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2014年11月11日(火)

カーリングは「氷上のチェス」、にらめっこは「表情のチェス」

國學院非常勤、後期第七回目。1限、バラク・オバマの2008年大統領選勝利演説を聞くリスニング。支持者への感謝に続き、任期中に待ち受ける厳しい問題を列挙し、目的の達成を誓う部分。学生の答えを見ていると、どこが聞こえないのか、どのように聞こえているかについて勉強になることが多い。例えば、hopeful がopen に聞こえている学生がいて、なるほどと思った。2限、『ジャズの誕生』を教科書とするリーディング。授業の内容とは直接関係ないが、ルイ・ジョーダンの「モーという名の五人の男」を聞きながら、R&Bの誕生とノベルティ・ソングのばかばかしい楽しさについてちょっと話した。ももももも・・・教科書の内容は、メルヴィル・ハースコビッツからの引用で、ダホメの秘密結社について書かれた部分。非常にややこしい文なので、あまりすすめなかった。

(秘密結社の)第一の目的は、メンバーに適切な財政的援助を与えることであり、そうすることによって、メンバーの親戚の葬式で、(中略)自分や自分のグループに名声をもたらす競争的贈与における成果をあげることができる。メンバーは誰しも入会に際して血の誓いを立てなければならないし、収入役は適切な管理のもとに置かれている。

「競争的贈与」(文化人類学の分野ではどんな訳が当てられているのだろう)の説明として、結婚式のご祝儀の話をした。他の人がどのくらい出しているか気になるでしょ?10万円も出してるとか聞いたら、ちょっと「すげー」ってなるでしょ・・・授業後、「今日の音楽はYouTubeで聞けますか」と質問しにきた女の子がいた。聞けますよ。ルイ・ジョーダンが気になるとは、なかなか目の付け所がいい。

日本女子大非常勤、後期第八回目。4限「アフリカ研究」は、ヨルバが生んだノーベル文学賞作家ウォレ・ショインカ、ヨルバではないが同じくナイジェリア西部出身のベン・オクリを紹介したあと、ナイジェリア東部に暮らすイボ人の文化へ。イボ人のポピュラー音楽といえば、ドクター・サー・ウォリアーオリヴァー・デ・コッケらのハイライフ。ドクター・サー・ウォリアー&ヒズ・オリエンタル・ブラザーズのPVを見て、ずぶずぶと深みにはまっていくようなヨルバ音楽とは違う、カラッとした陽気なダンス・ミュージックを楽しむ。とはいえ、西アフリカ海岸部のポピュラー音楽には、ポルトガルの船乗りがもたらした西洋音楽にアフリカ的要素が加わったパーム・ワイン・ミュージックのような共通の母胎があり、時代を経て民族ごと、地域ごとに独自の発展を遂げてきたようなところがある。だから、ヨルバの音楽でも、I. K. ダイロぐらいまで遡ると、イボの音楽とそれほど違う印象は受けない。

後半は文学の話。イボ人で、アフリカ文学の父と言われるチヌア・アチェベと、代表作『崩れゆく絆』について。同じ授業をやった一昨年の日記から引用すると、だいたいこんな感じ。

『崩れゆく絆』の主人公オコンクオは村の英雄。始祖たちが大昔にはじめた荒行として代々受け継がれてきた格闘技の試合で、誰にも倒すことができないだろうと言われた名力士アマリンゼを投げ飛ばし、自分の村ウムオフィアに名誉をもたらした。先祖代々行われてきた荒行で華々しい勝利を収めたということはね、歴史に名を残す英雄だってことだね。そのうえ、農民としても働き者で、無一文から大きな財産を築いた叩き上げの人物として尊敬されていた。

一方、オコンクオのお父さんはウノカといってね、もう亡くなったんだけど、オコンクオとは対照的な男だった。仕事もしないで飲んだくれてばかりいる。たまにお金が入ると、みんなとやし酒を飲んで陽気にはしゃいで使ってしまう。当然借金まみれ。でも、金返せって言われても、のらりくらりとごまかして返さない。まあ、どうしょうもないヤツだねー。

しかし、こういう男は、むちゃくちゃだけど、どうも憎めないところがある。

音楽が好きで、みんなで楽しく飲んで話すのが好きなウノカは、コミュニケーションをとる能力には長けていたんだ。子供のころ、長い旅を終えて帰ってきた渡り鳥に、お土産を持ってきたかいと嬉しそうに語りかける姿は、人間的な魅力にあふれているね。

それに対して、オコンクオはコミュニケーションの能力はあまり高くない。むかつくことがあると、言葉にする前に手が出てしまう。家族に対してもすごく厳しい。いや、心のなかはね、優しい男なんだよ。でも、その優しさを見せることができない。それはね、子供のころ、友だちがウノカのことを「アッバラ」と呼ぶのを聞いたのがトラウマになっているからなんだ。アッバラっていうのは称号のない男、もしくは女っていう意味でね。たしかに、ウノカは村の男たちが成長するうちに獲得していくべき称号を持っていなかった。それで、オコンクオは父のように「女」と呼ばれたくない、女々しいと言われたくないという恐怖から、優しさを隠し、「男らしく」ふるまうようになった。

この「女々しく見られたくない」っていうオブセッションが、オコンクオを悲劇へと追いやっていく。ある日、隣村の男がウムオフィアの娘を殺す。隣村からその代償として、生娘と少年が差し出される。少年の名前はイケメフナ。処置が決まるまでの間、イケメフナはオコンクオの家に預けられることになった。最初は故郷の村のことを思って泣いてばかりいたイケメフナだけど、やがてウムオフィアでの生活になじんでいく。オコンクオの息子ンウォイェはイケメフナを兄と慕い、オコンクオも例によって表には出さないが、そのことを好ましく思っている。イケメフナもオコンクオを父と呼ぶまでになっていた。

ところが、数年たったある日、イケメフナの処置について、神託が下る。死刑。オコンクオは友人の反対を押し切ってイケメフナの処刑に同行する。女々しい男だと思われたくなかったからだ。そして、処刑の瞬間、「お父さん、ぼく、殺される!」というイケメフナの声を聞いて、かき乱された感情を悟られるかもしれないという恐怖から動転したオコンクオは、自らの手でイケメフナを切り殺してしまう。家に帰ってきたオコンクオを見て、ンウォイェはイケメフナが処刑されたことを悟り、父に対する反発からキリスト教に身を投じていく。オコンクオは食べ物も喉に通らないほど苦しむが、その感情を人に見せようとはしない。

物語はそのあとも続き、不慮の事故から人を死なせてしまったオコンクオが家族とともに妻の故郷に追放になる。数年後、罪を許されて帰ってきたウムオフィアでは、植民地の行政官が村を圧迫している。オコンクオは集会の場で、植民地行政官を殺し、村人が誰も立ちあがらず、大混乱に陥るのを見て絶望し、自ら命を絶つ。自殺したオコンクオの遺体は不浄の森に捨てられる。

まあ、すごい話だね。さて、ここでイボ人の価値観の話を思い出してほしいんだけど・・・オコンクオは男性的な価値こそが絶対だと思って、女々しいと思われることを恐れていたんだよね。でも、イボ人はあれもいいし、これもいいっていう「多元主義」を大事にする人たちだったよね。つまり、オコンクオは父親についてのトラウマのせいで、そういうイボ人の価値観が見えなくなってしまって、まわりの人たちからずれていってしまったとも言えるかもしれないね。

親に対する反発から素直になれずに破滅するオコンクウォの姿は、若い学生の心に響いたか。彼女たちのなかには、親に対して同じような葛藤を抱いているものもいるだろう。次回は、いよいよ、柳田知子さんをゲスト講師に招いて、アフリカン・ダンスのワークショップ。

5限、ハリエット・ジェイコブズ奴隷体験記を読む「論文随筆演習」。自ら奴隷を使いながらも、リンダ(ジェイコブズの偽名)を匿う白人女性について、彼女は何を考えていたのか、議論になった。若いころだったら、「偽善」と断じていたかもしれないと言うぼくに対し、学生は至って冷静で、むしろリンダと関係を持った白人男性サンズ氏のほうに偽善を感じていた。確かに、リンダを匿った白人女性は自らを危険にさらしてまで、奴隷制という現状から一歩踏み出そうとしている。サンズ氏はリンダを救うと言いながら、現状(あるいは、自分自身)を変えるようなことは何もしていない。若い学生と話していると勉強になる。

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