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2015年12月3日(木)

となりにそっと大豆が寝てた。「ソイ寝」

首都大非常勤「実践英語」、後期第十回目。『ジャズの誕生』をテキストとするリーディング3コマ。エドモンド・ホールの演奏する「キャラヴァン」を聞きながら、授業開始。今回から、少しとばして第5章「バディ・ボールデンとジャズの発展」に入る。伝説的なトランンペッター=バディ・ボールデンは、若くして精神を病み,、入院した病院で後半生を送った。録音は残されていない。テキストは、ボールデンの話に入る前に、ジャズの歴史におけるライバル関係について語る件・・・かつて「カーヴィング・コンテスト」として知られた音楽の勝負は、ジャズ史において頻繁に行われてきたし、いまだに行われる。ニューオリンズ時代初期には、それは(ルイ・)アームストロングキッド・レナ(これはまさに伝説である)、レッド・アレンガイ・ケリージョー・オリヴァー(のちの「キング」)対フレディ・ケパードであると言われる。「ラッパで相手を吹き負かすことができなくても」 トランペット奏者マット・カリーは、『ヒア・ミー・トーキン・トゥ・ヤ』のなかで言い放つ。「少なくとも、ラッパでそいつの横っ面をぶったたくことはできたさ」 30年代のカンザス・シティでは、それはサックス奏者コールマン・ホーキンスレスター・ヤングであり、ニューヨークではトロンボーン奏者のビッグ・グリーンジミー・ハリソンだった(1953年のバンドボックスでは、カウント・ベイシーデューク・エリントンの楽団全体だった)。※ニューヨークのジャズ・クラブ「バンドボックス」は、1953年、ベイシーとエリントンの2本立て公演を行っている。

今日のお絵描き。添田唖蝉坊

Azembo


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