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2015年11月23日(月)

ちびマルコムちゃん。

明治学院非常勤「アメリカ研究」、後期第九回目。非暴力を貫いたマルコムXについて。マーティン・ルーサー・キングに対し、マルコムには暴力的なイメージがついてまわる。しかし、キング師の「非暴力」が「不服従」と不可分であったのと同じように、マルコムの「暴力」もまた、「自衛」と切り離して語ることはできない。マルコム、あるいはネイション・オヴ・イスラム(NOI)が主張しているのは、あうまでも白人の暴力に対する「自衛のための暴力」である。

キング師は、国内におけるマイノリティの運動として、公民権運動を捉えていた。マイノリティが「アメリカの夢」を手にするためには、マジョリティである白人の理解を得なければならない。非暴力不服従はそのために選ばれた戦略だった。対するマルコムは、被抑圧者としての黒人は、国際的視点から見れば少数派ではない、と説いた。

キリスト教の牧師であったキング師に対し、マルコムが傾倒したのはイスラム教だった。もっとも、NOI の「イスラム教」 は、正統派のイスラム教とはかけ離れたもので、むしろ、イスラムの形をとったブラック・ナショナリズムと言うべきだろう。マルコムが正統派のイスラム教に接するのは、メッカ巡礼のときのことであり、直後にNOIと袂を分かっている。

こうした対照的な思想の背景には、それぞれの生い立ちがある。ジョージア州アトランタで、裕福なキリスト教牧師の息子として生まれたキング師が、人種隔離の厳しい南部を活動拠点としたのに対し、ネブラスカ州オハマの貧困家庭に生まれ、マーカス・ガーヴェイ信奉者を父に持つマルコムの活動拠点は、北部のゲットーだった。キング師は南部で、ジム・クロウ法という制度的な差別と闘い、マルコムは北部で慣習的な差別、不平等な雇用や構造的な貧困と闘った。

晩年、メッカ巡礼を通して、問題が「肌の色ではない」ことに気づいたマルコム(ただし、人種差別社会アメリカでは「白人である」ことは「ボスである」ことを意味する)はキング師に近づいたと言われるが、ベトナム戦争反対を表明して国際的視点に立ち、貧困との闘いを掲げたキング師も、晩年、マルコムに近づいていたとも言える。そして、二人は相次いで暗殺されてしまう。

このあと、マルコムのバイオグラフィー、演説の内容などを紹介して、スパイク・リー監督の映画『マルコムX』(1992)を見はじめた。

そして・・・

OGS・LIVE「残秋炎💗」@新大久保Club Voiceに、ひらげエレキテルとして出演して、6曲半ほど歌ってきました。演目は、「こども魂」「まあるいお月さま」「かわいい子猫ちゃん」「行こうよ」「ラーメンブギ」「平和の歌はもう・・・」「わたなべくん」(ワンコーラスのみ)。聞いてくださった皆さん、盛り上がってくださった皆さん、ありがとうございました!

他の出演者の方も、みなさん、素晴らしい。キーボード弾き語りで山口百恵ばりの昭和ポップを歌う池永芽さん。光春さんのアーシーなギターが渋い王道ロックバンド・もちもちお(清志郎の名曲「彼女の笑顔」をやってくれたのがうれしかった!)。親子でパンクのBLUE ZONEはいつもにもましてバッチリ息の合った、家族の絆を感じさせる演奏で、しびれました。そして、月桃姉妹は、三線とアコーディオンとギター(ギターはぢぞ郎さん。三姉妹?)で、ちょっと古めの昭和歌謡や、沖縄民謡を。ピーナッツ的なユニゾン・コーラス(もちろん、ハモリも)が心地よい。そして、トリはわれらが神田苑。今日のトミー姐さんはいつもにもまして、気合入ってたね!

1123ogs

楽しい一夜でした!タコスもおいしかった!

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