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2016年12月12日(月)

飲んだら乗るな、むせるからやめろ。「飲酢運転」

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明治学院非常勤「アメリカ研究」、後期第十一回目。前回に引き続き、スパイク・リー監督の映画『マルコムX』を最後まで。映画の脚本にも関わったジェイムズ・ボールドウィンによる追悼詩が読みあげられる。黒人の味方のふりをして、マルコムを非難する人たち。あなたたちは一度でもマルコムに会ったことがあるか?その笑顔に触れたことが?そこに、アフリカ系アメリカ人の闘争の歴史を記録した画像がコラージュ的に重ねられる。赤土の大地を踏みしめて、SOWETOと大きく書かれた横弾幕を掲げて行進する若いアフリカ人の一団。SOWETOはSouth Western Townshipの略。アパルトヘイト体制下の南アフリカで、ジョハネズバーグ近郊につくられた黒人居住区だ。1976年、アフリカーンス語による教育に反対する中高生が、ソウェトで行ったデモに警官隊が発砲して、死者を含む犠牲者を出した(ソウェト蜂起)。場面はアメリカの教室に移り、黒人女性の教師が、今日5月19日はマルコムXの誕生日で、彼は偉大なアフリカ系アメリカ人だったと語る。黒人の生徒たちがひとりひとり立ち上がり、「ぼくはマルコムX(I'm Malcolm X!)」と叫ぶ。何人目かで発音が微妙に変わり("I am Malcolm X!")、教室を見渡すアングルに戻ると、そこはアフリカらしき教室で、教壇に立っているのは・・・ネルソン・マンデラだ。マンデラは、マルコムは死を恐れなかった、なぜなら同胞である黒人を愛していたから、と語り、彼の運動が人権を求めるものであったことを強調する。そして、実際のマルコムの映像が続く。「必要などんな手段を用いても!(By any means necessary!)」

せっかくスパイク・リーの映画を見たので、黒人映画の話を少々。改めてスパイク・リーとその作品のいくつか ― 『ドゥ・ザ・ライト・シング』(1989)、『ジャングル・フィーバー』(1991)、『クルックリン』(1994)、『ゲット・オン・ザ・バス』(1994)、『バンブーズルド』(2000) ― を紹介。さらに、『マルコムX』で主演を務めたデンゼル・ワシントンと、ベティ・シャバーズ役のアンジェラ・バセットに軽く触れた。現在でこそ、黒人の俳優や映画監督が活躍するアメリカの映画界だが(近年でも、アカデミー賞における白人偏重が問題になったが)、前期に紹介したオスカー・ミショーのようなインディーズの監督を別にすると、黒人の映画監督は長い間、例外的な存在だったし、黒人の映画俳優に与えられる役は、マミーやギャング、道化役といったステレオタイプ化されたものに限られていた。それを大きく変えたパイオニア的な存在として忘れてはならないのが、シドニー・ポワチエである。ポワチエは優等生的なイメージを保ちつつも、『手錠のまゝの脱獄』(1958)、『野のユリ』(1963)、『夜の大走査線』(1967)、『招かれざる客』(1967)などの映画で、のちの黒人俳優への道を開いた。70年代に入ると、「ブラックスプロイテーション」と呼ばれる低予算の黒人向け映画が大量に作られるようになる。そのほとんどは低俗、暴力的な内容ながら、『黒いジャガー』(1971)、『コフィー』(1973)といった名作も生まれている。なかでも、『コフィー』などで主演したパム・グリアの強くて、セクシーな黒人女性像は、鮮烈な印象を残した。こうした黒人映画の歴史を知りたい人には、井上一馬ブラック・ムービー アメリカ映画と黒人社会』(講談社現代新書、1998)をお勧めしたい。

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最後に、自衛のためのブラック・パンサー党について。1966年、ヒューイ・P・ニュートンボビー・シールらによって結成されたブラック・パンサー党は、マルコム以上に暴力的なイメージのある黒人組織だが、正式名称にあるように、彼らが求めていたのは白人権力の暴力からコミュニティを守る「自衛」であり、その意味でマルコムの思想を受け継いでいる。「コミュニティを守る」という姿勢は、児童無料給食プロジェクトや、人民無料医療センターといった活動にも貫かれている。また、彼らは白人リベラルに対する不信感をあらわにする一方で、白人ラディカルとの共闘に可能性を見出していた。この点では、一時期、党の首相に迎えられたストークリー・カーマイケルの「ブラック・パワー」とは微妙な違いがあり(パンサーのもともとのスローガンは、「パワー・トゥ・ザ・ピープル」であった)、カーマイケルはのちに党から排除されている。当時のニクソン大統領は、彼らに徹底的な弾圧でのぞんだ。

國學院非常勤、後期第十回目。『ジャズの誕生』をテキストとする6限は、マルディ・グラのビデオを見ながら授業開始。「1846年になっても、地質学者チャールズ・ライエルが町(ニューオリンズ)を訪れると、プロテスタントの増加にもかかわらず(中略)マルディグラには相変わらず<白粉とお楽しみ>があると言われた。そして、アフリカ人がニューオリンズで聞いた音楽は、合衆国の他の地域にいたら聞いていたかもしれない音楽と比べると、ずっと彼らの性に合っていた。その上、フランス領西インド諸島から来たアフリカ人(すでにヨーロッパ音楽をいくらか吸収してお)が次々と到着して、さらなる混淆が進んだ」 バラク・オバマの2008年大統領選勝利演説を読む7限は、改めてスピーチを聞き、次のセクションに入った。「わたしはみなさんが選挙に勝つだけのためにこうしたことをしたのではないと知っています。わたしのためにしたのでもないということを知っています。みなさんは、これから先にある任務の重大さを理解しているからこそ、それをしたのです。今夜お祝いをしている時ですら、明日がもたらす試練 ― 二つの戦争、危機に瀕した惑星(地球)、この一世紀で最悪の経済危機 ― が私たちの生涯で最も大きなものであるということを知っています」

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