無料ブログはココログ

« 2012年10月20日(土) | トップページ | 2012年10月23日(火) »

2012年10月22日(月)

明治学院非常勤、後期第五回目。ハーレム・ルネサンスの文学について。露骨にぼくの好みを反映して、ジーン・トゥーマーラングストン・ヒューズゾラ・ニール・ハーストンの三人を紹介。ジーン・トゥーマーの『砂糖きび』は詩・小説・戯曲をコラージュ風に組み入れたユニークなスタイルのなかに、黒人民衆の姿を描き出した作品。「消えゆく」(と、トゥーマーが考えていた)文化に対する哀切が美しい。アフリカ系アメリカ人のフォークロアを自らの作品に生かそうとしているという意味で、ハーレム・ルネサンスの先駆と位置づけることもできる。

前々回述べたように、フォークロアを再評価しようとする動きは、ハーレム・ルネサンスを動かすいくつものベクトルのひとつにすぎなかった。白人パトロンが求めていたのは、「野蛮」「原始」「素朴」といったステレオタイプ化された黒人のイメージだったし、黒人中産階級は自分たちの文化が洗練され、「白人並み」のものとして白いアメリカに受け入れられることを望んでいた。しかし、フォークロアが白人に受け入れられるのを見て、アレイン・ロックのような中産階級出身のアフリカ系知識人も、フォークロアに注目しはじめる。しかし、フォークロアは粗野で未発達なスタイルのままであってはならず、「白人並み」に洗練されなければならないと彼らは考えた。

Hughes

こうした中産階級知識人の「接近」に対し冷や水を浴びせ、自由な表現を求める若い黒人芸術家の反逆を示したのが、ラングストン・ヒューズの評論「黒人芸術家と人種の山」である。そのなかで、ヒューズは「白人が喜べば、われわれは嬉しい。もし喜ばなくても、それは問題ではない」と白人の視線を意識せず、黒人であることを恥じずに表現することを求めると同時に、「黒人が喜べば、われわれは嬉しい。もうしそうでなくても、彼らの不愉快もまた問題ではない」と述べ、人種的アイデンティティーにからめとられない自由な表現を求めたのである。

ヒューズの自由な姿勢は、彼と父親との関係、その関係を背景に書かれた「黒人は河を語る」という詩のなかにも見られる。同じ黒人の人びとを蔑み、金もうけに邁進することで、自尊心を保ち続けた父親。そんな父は南部のコミュニティを捨て、河を渡って北部へ逃れた逃亡奴隷に喩えることもできるだろう。実際、彼は「河を渡り」メキシコで成功していた。ところが、そんな父に呼び寄せられてメキシコに向かう車中で書かれた「黒人は河を渡る」に描かれた河は、「渡る」ための河ではない。それは身を浸したり、河畔に小屋を建てたり、子守歌を歌ってもらったりする「ともに暮らす河」、南部のコミュニティに残ったものたちの河である。

ヒューズは黒人たちがともに暮らしてきた河の歴史を遡りながら、一方でその流れを自身の血管と比べていく。イメージは身体の内部にすべりこみ、河とともに刻まれてきた黒人の歴史、アイデンティティは彼自身の一部としてとりこまれていく。ここでは河のイメージを通じてコミュニティと個人との関係が見直されると同時に、「黒人」というアイデンティティが個人を包摂するのではなく、個人が「黒人」というアイデンティティを包摂するということが示されている。そして、この認識にふさわしく、ヒューズは名もない個人の視点から、黒人をとりまく出来事を詩に描いていくことになる。

ゾラ・ニール・ハーストンについては次回。

« 2012年10月20日(土) | トップページ | 2012年10月23日(火) »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/73760/56150121

この記事へのトラックバック一覧です: 2012年10月22日(月):

« 2012年10月20日(土) | トップページ | 2012年10月23日(火) »

最近のトラックバック

2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31