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2017年1月19日(木)

小用は使わない。個室に固執。

首都大非常勤、後期第十三回目。『ジャズの誕生』をテキストとするリーディング3コマ。ニーナ・シモンの歌う「ノーバディ・ノウズ・ユー・ホェン・ユー・ダウン・アンド・アウト」を聞きながら、授業開始(テキストの内容とは、特に関係なし)。テキストは、前回読んだ、ジャズの歴史においてくり返されてきた「音楽バトル」について、具体例を列挙していくところ。「ニューオリンズ時代の初期、それ(音楽バトル)はアームストロングキッド・レナ(これはまさに伝説である)、レッド・アレンガイ・ケリージョー・オリヴァー(のちのキング)対フレディ・ケパードであった」 ここに名前を挙げられたミュージシャンは皆、トランぺッターである。マイクや音響設備がない時代、ジャズの花形楽器は、大きくてよく通る音のトランペットだった。次の言及は、初期ジャズの荒っぽい世界を思わせる。「<もしラッパで相手を吹き負かせられなかったとしても>、トランペッターのマット・キャリーは『ヒア・ミー・トーキン・トゥ・ヤ』のなかで述べている。<ラッパを使って、そいつの横っ面をぶっ叩くことはできるさ>」 いかにも手荒い冗談・・・いや、「カーヴァイング・コンテスト」もしくは「カッティング・コンテスト」が、勝ったほうのギャラ総取りだったことを考えると、あながち冗談ではないかもしれない。負けたくせに、相手をぶんなぐって、ギャラを掴んでトンズラ、なんてこともありうる。

さて、「音楽バトル」の花形楽器も、時代が下るにつれて変わってくる。「30年代のカンザス・シティでは、それ(音楽バトル)はサキソフォーン奏者のコールマン・ホーキンスレスター・ヤングであり、ニューヨークではトロンボーン奏者のビッグ・グリーンジミー・ハリソンだった(1953年のバンド・ボックスでは、カウント・ベイシーデューク・エリントンのバンド全体であった)。音響設備の発展とともに、より細かいニュアンスが求められるサックスやトロンボーンに注目が集まったことが見てとれる。ちなみに、1953年、ニューヨークのジャズ・クラブ、バンド・ボックスではベイシーとエリントンを二枚看板にした興行がおこなわれている。そして、「ジャズのような自由な音楽では、ミュージシャンは持続性があってスウィングする即興演奏の能力によって評価される」 と、段落は締めくくられる。

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今日のお絵かき①。オーティス・レディング。

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今日のお絵かき②。ブラインド・レモン・ジェファーソン。

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