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2013年9月30日(月)

湊かなえ告白』(双葉文庫、2010、2008)を読み終わった。冒頭、あまりにも強烈な印象を残す森口悠子の「告白」。しかし、彼女が知るのも事実の一面にすぎない。また、彼女も知らず知らずのうちに自分自身に嘘をついている。実際、他の関係者の証言を読むうちに、彼女の誤解や思い込みが明らかになる。他の語り手の証言を踏まえて、最後に悠子は自分の「告白」を再構成するのだが、それもまた誤謬や自己欺瞞と無縁ではない。それでも彼女が語り手のなかでいちばんの「犠牲者」であるとは言えるだろうが、事件の実行犯である2人の少年を含め、決定的に悪い誰かを断罪することができない物語の構造になっている。誰も決定的に悪くないのに、事態は決定的に悪い方向に向かっていく・・・まさに、悲劇の定義といっていい。気がつくと、高みから眺めていたはずの読者も、「そういうあんたは誰かを断罪するほど正しいの?」と足元を掬われる。

明治学院非常勤、後期第二回目。世紀転換期のアフリカ系アメリカ人指導者ブッカー・T・ワシントンW・E・B・デュボイスを比較して紹介。職業教育を重視し、現在では「アトランタ演説」に見られる白人に対する妥協的態度で批判されることも多いワシントン。対するデュボイスは「才能ある十分の一」という言葉で専門教育の必要性を訴え、社会的・政治的権利を求める先鋭的な姿勢を貫いた。妥協的に見えるワシントンも、エリート主義的で理想主義的に見えるデュボイスも、それぞれの生い立ちのなかで理解したアフリカ系アメリカ人の問題を、「現実的に」解決しようとするところから出発している。他にデュボイスの指摘したアフリカ系アメリカ人の「二重意識」、『黒人の魂』で想定される白人読者、ナイアガラ運動全米黒人地位向上委員会の結成、などについて話した。

ベリメリで個人練のあと、タカシバくんと飲んだ。

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