無料ブログはココログ

« 2015年6月26日(金) | トップページ | 2015年6月29日(月) »

2015年6月27日(土)

Jbsa

黒人研究の会・第61回全国大会@キャンパスプラザ京都。第2セッションの司会を仰せつかりながら、ギリギリの到着。ご迷惑とご心配をおかけしました。

到着したときには、東京女子大・溝口昭子先生が南アフリカの作家ソル・プラーキーによるシェイクスピアツワナ語訳についての発表が始まったところだった。たいへん興味深い内容。ぼくが司会をした第2セッションは、音楽にまつわる発表が2つ。オハイオ州立大学修士の丸山峻一さんの、大戦間期のパリでアフロモダニズムの形成に重要な役割を果たしながら、ジャズを嫌い故郷マルチニークの音楽ビギンを称揚したナルダル姉妹(→ポーレット・ナルダル)について。ナルダル姉妹はなぜ、ジャズを嫌ったのか。ビギンってカリブ海の音楽のなかでも優雅なところがあって、その辺に鍵があるのかな。もうひとつは、音楽教師でゴスペルシンガーでもある山本愛さんによるスピリチュアルについての発表。演奏も交えながらの、実体験に基づくスピリチュアル概説。

午後からは、トーマス・アレン・ハリス監督の映画『スルー・ア・レンズ・ダークリー』の上映と監督本人による講演。映画は、写真に焦点を当てたアメリカ黒人史。被写体としての黒人、黒人写真家の業績、黒人にとってのファミリーアルバムの意味といったテーマが絡み合いながら、アフリカ系アメリカ人の歴史を軸に展開していく。人種のサンプルとして裸で撮影された奴隷の家族が強く印象に残った。写真を見るものは撮影者と視点を共有する。ぼくたちは残酷な撮影者として奴隷たちに見返される。同時に、映画でアナウンスされていたように、奴隷が写真の意味を正確に理解していたのだとしたら、被写体としての彼らはレンズの向こうにいる未知の観察者を予期していたのかもしれない。自由を奪われた孤独な奴隷が、レンズを通して未来の観察者とつながる。奴隷の家族はぼくらに何を訴えているのだろうか。

学会のあとは、懇親会、2次会と京都の夜を満喫。酒飲むなら、やっぱり京都だ。

« 2015年6月26日(金) | トップページ | 2015年6月29日(月) »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/73760/61842303

この記事へのトラックバック一覧です: 2015年6月27日(土):

« 2015年6月26日(金) | トップページ | 2015年6月29日(月) »

最近のトラックバック

2017年9月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30