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2016年7月11日(月)

成り行き任せの跳び方。「レットイッ跳び」

ザ・ピーナッツの伊藤ユミさん(5月18日)、作詞家・作家の永六輔さん(7月7日)が亡くなった。戦後のテレビ文化を支えたお二人の相次ぐ死に、時代の変化を感じずにはいられない。人はいつの間にか年取って死んでしまうんだな・・・ご冥福をお祈りします。

明治学院非常勤「アメリカ研究」、前期第十四回目。前回に引き続き、アフリカ系アメリカ人の音楽について。ロバート・ジョンソンの「カモン・イン・マイ・キッチン」を聞きながら、授業開始。ブルースは単に悲しい歌ではない。ブルースの憂鬱の裏には笑いや生命力がある。逆に陽気に聞こえる歌のなかにも悲しみが潜んでいる。ブルースの歌詞には、しばしば擬人化された「ブルース」が登場する。それは、できれば会いたくない、不吉な存在である。しかし、人は生きているかぎり、ブルースから逃れることはできない。「悪魔」や「猟犬」に姿を変えたブルースは、どこまでも追いかけてくる・・・言わば、もう一人の自分だ。人はブルースを忌み嫌うが、ブルースなしにブルースの憂鬱に耐えて生きることもできない。死にたくなるような憂鬱でもあり、憂鬱に抗う生命力でもある、パラドクシカルな存在 ― それがブルースだ。だから、人は「ブルース」に耐えて生きるため、ブルースを歌うのだ。

そんなとりとめのない話をしたあと、ブルースの音楽的特徴として、スリーコードにセブンスがついたコード進行、ブルーノート・スケールなどについて説明した。ただし、ブルースのコード進行は必ずしも決まっていない。ほとんど1コードや2コードで進行するプリミティヴなブルースもあれば、(スリーコードを元にしているとはいえ、)テンション・コードを多用した複雑な展開のブルースも見られる。ブルースをブルースたらしめている、もっとも重要な要素は、ブルーノート・スケールと言うべきかもしれない。プリミティヴなブルースの例として、ジョン・リー・フッカーの「ブギ・チレン」、より複雑なコード展開の例として、「カモン・イン・マイ・キッチン」をロバート・ジョンソンの歌をそのまま使って改作したガレ・デュ・ノールの「パブロズ・ブルース」を聞いた。

話はロバート・ジョンソンに戻る。ロバート・ジョンソンと言えば、クロスロード伝説。十字路で悪魔に魂を売って、ギターが上手くなったというあれだ。この話は、サン・ハウスの証言に一回出てくるだけなのだが、ジョンソンが不吉な死を遂げたことや、他ならぬ「クロスロード・ブルース」という曲を歌っていたこともあって、広く知られるようになった。十字路で悪魔に魂を売るという話は、トミー・ジョンソンなど他のブルースマンにも言われていた話である。興味深いのは、それがヴードゥーの十字路の神レグバを思わせることで、映画『クロスロード』(1986)では十字路に現れる悪魔は自らレグバと名のっている。ジョンソンが魂を売ったのは、悪魔だったのか、ヴードゥーの神だったのか。眉唾の話であることはわかっている。にもかかわらず、この話が面白いと思うのは、悪魔であり神であるレグバの存在 ― 神々の世界へと続く扉の番人であるレグバはそもそもトリックスター的な存在である ― が、ブルースのパラドクシカルな存在論へとつながるからである。

ブルースの話として最後に、デルタ・ブルースとテキサス・ブルースの特徴を説明して、時代はだいぶ後になるのだが、ライトニン・ホプキンスの動画をいくつか見た。

続いて、ジャズの誕生について。まず、混血音楽ジャズの定義しにくさの話。次に、ニューオリンズがジャズの誕生において、重要な役割を果たすことになった理由について。フランス・スペイン領からアメリカ領になったことで、それまである程度の社会的地位を得て、西洋音楽の教育を受けていたクレオール(混血)が、黒人として社会の底辺に追いやられる。一方、フランス・スペイン領時代の名残で、ニューオリンズのコンゴ広場では、アメリカ合衆国の他の地域では厳しく禁止されていた太鼓や踊りなどアフリカ直系のパフォーマンスが許されていた。こうして、アフリカ音楽とヨーロッパ音楽が出会う素地があったところに、南北戦争後に北軍の軍楽隊が置いていった管楽器が流れ込む。ジャズの源流の一つとして、スコット・ジョップリン作曲のラグタイム「メイプル・リーフ・ラグ」を聞き、初期のジャズを代表するミュージシャンとして、ルイ・アームストロングの「タイガー・ラグ」の動画を見た。

残りの時間で、映画『手錠のまゝの脱獄』(1958)を見はじめる。続きは次回。

國學院非常勤、前期第十四回目。『ジャズの誕生』をテキストとするリーディング2コマ。6限、7限とも、マックス・ローチの「ティアーズ・フォー・ジョハネスバーグ」を聞きながら授業開始。6限は、アフリカ音楽とヨーロッパ音楽の混淆を、ドラムに限定して検証する一節。「混淆は多くのレベルにおいて、さまざまな点で進行してきた」「即興のドラム・ソロは顕著な例である。それはベイビー・ドッズからマックス・ローチまで、ジャズのあらゆる時代に起こる。西アフリカでも起こる。しかしながら、ヨーロッパ音楽には見られない。例えば、30年代のボビー・ソクサーズボビー・ソックスを履いた女の子たち)の熱狂的アイドルであった、ガムを噛み、髪を振り乱したジーン・クルーパの目を見張るようなドラム演奏は、発想においては本質的にアフリカのものなのである」 7限は、人種が混在していたニューオリンズの状況。「これら両極端(特権的なクレオールと農場の黒人奴隷)の間で、多くの奴隷や自由黒人が、町の至るところに点在していた ― 反乱を思いとどまらせるための合法的措置だったが、それが結果として、人種隔離を減らすことになった。人種よりも経済的なラインに沿って社会的区分を設けるこうした傾向は、のちにその力を失うことになるが、音楽の混淆を促進する力にもなった」

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