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2017年6月30日(金)

「社会をひっくり返すような会社にしたい!」「もう、ひっくり返しとるがな」

神奈川大非常勤、前期第九回目。

2017年6月29日(木)

「いやなめ」にあっても、「やめない」(アナグラム)

首都大非常勤、前期第九回目。『ジャズの誕生』をテキストとするリーディング3コマ。しばらく後でテキストに出てくるジーン・クルーパの動画をDVDに入れて持ってきたのだが、なぜか音が出ない。無念。テキストの内容は、ヨーロッパの音楽教育を受けたものにとって、西アフリカ音楽がいかにわかりにくいかを強調していた前段落から一転、西アフリカ音楽とヨーロッパ音楽の類似性が強調される。「事実はこういうことだ。世界の他の音楽と違って、両者(西アフリカ音楽とヨーロッパ音楽はとても似ている。考古学者によれば、古代、ヨーロッパとアフリカはつながっていた―すなわち、同じ大陸の一部だった。二つの地域の民話、宗教、先史時代の芸術、生活道具は似通っている。音楽もそうだ。ヨーロッパの音楽も西アフリカの音楽も、全音階(ピアノの鍵盤の白鍵の音)を曲のなかで使い、一定量のハーモニーを採用している。時に世界の音楽の他の地域でも、全音階は使われることがあるが、ハーモニーは他のどこにも見られない」「しかしながら、この類似性はヨーロッパの民族音楽と西アフリカの部族音楽(※「部族」という言葉は、ぼくは使わない)の間にあり、クラシック音楽には当てはまらない。主な違いは、ヨーロッパの民族音楽のほうが少しだけハーモニーの点で複雑であり、西アフリカの部族音楽(※使いません!)のほうがリズムの点で少しだけ複雑であるということである。両者はメロディーの点では同じくらい(の複雑さ)だ。極端な話をすれば、転調はアフリカでは知られておらず、複合拍子はヨーロッパでは知られていない」 二つだけで見ていたら、あれほど違って見えた西アフリカとヨーロッパの音楽が、世界のさまざまな音楽のなかに置いてみると、こんなにも近いところにあったのかという、コペルニクス的展開を見せる、作者スターンズらしいスリリングな論理だ。

2017年6月28日(水)

スティーヴィー・冷房っていう割には熱いな。

新曲「ウスワライ」。最後に出てくる植木鉢うんぬんの言葉は、石川啄木の短歌「怒る時. かならずひとつ鉢を割り. 九百九十九割りて死なまし」からとりました。

どういうわけだか、ぼくは
最近怒れない
怒るべきときに ニヤニヤ
笑ってしまう
そのウスワライは何だ?

怒るべき相手も よく見ると
ニヤニヤ笑ってる
ニヤニヤ笑いを浮かべて
握手を求めてる
そのウスワライは何だ?

怒れなくなったぼくと
怒るべき相手が
ニヤニヤ笑いを浮かべて
にらめっこしてる
一体何のつもりだい?

怒りをおぼえるごとに
植木鉢を割って
九十九個目で 自分の
頭をかち割る
そんな言葉が好きだった

どういうわけだか、ぼくは
最近怒れない
怒るべきときに ニヤニヤ
笑ってしまう
そのウスワライは何だ?

2017年6月27日(火)

日本女子大非常勤、前期第十回目。「米文学随筆論文演習」は、ハリエット・アン・ジェイコブズの奴隷体験記を読む。リンダ(ジェイコブズの仮名)は、幼馴染で自由黒人の男性に恋をする。しかし、奴隷であるリンダの「結婚」には、法的な認可が与えられることはない。恋人は彼女を買おうとしたが、フリントがそれに合意するわけがなかった。フリント夫人もリンダを厄介払いしたかっただろうが、このような形でではなかった。リンダが近所に住み続ければ、フリントはセクハラ行為を続けるだろうし、奴隷の夫が妻を守るためにできることは何もなかった。「アカデミック・ライティング」はついに、前期の課題である「前期エッセイ」を書き始めた。

ひらげエレキテルとして、荻窪Bungaに出演して、6曲歌ってきました。演目は、「New Song」「サンダル」「かわいい子猫ちゃん」「二人でお茶を」「すっぽんぽん節」「最後の日」。今回もまた、自分の客はいない厳しい状況。対バンとそのお客様が盛り上げてくださったので、楽しく歌うことができました。ありがとうございました。共演は「未知の沼」のギターリスト・中野恵輔さん、パワフルな歌声の世手子さん、スタイリッシュな演奏のmidlibさんと、ダンサーの共演。素晴らしい演奏に感服しました。

2017年6月26日(月)

汽車の動きをイメージしたインスト「トレイン・ピース」をつくってみました。

明治学院非常勤、前期第九回目。前回、ぼくが間違ったプリントを持って行ったために、記憶に頼って行った授業をプリントを使ってフォローした後、映画史に残る傑作でありながら、クー・クラックス・クランを正義の騎士として描き、人種差別的な内容を含む問題作、D・W・グリフィス監督の『国民の創生』(1915)の後半を見はじめた。前半で紹介されるキャメロン家とストーンマン家をはじめとする登場人物の人間関係図を配って、背景を確認。今回は、黒人兵士ガスがフローラに言いよる直前まで。解放された黒人たちや、サイラス・リンチら混血が恐ろしく見えるように描かれている場面は枚挙にいとまがないが、フローラの周りをうろつくガスが木の枝の間から、ちらっちらっと見えるカメラアングルはその最たるものだろう。視点を変えてみれば、ガスは隠れているわけでも何でもないのだが、枝越しに描かれることによって、いかにも表ざたにできない邪悪なことを行っているような印象を与える。実のところ、ガスは好きな女の周りをうろうろしているだけだ。そんな男がこの世に何万人いるだろう?

國學院非常勤、前期第九回目。

2017年6月25日(日)

ふんどし締め直していこう。ふんどしはいてないけど。

共謀罪にしても、秘密保護法にしても、もっともこれを活用するのは、政権が代わっても国の中枢にい続ける官僚だろう。これらの法律を手中に収めた官僚が、アベ政権を支える理由は、もうない。ただし、アベのあとにやってくるのは、はるかに明晰で恐ろしい連中ではないかと思う。それに反対する人を、容赦なく抑え込む手段はすでにそろっている。

2017年6月24日(土)

新曲「ハルノウタ」、歌詞に意味はありませんが、童謡のつもりです。

とりことりこうのとり
ひとひとりひとみしり
うたうたううたうたい
はねはねるはるのうた

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全国から親指ピアノ(ムビラ)奏者を一堂に集めた、恒例のムビラサミット@浜松町カラバッシュで、司会をやってきました。第一回から参加の近藤ヒロミさん、ショナ人のムビラ正統派パシチガレ・ムビラズをはじめ、前回のムビラ・コンテスト優勝者DAMBI DUMBIのクオリティ高いパーカッション・アンサンブル、親指ピアノと言うより独特の「声」の世界が素晴らしかった木歌さん、そして、独特のエレクトリック・ムビラとシタール・ギターを駆使したスペシャルゲストのCom/Soさんと、素晴らしい面々。今回も拙い司会で失礼いたしました。お疲れさまでした。

2017年6月23日(金)

神奈川大非常勤、前期第八回目。何かと反省の多い一日だった。いつものことだが。帰りの電車で、大学院の後輩、Uさんと遭遇。お互い元気で何より。

2017年6月22日(木)

愛の小売りだ。

首都大非常勤、前期第八回目。『ジャズの誕生』をテキストにしたリーディング3コマ。ニューオリンズの音楽文化において、重要な意味を持つ葬列のサンプルとして、女性歌手ジャニタ・ブルックスの葬儀を収録した動画を見ながら、授業開始。テキストの進み方はクラスによって違うが、ジャズのなかに隠されたポリリズムについて書かれたあたり。「ジャズは伝統的に、採譜上、4分の4拍子もしくは2拍子で近似をとる―実際はもっと複雑なのだが―このマーチのリズムが基本である。それはニューオリンズのブラスバンドの音楽のなかに、はっきりと聞くことができる。しかし、新しい何かが加えられている―その音楽は、スウィングするのだ。そして、この新しい要素がヨーロッパからいたのでないことは明らかである」。次の段落では、これまで「西アフリカ音楽とヨーロッパ音楽がいかに違うか」を力説してきた著者が、「どうやって、またなぜ、ヨーロッパの音楽と西アフリカの音楽は、そんなにも簡単に混ざり合ったのか」という疑問を入り口に、両者の類似性を強調しはじめる。

2017年6月20日(火)

日本女子大非常勤、前期第九回目。「米文学論文随筆演習」は、ハリエット・アン・ジェイコブズの奴隷体験記を読む。ドクター・フリントの魔の手から逃れるために、フリント夫人の隣の部屋で寝起きするようになったリンダ(ジェイコブズの仮名)。しかし、そこでは嫉妬に狂った夫人による監視の目が待っていた。ふと目を覚ますと夫人がリンダの顔をのぞいていたり、フリントをまねた口調で話しかけたりしている。やがて、青果のないまま、寝ずの番をすることに疲れた夫人は、リンダのいる前で、リンダがセクハラ行為をされたと訴えているといって、直接、フリントを糾弾した。しかし、フリントは非を認めず、夫人がリンダを虐待して、無理やりそういわせたのだろうと嘯く始末。リンダは事態を祖母に相談したいが、怒った祖母が突発的な行動に出て、事態を悪化させることを恐れ、言い出せない。「アカデミック・ライティング」は、それぞれのペースで、複数のエッセイを仕上げる。

ひらげエレキテルとして、江古田マーキーに出演。「New Song」「サンダル」「かわいい子猫ちゃん」「二人でお茶を」「すっぽんぽん節」「最後の日」の6曲、歌ってきました。自分のお客さんがいないというアウェイな状況のなか、ステキな共演者と店のみなさんのおかげで、ステージをつとめることができました。次回(8月2日)こそは、満員の会場で・・・(大きく出たな)。

2017年6月19日(月)

明治学院非常勤、前期第八回目。予定していた内容とは違うプリントを持っていくという失態。何年もこの授業をやっているが、こんなことははじめてだ。呆然としていてもしょうがないので、プリントがないことを謝り、記憶に頼って、授業を進めることに。

まずは、アメリカの二大政党と黒人のねじれた関係について。共和党は、民主党内外の「奴隷制拡大反対派」が結集した政党である。南北線戦争で北軍を勝利に導き、奴隷解放宣言によって奴隷制に終止符を打ったエイブラハム・リンカーンは共和党の大統領である。そのため、当初、黒人のほとんどが共和党支持だった。しかし、現在は、黒人の多くが民主党を支持している。黒人初の大統領であるバラク・オバマも、民主党の出身である。

奴隷制賛成だった党から、黒人大統領が生まれるという歴史の皮肉には、1930~40年代、大恐慌の時代に、民主党の大統領フランクリン・ローズベルトが主導したニューディール政策が関係している。ローズベルトは、大規模な公共投資を行い、野放図な金融を規制すると同時に、社会保障や労働法の整備などの政策をすすめた。また、妻エレノアの影響もあって、人種差別撤廃にも強い関心を示した。こうした弱者救済的な政策は、北部資本家の党という側面を持つ共和党からは出てきにくかった。この時代に、黒人の支持は、共和党から民主党に大きく流れた。

その後も、60年代くらいまでは、ディクシークラットと呼ばれる、南部の保守的な民主党員がおり、人種差別的な言動をくり返していたが、その後、ディクシークラットを含むさまざまな保守派が共和党に集結し、民主党はリベラル、共和党は保守という構図が出来上がった・・・と、ここまで、しっかり説明したつもりだったのだが、リアクションペーパーを見ると、「オバマが奴隷制賛成だったなんて!」など、とんでもない勘違いが見受けれらたので、次のようなプリントをつくって、次週配布することにした。

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さて、アメリカの政党史も踏まえつつ、南部再建期について学ぶ。南北戦争中に設置された解放民局の主導で、戦後数十年続いた南部改革の時代である。この時期、憲法修正条項や、公民権法によって、次々とアフリカ系アメリカ人の権利が認められた。また、ハイラム・R・レベルズが黒人初の上院議員となり(もっとも、他の議員が彼を議員として認めるかどうか採決する間、ロビーで待たなければならなかったが)、ピンクニー・ピンチバックが暫定とはいえ、初の黒人州知事になった。

一方で、貧しい元奴隷たちの生活は、向上するどころか、ますますひどいものになっていた。奴隷が飢えることはない。主人は大切な財産を失わないよう、衣食住にわたって世話をしなけらばならないからだ。しかし、自由民となるとそうはいかない。元奴隷たちの多くは、仕事も財産も教育もないまま、「自由」のなかに放り出された。元奴隷に20エーカーの土地とラバが与えられるという噂があり、実現に動いた人物もいたが、うまくいかなかった。そんななか、生まれたのが、シェアクロッピングと言われる一種の小作生である。元奴隷主が自由民となった元奴隷に声をかける。

「おう、トム。お前も自由だってな」
「へえ、だんな」
「まあ、けっこうなこった」
「ありがとうごぜえやす」
「しかし、これからどうするんだ。働くあてでもあるのか」
「へえ、だんな問題はそこでして。かかあとガキどもを食わせてやらきゃならんのに」
「そりゃ、困ったことだな。どうだ?お前さえ良ければ今まで通りうちの畑で働いてもいいんだぞ」
「ほんとですか、だんな!そりゃ願ってもないことで」
「土地はもちろん、種も農機具も貸してやろう」
「ありがとうごぜえやす、だんな」
「しかし、ただというわけにはいかんな。収穫の3分の2は差し出してもらわんと」
「そんな!だんな、それじゃあ、あっしの手元には何も残らないじゃねえですか」
「いやならいいんだぞ、どこへとでも行くがいい」
「そんな・・・」

こうして、元奴隷たちは。シェアクロッパー(小作人)となり、奴隷のときと同様、土地に縛り付けられた貧しい暮らしを続けていくことを余儀なくされた。

また、北部人や黒人の新たな動きに不満を募らせる南部人のなかから、クー・クラックス・クラン(KKK)のような白人至上主義団体が生まれる。最初は南部でくすぶる白人の若者による悪ふざけだったものが、南部の名高い兵士ネイサン・ベッドフォード・フォレストが加わったあたりから、政治色を強め、黒人やユダヤ人を脅したり、リンチにかけたりするようになる。結局、あまりに暴力的な活動に目をつぶっていられなくなった連邦政府が介入し、第一次KKKは壊滅状態に追い込まれた。しかし、1915年、KKKを正義の騎士のように描いたD・W・グリフィス監督の映画『国民の創生』が公開され、影響を受けた人びとによって、KKKは息を吹き返す。次回は、映画史に残る傑作でありながら、人種差別的な内容を含む、この問題作を鑑賞する。

さて、曲がりなりにも、黒人の権利を認め、奴隷制のない南部を「再建」してきた南部再建期だが、ある時をもって終焉を迎える。1877年、昨年の大統領選挙で民主党のサミュエル・J・ティルデンが、共和党のラザフォード・B・ヘイズに勝利を収めたが、共和党は投票に不正があったとして、ティルデンの勝利を認めなかった。この争いは、結局、共和党のヘイズが大統領になる代わりに、南部に駐留していた連邦軍が撤退するという妥協で決着を見た。連邦軍の監視がなくなった南部諸州は次々と黒人の権利を奪い、人種隔離をすすめる差別法(ジム・クロウ法)を制定し、19世紀末にはリンチの犠牲者の数がピークに達することになった。

國學院、非常勤第八回目。「1stYear English」は、分詞を復習して、「動詞が形を変えたもの」を終え、動詞がそのまま動詞として使われる場合についてみる。疑問文・否定文のつくり方から、動詞の部分の並び方が、「助動詞/特殊な助動詞have/be動詞/一般動詞」という並び方になっており(それぞれの欄は空白でもいい)、それぞれすぐ左のモノに影響を受けて形が変わる、と説明。英語は左にある(主語に近い)ものが強い。だから、疑問文・否定文のつくり方もいちばん左にあるものが決めるのだ。「R&W」は、バラク・オバマ、2008年大統領選勝利演説を読む。「それ(オバマの選挙運動は、つらい寒さも焼けつくような暑さもものともせず、まったく見ず知らずの人の家のドアを叩いた、それほど若くない人たち、自ら志願して組織を作り、200年以上たった今でも、人民の人民による人民のための政治がこの世から消え失せていないことを明らかにした何百万というアメリカ人から力を引き出した。これは皆さんの勝利なのです」

2017年6月18日(日)

今日は我ながら、やばい世界に行ってしまった。黒人霊歌にせまろうという意欲的な試みだったのだが。どっちかというと、ダウナーなサイケのやばいやつ。歌詞は「Lord・・・(神よ)」のみ。ちなみに、ぼくは仏教徒です。

2017年6月17日(土)

ぼく自身はあまりこういう発想をするほうではないのですが、ぼくのなかのサルが歌にしろというので、つくってみました。「木の上で」・・・人類発祥をめぐる物語です。ぼく自身は砂漠に歩いてったほうの子孫なので、あえてその道を選んだ気持ちもわかります。間奏のスライド・ギターの下降フレーズは、黒人フィドル奏者のパパ・ジョン・クリーチがよくやるスタイルを応用しました。

どこかのサルがこう言った
人間は一体いつまで
こんな暮らしを続けるの?
本当はしたくないくせに

俺たちサルは ずいぶん前に
そんなやり方は捨てたんだ
お前が生まれてくる
ずいぶん前のことさ

木を降りるって言ったとき
俺たちは止めたんだぜ
木の上には食べ物も
寝るところもたくさんある

わざわざ砂漠に向かって
歩いていくことはない
ずっといっしょに暮らそうよ
ずっと木の上で

やがて人間は言い出した
サルは遅れている
四本足で 毛むくじゃら
木の上で いつもぶらぶら

俺たちは木の上で
暮らすことにしただけなのに
人間が優れているなんて 
ただの思い込みさ

2017年6月16日(金)

神奈川大非常勤、前期第七回目。ここでも、2回休講の説明とお詫び。

2017年6月15日(木)

首都大非常勤、前期第七回目。『ジャズの誕生』をテキストとするリーディング3コマ。2回休講の説明と謝罪をすませたあと、大好きなセロニアス・モンク『ソロ・オン・ヴォーグ』から、「ラウンド・ミッドナイト」を聞きながら授業開始。モンクのつんのめるかえるようなリズムも、ポリリズム的なことと無関係ではない気がする。テキストは、前回、ヨーロッパの音楽教育を受けたものにとって、西アフリカの音楽がいかにおら得難いかという話だったのを最後でひっくり返すところから。「にもかかわらず、訓練されていないリスナーですら、推進力を感じることができるし、巨大なリズムの力(を構成する)各部分がしっかり組み合わさっていることがわかる」「比較すると、ジャズのリズムはずっとシンプルである。例えば、ニューオリンズへ行くと、古株ミュージシャンがいまだに、葬式から帰る途中、「ディドゥント・ヒー・ランブル」を演奏しているが、それはマーチのように聞こえる」 葬式がニューオリンズノ音楽文化において、重要な意味を持っていることを指摘。ブラス・バンドの悲しく重苦しい演奏で、墓地に向かい、遺体を納めると、一転、陽気な音楽で帰ってくる。このとき、このパレードに紛れ込んだ野次馬のことを、親戚縁者=ファーストラインに対し、セカンドラインといい、この言葉がニューオリンズ音楽を表す代名詞となっている・・・と説明。次回はニューオリンズの葬式の動画を見ると予告した。

2017年6月14日(水)

アメリカの息子、ロシアのMoscow

初代林家三平が、司会を務めたテレビ番組『踊って歌って大合戦』(1965-6)のテーマ曲として、姫之宮ゆりと歌った「ワッショイ踊り」をカヴァーしてみた。未加工のオリジナルの録音は手に入らなかったので、YouTubeにアップされているミックス(↓これも秀逸)を参考にした。このころの三平は、40になったころのはずだが、年齢を感jさせない爆発力だ。正面から挑んでもかなわないので、アフリカ風のギターを入れたり、いろいろ工夫してみた。

2017年6月13日(火)

電車のなかに、ダリ髭を生やしたおっさんがいた。初めて見た、生ダリ髭。

朝っぱらから、いい曲ができました。「不機嫌そうに」

慰めてほしいとき
オレが慰めてほしいとき
お前はいい顔をせず
黙ってオレを抱きしめる
なあ、そうだろう?

オレが自由なとき
鳥のように自由なとき
お前は不機嫌そうに
黙ってオレを抱きしめる
なあ、そうだろう?

オレが死んだとき
いつかオレが死んだとき
お前は「弱い男だったわね」と
黙ってオレを抱きしめる
なあ、そうだろう?

日本女子大非常勤、前期第八回目。2コマとも2回休講の説明とお詫びから。「米文学論文随筆演習」は、ハリエット・アン・ジェイコブズの奴隷体験記を読む。リンダを自分の部屋に連れ込むために、フリントは幼い娘を利用する。まず、娘を自分の部屋で寝させ、その子守り役として、リンダが必要だという。この計画は、ほどなくフリント夫人に漏れ、激高した夫人によって阻止される。夫人に真相を問いただされたリンダは、フリントのセクハラ行為を打ち明ける。夫人は屈辱に震え涙を流すが、フリントの被害者である奴隷の少女に対する同情はなかった。「アカデミック・ライティング」は、ライブラリー・ツアー。図書館の方からの説明が中心で、最後に少しだけ課題を返す時間を作ってもらった。

2017年6月12日(月)

しばらくぶりの仕事は、しんどいが、生きた心地がする。

明治学院非常勤「アメリカ研究」、前期第七回目。まずは2回連続して休講にしたことへのお詫びと経過説明。以下、すべての大学で同じことをくり返した。2週間前に返って、人種間結婚(あるいは人種間の性的関係について、復習する。南北戦争中の1863年、奴隷制を支持する民主党右派は、匿名「雑婚」(miscegenation)を称賛するパンフレットを出して、人種間の関係に対する人々のアレルギーを刺激しようとした。リンカーンは演説のなかで、「私が黒人の女を奴隷にしておかないからと言って、妻にするべきであるとするような、でっちあげの論理に反論しておく」と述べなければならなかった。それほど、人種を越えた性的関係に対する嫌悪はひどかったのである。

人種間の性的関係は、植民地時代から、法的にも、道徳的にも、罪とされてきた。白人女性が黒人の男性と関係を禁じた法律は、レイプ以外に考えられないとされたのか、あまり見られないが(黒人男性は残虐な形で罰を受けたはずである)、白人男性が黒人女性と関係を持つことを禁じた法律は各地にあったし、実際、むち打ちなどの罰を受けた白人男性の記録がいくつも残っている。にもかかわらず、大農場などでは、奴隷主が奴隷の女性とか関係を持ち、性欲を満足させると同時に、子どもを奴隷とすることで財産も増やすことが行われていた。大農場のような閉鎖された社会では、そうしたことは公然の秘密として受け流されていた。とはいえ、奴隷の女性との関係を知られることを、奴隷主がよしとしていたわけではない。

リベラルな姿勢で知られる第三代大統領トーマス・ジェファソンは、奴隷制は廃止されるべきだと考えていたが、一方で、自ら100人以上とも言われる奴隷を使う農場主だった。また、当時の白人の平均的な考えとはいえ、『ヴァージニア覚書』(1785)のなかで、ひどく差別的な黒人観を吐露している。そのジェファソンと奴隷の女性サリー・ヘミングスとの間に子供がいたという話は、ジェファソンの生前から囁かれていた。黒人作家による最初の小説であるウィリアム・ウェルズ・ブラウン『クローテル:大統領の娘』(1853)は、この噂をもとにした作品である。1990年代になって、ある黒人男性がジェフェソン家の血をひいていることがDNA鑑定によって明らかになると、この噂は信憑性を帯び、さまざまな議論を呼んだ。

サリー・ヘミングスは、ジェファソンの白人の妻マーサの異母姉妹であり、ジェファーソン家に嫁いだマーサに、お付きの奴隷としてついてきたのを、マーサが夭折した後、ジェファソンが愛人にしたようである。彼女とマーサの関係は、姉妹であり、幼馴染であり、奴隷主と奴隷であり、(マーサの死後とはいえ)正妻と愛人という、南部の「特殊な社会」を象徴する複雑なものだった。ジェファソンは公使としてフランスに渡る際も、サリーを同行させており、彼女が単なる奴隷主の性欲解消の道具でなかったことは伺われる。それにしても、すべての権力を手中に収めてた男と、何も持たない奴隷の女(男は女を好きなようにできる)の間に愛は存在し得るのかというのはたいへん難しい問題である。こうした二人の関係に焦点を当てて描かれたのが、バーバラ・チェイス=リボウの小説『サリー・ヘミングス』である。

19世紀前半のアメリカで、南部と北部が次第に対立を深めていく過程を追った。とりわけ、上院で定員2名が与えられる州への昇格では、新州における奴隷制を認めるかどうかをめぐって、南北が妥協を重ねることになった。奴隷制の北限を定めながら、ミズーリ州を奴隷州とすることを例外として認めた「ミズーリの妥協」(1820)にはじまり、ルイジアナ買収(1803)、テキサス併合(1845)、対メキシコ戦争(1846)などによって、爆発的に広がった領土が次々に州に昇格するたびに、南北は新州の取り扱いに苦慮した。1850年、カリフォルニアを自由州とする代わりに、逃亡奴隷法の強化が認められたことは、奴隷制に反対する人々に衝撃を与えた。また、1854年、カンザス・ネブラスカ州の行く末が、住民の選択に任されたことで、同地域は奴隷制賛成派・反対派が血で血を洗う内戦状態となる。この混乱のなかから、頭角を現した奴隷制反対論者ジョン・ブラウンが、1859年、ハーパーズ・フェリーで反乱を起こたことで、南北の対立は一層高ま深まりり、リンカーンの大統領就任を受けて、1861年、南部諸州がアメリカ連合国として独立を宣言し、アメリカは南北戦争へと突入していく。

國學院非常勤、前期第七回目。こちらも、休講の謝罪と説明から。「1stYear English」は、改めて分詞について。分詞が名詞を修飾する形容詞の役割をするものであることを強調した後で、しかし文型によっては、名詞に係っていくように訳しては、行けない場合があると、使役動詞/知覚動詞+O+現在分詞・過去分詞のパターンを説明。「R&W」は、バラク・オバマ、2008年大統領選勝利演説を読む。「それ(選挙運動)、大義のために5ドル、10ドル、20ドルといったお金を出すために、なけなしの貯えに手をつけた働く男女によって築かれたのだ。それは、彼らの世代の無関心という神話を拒否し、少ない給料とより少ない睡眠しか与えてくれない仕事のために、家や家族を後にした若い人びとから力を得た」

2017年6月11日(日)

眼科医で診断を受ける。だいぶ良くなっていて、感染力も弱まっているので、月曜から職場に復帰してもよいと、正式に許可をもらった。快癒記念にスライド・バーを買ったので、何かやってみたくなり、ブルースの定番「ローリン&タンブリン」を日本語歌詞で録音してみた。

Rollin' and Tumblin' I cried all night long
Rollin' and Tumblin I cried all night long
When I woke up in the morning, all I had was gone

のたうちまわって 頭ぐちゃぐちゃ
のたうちまわって 頭ぐちゃぐちゃ
朝目が覚めたら オレはすっからかん

かけずりまわって 息も切れ切れ
かけずりまわって 息も切れ切れ
ここらでそろそろ ちょいとひと休み

オレの大事な一張羅 しなびちまった
オレの大事な一張羅 しなびちまった
アイロンかけても 元に戻らない

のたうちまわって 頭ぐちゃぐちゃ
のたうちまわって 頭ぐちゃぐちゃ
右も左も  まるでわからない

2017年6月10日(土)

「銀座カンカン娘」は怒っているわけじゃないの?

結膜炎のつらい経験も、結局、歌にしました。といっても、そのまんまの経験ではありませんが。久しぶりに「ど」ブルースをやってみました。

つぶれちまった左目で
あいつはいつもオレを見ている
見えるほうで
男に色目を使ってる

左目で 左目で
見えなくなっちまった左目で
あいつはおれを
愛してる

星の降る夜に
星の降る夜に
俺があいつの目をつぶした
いつかこうなると
わかっていたから

つぶれちまった左目で
あいつは今日もオレを見ている
見えるほうの目は
どこで何をしている?

見えるほうの目は
どこで何をしている?

2017年6月9日(金)

今日はだいぶ目やにも減り、右目に視力が返ってきた。もう一歩だ。

二村定一さんのレパートリー「朗らか素空寒で暮らそうよ」を無理やりカバーしてみた。本物のやけっぱちなまでにゴージャスな感じとは似ても似つかないけど、この歌好きなんです。原曲は1932年、作詩/訳詩・佐々木緑亭、作曲/編曲・江口夜詩による「ダンス小唄」。二村定一のCD『街のSOS!』に収録されてる。「訳詩」とはどういうことだろう。原詩はどこに?佐々木緑亭は、児童演劇の他に、『恋ぐるま 新小唄集』(現代歌謡出版社、1936)なども出しており、さすがにAmazonでは手に入らないが、国会図書館には置いてあるようだ。さらに、佐々木は『国文学:解釈と鑑賞』(1955年20巻8号)に、「レコード小唄・映画主題歌・ジャズ小唄」という論文を寄稿している。暇を見つけて調べに行きたい。

2017年6月8日(木)

結膜炎で仕事に行けないというこの状況で、1年前のFacebookにまるで予言のような書き込みを発見したので、そこに書いてあった歌詞をもとに曲をつくってみた。休むべきなのはわかっているけど、何かしなくちゃいられない。

UTUTU

今日もぼくは全力で
うつつを抜かす
きみの望む男には
なれそうにない
 夢ばかり見てる
 いつもの調子で
 ふと我にかえって
 あ~
今日もぼくは一日
フラフラしてる
忙しくするのは
まっぴらごめんだ
 昼すぎに起きて
 コーヒーを入れよう
 電話が鳴ってる
 あ~
直視するのはやめよう
きっと目に悪い
きみの望む男には
来週なろう

2017年6月7日(水)

眼科に行った。まだ、職場復帰の許可が下りず。明日の首都大、明後日の神奈川大も休講にせざるを得ず。土曜のチキリハ(チキリカ・リハーサル)も中止。

2017年6月6日(火)

「我々特別捜査官は、地を這うような捜査が求められている」「あーそれで、地面(Gメン)」

一人でいると、こういう誰も喜ばないものをつくってしまう。新曲「しらみのしがらみ」・・・みんなみんな生きてるんだ。友だちなんだ。何も絵まで書かなくても、という意見はもっともだ。

しらみのしがらみ
いつも悩んでる
しらみのしがらみ
いつも困ってる

人間様にはわかるまい
俺たちの悩みが

いつも仲間が
叩いてつぶされる
お腹いっぱい
食べたいだけなのに

人間様にはわかるまい
俺たちの悩みが

いつかきっと
しらみの世界が来る
いつかきっと
しらみの世界が来る

人間様にはわかるまい
俺たちの希望が

しらみのしがらみ
しらみのしがらみ
しらみのしがらみ

当面のライバルは
ノミ

2017年6月5日(月)

ぜんぜん違う。「あさま山荘事件」と「甘さ三層事件」

眼科医の許可が下りず、明治学院、國學院とも今週も休講。さすがに2週目ともなると、痛い。眼科に行ったところ、だいぶ良くなったと思っていたのに、「ピークですね」と言われて、へこむ。瞼の裏に偽膜ができる状態が続いている。とりあえず、明日の仕事復帰もなくなった。あせっても、しょうがない。

70年代のカンボジアのロック、ポップスを集めたCambodian Cassette Archives; Khmer Folk and Pop Music Vol.1から、タイトルも、演奏者も不明の、スカのような曲をカバーしてみました(もちろん、ぼくらしくゆるい感じで)。オリジナルの演奏者が、もし、これをスカのつもりでやっていたとすると、カンボジアにはかない早い時期に、ジャマイカのスカの情報が入っていたということになる。しかし、彼らの多くはポル・ポトの虐殺で殺されちまったと思われ・・・

2017年6月4日(日)

出演するはずだった荻窪Live Bar Bungaの「ワイワイコンサート」も、結膜炎のため辞退。

「デビュー前のビートルズがキャバクラで演奏していたって本当?」「キャバーン・クラブのことかな?変な略し方するんじゃない」

2017年6月3日(土)

眼科に行ってきましたが、結膜炎、全然治っていませんでした。でも、瞼の裏にできた偽膜(膿などが乾いてできた膜。これができる人は症状が重いほうだそうです)をとってもらい。気のせいか、かなりすっきりした感じがします。仕事はまだダメと言われました。まいったな。

アコーティック・ギターのインスト「おやすみ」を仕上げた。

2017年6月2日(金)

神奈川大も、結膜炎のため休講。

出演予定だった西荻窪Zizi Annablleの20分ライブも、出演を辞退した。

メガネをかけていたのにメガネを探し、あろうことか、メガネのうえから予備のメガネをかけようとするという失態。

2017年6月1日(木)

首都大の授業も結膜炎のため、休講。はやく授業に復帰するためにも、何もしないで休むのがいちばんなのだが、結局何かしてしまう。

7月21日(土)、東洋大学で開催される多民族研究学会のシンポジウム「ローカル・トゥ・ローカル:ワールド・ミュージックの新たな展開」の要旨を書く。当日は、富山のイベント「スキヤキ・ミーツ・ザ・ワールド」プロデューサー、二コラ・リバレさん、『ローカル・ミュージック』の昼間賢さんと、ひらげが登壇し、ローカルとローカルが直接結びつく、ワールド・ミュージックの新たな時代の可能性について論じる予定。シンポジウム全体の要旨は、こんな感じ。

1980~90年代におけるワールド・ミュージックの興隆は、画期的な出来事だった。パリやロンドン、東京といった巨大都市を舞台に、各地の音楽が出会うことによって、さまざまな化学変化が引き起こされた。とはいえ、「ワールド・ミュージック」という言葉で、周縁の音楽がパッケージ化されたことを考えれば、そこに中心と周縁のヒエラルキーを前提としたオリエンタリズム的枠組が存在したことは否定できない。一方、ブームが去ったあと、「ワールド・ミュージック」に関わる多くの人たちが、それぞれの音楽のローカルなルーツを再確認しながら、新たな道を模索してきた。地方のイベントで、ワークショップで、あるいはネット上で、ローカルな場の磁力を保ちながら、なおかつ他のローカルとの結びつきを排除しない、新たな「ワールド・ミュージック」の在り方生まれつつある。本シンポジウムでは、こうした試みを「ローカル・トゥ・ローカル」と呼び、その現状、可能性と問題点を検討する。

南半球系バンド・チキリカでやる予定の新曲「朝が来る」のデモ・トラックをつくった。ちなみに、大阪府岸和田市に「千亀利会」という泉州音頭の団体があるらしい。いつか共演する日が来るだろうか。どちらも、ダンス・ミュージックだし。「千亀利」といのは岸和田市の地名らしいが。

焼けつくその日暮らし
今日も日が暮れる
いつものくり返し
今日も日が暮れる 日が暮れる

でも、きみがいれば また朝が来る
でも、きみがいれば 世界はまわる
でも、きみがいれば また朝が来る
でも、きみがいれば 世界はまわる

朝から立ちっぱなし
今日も日が暮れる
いつものくり返し
今日も日が暮れる 日が暮れる

いつもの朝が来て
仕事の時間だ 行かなくちゃ
いつもの朝が来て
仕事の時間だ 行かなくちゃ

いつものくり返し
今日も朝が来る 朝が来る
いつものくり返し
今日も朝が来る 朝が来る

でも、どんな日の朝も、きみがいる
でも、どんな日の朝も、きみがいる
きみがいる

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