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2012年2月29日(水)

Yuki_2

大雪や ああ大雪や 大雪や

2012年2月28日(火)

以前つくったハチロクの曲「風の子」を6・5の11拍子(一部12拍子)にして、弾き語ることにした。

2012年2月24日(木)

Acoizakaya_2

遠峰あこライブ@野毛の居酒屋『すきずき』。今日はテレビの取材が入っていました。ひらげも「常連」として、眠い目でインタビューに答えましたが、果たして使われるかどうか(笑)。

2012年2月17日(金)

映画『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』(若松孝二監督、2008)を見終わった。

革命の日がすぐに訪れるわけでもなく、行き場を失くした活動家たちの暴力は内側へと向かう。ほんの些細な理由で同志を吊しあげ、凄惨なリンチによって処刑していく。森恒夫永田洋子連合赤軍幹部は、精神の「共産主義化」という形で活動家の内面を問題にする。国家制度の共産主義化ならわかる。個人が共産主義化するとはどういうことなのか・・・彼らにも答えはない。その結果としての、「総括」という名の禅問答。心の内側をいくらのぞいてみても、空虚な闇が広がっているだけだ。心のなかがどうなっているかなんて、本人にもわからない。ましてや他人が口出しするなんて傲慢以外の何物でもない。本当の禅問答が内面の空虚さを悟るためのものだとすると、「総括」は空虚な内面を殲滅しようとする。それは結局、自滅への道でしかなかったのだ。80年代が内面ではなく、表象に向かったのがなぜなのか、やっとわかった気がする。

とはいえ、ここに描かれている人たちを一方的に断罪するような立場に、ぼくはいない。美しい世界を夢見ていたはずの人たちが、自分でもわからないうちに残酷な現実に足を取られ、どろどろの罪にまみれて敗れ去る。連合赤軍ほどの過酷さではないにしろ、人生ってそんなことばかりだとも言える。ぼくたちはみんな勇気がない。とりわけ、勇気があると胸を張っているやつがいちばん勇気がないのだ。あさま山荘に立てこもった若者たちが捕えられるラストシーンは、だから苦くせつない。それはぼく自身のことでもあるような気がする。人は罪と向かいあって生きていかなければならない。その意味で、獄中で自殺した森よりも、生きのびて手記を書き続けた永田洋子に関心がある。

2012年2月16日(木)

スリム・ゲイラード。ふざけた指使いがかっこよすぎる。

2012年2月15日(水)

高田馬場・四谷天窓Comfortyukieちゃんの演奏を聞きに行った。自作のオケにのせてエレキ・ギターをかき鳴らしながら、ロック調オリジナルを歌う。本人ははなはだ不本意かもしれないけど、女の子がギター片手にステージにひとりってのは、ちょっと萌え~な感じもしますな(笑)。いろいろなマイクで録音したり、PVをつくって地方局で流してもらったり、いろいろ試行錯誤しているみたい。いっそ、ドラムやベースを入れて、バンドでやってみたらどうかしら。

たまたま見に来ていたエロさんと、近くの焼き鳥屋でチキリカの今後について話し合う。ぼくもがんばらなくちゃ。

2012年2月12日(日)

ヴォイス・トレーニングでお世話になっているVery Merry Music School の弾き語りライブ(@高田馬場・四谷天窓Comfort)に、「ひらげエレキテル」名義で出演しました。ひらげ以外の出演者はみんな若く、なかには高校生も。そんななか、円熟したボケをかましつつ、未熟な演奏を披露させていただきました。暖かいお客さんに囲まれて楽しんで歌うことができました。録画した映像を見たら、できていると思ったことはできていたけど、できていないと思ったことはやっぱりできていなかった。まあ、43にして「のびしろ」があるということで・・・ごめんなさって。近いうちにまた、どこかに出没します。次回はモア・ベターよ!ちなみに、演奏したのは、全部オリジナル。「シンプル・ライフ」、「コトハナ」(↑)、「からっぽ」の3曲でした。

2012年2月11日(土)

Kuniyoshi

森アーツセンターギャラリー歌川国芳展を見に行った。国芳の作品を一堂に集めた展覧会が開催される、前期・後期で展示内容を入れ替え、奇才の全貌に迫る勢いであるという。クリスマス・イブであることも忘れて前期の展示を見に行った。そのとき、長蛇の列にぐったりとなった教訓を生かせず、今回も閉幕前日、土曜日の訪問となってしまった。当然、会場は大混雑。とてもゆっくり絵を見るどころではなかった。前回、資金不足で買えなかった図録を手に入れたのがせめてもの収穫。しかし、浮世絵を前に押し合いへし合いしているぼくたちは、まるで国芳の絵のなかでぎょえーっとなっている人びとのようでもあった。奇才は高いところから、自分の絵に群がる老若男女を見て、ほくそ笑みながらスケッチをとっていたかもしれない。


2012年2月9日(木)

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ビルボードライブ東京で、ジェファーソン・エアプレインホット・ツナのギターリスト=ヨーマ・コウコネンのライブを見た。バリー・ミターホフ(マンドリン)とのデュオで、フィンガー・ピッキング・ギターと渋い歌を堪能した。

ジェファーソン・エアプレインが好きだ。5人の不細工な男と美女をのせた飛行機は、ヒッピー文化の美しいところもだめなところも抱えこんだまま空中分解し、一方は宇宙へと高く舞いあがり、一方はブルースの大地へと不時着した。言うまでもなく、飛翔組がジェファーソン・スターシップであり、不時着組がヨーマとベースのジャック・キャサディを中心に結成されたホット・ツナだ。ちなみに、黒人バイオリン奏者のパパ・ジョン・クリーチが、両者で重要な役割を果たしていた。ぼくは遅れてきたファンなので、ジェファーソン関係者を生で見るのはこれがはじめて。すっかりおじいちゃんになってしまったヨーマだけど、人のよさそうな、素朴な田舎のあんちゃん的な風貌をどこかに残していた。

ホット・ツナの新作もそうだったけど、ヨーマの演奏はますます円熟味を増している。何気なく弾いているようでいて、ひとつひとつの音が丁寧で、何よりリズムが的確だ。ミターホフは肩紐やマンドリンの位置を直したりしてときどき演奏をサボるのだが、ギターが安定したウォーキング・ベースを鳴らし続けているのでグルーヴが途切れない。ブルースやブルーグラスを基本にした演奏のなか、ハイ・ポジションのオープンコードが緊張を解き放つ瞬間があり、サマー・オブ・ラブの残照を感じさせる。アンコールで「エンブリオニック・ジャーニー」もやってくれ、ジェファーソン・チルドレンのひらげも大満足。見に行って良かった。

2012年2月8日(水)

映画『真夜中の弥次さん喜多さん』(宮藤官九郎監督、2005)を見た。十返舎一九東海道中膝栗毛』を翻案したしりあがり寿の同名漫画を映画化。「弥次さん喜多さんがゲイのカップルだったら」とは、何と奇想天外な設定・・・と思ったら、『東海道中膝栗毛』でも、喜多さんは弥次さんのなじみの陰間(男娼)だったらしい。己の不勉強を恥じつつ、ということは、漫画/映画の設定も、まんざらデタラメというわけではなかったのだな・・・と納得。もっとも、それ以外の部分では時代考証もどこへやらのすっ飛ばしぶりが爽快。演技にしろ、妄想にしろ、体験してしまったものは取り消せない。だとするなら、「リアル」っていったい何なんだ。びりびりと破ける富士の絶景とか、スクリーンのなかの自分を見て「リアルじゃねぇ」と叫ぶ喜多さんとか、メタフィクション的な展開が宮藤官九郎らしい。あ、そうか、ドラッグ中毒のゲイの男たちが自分探しの旅に出る・・・って、もしやジャック・ケルアック路上』!?ナイス!ロード・ムービー!

2012年2月4日(土)

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四方田犬彦日本のマラーノ文学』(人文書院、2007)を読み終わった。マラーノとはレコンキスタ以降のスペインで、キリスト教への改宗を行いながらもユダヤ教の信仰を秘密裏に守り通したユダヤ人を示す言葉である。著者は「豚」に由来するこの侮蔑語をあえて使うことによって、自らの出自を隠して生きることを余儀なくされた人びとの文学を横断的に捉えようとする。在日朝鮮人、被差別部落出身者、あるいは「中国人」として生きた日本人・李香蘭、「朝鮮人のふり」をして作品を書いた寺山修司といった日本の「マラーノ」に関する論考をまとめたのが本書である。

「差別」について議論しているとき、「差別される側にも問題がある」というようなことを言う人に対して怒りを感じながらも、ふと何も言えなくなってしまうことがある。もし、この人自身が差別される側の人間であり、そのことを隠すためにあえて差別する側に立っているのだとしたら。あるいは、差別される側の論理を内面化して、自分が差別する側にいるように振る舞っているのだとしたら。そうした重い体験を持たないぼくのような人間に何か言えることがあるだろうか。

実体のない相手との議論という罠にはめられたような感覚。しかし、隠すこと自体が自己形成の一部をなしているとするなら、「実体がない」という想定もまた、無効である。単一民族幻想のなかで、見えない存在にされてきた人びとが、その不可視性を武器に反逆する。その闘い自体が偽らざる「自己」なのであるということを、認めなければならない。それが闘う本人にも過重な負担を強いるものであるとしても。

2012年2月1日(水)

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毛利眞人『沙漠に日が落ちて 二村定一伝』を読み終わった。二村定一は「青空」「アラビアの唄」などで知られる歌手で、日本初の「ジャズ・シンガー」であるとも言われる。浅草オペラから出発し、多くのジャズ・ソングを吹き込み、喜劇王エノケンと行動を共にした。昭和初期=エログロ・ナンセンスの時代を象徴する人物のひとりと言えるかもしれない。ぬるんとした面長の顔に、大きな鼻、陽気だがどこか悲しげな歌声・・・と、不思議な存在感のある人物である。

二村が「ジャズ・シンガー」としてあちこちで重用されるようになったのは、彼が正式な音楽教育を受けていなかったことが大きいのではないか。演歌師のような荒々しい大声も、教育を受けたクラッシックの声楽家のようなダイナミック・レンジもない二村は、独学で覚えたメロディーを淡々と歌うしかなかった。でも、そのケレン味のなさが軽快なダンス音楽にはピッタリだったし、何とも言えないオカシサを生んだ。結果として、彼はクルーナー唱法にいちばん近いところにおり、貪欲にそれを吸収した。

もっとも、昭和初期の「ジャズ・ソング」は、今の感覚でいうジャズとはだいぶ違う。ジャズというより、欧米風の流行歌とでも言うほうが近い。二村の歌にもスウィングするような感覚はほとんどない(ジャズ的な感覚でスウィングする日本人シンガーの登場は、ディック・ミネを待たなければならない)。でも、それはそれ。笑いと悲しみが表裏一体になった二村ソングは、泣き顔でおどけるピエロのような底抜けの怖さがある。

二村の歌声は、この本とタイアップする形で発売されたCD『私の青空―二村定一ジャズ・ソングス』で聞くことができる。待望のデジタル化だが、「百萬圓」をはじめとするエロ小唄がオミットされているのは惜しい。「百萬圓」の他にも、「女が欲しい、女!女!」と歌う「女!女!女!」とか、「知らぬお方と寝た夜ははホテルのベッドが知っててよ」と歌う「バッドガール」とか、聞いてみたいぞ!でも、二村本人はゲイで女性に興味がなかったということだが。

※「百萬圓」は、「ヅボン二つ」「エロ草紙」とともに『ニッポン・モダンタイムス シリーズ~SWING TIME~』に収録されているという情報をいただきました。さっそく聞いてみます!


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