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2017年6月19日(月)

明治学院非常勤、前期第八回目。予定していた内容とは違うプリントを持っていくという失態。何年もこの授業をやっているが、こんなことははじめてだ。呆然としていてもしょうがないので、プリントがないことを謝り、記憶に頼って、授業を進めることに。

まずは、アメリカの二大政党と黒人のねじれた関係について。共和党は、民主党内外の「奴隷制拡大反対派」が結集した政党である。南北線戦争で北軍を勝利に導き、奴隷解放宣言によって奴隷制に終止符を打ったエイブラハム・リンカーンは共和党の大統領である。そのため、当初、黒人のほとんどが共和党支持だった。しかし、現在は、黒人の多くが民主党を支持している。黒人初の大統領であるバラク・オバマも、民主党の出身である。

奴隷制賛成だった党から、黒人大統領が生まれるという歴史の皮肉には、1930~40年代、大恐慌の時代に、民主党の大統領フランクリン・ローズベルトが主導したニューディール政策が関係している。ローズベルトは、大規模な公共投資を行い、野放図な金融を規制すると同時に、社会保障や労働法の整備などの政策をすすめた。また、妻エレノアの影響もあって、人種差別撤廃にも強い関心を示した。こうした弱者救済的な政策は、北部資本家の党という側面を持つ共和党からは出てきにくかった。この時代に、黒人の支持は、共和党から民主党に大きく流れた。

その後も、60年代くらいまでは、ディクシークラットと呼ばれる、南部の保守的な民主党員がおり、人種差別的な言動をくり返していたが、その後、ディクシークラットを含むさまざまな保守派が共和党に集結し、民主党はリベラル、共和党は保守という構図が出来上がった・・・と、ここまで、しっかり説明したつもりだったのだが、リアクションペーパーを見ると、「オバマが奴隷制賛成だったなんて!」など、とんでもない勘違いが見受けれらたので、次のようなプリントをつくって、次週配布することにした。

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さて、アメリカの政党史も踏まえつつ、南部再建期について学ぶ。南北戦争中に設置された解放民局の主導で、戦後数十年続いた南部改革の時代である。この時期、憲法修正条項や、公民権法によって、次々とアフリカ系アメリカ人の権利が認められた。また、ハイラム・R・レベルズが黒人初の上院議員となり(もっとも、他の議員が彼を議員として認めるかどうか採決する間、ロビーで待たなければならなかったが)、ピンクニー・ピンチバックが暫定とはいえ、初の黒人州知事になった。

一方で、貧しい元奴隷たちの生活は、向上するどころか、ますますひどいものになっていた。奴隷が飢えることはない。主人は大切な財産を失わないよう、衣食住にわたって世話をしなけらばならないからだ。しかし、自由民となるとそうはいかない。元奴隷たちの多くは、仕事も財産も教育もないまま、「自由」のなかに放り出された。元奴隷に20エーカーの土地とラバが与えられるという噂があり、実現に動いた人物もいたが、うまくいかなかった。そんななか、生まれたのが、シェアクロッピングと言われる一種の小作生である。元奴隷主が自由民となった元奴隷に声をかける。

「おう、トム。お前も自由だってな」
「へえ、だんな」
「まあ、けっこうなこった」
「ありがとうごぜえやす」
「しかし、これからどうするんだ。働くあてでもあるのか」
「へえ、だんな問題はそこでして。かかあとガキどもを食わせてやらきゃならんのに」
「そりゃ、困ったことだな。どうだ?お前さえ良ければ今まで通りうちの畑で働いてもいいんだぞ」
「ほんとですか、だんな!そりゃ願ってもないことで」
「土地はもちろん、種も農機具も貸してやろう」
「ありがとうごぜえやす、だんな」
「しかし、ただというわけにはいかんな。収穫の3分の2は差し出してもらわんと」
「そんな!だんな、それじゃあ、あっしの手元には何も残らないじゃねえですか」
「いやならいいんだぞ、どこへとでも行くがいい」
「そんな・・・」

こうして、元奴隷たちは。シェアクロッパー(小作人)となり、奴隷のときと同様、土地に縛り付けられた貧しい暮らしを続けていくことを余儀なくされた。

また、北部人や黒人の新たな動きに不満を募らせる南部人のなかから、クー・クラックス・クラン(KKK)のような白人至上主義団体が生まれる。最初は南部でくすぶる白人の若者による悪ふざけだったものが、南部の名高い兵士ネイサン・ベッドフォード・フォレストが加わったあたりから、政治色を強め、黒人やユダヤ人を脅したり、リンチにかけたりするようになる。結局、あまりに暴力的な活動に目をつぶっていられなくなった連邦政府が介入し、第一次KKKは壊滅状態に追い込まれた。しかし、1915年、KKKを正義の騎士のように描いたD・W・グリフィス監督の映画『国民の創生』が公開され、影響を受けた人びとによって、KKKは息を吹き返す。次回は、映画史に残る傑作でありながら、人種差別的な内容を含む、この問題作を鑑賞する。

さて、曲がりなりにも、黒人の権利を認め、奴隷制のない南部を「再建」してきた南部再建期だが、ある時をもって終焉を迎える。1877年、昨年の大統領選挙で民主党のサミュエル・J・ティルデンが、共和党のラザフォード・B・ヘイズに勝利を収めたが、共和党は投票に不正があったとして、ティルデンの勝利を認めなかった。この争いは、結局、共和党のヘイズが大統領になる代わりに、南部に駐留していた連邦軍が撤退するという妥協で決着を見た。連邦軍の監視がなくなった南部諸州は次々と黒人の権利を奪い、人種隔離をすすめる差別法(ジム・クロウ法)を制定し、19世紀末にはリンチの犠牲者の数がピークに達することになった。

國學院、非常勤第八回目。「1stYear English」は、分詞を復習して、「動詞が形を変えたもの」を終え、動詞がそのまま動詞として使われる場合についてみる。疑問文・否定文のつくり方から、動詞の部分の並び方が、「助動詞/特殊な助動詞have/be動詞/一般動詞」という並び方になっており(それぞれの欄は空白でもいい)、それぞれすぐ左のモノに影響を受けて形が変わる、と説明。英語は左にある(主語に近い)ものが強い。だから、疑問文・否定文のつくり方もいちばん左にあるものが決めるのだ。「R&W」は、バラク・オバマ、2008年大統領選勝利演説を読む。「それ(オバマの選挙運動は、つらい寒さも焼けつくような暑さもものともせず、まったく見ず知らずの人の家のドアを叩いた、それほど若くない人たち、自ら志願して組織を作り、200年以上たった今でも、人民の人民による人民のための政治がこの世から消え失せていないことを明らかにした何百万というアメリカ人から力を引き出した。これは皆さんの勝利なのです」

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