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2011年5月9日(月)

明治学院の非常勤、ようやくはじまった。第一回目は例年通り、レナ・ホーンオバマチャーリー・パットンらの写真を使って、見かけだけではアフリカ系アメリカ人(あるいは黒人)かどうか判断するのは難しいこと(判断できると思っているのは思い込みにすぎないこと)を明らかにしたうえで、人種や民族といった虚構と、「自分は何者でありたいか」という選択の間でアイデンティティがさまざまな形を取りうることを、ワン・ドロップ・ルールパッシングブラック・ナショナリズムなどに触れながら話した。最後にマルコムXの言葉を引用し、「黒人」という言葉が植民地支配を受けてきたすべての人びとを表すために使われる可能性についても言及した。

今年から授業のあとに感想を書いてもらうことにした。多くの学生がアフリカ系アメリカ人の歴史と文化に興味を持ってくれたようだが、「差別のない日本に生まれてよかった」「現在は差別もほとんどなくなったアメリカではオバマが大統領に」といった声が少なからずあったのが気になった。来週は本題(奴隷貿易)に入る前に、こうした思い込みを崩すところからはじめたい。日本には差別がないのだろうか?アメリカには差別がなくなった(あるいは少なくなった)のだろうか?答えを出すつもりはない。ほんとうのところはぼくを含む差別されていない側の人間がいくら考えてもわからないことだからだ。答えを見つけるためには、差別される側の話を聞かなければならない。ぼくの授業をきっかけにして、差別される側の声に耳をそばだててみてほしい・・・

そんな話からはじめてみよう。

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