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2013年1月5日(土)

ゴールデンボンバー「女々しくて」のサビが、山口百恵「横須賀ストーリー」+中島みゆき「うらみます」に聞こえる。「これっきこれっきりもう うらみま~す♪」

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柳美里ピョンヤンの夏休み わたしが見た「北朝鮮」』(講談社、2011)を読み終わった。

在日二世である著者は、祖国であるはずの朝鮮から「弾かれている」。祖国にありながら、よそもの、旅人である感覚。だが、日常のタガがはずれる旅だからこそ、屈託なく人と接することができる。 著者と北朝鮮の微妙な距離感が、ぼくがジンバブウェに対して抱いているそれと似ているような気がして、一気に読んだ。もっとも、柳さんにとって朝鮮は紛れもない祖国だが、ぼくのジンバブウェに対する思い入れ ― 「いつかここで暮らしていたような気がする」 ― は妄想にすぎないのだが。

朝鮮民主主義人民共和国の政治体制に問題があるとしても、そこには日々をやりくりする情にあふれた人びとがいる。金日成バッジ、主体主義のスローガン、マスゲームといった要素は、日常と切り離せないものとして存在する。しかし、外から見るとただただ異様に見えるそうした要素も、日々の営みと人間的な振る舞いによってカタチを食い尽くされ、日常化している。そこには笑いが、友情が、気晴らしが、教育が ― ようするにカタチにはならないものがある。ジンバブウェと同じだな、とまた思う。

日本にいるぼくたちの生活は、「カタチ」を食い尽くしているだろうか。むしろ、日常がカタチに食い尽くされていないだろうか。カタチをなくしたカタチが日常になりかわり、ぬえのように姿を変えつつ、ぼくらの生活を支配しているのではないだろうか。北朝鮮の人たちはぼくらが思っているほど不自由ではなく、ぼくらは自分たちで思っているほど自由ではないのかもしれない。

そんなことを考えた。

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