無料ブログはココログ

« 2015年10月18日(日) | トップページ | 2015年10月20日(火) »

2015年10月19日(月)

「公立大学」と「凍りつく大学」

明治学院非常勤「アメリカ研究」、後期第五回目。デューク・エリントン楽団の「ザ・ムーチ」を聞きながら、授業開始。ハーレム・ルネサンスの背後に、「白人並み」の「洗練」を求める黒人ブルジョワジー、「野蛮」「未開」といったイメージに投資する白人パトロン、黒人民衆のフォークロアを再評価する若い黒人芸術家という3つのベクトルが働いていたことを再確認。ブルースなどのフォークロアが根底にあるジャズを、西洋の音楽理論をもとにオーケストラ化する傍ら、コットンクラブの「野蛮」「未開」を売り物にしたショーに音楽を提供していたエリントンは、まさに3つのベクトルを包摂した存在だったということができるかもしれない。一方、ハーレム・ルネサンスを喧伝したアンソロジ=『新しい黒人』(1925)を編集したアレイン・ロックのような知識人は、黒人ブルジョワジーの立場を代表している。黒人ブルジョワジーは当初、奴隷時代の遺産である黒人フォークロアを拒否する傾向にあったが、白人が興味を示していると知るや、「民衆の声」に関心を示すようになる。しかし、彼らのとってのフォークロアは「人種偏見に対する解毒剤」に他ならず、「白人並み」の「洗練」された形式のなかに再構成されるべきものだった。フォークロアを再評価する黒人芸術家は、自らの作品を洗練させることによって、民族のために働くべきだというのである。

12107129_1094574887227255_520173112

比較的若い世代の黒人芸術家にとって、フォークロアをもとにした表現は、必ずしも「人種偏見に対する解毒剤」ではなかった。授業の後半では、ハーレム・ルネサンスの先駆として、ジーン・トゥーマーの『砂糖きび』(1923)を紹介したあと、ラングストン・ヒューズのエッセイ「黒人芸術家と人種の山」に、白人の評価も黒人の評価も気にせず、自分たちをありのままに描こうとする姿勢を見た。さらに、ヒューズの詩「黒人は多くの河を語る」における「川」の意味について考えた。ロバート・ステップトによれば、黒人のナラティヴには二つの可能性しかない。すなわち、抑圧的な環境を甘受し、コミュニティの保護のもとで生きるか、コミュニティを捨て、より抑圧の少ない環境へ移動するか。「川」は、比較的抑圧の少ない社会へ移動するために、越えていくべき境界であると同時に、コミュニティにおける生活の象徴でもある。コミュニティを捨てた父親のもとに向かうヒューズが、ミシシッピ川を越える列車のなかで書いた「黒人は多くの川を語る」は、越えるべき「川」を生活の場として語り直し、さまざまな川の記憶のなかに、民族の歴史を浮かび上がらせる。「川」は語り手の血や魂となり、民族が個人の一部として捉え直される。黒人ブルジョワジーの「民族のための個人」という考えは、「個人のアイデンティティの一部としての民族」へと転倒される。

最後に、ゾラ・ニール・ハーストンの話に移って、『彼らの目は神を見ていた』(1937)のストーリーを、小芝居付きで話している途中で、タイムアウト。

« 2015年10月18日(日) | トップページ | 2015年10月20日(火) »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/73760/62509945

この記事へのトラックバック一覧です: 2015年10月19日(月):

« 2015年10月18日(日) | トップページ | 2015年10月20日(火) »

最近のトラックバック

2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31