無料ブログはココログ

« 2015年6月18日(木) | トップページ | 2015年6月20日(土) »

2015年6月19日(金)

大きなノッポのクルド系♪

Watashiga

東野圭吾私が彼を殺した』(講談社文庫、2002、1999)を読み終わった。最後まで犯人が明らかにされない推理小説。読者は最後の最後で明らかにされた証拠から、犯人を推理しなければならない。文庫版には袋とじの解説がついていて、読者を正解に導くヒントが示されている。ネット上でも、あちこちに「正解」を解説したページがあり、それはそれで論理としては納得するのだが、文学的にはどうもすっきりしない部分がある。小説の構成を考えると、どうしても神林美和子のことがひっかかる。最後の証拠が示される直前に、神林貴弘は妹・美和子の「演技」に気づく。それは彼ら兄妹が両親を亡くしたあと、別々に引き取られた家庭でそれぞれ演じていた「演技」に通じるものであり、こうした重要なファクターが最後の最後に出てくることに意味があるように思えてしょうがないのだ。その上、登場人物(容疑者)の視点を行き来しながら描かれる作品にあって、美和子の視点から描かれる章だけがない。ということはつまり、美和子の本心だけが明らかではないということだ。美和子はほんとうに、穂高誠の死を悲しんでいたのだろうか。あるいは美和子が・・・もっとも、こうした描き方自体、作者が読者を惑わすために仕掛けた罠なのかもしれない。読みなおしたい誘惑にかられる。

神奈川大非常勤、前期第十一回目。分詞構文について説明した後、受動態へ。分詞構文は①州説と従属節の主語が同じで、②接続詞の表すつながりが文脈上明らかな場合に、①従属節の主語を省略、②接続詞を省略して、③従属節の動詞を現在分詞(~ing)にするもの、と説明した。現在分詞とそれ以外の部分の関係は、「わかるでしょ?」という形で読者に丸投げされている。中級クラスでは、主語を残す分詞構文、接続詞を残す分詞構文などについても説明した。受動態については、能動態の文と同じ事実を、能動態の目的語の側から見た言い方であると説明して、能動態の文を受動態に書き換える問題をやった。助動詞が入ったりすると、とたんに出来なくなる学生がけっこういた。次回はそこをていねいに教えようと思う。

« 2015年6月18日(木) | トップページ | 2015年6月20日(土) »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/73760/61767722

この記事へのトラックバック一覧です: 2015年6月19日(金):

« 2015年6月18日(木) | トップページ | 2015年6月20日(土) »

最近のトラックバック

2017年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30