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2011年9月14日(水)

今月中にルドルフ・フィッシャーの小説『まじない師の死』について論文を書かなくてはならない。それなのに、ああ、それなのに、ワードの白いブランクをぼんやり見つめるばかりで、なかなか書きはじめることができない。書きたいことは決まっている。気分がのらないなどといってる場合ではないのだが・・・ブログやツイッターに書き込むときには、あれぼど軽快にキーボードを叩いていた指が、ピクリとも動かない。どうしたことだろう・・・そうだ!指をだませばいい。これは論文じゃない。そんな苦い薬じゃなくて、ブログなんだ。小児科でもらった甘い薬だ・・・と思いこませよう。そうすれば、いつもの書評のようなつもりで書きすすめることができるかもしれない。

・・・というわけで、この場を借りて論文の下書きをしたい(たぶん、連載になる)。

Rudolph_fisher

ルドルフ・フィッシャー(Rudolph Fisher)は、1920年代から30年代に活躍したアフリカ系アメリカ人の作家である。1925年、短編「難民の町」("The City of Refugee")がアトランティック・マンスリーに掲載されたのを皮切りとして、短編やエッセイをさまざまな雑誌に発表している。「難民の町」はハーレムの人びとをスケッチ風に描いた「痕跡」("Vestiges")とともに、アレイン・ロック(Alain Locke)編集によるハーレム・ルネッサンスの記念碑的アンソロジー『新しい黒人』(The New Negro, 1929)に収録されている。同時に放射線医療に通じた医者でもあり、音楽家でもある多才な人物だったが、1934年、開腹手術の失敗により、37歳の若さで亡くなった。ラングストン・ヒューズ(Langston Hughes)はフィッシャーを「ハーレムの新しい黒人のなかで最もウイットに富んだ人物で、その言葉には誰よりも鋭く辛辣なユーモアがあった」と評している。

1932年に発表された『まじない師の死』(The Conjure Man Dies)は、フィッシャーの二作目の長編小説であり、登場人物がすべて黒人である書き下ろしの作品としては、アフリカ系アメリカ人の作家によって書かれた最初の推理小説である。ハーレム一三〇番街で、アフリカ人のまじない師ンガナ・フリンボ(N'gana Frimbo)が、顧客の相談を受けている間に何者かに殺される。現場はフリンボが借りていた葬儀屋の持ち家で、半地階が霊安室として使われている。被害者の死を確認した医師ジョン・アーチャー(John Archer)は、ハーレム警察ただ一人の黒人警部ペリー・ダート(Perry Dart)とともに事件解決にあたる。姿を消したフリンボの助手を除く7人の容疑者を尋問し終え、被害者の口に詰められたハンカチ、凶器と思われる人骨製の棍棒についた指紋などから、容疑者が明らかになったと思われた矢先、霊安室に置かれていた死体が消える。その直後、真っ暗になった部屋に死んだはずのフリンボが姿を現す。何者かに殴られ仮死状態になっていたというフリンボの主張を前に、捜査は振出しに戻る。ここからまじない師であると同時に、大学で科学の知識を身につけたインテリでもあるフリンボとアーチャー医師の対決が始まる。

語り手は、謎めいた物語にふさわしいゴシック小説的な舞台装置に読者を招き入れる。作品の冒頭、リズムと笑いにあふれた陽気な街としてハーレムを描きながら、そこに住む人びとの肌の色に見出されるのは冬の夜と同じ暗いミステリーである。陽気に歌われる当時のヒット曲「アイル・ビー・グラッド・イフ・ユー・デッド、ユー・ラスカル・ユー」も、単なる罪のないハートブレイク・ソングではない。

 お前が死んだら、うれしいよ、この野郎
 お前が死んだら、うれしいよ、この野郎
   おれの女房を夢中にさせる
   何をお前が持っているってんだ
 このクソ野郎、お前が逝っちまったら、うれしいよ!

物語の節々で何度もくり返されるこの歌が、事件の結末を予告していることは、読者はまだ知らない。しかし、当時の読者は、この歌に陽気なから騒ぎ以上のものを聞きとっていたはずである。この歌は当時、人気キャラクター、ベティ・ブープココ・ザ・クラウンビンボーをフィーチャーしたアニメーション映画に使われていた。歌を歌ったルイ・アームストロング(Louis Armstrong)本人も実写で登場している。画面上に大写しになったサッチモの不気味な顔が、釜茹でにされる寸前で「野蛮人」から逃げたココ・ザ・クラウンとビンボーを追いまわす。この歌は当時の読者におどろおどろしい何かが起こることを予感させたのではないか。その予感通り、読者はハーレムの裏通り、「入った者が前もって囁きより大きな声で話してはいけないと警告されているような、重苦しい静けさが漂う場所」(4)へと案内される。

こうしたハーレムの暗部への導入は、当時の白人読者の期待に答えるものだったと言えるだろう。フィッシャーは1933年1月、ラジオ番組でのインタビューで次のように述べている。

暗闇とミステリーは切っても切れない関係にありますよね?夜の子供は ― これはまったく真面目に言ってるんですが ― ミステリーの子供です。設定自体がミステリーです ― 外部の人間はハーレムの暮らしが本当のところどんななのか、何一つ知りません。(中略)出来事のむこう、ハーレムの人びとの黒い肌の下で何が起こっているのかをね。小説はまだそれをほとんど表現していません。そのほとんどは完璧にミステリーの伝統の最良のもの ― 変化、色、神秘主義、迷信、悪意、暴力といったものとぴったりきます(Quoted in Margaret Perry, Silence to the Drums 67)。

1920年代、空前の好景気で成り上がった白人たちはスリルを求めて、音楽と犯罪の渦巻く黒人街ハーレムへと殺到した。フィッシャー自身、エッセイ「白人がハーレムへ押し寄せる」("The Caucasian Storms Harlem," 1927)で、ワシントンで医学を学んでニューヨークに戻ってみたら、ハーレムの黒人向けキャバレーがすっかり白人に占領されていたときの驚きを苦々しさをこめて書いている。ゴシック小説の楽しみが中世の古城やうらぶれた修道院のような「ここではないどこか」に遊ぶことであったとするなら、未曽有の好景気で富と時間を手に入れたジャズ・エイジの貴族たちは、ハーレムという別世界に彼らのピクチャレスクを見出していたと言えるだろう。1929年の株価大暴落で華やかな時代は終わりを告げたとはいえ、いや、だからこそ、物語のなかにそのハーレムという「ここではないどこか」を求める白人読者は少なくなかったと思われる。フィッシャーは(白人読者から見れば)カラーラインの向こう側で起こる謎めいた犯罪を描くことで、ゴシック的なスリルとエキゾチズムを求める彼らの期待に応えたのである。

一方で、推理小説としてこの作品を見た場合、特異な点がいくつかある。ひとつはもちろん、死んだはずの被害者が生き返る(最終的にそれは「生き返った」わけではないことが明らかになるが)という点である。しかし、それよりも重要なのは、事件を解決するかに思えた知的な「探偵」が、物語の結末で敗北する点である。得意の絶頂から突き落とされた「探偵」 ― この場合、ダート警部ではなく、アーチャー医師 ― は自らの敗北について何らコメントすることもなく、物語から姿を消す。事件を総括するのは、かつての容疑者とその友人 ― 登場人物のなかでもっとも平凡な二人である。アーチャーの敗北と平凡な二人による幕引き ― そこにこそ白人読者の好奇の目に答えるように見せながら、それを裏切るフィッシャーの戦略が見え隠れする。

アーチャーに足りなかったのは、アフリカ系アメリカ人が受け継いできたアフリカ的相互解釈に対する理解である。それはヘンリー・ルイス・ゲイツ・ジュニア(Henry Louis Gates, Jr.)の言う「シグニファイン」(Signifyin')と同じものであるといっていいだろう。どちらも科学に対する深い知識を持つインテリでありながら、シグニファインを駆使するフリンボと、不器用な相互解釈しかできないアーチャーでは、最初から勝負は決まっていたのである。その点ではむしろ、平凡に見えるジンクス・ジェンキンス(Jinks Jenkins)やババー・ブラウン(Bubber Brown)のほうが、日常生活のなかで「シグニファイン」に精通していたと言えるだろう。また、この作品が表面に現れたステレオタイプ的なイメージにもかかわらず、アフリカ、アフリカ系アメリカ人の伝統に深く根ざしていると言えるのも、シグニファイン的な相互解釈がひとつのテーマになっているからに他ならない。

この論文の目的は、『まじない師の死』において登場人物が互いの言葉を解釈しあっていること(あるいは、していないこと)を示し、そうしたシグニファイン的な相互解釈のメカニズムを通じて、白人読者の期待する謎めいたハーレムのイメージを転倒させるフィッシャーの戦略を明らかにすることにある。そのためにはまず、ゲイツが『シグニファイン・モンキー』(The Signifyin' Monkey, 1988)で明らかにしたシグニファインとは何だったのかという話から始めなければならない。

ふー。今日はここまで。

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