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2015年1月5日(月)

明治学院非常勤、後期第十二回目。映画『マルコムX』を最後まで見た後、ソウル・ミュージックの話をした。アフリカ系アメリカ人の主に歌ものの音楽を指して、「ソウル・ミュージック」という言葉がさかんに使われたのは、50年代後半から70年代にかけてのごく短い間にすぎない。それ以前は、「レイス・ミュージック」という差別的な名称を経てR&B(リズム・アンド・ブルース)という言葉が使われ、70年代後半以降はブラック・コンテンポラリーとなり、ヒップホップの登場をはさんで再びR&B(ただし、読み方はアール・アンド・ビー)に回帰している。

ぼくの考えでは、「ソウル・ミュージック」というジャンルは、公民権運動と同時代の音楽である。ソウルのミュージシャンが公民権運動に積極的に関わったという意味ではない。<ゴスペル回帰>と<人種を超えた共同作業>というソウルを特徴付ける二つの要素がまさに、アフリカ系アメリカ人としてのアイデンティティの確立と人種統合という公民権運動のテーゼに合致するのだ。ソウル・ミュージックがモンゴメリーのバスボイコット事件などをきっかけに公民権運動が盛りあがりを見せた50年代後半に生まれ、運動が先鋭化する70年代に幕を閉じるのはそのためだ。

授業では、ゴスペル回帰、もしくはゴスペルと世俗音楽の統合を代表するミュージシャンとして、レイ・チャールズサム・クックを取りあげた。レイ・チャールズはゴスペル曲にセックスを臭わせる世俗的な歌詞をのせ、黒人教会のエッセンスを導入することによって、都市のR&Bを活性化した。名門ゴスペル・カルテット=ソウル・スターラーズのリード・シンガーだったサム・クックは、ゴスペルで鍛えた喉でロマンティックなポップ・ソングを歌った。その歌は年を経るごとに、ゴスペル的な色彩を増していき、「チェインジズ・ゴナ・カム」のような名曲が生まれた。

しかし、そもそも音楽的な意味での、「ゴスペルっぽさ」とは何なのか。ゴスペルには、同じコードのくり返し、コール・アンド・レスポンスメリスマの効いた歌唱法など、さまざまな特徴がある。しかし、すべてのゴスペルがそうした特徴を持っているわけではないし、すべてのソウルがそれらを受け継いでいるわけでもない。ゴスペル~ソウルを貫いているのは、限りなく盛り上がっていく「高揚感」だろう。クライマックスはどこまでも先延ばしにされていく。それはまた、自由の獲得というクライマックスを何度も先延ばしにされてきたアフリカ系アメリカ人の歴史と関係がある。「私は山に登って約束の地を見てきた」と説くマーティン・ルーサー・キング最後の演説を聞くと、そのことを感じずにはいられない。

ソウル・ミュージックのもう一つの特徴は、白人との共同作業である。黒人音楽に愛着を持つ白人が経営するレコード会社(チェスサンアトランティックスタックスなど)の存在もさることながら、ラジオなどを通じて黒人音楽を聴いて育った若い白人ミュージシャンたちが裏方としてソウル・ミュージックに関わるようになる。スタックスのほとんどの録音でバックをつとめたブッカー・T&ザ・MG’sスティーヴ・クロッパードナルド・ダック・ダン、マスル・ショールズの白人ミュージシャンやソングライター。こうした共同作業のなかから、オーティス・レディングのような、ヒッピー世代の若い白人をも惹きつけるスターが生まれてくる。

残りの時間で、この時代のレディ・ソウルを代表するアレサ・フランクリン、さらに、「ファンク」という新しい音楽を生み出したゴッドファーザー=ジェイムズ・ブラウンを紹介して、授業終了。

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