無料ブログはココログ

« 2017年3月 | トップページ | 2017年5月 »

2017年4月30日(日)

マキシシングルと聞くたびに、牧伸二を思い出していたことに気づく。

18221912_10210634163143804_62891987

南半球系バンド・チキリカ+ケペル木村で、荻窪Live Bar Bungaのワールド・ミュージック企画World Wide Weekに出演しました。前回に引き続き、ブラジリアン・パーカッションのケペル木村さんをゲストに迎え、病欠だったドラムのケイタロー氏も復活し、7人編成での出演となりました。演目は、「コマ」「パームワイン」「健忘症」「腹がへった」「山椒魚」「それでいいんじゃない」「花と風」「カゴメカゴメカゴメ」。暖かいオーディエンスに助けられて、はじけることができました。共演者は本格派の素晴らしい方々ばかり。キューバのソンを演奏するPajaritosはボンゴと大型のカウベルのような楽器の音が強烈。いい意味で、奴隷が叩いていたのと同じ音と思える存在感。それと女性ヴォーカルやフルートが醸し出すエレガンスとのバランスが絶妙。間を取り持つベースの役割も見逃せない。「うらん・稲葉光・クラウジオ石川・秋元大祐」という主演者の連名で登場したブラジル音楽チームは、他のグループのパーカッショニストも巻き込み、楽しくも隙のない演奏。稲葉さんのつくる脱原発への思いを込めたオリジナルも素晴らしい。こういう手法もあったか、と目から鱗の落ちる思い。そして、最後に登場したsinsimbaは西アフリカ系のファンク・ジャズと言ったらいいか。アフロ・ファンクでも、ナイジェリアのフェラ・クティ系のバンドは日本にもいくつかあるが、ギニア~マリ系のこうした音楽をやる人たちは、はじめて見た。聞くと、ギターリスト二人は現地でアフリカ人ミュージシャンに指導を受けてきたという。素晴らしい演奏を聞かせてもらった。演奏後は焼酎を片手に相好を崩し、出演者のみなさん、オーディエンスのみなさんと話に花を咲かせた。素晴らしい一夜だった。

弾き語りをはじめたころにつくった「恋はつらきもの」の古い宅録に細かい修正を加え、絵を添えてみました。アラフィフの中学生ひらげエレキテルの面目躍如の名曲です(自分で言う!)。

ひらげエレキテル「ワルツ」に細かい訂正を加えました。

2017年4月28日(金)

ダイエット中は、食べるかどうか悩むに違いない。「きっと葛藤」

「平和の歌はもう・・・」、なんちゃってザ・バンド風のアレンジにして、録音し直してみました。どこがザ・バンドやねんというクレームは受けつけません。あくまでも、なんちゃって、ということで。それにしても、自分の作った歌なのに、なかなかうまく歌えないなあ。課題曲です。

神奈川大非常勤、前期第三回目。「初級英語」2コマは、現在分詞のテストをやった後、テキスト解説へ。「基礎英語」は不定詞の応用編。

2017年4月27日(木)

「いるか、ニノ?」「多少ね」

首都大非常勤、前期第三回目。マーシャル・スターンズ『ジャズの誕生』をテキストとするリーディング3コマ。オール黒人キャストのミュージカル映画『ストーミー・ウェザー』から、ファッツ・ウォーラーが「エイント・ミスヘイヴィン」を歌うシーンを見ながら、授業開始。今回はいよいよテキストの内容に入る。「ステキなオバサマの<ジャズって何ですの、ウォーラーさん?>という質問に答えて、今は亡き偉大なファッツはため息をつきながら、こう答えたことになっている。<奥さま、今になってもおわかりにならないのでしたら、ジャズに首を突っ込むな!>ニューオリンズで聞こうと、ボンベイ(そこでもジャズのようなものを演奏しているのだが)で聞こうと、ジャズは言葉で説明するよりも、存在を認識するほうがずっと簡単である」 ジャズ・ファンの間では有名なファッツ。ウォーラーのエピソードから話は始まる。といっても、事実を証明する人のいない伝説なので、「ため息をついて言ったことになっている」(is supposed to have sighed)という、持って回った言い方になっている。前半が丁寧で、後半手のひらを返したかのように攻撃的になるセリフは、ジャズ・クラブに紛れ込んだ場違いなオバサマに、ファッツが目をグリグリさせながら言いそうなものだ。エピソード自体は、愉快な小話にすぎないのだが、スターンズはそこにジャズの定義しにくさを見出していく。

2017年4月26日(水)

「自分では気に入ってるんだ」に細かい修正を施しました。

2017年4月25日(火)

関西と関東で意味が変わる言葉。「ハゲちゃうぞ」

日本女子大非常勤、前期第三回目。「米文学論文随筆演習」は、ハリエット・アン・ジェイコブズの奴隷体験記を読む予定だが、先週に引き続き、奴隷制に関する予備知識を駆け足で。今回はプランテーションでの奴隷の暮らし、奴隷の文化に加えて、法的にも慣習的にもタブーと見なされながら、プランテーションの閉鎖された世界では、奴隷主の欲望を満たし、子どもの奴隷という財産を増やすために、公然の秘密として行われていた人種間の性的関係について、トーマス・ジェファーソンサリー・ヘミングスなどの例を挙げながら概説した。アカデミック・ライティングは、いよいよパラグラフ1の第一稿を提出し、アウトラインの書き方を学んだ。まだ、パラグラフ・ライティングの構成が身についてない学生が多いようだ。

2017年4月24日(月)

「ニコニコたまたまで、待ち合わせね」「二回言わなくてよろしい!」

明治学院非常勤「アメリカ研究」、前期第三回目。前回見始めたアレックス・ヘイリー原作のテレビ・ドラマ『ルーツ』の続きを見たあと、ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズの「400イヤーズ」を聞き、歌に歌われている「400年」とは何の期間のことなのか、またアフリカから遠く離れたジャマイカにウェイラーズのメンバーのような「黒人」がいるのはなぜなのか問うことから、再び奴隷貿易について考えた。三角貿易を概観し、その一角を中間航路の奴隷貿易が占めていること、イギリスのお茶の習慣、産業革命ガンジーの糸車のイメージ、アヘン戦争など多くの出来事がこの巧妙なシステムを軸に展開していることを見た。続いて、年表を紐解きながら、北アメリカに最初の奴隷が陸揚げされたのが、メイフラワー号の到着よりも先であること、ボストン虐殺事件で独立派について戦った人々のなかには、クリスパス・アタックスという自由黒人がいたことを指摘し、アフリカ系アメリカ人の歴史は決してアメリカ史の傍流ではないことを強調。とりわけ、議会という民主主義の根幹をなす制度によって、奴隷制が合法化されていったこと、すなわち民主主義と人種差別が相互補完的に働きながら、アメリカをつくりあげたことを示した。

國學院非常勤、前期第三回目。前回の英語の基本に続き、いよいよ本格的に授業の内容に入る。「1st Year Engllish」は、不定詞。不定詞は「to+動詞の原形」という同じ形でありながら、なぜいくつも意味があるのか?それはどの用法も、もともと動詞だったものが形を変えて、他の品詞として使われるという共通の役割があるからだ。そのことを理解すれば、不定詞がどの用法なのかもおのずと見えてくる。「R&W」は、バラク・オバマの2008年大統領選勝利スピーチを読む。まず、オバマのスピーチをビデオで半分ほど見て、"It's been a long time coming. . . .change has come to America" という一節が、オバマのスローガンであった「チェンジ」と同時に、サム・クックの「チェンジズ・ゴナ・カム」に由来することを話しながら、演説の内容に入っていった。「アメリカがなんでも可能な場所であることをいまだ疑いを持つ人、建国の父たちの夢が現代に生きていることをいまだ疑う人、民主主義の力に疑問を投げかける人がいるなら、今夜こそがその答えだ」演説らしい、言い換えの多い内容で、「いまだに」という言葉がくり返されているところがミソだ。人種差別が酷かった過去はともかく、現在はほら、黒人の私が大統領になったでしょう?これこそが民主主義が生きていることの証明ですよ、と解釈できる。

2017年4月23日(日)

疲れがたまっていたので、ゆっくり休養。

昨日の星くず音楽祭での好評に気を良くし、新曲「自分では気に入ってるんだ」のバンド・アレンジ・ヴァージョンをつくってみました。

友だちは変な髪形だという
「俺がそんな髪形だったら、死ぬね」
でも、オレはこれでいいんだ 何が悪いんだ
自分では気に入っているんだ

「そんな変な格好で デートに来ないで」
彼女が面と向かって そういった
自慢の一張羅で オシャレしてきたのに
自分では気に入ってるんだ

ほっといてくれ
これがオレのスタイル
オレの魂
オレのロックンロール
気に入ってるんだ

みんなオレの センスがわからない
かわいそうに 遅れたやつらめ
町ですれ違った女が オレを見て笑う
でも、自分では気に入ってるんだ

ほっといてくれ
これがオレのスタイル
オレの魂
オレのロックンロール
気に入ってるんだ
気に入ってるんだ
気に入ってるんだ
気に入ってるんだ

2017年4月22日(土)

万国の労働者、無理せず静養。

月かげ星くず団 presents 星くず音楽祭@国立はっぽんに、ひらげエレキテルとして主演して、6曲ほど歌ってきました。演目は「New Song」「自分では気に入ってるんだ」「かわいい子猫ちゃん」「二人でお茶を」「すっぽんぽん節」「最後の日」。冒頭から、前回出演したときに店長さんに褒められた「こども魂」を歌おうとしたところ、リハではスラスラ出てきた歌詞がまったく出てこない。ピンチ。急遽、曲目を「New Song」に変更し、何とかステージをやり遂げたものの、お見苦しいところをお見せしてしまいました。そのあとは、お客さんに助けられつつ、楽しく演奏することができました。とりわけ、新曲「自分では気に入ってるんだ」の評判がよかったこと、いつもの「かわいい子猫ちゃん」に加えて、「すっぽんぽん節」でも盛り上がっていただいたことに、感謝、感謝です。共演の井形大作さん&Pioneは、いつものように井形さんのヴェルヴェット・ヴォイスを生かした、暖かいサウンドで、ちょっとウルウルしてしまった。こういうのを「歌」というんだな。主催の月かげ星くず団は、鉄壁のリズム隊に支えられて、息の合った男女ヴォーカル、グルーヴィーなギターで極上のビート・ポップスを披露。見るたびにカッコよくなってる。ステキな共演者、お客さん、スタッフに囲まれて、むちゃくちゃ楽しい一日でした。お疲れさまでした!

メガネにメガネという、あり得ないファッション・センス。

18119227_1334694106611830_463095029

2017年4月21日(金)

農ミュージック、農ライフ。

コンビニの会計で5円玉を落とした。「レジ台ずらしましょうか?」「いいですよ、5円ですし」結局、動かした台の下には100円玉が。あがっ・・・5円って言わなければよかった!

神奈川大非常勤、前期第二回目。「初級英語」2コマは、現在分詞の形容詞的用法をやり、余った時間でテキスト25「潮の話」を読み始めた。「基礎英語」1コマは、前回の復習をした後、不定詞に入った。

18056674_1636860652998673_283154674

清水健朗『ラーメンと愛国』(講談社現代新書、2011)を読み終わった。ひらげが「ラーメン侍」と称してラーメンを食べ歩いていたのはもう5年ほど前のことになる。一日一ラーメンの日々をやめることになったのは、お気に入りのラーメン店が「ラーメンマニア」と喧嘩をして、「お前ら気持ち悪い」という一言を残して店を畳んでしまった事件が一つのきっかけだった。作者なら、その事件をラーメン屋と「ラーメン」という物語を生み出す人々の共犯関係に冷水を浴びせた事件と捉えるだろうか。今や日本の国民食とも言われるラーメンだが、そもそも一般の日本人が食するようになって、せいぜい百年ほどの歴史しかない中国由来の料理が、「国民食」と言われるのはなぜなのか。そこには何かしらの捏造された物語があるはずである。例えば、「ご当地ラーメン」は地方の画一化のなかで生まれたファースト・フードであるにもかかわらず、長い時間をかけて培われた郷土食であるかのように艤装している。昨今の「作務衣」系のラーメンの「日本の匠」的な装いもまた、同じことが言える。「作務衣」の持つ匠のイメージ自体が捏造されたものであり、スローフードヌーベル・キュイジーヌからの影響とナショナリズムをあわせ持つ物語は、矛盾を孕んだものである。こうした物語の背景には、戦後日本の発展史があり、アメリカの援助物資である小麦を使い、食品のオートメーション化に大きく関わったラーメンは、むしろ日本の「アメリカ化」と深い関係にあることが見えてくる。重要な視点をいくつも教えてもらった。

2017年4月20日(木)

首都大非常勤、前期第二日目。「実践英語」3コマで、SVOC、5文型。次回からは、テキスト『ジャズの誕生』に入る。

遠峰あこ飲んどこライブ@野毛の居酒屋すきずき。だいぶ遅れていったけれども、楽しみました。ここの壁際の席に座って、あこちゃんの演奏を聞きながら、ビールか焼酎を飲むのが、最高のお気楽極楽。

18118805_1635617439789661_222236608

岡先輩の頭越しに、今日のあこちゃん。

2017年4月19日(水)

難病認定の申請をしてきました。

OGSアコナイトVol149@新大久保Club Voiceに、ひらげエレキテルとして参加して、3曲歌ってきました。演目は、「すっぽんぽん節」「自分では気に入ってるんだ」「二人でお茶を」。「気に入ってるんだ」はライブ初披露でした。出演者は他に、トミー姐さんのソロ+神田苑、稲毛健二くん(ケジャさんとのWケンジ)、ミライちゃん、トモコさん。若いミライちゃんの溌溂とした歌が光った。

2017年4月18日(火)

She kissed socks there, cool, cool socks there she kissed.(色即是空 空即是色)

日本女子大非常勤、前期第二回目。「米文学論文随筆演習」は、ハリエット・アン・ジェイコブズの奴隷体験記を読む予定だが、今回と次回は奴隷貿易と奴隷制についての予備知識を駆け足で。今回は、奴隷船の内部の様子、三角貿易、奴隷貿易の歴史などについて話した。「アカデミック・ライティング」は、トピックとトピック・センテンスについて学び、教科書に載っているトピックから、いくつかトピック・センテンスをつくってもらった。トピック・センテンスはspecific すぎず、generalすぎずというのが基本だが、それもパラグラフをどこまで突っ込んだ内容のものにするか、読者がどこまでトピックに詳しいか、などにもよるのでなかなか難しい。

2017年4月17日(月)

ちょっと似てる。「女性専用車」と「ホセ・メンドーサ

明治学院非常勤「アメリカ研究」、前期第二回目。ユッスー・ンドゥール「ネルソン・マンデラ」のライブ動画を見ながら授業開始。奴隷が隙間なくしきつめられた奴隷船の見取り図を入り口に、ジュリアス・レスター奴隷とは』(To Be a Slave、1968)からの引用をはさみつつ、中間航路の奴隷貿易が、人間を商品=モノと見なす特異な残酷さをもっていたことを強調した。さらに、フランス領西アフリカの奴隷集積所として発展したダカール沖の小さな島、ゴレ島を訪れたときの体験に加えて、冒頭に動画を流したユッスー・ンドゥールの発案でつくられた映画『魂の帰郷』(Retour à Gorée、2007)から、アメリカのゴスペル・グループが奴隷小屋を訪れ、祖先の苦しみに思いをはせて即興の歌を歌うシーンを見た。アミスタッド号事件の話をはさみ、アレックス・ヘイリールーツ』(Roots: The Saga of an American Family、1976)を紹介。『ルーツ』のテレビ・ドラマ(最近リメイクされたが、1977年版のほう)から、拉致されたクンタ・キンテが奴隷船の過酷な環境を経験するシーンを見た。

國學院非常勤、前期第二回目。「1st Year English」も「時事英語」も、今回は、SVOCと5文型という英語の基礎をみっちりやった。

2017年4月16日(日)

モッサリーズの自主企画『モッサリの部屋』@阿佐ヶ谷Next Sundayに、記念すべき第一回ゲストとして招かれ、南半球系バンド=チキリカで出演してきました。ブラジル音楽のパーカッション奏者ケペル木村さんを加えた特別編成でお届け・・・のつもりが、ドラムのケイタローさんが病欠となり、パーカッションのイマイくんをドラムにコンバートして、二重の意味で普段とは違う編成でのパフォーマンスとなりました。演目は、「コマ」「パームワイン」「健忘症」「腹がへったよ」「花と風」「カゴメカゴメカゴメ」。盛りあがっていただいたみなさん、ありがとうございました。オープニングアクトとして登場した「たむなり」のお二人のステキな選曲のアコースティック・セットも素晴らしかったし、御大モッサリーズには、「ちょっとひねったポップス」という、世界で一番素晴らしいジャンルの音楽をたっぷり聞かせてもらいました。楽しかった!みなさん、お疲れさまでした!

2017年4月15日(土)

ぼくがFacebookでよく使う「自分では気に入っている」を、ハピネスくんが「好きなフレーズ」と言ってくれたことから、一曲できました。独特のファッション・センスには定評のあるワタクシですが、歌の内容はあくまでもフィクションです。

友だちは変な髪型だと言う
「俺がそんな髪型だったら、死ぬね」
でも、オレはこれでいい 何が悪いんだ
自分では気に入ってるんだ

「そんな変な格好でデートに来ないで」
彼女が面と向かってそう言った
自慢の一張羅でオシャレしたのに
自分では気に入ってるんだ

ほっといてくれよ
これがオレのスタイル
オレの魂
オレのロックンロール
気に入ってるんだ

みんなオレのセンスがわからない
かわいそうに、遅れたやつらめ
すれ違った若い女がわけもなく笑う
でも、自分では気に入ってるんだ

下北沢Lagunaに、ひらげエレキテルとして出演して、歌ってきました。演目は、「New Song」「行こうよ」「かわいい子猫ちゃん」「まぼろし」「すっぽんぽん節」「最後の日」。聞いてくださったみなさん、盛りあがってくださった皆さん、ありがとうございました(↑今回はビデオを忘れたので、録音とイメージ画像でお楽しみください)。今回は、出演者に「シリアスな歌とエンターテイメント性のギャップ」という共通項があり、ブッキングにもかかわらず、企画ライブのような楽しさでした。以前にも同じ場所で共演したことのあるメタスは、何と言ってもチョコミントの歌が最高。そういえば、昨日、平塚の駅で、アイスの自動販売機にチョコミントがあるのを見て、誰かチョコミントの素晴らしさを力説している人がいたな、と思ったばかりでした。きみたちだったか!!ギター弾き語りのチェブリッシュケトナーさんは、指弾きの多彩さがただものではない。ストロークは5本指と2本指、単音はアルペジオと親指を自然と使い分け、独自の世界を描き出す。淡々飄々とした語りも楽しい。曲後の「アリガトサンキュ」というフレーズは真似したくなる。ポピーコットさんはピアノ/歌とベースの女性二人組。ピアノもベースも、休符に命のある、ホンモノのグルーヴ。ピアノのユキナさんには、素晴らしい歌唱力に加えて、畳みかけるようなMCに圧倒される(だんだん、海原やすよに見えてきた)。そして、東京純情倶楽部は、いい歌+コント的な展開という、まさしく今回のトリにふさわしい内容。ネタバレになるので、あまり詳しくは書けないけど・・・。お疲れさまでした!またご一緒しましょう!

2017年4月14日(金)

神奈川大非常勤、前期第二回目。「初級英語」2コマは、動名詞について。動名詞が「~すること」という意味で、名詞の役割をする(すなわち、S、O、C、前置詞の目的語として使われる)こと、ほとんどの場合、不定詞の名詞的用法と入れ替え可能だが、不定詞は前置詞の目的語には使えないこと、動名詞しか目的語に取らない動詞、不定詞しか目的語に取らない動詞、どちらを取るかで意味が変わる動詞があること、それは動名詞に過去(すでにある)のニュアンスがあり、不定詞に未来(まだない)のニュアンスがあることと関係していること・・・を解説し、練習問題をやった。「基礎英語」は、SVOCと五文型。

2017年4月13日(木)

「長クソの栄誉を称え・・・」「こら💢」

首都大非常勤、前期第一回目。「実践英語」3コマ。今週は、学生が授業を選ぶいわいる「ショッピング」のためのガイダンス。いくつかの授業を見て回る学生のために、ひとつの授業につき、同じ話を3回しなけらばならない。それが3コマだから、計9回。話するのは好きだけど、毎年、これは疲れる。

RCサクセションの「夜の散歩をしないかね」みたいな曲が作りたくて、今日も短い曲ですが一曲できました。「煙草屋のお嬢さん」

角の煙草屋のお嬢さんに
ぼくの思いを伝えたくて
今日はきれいな月だよ

角の煙草屋のお嬢さんに
ぼくの思いを伝えたくて

2017年4月12日(水)

醤油が日本を象徴する調味料であることは、国民の総意総数(ソイ・ソース)に基づく。

昨日つくった16ビートの試作品をこんな曲にしてみました。「誰も憶えちゃない」。歌詞はすべてフィクションです。

校長先生お手紙書いた
校長先生お手紙書いた
偉い奥さん 読まずに食べた
誰も覚えちゃいないさ

偉い奥さん 返事を書いた
偉い奥さん 返事を書いた
さっきのことは 絶対秘密ね
誰も覚えちゃいないさ

振込票に名前を書いた
振込票に名前を書いた
誰かが上からそっと消した
誰も覚えちゃいないさ

小学校には名前をつけた
小学校には名前をつけた
小学校には名前をつけた
ちょっと前のことだろう


2017年4月11日(火)

朝玉男引退かあ。

日本女子大非常勤、前期第一回目。「米文学評論随筆演習」は、テキストとするハリエット・ジェイコブズの奴隷体験記について、ひと通り説明。奴隷主の執拗なセクハラに耐え続けたリンダ(ジェイコブズの仮名)の物語は、女子大生の心にも響いたようだ。「アカデミック・ライティング」は、「パラグラフ・ライティング」「アイディアの発展のさせ方」「論文作成のルール(MLAスタイル)」に加えて、英語の勉強も必要であることを強調した。

2017年4月10日(月)

「ピザって10回言って」「ピザピザピザピザピザピザピザピザピザピザ」「じゃあ、ここは?」「ひじ?」何でそんなことを、という感じで、疑問形で正解されるとやるせないよね?

明治学院非常勤「アメリカ研究」、前期第一回目。ジェイムズ・ブラウン「セイ・イット・ラウド―アイム・ブラック・アンド・アイム・プラウド」を聞きながら、授業開始。いつものようにイントロダクションでは、アフリカ系アメリカ人、あるいは黒人とは何ものなのかという問いかけから始めた。人種や民族というものが虚構であるとしても、現実に存在するそうした枠組(「アフリカ系アメリカ人」「黒人」)に沿って学ぶ以上、相手が何であるのか、ある程度知る必要があるからである。黒い人が黒人?見かけでわかる?本当にそうだろうか。プリントに写真をのせた8人の人物のうち、だれがアフリカ系アメリカ人(あるいは黒人)か答えさせる。8人のなかには、レナ・ホーンのように、見かけはほとんど白人だが、ワンドロップ・ルールによって黒人と見なされる人もいれば、ケニア人留学生を父に持つバラク・オバマのように、奴隷として拉致されてきた人々とは違う背景を持つ「ケニア系アメリカ人」もいる。あるいは、アイルランド人の父とブラジル人の母の間に生まれ、アイルランド人というアイデンティティを「選択」したフィル・ライノットのような人物もいる。アイデンティティを形作るのは、血のつながり(これも実際には虚構だが)だけではなく、制度や選択など、いろいろな問題が絡んでいる。こうしたことを踏まえながら、アフリカ系アメリカ人の二重意識、ブラック・ナショナリズムの功罪、マルコムXの思想的発展などの話をした。

國學院非常勤「1st year English」「時事英語」、前期第一回目。アンケートを使ったイントロダクション。授業の進め方の他、ジンバブエ話を通じて、「通じあいたい」という気持ちの大切さ、例文を通じて、英語における語順の大切さなどを説く。

2017年4月9日(日)

台風の鼻。

最近、ライブでもよくやっている「まぼろし」のストリングス入りヴァージョンを作ってみました。

春の歌とか桜の歌とか、ぼくには似合わないと思うけど、つくってみました。ひねくれものなので、桜が散るのを待つ歌です。

春だというのに
雪が降ってきて
懐かしい歌を
ぼくの足元に投げる

ねえ、もう会えないのかな
ねえ、もう会えないのかな

春だというのに
ぼくは寒がりだから
ポケットのなかで
何かを探してる

ねえ、どこで失くしたのかな
ねえ、どこで失くしたのかな

桜が散って
春だったと気づく
桜が散って
先のことを思う

ねえ、明日はいい天気かな
ねえ、明日はいい天気かな

2017年4月7日(金)

「HPのアドレス、変えたら?」「お前にURL筋合いはない!」

神奈川大非常勤、前期第一回目。初級英語2コマと基礎英語1コマのガイダンス。毎年、「英語しか話せない友だちがお腹を空かせています。何か食べるか、聞いてみましょう(ジェスチャー可)」という質問をして、伝えようとする熱意の大切さみたいなことを話す。日本でもよく、「お・な・か・すい・てん・のー」などと、外国人に思い切り日本語で話しかける人がいるよね?でも、考えてみたら、他の国でもその国の言葉で話しかけられることは多い。通じると思っているのではなく、そうやって話しかけることが、「私は言葉でコミュニケーションを取る人間ですよ」というメッセージになっているのかもしれない。

OGSアコナイト@新大久保Club Voiceに、ひらげエレキテルとして参加して、歌ってきました。加川良さんの死を悼んで、「教訓」のカバーを歌ったあと、初披露の「すっぽんぽん節」ひらげヴァージョン+「まぼろし」という選曲。今日は出演者も観客も少なかった分、たっぷりセッションの時間があった。店長のうえむーさんがベース、主催のケジャさんがドラム、ぢぞ郎さんがギター、ワタクシひらげがヴォーカル/ギターで、ロックンロールをやり散らかした。録画は残ってないけど、即興で歌詞をつけた「ジョニー・B・グッド」とかもあった。「俺の村にいたギター弾き~そいつは有名なマザコンで~」とかなんとか、もう忘れてしまったが、ワレながら悪くない日本語詞だった。こういうのもなかなか楽しい。

しかし、これが数時間前まで教壇に立っていた男のやることでしょうか。笑。

2017年4月5日(水)

戦闘地ヒーローの神隠し。

オーティス・レディング「ザ・ドック・オブ・ザ・ベイ」を日本語で歌ってみた。オーティスの名唱に挑んだチャレンジ精神だけは、認めていただきたい。そして、ひらげのことは嫌いでも、オーティスのことは嫌いにならないでくださいっ。

しゃがみこんでさ
朝から晩まで
船がでるのを
ぼんやり見ている

しゃがみこんでさ
波の音が聞こえる
しゃがんで聞いてる
それだけさ

生まれた町から どうにか
ここまでやってきた
何かがおいらを
呼んでる気がして

今じゃ、しゃがみこんでる
途方にくれてさ
しゃがみこんでる
それだけさ

どうだい、何もかも
変わらない もとのまま
あんたにできることが
どうも 俺にはできないのさ

疲れてしまった
孤独だけが友だち
歩きまわって
港で眠るだけ

しゃがみこんでさ
波の音を聞く
しゃがみこんでる
それだけさ


フォーク・シンガーの加川良さんが亡くなった。急性白血病とのこと。無念。加川さんと言えば、「教訓」。男を戦争へと狩り立てるマチョイズムを正面から笑いのめした傑作だ。「命を捨てて 男になれと 言われたときには 震えましょうよネ そうよ 私は女でけっこう 女の腐ったのでかまいませんよ」「青くなって尻込みなさい 逃げなさい 隠れなさい」という言葉は、ぼくの座右の銘と言ってもいい。この歌が収録されたデビュー・アルバム『教訓』(1971)の印象があまりにも強いが、その後も歌と誠実に向き合いながら、新しいサウンドを模索した人だった。1974年の『アウト・オブ・マインド』あたりは、フォークというよりも、ロックに近いし、2002年には加川良&The TE-CHILI名義で爆音ロック・アルバム『R.O.C.K』も出している(帯には「加川良、発狂」という煽り文句が)。1991年の『One』あたりから、民俗楽器なども加えた独自のサウンドを確立。こうした精力的な活動を支えていたのが、圧倒的な歌手としての力であり、一度、生で見てみたいなあと思う歌手の一人だった。その『One』収録の「アイ&アイ」の歌詞を借りて言えば、「加川良が逝っちゃった。女たちが泣いてますぜ」 ― 悲しい(女じゃないけど)。ご冥福をお祈りします。

17799317_1608971795787559_208758288

というわけで、今日のお絵かき。加川良さん。

荻窪Live Bar Bunga に、ひらげエレキテルとして出演。演目は、「New Song」「行こうよ」「かわいい子猫ちゃん」「まぼろし」「非国民の休日」「最後の日」。今日は不思議とよく声が通ったし、共演者のみなさんも素晴らしい方ばかりだった。スタイリッシュなギター弾き語りに、時々奇妙な歌詞が顔を出すオミユウリクさん(from かめ道楽)、優しい響きのアイリッシュ・ハープを奏でながら歌うKIKIさん、男性ミュージシャンの弾く新楽器ホールトーンをバックにパワフルな女性ヴォーカルを聞かせるHIKARIさん。それなのに、ああ、それなのに・・・お客さんゼロ。とうとう、この日が来てしまいました。結果、ミュージシャン同士の発表会になってしまいましたが、聞いてくれた共演者のみなさん、どうもありがとう。楽しかったけど、このままじゃいけないな。集客、頑張ります。


2017年4月3日(月)

ついつい、「煩悩」を「本能」で説明してしまう。

草彅くん全裸事件(2009)が起きたときに作った「はだか節」。歌詞はよかったのだが、どうも、民謡らしい溌溂さが出なかったのだが、遠峰あこちゃんにあげたところ、「すっぽんぽん節」というタイトルで見事にアレンジして、レパートリーに加えてくれた。生まれ変わった「すっぽんぽん節」は、あこちゃんが加えた「飲んで飲んで飲んで」「スットコドッコイ スッポンポン」「ナンジャワレ ナンジャワレ ヨイヨイヨイヨイ」といったお囃子もカッコよく、実に民謡らしい。メロディはほとんど原型をとどめていないのだが、「こうするとマイナーキーでも溌溂さが出るのか」と、目から鱗の思いだった。ぼくも一度、自分でやってみたかったのだが、なかなか難しい。民謡はもともと和音のない世界なので、音階的にマイナーだからと言って、もろにマイナーコードをつけてしまうと息苦しくなる。なかなか上手いアレンジが思いつかなかったのだけれど、今日、ふと、こんなコードでやったらどうだろうとアイディアが浮かび、さらにボブ・マーリー「ジャミング」風のレゲエにして、エレキテル・ヴァージョンが完成した。

知事も議員も大臣も
生まれたときは皆はだか
女の腹からちょいと出たときに
股を隠したやつはない

裸だったら 何が悪い

ひとりで夜を明かすより
隣に誰かがいたほうがいい
言葉で愛を語るより
包み隠さず見せるがいい

裸だったら 何が悪い

人目を気にして生きるより
ダメな自分を愛したい
誰かのアラをちょいと探るより
酒酌み交わせば あら不思議

裸だったら 何が悪い


2017年4月2日(日)

オツペケペ。オツベケペツポ。ベツポーポー。

昨日つくった謎の新曲「ラー」にのせて、「オッペケペー節」を歌うというアイディアが浮かんだので、さっそく実行に移した。タイトルは歌詞の一部からとって、「心に自由の種を播け」にした。「オッペケペー節」は、自由民権の思想を込め、世相を風刺した明治時代の流行歌。落語家の三代目桂藤兵衛が始め、その弟子だった川上音二郎が受け継いだ。いろんな歌詞が記録されているが、ぼくが歌ったのは次のようなもの。

米價騰貴の今日に
細民困窮省らす
目深に被ふた高帽子
金の指輪に金時計
権門貴顕に膝を曲け
藝者たいこに金を蒔き
内には米を倉に積み
同胞兄弟見殺か
幾等慈悲なき慾心も
餘り非道な薄情な
但し冥土の御土産か
地獄でゑんまに面會し
わいろ遣ふて極楽へ
行けるかへゆけないよ
オツペケペ オツペケペツポーペツポーポー

他にも、「権利幸福嫌いな人に 自由湯(「自由党」のダジャレ)をば飲ませたい」「外部の飾はよいけれど政治の思想が欠乏だ。天地の真理が解らない。心に自由の種を蒔け」といった歌詞も見られる。なかでも、「心に自由の種を蒔け」は、好きなフレーズなのでタイトルにして、歌ってみた。ちなみに、1900年に音二郎一座が欧米公演を行ったときに、イギリスでこの曲を録音している。そのときの録音がこれ(ただし、音二郎の声は残されていないらしい)。

ラップを思わせるようなスタイルは、あほだら経とか、純邦楽には珍しいものではない。それよりも、タガが外れたような高揚感に驚く。グルーヴといってもいい。日本の音楽にはリズムがなかったというのは嘘だ。オンビートとオフビートの違いはあるにせよ、日本(あるいはアジア)にも、アフリカ発祥のモノと同じくらい豊かなグルーヴの世界があった。そして、「心に自由の種を播け」というのは、「心にグルーヴの種を播け」ということでもある。心がグルーヴにのって、自由を求めて動き出すのだ。

もちろん、自由民権運動の「自由」が意味するのは、そんなロマンティックなものではなかった。自由民権運動は、煎じ詰めるところ、ナショナリズムの運動であったと言うこともできる。政治は自分たちのモノでもあるのだから、ひとこと言わせろというのは、ナショナリズムがなければ出てこない発想だ。板垣退助らが下野したのも、朝鮮に対する強硬姿勢が原因だった。だから、自由民権の思想を歌う壮士演歌、書生節の多くが、日露戦争を取り上げ、政府の弱腰を批判した。政府は政府で、マツリゴトとは無縁に暮らしてきた民に、兵役をはじめとする「国民」としての義務を負わせることが急務だった。その意味で、自由民権運動は、明治政府の方針を補完するものだったのである。

・・・と、まあ、理念としての自由民権運動はそうなのだが、当時、「自由」という言葉に、われわれがこの言葉を聞いて思い浮かべるようなこと ― 個人の生き方の問題としての自由、誰にも邪魔されずに自分らしく生きること ― を感じた人たちもいた。そうした人たちにとっては、他人の人生を金で買おうとする連中が、自由の敵となる。例えば、秩父困民党に合流した壮士たちは、ナショナリズムとしての自由民権思想とは違う、貧しい農民たちにとっての「自由」を直視せざるを得なかっただろう。「オッペケペー節」をはじめ、当時の壮士演歌、書生節のなかにも、いくつかの「自由」が混在しているように思う。そして、ぼくらが現在の歌としてそれらを歌うとき、そこから「自由」の意味を選び取ることができるのではないか。

最後に土取利行さんの名演を。

2017年4月1日(土)

出家します(エイプリル・フール)。

ギターとDTMソフトについていた音源で何か、やばい感じのものできてしまった。「ラ~」と名付けよう。

「できる限り、我慢する」を行動規範にすると、行動が小さくなる。「できる限り、我慢しないこと」を行動規範としたい。どっちにしても、我慢しなきゃいけないことは、たくさんあるのだから。

« 2017年3月 | トップページ | 2017年5月 »

最近のトラックバック

2017年5月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31