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2011年6月27日(月)

明治学院非常勤第八回目。今日はピート・シーガーの歌う「ジョン・ブラウンズ・ボディ」を聞きながら授業をはじめた。教室に入ってくるなり、何で「おたまじゃくしはカエルの子」がかかっているのか?(しかも英語!)と思った人も多かったと思う。奴隷解放のために反乱を起こしたアボリッショニスト=ジョン・ブラウンのことを歌ったこの歌は、南北戦争で北軍を鼓舞するために歌われた。「ジョン・ブラウンの屍は墓のなかで朽ちていくが、彼の魂はわれらとともに進み行く」という内容。それがなぜ、「おたまじゃくしはカエルの子」になったのかはよくわからないけど、幕末の混乱と南北戦争はほぼ同じ時代の出来事であり、その時期に日本に入ってきた洋楽が南北戦争をテーマにしたものであっても何の不思議もない。他にもシャーマン将軍の行軍を歌った「マーチング・スルー・ジョージア」が、日本で「東京節」になっている。ラーメチャンタラギッチョンチョンでパイノパイノパーイ、パリコとバナナでフライフライフライ~♪(歌ってみせる)って、知らない?こっちは添田さつきって人が勝手に歌詞をつけたんだってことがわかっている。

ところで、『仁-JIN-』、終わっちゃったね。ぼくはあのドラマが好きで・・・まあ、綾瀬はるか、チョーかわいい、とかいうこともあるんだけど・・・来週から何を楽しみに生きていったらいいのか(笑)。あれも幕末の話。だから、今日の授業で話す南北戦争と同じころ。つまり、日本で薩摩だ~長州だ~、倒幕だ~幕臣だ~と国を分けて争っていたとき、アメリカもまた南部と北部、奴隷制反対派と存続派が、ほとんど国がばらばらになりかねないほど対立を深めていた。

もう一つ、あのドラマでは、南方仁が歴史を変えていいものかどうか、また、いざ歴史にかかわろうとしても結局「修正力」に阻まれて何もできないのではないか・・・と悩んでいた。結局、仁は大きく歴史を変えることはできなかったし、彼が江戸に残した痕跡は人びとの記憶とともに消えてしまった。でも、ね。すべてが無駄だったのかというと、ぼくはそうは思わない。恋人の手術に失敗してふぬけのようになっていた仁が、江戸の人たちを必死に救おうとするうちに、生気を取り戻していく。彼自身が変わって、精一杯「生きた」ことが大切だったんじゃないかな。

アフリカ系アメリカ人の歴史でも、ジョン・ブラウンや、先週やったナット・ターナーは、反乱に失敗して殺されてしまう。クンタ・キンテも奴隷制から逃げることはできなかった。まして、ほとんどの奴隷は名前を残すこともなく死んでいく。でも、彼らの人生が無駄だったのかというと、そうじゃないと思うんだ。この授業では歴史的な「事件」を扱うことがどうしても多くなってしまうけど、それ以上にこうした一人一人の人間が必死で生きたっていうことを忘れないで欲しい。

あ、ビデオとかに撮ってまだ見てない人いたら、ごめんなさい。

・・・と、こんな話からはじめて、先週の続きで、トーマス・ジェファーソンと奴隷の黒人女性サリー・ヘミングスの関係について、彼らの子孫がこの複雑な「家族」、あるいは拡大家族としてのアメリカの人種関係をどのように考えているか、シャノン・ラニア『大統領ジェファソンの子どもたち』を引用しつつ考えた。

後半は南北戦争に向かうアメリカ史。ルイジアナ購入テキサス併合米墨戦争などによって領土が拡張され、新しく州に昇格する地域を奴隷州にするか自由州にするかをめぐって、南部と北部は衝突をくり返した。1820年、ミズーリが州に昇格するさいには、奴隷制の北限として定められた北緯36度30分より北にあるにもかかわらず奴隷州とされ、その代りにコネチカット州からメーン州を自由州として分離させ、勢力の均衡を保った。また、1850年、米墨戦争で獲得したカリフォルニアを自由州とする代わりに、逃亡奴隷法が強化されることになった。こうした数合わせはついに破綻し、ルイジアナ購入によって領土となったカンザス、ネブラスカを奴隷州にするか自由州にするかは、住民たちの意思にゆだねられた。これにより、この地域では、奴隷制擁護派と反対派が血で血を洗う内戦状態となった。このとき家族とともにカンザスに移住し、自らも命の危険にさらされながら、奴隷制擁護派を殺しまくったのが、のちに反乱を起こすジョン・ブラウンである。

John_brown_2

この時期、ウィリアム・ロイド・ギャリソンをはじめとするラディカルなアボリッショニストの活動も目立つようになってきた。ギャリソンに見いだされ、やがて彼らと袂を分かつことになるフレデリック・ダグラスをはじめとするアフリカ系アメリカ人も奴隷制に反対する運動を進めていた。そんななか、奴隷制廃止を神に与えられた使命と考えるジョン・ブラウン(↑写真)は1859年、ヴァージニア州ハーパーズ・フェリーにある連邦軍の弾薬庫を襲い、奴隷制廃止のための革命を試みるが、のちに南軍を率いることになるロバート・リー将軍によって捕えられ、反逆罪で絞首刑になる。ジョン・ブラウンの行動は当時、アボリッショニストの間ですら議論を呼んだが、ハリエット・ビーチャー・ストウアンクル・トムの小屋』などとともに、南北の対立を深め、南北戦争の引き金となったことは否定できない。

そして、1861年、南部諸州がジェファーソン・デイヴィスを大統領にアメリカ連合国として分離独立を宣言。南部連合に参加したサウス・カロライナ州が州内のサムター要塞を攻撃し、南北戦争がはじまった。

今日はここでタイムアウト。

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