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2014年8月24日(日)

ハウス・オヴ・雷神さん。

アテネ・フランセ文化センター主催で行われたオスカー・ミショー監督映画の上映会@渋谷・映画美学校試写室に行ってきた。オスカー・ミショーは黒人映画監督の先駆け。ハリウッドの大手映画会社が黒人のつくる映画に関心を示さなかった時代(1920~30年代)に、自主制作で40本近い映画を撮影した。黒人のステレオタイプを打破し、黒人自身に地位向上のための努力を訴えるような内容の作品が多い。今回、上映されるのは、グリフィスの問題作『国民の創生』に対する回答とも言われる『我らが門の内にて』(Within Our Gates, 1920)と、ファニー・ハースト原作の映画『模倣の人生』を下書きにした『神の継子たち』(God's Step Children, 1938)。前者がサイレントで、後者がトーキー。ミショーの作品が日本で上映されるのは、93年以来21年ぶりだという。

ミショー作品は、可能なものはDVDで入手してきたのだが、ミニシアターとはいえ、大きな画面で見れるの嬉しい。それに、実は『神の継子たち』はだいぶ前にDVDで手に入ていたのに、まだ見ていなかった。今回はサイレント用の字幕を作り直してあり、日本語字幕もついているので、たいへん見やすく、これだけも見に行って良かった。『我らが門の内にて』は、自分の授業でも一部見せたのだが、そのときは端折ったインチキ黒人説教師のエピソードが気になった。『神の継子たち』はパッシングの話だが、黒人を見下しているという設定を別にすれば、主人公のナオミは魅力的なトリックスターにも見える。恋のさや当て、魅力的なダンスシーンなど、エンターテイメント的な要素も取り入れようとしていたこともうかがわれる。

最後に明治学院大学・斉藤綾子先生による講演。ミショーの足跡を辿りながら、彼の映画の問題点を洗い直す興味深い内容だった。ミショーの映画は現在の映画の文法に照らせば破格だ(例えば、直線的なプロットの不在など)。それが映画の文法が確立されていなかった時代ゆえのものなのか、低予算ゆえの完成度の低さなのか、ミショーの未熟さなのか、あるいは意図的なアヴァンギャルドなのかは微妙なところだ。個人的になるほどと思ったのは、ミショーが、隠された現実を曝こうとしている点。グリフィスが新聞記事や「次の場面は歴史の忠実な再現である」というコメントによって、映像の信憑性を高めようとしているのに対し、ミショーは新聞記事を挿入することで、新聞に書かれているのとは全く違う現実があったことを示そうとする。あるいは、ステレオタイプの黒人を出しておいて、その裏側を描く。その意味で、『我らが門の内で』のリンチされた家族から男の子が逃げるのは重要だという指摘にも、膝を打った。彼が真実を伝えていくのだ。

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