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2012年12月21日(月)

不必要な伏せ字。「進撃の巨◯」

明治学院非常勤「アメリカ研究」、後期第十三回目。お楽しみの(学生にとってではなく、ぼくにとって)、ソウル・ミュージック特集。まずは、差別的なニュアンスを持つ「レイス・ミュージック」→「R&B(リスム&ブルース)」→50年代後半~「ソウル・ミュージック」→70年代後半~「ブラック・コンテンポラリー」→ヒップホップを経て「R&B(ただし、読み方はアールアンドビー)」へ・・・という黒人音楽に対する呼称の変化を歴史的にたどった。ソウル・ミュージックを、公民権運動を象徴する音楽と捉え、そのことを表す要素として、ゴスペル回帰と白人との共同作業をあげた。まずはR&Bへのゴスペル的要素の導入についてみるために、比較対象として、R&Bの女王ルース・ブラウン(イニシャルもRとB!)の歌を聞いた。

この曲にもすでにゴスペル的な要素は入り込んでいるが(タンバリンの使用など)、ジャズを基本にリズムを強調し、ノベルティ的なギミックを多用したルース・ブラウンに対し、よりゴスペル的な泥臭さを強調し、ソウル・ミュージックを作り上げたミュージシャンの一人がレイ・チャールズである。ゴスペルを世俗の音楽に取り入れる場合、いくつかのやり方があるが、レイの場合は、有名なゴスペル曲に猥雑な世俗の性愛を歌った歌詞をのせるというやり方をとった。

土曜日に酒場でブルースに酔いしれ、日曜には盛装して教会に出かけるというようなことは、珍しいことではなかった。ミュージシャンのなかにも、ブルースも歌えば、ゴスペルも歌うという人もいた。しかし、教会でブルースを、あるいは、酒場でゴスペルを歌うといった混同は許されることではなかった。レイの「ソウル・ミュージック」はこうした境界を超えるものとして批判を受けながらも、受け入れられていった。もう一人、ゴスペルを世俗の音楽に導入するに際して大きな役割を果たしたのが、サム・クックである。「ア・チェンジズ・ゴナ・カム」が、映画『マルコムX』で効果的に使われていたのを覚えている人もいるだろう。

サムはソウル・スターラーズというゴスペル・カルテットの若きリードシンガーだった。ソウル・スターラーズはもともと、R・H・ハリスという名リードを擁する名門カルテットだった。ところが、ハリスが突然脱退。残されたメンバーはスターラーズの影響下にあったグループで歌っていたサムを引き抜き、再出発した。しかし、サムの歌はハリスとは全くと言っていいほど印象が違う。ハリスの歌にあるのは、神に触れたことに対する歓喜とか、希望といったものはほとんど感じられない。そこにあるのはむしろ、深い絶望である。絶望の底でほんの少し見える光にすがりつこうとする者のあがき、それが教会では会衆と一体となって爆発するのだろう。

対して、サムの歌は希望に満ちている。サムの若さもあったろうし、40年代という時代が、戦争も終わり、人種差別解消に対する希望が徐々に見えてきた時代だったこともあるだろう。希望にあふれた歌声の美青年サムは、黒人教会の女の子たちに熱狂的に迎えられた。

こうしたサムの人気を世俗音楽の世界が放っておくわけがない。彼は最初、教会関係者の反発を恐れてデイル・クックという変名(ミエミエじゃん!)で、のちに本名で、R&B歌手としてデビューする。教会のファンたちの多くは離れていったが、白人を含む新たなファンを獲得することになった。サムの場合は、ゴスペルで鍛えた歌唱力を世俗音楽に持ち込むことで、両者の融合に貢献した。最初のうち、サムは「ユー・センド・ミー」のような甘い歌声で人気を博した。ゴスペル時代の力強さはないが、「うぉううぉううぉお」という節回しがゴスペル時代から受け継がれている。

サムの歌は子供を失うなどのつらい体験、声がしわがれて来たこと、マルコムXらとの交流によって民族的ルーツに目覚めたことなどによって、より泥臭い、ゴスペル臭いものに変化していく。曲もゴスペルを下敷きにした、まさに「ソウル」と呼べるようなものが増えていった。そんな生々しいサムの姿をとらえたのが、死後発売されたハーレム・スクエアでの演奏を収めたライブ盤である。ここには、「ミスター・ソウル」という呼称にふさわしい男の姿がある。

さて一口にゴスペルを導入するといっても、導入されたゴスペル的要素とは何なのだろう。ゴスペルには、①同じコードのくり返し ②コール&レスポンス ③メリスマの聞いた歌い方、といった音楽的特徴がある。しかし、こうした要素はすべてのゴスペルに当てはまるとは言えないし、すべてのソウル・ミュージックに導入されたわけでもない。ソウル・ミュージックを決定的にゴスペル的にしているのは、際限のない高揚感である。クライマックスが来たかと思えば、まだまだ、さらに上がある、先へ先へと先送りされるクライマックス。そのたびに高揚感は高まっていく。こうした高揚は、解放の日を先延ばしにされてきた黒人の歴史から生まれたものかもしれない。そのことはマーティン・ルーサー・キングの最後の演説によく表れている。

次回はソウル・ミュージックのもう一つの特徴である白人との共同作業について話したいと思う。その予告として、最後にオーティス・レディングを。

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