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2017年5月22日(月)

猿、モンキーから落ちる。

明治学院非常勤、前期第六回目。アラン・ロマックスが録音したジョージア州ロング・アイランドでにおける霊歌の録音から、ジョン・デイヴィスとグループの「モーゼス」を聞きながら、授業開始。

大農場での強制労働に耐える奴隷たちは、仕事が終わった日没から夜明けまでの間に、自分たちの文化を築いた。そうした奴隷文化を代表するもののひとつが、霊歌(Spirituals)である。名称が示す通り、聖書などに題材を求めた、宗教的な歌だが、そこには現世的な願いやメッセージも込められている。当時、奴隷の歌を集めて出された本は、「奴隷の歌」「プランテーションの歌」と題されていることが多く(例えば、ウィリアム・フランシス・アレンらが編集した『合衆国の奴隷の歌』)、宗教的な歌と現世的な歌を区別する考えは、歌っている奴隷たちにも、彼らに関心を寄せる白人たちにもあまりなかったのではないかと思われる。霊歌だけが特に注目を集めるようになったのは、南北戦争後、フィスク・ジュビリー・シンガーズをはじめとする黒人大学のコーラス・グループが、大学への寄付を募るために、「霊歌」をレパートリーに入れたことが大きい。しかし、ステージの上に上げられた霊歌は、奴隷たちによって歌われたものとは、大きく違うものだった。

とはいえ、奴隷制時代の霊歌について考えるときに、キリスト教の話は避けて通れない。奴隷たちにとって、キリスト教は二重の意味を持っていた。奴隷主たちは聖書の言葉を、奴隷たちを従わせるために利用した。しかし、一方で、奴隷たちは、聖書の物語に、被抑圧民解放のメッセージが込められていることを知り、エジプトを脱出するユダヤ人や疎外された人々を導くキリストの姿に自分たちを重ねた。奴隷たちは主人の目を盗んで、自分たちだけの宗教集会を持つようになる。そのなかで、歌われたのが霊歌であると考えられる。とはいえ、霊歌は単なる祈りの歌ではない。ヨルダン川が南部と北部の境界を流れるオハイオ川の隠喩であったことからもわかるように、そこには奴隷たちの体験が重ねられていた。なかには、逃亡奴隷の手引きのような歌もあったと言われている。

後半は、ナット・ターナーの反乱を中心に、奴隷の反乱について。18世紀以降、何度となく繰り返されてきた奴隷の反乱だが、なかでもアメリカの白人社会を震撼させたのが、ヴァージニア州サウザンプトンの奴隷ナット・ターナーの反乱である。若くして読み書きをおぼえたターナーは、宗教的な幻視を見るようになる。1831年、日食を神のメッセージと受け取り、仲間と反乱を起こす。57人の白人を殺害するものの、鎮圧され、絞首刑に処された。ターナーと会見したトーマス・R・グレイの会見記は、反乱の残虐性、計画性を描く一方で、ターナーの人物像についてはどっちつかずで、判断を保留している。グレイは、ターナーのなかに何を見たのか。

國學院非常勤、前期第六回目。「1st Year English」は、不定詞と動名詞の使い分けをやったあと、分詞に入った。「R&W」は、バラク・オバマ2008年大統領選勝利演説を読む。対立陣営へのエールや、スタッフや家族への謝辞が続く部分を飛ばし、勝利が本当は誰のものであるか、熱く語る部分。「そして、何よりも、私はこの勝利が誰のものであるか、決して忘れません。それはあなた方のものです。私は大統領の有力候補ではありませんでした。私たちはたくさんのお金も多くの支持もなく始めました。わたしたちの選挙運動は、ワシントンの集会所で始まったわけではありません。それはデモインの裏庭や、コンコードの居間、チャールストンのフロント・ポーチから始まったのです」

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