無料ブログはココログ

« 2014年1月22日(水) | トップページ | 2014年1月30日(木) »

2014年1月25日(土)

Hottentotvenus

バーバラ・チェイス=リボウホッテントット・ヴィーナス ある物語』(Hottentot Venus: A Novel、2003、安保永子、余田愛子訳、井野瀬愛子監訳、法政大学出版、2012)を読み終わった。

「ホッテントット・ヴィーナス」とは、南アフリカ出身のコイコイ人女性サラ・バートマン(本書ではバールトマンと表記)のこと。1790年ごろ、現在の東ケープ州に生まれたバートマンは、ケープタウン近郊に住むオランダ系農園主の召使をしていたとき、イギリス人医師アレクサンダー・ダンロップに見出され渡英。「ホッテントット・ヴィーナス」(「ホッテントット」はコイコイ人の蔑称)としてロンドンの見世物興行に出演し、コイコイ人女性特有の大きな臀部が人びとの好奇の目を集めた。ロンドンでの人気が下火になると、地方を巡業した末、パリに渡る。臀部に加え、「ホッテントットのカーテン」と呼ばれる肥大した陰唇といった身体的特徴が、ジョルジュ・キュヴィエをはじめ、彼女の「人種」を人間と類人猿の中間に位置づけようとする学者たちの関心を集めた。バートマンが亡くなると、遺体は学者たちによって解剖され、性器と脳のホルマリン漬け標本と骨格標本は1974年まで人類博物館に展示された。1994年に当時のネルソン・マンデラ南アフリカ大統領が遺体の返還を要求したことを受け、2002年、ようやくバートマンは故郷の地に埋葬されることになった。

サラ・バートマンに見られるような「生きた人間の展示」は、現在では考えられないことだが、19世紀のヨーロッパでは必ずしも珍しいことではなかった。1889年のパリ万博でも、「植民地集落」と呼ばれる「人間の展示」が見られた(吉見俊哉『博覧会の政治学 まなざしの近代』)。欧米のあとを追って帝国主義への道を歩みだした日本でも、1903年、大阪博覧会の人類館で沖縄人・アイヌ・朝鮮人・台湾の先住民などの「展示」が行われている(『人類館 封印された扉』)。こうした「展示」が植民地化された人びとを「本国」の下位に位置づけようとする試みだったことは言うまでもない。バートマンの「展示」はこうした事例に先立つものだ。ひとつの問題は、実際に展示された側の人間が、展示され、好奇の目にさらされるという体験をどう受け止めていたのかを想像する手がかりがあまりにも少ないということである。展示される側、支配される側の体験は、「正規の記録」にはほとんど残らない。サラ(アフリカーンス語ではサージ)・バートマンという名前も、支配する側に与えられたものであり、本来のコイコイ人としての名前は記録に残っていない。そうした欠落を想像によって補いながら、バートマンの体験を再現しようとするひとつの試み(あくまでも、「ひとつの」物語)がこの作品である。

物語はバートマンと、彼女の人生に関わった人びとによる一人称によって語られる。バートマンの語りは、生きていたころの彼女には知りえない事実も語っていて、一見すると不自然にも思われる。が、冒頭のシーンで暗示され、最後に明らかにされるように、それは肉体を切り刻まれ、時空を超える魂となった死後のバートマンによる語りなのだ。このようにして作者は、バートマン自身に語らせながら、さまざまな事実を語りに盛りこもうと試みている。自身の「奴隷労働」が問題となった裁判で、バートマンは自分が無理やりイギリスに連れてこられた奴隷であることを否定する。もちろん、彼女の人生が恵まれたものであったということはできない。だからといって、彼女自身の語りに耳を傾けなければ、恵まれない人生を生きようとする彼女の意志を否定することになる。もちろん、バートマンの声がぼくらの耳に届くかどうかは、別の問題である。本書が、仮定された聞き手のひとりにすぎない作者による「ひとつの」物語である所以だ。

« 2014年1月22日(水) | トップページ | 2014年1月30日(木) »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/73760/59006319

この記事へのトラックバック一覧です: 2014年1月25日(土):

« 2014年1月22日(水) | トップページ | 2014年1月30日(木) »

最近のトラックバック

2017年12月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31