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2015年7月8日(水)

遺憾の意。蜜柑の実。

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東野圭吾ある閉ざされた雪の山荘で』(講談社文庫、1996、1992)を読み終わった。うん、これはかなり面白い。客観三人称の語り手が、実は隠された人物の一人称であるという仕掛けは、途中でうすうす感づいていても(いや、感づいているからこそ)楽しめた。クローズド・サークルという古典的設定を用いながら、それを微妙にずらしていく手腕はさすが。フィクションとは何か、演じるとは何かという、メタフィクション的な作品になっているところが、いかにもポストモダン以降の推理小説という感じ。

首都大非常勤「表象文化論特殊講義」、第十二回目。ブッカー・T・ワシントンW・E・B・デュボイスを比較しながら、世紀転換期アフリカ系アメリカ人の思潮を見る。(少なくとも表面的には)職業教育を主眼とし、黒人の自助と白人との融和を訴えたワシントンと、「才能ある10分の1」に対する専門教育と政治的権利の獲得を重視したデュボイス。背景には南部の元奴隷からたたき上げたワシントンが、校長を務めるタスキーギ学院のために白人の寄付を集めなくてはならなかったのに対し、北部の比較的裕福な家庭出身のデュボイスが、ベルリン留学まで経験したエリートであったことがあげられる。しかし、黒人の医師や教師、弁護士、牧師が求められていたことを考えると、デュボイスの主張も決して単なる理想主義ではなく、厳しい現実を反映したものだった。

後半はデュボイスの思想をもう少し詳しく。アフリカ系アメリカ人の「二重意識」、ナイアガラ運動、白人読者をともなって南部へ帰還する北部黒人エリートの視点から書かれた『黒人の魂』など。最後に「二重意識」とも関連づけながら、次回詳しく見るハーレム・ルネサンスの多義的な傾向について話した。

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