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2014年4月21日(月)

ようよう禿げいく生え際少し明かりて 紫だちたる髪の少したなびきたる。

明治学院非常勤、前期第三回目。まずは『ルーツ』の続きを見る。奴隷船の奴隷たちが反乱を起こし、鎮圧されるところまで。見終わったあと、クンタ・キンテを拉致した連中のなかに、黒人がいたことについて話した。

当時のアフリカは、さまざまな民族がしのぎを削る群雄割拠の時代だった。そんななか、西洋人の持ち込んだ武器などを手に入れるために、捕虜や奴隷を売り渡す王がいた。なかには利己的な目的で奴隷狩りに協力するものもいただろう。現在の私たちから見れば、アフリカが危機的な状態にあるときに、何を内輪で争っているんだ、と思えるかもしれない。でも、当時、アフリカに住んでいた人たちの間には、「アフリカ人」という共通のアイデンティティはなかった。あるのは、ウォロフ人バンバラ人マンディンカ人といった個々の民族に対する帰属意識だけだったと言っていい。

他人事ではない。日本だって、江戸時代までは「日本人」というアイデンティティよりも、○○藩の藩士とか、○○村の農民としての意識のほうが強かった。幕末の危機的な状況を前にしても、一致団結できずに、長州だ薩摩だ、幕臣だ倒幕派だと争っていた。日本はぎりぎりのところで植民地化を免れたけれども、そうなる危険性だって十分あった。宇宙人が攻めてきたとき、ぼくたちは同じ「地球人」として一致団結できるだろうか。

奴隷船の船長が奴隷貿易に手を染めたことを後悔しているように見えることについても一言。奴隷を人間として見ていなかったのに、どうして後悔するのか?やっぱりどこかで、奴隷も人間だと思っていたのではないか?その通り。歴史を勉強するとき、今では考えられないその時代特有の制度とか常識を考慮することは大事だ。でも、それと同時に、どの時代の人も、他人を残虐に痛めつけることはしたくない、良心が傷むといった、私たちと同じ感覚を持っていたのではないかと思う。そうした感覚とつくられた制度や常識との間で悩み苦しむのが人間だろう。だからこそ、いろいろな理屈をつけて、「奴隷制は正しい」と主張したのだ。船長の良心は、結局、「奴隷貿易」という常識に負けてしまうのだけれど。

ボブ・マーリーザ・ウェイラーズの「400イヤーズ」を聞く。ボブ・マーリーというよりもピーター・トッシュの曲だ。リード・ヴォーカルもピーター・トッシュ。「400年変わらない哲学(フィロソフィー)」という歌詞と、南北アメリカとジャマイカをはじめとするカリブ海など広い地域にアフリカ系の人々が存在することの意味について考える。黒人奴隷というとアメリカ合衆国のイメージが強いかもしれないけど、拉致されたアフリカ人たちはジャマイカをはじめとするカリブ諸島や南アメリカの国々にも、数多く送り込まれた。各地にアフリカ系の音楽 — サンバ、ルンバ、コンパ、レゲエなど — が残されているのはそのためだ。ジャマイカなどカリブ諸島に送られた奴隷はそこで「調教」され、改めてアメリカ合衆国に送られることも多かった。

どうしてこのような悲惨な奴隷貿易が何百年もの間続いたのだろうか。背景には、奴隷制度もその一部である、三角貿易というどこまでも儲かるシステムがあった。三角貿易はふたつある。ひとつはイギリスと中国、インドを頂点としたもの。もうひとつがイギリスとアフリカ、アメリカ/カリブ諸島を頂点としたものだ。

アジアをめぐる三角貿易では、イギリスはまず綿製品などのイギリス製品をインドに持っていく。原材料となる綿は他ならぬインドや、アメリカ南部で収穫されたものだ。インドにはもともと伝統的な繊維産業があった。イギリスはこれを徹底的に破壊する。そうしないと、原材料に付加価値をつけて売りつけるという商売が成り立たなくなるからだ。ガンジーが糸車を独立運動のシンボルにしたのには、こうしたことに対する抵抗という意味もあった。インドで綿織物を銀に変えて中国に持っていく。これがのちにはアヘンになり、アヘン戦争の原因となった。最後に中国で儲けた金でお茶を買って、イギリスに帰る。イギリスといえば紅茶。でも、イギリスでお茶なんか取れない。三角貿易あってのティータイムだ。

もう一つの三角貿易ではまず、アフリカにイギリスの製品、繊維製品とか、武器とか酒とかを持っていく。それを売った金で奴隷を仕入れて、アメリカやカリブ諸島に運ぶ。コロンブスが「発見」した「新世界」ではプランテーション経営のため、労働力が必要だった。奴隷は飛ぶように売れていく。儲けた金でプランテーションの産物、砂糖や綿や煙草を仕入れて、イギリスに持って帰る。綿は綿製品となり、イギリス国内に加えて、インドをはじめとする各地に輸出される。砂糖や煙草はイギリス国内で消費される。イギリスは紅茶ブーム。中国から輸入したお茶に砂糖を入れて優雅なティータイム。稼いだお金で再びイギリス製品を買ってアフリカへ・・・サイクルはまわり続ける。

こうやって、ふたつのサイクルを回し続ければ、際限なく儲かる都合のいいシステムができてしまった。犠牲になるのが黒人奴隷や、インド、中国の人びとだったことは言うまでもない。でも、一度こうしたシステムがまわり始めてしまうと、止めることはなかなか難しい。もちろん、このシステムにも終わる時がくる。奴隷制というのは、効率の悪いシステムだ。どんなときも奴隷の面倒を見なければならない。でも、契約労働者だったら、いつでもクビを切れる。でも、世界規模でそうしたシステムに移行するためには莫大な資本の蓄積と生産手段が必要であり、そうした準備を整えたのが、奴隷貿易を含む三角貿易だった。三角貿易をぐるぐるまわして得た資本で産業革命を軌道に乗せ、さらに大きな資本を手に入れたイギリスはそれを植民地経営という新しいシステムにつぎ込んでいく。

最後に年表で奴隷制の歴史を見始め、ボストン虐殺事件で先頭に立って闘った黒人クリスパス・アタックスについて話したところでタイムアップ。

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