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2016年6月4日(土)

モハメド・アリが亡くなった。

今でこそ、ボクシングというと黒人のイメージが強いかもしれないが、かつてはそうではなかった。黒人ボクサーはいたが、白人のチャンピオンは強ければ強いほど、黒人のボクサーとチャンピオンシップを戦おうとはしなかった。多くの才能ある黒人ボクサーが頭角を現すことなく消えていった。その壁を打ち破った黒人初のヘビー級チャンピオン=ジャック・ジョンソンは、白人女性を妻にしたり、賞金で豪遊するといった「奔放な」行動によって、白人の反感を買った。一方、ジョンソンを反面教師とした二人目の黒人チャンピオン=ジョー・ルイスは、常に紳士的に振る舞い、白人女性とは記念写真も撮らなかった。ルイスはドイツ人ボクサー=マックス・シュメリンクとの対戦によって、ナチス・ドイツと戦う民主主義アメリカの英雄としてもてはやされた。ルイスたち黒人を奴隷にし、差別し続けたアメリカの、である。

「品行方正でなくてはならない」という黒人アスリートの呪縛を断ち切ったブラック・パワーの英雄が、アリだった。対戦相手を悪しざまに罵り、自分はナンバーワンだと高らかに宣言する。ネイション・オヴ・イスラムに入信し、カシアス・クレイという「奴隷の名前」を捨てる。白人の人種差別を面と向かって告発し、ベトナム戦争の兵役を拒否する。ベトコンは俺をニガーと呼ばない。本当の敵は人種差別を続けるアメリカの白人だ。レストランでの人種差別的な扱いに憤慨して、金メダルを投げ捨てたこともあった。徴兵拒否により剥奪されたチャンピオンの称号を奪還した試合は、「キンシャサの奇跡」として知られている。

晩年は、パーキンソン氏病との闘いにエネルギーを費やさざるをえなかった。震える身体で聖火台に火をつけたアトランタ・オリンピックでの姿は多くの人の記憶に刻まれた。でも、ぼくにはあのパフォーマンスは見ていられなかった。病気で弱り切ったかつての反逆児を、アメリカ社会に取り込もうとする意図がミエミエだったからだ。とりわけ、南部の中心地アトランタでのオリンピックが、人種差別のない「新しい南部」をアピールする場であったことは見逃せない。かつてのアリだったら、ふざけるな、こんな茶番、アメリカの人種差別はなくなっていない!と吠えたことだろう。その後、アリはロンドン・オリンピックにも登場している。アトランタとロンドンがどちらも、テロ攻撃の標的になったオリンピックであるということは偶然だろうか。

Rest in Peace.

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