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2011年4月6日(水)

ミュージックスクールのブースを借りて、自主ボイトレ。音階練習と課題曲(チキリカ「それでいいんじゃない?」)でみっちり一時間。やればやるほど、わからなくなる。わからないなりに身体でぶつかって、習ったことの意味を会得していくしかないか。大きなため息のように息を吐く、というのを忘れてた。金曜あたりにもう一度。

Iloveyoumoreジョセフ・W・ジャクソン『息子 マイケル・ジャクソンへ ~天国への遺言状~』(講談社、2010)を読み終わった。マイケル・ファミリーの父親ジョセフは二つの仕事をかけ持ちしながら9人の子供たちを育てあげ、マイケルをはじめとする息子たちをジャクソン5としてデビューさせた。アマチュア・ミュージシャンとしての経験を持ち、マネージメントの才能もあった父の存在がなければ、モータウンのドル箱チャイルド・スターも、のちの「キング・オヴ・ポップ」もありえなかっただろう。一方で、マイケルが自分には子供時代がなかった、父親の愛に飢えていたという発言をしていることもあり、ジョセフの「教育」は幼児虐待ではなかったかと批判する声もある。体罰を受けることもあった厳しいトレーニングの日々、同年代の友だちをつくることさえかなわなかったことが、マイケルの人格形成に影を落としているというのである。

しかし、ジョセフ自身が書いた手記に日本独自のインタビューを加えたこの本を読む限りでは、ジョセフは子供を思いやる、ごく普通の父親である。放っておけばギャングになっていたかもしれない子供たちを、ストリートの友人関係から遠ざけ、厳しい音楽トレーニングを課したのも、彼らの将来を考えてのことだった。それによって得たものと失ったものがあるのはもちろんだが、それは他の選択をしていても同じことだろう。息子たちは年齢を重ねるにつれ、父親と距離を置くようになっていったが、それも特別なことではない。成長した子供たちがとる自然な行動である。父親からの愛情に飢えていたというマイケルも、ジョセフに抱きあげられた子供時代の記憶を心に焼き付けていた(西寺郷太『マイケル・ジャクソン』 24)。彼もまたジョセフを愛していたのである。

もちろん、ここに書かれているのはジョセフに都合の良いジャクソン・ファミリー物語である。例えば、彼自身の浮気癖については全く触れていない。それでも、マイケルの死にまつわる疑惑を明らかにしようと奔走するジョセフは、息子を理不尽な死から救ってやることができなかったことを悔いる父親以外の何ものでもない。ゴシップ記事によって誇張されたジャクソン・ファミリーの家族関係について、改めて考えさせられる。

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