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2016年2月13日(土)

「謝り方」ばかり協調するのも、どうかと思う。謝ってもすまないこともある。謝り方がいいからと言って、水に流せないこともある。元大臣の口利き疑惑は、早くもあまり報道されなくなった。

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セルマの行進を中心に、マーティン・ルーサー・キング公民権運動の闘いを描いた映画『グローリー ―明日への行進―』(Selma、エイヴァ・デュヴァネイ監督、2014)を見た。

冒頭、ノーベル平和賞授賞式のシーンに続いて、無邪気な会話を交わしながら、階段を下りる黒人の少女たちが映し出される。次の瞬間、爆音とともにすべてが吹き飛ばされる。砂煙のなかから瓦礫が姿を現す。静寂・・・1963年、4人の黒人少女が犠牲になったバーミンガムの黒人教会爆破事件。暴力は突然、日常に踏み込み、命を断ち切る。断ち切られた命に、その先はない。どこまでも、静かな無が広がっている。映画は、選挙人登録を妨害される黒人女性を描くセクエンスへと続く。

キング師は問題解決のための手段として、相手の暴力を利用する。非暴力に徹することで、人種差別主義者たちの非人道性を白日の下に晒す。丸腰のデモ隊に振り降ろされる警官隊のこん棒。骨の砕ける音。逃げ惑うデモ参加者たち。人種差別主義者の憎悪。目を覆わんばかりのこうした光景が、テレビを通して全米に流され、記者たちによって報告されることによって、白人を含む多くのアメリカ人の良心を揺り動かした。

こうした戦略は、しかし、何の葛藤もなく選択されたものではない、デモの参加者を命の危険にさらしていることは、キング師も認識していただろう。実際、デモに参加した黒人の若者ジミー・リー・ジャクソンや、白人の神父が命を落とした。そもそも、当の黒人たちが、そこまでして自由を求めているのか・・・キング師は、「普通の人間」として、苦悩し、躊躇する。しかし、黒人が人間らしく生きられるようになるには、それしか道はない。決意が分裂を修復し、人びとを前進させる。

生々しく描かれた痛みを目にして、何にもわかっていなかったと思わざるを得なかった。骨を砕かれることを覚悟で、人種差別主義者に丸腰で対峙するということが、いかに勇気のいることか。授業でいつも学生に言っていることをくり返したい。キング師の「非暴力」は、必ず「不服従」とセットで語られなければならない。


新曲「ワルツ」、とりあえず録音してみた。

ぼくの目が 濁っていたら
静かに手を握って
どうしたの?ってささやいて

もしもぼくが 嘘をついていたら
少しだけ怖い顔で
黙って首を振って

ねえ、踊ろう

もしもきみが 笑うのを忘れたら
きっとぼくはうろたえて
つまらない嘘をつく

ねえ、踊ろう

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