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2013年3月24日(日)

渋谷のLast Waltzくたじゃ7年ぶりのライブを見に行きました。松島さんいわく、くたじゃ史上最もロックっぽい内容と言うことで、たしかに骨太な感じでした。久しぶりに、アカシモモカちゃんの演奏も聞けてほっこりしました。70年代のシンガーソングライター系のサウンドにときどき奇妙な日本語をのせて歌う999(スリーナインズ)の演奏も素敵でした。

Achebe

現代アフリカ文学の父チヌア・アチェベが亡くなった。卒業論文のテーマがアチェベの『崩れゆく絆』だったので、思い入れは強い。先日も出版されたばかりのビアフラ回想記『ひとつの国があった』について論文を書いたばかりだ。批判的な論調で書いたその論文が、奇しくも死者へのはなむけということになってしまった。これが最期だとわかっていたら、アチェベの偉大さを言祝ぐようなものが書きたかった。毎年、ノーベル文学賞の候補に名前があがり、そのたびに新聞社から原稿の依頼をいただいていたのだが、アチェベの受賞を祝う言葉を連ねることも適わぬ願いとなってしまった。

アチェベ最初の小説『崩れゆく絆』(Things Fall Apart、1958)は、植民地主義が浸透するなか、崩壊していくアフリカの小村を描いた作品として知られている。しかし、読んでみた印象はかなり違う。物語のクライマックスはアフリカと西洋の衝突よりもずっと前にやってくる。主人公オコンクウォは怠け者の父ウノカが「女」呼ばわりされたことがトラウマとなって、ウノカが持っていたような人間らしい感情を見せることを極端に恐れている。そんな無骨な男も、隣村の男が犯した殺人の代償として差し出された少年イケメフナを引き取り育てるうちに、息子のように思いはじめる。数年後、少年に死刑の神託がくだされると、人間らしい感情を悟られることを恐れたオコンクウォは自ら少年を斬り殺してしまう。少年と兄弟のように親しくしていたオコンクウォの実子ンウォイェは父が手を下したことを悟り、父を避けてキリスト教の世界に身を投じる。

その後、植民地支配と現地アフリカ人の衝突が描かれ、妥協的になった村の人びとに絶望して、オコンクウォは自ら命を絶つのだが、物語のクライマックスはどう見てもイケメフナ殺害であり、歴史的にはむしろ重要なアフリカと西洋の対立はその後の顛末として描かれているにすぎない。それはアフリカの歴史は植民地主義によって規定されるものではない、むしろ、植民地主義のほうが親子の葛藤を通じて受け継がれてきたアフリカの歴史における例外的なエピソードなのだ、と言っているようにぼくには思える。実際、インタビューでも、アチェベはアフリカが植民地主義を乗り越えていくと喝破している。

ビアフラ戦争とその後の母国ナイジェリアの混迷について誰よりも胸を痛めていたのだろう。最後の著書となった『ひとつの国があった』がビアフラ回想記であったことがそのことを如実に物語っている。先にも述べたように、ぼくには同意できない部分の多い内容ではあったのだが、アチェベが最後まで作家として社会に働きかける誠実さを持っていたことだけは疑いない。

安らかに。

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