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2016年11月29日(火)

JR麩菓子にポン。

日本女子大非常勤、後期第十一回目。3限、「米文学随筆論文演習」は、ハリエット・アン・ジェイコブズの奴隷体験記を読む。エレンが北部の白人家庭に引き取られ、リンダ(ジェイコブズの仮名)は娘の無事を確かめるためにも、北部への逃亡を考えはじめる。しかし、逃亡奴隷がどんな目に合うか知っている祖母は、リンダの計画に反対する。そんななか、リンダの友人ファニーが逃亡を図る。ファニーが母アギーの家に隠れていることを知った祖母は、同じ境遇のアギーを思いやる。祖母からファニーがすぐ近くに身を潜めていることを聞いたリンダもそのことを気にかけるが、アギーとファニーはそのことを知る由もない。そんなとき、友人ピーターが逃亡計画を持ちかけてくる・・・授業後、ハリエット・ジェイコブズで卒論を書くという学生が相談に来た。ぼくにできることならなんでも協力したい。

4限、「アフリカ研究」は、コンゴ民主共和国の首都キンシャサの路上で生活するポリオ患者とストリート・チルドレンによるバンド=スタッフ・ベンダ・ビリリのドキュメンタリー映画『ベンダ・ビリリ もうひとつのキンシャサの奇跡』(2010)をも終わった。ベンダ・ビリリの成功物語(とくに、子どもだった1限ギター奏者ロジェの成長ぶり)、音楽の生命力に感動した学生も多かった模様。

5限、「アカデミック・ライティング」。前回と違い、書きかけのエッセイを持った学生が集まり、それなりに書き進んでいるようなので安心した。しかし、その分、添削は大変。

OGSアコナイト@新大久保Club Voiceに、ひらげエレキテルとして出演。「ふたりでお茶を」「つるつる」「かわいい子猫ちゃん」の3曲を歌ってきました。「かわいい子猫ちゃん」では、こねこちゃんたちがダンサーとして参加。盛りあがってくださったみなさん、ありがとうございました。今回は、直子さん、藤丸さん、トモ子さん、リュウちゃん、神田苑長沼ハピネスくん、といういつもの面々に加えて、平川さんがボブ・ディランを日本語で歌ったり、太田さんがついにオリジナルを披露したりと盛りだくさんでした。

2016年11月28日(月)

同じよ。オラ、平尾吉直(回文)。

明治学院非常勤「アメリカ研究」、前期第十回目。前回に引き続き、スパイク・リー監督の映画『マルコムX』を見る。今回は、ネイション・オヴ・イスラムの信者となったマルコムが、のちに妻となるベティ・シャバーズとの運命的な出会いを果たすまで。

國學院非常勤、後期第九回目。6限は、『ジャズの誕生』をテキストとするリーディング。授業の内容とはあまり関係ないが、チャールズ・ミンガス「ハイチの闘いの歌」を聞きながら、授業開始。テキストの内容は、アイルランド人作家トーマス・アシェの旅行記からの引用。ニューオリンズの人びとを民族ごとに4+1の階層に分け(+1は黒人)、それぞれ経済的にどんな役割を担っているか、コメントしている。「町の交易は、ほとんどが4つの階層の人たちによって執り行われていた。ヴァージニア人とケンタッキー人は仲介斡旋業を支配し、スコットランド人やアイルランド人は、あらゆるまともな輸出入業を手中に収め、フランス人は武器庫や倉庫を経営し、スペイン人は雑貨商、キャバンツ(←意味不明)、最低レベルの居酒屋といった小売業をやっている。黒人や自由黒人もまた、さらに小規模な店を持ち、商品や果物を売っている」 黒人の経営する「さらに小規模な店」というのは、おそらく道端に商品を広げた露店のようなものではないか。話はこのあと、もともとニューオリンズの支配者だったフランス人やスペイン人が経済的な階層において、下に位置付けられるようになったのはなぜなのか、という方向へ向かう。

7限は、バラク・オバマ、2008年大統領選勝利演説を読む。今回はアレサ・フランクリンの歌う「ア・チェインジ・イズ・ゴナ・カム」を聞きながら、授業開始。スピーチの内容は、大統領選の勝利を会場の支持者に捧げる部分。「しかし、何よりも、わたしはこの勝利が本当は誰のものなのかを決して忘れません。それはあなた方のものです。あなた方のものです。わたしは決して有力な大統領候補ではありませんでした。私たちはたくさんの資金、多くの支持を得て始めたわけでもありませんでした。わたしたちの選挙運動は、ワシントンのホールで計画されたわけではありません。それはデモインの裏庭、コンコードの居間、チャールストンのフロント・ポーチで始まったのです」 ワシントンの外部者でであることを強調する典型的な物言いだが、これがのべ数十年政治の中枢にいるヒラリー・クリントンには使えなかったのだ。

2016年11月27日(日)

タカシバくんの結婚式。音楽にあふれた素晴らしい式でした。末永くお幸せに。

2016年11月26日(土)

フィデル・カストロが亡くなった!?

新曲「つるつる」、完成。

世界はすべりやすい まるでつかみどころがない
つまづいて転んだら 笑うしかないのさ
どんなに気をつけて 転ばないようにしていても
ふとしたはずみで 転げ落ちて谷の底

  手を握っておくれ すべり落ちないように
  きみが落ちそうな時は ぼくがつかまえてるよ
  つるつるな世の中で ぴかぴかの愛を育もう
  
言葉はすべりやすい まるでほんとのことじゃない
ぼくの言うことは ほとんど意味がないのさ
どんなに気をつけて まっすぐに前を向いていても
しゃべりすぎてるうちに 言葉はうわすべり べり
  
  手を握ってもいいかい? 道に迷わないように
  きみが迷ったら ぼくが探しに行くよ
  つるつるな世の中で ぴかぴかの愛を育もう
  つるつるの世の中で ぴかぴかの愛を育もう
  
世界はすべりやすい まるでつるつるなのさ
つるつるつる・・・

東京オトナShow 星くず音楽祭@西荻窪Zizi Annabelleに、ひらげエレキテルとして出演して、6曲歌ってきました。演目は、「こども魂」「行こうよ」「かわいい子猫ちゃん」「ピーチ・ジョン」「大人はいない」「最後の日」。ベースの溝辺隼巳さんをリーダーとする若手ジャズトリオのアグレッシブな演奏を皮切りに、井形大作さんのヴェルヴェット・ヴォイスをフィーチャーしたPioneの優しく洗練されたサウンド、そして、タカシ&ワカ改め「月かげ星くず団」の甘酸っぱい切なさを宿したビートポップス。幕間には、回文師のみなさんが、「桃太郎」をテーマに珠玉の回文を披露するという素晴らしい展開。ぼくも急遽、「桃太郎」をテーマにした「ピーチ・ジョン」という曲を歌わせていただきました。聞きに来てくださった皆さんありがとうございました。出演者の皆さん、ママさんをはじめお店の皆さん、お疲れさまでした!

2016年11月25日(金)

お〜三千円に税〜♪

神奈川大非常勤、第九回目。「初級英語」はテストとテキスト解説(フロイトの無意識の話など)。「基礎英語」と「中級英語」は、比較表現。

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帰りに抹茶カフェで一服。

2016年11月24日(木)

スキップこそものの上手なれ。

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午前中に降り出した雪で、南大沢は雪国のような風景。「雪の日に来たから、二回出席になりませんかね?」という学生。なるか!それなら、オレも手当倍欲しいわ!

首都大非常勤、後期第七回目。『ジャズの誕生』をテキストとするリーディング3コマ。音楽はそろそろネタが尽きてきたこともあって、年に一度はかけるスパイク・ジョーンズの「黒い瞳」。冗談音楽大好き!(テキストの内容とは、全然関係ない)。テキストはいよいよ、ヨーロッパのマーチ音楽が、西アフリカの影響と出会い、ジャズが生まれるスリリングな瞬間。

F・L・オルムステッドは1853年に南部への旅行について書いて、こう言っている。「すべての南部の年に、黒人によって構成された、しばしばたいへん優秀な楽団がある。軍事パレードは普通、黒人の楽団によって伴奏される」 オルムステッドの優秀さの基準はヨーロッパのものであり、彼はここで自由黒人や家内奴隷によって演奏されるヨーロッパのマーチ音楽について話している。大農場で働く野外奴隷には、南北戦争の後まで、そんな機会はなかった。しかしながら、その機会が訪れたとき、あまり薄められていない西アフリカの影響を持ち込み、それが決定的な違いを生んだ。

授業を終えて、横浜に帰って来たら、すっかり雪はなくなっていた。気温差を考えれば、当然なのだが、いつも驚いてしまう。南大沢のアレは、夢だったのか・・・

2016年11月22日(火)

地震、けっこう揺れた。福島に津波警報。

日本女子大非常勤、後期第十回目。3限、「米文学随筆評論演習」は、ハリエット・アン・ジェイコブズの奴隷体験記を読む。祖母の家の屋根裏に身を隠したリンダ(ジェイコブズの仮名)は、自分がすでに北部にいると思い込ませるため、奴隷主ドクター・フリント宛ての手紙を北部で投函させることを思いつき、フリントに宛てたものと、祖母に宛てたもの2通を、信頼のおける人物に託す。しばらくして、ドクター・フリントが手紙を持って、祖母の家にやってくるが、祖母宛ての手紙は逃亡を後悔する言葉が書き連ねられたニセモノだった。祖母はもちろん、リンダから手紙の内容を聞いており、フリントが持ってきたのがニセモノだとわかっている。フリントのマヌケさが目立つ章であり、弱いものが強いものの鼻を明かすコメディ的な部分もある。この作品が、深刻なテーマにもかかわらず、エンターテイメント的な読みやすさを持っているのは、そのためだろう。

4限、「アフリカ研究」はコンゴ民主共和国を中心に、中央アフリカについて。まずはパパ・ウェンバフランコのライブ動画を見せて、キューバ音楽の影響を独自に咀嚼したダンス・ミュージック=ルンバ・コンゴリース(リンガラ、スーク―ス)を紹介する。きらめくようなギター、シンコペートしながら延々と回り続けるグルーヴ、男性ヴァーカルの甘いハーモニー。コンゴのような情勢が不安定な国にかぎって、こうした優雅で美しい音楽が生まれてくるのは不思議だが、逆境のなかで人生を彩り豊かなものにしたいという人々の願望と考えれば、理解できる。なけなしのお金をはたいて、ブランド物の服をオシャレに着こなすキンシャサの若者「サプール」についても同様だ。

コンゴ民主共和国の歴史は、戦乱と圧政の歴史だった。コンゴ自由国という名のもとに、ベルギー国王レオポルド3世の私有地となったコンゴでは、仕事量が規定に達しなかった現地労働者の手首を切り落とすといった蛮行が行われた。1908年、ベルギーの植民地へと移行したのち、60年に独立を果たすが、各地に割拠する有力者の対立が絶えず、そこにベルギーをはじめとする欧米諸国が介入して、騒乱状態になる(コンゴ動乱)。混乱のなかで首相パトリス・ルムンバが殺され、クーデターによってジョセフ・モブツ(のちに、モブツ・セセ・セコと改名)が政権を掌握する。短い民政移管期ののち、再びクーデターによって政権についたモブツは、国名をザイールに変更し、1965年から97年に至る長期にわたって、独裁者としてこの国に君臨した。モブツが失政の末、亡命すると、隣国ルワンダの影響もあって、コンゴの情勢は再び混乱し、さまざまな軍事勢力が割拠する「コンゴ戦争」へと突入していく。この混乱を収めたかに見えたローラン・カビラも2001年に暗殺され、息子のジョセフ・カビラが政権につく。和平交渉の末、2003年には暫定政権が成立して、コンゴ戦争は正式に「終わった」とされているが、レアメタルをめぐる欧米諸国の思惑などもあり、地域的な戦闘は現在も続いている。

コンゴの情勢と関連して、隣国ルワンダにおけるツチ人の虐殺についても触れた。フツ人のハビャリマナ大統領の乗った飛行機が撃墜されたことをきっかけに、フツ人が少数派であるツチ人に対する憎悪をつのらせた「民族対立」と理解されがちなルワンダ虐殺だが、フツ人とツチ人は、言語も、宗教も、居住地域も変わらない。王族の側近に多かったツチが、植民地時代に宗主国イギリスの間接統治に利用されたというのが実態である。ルワンダとして独立する際に、多数派であったフツが「社会革命」によって、フツの統治を排除して政権を掌握した。両者の対立は、植民地支配によってつくられたものだったのである。しかし、このことによって、100万人とも言われるツチ人とフツ人穏健派が殺され、生き延びたツチ人(のちには、虐殺の罪を問われたフツ人)が国外に逃亡することによって、コンゴをはじめとする中央アフリカ諸国の状況を混乱させることになった。

こうした戦乱のなかで、メンバーを失いながらも、暴力的なまでに歪ませた親指ピアノの音で、世界を席巻したコノノNo.1、さらには路上で生活するポリオ患者とストリート・チルドレンによって結成されたスタッフ・ベンダ・ビリリを紹介して、ドキュメンタリー映画『ベンダ・ビリリ もうひとつのキンシャサの奇跡』(2010)を見はじめた。

5限、「アカデミック・ライティング」は出席者が少なかった。ちゃんと、エッセイが書けているか心配。

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久しぶりの遠峰あこ居酒屋ライブ@野毛の居酒屋すきずきやっぱり、すきずきで聞くあこちゃんはいいなあ。酒も飲めるし。売れ残ったマグロブツの悲哀を歌った新曲もよかった!

2016年11月21日(月)

タルタル総帥vsウースター総帥。

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明治学院非常勤「アメリカ研究」、後期第九回目。前回のマーティン・ルーサー・キングに続いて、今回はマルコムXとその思想を取り上げた。比較的裕福な家庭に生まれたキング師が、生まれ故郷である南部に帰り、人種隔離の撤廃に力を尽くしたのに対し、貧困のなかで育ったマルコムは、北部のゲットーを中心に活動し、アフリカ系アメリカ人がアイデンティティに目覚め、自立した存在として、人種差別社会に対峙することを目指した。キング師の「非暴力」が「不服従」と切り離せないのと同じように、マルコムの「暴力」は「自己防衛」とセットで語られなければならない。また、公民権運動がどうしても黒人がマイノリティであることを前提としがちなのに対し、マルコムは植民地支配を受けた側としての黒人(有色人種)は、世界的に見れば少数派ではないと主張した。メッカ巡礼で白人のイスラム教徒と礼拝を共にしたマルコムは、人びとを支配する側とされる側に分けるのが肌の色であるという考えを捨てる(ただし、アメリカの人種差別社会では、「白人」であることがボスであることを意味する)。この点では、キング師の考えに近づいたともいえるが、ベトナム戦争反対を表明し、貧困との闘いに運動の重点を移した晩年のキング師もまた、マルコムに近づいたと言える。こうしたマルコムの思想とその変遷をスピーチの言葉から確認し、最後にスパイク・リー監督の映画『マルコムX』(1992)を見はじめた。今日は若き日のマルコムが、ハスラーになる直前まで。

2016年11月20日(日)

「わしが若いころ、若いもんの反抗心を歌う歌手がおったな・・・尾崎言うたか・・・」「尾崎豊だね、おじいちゃん!」「いや、下の名前は覚えとらんがのう。尾崎言うたか・・・」

2016年11月19日(土)

お腹にのせて弾くことも?腹式胡弓。

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浜松町のアフリカン・レストラン=カラバッシュで、マリのグリオババニ・コネさんの演奏を聞いてきました。突き抜けた響きで聞くものの胸にズドンと飛びこんでくるババニ・コネさんの歌。それを支える太鼓群と、ンゴニ、マリンバ。はじめて生演奏を聞くンゴニは、シンプルな弦楽器なのに、どうやってあんな速いパッセージを弾いているのか、最後まで分からなかった。強烈なリズムは、ときに盆踊りのようになったり、ハチロクのポリリズムになったりして、観客を踊りに誘い出す。3・3・2の4拍子がハチロクに移行する瞬間など、スリリングで目が離せない。久しぶりに西アフリカ音楽を堪能しました。

今夜はパームワインをいただきました。椰子の樹液を発酵させた「やし酒」。

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2016年11月18日(金)

普段着にしても、カジュアルなかで、なぜその服を?

神奈川大非常勤、後期第八回目。「初級英語」は、テキスト解説(35、36)。「初級英語」は関係代名詞、関係副詞(教科書の問題)。「中級英語」は、比較表現(プリント)。

OGSアコナイトVol.133@新大久保Club Voiceに、ひらげエレキテルとして参加。3曲ほど歌ってきました。演目は、「ふたりでお茶を」「ラーメンブギ」「かわいい子猫ちゃん」。ぢぞ郎さんのギターに加えて、「ラーメンブギ」では長沼ハピネスくんがブルースハープで参加してくれました。大変盛り上がりました。直子姐さん、オレオさん、トモコさん、長沼ハピネスくん、神田苑、ぢぞ郎さんといういつものメンバーに加えて、セッションもあり、盛りあがりました。

2016年11月17日(木)

シャツのボタンが1つ取れかかっている。こういう小さい異変があると、それをきっかけに世界とつながっているような気がする(イミフ)。

首都大非常勤、後期第六回目。『ジャズの誕生』をテキストとするリーディング3コマ。テキストのなかに、軍楽隊のブームという話が出てくるので、時代はだいぶ後になるが、第一次世界大戦で黒人部隊の軍楽隊を指揮したジム・ユールップの演奏を聞きながら、授業開始。テキストの内容は、「二つの要因がこの変化を助けた。軍楽隊のとてつもない人気とヨーロッパの楽器の段階的導入である。それらすべての背景には、名を残したい、どこかに所属したい、白人が支配的な文化にうまいこと参加したいという、アメリカ黒人の強く変わらない欲望があった。そして、音楽は名声と富を得る数少ない手段の一つだった」「軍楽隊の人気は、ナポレオンのフランスで頂点に達した。パレードやコンサートはすぐに、アメリカ人のお気に入りの野外スポーツのひとつになった。黒人もまた自らの楽団を持っていた」

2016年11月16日(水)

月から見たら、スーパーアース?

ウェスト・ヴァージニアの田舎町クレイの町長が、「ハイヒールを履いたサルを見るのは、もううんざり」というNPO代表のFacebookへの書き込みに、賛同するコメントをして問題になっている。バカめ。俺たちはみんな毛の薄いサルだ。白い豚に、黒い豚だ。

2016年11月15日(火)

クサヤって、自ら臭いって認めてるところが、潔いよな。

日本女子大非常勤、後期第九回目。3限、「米文学随筆評論演習」は、ハリエット・アン・ジェイコブズの奴隷体験記を読む。祖母の家の屋根裏に身を隠したリンダ(ジェイコブズの仮名)は、壁の隙間から見える景色を見て、季節の変化を知り、いつまで閉じ込められていなければならないのかと考えて憂鬱になる。屋根裏の状況は酷いものだったが、フリントとの関係を疑われた女奴隷が子供もろともジョージアに売られたり、フリント夫人の子供の乳母だった奴隷が些細なことから鞭打たれ、川に身を投げて命を絶ったことを知り、自分のほうがまだましだと思う。しかし、2年目の冬はさらに厳しく、運動不足から麻痺した身体は、寒さから痙攣するようになり、ついには口もきけなくなってしまう。医者を呼べるような状況ではなく、看病する家族によって、顔に水をかけられ、意識を取り戻すが、やがて、心労から祖母が倒れてしまう。ドクター・フリントの往診もあって、祖母は息を吹き返し、祖母が自分のせいで死んだという罪の意識をもたずにすんだことを、リンダは神に感謝する。

4限、「アフリカ研究」は、文学とビアフラ戦争を中心に、ナイジェリア南東部の歴史と文化について。最初に、前回少しだけ触れたパームワイン・ミュージックを改めて紹介して、シエラ・レオネのS・E・.ロジーの動画、さらにイボ人のハイライフを代表するミュージシャンのひとり、オリヴァー・デ・コッケの動画を見た。

まずは、イボ人出身で、「アフリカ文学の父」とも言われる小説家、チヌア・アチェベを、代表作『崩れゆく絆』(1958)を中心に紹介。植民地時代初期のイボ人コミュニティを舞台に、村の英雄オコンクウォと、借金まみれの父ウノカ、気弱な息子ンウォイェの親子三代にわたる葛藤と、ヨーロッパ人の侵入によるコミュニティの変化から取り残されれたオコンクォの悲劇を描く。オコンクウォは人付き合いの良い怠け者だったウノカに対する反発から、優しい感情を見せることを極端に恐れている。そんな彼を父と呼ぶ人質の少年イケメフナを、処刑する神託が下される。処刑に同行したオコンクウォは、イケメフナが「父さん、ぼく殺される!」と叫ぶのを聞いて、パニックになり、自ら少年を斬り殺してしまう。ンウォイェは兄と慕っていたイケメフナの殺害に、父が手を下したことを悟り、父が忌み嫌うキリスト教に身を投じる。

やがて、ヨーロッパ人に迎合する村のなかで、オコンクウォは孤立し、自殺することになるが、そうした選択をさせるメンタリティが、こうした親子の葛藤のなかで形成されているのが、この作品のミソである。そのことによって、オコンクウォという人間が植民地の歴史に位置付けられるのではなく、植民地主義が親子の葛藤を通じて受け継がれてきたアフリカの歴史に位置付けられることになるからだ。

続いて、多元主義と個人主義によって特徴づけられるイボ人の世界観について、ひとりひとりが持っている神「チ」や、「何かが立つとき、そのそばには必ず別の何かが立つ」といった諺、太陽の女神アナに捧げる儀式ムバリで建設されるアナの宮殿に収められた現代的な風物を模した像などに触れながら、簡単に紹介。さらに、石油資源をめぐる権益とイボ人の虐殺をきっかけに、東部州がビアフラ共和国として独立を宣言してはじまったビアフラ戦争の悲劇について、話した。ビアフラ戦争を描いた戦後世代の作品として、チママンダ・ンゴズィ・アディチェの小説『半分のぼった黄色い太陽』(2007)を紹介。さらに、連邦政府とイボ人の争いの間で抑圧されてきた少数民族オゴニ人出身で、オゴニランドからの石油資源略奪と環境汚染を告発して、処刑されたケン・サロ=ウィワと、兵士として参加した少年の立場から戦争を描いた小説『ソザ・ボーイ』(1985)を紹介した。

6限、「アカデミック・ライティング」。いろいろ修正しなければならない点はあるものの、それぞれのエッセイが形になってきた。

2016年11月14日(月)

宅急便が届かないぐらいで、そんなに佐川ないで!

レオン・ラッセルが亡くなった。R. I. P.

ホンネ、ホンネっていうけど、ホンネってそんなに単純なもんじゃない。攻撃的な気持ちもホンネなら、仲良くやっていきたいっていうのもホンネだったり。どちらかだけ選んで、「ホンネ」という人は、その時点で信用できない。それは、ホンネではなく、おそらく戦略だ。

明治学院非常勤「アメリカ研究」、後期第八回目。前回に引き続き、キング師登場以降の公民権運動について。モンゴメリーのバス・ボイコットを契機に運動に導入された非暴力不服従/大衆動員による直接行動という戦略は、多くの人に影響を与え、シット・インフリーダム・ライドなどの運動を生んだ。1961年、首都ワシントンからニューオリンズまで、長距離バスで移動しながら、バス・ターミナルにおける人種隔離の状況を調査したフリーダム・ライドは、南部を中心に各地で暴力による執拗な抵抗にあった。バーミンガムの闘争セルマの行進などで、公民権運動が成果を上げるにつれ、人種差別主義者の暴力も激しさを増していった。1955年、北部からミシシッピ州の田舎町に遊びに来ていた黒人少年エメット・ティルが白人の主婦に声をかけただけで惨殺された事件は、世界に衝撃を与えた。1963年には、NAACPのミシシッピ州ディレクター、メドガー・エヴァース、1964年にはSNCCで活動していた学生3人が殺害されている。いずれの事件でも、容疑者は白人ばかりの陪審員によって無罪になり、数十年後に裁判のやり直しが行われるまで、裁かれることはなかった。「ウサギには狩猟シーズンがあるが、人間にはない(いつでも殺したい放題)」という、J・B・ルノアー「ダウン・イン・ミシシッピ」の歌詞は、当時のアメリカ深南部の暴力的な状況を描いている。そんななか、1967年、キング師はベトナム戦争反対の立場を明らかにし、それからちょうど1年後、メンフィスで銃弾に倒れる。

國學院非常勤、後期第八回目。6限は『ジャズの誕生』をテキストとしたリーディング。ニューオリンズの老舗ブラスバンド=オリンピア・ブラス・バンドの演奏する「フリー・アズ・ア・バード」を聞きながら、授業開始。テキストの内容は、「これらの島々は当時フランス領で、奴隷たちはヨルバ人やダオメ人、すなわちブードゥーの崇拝者であった。1809年から1810年にかけて、フランス人の主人がハイチ革命から逃げたので、3000人以上の奴隷がサン・ドミンゴから休場経由で到着した」「ニューオリンズで、アフリカ人が自らを(その中に)見出した環境は多様で、変化していた。トーマス・アシェは1806年に町(ニューオリンズ)を訪れ、民俗的出自の観点から経済構造について論評している」 7限は、バラク・オバマの2008年大統領選勝利演説を読む。ザ・バンドの演奏する「ア・チェンジ・ゴナ・カム」を聞きながら、授業開始。トランプが次期大統領に決定してしまい、今更という感じもするが、いや、今だからこそ、という気持ちで、取り組もうと思い直す。「わたしは彼ら(亡くなった家族)に対する恩が計り知れないものであることを知っています」「妹のマヤ、姉のオーマ、わたしのすべての兄弟姉妹たち、わたしにしてくれたすべての支援に感謝します」「わたしは彼らに感謝しています」「選挙責任者のデヴィッド・プラフ、この選挙運動の影の立役者。合衆国の歴史上、もっとも素晴らしい選挙運動をつくりあげてくれました」「戦略担当主任のデヴィッド・アクスロード、この道のりをパートナーとして一歩一歩わたしと歩んでくれました』政治の歴史上、今までの集められた最も優れた選挙スタッフ・・・きみたちがこれを起こしたんだ。きみたちがそれを成し遂げるために犠牲にしたものに、わたしはいつまでも感謝する」 マヤ・ストロニグは母親の再婚相手であるインドネシア人男性の連れ子。オーマ・オバマは、バラクの父とケニア人の第一夫人の間の娘(教科書ではAlmaとなっているが、Aumaの間違い)。

2016年11月13日(日)

TPP(トラン・プが・ぽいっ)

ビジネスマンであるトランプにとっては、すべてが取引の材料なのかもしれない。政治家の言葉は単なる交渉上のはったりではなく、公約なのだが。トランプは自分の言葉を公約とすら思っておらず、守る義務すら感じていないのではないか。とすると、熱狂的支持者がトランプを見限る日も、そう遠くはない。

2016年11月11日(金)

メイク・アメリカ・愚連隊・アゲイン?

神奈川大非常勤、後期第七回目。「初級英語」は、テキスト33、34のテストと、35、36の解説。「基礎英語」と「中級英語」は、所有格の関係代名詞に入った。

2016年11月10日(木)

隠れひらげ支持者の人たち、恥ずかしくないから、出ておいで!

首都大非常勤、後期第五回目。『ジャズの誕生』をテキストとするリーディング3コマ。ミッジ・ウィリアムスが日本語で歌う「レイジー・ボーン」を聞きながら、授業開始。午前中の授業に遅れてくる学生への皮肉もこめての選曲だが、伝わったか(もっとも、ぼくも元来レイジー・ボーンな人間だが)。テキストの内容は、「これら両極端(クレオールと大農場で働く奴隷たち)の間で、多くの奴隷や自由黒人が町中に点在していた。反乱を起こさせなようにするための合法的な措置だったが、結果としてそれが人種隔離を軽減することになった。人種的な線よりも経済的な線に沿って社会的な区別をつけるこうした傾向は、のちに力を失うことになるが、音楽の混ざり合いを促進する手助けにもなった」 一段落飛ばして、第3章終り、第4章「ジャズが始まる」。「もし、西アフリカの音楽的影響の何かが、ヴードゥーのなかに生き残り、コンゴ広場で表面化したのだとすると、それはジャズの誕生にどのように貢献したのだろうか」

2016年11月9日(水)

人生、にゅろにゅろ♪(イミフ)

病気を治すためならできることは何でもするけど、病気を治すために生きてるわけじゃないもんな。治療に時間を取られてやりたいこともできないんでは、元も子もない。

トランプが大統領か・・・思ったより、驚きはない。まずは、勝利演説で何を語るのか。

2016年11月8日(火)

「致命傷」と「キメ衣装」

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日本女子大非常勤、後期第八回目。3限、「米文学随筆評論演習」は、ハリエット・アン・ジェイコブズの奴隷体験記を読む。親切な白人女性の家を後にしたリンダ(ジェイコブズの仮名)は、祖母の家に増築された差掛け小屋の屋根裏に身を隠す。天井が低いために立つこともままならない、屋根が片側に傾いているために、寝返りを打つ区とも不自由な狭い空間で暮らすことになったリンダの慰めは、壁に開けた穴から子供たちの様子を見守ることであった。

4限、「アフリカ研究」は、ゲスト講師に柳田知子さんをお招きして、アフリカン・ダンスのワークショップ。最少は「アフリカン・ダンスって何だ?」と、戸惑っていた学生も、柳田さんの笑顔と親しみやすい語り、きびきびと楽し気な動きに引き込まれて、身体を動かしていた。男性の通過儀礼に使われる「エコンコン」というリズムに合わせて、「安産を祈るダンス」「洗濯終わった?のダンス」「足裏の邪気を払うダンス」を。ダンスに意味があるということに、魅力を感じた学生も多かったようだ。ひらげも不器用ながら、ドタバタ踊ってしまいました。後半は、舞踊民俗学者としての知見に基づいた興味深いお話。学生の質問にも答えていただき、今後の授業にもつながる内容でした。ありがとうございました。

5限、「アカデミック・ライティング」は、それぞれの進度でエッセイに取り組む。アドバイザーとしては、内容にどこまで踏み込んだものか、悩む。

2016年11月7日(月)

カレーとご飯で、自然の山や川を表現・・・カレー山水。

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明治学院非常勤「アメリカ研究」、後期第七回目。前半は、1954年のブラウン判決をきっかけにした公教育における人種隔離撤廃と、人種差別主義者の反発を見た。カンザス州に住むリンダ・ブラウンという黒人の少女が、白人の学校に通う権利をめぐって争われた「ブラウン対教育委員会裁判」は、同様の他の案件3件とともに、連邦最高裁判所まで持ち込まれ、「公教育の場においては、(プレッシー対ファーガソン裁判の)<分離すれど平等>が適用される余地はない」という画期的な判決(ブラウン判決)が下された。最高裁はさらに、翌年、公教育における人種隔離撤廃の工程表を示すよう各自治体に求める「ブラウン判決Ⅱ」を出し、この動きを後押しした。

しかし、判決が出ただけでは人種差別的な意識は変わらない。1956年には、黒人女子学生オーザリン・ルーシーが、暴徒化した白人学生によってカンザス大学から追い返されるという事件が起きる。復学を求める訴訟を起こしたルーシーを、大学当局は「虚偽の暴言によって大学を侮辱した」として退学処分にした。また、1957年、アーカンソー州リトルロックでは、それまで白人だけが通っていたリトルロック・セントラル高校に、9人の黒人学生を入学させる計画が進んでいたが、新学期が始まる前日、これを自身の再選に利用できると目論んだオーヴァル・E・フォーバス知事が派遣した州兵と、知事の発言に扇動された白人暴徒によって、黒人学生が入学を阻止されるという事件が起きた(リトルロック高校事件)。この事件に対する怒りをジャズで表現したのが、チャールズ・ミンガス「フォーバス知事の寓話」である)。

後半は、モンゴメリーのバス・ボイコット事件と、マーティン・ルーサー・キング・ジュニアの登場によって、公民権運動がどのように変わったかを見た。キング師と言えば、「非暴力」とセットで語られる。もちろん、キング師にとって(また、彼が影響を受けたガンジーにとっても)非暴力は第一に生き方の問題である。しかし、同時に、公民権運動家であるキング師にとって、戦略の問題でもあったはずだ。マイノリティが権利を獲得するための戦略として「非暴力」を考える場合、それは必ず「不服従」と、そして運動の手段としての「大衆動員」「直接行動」とセットで語られなければならない。そして、これこそが裁判闘争中心のそれまでの運動を大きく変えた点だったのだ。

裁判闘争は諸刃の剣である。人種差別の違法性を明らかにするために不可欠な手段であることは確かだが、敗訴した場合、「分離すれど平等」のような人種差別的な判例が後々まで残ることになる。その背景には、問題から目を背けたり、解決するには時期尚早であるとして、話し合いのテーブルに着くことを拒否する白人大衆がいる。こうした人びとを話し合いのテーブルにつかせ、裁判所に圧力を加えるためには、裁判闘争だけではだめだ。圧倒的多数の人びとが、今すぐ解決しなければならない問題があると考えていることを、デモや座り込みといった行動で示さなければならない。これが直接行動であり、バス・ボイコット事件の成功は、多くの、特に若い公民権運動家(黒人白人問わず)に影響を与えることになった。

國學院非常勤、後期第七回目。6限は、『ジャズの誕生』をテキストとするリーディング。ハイチの名パーカッショニスト=チローロの演奏を聞きながら授業開始。テキストの内容は、「もちろん、黒人たちも町とその音楽の発展に関与した。彼らは西アフリカのどの地域から来て、彼らの慣習のどの部分が残ったのか。私たちは話を全て知ることは決してないかもしれないが、いくつかの手がかりはある。多くの(奴隷は)西インド諸島から来た。『ガンボ・ヤヤ』の編集者はこう述べている。マルチニーク、グアドループ、サン・ドミンゴ(一部がのちにハイチになる)からの500人の奴隷が1776年、ルイジアナに輸入され、翌年、さらに3000人が輸入された」 7限は、バラク・オバマの2008年大統領選勝利演説を読む。アーロン・ネヴィルの歌う「チェンジ・イズ・ゴナ・カム」を聞きながら、授業開始。家族への感謝を語る部分。「この16年間の親友による揺ぎない支えがなければ、私はここに立っていないでしょう・・・私たち家族の礎、私が生涯愛する人、我が国の次期大統領夫人、ミッシェル・オバマ」「サーシャとマリア、お前たちが想像もつかないほど私は二人を愛しているよ」「そして、ホワイトハウスに一緒に連れていくワンちゃんをお前たちは手に入れたよ」(大統領になったら、新しいワンちゃんを買うという微笑ましい約束が果たされたこと示す)「そして、もはや私たちとともにいないけれど、祖母が、わたしを今あるわたしにしてくれた家族とともに、見ていることをわたしは知っています」「彼らがいないことを寂しく思います」

國學院の廊下ですれ違った先生が、学生に「瞽女っていう目の見えない人の文化が」と語っていた。その話、興味あります!

2016年11月6日(日)

裸で、耳がロバのやつがいたら、そいつは間違いなく、偉い人だ!

2016年11月4日(金)

「こちらがおデブちんになります」何ィ?! あ、お出口か。

神奈川大学非常勤、後期第六回目。初級英語は、分詞構文とテキスト解説。「基礎英語」と「中級英語」は、関係代名詞を解説して、練習問題をやった。

わんにゃんレスキューイベントVol.4@西荻窪Zizi Annabelle に、ひらげエレキテルとして参加して、「まあるいお月さま」「かわいい子猫ちゃん」の2曲を歌ってきました(動画は前半、音が入ってなかったので、「にゃんにゃん」だけ)。殺処分反対を楽しく訴えようというこのイベント。朗読、ゲームなどを含むバラエティに富んだ出演者。ひらげは2回目の参加です。詩の朗読に続いて登場したwoodyさんのブルースハープ弾き語りの渋さたるや!飄々とした味わいはサニー・ボーイⅡのよう・・・そのwoodyさんも参加したイオチくんのブルース、ファンキーでクールな紅次郎さん、「ありがとう」が胸に沁みる井形大作さん、元気いっぱいのManatsuさんと、ギター弾き語りも充実。殺処分問題を真っ正面から取り上げたオレオさんの朗読は、聴衆の心を揺さぶりました。その他、ウクレレやピアノの弾き語りなど、どれも素晴らしいものでしたが、アトゥールさんがウクレレ片手に歌った「カリフォルニア旅館」(「ホテル・カリフォルニア」替え歌)に、今回もひっくり返りました。これは、一度生で聞いていただきたい。

2016年11月3日(木)

宇都宮の宇宙飲み屋。

OGS LIVE!「秋月の性」+ODSアコナイトVol.131@新大久保Club Voiceに、ひらげエレキテルとして参加して、6曲歌ってきました。演目は、「こども魂」「二人でお茶を」「かわいい子猫ちゃん」「まあるいお月さま」「ラーメンブギ」「最後の日」。途中、「涙そうそう」を歌う美女の幻が現れるという出来事もありましたが、最後まで聞いてくださった皆さん、ありがとうございました。太田さんと一緒にビートルズを歌えたのも楽しかった。パンク親子鷹BLUE ZONEに飛び入りしたり、稲毛建治くん(新曲が良かった!)のバックでベースを弾いたり、長沼ハピネスくんが大活躍。他にも、若くて生きのいい演者が増えてよござんした。

2016年11月2日(水)

梅でもし和えたら~♪

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食べ終わった豆苗を水栽培したら、すげえ生えてきた。

新曲「二人でお茶を」

そんなに焦らなくたっていいよ
きみの夢は叶うから
それより熱いお茶でも飲んで
ゆっくり話そう
ララ・・・

転がる月を数えて 長い
夜を明かそう
凍える身体を抱えて 夜の
花を摘みに行こう
ララ・・・

いつかはぼくらも泡になって
どこかへ消えていく
だけどお茶を飲む時間はあるよ
お砂糖入れるかい?
ララ・・・

2016年11月1日(火)

嵐を呼ぶぶ男。

日本女子大非常勤、後期第七回目。3限、「米文学随筆論文演習」は、ハリエット・ジェイコブズの奴隷体験記を読む。リンダ(ジェイコブズの仮名)の友人たちの策略にかかり、リンダの子どもたちを手放した奴隷主ドクター・フリントは激怒。リンダの親類への復讐を誓う。リンダの叔父フィリップは、リンダ逃亡にかかわったとして捕らえられ、リンダの捜索が再開される。メイドの一人が、リンダの隠れ部屋に入ろうとしたのをきっかけに、リンダは親切な白人女性の家を出る決意を固める。水兵に変装したリンダは、古くからの友人であるピーターに連れられて、停泊中の船へ。隠れ家の準備ができるまでの間、夜は船で過ごし、昼間は蛇と蚊だらけの藪に身を隠すことをくり返した。いよいよ新しい隠れ家に向かうリンダに、ピーターは言う。「今度歩くのはだいぶ先のことになるから、この機会によく歩いておいたほうがいいぜ」

4限、「アフリカ研究」は、ナイジェリア、とくに南西部に住むヨルバ人の文化を中心に語った。キング・サニー・アデジュジュ/ミュージックシキル・アインデ・バリスターフジフェラ・クティアフロビートというヨルバ系の音楽を代表する三者を紹介。サニー・アデには、オシャレなジャズを感じる学生が多かった(けっこう意外)。フェラ・クティは黄色いスーツのカッコよさに痺れる学生がいる一方で、たくさんいるフェラの妻の一人になるのはイヤ、という声も。フジについては、「愛の山」である富士山(?)に由来するというバリスターのインタビューでの発言(サービス・トーク?)を取り上げたので、「日本とのつながり」に興味を抱く学生が多かったが、なかにはラウドなクラブ・ミュージックとして聞いていると思われる学生もいて、おもしろい。

後半は文学。エイモス・チュツオーラやし酒のみ』(1952)の奇妙奇天烈な世界を、小芝居つきで紹介。借りていた身体を順番に返していき、最後はしゃれこうべだけになってしまう完ぺきなイケメンとか、親指から生まれる凶悪な赤ん坊の話は、強く印象に残ったのではないかと思う。奇妙な世界の背景に、豊かなヨルバの民話があることを理解してくれると嬉しい。加えて、ブラック・アフリカ唯一のノーベル文学賞受賞者ウォーレ・ショインカとヨルバの神話、ヨルバ出身ではないが、ヨルバでも信じられているアビク(同じ親のもとに何度も生まれては、幼くして死ぬ邪悪な子供)をテーマとした『満たされぬ道』(1991)を書いたベン・オクリを紹介した。

6限、「アカデミック・ライティング」は、それぞれ進度が違うので、個々にアドバイスをして、エッセイを完成に近づける。

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