大なバンド・リーダー、デューク・エリントンは、クラシックの音楽理論を学び、ジャズを洗練させる一方で、コットン・クラブの専属バンドとして、「野蛮」「未開」を強調した白人向けのショーに音楽を提供した。そして、彼の音楽にブルースやスピリチュアルのようなフォークロアが反映されているのは確かであり、エリントンはそれを誠実に追及していた。こうしたことを頭に入れながら、第一次世界大戦後のハーレムを主な舞台としたミュージカル映画『ストーミー・ウェザー』(1943)を見始めた。どの部分に度のベクトルを見ることができるか、考えながら見てみよう。(※というわけで、英語版DVDを見始めたのだが、後で調べたら、字幕入りの日本版が出ていた。次回までに手に入れて、日本版で最初から見直そう)。

國學院非常勤、後期第三回目。「1st Yaer English」は、that節を中心に、名詞節。「英語(L&W)」は、バラク・オバマの大統領就任演説を読む。「市民の皆さん、今日、私はこれから先に待ち受けている責務を思って謙虚な気持ちになり、皆さんに授けていただいた信任に感謝し、祖先たちが払った犠牲を心にとめながら、ここに立っています。私はブッシュ大統領に、この政権移譲の間ずっと示してくださった寛大さと協力のみならず、彼の国への奉仕に感謝します。これまでに44人のアメリカ人が大統領主任の宣誓を行いました」

2017年10月8日(日)

で、きみたちの暮らす「おっぱい星」とやらは、どこにあるのかね?

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今日のお絵描き。頬杖するサン・ハウス

はじめての冠企画「ひらげエレキテルのビリビリナイト」。個性豊かな出演者を、ひらげがラジオDJ風の語りで回していくという企画を、西荻窪Zizi Annabelleのママさんからいただいたときには、面白そうだけど、ぼくでは力不足ではないかと思った。が、結局は面白くなって、ジングルまで作ってしまうはしゃぎようである。

出演者は、本当に個性的な方ばかり。アカペラでひとり、オリジナル曲を歌うすーじーさん。笑って笑って、生きる希望をもらえる歌です。たかみや'dragon'りゅうすけさんはギター弾き語り。ぼくの好きな「籠の鳥」という曲をやってくれたのがうれしかった。青山俺汚さんは、殺処分の現実を切々と描いた紙芝居を読み聞かせ(不肖私がギターで伴奏)。胸にしみます。MCの時間に、オレオさんとひらげで計画中の「架空のサントラ」を紹介。マイムのくわはらみちこさんは、演技がリアルすぎてコワい場面も(笑)。回文師の佐藤佑さんは、時折下ネタを交えながら、極上の回文を披露。回文の提示の仕方も含め、完成された芸。ピアノ弾き語りのドレミカンヌさんは、ピアノの腕の確かさもさることながら、お題(今回は「岩名」)をもらって作る即興曲など音楽的才能にあふれるステージ・・・これらスペシャルなパフォーマンスの合間に、ひらげがMCをさしはさむ。蛇足になってなければいいが(みなさん笑って聞いてくれてありがとう)。さらに、トリで登場して、いつものように4曲披露。演目は、「New Song」「まあるいお月さま」「かわいい子猫ちゃん」「最後の日」。盛り上がってくださったみなさん、ありがとう!今のところ、2回目もありそうな勢いですので、またよろしくお願いします!

2017年10月7日(土)

国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを「じゃんけん」とする。


新曲「雨の日」

雨の日

雨 朝からしとしと降ってる
雨 やむ気配はないみたい
本を読んでも 憂鬱になるばかり

雨 朝からしとしと降ってる
雨 まだまだ止まないみたい
思い出すのは 約束だけの天気予報

雨の日は 雨なりに
楽しいことは あるけれど
きみに会えない雨の日は
いつもより 青い空が恋しい

雨 朝からしとしと降ってる
雨 ふり止む気配はまるでない
会えないなら
布団がぶって寝てしまおう

雨の日は 雨なりに
楽しいことも あるけれど
きみに会えない雨の日は
いつもより 青い空が恋しい

2017年10月6日(金)

神奈川大非常勤、前期第三回目。「初級英語」2コマは、that節と時制の一致のテストのあとで、テキストのSVOC分析をはじめた。「基礎英語」1コマは、名詞節、時を表す副詞節。

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今日のお絵描き。カワイコちゃんを描く喜びリターンズ。

国立はっぽん斉藤哲夫さんのライブを見た。「悩み多きものよ」で、硬派なフォークシンガーとしてデビューし、80年代にはポップなサウンドで、宮崎美子がジーンズを脱いで水着になるCMで知られる「今のきみはピカピカに光って」をヒットさせる・・・という経歴から、どういう人なのか焦点を結びにくいところがあった。しかし、「モーニング・トレイン」や「くよくよするなよ」のカヴァーを聞いて、合点がいった。この人は英米の音楽に対する憧れを原動力にしてきたのだ。ポップなサウンドは、売れ線を狙って「転向」したわけではなく、憧れのサウンドを日本に定着させようと奮闘した結果だったのだ。その斉藤さんが今になっていう、「ぼくがやってきたのは、(英米の音楽とは)ぜんぜん違った」という言葉は重い。でも、それでいいんじゃないかと思う・・・パーキンソン病の薬の副作用で、眠りに落ちそうになりながら、生意気にも、そんなことを考えていた。無骨なフォークソングを入り口に、いろいろなサウンドに挑戦しようとしているという点では、ぼくも同じだ。

「されど私の人生」「吉祥寺」「さんま焼けたか」「グッド・タイム・ミュージック」といった自身の名曲以外に、渡辺勝さんの曲、金森幸介さんの曲、さらに去年亡くなった休みの国の高橋照幸さんの曲を2曲やったのが印象的だった。さがみ湘さん(ピアノ)、水原元さん(パーカッション)によるサポート、ゲストのいまむら瞭さんの歌も素晴らしかった。「悩み多きものよ」も「今のきみはピカピカに光って」もやらなかったけど、ステキなステージでした。

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2017年10月5日(木)

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今日のお絵描き。グギ・ワ・ジオンゴ

ノーベル文学賞発表の日。今年こそは、ケニアのグギに!と、似顔絵を描いて待っていたのだが、今年の受賞者は日系イギリス人作家カズオ・イシグロに。ある新聞社に依頼されて用意していた、グギの業績を称える記事は、またしても没になった。毎年言うけど、村上春樹は候補にすらあがっていないと思うよ。

首都大非常勤、後期第一回目。『ジャズの誕生』を読むリーディング3コマ。今日は特に意味はないが、チャーリー・パーカーディジー・ガレスピーの『バード・アンド・ディズ』を聞きながら、授業開始(なぜか、3限目だけかけるのを忘れていた)。テキストの内容は、1限目が「この段階では、ニューオリンズはフランス領西インド諸島に似ており、音楽はおそらく、今日のマルチニークやハイチのものに近かった。大きな変化は、政治的にも、経済的にも、世紀の変わり目にやってきた。1800年、ナポレオンは領土をフランスに返すよう、スペインに迫った。そして、3年間、ニュー^オリンズの誰も町がフランスに属しているのか、スペインに属しているのか、あまり確信が持てなかった」「黒人は、もちろん、町とその音楽の発展に携わっていた。彼らは西アフリカのどの地域から来て、彼らの観衆のどの要素が残ったのだろうか」、2限のクラスは次の文「私たちは物語の一部始終を知ることはないかもしれない」、3限のクラスはもっと先に進んでいて、「これらの島々は、当時フランス領で、奴隷たちは主にヴードゥーの崇拝者であるヨルバ人やダオメ人であった。フランス人の主人たちがハイチ革命から逃げたので、1809年から1810年にかけて、3000人以上の奴隷が、サン・ドミンゴからキューバ経由で到着した」 話はニューオリンズの経済構造に移り、「アフリカ人がニューオリンズで自分をその中に見出した環境は様々で、変化しやすかった。トーマス・アシェは、1806年にニューオリンズを訪れ、民族的出自の観点から、経済構造について論評している」とあって、アシェのアメリカ旅行記からの引用。「町の交易は大部分が4つの階級によって行われていた。ヴァージニア人とケンタッキー人は仲介斡旋業を支配し、スコットランド人とアイルランド人はそれなりの規模の輸出入業をすべて手中に収め、フランス人は弾薬庫や倉庫を経営。スペイン人は雑貨商やキャバンツ(cabants:意味不明)や最下層の居酒屋といった小さな小売業を営んでいた。「黒人(People of Color)」、自由黒人もまた、さらに小規模の店を経営して、品物やフルーツを売っている」 「4つの階級」と言いながら、その下に「黒人」という5つ目のグループを置いているところがミソ。来週はそれぞれの続きから。

2017年10月4日(水)

「希望の党」と「昨日の今日」

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今日のお絵描き。マリリン・モンロー

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今日のお絵描き②。ラヴィ・シャンカール

世紀転換期に、アフリカ系アメリカ人の指導者として絶大な影響力があったブッカー・T・ワシントンについての論文「ブッカー・T・ワシントンとその時代 ― 南部再建時代およびそれ以降の黒人教育と人種差別 ―」(杉渕忠基、亜細亜大学教養部紀要、58,、100-78,、1998)を読んだ。 ワシントンと言えば、政治的要求を棚上げにして、職能教育によって、黒人の経済的自立を図るとともに、白人との融和を目指したことで知られる。有名なアトランタ綿花博覧会での演説が「アトランタの妥協」と呼ばれることからも明らかなように、白人に迎合するアンクルトム的な人物と評されることも多い。しかし、ワシントンの主張が迎合的なものだったとしても、そうした主張をしなければならないほど、当時のアメリカ南部は厳しい状況にあった。連邦軍が南部に駐留した「南部再建期」ですら、共和党に対する南部の反発と、主導権を取り返そうとする南部民主党の動きはす凄まじく、しばしば暴力的な形で噴出した。

アラバマ州サムター郡では、1869年、クー・クラックス・クランがジョージ・S・ヒューストンという元奴隷の共和党員殺害を計画、ヒューストンはサムター郡から去り、全財産を失った。のちにワシントンが学校を開くことになる、同じアラバマ州のタスキーギでは、1870年、地元共和党の黒人指導者ジェイムズ・オールストンが殺害されている、ミシシッピ州メリディアンでは、共和党員と町の自警団の緊張が高まり、1871年、裁判にかけられた3人の黒人がリンチで殺され、共和党員の判事と黒人の見物人数人が殺された。1885年には、やはりタスキーギで、元奴隷に弁護士トム・ハリスは町から立ち退くよう警告を受け、銃撃の結果、隣人の白人が負傷した。のちの公民権運動最盛期における反動を思わせる、過酷な状況である。こうした状況のなか、1877年、連邦軍が撤退する以前に、共和党急進派は勢いを失っていた。白人の観衆に向かって、急進的な主張をすれば、リンチにかけられてもおかしくなかった。そんな状況下で、発せられたものとしてワシントンの言葉を評価すべきかもしれない。

2017年10月3日(火)

結果として、リベラルと保守がくっきり分かれたのはいいことなんじゃないの。あとは、国民がどこを支持するか。

日本女子大非常勤、後期第三回目。「米文学随筆論文演習」は、ハリエット・アン・ジェイコブズの奴隷体験記を読む。前期でやめてしまった学生が担当するはずだった前半をぼくが、後半を学生が担当して、第十八章「危険な数か月」を読んだ。北部に逃げたふりをして友人宅に隠れたリンダ(ジェイコブズの仮名)だが、追手が迫っていると感じ、家を出て藪に身を隠すが、暗闇のなかで毒を持つ爬虫類(ヘビかトカゲ)に足をかまれてしまう。そんなとき、祖母から真相を聞いた親切な白人女性が、リンダを自分の家に匿うことを申し出る。友人のベティが料理人をしているこの家に、リンダはこっそり移動する。一方、ドクター・フリントは、祖母に揺さぶりをかけるため、リンダの弟のウィリアムズ、叔母、息子ベニーと娘エレンを投獄する。「アカデミック・ライティング」は、文献リストの書式を復習し、引用を文中に示す方法を学びつつ、それぞれのペースで後期エッセイを書く作業をすすめていく。エッセイに盛り込んだ様々な要素が中心となるテーマにどのように関係しているのか、常に読者にわかるように文章を組み立てるよう指導した。そうやってエッセイを構成していくなかで、テーマと無関係な部分は思い切ってカットすることも必要になる。

こんな詩を書いた。

記憶

いくさがはじまると 人は獣になる
いくさがはじまると 人は獣になる
人を殺すために 人は獣になる
きっと、ぼくもそうだろう

人も動物だから しかたないという
人も動物だから しかたないという
獣になるのも しかたがないという だけど
動物がいつも獣なわけじゃない

血に飢えた動物は 獣になる
血に飢えた動物は 獣になる
血に飢えた動物は 獣になる そして
事が終わると 何事もなかったかのように
すべて忘れてしまう

人も動物だから 獣になることができる
人も動物だから 獣になることができる
人を殺すために 獣になることができる そして
人は元に戻れない 獣の記憶を
忘れることができない

人は忘れられない 元に戻れない
人は忘れられない 元に戻れない
人は忘れられない 獣の記憶を
すべてが終わっても 苦しみ続ける
獣の自分を忘れられない

いくさがはじまると 人は獣になる
いくさがはじまると 人は獣になる

人を殺すために 人は獣になる
きっと、ぼくもそうだろう

2017年10月2日(月)

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今日のお絵描き。「卵、いらんかえ」

明治学院非常勤「アメリカ研究」、後期第二回目。ブッカー・T・ワシントンW・E・B・デュボイスという二人の黒人指導者を比較しながら、世紀転換期のアフリカ系アメリカ人が直面した問題に迫った。南部の貧困の中で育ったワシントンが、職能教育によって手に職をつけ、経済的に自立することで、政治的要求を棚上げして、白人との融和を図ったのに対し、北部で育ったエリートであるデュボイスは、「才能ある十分の一」に専門教育に施すことの重要性を強調し、高度な知識や政治的要求を放棄することは、アフリカ系アメリカ人の劣等生を自ら認めることになると批判した。こうした二人の対照的な見方は、どちらも現実的な背景を持っている。金も職も教育も持たずに、「自由」へと放りだされた元奴隷たちには、手に職をつけることが何よりも必要だった。一方で、黒人だという理由で、病院や法廷や教会から拒絶された黒人を救うのは、黒人の医師や弁護士や牧師しかありえなかった。

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ワシントンも、デュボイスが主張する高度な要求が必要であることはわかっていたはずだ。ラディカルな勢力を、陰ながら支援していたと見るむきもある。しかし、白人からの寄付によって、自らが校長を務めるタスキーギ学院を軌道に乗せなくてはならなかったワシントンは、ラディカルに振る舞うことができなかった。演説をするワシントンの貴重な写真がある。会場を埋め尽くす白人聴衆に向かって叫ぶワシントン。当時はマイクがなかったということもあるが、その声には奴隷として生まれ、這い上がってきた男の怒りや悲しみが込められていたことだろう。そうした声で語られたのが、アトランタ綿花国際博覧会の演説で見られたような、融和を求める妥協的な言葉だったのだ。

一方、ワシントンより後に生まれ(12年後なので、二人とも辰年)、はるかに長生きしたデュボイスは、時代が変化するにつれ、さまざまな思想を変転としている。大恐慌吹き荒れる1930年代には、職能教育の重要性を強調したこともあった。最後は、パン・アフリカにストとして、独立直後のガーナで客死している。代表作『黒人のたましい』のなかで、アフリカ系アメリカ人の二重意識に触れたのも、デュボイスである。アフリカ系アメリカ人は、アフリカ人なのか、アメリカ人なのか。実はそう考えることのなかに、人種差別社会の罠が潜んでいる。アメリカ人として生きようとすれば、お前は黒人なんだから、どんなに頑張っても白人にはなれないと拒絶され、アフリカ人として生きようとすれば、黒人はやっぱりオカシイ、白人中心のアメリカ社会に溶け込むことはできないと蔑まれる。デュボイスは、アメリカ人としての自己、アフリカ人としての自己をどちらも捨てずに、新たな自己を模索すべきと説いた。

最後に、デュボイスが関わったナイアガラ運動全米黒人地位向上委員会への流れをまとめて、授業終了。

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國學院非常勤、後期第二回目。「1st Year English」も、「English I (L&W)」も、今日はSVOCと五文型。英語の基礎。来週から、それぞれの内容に入る。

2017年10月1日(日)

・・・はっ!10月!?

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今日のお絵描き。ローランド・カーク

昨日の日記に、ルドルフ・フィッシャーの短編「逃れの市」について書いたが、肝心なことを見逃していた。キング・ソロモン・ギリスが喜劇の主人公であるということだ。とりわけ、南部で白人を殺してきたギリスが、警官に憧れるというのは、皮肉なコメディ以外の何物でもないし、「黒人も警官になれるんだ・・・」と言いながら捕まるところなんかは、よくできたオチという他ない。憧れの女性が白人男にキスを迫られているのを見て思わず立ち上がり、警官たちを驚かすところも、想像すると可笑しい。そんな道化役のギリスが、ユダヤの王ソロモンを名のるというギャップも笑いを誘う。人種差別とシェアクロッピング制度に踏みつけにされ、白人を殺して追われる身となり、仲間だと思っていた黒人に裏切られ、おそらく死刑になるギリスの人生が悲劇であることは間違いない。しかし、よく言われるように、悲劇と喜劇は同じコインの裏表であり、フィッシャーはギリスの人生をただの悲劇としてではなく、ブルースにも通じるペーソスを含んだものとして描いている。

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