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2012年11月20日(火)

國學院非常勤、後期第九回目。『ジャズの誕生』続き。ニューオリンズの複雑な歴史について ― 最初の46年間、ニューオリンズはフランス領で、今日まで続く慣習がこのとき確立された。1764年、街はフランスによってスペインに割譲され、次の36年間、スペインが街を統治した。しかしながら、ニューオリンズは考え方も感じ方も基本的にフランス風のままだった。この段階では、ニューオリンズはフランス領西インド諸島に似ており、音楽もおそらく現在のマルチニークやハイチのそれに近いものだったろう ― 最後にマルチニークやハイチの音楽が出てきたので、バンジョーを使ってノスタルジックな音楽を奏でるマルチニークのミュージシャン=カリの演奏を聞いた。

日本女子大非常勤、第九回目。先週に引き続き、ナイジェリアについて。今回は南東部に住むイボ人の文化を中心に、文学、ビアフラ戦争などについて話した。イボ人のハイライフを代表するミュージシャン=オリヴァー・デ・コッケのPVを見ながら授業開始。同じナイジェリアでも濃厚なヨルバとは全然違う。ゆる~い感じがいいでしょ。ヨルバの世界観はすごく精緻にできてるから、奴隷として連れ去られた人びとによって南北アメリカやカリブ海持ち込まれて独自の発展を遂げるんだけど、イボの世界観もまた独特のものがある。イボ人についてよく言われるのは、まず、個人主義。イボ人は個人個人に「チ」っていう神さまがついているって考える。「チ」は守護神というか、霊界における個人の分身みたいなものらしい。といっても、何でもかんでも言うことを聞いてくれる便利な存在ではないよ。「人が然りというとき、彼のチもまた然りという」なんて言ってね、チに答えてもらうためには、人も頑張らなきゃいけない。「神は自ら助くものを助く」みたいな感じだね。ともかく、個人個人にこういう霊的存在がついてるってことは、個人個人がそれぞれに尊重されるってことだね。

イボ人についてもうひとつ言われてることは、個人主義とも関係があるんだけど、二元主義、もしくは多元主義だね。イボ人のことわざで「何かが立つときには、必ずそばに他の何かが立つ」なんて言う。つまり、一見対立するように見える価値観には、それぞれの意味があって、どちらが正しいとか、どちらが上だとかいって解決することができない。例えば、男と女。男性に象徴されるようなものは重要だが、女性的なものも同じぐらいの価値がある。だから、メンバー間で利益の対立があると、多元主義的な原則に基づいて、裁判で両者の意見を聞くことで妥協点を探ろうとする。

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それから、もうひとつ。外来のものに対する柔軟さっていうのもあるね。イボ人は西洋文化を取り入れるのに比較的積極的で、キリスト教への改宗も早かったと言われている。そこにはイボ人がもともと持っていた多元主義的な柔軟さが関係していたんじゃないかと思う。例えば、大地の女神アナに捧げるムバリっていう儀式があって、儀式のたびに女神の宮殿が建てなおされる。その宮殿に入れられている彫像を見て欲しんだけど・・・左の写真、これは何だと思う?電話だね。右の写真はネクタイを締めてメガネをかけているね。そしてどうもこれはラジオの放送局を表しているらしい。こういうふうに、伝統のなかに現代の風物をどんどん取り込んでしまう。

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さて、ここで文学の話をしたいと思う。イボ人から出てきた作家にチヌア・アチェベっていう人がいます。この人はアフリカ近代小説の父とも言うべき人でね。1958年に発表された『崩れゆく絆』って小説は世界中の言語に翻訳されて、アフリカ文学の古典になってる。ぼくはアチェベの『崩れゆく絆』で卒業論文を書いた。だから思い入れのある作家なんだけど、実は最初はそんなに好きじゃなかったんだ。ぼくの師匠にあたる人が、アフリカを代表する作家だからぜひアチェベで書きなさいと言ってくれたので、書いたんだけど。「文学は教育である」とか言うのね、アチェベって。そこんところがなんか説教臭くていやだったのかな。でもね、読んでみると、これが面白いんだ。教育云々いう以前に、天性のストーリーテラーなんだな。だから、「教育」っていうのも押し付けるようなものではなくて、楽しく読んでいるうちに考え方が変わっている、みたいな楽しいものなんだ。

『崩れゆく絆』の主人公オコンクオは村の英雄。始祖たちが大昔にはじめた荒行として代々受け継がれてきた格闘技の試合で、誰にも倒すことができないだろうと言われた名力士アマリンゼを投げ飛ばし、自分の村ウムオフィアに名誉をもたらした。先祖代々行われてきた荒行で華々しい勝利を収めたということはね、歴史に名を残す英雄だってことだね。そのうえ、農民としても働き者で、無一文から大きな財産を築いた叩き上げの人物として尊敬されていた。

一方、オコンクオのお父さんはウノカといってね、もう亡くなったんだけど、オコンクオとは対照的な男だった。仕事もしないで飲んだくれてばかりいる。たまにお金が入ると、みんなとやし酒を飲んで陽気にはしゃいで使ってしまう。当然借金まみれ。でも、金返せって言われても、のらりくらりとごまかして返さない。まあ、どうしょうもないヤツだねー。

ウノカのことを考えるとね、ぼくはいつも父方のおじいちゃんのことを思い出す。おじいちゃんはね、酒飲みでね。ダンスホール、まあ、今でいうクラブみたいなところにオシャレして出かけて、タップダンスなんか踊って、女の子をナンパする・・・なんてことばかりしていた人だった。で、女の子を連れて帰って、自宅の2階でラブラブするわけ。1階には奥さんと子供が寝ているのにだよ。ひどいやつだねー。

でも、このおじいちゃん、いいところもある。ある日、お兄さんが病気になって、精をつけてもらおうと肉を買いに行った。でも、貧乏だから、ちょっとしか買えなかったのね。当時肉を買うのは金持ちばかり。まとめてどっさり買っていく。せこい買い方しやがって、貧乏人は!みたいなイヤミを言われて、おじいちゃん切れた。ようし、貧乏人でも気兼ねなく買える肉屋をつくってやる!って肉屋になった・・・ここまではいいんだけどね。放浪癖のある人でね、店をほっぽらかして、ふらっと旅に出ちゃう。店を切り盛りしてたのは残されたおばあちゃん・・・というね。まあ、やりたい放題の人だったみたい。ぼくが生まれる前の年に結核で死んじゃった。

でも、こういう男はね、なんかむちゃくちゃなんだけど、憎めないんだね。おばあちゃんからね、おじいちゃんの話何度も聞かされたんだけど、つらかったとか、ひどい人だとか聞いたことがない。いつも楽しそうに、夢見るように語るのね。それだけ人間的な魅力があった人でもあるんだ。ウノカもそうでね。音楽が好きで、みんなで楽しく飲んで話すのが好きなウノカは、コミュニケーションをとる能力には長けていたんだ。子供のころ、長い旅を終えて帰ってきた渡り鳥に、お土産を持ってきたかいと嬉しそうに語りかける姿は、人間的な魅力にあふれているね。

それに対して、オコンクオはコミュニケーションの能力はあまり高くない。むかつくことがあると、言葉にする前に手が出てしまう。家族に対してもすごく厳しい。いや、心のなかはね、優しい男なんだよ。でも、その優しさを見せることができない。それはね、子供のころ、友だちがウノカのことを「アッバラ」と呼ぶのを聞いたのがトラウマになっているからなんだ。アッバラっていうのは称号のない男、もしくは女っていう意味でね。たしかに、ウノカは村の男たちが成長するうちに獲得していくべき称号を持っていなかった。それで、オコンクオは父のように「女」と呼ばれたくない、女々しいと言われたくないという恐怖から、優しさを隠し、「男らしく」ふるまうようになった。

この「女々しく見られたくない」っていうオブセッションが、オコンクオを悲劇へと追いやっていく。ある日、隣村の男がウムオフィアの娘を殺す。隣村からその代償として、生娘と少年が差し出される。少年の名前はイケメフナ。処置が決まるまでの間、イケメフナはオコンクオの家に預けられることになった。最初は故郷の村のことを思って泣いてばかりいたイケメフナだけど、やがてウムオフィアでの生活になじんでいく。オコンクオの息子ンウォイェはイケメフナを兄と慕い、オコンクオも例によって表には出さないが、そのことを好ましく思っている。イケメフナもオコンクオを父と呼ぶまでになっていた。

ところが、数年たったある日、イケメフナの処置について、神託が下る。死刑。オコンクオは友人の反対を押し切ってイケメフナの処刑に同行する。女々しい男だと思われたくなかったからだ。そして、処刑の瞬間、「お父さん、ぼく、殺される!」というイケメフナの声を聞いて、かき乱された感情を悟られるかもしれないという恐怖から動転したオコンクオは、自らの手でイケメフナを切り殺してしまう。家に帰ってきたオコンクオを見て、ンウォイェはイケメフナが処刑されたことを悟り、父に対する反発からキリスト教に身を投じていく。オコンクオは食べ物も喉に通らないほど苦しむが、その感情を人に見せようとはしない。

物語はそのあとも続き、不慮の事故から人を死なせてしまったオコンクオが家族とともに妻の故郷に追放になる。数年後、罪を許されて帰ってきたウムオフィアでは、植民地の行政官が村を圧迫している。オコンクオは集会の場で、植民地行政官を殺し、村人が誰も立ちあがらず、大混乱に陥るのを見て絶望し、自ら命を絶つ。自殺したオコンクオの遺体は不浄の森に捨てられる。

まあ、すごい話だね。さて、ここでイボ人の価値観の話を思い出してほしいんだけど・・・オコンクオは男性的な価値こそが絶対だと思って、女々しいと思われることを恐れていたんだよね。でも、イボ人はあれもいいし、これもいいっていう「多元主義」を大事にする人たちだったよね。つまり、オコンクオは父親についてのトラウマのせいで、そういうイボ人の価値観が見えなくなってしまって、まわりの人たちからずれていってしまったとも言えるかもしれないね。

このあと、ビアフラ戦争の話をして、ビアフラ戦争を舞台にしたチママンダ・ンゴジィ・アディーチェ『半分のぼった黄色い太陽』、ケン・サロ=ウィワ『ソザ・ボーイ』を紹介した。これはこれで濃厚な話だが、日記が長くなるので割愛。

授業を終えて、シェウン・クティのライブを見に、渋谷クラブ・クアトロへ。いきなり「ゾンビ」かよ!とにかく、素晴らしい演奏で、仕事の疲れも忘れ踊り狂った。日本女子大の学生にもこれを見せてやりたい・・・充実した一日だった。

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