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2011年9月19日(月)

論文「ルドルフ・フィッシャーとまじない師のシグニファイン」、ブログで下書きを書いてしまおうという連載企画。イントロダクションシグニファインの概説に続いて、今日はついに作品の内容に踏み込んでみた。さてさて。

話を『まじない師の死』に戻そう。フリンボの死の謎は、いくつもの言語が互いに解釈しあうなかで解き明かされていく。事件の捜査にあたるのは、ハーレム警察ただ一人の黒人警部ペリー・ダートと、被害者の死を確認した医師ジョン・アーチャーである。シャーロック・ホームズジョン・H・ワトソンを思わせる二人の関係だが、推理小説の古典とは違い、1930年代のハーレムで推理の主導権を握るのは科学的知識に長けた医師のほうである。アーチャーに自分にはない洞察力を見た警部は、自ら捜査への協力を依頼する。イファにアシェの体系を授けたエシュのように、ダートはアーチャーの科学的な託宣を追認、あるいは非難しながら、事件を解釈していく。

興味深いのは、フリンボが客と面会するときに使っていた椅子 ― 被害者の死体が発見されたまさにその椅子 ― に座って、ダートが容疑者を尋問していくことである。黒い布がはりめぐらされた面会室は、まじない師の席から面会者に向かって投げかけられる強い光以外、暗闇に沈んでいる。フリンボの面会者と同じように、尋問を受ける容疑者もまた、目の前にいる人物の声は聞こえても、姿を見ることはできない。ダートをフリンボと取り違える容疑者もいるほどである。ダートはフリンボが設えた装置を利用して、被害者自身、あるいはその代弁者としてふるまおうとしているかのようである。最高神オロマドゥレの力・アシェを手にしたエシュのように。

このように、メッセージは仮定される被害者から、ダート、アーチャーを通じて、容疑者たちに伝えられるのだが、こうした解釈の流れは一方的なものでは終わらない。なぜなら、容疑者たちもまた、フリンボに関する情報とともに、面会で直接耳にしたフリンボの言葉を、自分たちの言葉に翻訳してダートやアーチャーに伝えるからである。一例をあげよう。ジンクスがアーチャーとダートに事件の成り行きを説明するプロセスを、語り手は次のように説明している。

語彙はまったく適切ではなかったが、その時間は深く心に刻まれていたので、ジンクスは話さなくてはならないことは何一つ話し忘れることはなかった。話の不完全さは無視できる程度のものになり、ほとんど無視された。それどころか、聞き手のより訓練された知性が自動的に穴を埋め、代役を務めた。警部も医師も、おそらく後者はより完全に、再現された場面を、目の前で演じられているように観察することができた(66)。

ダートやアーチャーはジンクスの言葉から、フリンボが実際に話した言葉やその場で起こった出来事を再構成し、さらに自分たちの言葉 ― ダートの警察用語やアーチャーの医学用語に翻訳し直すことによって、推理の体系に組み込む。他の容疑者についても、ほとんど同じことが言える。このように、解釈の流れは双方向的であり、シグニファインのプロセスは重層的である。

容疑者たちはフィッシャーの他の作品の登場人物と同じように、ハーレムの縮図である。ナンバー賭博の使い走りをしているスパイダー・ウェブ(Spider Web)は、薬物中毒者のドッツィ・ヒックス(Doy Hicks)とともに、ハーレムの暗部を代表している。アラミンサ・スニード(Aramintha Snead)は、フィッシャーが短編「痕跡」以来、何度も描いている、頼りになるが因習的な「庇護者としての祖母」(DLB 51 90)という典型である。鉄道員イーズリー・ジョーンズ(Easley Jones)は、やはりフィッシャーが「痕跡」で描いた、故郷の習慣を引きずる南部出身者として登場する。フリンボの家主であるサミュエル・クロウチ(Samuel Crouch)、マーサ(Martha)夫妻はフィッシャーが短編「ハイ・イエラー」("High Yellar," 1925)で揶揄した、比較的肌の色の薄い黒人中間層、フィッシャーの最初の小説『ジェリコの壁』(The Walls of Jericho, 1928)にも登場したジンクス・ジェンキンスとババー・ブラウンは黒人労働者階級の代表である。フリンボの謎めいた言語は、容疑者たちによってそれぞれの社会階層と結びついた言語に翻訳され、エリートの言語を使うダート警部とアーチャー医師の解釈に委ねられる。

こうした相互解釈のプロセスを経て、凶器についていた指紋、被害者の喉に詰められたハンカチから、ジンクス・ジェンキンスが逮捕されるのだが、事件解決を目前にして、相互解釈の前提が覆される出来事が起こる ― 言うまでもなく、死体の喪失とフリンボの「再生」である。これ以降、物語の焦点は、自分こそが被害者であると主張するフリンボと、被害者の代弁者としての地位を守ろうとするダート、アーチャーの対決へとシフトしていく。

むー。今日はここまで。

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