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2011年5月4日(水)

自主ボイトレ。今日わかったこと。使っていない腹筋はゆるめるべし。音程が変わると使う腹筋もかわるが、つい前の音程で使っていた腹筋も緊張したままにしてしまう。これを緩めるだけで、だいぶ声が安定する。筋肉を緩めたり、緊張させたりをくりかえすせいか、ボイトレ中ハンパなく屁がでる。プププ。

51e07juyo3l植草甚一ハーレムの黒人たち』(晶文社、1978)を読み終わった。J・J氏こと植草さんの文章が好きだ。ジャズのレコードや、小説、映画、さらにはそれらの評論などを紹介しながら、コラージュのような巧みさで自分の文脈に位置づけていく。そこから浮びあがるのは収集し、勉強し、考えるJ・J氏その人であり、そうした楽しげな姿を通して、読者は多様な世界がそこにあることの素晴らしさを実感する。ぼくはJ・J氏の文章を読んでジャズのレコードを買う参考にしようと思ったことはない。ぼくはぼくの多様な世界の探索に駆りたてられる。「勉強する」って楽しいことだと思わせてくれる。

本書はそんなJ・J氏が、次第に先鋭化していく公民権運動に触れて書いた文章を集めたものである。J・J氏は本質主義的、民族主義的なジャズ観からは距離を置いている。ジャズがアメリカ黒人の間から生まれたことは間違いないが、その成立・発展の歴史においては白人のミュージシャンも重要な役割を果たしている。マルコムXのようなブラック・ナショナリズムにも当初は疑問を抱いていた。「大東亜共栄圏」の幻を体感した世代であればこそ、民族主義の危険性は身に沁みてわかっていたのだろう。しかし、例によって、真摯に「勉強」するうちに、抑圧された人びとにとっての「民族主義」には、「異なる民族の集団を支配しようとする」人びとのそれとは違った意味があるということに気づきはじめ、頻発する人種暴動やジェームズ・ボールドウィン、学生運動における黒人学生と白人学生の対立・・・といった話題を探索していく。その針路の取り方はある種行き当たりばったりでありながら、独特の嗅覚を感じさせる。

日本人というヨソモノの立場から、民族主義そのものには距離を取り、先鋭化し、ときにバランスを崩しそうになる運動に危うさを感じつつも、同化を拒否するアメリカ黒人の主張に正当性を認める・・・ジャズ評論といういわば趣味的な分野から入った植草氏が、こうした微妙な針路をとることができたのは、驚くべきことだといえる。マルコムXの登場と暗殺、爆発する人種暴動、ブラック・パワーの台頭といったできごとは、同時代的に―せいぜい数年前に―起きている。何が背景にあり、どんなことが隠されているのか、アメリカですらほとんどの人が把握できていなかったはずだ。ましてや、日本である。

そして、やっぱり植草さんの文章は面白い。これを読もうかな・・・と思いながらも、どうも気が向かなかったところに、こんな本が届いた!といった書き出しがすごくいい。そうそう、気が向かない本は後回しに限る。面白い本から読んでいこう。それがJ・J氏流の嗅覚というものだろう。

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