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2012年6月4日(月)

明治学院非常勤、前期第七回目。プリミティヴなスタイルのゴスペルを集めたコンピレーション『ジ・アザー・サイド・オブ・ピュア・ゴスペル』(原題Sorrow Come Pass Me Around: A Survey of Rural Black Religious Music)を聞きながら、授業開始。ナット・ターナーの反乱。反乱にしろ革命にしろ、世の中をひっくり返そうとする動きには、どうしても暴力がともなう。暴力はどこまで許されるのか。ナット・ターナーも性別・年齢に関わりなく、出会った白人をすべて殺すことを仲間と申し合わせていた。実際、幼児、女性、老人を含むすべての白人が情け容赦なく殺された。しかし、そこまでしなければ、奴隷たちが置かれた絶望的な状況を変えることはできなかったことも確かだ。反乱は鎮圧され、ターナーも捕えられ絞首刑になったが、こうした決死の行為が白人の不安をかきたて、奴隷制を擁護する南部と奴隷制に反対する北部の対立が深まることにつながったと考えれば、反乱は無駄ではなかったと言える。ターナーに直接インタビューをしたトーマス・R・グレイの『ナット・ターナーの告白原本』を読むと、事件の残虐性を強調すべきグレイがどこかでターナーのカリスマに魅せられているように思えるのが興味深い。

人種混交について。人種混交(miscegenation)を推奨する内容のパンフレット「人種混交―諸人種の融合に関する理論とそのアメリカ白人・黒人への適用」(1863)は、実は奴隷制を擁護する民主党系の新聞『ニューヨーク・ワールド』の編集者たちによって、人種混交に対する白人市民のアレルギーを刺激するためにつくられたものだった。リンカーンですら、「わたしが黒人の女を奴隷にしておくことを望まないのだから、必然的に黒人の女を妻にしたがっている」わけではないと抗弁している。それほど、当時のアメリカにおいて、人種間の結婚はタブーであり、このタブーを犯したために罰せられた人物は枚挙にいとまがない。にもかかわらず、南部の巨大なプランテーションでは白人の主人が奴隷の女性に子供を産ませることによって、性的欲望を満たすと同時に、奴隷という財産を増やし、一石二鳥の利得を得ていた。なかでもスキャンダルになったのは、第三代大統領トーマス・ジェファーソンである。彼が黒人女性サリー・ヘミングスとの間に子供をもうけていたことは当時からスキャンダルとなり、最初に出版された黒人作家による小説ウィリアムズ・ウェルズ・ブラウンクローテル』(1853)、黒人女性作家バーバラ・チェイス・リボーの小説『サリー・ヘミングス 禁じられた愛の記憶』(1979)をはじめとする多くの文学作品のテーマとなった。1998年、オプラ・ウィンフリーのテレビ番組がきっかけとなってDNA鑑定が行われ、ヘミングスの子孫の男性とジェファーソンの弟の子孫のDNAが一致した。この問題はアメリカにおける「家族」とは何なのか考えるきっかけになりうる。

昨年の日記もご参照ください。

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