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2011年6月20日(月)

明治学院非常勤第七回目。調子の悪かったCDプレイヤーを交換してもらったので、以前途中までしか聞けなかったアレサ・フランクリンアメイジング・グレイス」を聞きながら、授業をはじめた。ぼくの声、聞こえる?アレサ・フランクリンに負けてない?アレサに負けないくらいだったら、今すぐプロの歌手になってるな(笑)。ちょっと音を小さくしよう。

前回書いてもらったアンケートを見ると、奴隷主が女性の奴隷に子供を産ませることによって、性的欲望を満たすと同時に奴隷という財産を得るという話を聞いて、衝撃を受けた学生が多かったようだ。自分の子供を奴隷にするなんて、いくら奴隷に産ませた子供とはいえ、親子の情はわかないのか・・・いい質問だ。一方で、奴隷制は確かにひどいことだけれど、それにかかわっていた人たちも当時の「常識」にしばられていただけなのではないか・・・という意見もあった。たしかに、その通り。でも、常識に縛られながらも、そこからはみ出す感情も消すことはできなかったんじゃないかというのが、ぼくの考えだ。常識ではこうだ、と思いながらも、人間的な感情の部分では、「どうも違う」という違和感を覚えてしまう。当時のアメリカでは奴隷制を「特殊な制度」と呼んでいた。つまり、感情的には納得できない常識を「特殊な」と呼ぶことで、つじつまを合わせようとしていたんじゃないかな。このことについては、今日の授業の後半で、トーマス・ジェファーソンと奴隷の女性との関係を例に挙げて詳しく見てみたいと思う。

まずは先週の続きで、ナット・ターナーの反乱について。若くして読み書きの能力を身につけた奴隷ナット・ターナーは祈祷や断食を行い、仲間から「預言者」と呼ばれるようになる。1831年2月、日食を神のメッセージと考えた彼は準備をはじめ、同年8月、仲間の奴隷たちと反乱を起こす。57人の白人を殺したものの、反乱は18時間で鎮圧されてしまう。ターナー自身も捕えられ、11月に絞首刑に処された。

ターナーの反乱について特筆すべきは、その容赦ない残虐さとナット・ターナーという人物の残す印象の強さだろう。ターナーと仲間たちは十分な兵力が集まるまでは、年齢・性別にかかわりなくすべての白人を殺すと決めていた。実際、殺し忘れた赤ん坊をわざわざ引き返して殺してくるほどの念の入りようであったことが知られている。「十分な兵力が集まるまでは」といっていることからもわかるように、これは白人に対する憎悪というよりは、ゲリラとしての戦略であった。ともあれ、「皆殺し」の残虐さは白人を震え上あらせた。

Nat_turner_woodcut

ところが、直接ターナーの話を聞いた新聞記者トーマス・R・グレイの記録はどこか煮え切らない。ターナーを悪魔的な人間として断罪しなくてはならないにもかかわらず、目の前にいる男は憎悪に燃える野獣からはほど遠い。そこにいるのは、「何ごとでもやってのけられる頭脳によって人並みすぐれた聡明さを身につけ」、「穏やかで慎重な落ち着き」をもって自らの行いを語る、「鎖に埋まりながらなお人間のさがを超えて舞い上がる精神」の男だった。結局、グレイは「かれ自身が語り、論じた物語がどんな印象をあたえたか、それはあえて記さない」と、ターナーを悪鬼として描くという自分の仕事を放棄してしまう。

今日はもうひとつ、人種混交(miscegenation)について話した。アメリカにおいて、人種混交は長い間タブーだった。独立前から、各地で黒人の女性と関係を持った男性が処罰されている。まして、黒人男性と白人女性の関係は考えることもためらわれるような、おぞましいことと考えられていたのだろう。南北戦争中の1863年に出版されたパンフレット『人種混交―諸人種の融合に関する理論とそのアメリカ白人・黒人への適用』は、人種間結婚を肯定し、奴隷解放に取り組む共和党を支援する文書の体裁をとりながら、人種混交に対する白人のアレルギーを刺激するために民主党右派によって書かれたものだった。一方、共和党のリンカーンは演説で、「わたしが黒人の女を奴隷にしておくことを望まないのだから、必然に黒人の女を妻にしたがっているのだ、などと結論するデッチあげの論理に抗議」している。

Thomas_jefferson

こうした人種混交に対するアレルギーにもかかわらず、奴隷主は奴隷の黒人女性に子供を産ませ、性的欲望を満足させるとともに、子供を奴隷にすることによって財産を増やした。閉鎖されたプランテーションの世界ではそのことが罪に問われることはほとんどなく、「特殊な」事例として黙認されていたのである。そうした事例のひとつが、第三代大統領トーマス・ジェファーソンと奴隷の女性サリー・ヘミングスの関係である。ジェファーソンは独立宣言に、奴隷貿易を推進したイギリス国王を断罪する条文を入れようとしたことで知られるリベラル派だが、一方で80人とも100人ともいわれる奴隷を使ってプランテーションを経営するプランターでもあった。著書『ヴァージニア覚書』のなかで差別的な黒人観をあらわにしているジェファーソンは、いわば、現在につながるアメリカの矛盾を体現した人物であると言えるだろう。

そのジェファーソンと奴隷の黒人女性との間に子供がいるという噂が最初に知られたのは、対立候補を支援する新聞記者ジェイムズ・T・カレンダーによる中傷記事だった。この噂はその後もくすぶり続け、最初に出版されたアフリカ系アメリカ人による小説、ウィリアム・ウェルズ・ブラウンの『クローテル、もしくは大統領の娘』もこのことをテーマにしている。1998年、アフリカ系アメリカ人の人気司会者オプラ・ウィンフリーのテレビ番組にジェファーソンの子孫と名のる黒人男性が登場し、DNA鑑定によって彼とジェファーソン家の男系子孫のY染色体が一致することが証明され、全米が騒然とした。黒人女性作家バーバラ・チェイス・リボーは、トーマス・ジェファーソンとサリー・ヘミングスの関係をテーマに小説『サリー・ヘミングス』を書いている。

サリー・ヘミングスはジェファーソンの亡くなった妻マーサの父親が奴隷の黒人女性に産ませた子供、つまり、マーサの異母姉妹である。サリーはトーマスに嫁いだマーサとともにジェファーソン家にやってきて、マーサの死後、トーマスと関係を持った。つまり、サリーにとって、マーサは姉妹であり、主人であり、愛人の元妻である。また、トーマスは姉妹の夫であり、主人であり、愛人である。こうした「特殊な」人間関係のなかで、プランテーションの家族は形作られていることが少なくなかった・・・と、今日はここでタイムアウト。来週はジェファーソンやヘミングスの子孫が、この「特殊な」家族をどう考えているのか、そのへんを明らかにしたい。

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