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2011年12月1日(木)

Slave_3

ジェームズ・ウォルヴィン奴隷制を生きた男たち』を読み終わった。貿易商・奴隷船の船長として奴隷貿易に関わり、のちに牧師として「アメイジング・グレイス」をはじめとする讃美歌をつくって、奴隷制廃止論者に転じたジョン・ニュートン、ジャマイカで奴隷を酷使しながら農場を経営したトーマス・シスルウッド、現在のナイジェリアから妹とともに拉致され、世界を転々としながら、奴隷制反対運動で重要な役割を果たしたオラウダ・エクィアノ ― まったく別の立場から奴隷貿易に関わった3人の人物を通して、十八世紀後半、奴隷制がイギリス経済を支える当然の制度から廃止すべき恥辱へと変わっていく過程を浮き彫りにしようとする試み。

それぞれ長い手記を残していることからも分かるように、3人の男たちは「書く」文化に親しみ、啓蒙思想に集約される同時代の新しい知識を吸収している。若いころから宗教的論議に傾倒していたニュートンや、読書を通して最新の知識を取り入れることに余念がなかったシスルウッドの姿は、奴隷を酷使する日常の「残虐さと鋭い対比を示していた」(169)。もちろん、著者も指摘しているように、そうした二面性はナチスの例を挙げるまでもなく、矛盾とも呼べないものだ。それよりも皮肉なのは、奴隷制によって蓄積した富の庇護で発展したヨーロッパの啓蒙思想が、エクィアノに自伝を書かせ、ニュートンを内側から変え、多くの奴隷廃止論者をして奴隷制を突き崩させたことである。

また、シスルウッドのような孤独な白人は、黒人奴隷たちを支配しているように見えながら、実は彼らの助けなしには生きていけない。「彼らは、見たところ万全で、奴隷たちに対してしたい放題をできるようであったが、しかし同時にその同じアフリカ人に依存してもいた。シスルウッドは彼らがいなくては生き延びられなかった」(144)。奴隷の女性たちとの性的関係に耽溺し、奴隷たちに残虐な罰を与えたシスルウッドは、そうした行為、またそうした行為を記録することによって、空虚な自分の存在を証明しようとしていたのかもしれない。

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